【余市の旅】最終日旧余市福原漁場
どちらからお店ですか? 山梨です。 ありがとうござい。 私は鹿児島です。 ありがとうございます。 本当は洋です。そう。一 [音楽] これチケットはい。からします。 こんにちは。傘ライフの笠島です。今日も動画をご覧いただきありがとうございます。 旧一福から福原の の遺跡に 連れていっていただきました。 パンフレットになっております。 はい。 えっと左側の左の建物。これが親方の [拍手] 住まになります。そちらから入りまして裏の文庫 [音楽] 貴重品沈列されてます。 で、その隣の石倉、こちらも中入って確認できます。 えっと、奥が味噌クラ、米クラ、網あるんですが、こちらは外から眺めるだけなんですけども [拍手] ね。 うん。 そんな形で。 はい。ありがとうございます。どうぞ。 はい。 [音楽] [音楽] の運に使ってたんだって。 ああ。 メタへえメタ。 [音楽] へえ。 山のがないように。 あ、すごい。 水道メーター。 水道メーター古風ほら。 あ、 雪が。 ああ、それでこんな高いとこに水道メーターがある。うーん。風がでも涼しい。 [音楽] 浜たがいいね。 うん。 あ、もう [音楽] 撮影していいのね。 あ、いいんじゃない? 親方の家。 親方の部屋。 親方あそこにドンと座ってるね。 へえ。 調和場。ああ。 ああ、すごい。 こっから いいな。 あの、いりに当たりながら うん。 こっちのやのヤの人たちをこう見てたんだろうな。 うん。よし。わっさがね、で、親方が [音楽] うん。 ね。 ね。お、おがい。すごい。え。 あ、 食べ放題だった。 昨日の切り込みが出たでしょ。 あ、口出ちゃうのはなんか寿司か。 いしだ。 あまりね、たらわかんない。はい。し 焚き火ね。暖房は焚き火。 すごいす。天井が高い。 もしお邪魔でなければ ご説明。ああ、ありがいいしましょうか。 ありがたいですね。 はい。 カメラはそのまま回してください。 えっと、まずこの建物の、 え、成り追い立ちと言いますか、そもそもは福原、え、この人からの創業で始まってます。 うん。 え、元々福原さんがこの建物を立てたんでなくて、元々あった 2の番野屋を買ったと。 はあ。 うん。 そもそも福原さんてのは、え、同南の上の国。 上の国函館の。 えそうです。そうです。そちらからこちらにあの出稼ぎできてた方なんです。そもそもがうん。 その経験の積み重ね自分で創業しようという考えになりましてこの建物を譲り受けて、ま、買ったということですね。 うん。うん。 それであの二両に、え、背を出していたんですけども、関線 2 の波トれ高中高であまり西のバブルを得ることができず うん。 創業もまならなくて、え、 13年くらいで、え、23 年くらいで人手に渡ってしまったと。 で、小さんに変わって、 え、小黒さんも あまり美味しい思いしなかったらしい。あ、そう。 え、時期的なものもあって、で、川内さんに変わってから西のバブルが来たと。来た。 ええ、 それでこの川さんが、え、西のをしてうん。 え、そして西だけじゃなくて川内さんが長期にわって創業できたのは業のみならず高系で漁業農家にも手戴した。 あ、そう。 目を向けた。 で、家樹園であったりとか米であったりとか それであのまた財を出して長期に渡って よな西の漁業っていうのは [音楽] うん。 で、稼ぎの方が50人から60 人って言われてます。その方々を養わなきゃならない。 うん。 なんせお金がかかったみたいです。 それで借金しながらやられてたみたいで。 へえ。 それが、え、当時川内さんはその西のバブルを得たと。 うん。 巨の富を得たと聞いてます。 うん。 それで今あの深原子さんがこう創業されたされるにあたってこちらがあのどありますね。 はい。 これを境に左側が、 え、婦さん、 漁師さんね。 師さんです。 恐風黙りなのは溜まり場ってんですね。 うん。3 月、4月、5月のこの3ヶ月間約100 日ここで寝泊まりして うん。 新食共にしてた。 すごいね。 ね。ちなみに今ここあのこれは去ってるんですけどもここが反対って消費ご飯食べることなんですよ。 うん。 で、これが今ぐっとこの字にはげるようになってんです。 