第1回未来の里山研究会 第二部 (ディスカッション)

[音楽] いいですかはいお願いしますはい皆さん こんにちはえっと2の国見と申します できればあと1時間20分山際先生の話を 聞き続けたい気持ちでちょっといっぱいな んです けどあの今聞いていただいていやもう すごい情報量だと思いましたもうこれを 考えるだけで多分1年かかるなっていう ぐらいの本当情報量だったと思いますし ヒントがあの満載だったなという風に思い ますあのあの私は今日どちらかというと話 を聞いていく方だと思うんですけれども あのちょっとあの私2100という会社 やってますがあのちょっとまきさんから 最初どういうこと考えてるのか紹介しろと いう話もいただいたので23分だけえっと え話をさせていただきますが私はもう山 先生みたいなあの研究をちゃんとしてる ような人間でも全然ないですあの普通の いわゆる社会人をやってますでただえっと 一方で言うとですね私あの新社会人の時実 は銀行院やってまして4年間銀行やってた んですけどそっからやめたんですねそれ 2000年なんですけどで思い返すと 2000年ぐらいの時ってなんか当時よく 言われたのはなんかいわゆる都市に住み ながらローカルにも2拠点生活をする方が いいんじゃないかとかそんな議論が結構行 ててでそれこそログハウスの本とか 田舎暮らしの本がすごく売れてたんですよ つまり人としてどう生きていくべきかって いう議論がされた時代だった気がします ただそっからいわゆるIT革命でバーって なっていって今テクノロジーの話ばっかり になってるなと思うんですねで次来る テクノロジーはこれだ次はAIだって言っ て人間どうやって生きていこうって話が なんかなくなっちゃったなって思っていて で本当はテクノロジーって人間がが生きる ための手段に過ぎないと私は思ってるん ですけどその手段の話ばっかりで目的の 議論がすごく消え失せちゃったなという風 に普段感じてますでえっとそういった話と もう一方で言うとあの一言で言うと僕は あの企業の経営者と向き合いながら企業 変化をする仕事をやってるんですけど いろんな会社に深く入らしていただいてで 自分自身のサラリーマン時代も思い返して みるとそうなんですけどなか今の世の中の 仕事って生きるとはなんか無関係な時間が すごく多い例えばこのデータを分析すると かねなんか例えば車内のいろんな手続き 出張する時にこの手続きやりなさいそれは 生きるとは全然無関係な時間っていうのを

ずっとたくさん過ごしているでま自分自身 私自身はなんか人として生きるってことに とても興味が自分としてはある人間なので なんかあれこそ西明にお邪魔するとすごく なんか自分の真が自由になる感覚がすごく あってですねなのでえっと自分自身あの すごく興味があるえっと議論ですしあの 今日は最近あんまり議論されなくなった人 としてどう生きるべきかっていうような話 からなんか里山なんかも使いながらなんか そういったある意味答えがあるよでない 議論ができればなという風に思っており ますじゃあえっと山際先生まきさん よろしくお願いしますでえっとこの開始前 に私もちょっとあの先生の話色々と伺って てもうすでにもうお腹いっぱいぐらい いろんな話を伺ったんですけど今あの プレゼン資料も拝見させていただいてより なんかいろんなものが見えたなという風に 思ってますがあの僕やっぱり結構今回の それこそ里山っていうことも考えた時にえ 今山木先生から分かった話の中で超キー ワードがやっぱりあるなとで1つは やっぱりその社会って言うと社会って言葉 ってすごく大きなものを僕ら想像してたん ですけど本来の繋がれる社会っていうのは 150人がマックスであるでこれは やっぱりずっと変わっていないのであ るっていう話つまり社会っていう捉え方を 1回変えてみたいなと思ったでこれは里山 という規模感ももしかしたらあのそういう 捉え方なのかもしれませんでそん中で人間 が本来持っている能力とても大切にすべき 能力は実は共感なのであるっていうでなぜ 共感かと言うと人と人とが繋がっていく 繋がるというよりはいゆ同調する音楽的 繋がりって言われてましたけど同調するて いうその繋がり方が実はとても大切なので あるっていうでこの辺りが結構真になって くるなという風に思ってちょっと伺ってた んですけどもじゃちょっとえっとじゃ早速 色々とお聞きしていきたいと思うんです けれどもまず最初にその音楽的な繋が りっていったところをもうちょっと深掘て いきたいなという風にちょっと思います あの人と人とはどういう繋がりをしてきた しで忘れかけているけど本来こういう 繋がり方はやっぱりもっとしていくべきな んじゃないかいう言葉っていうのはその 外側にあるもので言葉にある意味頼りすぎ たみたいなところがあるのかなとか ちょっと思ったりしたんですけど今先生 その辺りをちょっともうちょっと深かって いきたいと思うんですけどその繋がり方 この人と人が繋がるっていうところあの

音楽的繋がりっていったものがどういう ものなのかっていうのをちょっと教えて いただきますかあのね皆さん今30人 ぐらいこにいらっしゃいますよねでこう やって机にえ椅子に座って みんな個人的な動きをせずにこちらに集中 していられるっていうのは動物ではありえ ないです特に猿ではありえないゴリラま チンパンジでもいいんだけどこういう 雰囲気だったらもう1分も立ないうちに みんなふふふ言い始めますねこれ同調し てるんですよこの場というものを皆さんが どういう場所であるかってことを合意し ながら身体を合わせてるんですねだから 同じような感動を覚えるしで横の人が頷い てたらあ自分も頷いてみたくなるっていう そういうこれこれれが身体の共である同調 なんですうん猿はね他の猿の仲間の行為を コピーできませんよく猿真似って言うじゃ ないですかねあれ猿真似ってのはあのま ちょっと知性が低いものだと思われてるか もしれないけどこれは人間の独自の特徴 ですサルムができるのは人間だけなんです 身体の共鳴をあのまず先にしてしまうって ことですねそれによってだんだんこう相手 のあの心と自分の心を合わせるんですまず 身体が先なんですよで今あの国さん おっしゃったように言葉に大力すぎて しまってるってのはまず意識で同調して それから身体よってみんなねあのこう思っ てるかもしれないけど本当は身体が先なん です身体が先だからこそコンサートに行っ たりあるいはスポーツの感染に行ったり すればもう身体が先に共鳴してしまって 応援するわけでしょあれは意識が先になっ てるわけじゃないですよねそれが実は人間 としてのあのあるいは人間だけの本性進化 の中で形作られてきた人間の共感力に つながる話なんだと思うんですねはいそれ が音楽的であると表現したわけです音楽 って1つの波ですから波にすぐ乗れ るってことですねま真例えばあのダンス っていうのは見てみたらあの分かるけどま ボドでも何でもそうなんだけどね仲間の 身体にの自分が同調するてことは仲間の 身体を自分のものにすることだし自分の 身体を仲間に預ることになるわけでしょ 社交段差まさにそうですよねそういうもの を人間は2速で立った時に始めただろうと 思うんですねでそれは他の動物にはない 共鳴力というものを人類にもたらしたそれ が長い間かかって最後に言葉というあの 音声の条に繋がったんだと思いますけどね うんなるほどなんかあれですねその確かに 私もこの前バレーボールとか見てて家族で

