(1/2)江戸時代の旅行ガイド本を見て、昔の東京観光を再現してみた!【二日目 東京・上野篇】
江戸東京の散歩の2日目ということで またまた起点はこの暴露駅です最近東京の 中で1番詳しくなった駅かもしれないで これから1番目の目的地に向かいますが 今日はちょっと暑いので先にこのすぐ隣に あるセブイレブンでお水だけ調達したいと 思います今回もお茶だよ夏はお 茶皆さんは今年の夏の定はもう決めてい ますか温かくなってどこか旅したくなる 季節のですね実は旅行を楽しみにしていた のは江戸時代の人も一緒です今回は旅 ブームが起きていた江戸時代に江戸訪れ たいと人向けに作られた当時の ガイドブックを参考に旅人の観光ルートを 再現してみます全工程約13kmもある 長い工程ですが江戸時代の人の気持ちに なって歩き ます歴史に生れてしまったかつての名所 そして今でも愛され続けている名所新しい 発見がぱ [音楽] です調達したよもうやっぱり最近私本格的 にこの家門好きにななっちゃったなんかね いろんなお茶飲んでるけどなんか一番味 柔らかくてで渋みがあるけどなんか旨みも あってすごい完璧だなと思うもうごくごく の本当に好きいろんなもの飲んでるけどね 多いお茶とかでももう家も本当に一番好き か もここくじついてるらしいよでも裏だから これ剥がしちゃったら裸になっちゃう じゃんボトルちょっと持てんない気もする けどはいあ大吉やった今日いい散歩になり そうこれからあの今私がいるこの暴露中駅 から江戸通りを歩いてお城まで行きたいと 思いますがその途中に面白い場所があって もう多分江戸時代の人ならもう誰もが恐れ てた場所というすごい面白い場所なんけど まずこっちにやりしますこの江戸通りは もうここからもずっと日本橋方面まで続い てでそれがミト街道と繋がってる大きな道 なんですよね今日はすっごい気持ちいい日 だね夏だけど全然暑くなくちょうどいい 感じだねいいよねうんすごいやねそういえ ば今私たち歩いてるところ多分小町だと 思うけどこのすぐ下のとこに大もあるんだ ねこれ結構違いがあって大田馬町は大きな 確か欧州街道とかそういった道が通ってて もうすごい賑見せてたけどここはね ちょっとだけ雰囲気の暗い場所だったんだ よでこの理由はこれから行く場所と繋がっ てるんだよね古殿ま町交差店をこれから 右折しますちょうどその小田満町交差店の 看板の下ありに前回の動画で紹介した隙間 デパートがありますこれ自動販売機なん ですけどよ見ると隙間デファートって書い てある隙間にストリアの動画を見た方ぜひ ここ何か買わなきゃいけないというのは もちろん嘘だ けどここからは左だとあこれかこの公園 じゃないも不思議だよね江戸時代の人が 恐れてた場所ってなんで公園なのと思っ ちゃうけどこれね面白い歴史があるんだよ ね あそうだねこの実施公園これ実施って読む けどこの実施公園これあの戦国時代ってま 色々武力で解決する時代だったじゃんそれ に変わって江戸時代はもう割とこう平和な 世の中になったから今度こうま犯人何かを こう人を殺害したりとか悪いことやったり した人たちをどっかにこう集めてま使用し なきゃいけないじゃんそのためにここに あの天魔町牢屋敷ができたま今のその韓国 みたいなこう犯人とかあと容疑者がま入れ られる場所なんだよねここにみんな集まっ てたでこれが江戸時代でもう最もみんな 恐れてた場所だったあるあるここねこの 吉田所員というすごく有名な人物が死刑さ れてる場所でもあるんだよねどうやら石碑 があるらしい今からそっちに行くけど すっごい情報だ ねこんな小さな声に普段ここまで歴史ある だってこんな小さな声なのにもうびっしり だね有名なお寺よりも歴史がありそうじゃ ない分ぐらいの説身長だってもう本当に すごいよ ね確かあの戦国時代のま戦国時代とか江戸 時代のそタイガードラマ好きな人だとこの 場所を耳にしたことがあると思うぐらい 本当に有名な場所なんだよねのどかな公園 なのどかな公園ただこれが問題なんだよ 江戸時代が終わって大体明治時代入って8 年ぐらい1875年あたりにここあのその 韓国を別の場所に移すことになるんだけど こんなところ住みたくない じゃんもうもやばいってレベル超えてる じゃんだって人がもう犯人がいただけじゃ なくてまそうたって死刑されたりとかし てるからそう誰もここ住みたくなくてその ために多分あそこお寺があると思うけど これダア落っていうお寺でまなんだろう