あ、あ、あったわけね。 ええ、そうなんです。 そこでみんな土足でここに踏み込んで食べてたと。 はあ。 で、かつ今ここにはご馳何もないんですけども、当時ご飯、 3ページ汁類2 周の切り込みはい。うん。うん。 これが出てたんですね。 それ標準。 ええ、それが標準どころか当時白いご飯銀サりと言われた白いご飯が気少だったはずなんですけども食べ放題だったと放題 なのでかぎで来られた方はお金のみならずこの米 それを楽しみに毎年のように 35月の100 日間来られちゃってですね。 へえ。 うん。 それで当時の稼ぎなんて見学者から聞かれるんですけどもその 3ヶ月間で大体普通の人の 1年分くらい数えたみたいです。 すごいます。で、金額にしたらいくらと言われるともちょっと 今の価値に照らっしゃましたらちょっと難しいんですけどもいかせその当時は 35月の3ヶ月間で 同じうん。 その時代の人たちの1年分の 練習を稼えてたと聞かされてます。 今の反対なんですけどもしてこれメニュー うん。 異感線100日同じメニューなんですよ。 同じ そうなんです。なぜかあったらあのマカナイフが 2人しかいなかったんです。ええ、 最高50個60もいたさんたちの若いを 2人で2人です なので日メニューなんて到底できるわけでもなく毎日同じメニューだったんですけども文句 1つ言わず業さんたちは 汗流し働いてたということです。 ま、食べるだけでやっぱ良かったんだろうね。 そうですね。 なので当時の白いご飯は、ま、後で米くらも見られるわかるんですけども、備蓄の米の量、 それらをやっぱり親方様は確保しとこないと 玉漁さを養えなかった、使えなかったということですね。 それで今、あの、この 1階の部分 うん。 判断になってますけども、あとはもうみんながタムロするとこで上の値代 [音楽] 今で言うところのロフトですね。 ここがあの、 雑コネするとこなんですね。雑 コネでね。 そう。うん。 あの、当たってたのは、あの、わのご座ですか? ゴザ。 うん。 わだんだござめ。 うん。 暖房はこれだけ。 それできならぬかな 1人に2枚です。 いやいやいやいや。 あんなものを着て寝る。 うん。かけて。 だからあとは自分で寒かったら重ねにするなり当たったなるものっていうのは敷の代わりにその餃座のものと掛け太にならその虫 [音楽] むろ ああ むろが正解ですねえ てるうん ああのねなんでわであんたです でちなみにですねここにいりこれがダ 1つなんですけども ここにはあの言葉悪いですけども片っぱの漁師さんは が 入れない入れない いや、入れるんですけど、重が日の周り、 要は先動さんもいて1番大事な人たちは 漁師さん1人2 人いなくても言できますよね。でも先動さんとか そういなければ一 番大事な人たちがこの1 番あったかいところにいたと。 へえ。 なるほど。 大事にされたという。 で、あの、今上に札かかってんですけども、 左側が平でだんだん右側に偉くなっててる。 [音楽] そういうことです。右側のしがこの周りにいたんであろうと言われてますね。 [音楽] ええ。 ええ、 それで今、あの、右側、あの、どを挟んで、え、右側が親方家族の部屋になってるんですね。 一目瞭然板の沼と畳の差違う。 これがあの使ってる側と使われてる人の差。 ええ、そのようになってます。 ま、中、あの、ご覧になっていただければ いいんですか? いいものかなり飾ってあるんで、ちょっと来てください。 いえいえいえいえ。 よくわか かなと思いながらせっかくらいたい反転。最近 うちより素晴らしい。 これちなみに電話ですよ。昔の 電話? これ どれ? ああ、 時代劇とか昔のドラマであるんじゃないですか?これですよ。 はい。はい。耳がて。 ええ。 ええ。 ああ、本当だ。 うん。 へえ。 昔の電話なんですよ。 昔の電話なんです。 うん。 で、僕の親方様の 席で ちなみに今目の前 透明なガラスになってますよね。 はい。 はい。 なぜでしょう? 見張る 世界。 うん。 あのやんちゃな漁府さんたち日トラブルが足ないんですって。 ええ。それでここで見張ってた。 で、合わせて今目の前に格好版があるんですが当時はあの浜まで見えてたんです。 