見てたんですけど言葉は交わしてないん ですけど多分一緒になってたっていうのは 多分皆さんね感覚的にすごく分かると思う んですけどあの感覚が人間が本来持ってい たとても大切にすべき逆にこれからえより 目覚めさせていくべき感覚値であ るっていうことだと思いますしあの確かに 音楽っていうのもしかしたらイヤホンで 聞く没頭する音楽もいいけれどもなんか みんなで聞く音楽の方が実はいいのかも しれないなとかいう風に思ったんですけど なんかその繋がり方みたいなとこの感覚値 をもうちょっとやっていきたいと思うん ですけど例えばちょっとまきさんにもお 伺いしたいんですけどその里山みたいな ことをま考えててまだ答えは全く出てない と思うんですけどなんかその繋がりみたい なところで言うとなんかいろんな取り組み を西でもやられたりするじゃないですかで なんかその繋がり方っていったものが今 とてもなんて言うんでしょう今情報だけで で繋がっている感覚が結構世の中にある 感じがしてその身体的な繋がりみたいなと ころってその里山という規模感あとえマ さんが目指されているなんかえっと世界の イメージとかでもいいんですけどその辺り で何かございますかそうですねあのまうち の会社でも当初は結構webでの情報発信 を重視して目屋なんだけどオンラインで 販売するっていうことも結構やってきたん ですけどもでも やっぱりどうやってでも木材が売れていく かお客さんになっていただくかっていう プロセスもやっぱりなんかここまで来て いただいて一緒にご飯食べたり一緒に森を 歩いたりしてなんか一緒に時間を過ごすと か一緒に歩くとかなんかそういうことが あった人たちがやっぱり結果としてお客 さんになっていってでその人たちがあの またまSNSとか使って宣伝してくれて 仲間がこう増えたりはするんですけれども でも1番入り口としてやっぱりリアルにま 体的な接触までいかないけど本当にリアル に会うっていうことの積み重ねの波及効果 でこうお客さん作りもしてきたなっていう のは今聞いてて思い出したところですね やっぱりWebだけで情報発信しても別に そのWeb空間の中で僕らが選ばれる理由 はないんだけど1回直接合ってるから Web空間も使ってさらに繋がってくれ るって順番としてか身体の繋がりがあって 離れててもこう意識を合わせるっていう プロセスがあるあとうちの木材加工の工場 でいくとあの木材事業部の人今日あんまり 来てなくいないんでま元々営業とかで

関わってたあのまは君とか西岡君とかあの よく知ってる人もいますけどやっぱりなん か朝みんな集まってラジオ大砲してそっ からあの各機械にフイッ入れてブーンって 音がしてなんかああれはあれで音楽では ないけど一種のそのリズムを刻んでいて なんかこうグっと気持ちに入ってよし行く ぞっていうなんかみんなでこれからブる ボっていうなんかああの感覚なのかなって いうのも聞いててあの思ったんですよね はい先生お願いし ます里山っていう言葉にねちょっと心引か れて言うんだけど僕は里山っていうのは 海老だと思っていてね自然につがるでもね そこで我々何してるかって言ったら自然と 会話してるんですねでその能力を一番持っ てるのは白祭民の人たちで僕はアフリカで その白の人たち一緒に仕事をしてきたから 分かるんだけど気配を感じるわけです様々 なねだってみんなそうでしょあのこの土地 に住んでいればこの土地独特の気候や フードによって何らかのその気づきを我々 は毎日毎日得てるわけですねでその気付 きっていうのは文化のフィルターの中で みんなよく似たものになってる例えばその ねあの何か森の恵が実ればああ美味しそう だと思って食卓の風景が頭に浮かんでき たり何か加工すればあのねこれは美味しい あの食物になってじゃあお祭りのために 取っとこうかみたいな話がこう一応に頭に 浮かんでくるというのはこの土地の自然と いうものと密接に暮らしてきた人々の伝統 が身体に埋め込まれているからであり なんかそれは自然との間のこれを僕は会話 と呼ぶわけですけども言葉をした会話では なくてそのいろんな兆候を感じ取る能力に よってそれが具現化してるんだと思うん ですよねだからま言うならばその里山と いうものがあるおかげで厳正な自然に入っ ていかなくてもそのこう自然からのね メッセージを受け取ることができそれが 文化の中できちんと実践されるという話な んじゃないのかなそれを共有してるから こそみんな信頼感を持って暮らしとのは 営むことができるんじゃないだろうかと 思いますかまですね里山が自然と繋がっ てるからこそそこに気配というものが存在 するていうこの気配っていうのもそうです ね実は考えてみるととても本当は深いもん なのかもしれないですよね僕なんかあの 東京に暮らしていて今ドキッとしたのが 自分の暮らしの中に家にいる時に気配って 感じてんのかなって言うと多分感じてない この前あの目の前に高いビルが立って見え てた富士山が見えなくなっちゃったんです

ねそうすると景色を見ることが減ったし 気配ってやっぱり感じてないだ実は気配 っていうのは実はその取り巻いている自分 の体の周りにあるものとしては実はとても 大切なものかもしれない気配があるから 会話ができるっていうことなんだろうなと いう風に思いますこれも1つ里山をね形成 するすごい大切な要素だと思います今ね 結構人数の話とか気配の話とか出ましたし なんかなるべく皆さんも普段のご自分の 身の回りにある感覚と是非繋げていただき ながらですね聞いていただきたいと思い ます僕も今例えばさっきの人数の話で言う と僕あの今独立して自分の会社やってるん ですけどその前はあの電通っていう会社に いましてで電通の中であの0から自分の チームを立ち上げたんです最初4人で 立ち上げたんですねでどんどん大きくなっ てったんですけど30人ぐらいまでっって 僕あの誰がどこで何やってるかなんとなく 分かってたんですよで31人目になった時 に31人目が見えなくなるんじゃなくて 全員が見えなくなっちゃったん ですで今ちょっとさっきの山木先生の話を 聞きながら思ったのが確かに僕30人まで でって同調してたなと思うなんか体の リズムがあったしリズムで繋がってた感じ がすごくするんですけど急にリズムが なんか見えなくななっちゃったんですねだ からも今そのもうちょっとそこの本質心理 が分かっていたらやれることあったのか もってやっぱり思ったし本当にリアルに それこそもうあの直接的に言うと音楽を もっと活用すればよかったとか色々あるか もしれませんけどこのなんか30人とさき 150100人150人っていう差があっ たと思うんですけどその差にあったものっ て何なんでしょうか30人という規模 とれねあの調や共鳴という問題と関係が あるわけねあの例えばここにおそらく30 人ぐらいだと思うんだけどそうするとこう みんなの顔を見渡せ見渡しながらこう誰が どういう風に感じてるのかってことを1つ 1つあの瞬間的に頭に入れながら言葉を 選ぶことができるでもこれが50人100 人になっちゃったらもうあのマストとして しか感じられなくなるんですよねそういう 時に1人1人の付き合いというものがその 積算地になるかそれをこう鍋てしまって 平面で考えるかというその人間の意識の 切り替えの問題だと思いますね はいなるほどなんかそのやっぱりえっと繋 がりっていう言葉は深く考えれば考える ほど今どういう繋がりになっているのか 平面なのかどうなのかっていうのはなんか