ここの人たちを沈めよっていうなんか土地 の雰囲気をもうちょっと良くしようって いうことで作られたお寺で大安という2つ の感じはそのお寺のために寄付した方々の 苗字の1時ずつとってつけられた名前なん だねなるほどねこの建物自体は歴史浅いん だけどここに取り付けられてるあの金が すごく大事これは江戸の町に住んでた人々 みんな恩恵を受けていた金なんだよ 1700年代に作られたもので時の金時を 知らせる金だったんだけどただの時の金 じゃなくて江戸時代であのまずどうやって 時を知らしてたかというとあのま時間に なったら江戸上土の中で太子が叩かれるで 太子が叩かれた後でまずこの金がなり 始めるでそこからはあのいろんな場所に あった金がこう続いたななってたからもう あの時の金第1号みたいな感じで確か1番 最初にされたもだと思う よ現存らしいよすごいよ ね 長確か元々ここじゃなくてもうちょっと 違うところにあったらしいけどここ持って こられてそうだねただ遠くは ないここも書いてあるよね江戸で最初の時 の 金思い出したけどさ前にあのなんだっ け場所忘れちゃったどこだっけそう川越 行ったじゃんあそこ時の金なってたのを 聞いてたよ ね思いの方向音が鈍くてちっちゃかったん ですねお 今私ちょっとびっくりしたなんかてっきり 音が大きくて住んでるのかなと思ったら 意外とちょっと濁ってた感じの低い音だっ たよねもしかしたら同じだったのかもね 分からない けどこの江戸時代のマップが登場だよ今 ここにいるけど当時はどういう感じだった かと言ともうちょっと大きかったね90m 四方でちゃんとお掘りがあって水盛りに なっててでこういうよな石垣まで置かれて たもう絶対にガス マイト大きくない石もうこれ絶対に登ら ないようにしてたよ ねがっちりだねちょっと悲しいなと思うの はやっぱり当時っってもうお金が物を言う 時代でもあるからもちろんこう普通に 例えば家のない人たちが入れられる場所と 例えば将軍にもうもう直直で作られてた人 が入れる場所って違ったんだよね例えば 将軍に使われてるま将軍と謁見できるほど のまくいを思ってる人が上がり屋敷って いうところに入れられてもう専属のなんか お使いみたいな人がついててもう良くない そのロリ 屋敷別荘だ ねあれ可愛くないなんかホットケーキの 状態になっちゃってるよ 休んでる可愛いなんかすごい丸い ね邪魔しないでっ て気持ちよさ そう過ごしやすいからこのねえ今すごい いい感じのそういう風が吹いてる からなんか悪い ねあすごいねこんな感じだったん だ見てみて部になんか串みたいなもの いっぱいついてるそれでも簡単に逃げられ ないようになっ てるさすがセキュリティすごい硬い ねこっちはもう確実にそうだね上がり屋敷 って書いてあるからこっちは多分もう ちょっと1個ランクが下なのかなで1番気 になるのはこの1番後ろに立ってる場所だ な虫うんそのこれちょっと てあの要するにま家がない人たが入れられ てた 場所見てる感じだとこっちの方が小さく 見えるけどこれ絶対1人のまそのもう1人 でいるそう毒ま独房というのか独房みたい な感じで多分こっちは大きいけどもう すごい大量に入れられてたんだろう ね本当だ残してるよこ模が 最後にあと1つ話してそろそろ行くかじゃ ないとここ動画1本になっちゃうと思うで もね本当面白いねこういう 場所あそこの石碑だと 思うこれは吉田商品という消化村塾でま 山口県にあったすごく有名な塾を作った人 なんですよでその塾の中にその後ま維新 死士と呼ばれるようなその明治時代を 切り開いた方々の多くは排出した場所でも あるんですよねこの人すごい波乱板状の 人生を送って最後にそのま東博派要するに 幕府もいらないっていう人だったからま 最後にここで死刑されるっていうことに なっちゃうんだ けど色々でも変えたよね教育もそうだけど 彼の作ったその消化村塾の建物は世界産に 登録されてるからそう確か山口県の師に あると思うから今度行った時見てみたいね 行って みよう今この緑色の区画にいるんです けれどもまた江戸通りまで戻ってで 江戸通りをまっすぐにこのコド室町テラス の手前まで歩いてでそこで左側に曲がって で日本橋側を目指してでここ日本橋がある んですけれどもその日本橋を渡らずに川添 を歩いて日本銀行を目指し ます今公園を離れたところなんですけれど もすごい 面白い東京にこんなところが眠るなんて もう住んでても分からないんですよね意外 と近くにあるものほど見落としやすいも