薩摩川内市 隈之城小学校 川内小学校
隈之城小学校06:14 プラッセだいわ08:03 川内小学校14:43
今回は、薩摩川内市。木場茶屋から隈之城小学校、プラッセだいわ、川内小学校経由で、薩摩川内駅方面に走ります。
おまかせテレビには 鹿児島関連の動画がテンコ盛り。(ニコニコ)
鹿児島を知らない方も、知りすぎている方も、よろしくお願いします。
YouTube検索欄に「おまかせ指宿」「おまかせ○○小学校」「おまかせ六月灯」など、「おまかせ」に続けて 出身地 出身校などのキーワードを打ち込むと、希望に近い動画がヒットするかもしれません。ぜひお試しください(ニコニコ)
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撮影歴35年のカメラマンは、昭和22年生まれの後期高齢者。そしてオンチ。
長年住んでいる鹿児島に関する知識は、初心者レベル。
ちょいちょいあります。間違い、思い込み、勘違い。(笑)
そんな、おまかせテレビですが、長い目でお付き合いくださいね(ニコニコ)
#薩摩川内市 #鹿児島 #隈之城

3 Comments
おまかせさん、おはようございます。私は昨年、創立150年を迎えた隈之城小学校を卒業しています。
小学校にプールが完成したのは、2年生だった昭和37年頃だったと記憶してますが、それまでは夏になると隈之城川で泳いでましたよ。
それと今日も実家が映ってました。
おはようございます😆💕✨
薩摩川内、まだ田園風景が残って、のどかな土地なんですね😊
ホッとします。
はい、4,5年前のドライブ動画配信のおしゃべりは、初々しいですよ~👍
今の、おしゃべりも好きですが、その頃のおしゃべりおまかせさんも、好きですね~👍
声も、若いですよ~👍
確実に、おまかせTVチャンネル数が増えてます😊
嬉しい😆⤴️💓ですね~👍
益々、若返り、元気になり第2変声期のギジギジ声がよくなるかもしれない⁉️フフフ‼️😊😊
前回 陸軍の第45連隊 跡地 のコメントで終わりましたが 今回は 我家の系譜で在る 「海軍小唄 」に関する 昭和の曲 2曲のリクエストです。
① 最初は 私が生まれた1960年(昭和35年)の 小林旭の「アキラのズンドコ節」です。
おまかせさんには 釈迦に説法ですが 当初は 日活映画「海を渡る波止場の風」の挿入曲として製作されましたが レコードでは 「鹿児島おはら節」のB面曲でタイトルも 唯の「ズンドコ節」でした。でも B面曲の方が人気が出て 「アキラのズンドコ節」とタイトルを変えて再発売されました。
此れからは 大瀧詠一さんのラジオ番組で解説された内容に 少し私なりの考察が入りますが 祖も祖も ズンドコ とは ① 民謡の 囃子詞(はやし ことば)の 合の手 の事。 ② 軍靴の靴底の音 ③ 大砲の音 が由来との事ですが 諸説在るようです。
確実なのは 若い海軍兵が 遠い戦地に赴く際の 本音を歌った俗謡だと言う事です。(正式な軍歌では在りません)ですから 誰が 作詞 作曲者かは分からず レコード レーベルには 「作者不詳」とクレジットされます。
此の事は 低予算でヒット曲を誕生させたいレコード会社には 好都合で 元々の「海軍小唄」のメロディーは そのまま 戴いて 歌詞は 替え歌にして リズムやアレンジを 発売時の 流行りのアレンジにするだけで済み 正に やりたい放題だった訳です(笑)
比較の一例として 戦後 間もない 1947年に発売された 田端義夫の「ズンドコ節(街の伊達男)」では 囃子詞(はやし ことば)が「トコ ズンドコ」で アレンジは 田端自身の ギターとハワイアン風のアレンジに成って居ましたが 曲と詩はオリジナルでしたので 製作コストは高かったと想像出来ます。
「アキラのズンドコ節」では 囃子詞(はやし ことば)は「ズン・ズン・ズンドコ」に成って居て アレンジは キューバのラテン音楽のチャ チャ チャ の 2拍子 が基調に 成って居ます。このアレンジなら 今でも 社交ダンスのラテン部門で踊れます。
簡単に言えば 此の「アキラのズンドコ節」は 前半の 「ズン・ズン・ズンドコ」の箇所だけ オリジナルですが 歌い始めてからは 元々の 「海軍小唄」の替え歌から構成されて居ます。
小林旭さんの歌唱力に 就いては 大瀧詠一さんが ベタ褒めしていた位ですから 間違い在りません。
②「ドリフのズンドコ節」1969年
次は 私の世代には 影響力の大きかった ドリフターズが歌った「ドリフのズンドコ節」です。
この曲は レコード発売の 1969年〜85年まで 16年間も続く長寿番組と成った TBS テレビの「8時だよ 全員集合」にも触れない訳には行きません(笑)
丁度 私の小学4年〜社会人に成るまで 放送され 視聴者の対象も 小中学生をターゲットにして居たので 土曜日の8時迄に 夕食とお風呂を済ませて テレビの前に座りました。
当時は 家族全員 揃って観て 私は 荒井注が好きで 「なんだ 馬鹿野郎」と「ディス イズ ア ペン」のギャグを真似して居ました。
私が 南中学の頃 1973年4月7日の放送回は この手の番組では 考えられない 50.5% と言う 最高瞬間視聴率を叩き出し 「お化け番組」と揶揄されましたね。
番組のエンディングでは 必ず メンバーが 視聴して居る子供に向けて「風邪引くなよ!」「宿題やったか?」「歯磨きしたか?」「お風呂入ったか?」と呼び掛けるのが お決まりでしたが 何時もは母から催促されても 愚図りがちな 歯磨きも ドリフから言われたら 素直に応じて居ました。(笑)
勿論 此等は ライオン油脂 や バスクリン と言った 番組のスポンサーに 配慮した為でも 在った訳だったと 知るのは 大瀧詠一さん の ラジオ番組でした。
「ズンドコ節」に戻ると 1番〜6番まで在って 5番迄が なかにし礼 の作詞に依る 替え歌 で 加藤茶 中本工事 高木ブー 荒井注 いかりや長介の順番で歌われます。そしてラストの6番だけが 元々の「海軍小唄」の歌詞で メンバー全員で 歌われて居ます。
アレンジは 時代背景が ビートルズ以降に成るので 当然 8ビートを強調したロック調のアレンジに成って居ます。
特徴的なのは 囃子詞の(はやし ことば)「ズンズンズンズン・ズンズンドッコ」と完全に8ビートを意識して繰り返される箇所です。繰り返す度に Keyが 半音(ギターの1フレット分)づつ 音が上昇して行く手法は ビートルズの「ツイスト&シャウト」と同じです。 良く傾聴すると ベース奏者の巧さが キラリと光って居ます。勿論 此の 囃子詞(はやし ことば)の部分だけがオリジナルと言う事に成ります。
もし おまかせさんに 歌って戴けるなら オリジナルの「海軍小唄」の歌詞だとされて居る 「汽車の窓から手を握り」と歌い出される6番をお願いします。戦地に赴く 男達の本心を 描写して居て 長らく 作者不詳ながら 歌い継がれた歌詞には 価値 が在るからです。
ズンドコ節には 沢山のレコードが存在しますが 比較的 近年では 2002年に氷川きよし が歌った「きよしの ズンドコ節」ですかね。ほぼ 囃子詞(はやし ことば)も アレンジも 小林旭のレコードに準じたアレンジだったと記憶して居ます。
多忙な 氷川きよし に 低コストで ヒット曲を誕生させてやりたいとの レコード会社の思惑が在ったのかも知れませんね(笑) そして レコード会社の 思惑通りに ヒットしましたが「オカマ(失礼)みたいな 氷川きよしに 海軍の戦地に赴く若い海軍兵が歌ったとされる小唄を 歌われても」と 亡くなった 父が聴いたら 一言洩らしていたと想像出来ます。
再び ドリフに戻りますが あれだけ 高視聴率だった「8時だよ 全員集合」は 教育熱心な母親達(PTA)から「子供の教育に良くない」との抗議の声が上がり始め 新聞紙上でも取り上げられました。小学校に寄っては、視聴自体を禁止とする小学校も 在ったとか?…。
確かに 下ネタ ギャグや 暴力的なシーンも在り 現在の コンプライアンス的な視点に立てば NG なんですが…反面 16年間も続いた長寿番組だったと言う事は 子供達からは 熱狂的に支持された番組で在ったのも事実でした。昭和は そう言う意味でも 寛大で緩やかな時代だったとも言えますね。