【路地裏と坂道の迷宮】尾道古寺めぐりコース② – Japan in 4K
前編:https://www.youtube.com/watch?v=eS1pEqW-buQ
00:00 オープニング
00:55 天寧寺
05:40 艮神社
09:07 妙宣寺
11:02 善勝寺
14:16 慈観寺
19:00 御袖天満宮
21:52 大山寺
28:00 西國寺
38:42 久保八幡神社
45:37 西郷寺
52:57 浄土寺
55:24 海龍寺
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12 Comments
Que hermoso es Japón 😊❤🇯🇵⛩️🎐🎏
Sounds like you wear geta not red tabi sneakers., sounds hot still.
尾道、いいですね。他の人が撮影していないような場所まで映されていて、興味深かったです。
Спасибо за прекрасное видео. Успехов и всего самого доброго😊💚💮🍀
Great Japanese record, covering the beauty of oriental gardens in Japanese temples, thank you very much! 🎉🎉🎉
26:22
大山寺から西國寺へ行く途中の右側、尾道市西久保町に2015年3月まで存在していたのが「芳山和子の家」です。
現在、その建物は取り壊されて、雑草と隣地から伸びた枝によってその跡地は荒れ放題になっています。
持善院さんによって防草シートは敷かれているものの、雑草の勢いの方が勝っているのです。
ところで、本年2024年4月16日(火曜日)は、映画「時をかける少女」の芳山和子が福山大学薬学部の廊下でニセの深町一夫と再会した日(1994年4月16日土曜日)からちょうど30年に当たる日でした。
それで、私はその記念に同月17日(水曜日)9:87に「芳山和子の家」の跡地を再訪問したのですが、その5分前、ここである男性が熱心に「芳山和子の家」の跡地をカメラに収めている姿を目にしました。
信じられますか、右側の空き地で「時かけ少女」のロケがあったのは、今から41年も前のことなのにです。
私は、本年2024年2月17日(土曜日)に映画「35年目のラブレター」のクランクインにボランティアのエキストラとして立ち会うことになりました。
「35年目のラブレター」は、来年2025年3月劇場公開予定の新作映画で、主役を務めるのは笑福亭鶴瓶さん、原田知世さんです。
私は、単に、撮影後の後片付け要員を兼ねて参加したに過ぎず、原田知世さんが私の勤務先のロビーに来られることを知ったのはそのわずか2日前でした。
映画監督を務めたのは塚本連平さんです。
これだけでも十分びっくりさせられたのですがそれだけでなく、私は、とても驚くことを体験したのです。
なんと塚本連平監督が出演者、撮影スタッフ、エキストラを目の前にしてクランクインの挨拶を始めた時刻は、なんと「午前10時27分」だったのです。
映画「時をかける少女」の真のファンであれば、「17日9:87」のことを知らない人は誰も居ないはずです。
気づいたかな、知世さんは塚本監督の意図に。
53:01
浄土寺の境内に2000人の見物人を集めて行われたのが小津安二郎監督による映画「東京物語」の撮影です。
1953年8月16日(日曜日)の早朝、原節子さんと笠智衆さんが出演しました。
「あぁ、綺麗な夜明けだった。あぁ、今日も暑うなるぞ。」の名場面はこの境内で撮影されたのです。
1991年劇場公開の映画「ふたり」で、大林宣彦監督は「実加のピアノ発表会」の場面をここで撮影しています。
その際、大林監督は、浄土寺住職の小林海暢さんをチョイ役出演させています。
小林さんも小津監督による尾道ロケに立ち会ったはずです。
なお、1953年8月当時は境内の鐘撞き堂の前に周壁は存在していなかったため、尾道水道も映し込まれています。
本動画の撮影者は、残念ですが鐘撞き堂の辺りを撮影していませんので、その場面をご存知ないのでしょうね。
撮影は1953年8月、劇場公開は同年11月でしたから、無理もないと思います。
So wonderful street 🎥video😊⛩️🙏🏻✨
57:01
現在は尾道ロイヤルホテル真正面の「住吉浜」と呼ばれる地にある住吉神社ですが、元々は、浄土寺の境内にあったそうです。
それを住吉浜へ移転させたのが、1741年当時の尾道町奉行であった平山角左衛門でした。
笠智衆さんが1953年11月3日劇場公開の映画「東京物語」で演じた役名は「平山周吉」ですが、その名の由来は、町奉行の平山角左衛門だったのでしょう。
ところで、「東京物語」で「平山周吉の家」とされたのは、海龍寺山門前の戸田邸でした。
「東京物語」の撮影後、戸田邸は建て替えられています。
大林宣彦監督は、1988年公開の「レースのカーディガンPV」中、坂上香織さんが飼い犬と戯れる場面を戸田邸前で撮影しています。(犬の飼い主は、おそらく戸田さんです。)
小津安二郎監督、笠智衆さん、原節子さん、香川京子さんらによる尾道ロケが敢行された際には15歳だった大林少年は、35年の歳月が過ぎて50歳になっていました。
大林監督は、生前、自身のことを「ベテランの少年」と呼んでいました。
また、1991年劇場公開の映画「ふたり」には、神永青年が学校帰りの実加と真子と出会う場面がありますが、三人の背後には戸田邸がバッチリそのド真ん中に映り込んでいます。
しかも、戸田邸2階のバルコニーにはたくさんの洗濯物を干してもらっているのです。
「東京物語」を見たらすぐにわかりますが、洗濯物は、あらゆる場面に現れるのです。
視聴者に登場人物の日常生活を想像させるため、小津監督が意図的に撮影した重要アイテムだったからです。
あれっ?
「福善寺」へは行かなかったのですか。
尾道市長江一丁目の「御袖天満宮」から徒歩7分の地なのに、本当に残念です。
茶房「こもん」から長江通りを横断し、徒歩わずか4分で行けます。
線路沿いの階段の上は、映画「東京物語」のラストシーンのロケ地です。
国鉄尾道駅から出発した汽車が福山方面へ走り去って行く場面で、進行方向のはるか前方に「浄土寺山」が映り込むのです。
その場面を注意深く観察していると、1982年4月17日劇場公開の映画「転校生」のラストシーンで尾美としのりさんが演じた斉藤一夫の背後にも「浄土寺山」がはっきりと映り込んでいたことを思い出すはずです。
そうです、それも大林監督による「東京物語」のラストシーンのオマージュだったのです。
1981年6月11日(木曜日)の早朝、一夫と一美が登校前に待ち合わせした場所が福善寺であり、また、1953年7月に平山とみの葬儀が執り行われたのも福善寺でした。
私が初めて「タイル小路」へ行った時、そのすぐ前に「福善寺の縁側」があることに気づいて大変驚きました。
1983年4月に芳山和子が高校へ通った「タイル小路」のわずか10メートル先は、1953年7月に平山敬三が母とみの突然死を嘆き悲しんだ「福善寺の縁側」だったからです。
What a beautiful place