のってないと思うま最近こういう風に江戸 散歩してるからいろんな場所歩いたり 例えばこの建物何だろうとかここ何の企業 が入ってるのかなとか色々こ しながら歩くから色々と詳しくなった気が しますそ地形とかどういう駅どこにあるの か私結構方向地なのでいつもどっか行く時 にすごい大変なんですよ調べるのがでも 最近本当に詳しくなってきた気がします 歩くと分かるよね分かるすごいわかる自分 でこう体に体験として身につくんだよ ね今日は前回のお散歩と同じよにまずま 江戸の真の像江戸をしてますやっぱり当初 の人にとって多分門とかま江場自体っって すごい見所だったんだろうね2日もかけて やっぱりその経由で歩くからその後の道は 完全に別れるけどやっぱり江戸場ちょっと でも見てから別のルート行こうっていう風 になってるんだ ねこれで村まちテラスが見えてきました ここからは左に左折してもう江戸通りとは お別れ多分今後のあと2日の散歩の中で もう出てこないと思うそうなだから今回は で最後だと思うだからしばらくの間お別れ だ ねまた来たね日本橋私東京の中で日本橋 周辺一番綺麗だと思うここねすごい面白い ところでこの辺りを歩くとまその東京駅の なんだっけ あののは三井の財閥の建物が多くてで東京 駅を超えて丸の内口方面に三菱財閥の建物 が多くてもう2台財閥が集まってるって 場所なんだけど元々ここはその三井村 みたいな感じで結構三井さんがすごいもう 本当にまさにその通りなんだよで東駅を 超えるとその三菱の財閥の建物がまだ なんか80%とか全然まだ多いらしいね なんでかというとあの元々ま皆さんも多分 分かると思うんだけど江戸上のすぐ近くに ある場所じゃんだからまいろんなその将軍 に近い人々の屋敷が多かったんだけど明治 時代始まるともう幕府が終わりじゃんだ からその屋敷全部取り壊されて一時的にま 一応なんかその軍の場所として使われたん だけどまうそれでも後でま手だしそんなに 近くなくてももいいやていう風に映されて もう原っぱだったんだって何もなくてで そこで三菱さんあの買ってくれないすごい 高いお金で数100億円で買ってくれない 答えはね2つがあってイエスとはいの どっちかっていう感じでまあの反強制的な 感じにかわされてでそこで三菱さんが いろんな建物が作ってその中で作った イチゴ感がなんか確かもう復されとは思う けどちゃんとあった場所に立ってて博物館 になってるんだってそう そう見えてきたねこれ線引屋あるでしょ これ本店なんだよ線引屋千も意外と歴史が 長くて江戸時代後景なん1830年あたり にできて海外のフルーツを日本で売り始め た最初の店だったんだって私食べたこと ないけどいつか食べてみたいねなんか高級 のフルーツでイメージがあるよねフルーツ はうちもらっちゃうかねプルーツもらっ ちゃう夫の家族がすごいいい場所で住んで くれてるから長野ですごい美しいプル手に 入るよね本当にありがたい よこの大きくて立派な建物は三越本店なん ですよこれも三井系の建物でね江戸時代の 有名なご店これからその屋上にまテラス みたいなものがあってそこで あ立派な建物だからもう絶対間違えられ ない ねここちょっとした穴場だ ね越しの中に入るとなんかい ここに来るとまたちょっと賑わってて 不思議な感じだよ ね都会のど真ん中で越しの真って思えない ぐらいここにねあそこださ素敵じゃ ないこれ だこの神社 だしっかり名前わかりなところあるかな 多分ここに書いてあると 思うこの神社これ多分耳神社だと思うけど これはこの三井財閥が反映した理由とも 言われてるだから私最初ここに来てねなん でそんなところに神社立てたのかななん さすがに屋上しかも建物の真上じゃん なんか歴史がなさそうだなと思ったけど これね歴史のためというよりはその三井 と関係してるま例えばここで働いてる人 たちのためっていう方に近いかなみんな ここで なんか専用の時間で手を合わせたりとかし てる らしい稲荷様もいるよあこれ稲神社商売 繁盛そうそうなんだよ商売繁盛でそれで 面白いストーリーがあって3日目の散歩で これ本物のみめ神社を見に行くから今回は それは何の歴史か言わないあえて言わない けどこういう風にまちゃんとあるんだよっ ていうことだけ見たかっ た1個目のヒントだけ言うとこの感じこれ ね囲われてるんだね本物の方はここいが ついててそれが囲われてる巡りの 方それがポイント本当だ本のするらしいよ この味さ海外では見てない