「キトラ古墳・高松塚古墳を解説(四神:朱雀・玄武)」【対談】松原純 × 来村多加史
[音楽] 皆様 こんにちは奈良間高本シジの松原です今回 も北村先生に木古墳高松塚古墳の指針に ついて解説していただきたいと思います 北村先生どうぞよろしくお願います よろしくお願いします前々回は青龍そして 前回はビッコという風に解説していただき ましたけども今回は南北のスザと現という ことでそうですはいまとめてはいよろしく お願いいたしますまず南の壁に書かれた スザなんですけどねこれは残念なことに 高松が古墳はなくなってしまってたという ことですねま鎌倉時代あたりに盗掘された 時にちょうどこのど真ん中に描かれてたス ど真ん中に穴開けられましたんでねまその すぐ下ですんで後で入ってきた泥かなんか でも傷んでしまって全然こう見えなかった ということですねはいうんうんそれに対し てキトラ古墳の場合はちょっとこっち側ね この絵でしたらこの辺りに縦にですね洞窟 の穴がありましてねまちょっと洞窟車も 賢くなって端っこ狙ってきてるわけです けどねうんうんでこう身をよじるような形 でこう中に入ってというま一番こう最小限 にこうねあの被害がとまったということで ございますねうんほでま何度も申し上げ ますけども指針につきましては木古墳の方 がしっかりと書いておりますので逆にいい 方が残ったということでラッキーかなと いうことですはいはいはいはいただ実際は ですねこの辺りにもうすでにこっちに洞窟 港がありますのでねもうこっから先が消え ちゃってるんですよねはいただ私がこれ絵 を書く時にですねこっちに翼残っており ますのでねでこの辺りまでのこの比例を 考えながらこれを少しこうね縮小しめまし してここに当てはめて反転してで描いたと いうものでございますねはい北村先生がま あの言したということですねですからこっ から先はまていうのは私の捜索なんです はいうんうんうんそれがま本を書いた時に 何もここに線入れてませんでしたのでま今 でもこう入ってませんけどねあたかもここ にこうこういう羽があったかのようにね皆 さん勘違いされるとはいうんうんうんで これを真似して結構復元図書かれてるん ですけども全て素直に何も書かずにこれ 復元してますのでこれ私の責任でござい ますどうもはいり申し訳ございませんでし たいろんなところで使われちゃって るってことですねそうですねあのちょっと ねこの捜索が1人歩きしちゃってるという そういうことでございますはいはいもう 極大の話ここからなかったかもわかんない て最初からねはいはいですから復縁は気を つけないといけないのはそういうことで ございますねただやっぱりなかったら 寂しいですよねやっぱ不言しないといけ ないだから最新の本にはここにちゃんと線 入れてますのでねでちゃんと本で誤って ますのでね申し訳ございませんとねはいと いうことでございますまやっぱり絵の力と 言いますか復元図の力っていうのは大きい ですねはいうんこう文字で書いたり言葉で 喋ったりするよりもえ1枚でのま影響力 分1件にしですねそういうことですねそれ だけに慎重にならないといけないという ことでございますうんはいさてこのスザな んですけども同類のものが中国でも描か れるんですけどねはいま中国の数あるスザ と比べても全く劣らないと言いますかね 引けを取っていないとむしろもうトップ クラスなんじゃないかと思えるほど 素晴らしいスですねうんはいはいはい芸術 的ですうんでどこにその芸術性があるかと いうとまパッと見ですねバランスがいいん ですよねうんま大体この辺りが力点かなと 思うんですけどねま後ろのこの尻尾の ボリュームと前のね体のボリュームですね これがこの辺りで見事に釣り合いが取れ てるということですねはいそれとまこの 表現は中国にもあるんですけどねこう ぐーっと曲げた足とで蹴った後の足ですね えこれが見事に表現されてますで足の表現 がまた非常に細かくまいかにも取というね え感じで描いておりますのではいうんで こののこう角度がすごくこうね力強く描い てますのでいかにもこうねパタパタと走っ てでその上層の力を持って飛び立つ大との 様子をよく表してるとうんこれ結局 飛び立つ場面なんですけどはいはい止まっ てるわけじゃないでしょで飛んでしまった から足後ろに折りたたみますのでえ 飛び立った天空のものでもないと今まさに 飛び立とうとしてるそういう姿を描いてる わけですねだからこの辺りの力強さですね こういう足の力強さうんっていうの感じて