全国的にも珍しい地形に存在する筏師の集落を訪れる【限界集落 – 木津呂集落】

そんなにこうなんていうかされてくとは夢 にももなんだなうんこの建物がうんあのイ 市の人たちが宿泊してた場所 うんこれまでいだしの道を通じて現代では 失われたいだしという職業について紹介し てきまし たの水とともにい市の道沿いに栄えた集落 も現代ではそのほとんどが消滅してい ますしかし中には衰退しながらも現代まで 存続している場所もいくつか存在しており いしたちが流星を誇った時代のおかげを 現代に伝えています今回はそんな場所の1 つである木という集落を訪れましたはい こんにちはヒストリカのですはい今日もい 田市の関連の取材なんですけれども前回 前々回のはい動画でまい田市の道をま ガイドさんに色々お話し聞きながら取材を してたんですけれども今日はそのイ田市の 人たちが住んでいたと言われるまそうだね イ市の集落ってまあの川沿いにいくつも あったと思うんですけどうんまそのうちの 1つキロっていう集落なんですけどうんま 結構地形が特徴的でなんかいろんな メディアとかねまYouTuberの人も 取り上げてると思うんですけどあの上から 見るとねすごいまんまるな半島みたいな形 してるんですよねなんか川がこう囲んでる そうそうそうそうそうまそういう地形も今 って結構有名っていうことですねうんそう ですねでま実際にこの川をねいだしが使っ ていてそうやね方が大来してたんですけど まそういうねまたいにゆかりの深いところ ということでそうですね実際に集落を見 ながら回っていきたいと思いますはいでは 行ってみましょう行ってみましょうイカ だしツアーではさうんああいう崖の山の上 っていうのかな上からこう見てきたけどさ なんか1番今近いねいだし目線ってことイ だし目線になったやっとようやく降りてき た俺ら確かにいだしの気持ちをね感じて みよう冷てえそりゃそうだろうな冬だし 今でもこの冷たさの中をさうん普通に下っ てったってすごすぎそうねだってメインは 冬だもんね水量が下がるそうそうだって ずっと足は水に使ってるんでしょほぼ足 取れちゃうよねいや結構深いしねあれ うんで全然別に川に落ちることもある だろうしさうんもう意味かなんか人間じゃ ないよなそうだねそうあのなんか荷物も 見してもらったじゃんあの貝とかさ竿とか さうんあれもって山道何10kmもあい たってのも意味がわからんし意味がわから ん体凍りながらやってたって言ってたもん ね どういうこと同じ人類やんからなんか考え

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だろうね水結構うんああこの辺りまでね うん 自然の大きさにね恐れをなしてる今ケス費 するいやこれ本当すごすごくないこの開け 方 そう自然と向き合ってるよ 今ちっぽけなおかすあで僕こっちに行けば うんあの車止めさせてもらった場所につく と思います知って ますなんでこっちから帰りましょう帰り はいけんわしまった僕らのさ安直な考えだ とさこの外周をぐるっと回ってこれれば 行けると思ったんだけどねええこんな感じ で見事に無理でしたあの端っこを伝って いけばま行けるんだろうけどそんな無理な んで自然にはまれたな最悪や無駄しだった 完全にこの辺はもうめちゃくちゃ広々し てるのうんで多分道脇の家は全部取り壊し たんだろうねこれきっとね多分道路とかに さ家が崩れちゃうとあれだからつって かつて流星を誇ったいだしたちによって 成立してきた伝統ある集落がまた1つ消滅 しようとしてい ますキの出身だという方にお話を伺ってみ たもののい流しによって栄えた時代を知る 住民はす集落には残っていないと言います いしという職業はまもなく記録の中でのみ 語られる存在になっていくのかもしれませ んはいということで今日は木集落を取材し ましたはいもう住んでる人は結構少なく なっちゃってて うんのことを知ってる人もほとんどいな いっていう風に確なんかそう考えるとね このさいしで発展したらくなのにさこう今 となったそれを知る人もほとんどいないっ ていうねそうだねやっぱ残してかないと ダメなんですねうんもうなんかほとんどお 亡くなりになってさ記憶ある人もいないっ て言ってたからね生活がかなり様変わりし たって話もあったしうん何持ってんのお前 えあこれうんこれあの丸石進行ねこの辺に あるらしくてねでちょっといい石だなと 思って特別なものを感じたんで丸石進行 始めたの いい形じゃない楕円楕円型進行楕円だよな それまんまではないのそれまだあれじゃ ないご神体にはならんのじゃないそれはら うんその人が気にいるかどうかだもんねこ いうまじゃあ家の裏にでも飾っとけばいい んじゃないですかこれに神が宿ってると 思えばこれがご身体だからそう丸い進行に ついてはねちょっと前の動画を見てもらえ ば分かるんでそっちもチェックしてみて くださいねはいということで今回の動画も いいと思ったらグッドボタンやチャンネル