なんか確かに分かるなっていう風に ちょっと思いますがでその繋がり方ともう 1つちょっと今日もう是非ちょっと議論し たいなと思うのはさっきの共感っっていう ところいわゆるさっき信頼ってキーワード も出ましたけれども今の世の中は契約で 出来上がっているっていうこれもやっぱ ちょっとドキッとする言葉でえやっぱ信頼 で繋がっていかなくちゃいけないっていう 話だと思いますしさっきあの所有の話も出 ましたけれどもなんかその今までって いわゆるま資本主義の1つのあれかもしれ ませんけど所有というものが良いものとさ れてきた いる所有できるものが増えることがえある 意味成功の証みたいになった時代が多分 あったと思うんですけどもその所有という ものをふと俯瞰してみた時に先ほどの研究 結果とかもそうですけどふと俯瞰してみた 時にあれこれってどうだったんだっけ本当 にこれが正しかったんだっけっていう感覚 値に陥った方多分多かったんじゃないか なっていう風に思うんですがこの所有と いうものっていうものがこれからどういう 風に変わっていくだろうもし変わっていく べきなのかっていうところそこをちょっと じゃもうちょっと深掘りしていきたいなと 思うんですけども山木先生は所有はどう いう風に変わっていくとあのねこれ是非 まきさんにも話をしてもらいたいんだけど その濃厚不食が始まるにはねこれ所有が 前提なんですだって畑を耕す種を巻く そして肥料をやってねそして収穫をする その土地に投資しなくちゃいけないわけ ですからでしかもねやってくる害虫や害獣 を防がなくちゃいけないそれをずっと守り 続けなくちゃいけないわけで定住が原則に なるんですよそしてその投資をした結果 生まれてきた収穫物を貯蔵しその権利を得 るっていうのがま濃厚北地以来の我々の 社会の原則ですよねまそれに食料以外の 様々なものがあってでそれは人々の可能性 を高めてくれたわけですうんでそれを担保 するのはお金ですよねお金ができたことに よってそのお金で様々なことができる可能 性を蓄積したでそれはまだ行使してません お金の場合はそのお金を使って何かできる んだけどその可能性を実現していないから それは可能性にすぎないわけですでもその 可能性をたくさん持ってる人が実は権力を 持つんですねうんだから今の社会はお 金持ちが権力を持つっていう風になっ ちゃってるわけですようんでねあの地方は 国よりも権力が小さいなぜならばお金を国 と比べたらちょっとしか集めてないから

です国がたくさんの税金を持っていて財務 省が1番偉いって話になってるわけじゃ ないですかだけどそれをひっくり返して 考えてみれば使わなから何の意味もねえ じゃんってことでしょだってお金持ちで 大きな敷地にあのねすごく立派な家を立て てでコメグラもたくさんあってこうだっ たら土蔵がたくさん見えたとか土蔵の中に たくさんの消費物があったとしたしたって それは置いてあるだけで使わなければ何も ならない象徴にしか過ぎないわけですよだ からねあのそういう風に思った人が各員も たくさんいてだったらそれをみんなで使っ てもらおうと思って自分の屋敷を解放して 様々な学問場にしたり集会所にしたり あるいはお祭りになったらあのたくさん 自分の食物を提供してやったりしてきた それは何かって言うとその所有に変わる ものは証人欲求です人々に認めてもらわ なければ所有も権威にならないわけでしょ あのお金持ちだってみんな新聞とかマスコ で騒ぎ立てるからねあるいは政府のその 権力をあのねマスクが騒ぎ立てるからそれ を持ってる人は意気になるわけですよでも 使わなければねあるいは承認されなければ 持ってるもて何の意味もなさないだから 承認しなくていいわけですよ証人を別の方 に持ってけばいいわけですどこに持ってけ ばいいのか行為に持ってけばいいわけです 今は実はね所有から行為に証人が 切り替わる時代だと思うんですねあの皆 さんインスタを使ったりFacebook を使ったりいろんなことでこうね Twitter使ったりして更新してる じゃないですかそこにあげるのは私は こんな高いものを手に入れたとかさこんな あのお金持ってますってこと自慢しない でしょ何をしたか何を見たか行為と経験を みんなと分かち合いたいためにそれを 載せるわけじゃないですかこれはまさに 所有ではなくて承認欲求ですよで僕はね このまさっき科学技術が我々知てくれ るって話をしたんだけど情報社会をうまく 使え ば我々があの作り上げてきた定住と所有を 原則とする社会をひっくり返せると思っ てるんですねそれは我々が最終的にどうし てもなくちゃいけないものが証人欲求だ からです人々がつまりその社会関係資本と 150人がね上限であるあのあの ソーシャルキャピタルにしても誰かに認め てもらわなければ生きていく力が湧いてこ ないんですよそれを今の情報社会では離れ ていてもそれが得られるそれを大理に我々 は生きるようになってるということはどっ

かでこれまでが我々あの大きく依存してき たものを ひっくり返せるきっかけが見えてきたって ことだと私は思ってるんですかまきさん どう も突然振っちゃった けどあの考えながら聞いてたんですけども そうですねなんかあの所有と定住っていう のはなんていうか僕らの仕事の中でも いかに最終的に地域に定住してくれる人を 増やすかどうかそのための入り口としての 関係人口みたいなある意味こう役所的な あの捉え方をしていてやなんか本来のその 人間らしさっていうのを取り戻すことが できるようなあの技術っていうものが なんか今ある中でそのなんか関係人口とか の方が薄っぺらすぎるんじゃないかって いうのはまあの事前の打ち合わせの中で こう身にすまされるというかこう役所とか 世間の言うことに僕ら合わせに行って ビジネスをしようとしてたんじゃないか あのフルファト納税の話もあの本来はフル ファト納税っていうのはもっともっといい ものになりうるんだみたいな話もあのして くださっていたんですけれど もだからあのなんかそこの前提を外して 所有はしない けどそれよりも証人があるだ定住もなくて みんな移動するだ僕らの僕自身も多分うち の会社に入社してくださった方もずっと 会社にいないといけないとかその地域にい ないといけないんじゃないかみたいなこう 暗黙の抑圧みたいなものの中で結構生きて てなんかその生きづらさとか苦しさみたい なものがあってあのでも僕も入社して いただいた方々にできればずっといて 欲しいと思っちゃうけどなんかももっと なんかのどかしていくっていうことに未来 があるっていうその所有と定住っていう ことを超えていける時代になった中での 関係人口とか地域と地域の交流とかその中 での故郷納税とかっていうのをなんか本来 人とは何なのかっていうところから 考え直して僕らのサービスの設計あるべき 未来作るべき未来が何なのかっていうこと を考えた時に どういうサービスを作っていくのかどう いう故郷納税であるべきなのかとかどう いうツアーとか研修であるべきなのかと かっていうのがなんか全部こうあの原点に しっかり立ち会えることでこう作り替えて いけるんじゃないかっていうそこの こうヒントを今なんか山木先生からこう たくさんたくさんシャワーのように頂い てる感じがあってで全然あの国見さんに