いただければと思いますはいそれと1番の ポイントは目なんですね目ですねまこれ 拡大していただければよろしいかなと思い ますけどね非常にこうシンプルに目を描い ておりましてま言ってよれば目の上ですね 目の上1本まちょっと二重まぶになってる んですけどねえ大事なところは1本で ございますねはいはいで目の端ですね両 サイドはいそして最後目の下ですねま ちょっと薄い線でヒっとま言ってのは 12344はいはいの線でもう目の輪郭を 表してるわけですねうんうんでその中の ドンピのところに見る目の玉と言いますか 最高と言いますかねえそれを描いてあた 同行も描いてるとこですねこれがちょっと でもずれるとどっち向いてるのってそんな 感じになりますよねそれがまっすぐ前を見 ている位置にこれを描いてるとうん最高を 描いてるというここに私感動しましてね はいはいでま皆さんもちょっと試しにやっ ていただいたらいいと思いますけどもそれ がちょっと1mmでもね後ろにずれると どっち向いてるのていうことになって しまいますのでね見事に前を向いた今から 飛び立とうとする新年まで感じさせるよう なねはいそういう絵ですねうん一発勝負の そうですですよねしかもこれ壁ですよ壁に このぐらいの大きさでこう書くわけです からめちゃくちゃこう小さいわけですよね 目のうん玉がそれなのに全く間違うこと なく書いてるとこの力量はすごいですああ やっぱり生き物を描く時って目が一番大切 ですねそうねま転生ね言葉ございますけど ねはいだから素晴らしさはそういった点に ございますねこれ中国の絵画とちょっとね そういう意味で比べていただいたら よろしいかなと思いますねはいあとですね そのスザって一体何者なんだというね元々 の原型は何なのかというところでござい ますけどねま私は本の中でスザは孔雀と 書いておりましてね元々孔雀なんですはい はいで孔雀って言いますのはいわゆる ディスプレイと言いますかね飾りバネオス ですけどねまいわゆるこうパーっとこう 開くですはい はい生えてくるわですねはいただこれ ちょっとないでしょそうですね尻尾のよな ものありますけどはいここのところにこう なければくじにならないでしょうんうんで だいぶ昔から間の時代からもうすでに すくって描かれておりますのでねで最初の もの見ましてやっぱり雀の姿してるんです それがだんだんこう飾りバがこう化けて いきましたよねで狐の尻尾みたいになる わけですようんうんうんだからこれが本来 飾りバの部分なんですよねはいというで ございましてこれは順を折ってみないと わかんないですねそうですねそれと冠冠 バレンといんですけどねここんところに こうくじでしたらピュっとこうキノコ みたいなのが生えてるんですけどねそれも なんとなくこう尻尾みたいな形に負けてる んですけどもただ冠の位置にこうこういっ たものを描くていうのは前代から投して ますねうんでこういう風なあの肉だれと 言いますかねこういったものなんかあの鶏 なんかついてるでしょあいったものを きっちりと描いてますねこれはねうんそれ とあの雀をね実際見ていただきましたら この辺りがあの羽の紋様が鱗みたいになっ てるんですよねそれもちゃんと鱗に表現し てますのでねうんうんですか元々雀です ああただもう経年変化と言いますかもう だいぶ時間経つうちにですねこういう姿に 化けてしまったということでございますね くじというよりも火の鳥みたいなイメージ でこう伝ってしまったんじゃないでしょう かねうんうんうんイメージ先行はいはいが ま形を変えてしまったとことですねあそう ことですねでもうまい具にいい姿になっ てるじゃないですかそうですでここなん ですねこの尻尾についてるなんか爪爪の ようなはいこれなんですけどねこれも私が 言い始めたことなんですけどねこれも雲 ですはいあこれ雲ですかこれも雲なんです よああで薬師の近藤のその台座にもこう すく描かれてるんですけどねそれ見まし たらあの真玉がこうひっつけたような形に してましてはいそうしましたらなんとなく 雲みたいに見えるじゃないですかはいはい それがちょっと対しましたらこういううん 爪型になってしまうわけですねうんうん それもずっと前代からのものをこう見まし たらねやっぱり雲が化けてこうなってです 雲がひっついてるということですねはい はいただ画家はもう分かんなかったと思 ですよ雲だと思うんだったらもうちょっと 雲らしく書くと思いますのでねなんか凝っ たものを書かなくちゃいけないということ でで中国で見らなって帰ってきたという