こういう外側に大きな花がついててで内側 に小さな花がたくさんついてるっていう味 せ は私一番好きか もあと2にしてこういう風に取ると周りの 景色が近く見えるから綺麗だ ねここ教えたくない穴場だね またまた日本橋まで来たよでも今回は 思いっきりその手前で右に曲っていくんだ よ ね珍しいルートではあるけどそこにもね 多分どっこが楽しみにしてた1個の見所が あるんだ よこれは日本銀行ですねこの美しい建築は すごく遠いところから分かりますかっこ いいよね この銀行の面白いのね上から見るとどう やら日本の円の形になってるらしいあの 緑色の屋根なんですけど今Google アースで確認したら本当に絵になってる 面白いねもうこれだよ ね すごい本当に円の形になっ てるこの時場所を渡ります目指すのは あっちやっぱり江戸時代の人って言った ように門とか見るのが多分好きだったと 思うからこの門は江戸の中で作られた本当 に最初の本のもんで1590年もう徳川 ワイヤがここに入封した直後に作られる 感じ でそうもう結構メインの入り口っぽい感じ だった よあこれは江戸時代と関係ないけど渋沢H さんの像が立ってて日本の資本主義の父と かあと日本の最初の銀行を作った人とか 本当にすごい人だよね次の紙幣の顔になっ てるから ね橋はかっこいいねなんかさいろんな日本 のお城は見に行ってるけど基本的にはこう 切り立った感じの整った石というよりはま あのどちらかてと石そのものの感覚を残し つつ作てるじゃん例えば熊本城もそうだっ たけどこれに関してはもうすごいまっすぐ だから現代の技術に見えちゃうから本当な のかなって一瞬疑っちゃうよねでもそんな のだって作る理由ないじゃんここ ですごいよ ね いやもう本当にこことかもさこういう ところって基本的に作るのがすごく難しく て隙間ができちゃうじゃんここを全く隙間 なく作ってるっていうのが結構高い技術を 示してるよ ねこれ多分マガもんだ ねこれもそうだすごい ねこれもそうだよね 絶対へえ すごい自然な感じに融合してるんだね今の 時代 になんかどうやら運が悪かったらしいね 毎回毎回いろんな災害に見舞われちゃっ て表面はでもかっこいい ね今この辺りにいるんですけれどもこれ からこの線路歩いてそして道をまっすぐ 進んで前回の動画ではそこから左側に行っ たんですけれども今回は右側でこうぐるっ と江城を回るような形で入れていき ますで私かっこよく地図で行ったんだけど それを今あの現実に反映しなきゃいけない んだよそうだ ね右でこの道まっすぐ進めば線路が見えて くるねでそこ越えた大体三菱財閥の場所に なって くるあと昔の大名屋敷だ ね下水道の蓋は東京都の花桜になってる そめ吉のちなみにえっとね京都はしだれ桜 奈良は山桜全部桜に統一され てるとにかくま日本の大体の都の花は桜 って覚えても間違いないと思う もうそろそろ体通りに入り ますあそこだ ねちなみに左に見えるのはこれから日本1 位の高さを誇るって言われる建物なんです よまだ工事中なんです けどここどうやらあの 住友系ってあるんだよ ね井住友銀行あるじゃんあれはなんかここ ちょっとしたプチ玄界やっててなんか三井 さんが高い建物を建てると住友の方も高い 建物建てるから三井はもうまた自分も高い 建物建てるっていうちょっとした喧嘩し てる らしい左手に見えるのは東京駅丸の口側 ですさっきからずっとエドエドって言っ てるからなんか江戸駅って言っちゃいそう ここからはもう大名屋敷だね多分これだけ で見所がたくさんあったんだろうね当時の 人にとっては今見えてる高い建物は 丸ノ内先ほど言ったようにこの辺りの多く は三菱財閥が持ってる建物で元々ここ作っ たの三菱財閥でその奥にあのすごく おしゃれで同駅綺麗に見えるの行光通りが ありますがその三菱さんが作り始めた後で ビクトリアエイラそのイギリスの19世紀 の時代の建物がたくさん昔並んでて一丁 ロンドンと呼ばれてたんだね感じの可愛い 感じの一丁ロンドンだったらしいよでその 後またちょっと変わってなんか一丁 アメリカになったらしい けど前回も同じようなこと言ってた気が するんだけど今私たちこういうような高い 建物見て感動するようにおそらく昔ここ 大名屋敷だから絶対おしゃれでま割とお金 にを持ってる人たちが作ってた屋敷だった と思うからやっぱり当時の江戸時代の人も ここ歩いてわあおしゃれだなすごいねと かって言いながらそういうなんか1人では なかったと思うから数人で歩いて感想 