まぁくんの第二の故郷!?八尾市で産土神に再会!本町筋商店街も探索からの八尾天満宮へ #今日から開運 #バワースポット

はいまくんですえこちらはね近鉄八王駅の ねえすぐ気になる本町商店が街実はね僕が え高知県で生まれて高知からえ最初に来た 大阪の地がここなんですよえや歳からえ小 学校入るまでねえ住んでたんであの ものすごくあの懐かしい場所ですで全然 変わってないですね えもうシャッター通り商店街になってる とこも多いんですけども本当にあのレトロ 場所です の奥に見えるのがねえ僕の千王その当時4 歳から一応小学校上がるまでいたんでえ 砂神様と土上神様が兼ねてるえ野王天番号 ですね本当に懐かしいですねこれも50年 ぶりぐらいですよね うん ほとんどしちゃったんなっちゃってます けど 今日日曜日だから閉まってるのかむちろん 日曜日開けるべきだと思うんですけどね こんな感じのとこですけど鳥が見えてき ました ね幼少期え大阪に来てえ高知県で生まれ4 歳の時にねえこちら大阪に来て最初にあの 住んだのがこの八王市なんですねでこの 八王でえ混られてる神社がだからブスナえ 神とえ土神様を両方兼ねてるのがこのヤオ マングルなんですけども雨の星の御がまえ こちらで祭祀られてるえ神様そしてまあの 恵比寿ね恵比寿シーンもられてるみたいな んですけどもえ当時私4歳の時にお参りし た記憶はもう全くないんですけどもえ今日 改めてあの参りさせていただいてす々しい 気分になりましたですごくね懐かしい気分 になったんでえー嬉しかったなと思って ますで商店街がねえほとんどまだそのまま 残ってたっていうのもすごくあのえ 嬉しかったですねで雨の保の見っていうの はえ一応農作ムえそうですね5国法城で あったりね綿の神様なのかなえ産業の神様 であったりとかえ一応ま濃厚の神様として え進格付けされている神様でえ一応まえ お母様がえ天マテラス大の神っていうねま 有名な神様ですけどそれの次男に当たると いう風に深夜に神話にはえ残されていると えなってますはい Yeah

鈍行丸まぁくんは高知県高知市で生まれた土佐男です。
しかし、父の大阪転勤により4歳からずっと現在まで大阪にすんでいます。✨
なので完全な関西人で大阪弁を話す男です🤭

そして高知県から最初に降りた地がこの動画で紹介する八尾市で近鉄八尾駅からすぐの場所にすんでいました✨

なのでこの地が第二の故郷のような感覚で懐かしく商店街を歩きました。
ほとんどシャッターが降りていて逆にびっくりしました😅
しかし残っているお店はどれも幼少期に見た思い出を蘇らせてくれました✨

昭和レトロな商店街を抜けると八尾天満宮が見えてきます。

八尾天満宮

ホームページ

享保年間の火災により、社殿悉く鳥有に帰したが村民直ちに協力して再興した。現社殿は安政五年の改築である。

八尾部落沿革誌に拠れば「社史・社宝は享保の火災で焼失のため旧縁不詳であるが、祭神二座の内、道真公神像は明和4年5月菅前大納言高辻殿当社に参拝寄進せられ、爾後御神忌の都度高辻家より寄附目録等有之」とある。

境内は、1,142坪、社殿は本殿・幣殿・拝殿在り中門・手水舎・遥拝所の設け有りて、末社には、稲荷社・琴平社・三社(天照大神、春日大神、八幡大神)の外、八尾市産業の守護神として、崇敬篤き八尾戎神社があり、毎年正月7・8両日の八尾戎祭には盛況を呈する。

氏子範囲は本町1丁目より5丁目までと栄町・光南町・新家町に及び八尾市の中心部を占める⛩️

八尾寺内町の鎮守で、「八尾の天神さん」といわれる。
祭神は天穂日命(アメノホヒノミコト)と菅原道真で、慶長年間に片桐且元が創建したといわれている。 
中門は寺内町の木戸門を移建したものと伝えられ、また境内には寺内町開発者森本行誓の六代の孫房吉寄進の灯篭がある。
近年は恵比須神をまつり、一月八日は例年「八日戎」として賑わう🌈

出典:『史跡の道・説明石板』(八尾市郷土文化推進協議会・八尾菊花ライオンズクラブ・八尾市教育委員会、1983年)

3 Comments

  1. まぁくんの匠な話術もさることながら凄く詳しく神様のお話をされるのが素敵です💕
    凄く勉強されているんだなって感心しちゃいました(*☻-☻*)👏👏

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