登録をよろしく願いしますぜひ メンバーシップもよろしくお願いしますで はまた次の動画でお会いし ましょう今から帰りますお疲れしかし じガソリンがやばすぎるこれ間に合うんか お前本当に これ近くにねガソリンスタンドがあればね 大体88km先ぐらいに最寄りのガソリン スタンドがあるあけんじゃない8kg でしょ本当かでもさこういうとこで怖いの さ日曜日ないとこ多いよねこういうそう 地方に来るとねそうだよね日曜日休みがち だよねガソリンスタンで今日日曜日なんす よそうからでもそこで入れれんかったら 本当終わるよね終わるちょっとやばい じゃんこれま結果はまた後でご報告します ということではい おいはまってんなよはまってえ進まんの [音楽] これ おーやば行ける これえ進めるや今のがちょっと進んでっ てあ行けるやんあよかったよかった 危な大事故になるとこだった ぜひとまず ねしびれる旅だったなうん最寄りの ガソリンスタンドに20kgぐらいあった からさうん本当ギリギリの戦いだったよな ちょうどいいいいまで来てたティのでもE の先もあるからね実はこの車は限界の 向こう側うんいいの君はまだEの向こ側を 見たことがないそれはあるいや普通そこ まで行くまでにガソリン入れるんですよ 普通は ね良かったね途中でガスケスとかなったら さうんもう山ん中だしさ結構きつかったよ ね絶望だよね本当にうん おおフルですねFの向こう側行っとるよ フルの向こう側行っ とるこういうこともあるうんこういうこと もあるまていうことで無事入れれましたと いうことでやったはい帰りましょう気を つけて帰ろうあとは帰りだけですねうん はい動画のご視聴ありがとうございました ヒストリカは地域のこれまでの歴史とこれ からの歴史を発信する地方創生メディア ですこのチャンネルを気に入っていただけ たら是非グッドボタンチャンネル登録をお 願いし ます

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◎お勧め動画はこちら

【伝説の集落】百夜月 – 陸路からは絶対に到達できない!古い伝承が残る廃村の現在の姿を追う

【廃村探訪】日南川集落 – 棄てられた集落と息を呑む風景、最奥部で驚愕の発見も

【限界集落】石切集落 – まもなく限界から消滅へと至る小さな集落の記録、京丸牡丹の伝承を追う

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チャプター
0:00 オープニング
1:57 筏師の凄みを実感する
3:42 集落を散策する
6:07 住民の方にお話を伺う
11:06 ちょっと休憩
14:18 木津呂の歴史
15:08 筏師が宿泊したという建物
16:15 さらに集落を探索
19:39 エンディング
21:33 ちょっとトラブル

#奈良県 #三重県 #和歌山県 #木津呂 #歴史 #筏師 #筏師の道

35 Comments

  1. 本来平地でしか形成されない河川の蛇行が山間部に形成される、まさしく典型的な先行谷地形で面白いですよね。

    ところでこの木津呂の川は百夜月の川と同じ川で、ここから4、5㎞ほど川を下れば百夜月に至るようです。
    直線距離では2㎞くらいしか離れてないようですから、ドローンあったらここから百夜月がみえたかもしれませんね。

  2. 廃村の建物や土地の権利はどうなっているのでしょうか?

    人々の暮らし、生きた証を残し、それらがあって今がある。活かして欲しいです。

  3. いつも見ています。ジムニーのナンバーを隠さないところにこのチャンネルを見る人たちへの信頼を推察しました。「探求」と「好奇心」そして「哀」を感じるチャンネルに満足しています。ありがとうございます。

  4. 配信お疲れ様です。
    木津呂集落、地形が和歌山のあらぎ島に酷似してたので驚いたんですが、ここは三重県紀和町。蛇行する川が作った地形なんですね。
    筏師の往来した土地でもあり、鉱山で栄えた所でもあり。山中には珍しく栄えた場所なのに、当時を知る人がほとんどみえないのが惜しまれます。
    木津呂のおとうさんに少しでもお話しを伺えたのはよかった。
    今は木津呂は観光ツアーは受け付けてないとネットの記事にあったのですが、マナー違反の観光客が多くて住民の方に迷惑をかけたからだとか。
    あわやジムニー遭難かと思ったけど、脱出出来ましたね。
    これからも取材ご安全に。