ああ。 え、浜にもikt板があって船つけてたんですよ。どんどんどんどんどんど。 それで海の状態で見れてたと。は あ、今日しけてるなとか、今日なと。 なるほど。海が見える。 見えるんだ。 て合わせて親方がここに座られてて、 ここに場があるんですよ。 ちょろかさないように目ひからして。 ああ、 相当あの信用のある人間なかった。ここでやってなかった。 いい話ですよ。え え。 親族じゃなかったんだ。 いや、丁場は違います。スタッフでね。え、 だから信用のおけるちょっと切れるスタッフ。あ あ。 悪い知恵じゃなくて悪ついてない。知恵のある人間。 知恵のある 悪い知恵のある人間は多分よっこすのかな。 ね、そういう信用のバトさんですよね。そうそうそう。 で、当時からこの神田今もう一の神社の神様祭られてんですよ。 それで、あの、ここに来たお客様が以前に余談ですけども、 手を合わせていった後に高口が当たったとか 当たった して後に俺礼参りでいや実は手合わして生まれたら当たったんですよっていう報告も受けてました。あ、そう。 [音楽] ま、旅の安全機願じゃないんですけども是非 見てないですか? はい。ご利はありますよ。 あるよ と言われてる。 あ、本当だ ものですね。 うん。 あと3 面鏡もそうなんですよ。ら、本当だ。 本当だ。 で、こちらが何を書いてるのか私にはよくわからないですけども、あの、知識のある方は相当 [音楽] 貴重なものらしいですよ。 うん。 で、合わせてあの、詳しい方が目を見張るのはこれですね。 ああ。ね。 ランマのおもちゃらしのこれ。 これは 相当お金かけてるというか、こだわってたというか。 そう。さん、 私はよしやしわかんないですよ。 でも聞いた話はすごいですよって言ってましたもん。うん。 いや、本当は ええ、ラマ文化はね、私はほら鹿児島だから 鹿児島はラン文化な。 あ、そうなんですか。 そうだから客室には必ずこれがある。ははは。 いや、しかも役島とかね。な んとかい、よくわかんない。 わかんないね。 うん。 うん。 まあ、なんとかこう 分かるような気がするね。色々 なんとなく。 川内さて。うん。 あ、この人だ。 川内さん。 あの高いね。 本当。 うん。 あれ?この人は次郎さん。あ、やったのは藤次郎さんだったよね。あ、この人だ。あ、 そう。 あ、この当次郎さんだ。 そうです。藤次郎さんが川さんの親方ですね。 [音楽] うん。 この方が西のバブルを うーん。 経験した。すごい1日で置くらいの2 って言いましたよ。今に感すれば すごいね。 ま、後に今資料見れば その当時の様が分かると思うんですけど。あ、中身いないんですかね? で、当時の川内さんは三発屋さんを呼んでた時。 ええ、 すごいね。これを見る限り三発剤を置いてる家なんてないじゃないですか。 本当だ。 それで床屋さんにを呼んでもらうと [音楽] すごいです。 スケールが違うってちょっと想像できないな。 こちらがあの客満になってまして お客さんのおもちゃなし。 そうです。いらっしゃ。うん。 [音楽] なるほど。 いや、気の発皮だね。 ねえ。 うん。 うん。 100万。ええ。 ただこれだけのとこれだけの面積と 持ってるとこと全国しなかなかないらしくて 全国からもう珍しいって言われますね。 このあの2 の番やに興味があって来られる方は うん。 だから大元み大したは毎口ないんですけど僕こんなにすごいんですねっていうびっくりし えます。 作業は そうですくのに全部加工ここでやって貯蔵まで という 場所ですね。 そういう広さはね、必要だ。魚取っただけじゃなくて。 うん。 うん。 しい。 なるほどね。いやいやいや、ありがとうございました。 親方の家族が流行られた日の木の風呂があるんですよ。 へえ。 ええ、 それが親方家族しか入れなかった。 あ、そうなん。 したら教室さんたち、漁師さんたち何してたの?おったら町のプロクか、 え、西の五衛門ブルの構です。西茹でたであろう。それを入った。 うん。 自信が入るか耳間が入るか。 そうです。今あのさっと見て欲しいんですけども裏にトイレ便所があるんです。 左側。 はい。これね、 もう綺麗になってますんですければ 左側があの漁師さんの使うトイレ。 