振っていただいた質問にうまく答えてない 気もするんですけどあのあ山木先生からの 問にも答えきれてない気がするんですけど なんでか改めて山木先生が考えるあの関係 人口とかフルサト納税って何なんだろう みたいなところちょっと逆にこう先生に 改めてちょっとみんなにも話をしてみて ほしいな今ねふさ納税って言うとこう自分 が住んでる場所に収める納税の何割かをね 自分が好きな土地のあのま行政に納めるで 収めると例が来るっていうそういうのが今 仕組みになってますよねだけどそれは僕 まずいと思うんですよねあの判例っていう のはま大体土地の産物だったりお祭りに 参加するなんかあの呼びかけだったりする わけだけどそれはその土地に参加すること になってない本来なら税を収めるというの はその土地の行政組織に対してその あの住む権利と義務というのを手に入れる 手段だと思うんですねだからそうなってな いっていうのは税金を馬鹿にしてるの かっていう思えたくなるわけだからむしろ その故郷納税を活用してそその土地に半分 あるいは31/5そのサービスを受ける 権利を手に入れるっていう風にしたらどう なろそれであの人が参加するつまりそこに 住むテンプラに住む権利を手に入れたら やっぱそこに住まないじゃないですかだ から関係人口が増えるでね関係人口っての は あの僕もそのその条例にあの立ち去った ことがあるから思うんだけど具体的な例だ しますねあの僕の元学生が今南アルクスの 富士山の麓でエコロジクっていうそのま ツアエコツアあのガイドをやってる会社に 就職してるんですね でそこは実は東京から車で1時間半ぐらい で来れるそうするとねこのコロナの時代 ワーケーションが流行ったんですよで ワーケーションサイトを作ったそうすると ねま家族連れであるいはあのカップルで やってくるわけです車とか使ってねで何に も持ってこないテントはちゃんとあります からねそこにコンピューターとねあの ちょっとした衣服を持ってやってくるだけ そうすると何が起こるかっていうと地元で 喫茶店ができるんですよだって朝飯食わ なくちゃいけないじゃないです酒屋が 流行るんですよね焚き火炊いてお酒飲んで レストランが流行るそうするとそういう 営業に若い人が今度は定着するようになる だからそのそれまでの常識はやっぱり地域 が過疎になるのはそこに仕事はないからだ 仕事を増やすためには都会から工場をあの 誘致しなくちゃいけないうん

というような話段取りになってたでしょ 違うんです逆なんです人が集まれば仕事が 増えるんですまず集まるケーキを作った方 がいい僕がフサ納税の使い方を変えた方が いいってのそこなんです集まる場所と機械 を作ろうそうしたら特に若い世代は いろんなアイデアを出す出し合うように なるんですよこれからはね最後に僕が社交 が大事だて言ったのは人と人とが集まる 機会をあのフクシンフィクサーするような あのビジネスがこれからは重要になる人と 人との出会いによって火の町って新しい 想像性が生まれねこれまでとは違うことが 送るようになんてそれがビジネスに発展 するかもしれないわけでしょそれは地元の 土地やあるいは伝統社会に暮らしてきた人 の知恵と融合してまた新しい イノベーションを生むかもしれないでも人 が集まるでは何もできないんですよで一旦 集まれば今度は情報機を使って離れあって でもその関係性は保てるわけですよねそう いうことをやっぱりファリテトするような ことが必要だから故郷納税はその景気に なると僕は思うんですねあえてお金を払っ てくれないから定着してくれなきゃあの 行政としては納得できないなんてそんな こと言うなよと集まる機会を作ったがいい でって思ってるんですがどうでしょう いやいやいや面白いいや結局さっきの話 からちょっとつげていくといわゆる低重 っていったいわゆる所有と一緒ですね定住 といったものがノマという動きになって いきいわゆる所有というものが証人という 動きになっていくで所有っていうのは自分 自身の内側に手に入れる内側に入れるもん ですけど証人とは誰かとの間に発生する もの定住っていうのは自分がその場にいる けどもノマとなるといろんなとことの関係 性が生まれるっていうことだと思うんです ねでつまり大切なのは聖な状態がやっぱり 銅になっていくっていうことじゃないか なって今思ったんですそう考えるとえっと 今のその故郷納税っていうのは故郷納税は あるく手段ですぎなくっていわゆる税金を も増やそううっていうのが目的になったら そもそも今までのロジックというか過去の やり方でふさ納税をやっているってことに きっと過ぎないんだろうなと止まっている ものを動かすこと動きを誘発することに こそ実は意味があってそういう風にさ税を 使わなくちゃいけないでさっきあの山際 先生の資料にあったその人間が元々持っ てる自由で移動と集まるとえ対話するって のがあったと思うんですけどまさにそこに 立ち返ってる話かなってちょっと思ったん