言い合ってたんだろう ね色々想像し ちゃうあでも想像しすぎるとここを寄り道 したい場所見逃しちゃうからこれからあの タの正の首塚により これから江城に向かうって言ったけどこの 途中今からこの右側の広い通りにずれて この黄色いピンまで行きますタラの正の 首塚がある場所ちょっと寄り道だね ちょっと寄り道あそこ窓を吹いとる方たち いる大変な仕事だ よもう書いてあるよねまか首塚 ってこういうものすごく高くて近代的な 建物の合間に立ってるのが小さな平らの正 の首塚これね動かせないらしい動かそうと するともう大変なことになって人が なくなったりとかそういう災いが起こる からもう動かせないんだってだからもう くりこういう風に残して るってこの平らの正すごい複雑な人物だね ここあの90035年に平の正のランを 起こして武士の氾濫として知られててここ どんどんいろんなま当時の件っていう ところをま侵略してきてそれを自分の土地 にしてで私が新のって勝手になんか天皇 って名乗るようになってやってるんだけど 実際は裏に立ってるのがあの当時の人って すごい苦しい税金にあのま苦し苦しんでた んだよねすごいきつくてもう当時取りたい 放題だったから役人たちもどんどん取れ って当時の人庶民って苦しんでたところを 彼がまある意味救おうとしてたんだよねだ から関東の人はすごい尊敬してる人物でも ある書いてあるねあそこの城に彼のお墓が あるなんでここに立ってるかって言うと彼 が捕まってま一応子されたと思うんだけど 京都で彼の首が飾られてでその首が1ヶ月 ぐらいずっとしゃくってた 私の体とこだ体よこせいって繋げて私また 戦うぞっていうことを言っててでもあの 周年がすごくて飛んできちゃったんだって 関東まで自分の生まれ故郷まで飛んだけど ここ途中落ちちゃってでここで一応ま首塚 になってる らしいタラのマサカはどういうことやろう としてたかというと彼の後にねちゃんと それできてる人がいるんだよ成功させてる 人がいるで源の友なんだよねそのタラの正 の時代って言ったようにここの人たて すごい暮らしが大変だったんだよね税金が 苦しくてしかも頂って向こうにいるから もうここど田舎なんだよねど田舎で法律も 届かないからもう税金とか取りたい放題な んだよねある意味そのシステムと戦おうと してたからその後でま反応を起こした時に そういう庶民たちどんどん参戦したらしい んだよねそれでもこうの差があったけど 確かなんかそんなに大きい差ではなかった 気がするだから今でも私聞いてる限りだと 関西は頂いたじゃんだから頂点の敵でも あるから関西にとってはちょっとうんと 思うような人だけど関東の人たちにとって は割と信仰の対象にもなってるようなそま 英雄なんだよ ねそういう認識の差がある らしいと喋ってる間に私たち江戸まで着き ましたで左に見えるのは内堀通りなんです ねちなみに江戸城って昔もさすがもう全国 的に知られてるお城だけあって江戸上の 地図見るともうただ大文字でお城って書い てあるそう江戸場じゃないんだね今は公共 になってる 場所でこれからこの左曲がってでずっと このお添にあの九段し駅っていう駅まで あるき ますここの交差店の名前気象庁前って書い てあるでしょこれね今はトラのもんで象庁 が置いてあるらしいんだけど2020年 まで1964年から気象庁ってすぐここ 近くにあってでどうやらあのもうちょっと その川の近いところにその首都高速が走っ てるところの近くに標本木って言ってあの 日本だと桜はいつ咲だろうっていうのが あるじゃんそういうものをそうし 木が置いてあるんだね今は安国神社になっ てるけど昔ここだったんだ ねだから交差点も気象庁前って書いて あるこの黄色いピンが立ってるところなん ですよ現在で見るとあの通りのその首高速 の辺りまで行けばあそこにあったんだねで 標本木も今もある この方はね脇の清丸という人物なんでここ にってるか正直私も分からないけどあの 平安鏡がその今の京都に移される理由に なったのってその仏教がすごい力を増して きてでその中で1人同居というなんかあの 僕が天皇になったらもう世の中すごく平和 になるよということを女性の天皇って言っ て女性天皇参りましたねでももうないから やりましょうという風にもうあの同居と いうもう仏教の人が天皇になるところだっ た時にこの脇の清丸が来てなんか僕があの 宇八万宮というところから別のご信託を もらってどうやら同居さんあの天皇になっ てもならなくても世の中って良くならない んですよってことでま仕留めた 人物嬉しい ねでも面白いのは服だよねまで祭りとか あとこの間お祭り行ってたじゃん京都で服 は違うよね男性でもちょっと似てるなって 一瞬考えちゃうけどやっぱり全然違う靴と か もこれ江戸時代の人なら多分ここ口を開い て感動しながら歩いてたと思うけどこれは ねもう江戸場の守りって本当にすごいから なるべく江戸散歩の中で触れないようにし てるもうそれ1個の動画作れるぐらいの すごさだからここでは話せ ないいやでも本当にすごいんだよやっぱり もう将軍のお城だけじゃなくてもう全国の 技術を集めたようなそのいろんな日本の できたものを凝縮したような場所だから すごいよいろんなちっちゃい細かいところ 特徴があるけどもう今回それに触れないだ からもう江戸時代の人の気持ちになって 歩いて感動する まずすごい感動するのはこの堀の広さだよ ねもう川だよねすごいねたまに川の方が 浅い時ってあるぐらいだ から生きてるうんあ寝てるのか申し訳あり ません休んでるところ で今はこういう風に首都高速も走ってる 感じのまいろんな建物が立ってる場所なん だけどこれ時代は全部1人の屋敷だっ たっていうあなんでそういうことになっ てるかっていうこここそうだよねほらこれ なんでそういう風になってるかって言と これはちょっと難しい話なんだけど江戸 時代って御三家があるじゃん万が一あの まあ徳川イア系の子供たちが生まれなかっ たら代わりとなるものとして設定されたん だけどその後になんかご3教というものが できてでこういう風になんか 市橋系っていうあの人たちもいてでその人 たちがもしあのま徳川県に子供が生まれ なかったら代わりとなるもので自に1番 最後の徳川将軍家もこの一橋家から出てる 人なんだよねほら書いてあるでしょま市橋 って書いてで後ろに吉信って書いてあるん だね最後の徳川将軍徳川義信だね 広いね屋敷今だっ て今はねもうこういう風になってるから もういろんなものが当たってる場所だから そう昔ここにもとんでもなく広い屋敷が 立ってて多分江戸時代の人みんなこれ感動 してたんだろう ね走行してるうちに目の前の安国通りまで 着きましたこのすぐ近くに九段下駅って いう東京メトロの駅があってで私たちが 目指してるのは本当にすぐ隣にあるま九段 坂の石碑なんですよこの九段指定駅の名前 の流にもなってる 場所坂だけにま今さすがにすごい緩やかだ けどちょっと坂にはなってるよね多分映像 で見にくいとは思うけどバスの感じとか車 の感じ見ると割と急の魚になってることが 分かるもう1個の江戸時代の見所九段坂 これはね今でも見ると割と急めの坂になっ てるんだけど江戸時代はねもうさらに急で もうここ歩きでしか登れなくてでここ役人 の屋敷が立ってたんだけど大変なんだよ 登るのがすごくそのままだからあの石垣で 階段が作られてそこがそれがあのここのが あったから九段坂になってるんだね明治 時代にねこの石垣あの昔の沖とか見ると ちゃんとそれが分かるんですけれど明治 時代になってそれがね崩されてでもう大変 だったらしいんだよもう荷物そのまま上げ られないから専用の人を雇って確か当時 立ちんぼって言われてたあのそのまま荷物 を引っ張るがりがわざわざ雇われてた ぐらいだからねでも普段し駅があるけど 一部のところ確か7パーメルぐらい本当に ちょっとした坂を感じらるらしいうんうん こういう風にねなんでここ江戸時代の人が 集まってたかというとまず坂道でしょ上の ところから絶対綺麗に江戸場とか江戸周辺 も見られてただろうしそれはね月見の名所 でもあったらしいねここ月見するってだ からほらもう老若男女が歩いてるね でそこから取って九段して駅もその九段と いう名前撮ってるんだよねこの坂道の名前 からここからはこの安国通りを歩いてま 人望町でちょっと寄り道をしながら小川町 とかを経由してこの翔平橋まで急ぎます 時間が押してるからちょっと林で歩かない とねもう2時半だからまだ半分も行って ないまだ半分も行ってないよここだからね 目指してるのは最後上野公園だから全部 徒歩だ から急ごう 急ごうもうここからちらっとしか見えて ないけどこの時点すっごく立派だ よなかなか見かけない装飾ばっかりだよね これしだよね 面白い あT [音楽]
旅行って素敵ですよね!!!皆さんは旅行がお好きですか?😄
実は江戸時代の人々も私たちと同じように旅行を楽しんでいたのです!
