【中編】なぜ中山道の宿場町がそのまま駅になったのか?|高崎線の旅【宮原→熊谷】
高崎線 全24駅を地形と歴史で読み解く鉄道旅シリーズ、中編。
宮原→熊谷の11駅をめぐります。
上尾、桶川、鴻巣、熊谷——。
中山道の宿場町が、そのまま高崎線の駅の並びと一致する。
これは偶然ではありません。
大宮台地という堅固な地盤の上に、1000年前から道が通り、
宿場が並び、その上に鉄道が敷かれた。
地形が道を決め、道が街を決め、街が駅を決めたのです。
紅花で富を築いた桶川、400年続く人形の街・鴻巣、
乗客暴動が国鉄を揺るがした上尾、
そして「盆地でもないのに日本一暑い」熊谷の地形的真相——。
台地が終わり、低地が始まる。
地形の変化とともに街の性格も変わっていく、その転換点をお見せします。
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📍 この動画で訪れる駅
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宮原 → 上尾 → 北上尾 → 桶川 → 北本 → 鴻巣 → 北鴻巣 → 吹上 → 行田 → 熊谷
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⏱ タイムスタンプ
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00:00 オープニング|高崎線とは何か
00:37 宮原駅——合成地名が語る郊外化の歴史
02:55 上尾駅——上尾事件が変えた国鉄の運命
04:31 北上尾駅——昭和最後の新駅
05:45 桶川駅——「桶川臙脂」で栄えた紅花の里
07:26 北本駅——鴻巣のルーツはここにある
09:09 鴻巣駅——400年続く人形の街と台地の終わり
11:08 北鴻巣駅——大宮台地の終端
12:14 吹上駅——海風と山風がぶつかる地
14:07 行田駅——忍城・足袋・古墳、三重の歴史
17:08 熊谷駅——日本一暑い街は盆地ではなかった
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🔗 シリーズ一覧
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【前編】上野→大宮:https://youtu.be/phQCZvbgR-8
【中編】宮原→熊谷(この動画)
【後編】籠原→高崎:https://youtu.be/FtRuTJAdLqQ
【総集編】全24駅 完全版:https://youtu.be/6ck5E66hNYQ
【ご視聴にあたって】
本動画の内容は文献や現地調査をもとに製作していますが、解釈の相違や誤りが含まれている可能性がございます。最新かつ正確な情報については、各自治体・観光協会・施設などの公式情報をご参照ください。
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7 Comments
上尾事件の後も1970年代はスト権ストなる奇妙なストでした。
高校では朝7時の段階で国鉄が動いていなければ休校でした。
ストがあると定期が1日期限延長になり、半年定期が毎回延長手続き取ったので年2回ほどストがあった気がします。
北本、鴻巣の名称変更についてとても鴻巣市民としてはとても興味深くメモを取りながら聞かせてもらいました。って事は鴻巣の名称由来で長年聞いて来た鴻神社にコウノトリの巣があったから、って言うのはどうなるんでしょう。まさか鴻神社も昔は今の北本にあったとかいう?!続いて見てて国府の州ですと!明日からの話しのタネっす。ありがとうございます
勉強してますね!😮😮😮
地元鉄道路線なので 興味深く拝見させて頂きました!
地元宮原駅で紹介された「加茂宮」は読み方が「かものみや」と呼びますので お知らせ致します!
行田駅の話しは、少し足りないですね。元々鴻巣から真っ直ぐ直線的に線路引くはずが、当時の行田市民の反対で吹上あたりから線路が曲げられたそうです。その理由は、当時汽車だったので排煙で足袋や服が黒くなると反対されたそうです。父親から聞いています。今考えると真っ直ぐ通しておけば、行田市はもっと発展していたと思う。よく父が言っていたのは、先人は先見の目が無いと・・
53年熊谷で生きてきてずーっと利用してる高崎線沿線も、まだ知らないエピソードがありますね。
宮原は、イエローサブマリンというホビーショップがあり、中高の頃わざわざ遠征してました。
北本には千円札のおじさんの、北里柴三郎が開学した北里大学の病院がありますね。
熊谷は関東の祇園祭の一つでもある、うちわ祭りにも触れて貰えると嬉しかったです。
とても勉強になりました
国道17号といい昔から中山道ルートは大事な道ですね🛣️