サムハラ神社 奥の宮 (だと思っているのは実は加茂の金刀比羅神社かも?) #岡山観光ファイル

ちょっと乱暴に説明しますと、新興宗教「サムハラ教」の小さな祠(新しいのと古いの)があるだけです。それがめっちゃ広い「加茂の金刀比羅神社」の境内のそばにあるので、全体をサムハラ神社と勘違いしちゃう人が多そうなので、最初に断っておきます。それでは解説をどうぞ↓

「サムハラ」という言葉は、かつて戦時中の兵士たちの間で、弾除けのお守りとして唱えるのが流行っていました。古代神字の神秘性と音の響きがよかったのでしょう。

田中富三郎氏も日清・日露戦争に出征して生還しましたが、無事に戻ってこれたのは自身が信仰していたサムハラ大神の加護によるものと考えました。その後、万年筆の会社「田中大元堂」の経営で成功して、サムハラの文字を刻んだ指輪やメダルなどを製作して戦地へ送ったりと、サムハラブームの立役者となったわけです。

そして出身である岡山県津山市加茂町の金刀比羅神社の境内に、小さなサムハラの祠を作りましたが、当時の岡山県の警察に「商売の宣伝目的だろ!」とケチをつけられ、一旦壊します。

後に大阪で「サムハラ神社」という建物と宗教団体を作りました。名前が「サムハラ教」だと警戒されちゃいますが、教団名自体も「サムハラ神社」にしちゃうのは、いいアイデアだと感心しますね。金光教や黒住教も、教団名自体を「金光神社」「黒住神社」に改名すれば、警戒する人も減るでしょうにねー(笑)。

そして岡山県の小さな祠は戦後に作り直して「サムハラ神社 奥の宮」という扱いになり、信者の人達が、ルーツを求めてわざわざバスツアーなどでやってくるわけですね。

多分、信者の方達による営業活動の一貫だと思いますが、近年では旅行ガイドブックなどでパワースポットなどと紹介されることが多く、スピリチュアル大好きな観光客が、岡山の「サムハラ神社 奥の宮」に押し寄せているわけです。

ただ、ほとんどの観光客が深く考えずに見て帰って意識しないと思いますが、サムハラ神社だと思っている場所のほとんどは、実は加茂の金刀比羅神社かもしれません(笑)。立派な石段も広い境内も、香川の金刀比羅宮の系列で、祀っている神様が全然違います。仮にもしパワーが得られたとしたら、どっちの神社の効果なのでしょうか…?

でもサムハラブームのおかげで訪問者が増えればお賽銭も増えるでしょうから、加茂の金刀比羅神社も恩恵を受けてる部分もあるのかな?でも多分ろくに下調べせずに来た人が悪気なく「サムハラ神社の御朱印を下さい!」って金刀比羅神社の人にお願いしてるんだろうなーって、容易に想像がつきます。そこにサムハラ教の社務所なんてないですから~残念!ちなみに御朱印もらうには、電話で連絡して個人宅に押しかける必要があるみたいですよ。そこまでして欲しいですかね。

映像内では展望台あたりで、たぶんサムハラ教の信者の方達が十数名ぐらいで何か儀式を行っているっぽいのですが、そこは加茂の金刀比羅神社の敷地なのでは…?と、心の中でツッコミながら退散するのでありました。

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