うん。 右側が親方家の使うトイレ。 うん。 その差は見てくれれば分かります。 ああ、使用できませんね。 使用はできません。綺麗にしてますけど、毎日掃除してます。 こっち見てください。 どっちもトイレな。 こっちは これはなく草焼きみたいな感じ。 どうです? あ、本当期ですよ。 へえ。 すごいよ。 すごい。 こっち親方。 こっちは方。 いや、全然これさ、 ま、大で言うところの板の沼と畳の桜 そうだね。 ずいのが見てそれね。 この金格士の差がすごい ねえ。 いやいやいや。 面白い。 すごい。 あまりこのおしべ。 おしゃれがそのトイレに相当お金があったんじゃないですか。 [拍手] そっちのもの置きは大丈もんじゃないんできましょう。 [音楽] [拍手] えっとこちらの建物が 3階建ての建物なんですが はい。 しっなってんですね。 しっくい。 はい。 えっと三角屋根のあのちょうど白い部分ありますよね。全体があの色なんですよ。本来。う で表向きをタモフラージュしてるんですよ。木で。 これ取り外しできるんです。 できる。 ええ。 え、明治対象頃の建物なんで 戦争の影響もあったのか白い建物狙われてあろうからカモフラージュしてたという説もありますね。 う、 どうぞどうぞ。合わせてこれ今中見せますけど相当眼頑作りになってんです。 う なぜかと言うと、ま、後で説明しますけども うん。 防か防犯そらに竹田さ 作りになってまして 私消防なんですけども 火事なってもこれ中大丈夫だなっていうの作りなんです。 あ、40扉になってです。 すごい。 表が両焼き。 おお。 こちら。 はい。はい。はい。 で、今説明したように当 この白い壁がになってんですよ。 なるほど。 当時カラージュしてんですよ。 なのでこの位置の扉の厚さ見てください。 おお。 長もそうだった。ジね黒 でこのしくいとこの段差が噛み合わさって 綺麗などういいの?いいですか? いいです。 ああ、この開き度 ね。 なぜここまでしたかと言うと この中には気重品もあったかとは思うんです。 うん。 ですが諸説にはうん。 大やから近くぐってこの下に うん。相当なこれ 置いてたと ああ ことですね。 そのこの地下は見れないです。 その通路っていうのは発見されてない。 いや公開してないんですけども諸説。 諸説ね。 なるほどでしょう。 諸説え であろうと。 そうです。 なのでここまで環境にしたんじゃないかっていう。 うん。 他の建物思はもう目ですから簡単に燃えますもん。そうだね。 で、ここは仕だから絶対燃えない。 ああ。ああ。 で、ここにあるのは川内さんから起装されたものですね。 ああ、そう。 やら、え、私は詳しくないんですけど恥ずかしい。 うん。 豪華なものらしいですよ。 うん。 みんな金使って苦し塗りの 金ね、特別の 2人。 そう、金使うたらすごいよね。 だからお客さんの表なしであったりとか それらに使われたんじゃないかということなんですが 当時の 何入れるんだろう。 高くマシさんの へえ 手紙もあるんですよ。 すごい。 要はその川口内さんを頼っていきなさいっていうなる文書なんですけども 僕がだよ。 これはすごい見えちゃうと思います。 へえ。 すごいよ。にあった手紙本当だ。 さっきの当です。各のごにこ老だとかってすごい。すごいね。 老で 達筆 ね。ね人う。 [音楽] で、この上があの当時川内さんの区家族が使われてたものでまた貴重なものを結構え 展示されてまして。 あ、そう。 ま、大じゃなかったら階段上がって当時のものを風景ビッツ取れるんで 貴重なものいっぱいありますよ。 あります。 お 間違いなくお金持ちだったんだろうな。 なるほど。 足元気つけてるから。 はい。 私下にいますんでもしず受けても受け受け止めます。救急に大丈夫? いや、大丈夫ですよ。 ゆっくりゆっくりゆっくりゆっくりゆっくりだ。大丈夫。 よいしょ。 よいしょ。本当だ。3階まで。 今正面にあるのはアメリカ製のラジオです。 ああ。 ええ。 アメリカ製 アメリカのラジオ。 おえ。 レジオ。 ラジオ。 うん。 へえ。 アメリカのね。 なんだこれ? 漫画 よく取っといたなっていうくらい。 懐かしいな。 