ですよね人間を本来移動して集まって対話 するっていう自由をやっぱり持っていてで それをいかに誘発するかっていう時にふさ 納税ってフルに使えるじゃないかとで多分 これもう僕の憶測ですけど動いた先に人と 人が出あって集まるからこそ集まるとこに 身体的な道長が生まれて共感みたいなこと に繋がっていくっていうそういった流れな んですかねもうもう1つ言うとねこれまで 所有というのは物に価値というものがつい ていて実はその価値というものが自分では 作らなかったからなんですね物の価値と いうのは大きなマーケットを被害している 大企業やあるいは社会というものが作って くれました自分でその価値を決めらなかっ たんです金の価値が決まってるわけです 市場によってねだ けど所有というものを薄めれば価値を自分 たちで作れるわけですしかもその物がね人 と人とをつぐ時代を迎えることができる そもそももっていうのはそれが共有税でで ありねシェアリングの対象であったとすれ ばそれは共有することによってれそれぞれ の関係性によって価値が決まってたわ でしょそっちに戻った方がいいと思ってる んですね今我々が支配されてるのは市場が 企画を作り市場が価値を決めその世界の中 に我々はこうぶらがらず得なくなってる わけですよでもそうじゃなくて自分たちが 価値を決めるんだていう風に思いをはせば そのマーケットの呪縛から逃れられるだっ てこれまでねあのこれ重の問題になってん だけど大量生産大量消費大量廃棄ですよね 生産過程でも大量廃棄が起ってるなぜかて 言うとねマーケットに企画を支配され価格 を支配されてるから企画に合わないものを 作ってもそれは捨てざるを得ないわけ でしょで もマーケットを被害する側としても消費者 の動向を正確に読めないから消費者の ニーズ以上のものをマーケットに出さなく ちゃいけないわけですよ それで機嫌切れの商品が出てきてこれも 大量廃棄に繋がっちゃうわけですよねで この悪循環を助けるためには消費者と生産 者が互いに物を通じて信頼関係を情勢し そこで価値を決めるべきだそう思っていて 実は私はこそれ実践してます あの最近まで農家とやってたんだけど今 漁師さんとやってんですね瀬戸内会のあの 近海業務に従事する漁師さんと契約を結ん で毎月数千の投資をしてますそうすると 漁師さんが取れた魚や会の中で山際に 食わしたいものってあ彼が選んで送って くれるわけです投資に見合うようにね私は

選びません漁師さんとの信頼関係で山際の 家族ってのはこういう好みがあるからこう いうのは絶対食ってくれるに違ないで今度 詳したいものはこういう料理の仕方を教え てやろうつってね送ってくれそ物が人と人 をつなぐんですよですそこに信頼関係が 生まれるでも今我々が物を買うっていう 行為は信頼関係を担保にして買ってない ですよ市場に並んでる企画というものをに ただただ従ってそれをお金で手に入れてる だけじゃないですからそれは本来の物を 通じた人と人との関係にはなってないで そっちに戻すべきなんじゃないかと思うん ですねこんなこと言うとやっぱり銀行屋 さんに怒られるかもしれんけどねご ちょっと今の件でいあのやっぱりあのま うちの会社もだしいろんな田舎がやっぱり なんか市場とか消費者っていうとこに 合わせていく努力をしすぎて疲弊してきて うんうん個性を失っていく文化を失なって くっていうその時代の中にあってで僕たち はそういうところから外れたいと思ってた けどでもあのま各うちの事業部の人たちも いやとりあえずま今月いくら稼がないとと かって思うほどまあのま僕とか道明さんが うるさいこと言うからなんかとりあえず なんとかお客さんに買ってもらわないと いけないって思っちゃうんだけどそれ が結果的に自分たちもお客さんもそんなに 幸せにしてない今山さんがおっしゃった ような漁師さんと山木先生の関係って とってもなんか幸せなまさまさにその幸せ にお互いが幸せになる関係を生産者側が 地域側主導権を持つことで実現できている というの例を紹介していただいたこれは なんか結構あの本当にしっかり受け止め ないといけないことでじゃどうやってそう いう関係を生むような仕組みとかあのその 関係を作るための手段になり得るような ものていうものが僕たちは考えていけるの かなんかそういう視点からなんかじゃ故郷 ノゼって何なんだろうとかあの国 ファンタシーとやってる企業研修って何な んだろうみたいなところをなんか考え直し ていきたいなとそれがね新しいビジネスな んやうんマッチングさせるその消費者と 生産者を結びつけるうんでそれが僕は 新しいビジネスになると思っていてでどう やって結びつけるかって言ったら釈なん ですようんそういう出会いの場を作るはい はいでそれはあの一旦出会っちゃえば バーチャルなものを対応してもいいかも しれないけれどやっぱ出会わないと一体 そのね消費者を信頼していいのか生産者を 信頼していいのかっていう話になるわけ

じゃないですかでね今クラウド ファンディング流行ってるでしょこれ似た ようなもんだと思うんですあのクラウド ファンディングもあのねふさ納税みたいで さその寄付すれば見返りが来るみたいなね その判例が来るみたいな話になっててそこ をあのやっている業者がいるわけですよで これをもうちょっと人と人との信頼関係に よって結びつくような方向性を持たせる ような業者が現れればそれは実に今後 新しい動きを作っていくまあのねなんか ビジネスになるんじゃないかと思いますよ ねうんそうですねあの多分そこで コミュニケーション力というかうんあの やっぱりいや例えばなんですけどえっと森 のウナギにしても本当はクラウドファン ディングってほとんど情報を買ってるもう 読めば山ほど情報があってどんな思いで 作ったのかっていうことをどういう風に ビジョンをいっぱい語ってだからあそこに なんか道長がきっと似たようなものが 生まれてうんあのま身体のあれないかも しれませんけどもあのそこに来てるでも俺 のウギってもしかしたらそういった コミュニケーションがまだできていないの かもしれない美味しいウナギっていう方で まだ買ってる人が多いのかもしれなくって なんかそういうコミュニケーションみたい なところがこれから木になってくるかも しれないですよねそうですよねなんでま 今度うちまあの車内の忘年会を12月1日 にやろうって言ってでそこにあのアタ君が じゃイシシと取って持っていくとか あのいう話もしてくれたりしてるんだけど なんかそういう場を分かち合うっていうの がままあちょっと忘年会は忘年会で ちょっと分けた方がいい気はしますけど なんかそういうみんなで楽しく美味しい ものを食べてあの楽しもうぜっていう ところになんかそこに特別に参加できる件 みたいなのがあのそれまたそのふさノブで 誰でも参加できるっていりか今までこうお 付き合いになった方々に良かったらどう ですかみたいな関係の方やっぱなんかより 健全かもしれなくてまなんかちょっとあの すいすい今故郷納税の話ばっかりしちゃっ てるんですけどまちょっとせっかくなんで あの担当の部長の亀田君もちょっとここで 一言コメントとかいたいてもいいんじゃ ないかなっていうねはいじゃあカメラさん はい はいはいあご指名ありがとうございます あのゼのえふさノで担当している画ですま 一言まそうですね故郷納税の 仕組みというかま故郷納税もまさっき国見