そして旅行を楽しんでいたっていうことは、今と同じようにガイドブックがあったり、定番のツアーがあったりしていたのです🫢
今日は、そんな江戸時代のガイドブックと、当時大人気だった定番の回りかたを再現して、東京の観光をしてみます!どうぞ当時の人々の気持ちを想像しながら、東京観光に出かけましょっ♪🧳
1日目の動画はこちらから!👉 https://youtu.be/8SouLdPiTsc
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メンバーシップでは、私のチャンネル内で特製絵文字を使用できるようになります!メンバーが増えれば、絵文字も沢山作れるそうなので、私の「絵文字を作りたい!」という野望に賛同してくださる方、ぜひ入ってください!笑
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※基本お仕事以外のメール返信はすみません🙇♀️
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#歴史 #江戸時代 #東京観光 #旅行
36 Comments
ダリアさんのパンツスタイル新鮮でした😉
いつも楽しい動画ありがとうございます!
一橋家はひとつばしけと読みます。
小伝馬町牢屋敷跡、三越日本橋本店、常盤橋門跡、平将門首塚、九段坂と巡りました。台本もなしですらすらと解説するダリアさん、ファッションもスタイリッシュです。一瞬旦那さんの姿がガラスに映りましたね。
ダリアガイドさんに感動しました。
次回予告も激熱で期待大です。
道鏡の話は、女性天皇に関する問題としても度々起因になる重要な事変なので、それ治めた功績から、和気清麻呂は天皇の近くに配されているんでしょうね。
萩に行くなら萩城と城下町をレンタサイクルで回ると良いと思います。
あと、山口線は蒸気機関車が津和野まで走っているので乗車するのも面白いですよ!
日本の歴史も本当に奥深いですよね!
江戸も変わりましたね全部ビル街ですね川越の小江戸みたいだったんでしょうけれど
光る君へを見ているけど、違和感がある。貴族の建物も着物も素晴らしいのに、庶民の家や服はみそぼらしい。勿論格差はあるだろうけど、貴族の家を建てる大工が貴族以外の家を建てないのか?庶民は貴族の家を見て真似ないのか?大工は庶民に教えたりしなかったのか?
着物も同じ。キレイな着物を来た貴族が掘っ立て小屋やみそぼらしい庶民と一緒に歩いている。それが平安時代だったのか?今の時代でも格差はグラデーション化するものだし、ハイクラスに合わせて全体のレベルも上がるはず。
アメリカの大金持ちが、貧困のダウンダウン歩いているようなギャップ。中世で情報が少ないけど本当に光る君へのような世界だったのだろうか?
あと平安時代にようやく日本らしい文化が開花したと言うが、それも怪しい。
現代の日本人は外国の良い文化を取り入れるのは上手く、それを昇華させることもしばしばある。
それは明治時代も戦国時代もそうだった。影響も受けるが決して悪いものは受け入れず、独自の文化を守ってきた。だから平安時代前にも日本らしい文化はあったはず。勿論当時は中国の文化をたくさん取り入れたと思うが、何もなくて全て中国文化を取り入れたなんてあり得ない。
こういう歴史の刷り込みは、日本がGHQ以後に🇰🇷🇰🇵系に乗っ取られているから、日本が素晴しいという教えはせず、中国や朝鮮から教えられた!日本人は北海道や沖縄も先住民を56して奪い取った!という歴史を教えようとする。そうすれば中国や朝鮮も同じようにされた。昔から日本人は……と説得力を増すから。
とにかくGHQ占領後に潜在的植民地にされた日本を取り戻すことで、歴史の真実が変わるでしょう。
いつもながら素晴らしい解説でした❣️😊
伊右衛門が一番、伊右衛門飲むと他のお茶はだるい😅
いつもながらに解説が深い。
日本橋・丸の内の高層ビル群と江戸時代の武家屋敷に想いをはせるダリアさんいいね~
02:58 そう来たか😂
本当に、良く知って居ますねぇ♩
恐れ入ります Hi ♩
ダリア先生♩
👏👏👏😄
前回もですけど、今の旅行ガイドに代わるものが江戸時代にあってそれを見ながら散歩するダリアさん、出だしから伊右衛門のボトルにおみくじが、自販機にスキマの文字と進むに連れてその場所、場所の解説、知識の宝庫、ダリアさんの本領発揮、旅行会社のツアーガイドさん顔負けの案内でした。あの黒船に幕府の目を盗んで単身乗り込んでアメリカへ行ことして未遂に終わった吉田松陰の記念碑が東京にある事を初めて知りました。今回も勉強させてもらいました。😅
ダリアさんに付いていくのが限界です、素晴らしいです!