我々この時代だったからね。 ああ、そうですか。うん。 赤鈴之助て、 その本に食いつくより私的にはこっちかな。 で、合わせてこっちかな。いや、いや、い [音楽] 本当だね。本当 当時の状態ですね。 うん。 ああ、うちの歯にた ね。あ、これな入れての人だから 炭入れて持ってたらそうそう。 みかの箱がなんか渋い。 スキーもあるよ。晩がさ、ま、 全風機ですよ。そうなんじゃね。 最ですよ。 ね。本気にだ機ですよ。 あ、茶剤はどこにもあったとは思うんです。 これ、これはね、今私も現役で使ってんの。 ああ、そうですか。すごい貴重なもんですね。 100 年近くなん。 ああ、欲しい。 [音楽] あ、これいいな、これ。海。うん。 うん。 海作。 うん。 茶ブだ。なんか可愛い。い 髭た。 うん。 あ、懐かしいね。これ みかのキ箱ですね。 そう、そう。正月前に未箱でこれ そうですね。今ならなぼですけど私も私 62 これにスキーかましてそれにして 懐かしいなと思キなんですよね。そうです。 ああ、本当だ。 あとスケートもあるんですよね。これね、 スケート。 スケートもあるね。 はい。 追いはあの靴にこうはめ込んでスケートしたて 今一体がなったみたいですけど。 [音楽] はい。ゆっくりしておりますよ。あ、 はい。行きます。 すごい。 次下にいますんでずっけても受けますから。 保管するための あ、 建物だったんです。 今は当時のものを うん。髪が厳しい。 復減したのね。 そうですね。厳しい。 全然こう。 これが魚の洗い。 お、 いいね。このたい。 すごいな。 すごいね。 うん。 お、 すごい。 多分これを持ってきてもう 次から次と八屋に西が来るんで うん。 どれだけさばいてもさばきれなかったんじゃないですか。そう。 おそらく名前がついてるんだろうね、この尺で。 そうですね。今ここしかないんですけども、洗いにしかないんですけども、 今中引く前にこちらがあの当時の 魚の 加工であったりとか 流れ作業でこのようにここで全部やられやられて ここでね。 そうです。 うん。 山陽皇帝から全てね。 うん。 信業の仕組みであったりとか すごいね。 これがさっき話してた うん。 西をゆいて 宮するための大釜なんですが、 ま、さ入ってたから が入ると そんな感じですね。 そうにえ、 中入りましょう。 はい。 この中の展示物がまた当時を改する あ ことのできるしですね。 うん。 ま、当時のこれはあのレクリカですけど、こんな小さいては証明しませんですね。 [音楽] 絵がいっぱい 船で量に出て船で魚を持ち帰ってくるというも 網を仕掛けに行けるんですね。あ、 これが当時の 網、 海の人あのこのような 絵になってて うん。 船で網を下ろして魚を折って魚を引き上げる。 ああ。ええ。 で、この網の中から魚を引き上げる。 そうです。 おお。 だから船に積んでも知れてるんですよ。 そうだよね。 うん。 それでも当時船に持ち帰って うん。 沈みそうなぐらい乗せてきたと。 で、合わせてあの 貝ついてるんですけど船に謝って うん。 沈まないんですって。魚で 沈まない。 沈まない。 どんだけ下に魚いたの?魚で言たいです。 すごいことだな。 すごい。良かったらしいですよ。 うん。 ループぐるっと回れば買いたい。 はい。はい。はい。 いい感じで見れてね。 ああ、 当時買使ったの。これがあのまるからあのこ、これもっこって言うんですけども うん。 女性がこれをしって20km くらいあるんですけどもこれで運んだと。 お で1回運んでぼって窓取りしてたみたい。 なるほど。 頑張っても頑張んなくても同じじゃなくて運んだけお金なった。 [音楽] で、一応これ砂袋が 5kgの4 つでさせるんですけど、痛いからやんない方がいいです。 すごい 結構ね、ロープが肩にくい込んで痛い。重たいよ。 学生さんたまに来られてやるです。いていててってやらないとよかったでしょ。 [音楽] これ見てください。これ当時のお ね。 これはですね、 これリパ。 そうです。 あ、そう。これ前浜なんですよ。 ここの前浜。 ぬかずさんのとこ。 ええ、そうです。あのこれは大きな魚に追われて西がに着いたであろう。 すごいね。 