さんがおっしゃったみたいにそのいかに えっと魅力的に見せる情報を届けるか みたいな話になっているので結局その なんて言うんでしょう言語的な コミュニケーションがあすごく重視されて いるっていうところになるんですねで ちょっとあの故郷のでの話から多分離れる と思うんですけどその身体的な コミュニケーションが元々えっと本能的に あってでそれをこうみんなはあ意識せずに 多分すごく使っているしそういう風にあの コミュニケーション取ってるんだよって話 なんですけどでもえっと重要視されるのは 大体言語的なコミュニケーションばっか りっていうところがあってでふさ納税も 結局そういう話になっているんですけど なんかそういうのってちょっとお伺いし たいというか質問にま発展していこうとし てるんですけどあのなんでここまで言語的 なコミュニケーションがこう重視されるの かっていうところは単純に疑問だったり するんですだふさのでもなんかその辺が あのあのもう少し理解深まるとまたあの 担当者としての動きも少し変わるかもな みたいな期待もあったりしてというところ でちょっとご質問させていただきましたね それはデジタルな言葉を使う方がコスパが いいからですようんそれやっぱり情報社会 にみんななりすぎちゃってるからねだけど 本当にあの信頼関係を作るためには現場に 行った方がいいわけです例えば僕焼島で 鹿肉をねやってるハンターと知り合いで 焼島に行くたびにその鹿肉買ってきたり あるいは京都から焼島に鹿肉を注文したり するんだけど彼はね犬を自分で育てて犬を 使ってあの山に行って鹿を打ってるんです ねでその場で解体しますでそのやり方が いいからこそ鹿肉が美味しいんですねで それは犬に出会ってみるとそのね犬もいい 犬なんですよ薬犬って言ってね焼島の犬な んだけどねでそれを使って狩猟する様を あの彼は語ってくれるわけねで僕もあの その量についてったことはありませんだ けどあの彼がその語ってるくれるところに 本物さを感じるわけですよねこれは やっぱりありがたくいただくべき肉だよ ねって思うので何度も何度もあの リピーターとしてしかもそれを宣伝して みんなに買ってもらうようになるでそう いうことがやっぱり必要なんじゃないかな と思うんです今の時代にはねだって言葉に よる設ではフェイクも簡単にできるわけ じゃないですか嘘を言うことなってできる しね古代な宣伝をすることだっていきる それで人々が騙されてあの行けばそれはも

それでいいかもしれないけどでも本当に 信頼関係に基づくものを取引としてあの人 と人とをつぐっていう社会を作ろうと思っ たらやっぱ出会いの場というものを利用し ないといけないんじゃないかでもう1つは ね なんでみんな大量生産を目指すのかそれお 金を設けられるからでしょだけど大量生産 をすることによって環境を痛めてしまうか もしれないし大量生産することによって 無駄な労働を引き受けざらが得なくなるか もしれないわけですよねで自分にとってま あの仕事の上で幸福感を感じるためには どのくらいの規模の仲間とどのくらいの 規模のそのビジネスをやればいいのかって いうねことをやはり考えた方がどんどん どんどん投資してそれを拡大してくことが 本当に幸せなのかってことやっぱり我々今 考えるべきだと思うんですというのはね アフリカであの私は地元の人たちと 付き合ってきたんだけど今アフリカで何が 起こってるかって言ったらもう農業の機械 が起こってるわけですそうすると換金作物 をどんどんみんなあの栽培して工場のに 毎日みんな農場に出勤してで同じ作業を 繰り返してで報酬とすれば現金もらうでも その換金作物ってのは大体グローバルな 企業はじってますから働いても働いても 震源増えないですよねでも本当にそれが 自分たちが目指してした農業なのかって みんな疑問に思ってるわけです昔はあの 小さな畑をそれぞれ協力し合って種を保存 して育てていた農業であの金はなかった から市場にはなかなか出せなかったんだ けど収穫の喜びがあったし自分たちで仕事 を分け合ってであの助け合いながら農業 やってたそれはもっと幸福だったんじゃ ないのっていう風にみんな思い始めてる わけでねであの一時やっぱりお金を現金 作物を作ってその方がやっぱりあの発展性 があるんじゃないかと思い始めてそれに 乗ってしまったら後に戻らなくなっちゃっ た ですよねでそれはもうどうしようもない 現実なんだけどあの時そっちに行かなきゃ 良かったなっていう言い出した人が結構 いるんですよねでそういうものを日本は まだ要するに大規模農場をあの作り出して いないから各地でね小規模な農業をやって いるから今のうちにそういう将来の姿と いうのをきちんとシミュレーションして 考えていた方がいいだろうと僕は思ってん ですけどね 今のお話であのすごくこう意味を大事に するというかそこがにどんな目的があるの

かっていうことをもっとこう実感する みたいなところがすごく重要だしそれが 自分の中で意識できる範囲みたいなものが すごく重要なのかなっていうのは思うん ですけどもその意味とか目的でさえも やっぱり言葉に落とすみたいなところに 行きがちなんですけどなんかそういうのは なんかこう言葉にする方がよりなんという か共感を得やすいというかあの コミュニケーションが生まれやすいのか そういうことではなくしてやっぱりこう 共鳴し合うみたいな行動的なものの方が こうなんかこう共鳴し合うのかどうなん ですかするにねその不特定多数の全ての人 たちと付き合いたいのか本当に信頼する人 たちと付き合いたいのかなんですね例えば あの今年島はね世界遺産登録30周年を 迎えて先々週八島でその30周年を迎える シンポジウムやったんだけど地元の元あの 町会議員の方はね世界遺産になってもう 多くの人たちが訪れるようになって地元の 子供たちが世界遺産を誇りにするように なってやっと自分は種の出身じゃなくて 八島出身であるっていう風に誇りを持って 言えるようになったこれは素晴らしいこと なんだけど同時にあの なんて言うのか な自分たちが大切にしようと思っていた ことをこうマスコミによってどんどん外に 出されてそのそれが外の価値観によって 染められて しまうようになったことをとても寂しく 思ってると言ってましたでねいや僕も本当 そう思うんですあの海外からやってきて その言葉で宣伝される役所の魅力っていう のをみんなこう訪問して歩くわけですよね でそれ以外にマスコミはもっと違う魅力が ないかっていうんであの探索してそれを マコメで取り上げてこれが焼島の隠れた 魅力だなんてことやると地元の人たちが 大切にしてきた自然感みたいなものは崩さ れちゃうわけですよねでそれが本当にいい ことなのかどうかってことをやっぱりもう ちょっと考え直さなくいけなくなるんじゃ ないで僕はそこで例に出したのはあの イタリアでやってるねアルベルゴ ディフューズていうあのホテルシステムな んですこれをねあの500人以下の村で 適用していて今あのイタリアでは80近い ね村落がこの遅延に入ってるんだけどそれ は村全体をホテルに見立てて村の中心を 走る道をホテルの廊下にしてるんですねで 静まり民宿でそのま伝統的な農家を少しを してそこにあの少数の客を止めるでその ホテルにはレストランはなくて地元の人