ことでしょうねでスザというのは孔雀がま 転化したというか電流がそこにあるという ことなんですけれもなんかはい鳳凰って いう物あねはいはいあれはスとなんか関係 あるんですかそうですねまあ同じ鳥という 関係はあるんですけどねま鳳凰の場合は どちらかと言と鶏ですね鶏が化けてきたと ほ宇の平等院法道の上にねこう立ってる方 にしましてもあれ身に言ったら庭鶏みたい なねまそんな感じで見えますのでね庭鶏で ございますねうんうんうんあじゃあ全然原 は辿っていく途がうてことまそうですねま 途中ちょっとこうね混ざったりはします けどもいれしましてはいもね法王も結構 あの母の扉とかにこうね一つでこう付け られる場合が法王なんてねオスメスなんて いうねまそういう言い方もあるぐらいで一 ついでなんぼというそういう世界があるん ですけどねすの場合はなぜかあの1話だけ でこう描かれる場合が多いですねうんうん ま門のこの万人のようなねまそういう意味 とこれはどっちか言うと先導薬みたいな はいはいま死者の魂をねあの迷うことなく 導くような 導きというねそういうな意味で捉えて いただければと思いますはいはいじゃあ南 の方まスザがいるということなんですけど 次北ですねはい現の方そうですねちょっと はい絵を変え てはいじゃあ続きまして原武でございます ね北の守り神なんて言われてますけどね はいでこの原武はまあ中国でも朝鮮半島と 言いますかねくだクですねああいった ところにも描かれるものでございまして東 アジア共通のものでございますで全て亀と 蛇がこうね絡み合ってるようなまそんな姿 でございますねうんはいでまずそもそも なぜ絡んでるのかとはいはいこれ一番ね気 になるとこですねそうですねなんか 睨み合ってますよねそうですね蛇が何し てるのというま亀は分かるんですけどね蛇 は何なのとちょっとそういう風にね感じ られてる方もいらっしゃると思いますんで 是非種明かしをはいそうですねはい そもそもですねカの時代の現の絵を見まし たらね亀がこう水草みたいなものを加えて おりますよねはいでそれを蛇が狙ってると いうことでございましたよねうんほほほほ で間の時代っていわゆる新鮮思想がま 流行った時代でございましてねいわゆる 不老長寿不老富市の小薬ですねはいそう いったものを亀が加えてるんじゃないかと いうことですうんで亀は長生のね象徴で ございますで蛇は10年行きたらいいどっ かなみたい名の動物でございますんでね それ俺にもくれやみたいなうんそういう ことで狙ってるんじゃないかと思いますね ただすぐさまその水草が取れてしまうん ですねはいそうしましたらなんか分から なくなわですね喧嘩してるようにしか見え ないですよねですんでま非常に早い段階で 水草なくなりますんでね後の画はなんで これ睨んでるの自分でも不思議に思い ながらこう書いたと思うんですけどもただ あの睨んでるということをは書かなくっ ちゃいけないそういう手はずっとこう続い たわけですねはいですんでこれ見てたでも この亀のこの視線と蛇の視線がなんか ピチピチとこうね音を立てるようにねそう ですねちょっと亀の表情も穏やかじゃない ですよねそうはいちょっと怒ってる感じ ですはい蛇ずるそうな顔してますけどね こがじゃないいすよねこがじゃでなんか 視線があってるの分かりますねこれもま いわゆるこう最高と言いますかね同行と 言いますかねまそういった位置がちょっと でも変わるとこのこのね緊迫したはい ラインは出てこないと思ですねもう漫画で 行たここにヒのが散るようなねうんまそう いう風なラインが見えてきますよねただ あの水草を狙ってるわけでお前を食って やろうというそれほどどもなはい動物とし ては描かれてないということですね仲良し でもないんですけどもうんうんうんうん 精子をかけたというそういう争いでもない ということですねまその程度で考えて いただいたらいいですねはい小競り合い ぐらいってことですかねそうですねはい どちらも水にちなんだえそういう動物で ございましてねま亀はもちろんのこと水の 中でうんもやっぱ水辺にいますのでね どっちも水ということですねうんうんです から水繋がりでまいわゆる水徳を表す北に 描かれてるということでございますただ 死身の中では一番この仲間入りが遅かった のがゲムでございましてねま間の時代には もう大体揃いますけどもま戦国時代あたり にはまだ完璧に亀が出てこないということ でございますねうんじゃあ四のメンバーに 入るのは1番最後のですねそうですねま あの何回か前にこうしまし魔官の白の中に