龍宮の乙姫を祀る肥前国一宮、巨石信仰の聖地:佐賀県・與止日女神社(Yodohime Shrine)

▼チャプターリスト(目次)
0:00 オープニング
0:22 嘉瀬川から見た境内、二之鳥居
0:38 三之鳥居
1:14 大楠
1:43 手水舎
2:05 拝殿
3:27 本殿
4:03 西門
4:26 末社・與止日女天満宮
4:33 男女石
4:40 金敷城山の巨石群
6:54 與止日女神社上宮

どうも管理人のヒロリンです。

今回は佐賀県佐賀市に鎮座する與止日女神社(よどひめじんじゃ)を紹介したいと思います。

佐賀駅からバスで約30分、佐賀市の北へ10kmの川上川の上流に鎮座するのが肥前国の一宮である與止日女神社です。鎮座地はかつて肥前国(現在の佐賀県と長崎県を合わせた領域)の国庁があった場所の周辺。川上川は嘉瀬川と呼ばれ、佐賀平野の中央を流れ、筑後川を除けば流域・延長ともに最も大きい川となっています。

與止日女神社は川上神社とも呼ばれ、当社の側を流れる嘉瀬川が象徴するように、水源を守る神様を祀っていた社です。ひいては農業の繁栄や子宝への御利益があるとされてきました。

與止日女神社の隣を流れる嘉瀬川について、『肥前国風土記』に次のような話があります。
「この川の川上には荒ぶる神がおり、道を行き交う人々の半数を生かし、半数を殺した。そこで県主らの祖である大荒田(オオアラタ)が占って鎮める方法を問うた」と。

その時に土豪の大山田女(おおやまだめ)と狭山田女(さやまだめ)という2人の女が「下田村の土で人形と馬形を作ってこの荒ぶる神を祀れば、必ず和らぐことでしょう」と言ったので、大荒田はその通り神々を祀ると、神は歓んで和やかになったということです。この功績により、二人の土豪は感謝されて「賢女」(さかしめ)と呼ばれ、それが転じて「佐賀」の名の由来となったと伝えています。つまり、当社周辺は佐賀県の県名の由来になった場所なのです。

御祭神は與止日女命(よどひめのみこと)で、これは豊玉姫であると伝えられています。豊玉姫は、海幸・山幸神話の彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)が兄の釣り針を失ったので探すに海神の宮に行ったとき、娘として娶られた女神。そしてその御子が鸕鶿草葺不合尊(うがやふきあわせずのみこと)で初代天皇・神武天皇の父になる人です。

肥前風土記の川上の神の条には「或は人其の魚を畏むものは殃無く、或は人捕り食へば死ぬこと有り」とあり、魚が当社の御祭神の與止日女命の眷属(けんぞく)であると伝え、その魚は当地において「なまず」に相当するので、今も当社の周辺ではなまずを食べない習俗が残っています。

神社の北1.7km程には、天地万物を作った造化大明神が、金敷城山の中腹に奉斎されています。與止日女神社上宮とされ、男神石・女神石からなる御神体の三面の大石は、二面が壁として立ち、一面がその上に蓋する形になっています。古来より土人石神と称して、明治の中頃まで11月20日に祭事が執行されていました。

Yodohime Shrine, also known as the Kawakami jinja, is a Japanese Shinto shrine in Saga, Saga Prefecture.

Yodohime Shrine was founded in the sixth century. It enshrines the kami of the grandmother of Emperor Jimmu.

It was one of two chief Shinto shrine (ichinomiya) of Hizen Province and Saga Prefecture.

1 Comment

  1. 遠くて行けそうにないけど、奇木と巨岩、圧倒されます。岩の信仰だと、縄文時代から信仰が有ったかもしれませんね。
    今日は田無神社行きましたが、物凄く混んでました。TVで紹介されたそうです。

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