真言宗御室派表白山九品院 福成寺(ふくじょうじ) (シャクナゲ寺) 広島県東広島市西条町下三永3641 #広島 #東広島市 #福成寺 #真言宗 #シャクナゲ #国宝 #仏閣 #歴史 #観光 #毛利
真言宗御室派表白山九品院 福成寺(ふくじょうじ) (シャクナゲ寺) 広島県東広島市西条町下三永3641 #広島 #東広島市 #福成寺 #真言宗 #シャクナゲ #国宝 #仏閣 #歴史 #観光 #毛利 20240507 1 @akibingo
御本尊 千手千眼観世音菩薩
御真言 オンバザラタラマキリク
御詠歌 静けさや 九品浄刹福成寺 施無畏のみてに すがる嬉しさ
縁起・歴史
弘法大師の真筆と伝わる福成寺の扁額
縁起分によると、開基は奈良時代神亀三年(726)頃。狩の最中、樹上に金色の霊像を発見した鷹坂山の猟師(後の網衣上人)が発心出家して建てた福納寺が前身とされます。平安時代の初め、諸国巡錫の途次、福納寺に立ち寄られた弘法大師が「是れより北に山あり 佳き堂地なり、彼の地に寺を移すべし」と仰せられたことから寛仁年間に現在地へと移転。寺号は表白山福成寺と改められました。今なお、当山に残っている「福成寺」と扁額の三字は、其の時大師の書かれた御真筆と伝えられています。
その後 西条一族の氏寺となり崇敬を集めていましたが、源平の戦禍に見舞われ伽藍を焼失、灰燼に帰した寺の再興を授けたのが、平氏に追われて西条の庄に落ち延び、やがて二神山に城を構えた源頼政の息室・菖蒲の前と伝えられます。
この頃 相次いで建立された諸堂宇は 元亨年間に再び火災に遭い全焼したものの、時の天皇の庇護を受けて復興を果たし、室町時代には安芸の國に進出して、一帯を支配した守護大名大内氏の宗教的拠点となって栄えました。大内氏滅亡後も毛利輝元公らの帰依を得た当寺は、この中世期に31宇の諸堂と42坊、北山12坊を数えるほど隆盛を極めたといわれます。しかし江戸時代に入ると寺領は悉く没収され、寺運は次第に衰退、さらに明治の廃仏毀釈の法難に遭い、一時は著しく荒廃していましたが、檀信徒や地元の方々の浄財による、大正時代の初期の大修理で本堂が蘇り、今日まで法灯を絶やすことなく守り続けています。
重要文化財
福成寺厨子及び須弥壇
金銅唐草文板蓮華文金具置戒体箱
金銅輪宝羯磨文置説相箱
銅鐘
《福成寺の厨子及び須弥壇》
ふくじょうじ ずし しゅみだん
(国重要文化財指定平成12年)
天保年間に再建された福成寺本堂の中央に置かれており、中には御本尊千手観音菩薩坐像が安置されています。
厨子は入母屋造妻入の1間仏堂を模倣した宮殿系厨子と呼ばれているもので、須弥壇の上に据えられています。
須弥壇は上下に刳形がついた框を重ね、四隅に束柱を立てています。正面は入八双型の格狭間で飾ったものです。
《金銅唐草文板蓮華文金具置戒体箱》
こんどうからくさもんいたれんげもんかなぐおきかいたいばこ
(県重要文化財指定:昭和59年11月19日)
戒体箱とは、戒文(かいもん)などを収めた箱で、密教の授戒などが行われる灌頂儀式(かんじょうぎしき)の三昩耶戒場(さんやまかいじょう)で用いられる僧具。
この金銅唐草文板蓮華文金具置戒体箱は、直方形をなした木製で、周囲が金銅板(こんどういた)で覆われており、高台状(こうだいじょう)の床脚には格狭間(こうざま)の透かしが入れてあります。
蓋は、上面の金銅板に花唐草文(はなからくさもん)が彫られ、輪宝文(りんぽうもん)や羯磨文(かつまもん)の透彫り金具を鋲留(びょうどめ)した痕跡が3か所に認められます。側面には蓮華形(れんげがた)の金具が8個付けられています。
箱身は蓋の側面と同様に蓮華型の金具が付けられています。側面中央の両側には、丸鐶(まるかん)が付いた方形の鐶金具が取り付けられ、丸鐶に紐を通して蓋を固定しています。高台状の脚部は内側に帯板金具(おびいたかなぐ)で覆輪(ふくりん)を施しています。また、箱の縁にほ帯板金具が付けられており、底板の裏側には縁辺の四方に「一・二・三・四」の墨書が残っています。
縦36.8㎝、横12.7㎝、高さ12.5㎝。 室町時代末期の作と考えられる。
《金銅輪宝羯磨文置説相箱》
こんどうりんぽうかつまもんおきせっそうばこ