話しは少し変わりますがダリアさんのシャツの結び方は格好良いですね・。
※私は男性ですが数十年前の小学生位の頃に夏にその結び方でシャツを着てると『不良だ・』なんて言われた記憶が有りました・。
やはり小学生だから生意気だと思われたのでしょうね・。
ダリアさん、旦那さんありがとう、神田馬喰町は私の母親が生まれたところです。(1913年)懐かしい旅をしているようでとても楽しく拝見しました。
16:30~の三越の看板のアルファベットの書き方少し違う様ですがこれで良いの?
誰か教えて下さい。→
初めて見ました・。
良く頑張って歩きましたね。今回は特に私の好きな地域が多くて嬉しかったです。かなり、東京の文化と歴史に詳しい人になられてますね。ちなみに、一橋は、ひとつばしと読みます。友人が将門公の首塚に小便をかけたことがあり、公家の墓にかけても武士の墓にかけるなと怒ったことを思い出しました。渋沢栄一は亡くなる直前に、土方歳三は私の親友だと言った人でもあります。吉田松陰先生を祀る松陰神社のおみくじは良く当たるそうです。気持ち良い地にあります。
この人、スゴい美人、スゴい歴史好き。俺より知識が、スゴい!
江戸時代のマップも携帯で見れるんですね。😂
ダリアさん恐れ入りました!勉強させてもらいました!
ダリアさん歴史学者?
大学教授に思えて仕方ないです。👍
現代の日本人が見えてないものを感じさせてくれる人だなあって…素晴らしい!
江戸の街はアップダウンが多いですね。確かに小伝馬町は有名になりすぎました。東京都は結構・・・台とかに、町名を変更してイメージを和らげてる場所が多いかも。日本人で東京に何度か行ってますが、まだ江戸城を見たことがありません。と思っていましたが、九段で思い出しました。九段下の日本武道館に行ったことがあるので、江戸城内には入ってますね。勉強になりました。
萩は、良いよ。交通の便が悪いけどぜひ行ってみてください。
小伝馬町牢屋敷と言えば、捕り物ドラマで有名ですが、牢屋敷跡が小伝馬町公園になっているとは知りませんでした。
吉田松陰終焉之地の碑が建っているのも知りませんでした。
日本橋が昔から三井街である事は有名ですが、三越の名前の変遷史も面白いですよ。
三越は江戸時代の呉服店「越後屋」が始まりで、その後「三井呉服店」に替わり、更に三井の「三」と越後屋の「越」を取って三越呉服店に替わりました。
三越本店の建物は、歴史的に貴重な建築物なので、重要文化財となっています。
その三越本店の屋上が、屋上庭園になっているとは知りませんでした。
最後に一言、一橋は(ひとつばし)と読みますので、お知らせしておきますね。
ダリアさん、有難う御座いました。
教職なり何なり、学校とか塾や予備校の日本史の先生か講師になって欲しい。結構本気で。
あと、鉄道系も楽しみにしてます!
三越紹介いただきありがとうございます😊
まもなく還暦の三越社員です。私の入社当時は三越社員はダリアさんが説明している内容を
社歴として学びます。屋上の三囲神社の参拝は、三越本支店の屋上に稲荷神社が鎮座してい
ます。三越の裏の日本銀行は江戸時代は金座と呼ばれて小判が作られてましたね。
銀座が銀貨幣作って銀座の名前が残ったのに、金座は残らなかったのは風情がなく悲しい
思いがありますね😮
メンバーになりました。宜しくお願いします。
ダリアさんの解説で今回も楽しく勉強しながら、拝見しました。ありがとうございます。ダリアさんの溢れる知識と知性が凄い。そして、ファッションセンスも、さっそう歩く姿も素晴らしいと思います。正に才色兼備!!後編も楽しみです。
いつも素晴らしい動画ありがとう御座居ます🙇
昔、名古屋支店長が東京本社に栄転するときに言った話。
「名古屋には戦国時代の名所旧跡・戦場跡など歴史的な箇所がいっぱいある。折角名古屋にいたのに十分行けなかった。歴史小説で場所を確認しながら見て回りたかった」と残念がっていました。
必殺仕事人の中村主水が住んでいた所(八丁堀)から南町奉行所(有楽町)にかよう道程を地図で見るだけでも面白いです。
三越本店屋上「日本橋庭園」で季節の植物、様々なイベント等(不定期で実施)をお愉しみいただき、ごゆっくりとおくつろぎください。 【・店内で購入され飲食は可です。 (持ち込みは不可となります。)】
とのことらしいです。