武田氏最後の城 新府城 続日本100名城
武田氏の本拠地を甲府から新府に移して新しい時代を築こうとした武田勝頼。
その名も新府城(しんぷじょう)です。
しかし、織田·徳川連合軍に攻められ、未完の新府城では守りきれないと判断、入城からたった68日で勝頼が自ら火を放ったということです。
そして、重臣小山田氏の要害堅固の岩殿城で籠城作戦を計画するも、小山田氏に裏切られ、勝頼は天目山で自決。武田氏はここに滅びました。戦国最強と言われた武田信玄から家督を継いで9年後のことでした。
その小山田氏も、信長に拾われるどころか、長年の武田氏からの恩を仇で返した小山田氏は嫌われうたれてしまった。
そんな、時代の間で翻弄された続日本100名城の新府城を今回訪れました。
因みに以前公開しました岩殿城や先週公開いたしました武田氏初代の生まれた谷戸城の動画もございますので、お時間があるときにご覧いただければ幸いです。
武田氏初代の生まれた谷戸城の動画です。
武田勝頼がこの城で籠城したならば、時代が変わったかも? 岩殿城(すみません。現在公開中の動画で2番目に古いです)
武田信玄が切腹させた勝頼の祖父(勝頼の母の父親・諏訪頼重)の上原城の動画です 長野県茅野市
韮崎市にあるさくら茶屋ラ・パッションさん(動画中では口頭でいつも使うさくら茶屋さんと省略して表記しておりました。
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