(県重要文化財指定:昭和59年11月19日)
説相箱とは、法会(ほうえ)や修法の際に用いる三衣(さんね)や式次第などを入れ僧侶の座側に据えおく箱のことです。
この金銅輪宝羯磨文置説相箱は、直方体をなした木製で、側面に金銅製の透彫り金具が付けられ、高台状の床脚には格狭間(こうざま)の透かしをいれてあります。この金銅製の透彫金具は、長側面の中央に輪宝文(りんぽうもん)、その両側に羯磨文(かつまもん)をさらに短側面には2個の輪宝文をそれぞれ鋲留(びょうどめ)しています。また、高台状の脚部には、格狭間を10か所入れ、穴の内側を帯板金具で覆っています。縦33.6㎝、横24.1㎝、高さ10.7㎝。
箱の縁にも、帯板金具が付けられており、底板の裏側には、縁辺の四方に「一・二・三・四」、さらに「一」の辺には「一・二・三」、「二」の辺には、「四・五」、「三」の辺には「六・七・八」、「四」の辺には、「九・十」の墨書が残っています。
この説相箱は飾り金具や格狭間の特徴から、室町時代末期の作と考えられます。
《銅鐘》どうしょう
三原鋳物師作の銅鐘
県重要文化財指定:昭和28年6月23日
寛正2年(1461)に福成寺に奉納され、現在は宝物殿に展示。これを鋳造した鋳物師は、三原(三原市)に住んでいた吉宗です。
形態的には、通有の和鐘(わしょう)とのことですが、裾へ向かってあまり開かず、細長く均整がとれたものです。龍頭(りゅうず)の上には宝珠(ほうじゅ)が乗り、龍の口は棒状の環をかぶりつくような形に作られています。
総高125.7㎝、龍頭嵩25.0㎝、鐘身高96.0㎝、口径69.7㎝、口縁厚6.8㎝。
鐘身は、袈裟襷(けさだすき)の形式が崩れているために下帯(かたい)がありませんが、上帯(じょうたい)、中帯(ちゅうたい)と縦帯(じゅうたい)によって区画された乳の間、池の間、草の間が形成されています。撞座(つきざ)はその痕跡から蓮華文(れんげもん)と推定されますが、文様が判別できない程潰れていることから、よく撞かれていたと考えられます。また、駒の爪は大きく突出しています。乳の間は1区画に4段4列16個、4区画全体で64個の乳が付けられています。銘文は池の間の2つの区に7行42字が陰刻されています。
福成寺仁王門
仁王門は18世紀中期の建立であって、寛政3年(1791)葺替えの棟札が存在。八脚門、入母屋造、銅板屋根。仁王門としては地域最大級ある。平成3年の台風被害により茅葺屋根から銅板屋根に修復するも、仁王像ともに傷みが激しい。
福成寺本堂
入母屋造・桟瓦葺、正面三間・側面四間。側面中央の柱を境に外陣(前半部)・内陣(後半部)に分かれ、その意匠が全く異なる本堂は、江戸時代の天保6年(1835年)にそれ以前の本堂を縮小して造替した三間仏堂を、大正初期に大改修したものとみられている。
六所権現
眞浄上人は福成寺再興のため熊野権現に赴かれるも帰山なく、菖蒲の前が熊野権現を勧請して六所権現社に第一にお祀りされたのです。今も残っている六所権現とは ① 熊野権現(阿弥陀如来の垂迹) ②吉野権現(薬師如来の垂迹) ③八幡大菩薩(聖観音の垂迹) ④日吉山王権現(地蔵菩薩の垂迹) ⑤厳島大権現(十一面の観音の垂迹) ⑥白山大権現(釈迦如来の垂迹)の六体の権現を安置。
また、鎌倉時代に多田神社(兵庫県川西市)より六所権現の御神体を勧請したと伝えられている。
九品堂
鎌倉時代に慶圓僧都より来迎院として建立され幾度となく火災に見舞われた。
その後昭和2年地元民により現在地に移築建立されたが老朽化のため、平成30年地元有志等により堂宇建立と九品佛修復を成す。
永享5年(1433)室町時代に円祐和尚が大願主となり建立されたが、平成3年の台風で倒壊した。現在の堂宇は平成11年に建立され、堂内には御神体(木像 菅原道真公・狛犬1対)が祀られています。受験シーズンには多くの参拝者で賑わいます。
シャクナゲを寺の名物にするため「花咲かそう会」のメンバーによって、本堂の周りに約1,400本のシャクナゲが植えられています。本堂に置かれている福成寺厨子(ふくじょうじずし)と須弥壇(しゅみだん)は県重要文化財。
東広島・福成寺| 本堂・夫婦杉・シャクナゲなど見どころ満載!