は亀っぽいものが描かれておりますのでね あれは前時代の前期あたりでございますん でちょうどその頃に亀も入れたれやって いう感じで入ってきたんじゃないかという ことですねそれとその身がいわゆる 陰陽五行説の5業ですね5行の動物として こうね描かれるようになればやっぱり3匹 だけじゃものたりませんのでね真ん中の キリも合わせて5匹かかないといけないと いうことですでねまそううん 実回せにもやっぱ必要ではないかという ことですねまそういう思想の体型かと共に こう中に加わったそういう風な動物で ございますねはいうんこの木古墳と高松塚 古墳こ見比べますと高松塚古墳顔が真ん中 がないでしょうこれが洞窟車なんですよ ああこれ実際あの写真見ていただいたら 分かりますけどねここをですねなんか雪の ようなもので何回もこう叩いてるんですよ うん多分ねおそらくどちらも鎌倉時代に統 されたと思うんですけどもで私ドイ犯だと 思っ犯人がね同じだと思ってるんですけど ねそれが最初に高松墳をま暴いたとはい はいその時になんか気持ち悪いの気持ち 悪いものがその奥にね睨んでるとそれに なんか腹を立てたのかもうこやろこんやろ みたいな感じで叩いてるんですよ何回も顔 潰すような感じでねはいえで2回目同じ ような墓に入るでしょちょっと慣れてる わけであまたまたいたとでもねちょっと一 発だけ叩いてるんですよそれがここの辺り がこうかってるんですだからちょっと復縁 はしてますけども亀のこの辺りがちょっと かけてる今度は挨拶がり野郎じゃなくて またあったらみたいなねその一発ですね 挨拶の一発だから助かったとああで何度も 言いますけどもキトラの方が自身は しっかり描いてますのでねいい方がよく 残ったということでございますねはいうん うん金は必要にねなんか削ったりしてまし たけどそういうのじゃないってことですね 叩いてたそうそうそうあのちょっと腹が 立ったというか気持ち悪いなというそんな 感じでございますねうんはいそれとですね 私がその2つの古墳の前後関係ですねえ それの決めてとしたそういうところがです ねこの絵の中に入っておりましてねはいお それがこれなんですね皆さんここ注目して くださいねここになんかみかの下手みたい なま身によって玉みたいなねそういう 膨らみがごいありますねこれ何なのかと いうことですねうんま変でしょここにです なま言ってよう人間出たこのこの辺りに こうプクっとこうなんかニニの玉みたいな のがついてるわけですからねこれ変でしょ はいはいこっちないいすねないでしょ おかしいじゃないですこれも決定的な違い ですねそうですねこれはあってここはな いってことですねじゃあどっちが古いのと いうことになりますねでそれで私中国の 絵画を探ってみたんですそうしまして同じ ような表現がありましてねここは隙間が 空いてるとでこ隙がん空いてるというより もこれあの亀のお腹のコーラと背中の コーラがこう引いてるわけですよね特に あのお腹のコーラがですねちょっと足の とこだけがこへこんでるんです裏返してみ たらへこんでますねそのへこみを横から 見るとこういう風なラインになりますね それが描かれてるんですよあそういうこと ですねところが塔の時代あたりからお腹の コーラを描かなくなりましてねこれ見て くださいお腹のコないでしょないですね なんかこ肉じゃないですかはいこお腹のコ なったら亀もお腹でザクザクになって しまいますのでね本来お腹のコーラを書か なくちゃいけないのにいつのまにかその コーラを復ですね港を省いてしまったと うんただあの復興のこのRRと言いますか あのどう言いますかねカーブですねそれ だけはなぜか残ったわけですよねうんだ からこういう風な変でな痕跡になってると いうことですねうんうんところがそれを見 て私と同じようになんか変だなと思ったん でしょうねその原画をきす時にえ高松の 場合は省いちゃってるわけですよあ自然に 整えちゃってるということですよはいはい はいということはこっからこれありえない でしょうそうですねこんな変なものを わざわざ書くわけありませんやそうですね で中国には古いものがこれあるわけでしょ よだからもう当然この流れですよねでこう いうものを航空枠では痕跡機関と呼んでる んですね本来あるべきものが対価しちゃっ てるということでございますうんうん痕跡 だけが残ってるそうことですねだからこれ これイコール痕跡機関なんですま亀があの ちゃんとお腹のコ描かれていたうんの カーブが痕跡として残ってるはいはいそれ がここはとめてるこれは消滅してるという ことですねそれを考えましてもこの流れ ですねうんうんそれで決定付けたわけです ねああまそれからいろんなものを調べまし てもねあのいろんな絵をこのね両者の絵を 見ましてもやっぱりこの流れは変わらない ああはい雰囲気で論じていないということ が分かっていただけましたじゃそうですね 説得力ありますはいはいでこの足も非常に こっち力強いですうん共通してますね線 全てにねこっちなんかちょっと弱しですね こなんかこうゆゆしいでしょうんふにゃっ となってるでしょこっち詰めたってますし ねはいはいでここのカーブですねここん ところがですねこれ見てくださいこのこの 違いなんか人の足みたいですねこれなんか こう開き切っちゃってるはいはいでここが すごく曲がってますよねはいこれ曲がっ てるから捻挫するんじゃないかと言った人 が勝つておりましてねはい誰かは言いませ んけどねはいただ私に言してみたらここの カーブこパキッと折れてないでしょこれ ぐにゃっとは曲がってますけどもすごく こう力を溜めてるようななんかあのバネ状 の鉄板はぐっと曲げたようなねそういう 力強さを感じる線なんですようんだから今 からこれが跳ね上がるようなねそういう風 なイメージを持った絵画ですねところこれ も跳ね上がってしまってますんで伸び切っ ちゃってますんでねだからまあまあこれを 持ってしましてもやっぱりこっちの方が 中国の原画に近い力強性を保ってるという ことですねはいはいまあのいろんな書き方 書き込み用も全然違うでしょ反問の書き方 もこれむちゃくちゃ走ってるでしょこれ そうですね現物の場合はこの紋様が ちょっと違いすぎますねはいねあのここ なんてむちゃくちゃこう細かく書いてます けどこち端寄ってますよねま斜めの線書い ときゃいいという感じで書いてますねこれ ちゃんとこうこう反問までこう書いてます のでねこういうとこですねまこれ見比べて いただいたら弟子もね多分複数いたと思い ますんでうんちょっとこの高松鈴鹿の現 弟子 は先生からこやられそうな感じだ違うかな とはまそれ想像にすぎないですけどあ なんか蛇の尻尾もこっちはねなってます うんシャープなんですけどこっちなんか はいそうでしょ犬の尻尾みたいな感じです ねよく見ると違いがねうんだからま 素晴らしい方がよく残って良かったじゃ ないですうんそうですねめでたしめでたし ですねはいということでございますね じゃあこれに続きまし もうここであのの役割ですねえその話で まとめておきますねはいはいそれじゃあ 総括に入りましょうもう今までのねえ青龍 武光スザ原武ですねこの死身の役割ですね 紐解きたいと思いますで私本の中でもう 書いてるんですけども主に母ですねあの墓 の中での指針の絵画ですねの役割というの を考えておりましてねこの3つですね構成 力はい結束力そして推進力ですねうんうん こういったものを持たせれてるというか 表現したんじゃないかと思ってるわけです ねまず構成力ですねあのこれはまよく言わ れることですけどねまここの法学機主神教 においてもそうなんですけどもまいわゆる その陰陽五行説というものに基づいて指針 というのが配置されてるとまこれはよく 言われることでございますねただそれは 指針が配置されてるんじゃなくて自身が 配置されるから陰陽五行説の世界が立逆 にった方がいいわですねはいはいだから身 を約だけで陰陽業のまいわゆる世界観が あの構成されるということですねまそう いう風な空間を作る働きというそれが構成 力ということでままとめておりますうん はいはいそして2番目ですね結束力これは いわゆるま何度も言ってきましたけども天 と地を結ぶものとしてね自身が描かれると ですからちょうど母のこう上の方と言い ますかね壁面の情報そしてあの天井のはい たこの境い目のところに死身を描くという 伝統があるんですけどもそれは彼らが天と 地の媒体であるというまそういう風な働き でございますんでねはいだからまこういう 風なまいわゆる24方向とかですねあと 28周ですねえこういったものと結びつき ましてねいわゆるその天の方向と地の方向 を合わす媒体であるということで天地を 結ぶ媒体とま結束力とつなぐ役割をするん だということですねそれと3番目はこれが ま親戚時代の墓に描かれましたね貝殻絵な んですけどももうすでに竜と虎がですね 流子揃い部でございましてね真ん中のこの 母主人と言いますか装車をグッと抱えて空 に向かって飛んでいくようなねこの様子 ですねこれが水深力とはい指針の中でも