  5. 筏師の暮らし振りが垣間見れそうな内容ですが、給油でハラハラさせられて、何もかもすっ飛びましたw ドローン導入愉しみです😊

  6. 河原の風景がとても美しいです。
    美しい風景とは真逆な、当時の筏師さん達の過酷な生活を知る村人のお話が聞けてありがたいと思います。

  7. 70の婆さんです
    いつもみてます
    癒されます。イケメンだし😊
    こんな所がふえるでしょうね😢

  8. いつもお疲れ様です、ありがとうございます。
    楕円型信仰の石、いいですね。立派に御神体になるんじゃないですか。

  9. 石垣で囲まれている所は洪水で水が来る所でしょうねぇ〜?日当たりも良さそうで小学校も比較的明るくて綺麗に見えました。

  10. 紀伊半島でもこのように筏師が歴史話になってますが木曽山中なども筏師がいた筈です
    ピストリカさん地元近くでしょうから調査して下さい😊

  11. ドローン是非‼️
    絶対登録者数倍増しますので、すぐ元取れます(笑)
    凄い秘境に一人で行くYouTuberいますが、凄い映像見せてくれはります👏お二人のセンスなら、大丈夫です👍🏻👍

  12. オカヤスさんの感覚だけのぼんやり食レポ、面白かったです😂

  13. もしかして筏で海まで行けるなら、小さいカヌーかゴムボートにエンジンを使えば、
    海からかなり上流まで遡上出来るん?
    喫水の浅い3mのゴムボートに2馬力エンジンポンプを積めば、
    無免許無登録でOKの2馬力ジェットボートだよ、知らんけど。

  14. 配信ありがとうございます。
    ガイドさんのお話も勉強になりますが、地元の方からこんなお話聞かせてもらえるお二人のコミュ力の高さも素敵です。
    オカヤスさんのおやつタイム、久しく見てないなと思っていたのでちょっとうれしい🤩
    すごーい河原の広さですが、台風時期にはこれ全部濁流に覆われてしまうのでしょうね、河原の石が丸いのもこの地形も。
    オカヤスさん★5の漁師あられ、今度買ってみようとか、桃太郎伝説を調べたりとか、historicaのおかげで関心が広がっています😊

  15. ガソリンスタンド営業してて、よかったですね〜。 これからも、安全に探訪の旅を続けてくださいね☕

  16. 久しぶりのご当地お菓子タイム✨食べがいがありそうで美味しそう!コーヒーかお茶必須ですね(^_^)✨

  17. いつも楽しく拝見しています。
    親戚のおばあちゃんは、若い頃60キロの米俵を両脇に抱えて運んでいた様です。
    昔の方たちは、超人ですよね😮
    ご飯も麦飯と沢庵だけだった様です。😮
    今では、考えられないですね。

  18. 今から二十数年前の子供の頃の話し
    関西で筏師達の祭りを見た事が有ります
    TV局も取材に来てましたが老齢化が進み最後みたいな事を言ってた様な気がします
    筏相撲とでも云うのか迫力満点祭りでしたよ

  19. ドローン撮影とヒストリカの相性はかなり高そうに思います。楽しみにしてます😊

  20. 素晴らし古い生垣でも今の建築基準法では新しく家は建てられないとかありそう

  21. 空撮で見た筏師繋がりの木津呂集落の地形はインパクトがあり、地元の方のお話も とても貴重でした。人間業とは思えない過酷な筏流しだけでなく、鉱山で働く人が集まり、目の前の景色からは想像できないほどの繁栄した時代があったんですね。埋もれてしまいそうな集落の歴史を丁寧に拾い集める好奇心旺盛なアンドウさん、オカヤスさんも貴重な存在。応援してます。E線上のジムニー、難なくて良かったです。

  22. オカヤスの笑顔に癒される。もっと笑ってくれ❗あと、撮影後の素のオカヤスも見たい❗

  23. スゴイ職業ですね~😳
    世界一危険で高額と言われる、北極圏の蟹漁と同レベル!?

    万能ジムジーでも砂場にハマるんですね!! 脱出用の板とか積んでおくと良いですね
    ガス欠…ハラハラしました😖 特にジムニーは燃費が悪いですし…残量にはお気をつけて
    私は2回もやっちゃいましたけど😂 私の場合は燃費が良すぎて過信しちゃって…(笑)

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