2026年には、開基1300年を迎えます。
〜 記事の目次 〜
01 福成寺の見どころ
・立派な仁王門と放生池
・本堂内の「厨子(ずし)及び須弥壇(しゅみだん)」
・約100種、約2200本のシャクナゲ
・貴重な文化財が保管される「宝物殿」
・標高520mの憩いの場「観音山」
・樹齢800年以上、高さ40メートルの巨樹「夫婦杉」
・厄割玉|厄玉を投げて気持ちをスッキリ
02 福成寺の歴史とこれから
03 福成寺の詳細情報
・どなたでも参加できる「朔日詣り・護摩祈願」
・お問い合わせ先
福成寺の見どころ
立派な仁王門と放生池
駐車場に車を停めると、仁王門が迎えてくれます。
仁王門をくぐり、参道を上がっていくと、立派な放生池が広がっています。
夏には赤や黄色のスイレンが美しく咲き、参拝者を喜ばせてくれます。
池で泳ぐ鯉にエサをあげることもできます(エサ代100円)。
池の中に神社!?
こちらは、学問の神様を祀った「天神社」。
1433年建立ですが、台風で倒壊し、平成11年に改築されました。
本堂内の「厨子(ずし)及び須弥壇(しゅみだん)」
赤い廊下橋を渡りきって、威風堂々とした入母屋造の本堂へ。
厨子は「宮殿形式」。扉の桟唐戸裏面には八方天像と飛天像が描かれています。厨子内部には、33年に一度開帳される千手千眼観世音菩薩が安置されています。
須弥壇は、厨子を安置するための台。和洋折衷形式で、正面腰部には入八双形の装飾が施されています。
この時代に東西条を統括していた大内氏が寄進したと言われています。
約100種、約2200本のシャクナゲ
仁王門や参道、放生池、本堂周辺、境内のあちらこちらに咲いているのがシャクナゲ。
境内に約100種・約2200本が植えられていて、桜の開花と共に咲き始め、ゴールデンウィークが終わるまで楽しめます。
早咲きから遅咲きまで、長い期間楽しめるのが魅力。
黄色、白色、ピンク色と、色彩豊かでボリュームのある花を、多くの人が愛でたり写真に撮ったりしています。
また、小ぶりなピンク色のツツジ「ミツバツツジ」も群生しています。
貴重な文化財が保管される「宝物殿」
「宝物殿」は、福成寺に伝わる寺宝や文化財を保存管理するために建てられたもの。
県指定の文化財の他、青磁香炉、釣鐘、仏像など、歴史的に貴重な寺宝を50点余り収蔵。
樹齢800年以上、高さ40メートルの巨樹「夫婦杉」
境内には、さまざまな古木を見ることができます。
中でも、高さ約40メートル、樹齢800年以上といわれる杉、通称「夫婦杉」(2本のうち1本は、平成26年に落雷で一部焼失)や、樹齢1000年超といわれるモッコク、樹齢約700年といわれるトチノキは、「福成寺の巨樹群」として県天然記念物に指定されています。
一寺院の境内でこれだけの巨樹が集まっているのは、学術的にも珍しいそう。
厄割玉|厄玉を投げて気持ちをスッキリ
仁王門をくぐって右側に、「厄割り玉」という看板が。
志納金200円を納めたら、「厄」と書かれた玉を手に取って、息(厄)を吹き込みます。
結界の中に鎮座する「厄割石」に向かって厄玉を投げ、割れたら一礼(割れなくてもOK)。
もやもやした気持ちをスッキリさせることができます。
福成寺の歴史は、726年にさかのぼります。