これだけのもの上がったんじゃなくて追われてきてた。 追われてこれ 2上がったみたい。 へえ。 そのくらい西がこんな感じですね。これ 磯舟に西を積み込んで ひっくり返るて。 うん。へえ。 西魚にあらず いや魚なんです。そうですよ。下の方にええ 魚なんです。 ただ今のように生で食べる文化がなかったから 宮、 その宮西になるのも 30%、25%か30%ぐらいで 間は西カす 油。 その西カすは ロカさんのこれを体操を受けてたと。う [音楽] だから西から取れるのは宮西白かの子。 あ、春の子ね。 はしてたです。あ、へえ。 今してうん。うん。 干して。 これはあのバくんですね。 ええ、船をするとじギで 巻き上げでここら辺の絵も今の敷の中で 200種のあ、そうなん。 ええ、前にある。 はい。 これがそう。 はい。 踏んであるんですけども、 今外ってればです。今何もないんですけど、当時こんなにしてた。 あ、数を取ってたりするんでしょうね。 すごいね。 すごい。 これはなんでこれなんでなんでこんですよ。え、 [音楽] ちなみにこの倉の石は樽のあのがありますよね。 [音楽] はい。 倉庫にあの石と同じものを使って [音楽] 作り方も一緒です。 石何ですか? 何席?え、そうです。 うん。山になんて山い。そうですね。 [音楽] はい。こちらからお願いします。うん。 ありがとうございました。 いいかな? はい。ちょうど ちなみにですね、あのここの深の 用子さんたちの食を支えるために うん。 うんと70票で 70票必要なんですね。米 あ、すごい。 うん。それがチームが 2つあったんで140秒。それが 米くらいに保管されてたと。 なぜ思やからこんなに離れてるかあったら はい。 燃えたら大変。 あ、そっか。 あ あ、そうか。 うん。 あとネズミ対策。 山が後ろにあるんでネズミ対策のためにネズミ落としなるもの採掘して。 価格がしてるんで 少しだけ。 うん。 だから米、味噌、酒動してたみたいですね。 うん。 計算されてるよね。 そうだ。本当だ。 斜めなっててネズミ落としてこれでネズミ すごい。本当だ。 すごい。 ご飯は大味噌ね。こ醤油味噌。 1年345 日間か。お、 その食を支えるためのなんですよ。 ああ、こがめ で隣が 140票。 うん。 うん。ここが当時 10 年以降二が不良になって、いよいよ川さん農家うん。 ああ に農家を手掛けた関係で農家のなるほど 器具も入ってるんです。 うん。うん。 行は昭和の22 年にはもうしっかり魚やめてか 1本。2 年に そうです。 よくですね。切り替え。 へえ。 当時 最がんこ 5万t5万t マックスで うん。 その3C500の100日で 5万上がったんですって。 それが私調べて 2022で うん。北海道の全部でうと 2万t なのでどれだけ取れたかあったら うん。 その 夜一だけでその北海道の取れる 2.5倍の2が取れたと。 へえ。 すごいことだね。 そうなん。 うん。 よ一そういうとこだったんだね。 ね。すごい。 で、ちなみに今は250t くらい一で上がって 1/2。 へえ。 で、こちらが味噌倉。 あ、味噌倉。こちらがアクラです。 網です。貝とか 掃除の魚 はい。 うん。 奥にあの浮玉あるんですけども、あれプラスチックできてるんですが、 当時北市一ガラスのガラス玉が それで北一ガラス反映したみたいですね。 あ、 浮玉から始まって、今はガラス加工なってますけども、魚の浮玉から始まったみたいですよ。 うん。うん。 北一ガラスさんのになってます。 [音楽] すごい。 この金格士の差がすごいな。 いやいやいやきです。 すごいよ。 おこのあの西のに興味があって来られる方は うん。うん。 大元に大したは毎口ないんですけども奥にすごいんですねっていう。 [音楽] いやピだね。ね。 うん。 そうそうな。 その経験の住み重ねで自分で創業しようという考えになりましてこの建物を譲り受けて、ま、買ったということですね。 それであの 2両に背を出していたんですけども一か幹線 2 の波取れ高であまり西のバブルを得ることができず うん。 創業も飲まならなくて、え、 13年くらいで23 年くらいで人手に渡ってしまったと。 