この2匹がえ1番最初にこのね成立する わけですけどねうんうんうんであとあの スザとか見部これ後付けな話ですけどねま 原武と言ったら亀じゃないですかあヘ絡ん でますけど主に亀でしょうで亀と言います のは動かないと言いますかねグッと大地は 支えるんだというイメージがありますね ですからどちらかというと起点と言います かね出発点をしっかり定めるというねま そういう風な役割があると逆に朱というの は彼らよりも早く飛んでいくわけですから いち早く飛び立ってでま流子を導くという ねまそういう風な先導者と言いますかね ガドでございますよそうですごうまいこと 言いますねうまいでまあのやる起点が なければふにゃふにゃでしょ起点を定めて そしてま方向が決まれば流子が挟んで飛ん でいくというねこういう風な筋書きがま 考えられるんじゃないかという推進力です ねうんうんまこういう風な3つの役割です ねを私考えておりますですから一般に言う ですね死身は守り神だみたいなねそんな 単純なものではないですねうんでそれ 言い切ってしまってもいいんですけども そっから先全く論が進まないじゃないです かうんうんですからしっかりと中国の絵画 の歴史うん思のですねそういったものを 踏まえながらですねまどういう役割を持っ て画がこの針を変えたのかというのを想像 していかないと話が膨らまないということ でございますね是非皆さんもそういう視点 でですねこれから身を眺めていただければ と思いますはいはい今回は北村先生に木 古墳高松塚古墳のすそして現身の役割の ところを説明していただきました北先生 ありがとうございましたはいありがとう ございますはいえっとこれでは通り終わり ましたので次回は古墳の12そうねもう 続きとしましては12市ですねそして高松 の人物群像や続いていきますけども とりあえず12を語りましょうあはい 分かりましたでは次回もお楽しみにご覧 くださいありがとうございまし [音楽] たDET
前回は四神の中の「白虎」について解説いただきましたが、今回は南の「朱雀」と北の「玄武」についてです。
高松塚古墳の朱雀は盗掘の影響で失われていましたが、キトラ古墳のものが奇跡的に残っていました。また、玄武も高松塚古墳は盗掘者によって傷つけられ、キトラ古墳のものが良く残っています。
両古墳の絵の比較、それぞれの役割やルーツも解説して頂いておりますので、ぜひ最後までお楽しみ下さい。
0:00 オープニング
0:32 朱雀について
6:10 朱雀のルーツ
8:58 朱雀と鳳凰の関係
10:14 玄武について
20:35 四神の役割
24:17 エンディング
【来村先生の経歴】
来村先生は兵庫県明石市のご出身で、幼い頃から考古学に興味を持っておられました。
高松塚古墳を発掘された関西大学「網干 善教(あぼし よしのり)先生」に憧れ、関西大学に入学して網干先生に師事。
関西大学大学院博士課程終了後、中国陵墓研究により博士号を取得されました。
現在は阪南大学の教授として学生に「観光学」を指導。
他にもテレビ出演や書籍の出版、また観光ガイドとして「クラブツーリズム」の講師など多方面で活躍されております。
「来村 多加史先生 Wikipedia」
https://ja.wikipedia.org/wiki/来村多加史
「阪南大学 講師紹介ページ」
https://www.hannan-u.ac.jp/doctor/tourism/kitamura/index.html
「来村多加史講師同行ツアー」
https://tour.club-t.com/tour/relation?r=KAN84326
「来村先生の著書(Amazon)」
https://www.amazon.co.jp/s?k=来村多加史&adgrpid=122976595590&hvadid=627563649246&hvdev=c&hvqmt=e&hvtargid=kwd-335449881998&hydadcr=20840_13406442&jp-ad-ap=0&tag=yahhyd-22&ref=pd_sl_1fbxfymk7g_e
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毎日新聞社の記事
https://mainichi.jp/articles/20200309/ddl/k29/040/206000c
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