たちが行く力レストランに観光客も来てで そこで地元のガイドをに釣りられてアグリ ツーリズムや自然のネイチャトレールに 行くとそこで数字さん滞在してあの帰って いくとであの数が限られているからそう いうことはできるわけですね要するに大型 のホテルが立ってね食材もみんな外から 取り寄せてであのまあなんて言うんですか ねあの背面の処理も一括してでもそれは サステイナブルでないわけです村にとって はね大型の施設があるからであの都市との 生機があるからあのそれができるわけで あってでもその収入の大部分は企業に取れ ちゃうわけですねブに入ってくるのは人件 費だけ食料すがあの利用されないでもそう いうアルベルデフゾっていう小さな規模の ホテルシステムは島のあじゃあの土地の 材料で作った野菜やらあの小麦で作った 材料であの観光客を食べさせるでその村の 施設で宿泊させるっていうことを基本にし てますからあのお金の収入はそんなには ないだけどその村が過疎で だんだん若い人がいなくなる事態になって も持続的になんとかやっていけるという システムなんですねでその方が村の人々の 繋がりや伝統的な生活を崩さずに行け るっていうので今イタリアでは大りなん ですけどそれを私はあの日本の地域にでも 適用できると思っていて特に小さな規模の 村ではねあえてその大型の観光客を どんどん誘致しなくても焼島のようにねと 毎年何10万というね逆が来なくても やっぱりきちんと持続的な観光ベスとした あの経営ができるんじゃないかと思いん ますねそいうこと今考え直す時代に来てる んじゃないかなっていう気がし ますなるほど ちょっとじゃああのはいそれではあのここ までであの先生の話含めて えなんか自分がすごく印象に残った言葉と かをま隣の人前後の人でいいんで2人1組 でちょっと5分ほど対話をしてください5 分はいお願いします隣の人と今まここまで の話であの1番印象に残った単語それは なんでたんけみたいな話を5分間だけ ちょっと対話をしてくださいお願いし ます あのでは皆さんの中でこの場にちょっと あの出してみたい問みたいなものがあれば ご紹介くださいあの山先生も答えて いただけると思うのでもしあればある方は 手を上げて くださいあ素晴らしいお話ありがとう ございましたえっとA0で要法しており ます蜂蜜作りを0から立ち上げて今この3

人で蜂蜜ブランドを作っている高塚と申し ますですねでえっとお話の中であの やっぱり昔は身体性が主にあったものが どんどんバーチャル化していっている現状 があってであまりにもバーチャル化しすぎ てしまっているのでまこれを身体性の方に 戻していくっていう必要性があるっていう 議論が大きな軸としてあると思ったんです ねで僕らもあの人間と自然の失われた関係 性を取り戻すていうのをミッションにして いてそっちの方に戻していきたいなと思っ てるんですけどこうあまりにも世界が バーチャルになっていてそれに人が慣れ すぎてしまっているのでこっから身体性に 戻していく時にじゃあ体験だよねみたいな ことをやってもそもそも興味を持ってくれ ないで動いてくれないっていうのがあって ここをこうどうやって繋げていくのかって いうのがすごく課題だと思ってるんですね で今のところの僕の仮説としてはその言語 党が生まれていった時に音楽性があってで そっから死のような形で言語が生まれてき てでそれが神話のような物語になってで 言語を発達していったっていうような順番 があると自分の中で理解をしていてでそれ が発展していって今のようになっていった というのがあるのでここの神話的な物語 みたいなものをキーにしてこっちに 引き戻していくみたいなこう自然とかの 面白さみたいなものとかま実際にその フィクションじゃないんだけど現実なんだ けどフィクションのような面白さっていう ものが自の中にいっぱいあると思っていて まこれを物語と提示して興味を持って もらうところから戻していくっていうこと ができるんじゃないかっていうことを仮定 していて全ての商品に物語を作るっていう アプローチを今してるんですねだからそこ の身体性が失われたところから戻していく 時にこうどこをとっかかりにしていったら いいのかっていうようなところが山際さん の中で何か仮説があれば教えていただき たいなと思い ます人間は ね時間を止めて原因と結果を結びつける ことによって文明を作ってきたわけですよ で今その通信情報革命でバーチャルなあの ものが増えたってことはね要するにその 結果を早く求めすぎるしかも結果重点主義 なんですよねもう何やってもいいかっての は結果が良ければいいこれはま教育でも そうだしビジネスでもそうだし結果全てっ ていう話になっちゃってるわけですよねで 今の若い世代皆さんも若い世代かもしれ ないけどもうビデオ早回しでいいとかね

音楽もあのねイントロいらないとかまあ そういうような風潮にだんだんなってき てるでそれをね時間を戻さなくちゃいけ ないと思ってるんですよね時間をかければ かけるほどいいものができる時間をかけれ ばかける ほど楽しくなるというねだからまあの一 時期まスローフードとかさそういうスロっ てのが流行った時代があったんだけどもう ちょっと具体的にプロセス重視のあのま 世界を作っていった方がいいんじゃないか で僕がさっきの質問に答えていったのはさ そのなんて言うんですかね時間を止めるん じゃなくて時間をうまく活用する方法なん ですよアルベロデフューズっていうのもね 体験型ですからあのそこに行けばもう 美味しいものが食べられてで素晴らしい 体験ができるそれをみんなに不調してで いいねを押してもらうってそういう旅行 じゃなくてそこで自分だけの体験ができる で要するにこれまではあの言葉や情報と いうのは他人がやってることは楽しいから 自分もやってみたいてねそういう話だった んだけれどで も言葉が担保しない あの体験というのはあのオンリーワンなん ですねこれはあなただけが体験できたこと であって時間が担保する自然現象ってのは そうなんですね同じことは決して2度と 起らないそれがその個体にとって非常に 貴重なものであるからこそどんな生物だっ て個体によって生きてるわけですよねで あの時間を止めちゃったってことはその 均一な方向にみんな流され始めたってこと ですよね同じ体験をするでもそうじゃなく てオンリーワンの体験をするためには時間 を使わなくちゃいけないんだていうことを 常識にするそっちの方向にみんなを誘導 することが必要だからこれはビジネスにな るって言ってるんですけどねあの今まで 同じ方向に向かわたわけですよこの高級 ホテルに行けばこんな体験ができます そんなもみんな同じ体験してるわけじゃ ないですかそうじゃなくてあなたがここに 来るということは特別な意味があるんだと あなただけではなくて現場にとっても とても重要な意味があってそれはその あなたと他の人たちが一緒に何かをやる ことによってこれまでにはなかった体験が 生まれそしてその現場で何か特別なことが 送るんだよそういうことをその奨励して いくでそれを見極めるためにはやっぱり 時間というものが必要なんだ なるべく早くすることがいいことじゃなく て時間をかけることがいいことだみたいな