で、小さんに変わって、 え、小室さんも あまり美味しい思いしなかったらしい。 あ、そう。 ええ、時期的なものもあって、で、川内さんに変わってから西のバブルが来たと。 来たの。 ええ。 おお。 それでこの川内さんが、え、西の財をして、 え、で西、2 西だけじゃなくて、川内さんが長期にあたって創業できたのは業のみならず高でと言いますか、そもそもは福原、え、この人からの創業で始まってます。 え、元々福原さんがこの建物を立てたんでなくて、 元々あった2の番野を買ったと。 はあ。 そもそも福原さんってのは、え、どう、 [音楽] もしお邪魔でなければ ご説明。 ああ、ありが いたしましょうか。 ありがたいですね。 はい。 カメラはそのまま回してる結構です。 はい。 えっと、まずこの建物の、あ、 ええ。 [拍手] [拍手] 最後までご視聴ありがとうございます。 この動画がいいよ、チャンネル登録と グッドコメントもご用意ください。良いに 行かれた方は是非ご覧 になってください。ではまた [音楽]
ついに最終日となり余市の旧福原漁場を見学しました。
係りの方が丁寧に説明していただいたおかげでとても分かりやすく楽しい見学となりました。
#旧余市福原漁場 #余市の旅 #北海道の旅
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私は、60代で楊名時八段錦・太極拳の師範で山梨県で指導していて、終活ミニマリストを目指しています。
ガーデニングが大好きです。
モーツァルティアン・フェラインというモーツァルトの愛好家の会員です。
ユーチューブ動画アップすることが趣味のように楽しくなりました。
2022年9月19日からスタンダードプードルを飼い始めました。
飼えなった生徒さんから2歳のオーデンをいただきました。
大型犬を飼う覚悟を夫婦で話し合い、玄関のドアをつけたり外構工事をして庭にオーデンが危なくなく出られるようにしたり、絨毯をひいたりしています。
飼い始めからの動画をアップロードはじめました。
良い気の流れを作っていくという事がライフスタイル全体にわたり
私のテーマになりました。
それは、身体の中は気血の流れを良くする楊名時八段錦・太極拳を
して心と呼吸と動作を合わせて心息動の一致を目指して動いていくことです。
また自宅は、清潔に整え掃除をして物を減らして空間を大切にしていく事。
使わない物好きではない物は置かないで捨てていくことで
自分の持ち物を減らしてすべての物を自分が管理できる範囲にして
すっきりと暮らす事。たまたま広い自宅に住むことが出来たので、
家も大切にしてあげたいと思う。
食べる事は、とても大切で何を食べるか、身体は、2か月前に食べた物で出来ていると
と言われるから、今日食べるものは、豊かな物を食べていきたい。
そして胃腸の調子を整え、良い流れを作っていきたい。
とくに腸を整えていきたい。
高額な贅沢な食べ物という事ではなく、自分で料理して納得のいく物を
食べたり、家族や友人や仲間と食べる豊かな食事の時間を過ごしたい。
山梨県に住む事で良い空気や水や新鮮な野菜や果物が手に入る良い環境で
暮らす豊かな時間と生活にとても幸せを感じています。
大好きな植物との暮らしを楽しみ、植物の日々の成長を感じて愛情をかけて
植物を育てていき植物たちと良い気の交流をしていきたい。
スローフードにとくに興味があり、時間をかけて変化する糠漬け、梅干し、味噌作り
らっきょう漬けなど、昔の良い時代の日本の食文化を大切に作り続けたい。
身体が元気な事が一番と思って、楊名時八段錦・太極拳との出会いに
感謝して、多くの方に良さを伝えていきたいと考えています。
楊名時太極拳講師依頼は、yiu26747@nifty.comまでメールでお問合せ下さい。
可能な限り対応します。あなたのお教室に呼んで下さい。
是非ご一緒に太極拳をしましょう。
またコラボして下さる方を募集しています。内容は、何でも私が対応できることであればよろしくお願いしたいので、上記アドレスでメールでご連絡下さい。
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