ねそういううん誘導の仕方をこれから 増やしていく必要があるのかなと思います けどね ええだから例えば僕がさっき言った アフリカでね労働が工業的になってき たってのはね要するに産業革命以降 やっぱり時間のラインというのをあの管理 したがゆえにねまあの生産性を高め立性 高める方向にどんどん進んできたわけです よで投資というのは必ずその結果を伴なく ちゃ伴わなくちゃいけないってことで時間 をなくす方向に行ったわけですねだけど 本来労働っていうものはプロセスを楽しむ ものであったはずねだから労働というもの の内容を変えなければいけない成果を 目指すのではなくプロセスを目指すていう ね話に変えていけばま難しいかもしれない けどでもそっちのが向かないと本当の真の 意味で人間の本質になった幸福は得れない んじゃないかって気がしますけど ねなんかそこちょっとまきさんにも ちょっと是非ちょっとお伺いしたい ポイントかなと思ったんですけど僕あの スノーピークというあのキャンプメーカー のブランディングを13年今もやってるん ですけど あのいやもっとその手前の話で言うと僕は 便利とは何かって言うとプロセスを消去 する行為だと思ってるんですねなんか いわゆる例えばじゃあ分かりやすくなん だろメールができたとすると今までは封筒 会って便箋会って手書きで書いてG間違え たらまた書き直して切って買いに行って ポストに投函してっていうものを打って 送るっていうでそれはプロセスの消去だと 思うんですけど一方で便利になったけれど もなんか便箋を買う時のなんかこの人には この便箋がいいかなと思う気持ちとかそう いうなんか情緒的なものも全部消去し ちゃってるっていうそういったことだと 思うんですだからあの利便性の社会いわ 便利化をどんどんいろんな会社が進め るってことは基本いろんなプロセスが消去 されていってでもなんで今キャンプが 流行ってるかって言うとめんどくさいこと をやりたいからなんですよつまりプロセス を手に入れたくてキャンプマーケットは 成り立っているだからえっと利便性が進む 裏側では結局その非効率なところにあった 良さを取り戻すべくいわゆるプロセスて いう行為をあえて手に行く人間がそこにい るっていうことだと思ってるんですでそう いった意味で言うとそのAがやって てプロセスとして分かりやすくとめんど くさいことっていうのをいっぱいやってる

会社だと思うんですよここはちょっとまき さんからも是非ちょっとなんかねその辺り の価値みたいなことはお話しいただきたい な とそうですねあのやっぱり今までもこう めんど くさいからそれは不合なんじゃない かていう意見が出てきて確かにそうだね みたいなことは社内で多くてあの例えば森 のってあの工場で出る木材加工上で出る 端材をまちょっと距離があるんでわざわざ 持っていっ て入れるんですあのでもんあのそれで そんなに灯油大の削減とかになるわけでも なくって不合理なんですよねででもでも その不合理を続けてるからお客さんもいる しあの自分たちはこれが森のウギだという ことができるっていう世界はま常にあると 思っていてなんかそういうなんと言うのか な あの まだか身体感覚を伴いながら物がったりを 共有していくみたいなところになんか仲間 っていうのがある感じがしていてでその ためには結構めんどくさい中の楽しさ みたいなものはないといけなくてやっぱり こうあのま 田先生とあの川に行くと楽しいんですよね 魚が取れなくてもやっぱり楽しいんですよ ただ効率よく魚を取らなくても魚が取れ ないも含めてこうかもしれないああかも しれないやっぱり取れなかったということ はこうかなみたいなのがやっぱりそれが 楽しくてそ楽しいプロセスがあるていうで その楽しいプロセスを失っていく便利 すぎる時代だからこそ僕らはその不合理な 中にあるプロセスの楽しみみたいなものを 大事にして分かち合っていくっていうこと が必要で大体もう里山とか不合なんです よでもでもきっとそこに未来があると 思えるのはやっぱり一種その便利すぎる 時代になったからこそ改めてその里山とか 里山的なものの意味がなんかあるんじゃ ないかなうんと思いながらやってるところ はまありますね山先生 あの今日その人間の本質を作ったのは教官 ででその教官を作るあの背景には食事とね 子育てがあるって言ったんですけど実は ねこの両方ともね共にいる時間なんですよ ね今現代の資本主義ってのはなるべくその 早とこ無駄な時間を省いて自分の時間を 作ろうと個人の欲求を拡大早速結果として 個人の自由な時間を作ろうとしてきたんだ けどそれはつまらない時間なんですよ本当 は共にいる時間が楽しいはずだって子供と

いる時って楽しいじゃないですかそれは 遊んでいたりなんか子供に自分の時間を 預けてるからね生産的な時間ではないです でもそれは楽しいし嬉しいはずなんですね 食事もそうですよ1人で食べ食べちゃっ たら10分で終わっちゃうんだけどみんな で食べてると1時間2時間かかるこれは やっぱり共にいる時間だからそこに魅力が あるわけですよねそういうものに持ってか ないといけないわけですだから社交の時間 というのはこれもあの早く済さいいって もんじゃないんですよある 時間をみんなで過ごさなければ社交になら ないわけでしょそういうものが実は人間の 本質を作ってるんだってことを考えれば そういうものを重視したような暮らしの アイデアが設計ができるはずだと思うんだ けどねそれをもうお金に換算しちゃって 子育てはもうお母さんお父さんに任しとき ましょうとでそれで負担がかるんだったら お金で解決しましましょうって政府が言う もんだから全然解決策にならないわけです よねそれをみんなの時間として共にいる 時間として設計しそこにきちんとお金を かけるような仕組みを作ればそれは 今とは違った形で解決できるはずなんだよ ね今までの世の中ってもしかしたらふさ ノズもそうかもしれないですけど買って もらいたくなる買いたくな るっていうことをゴールになんか頭で考え てた気がするんですけど一緒にいたくな るっていうのをゴールに考えてみるって いうそれは1つなんか分かりやすいキー ワードかもしんないなって今ちょっと伺い ながら思いましたさっきのそのイタリアの アルゴツーリズムも結局さっき参加とか 交流っていう結局参加したくて一緒に交流 したくてやっぱり来ているっていうでそれ やっぱり人間が本来そういうもんだからっ て多分あると思うしあのさっきもその来て もらう生まれのハードルの話もありました けど僕昔前の会社行った時は出張がどっち かと多い人間だったんですけど出張行く たびにみんなから羨ましがられるんですよ ね多分行きたいんだと思うんですベースは みんな行きたい移動したいだって移動は 人間の自由だからってこだと思うんでなん かその行きたくなるっていう視点で物事 考えていくといろんなものが結構いいのか なっていう風にまず1個ちょっと思いまし たですごくちょっと時間が本当に限られし てるんですけどええねやっぱりたくさん ものを売らなくちゃいけなくなるとね買っ てくれる人との会話を無視したくなるん ですよねだから今のスーパーマーケットっ

ていうのは全然会話せずにものをあの 買えるように売れるようになってるわけ でしょだけど本来ならばそのこの品物は どういう形で作られてどっから送られてき てどういう人の労力がどういう形でこっ てるもんだってことを説明したくなる場合 だってあるわけだよねでそこに値段がつく でも今の大量生産大量消費社会っていうの はとにかくもう何も言わずに通りすぎて 買ってくれればいいとそれで出てくるのは 利益だけどその利益を本当に人間のために に使えているのかと本来ならば最初の原点 に戻ると人の交流というものがあの信頼を 作るようになるべきであってそのものと いうのも個人の欲求を満たすだけではなく て人と人との繋がりというものを作るため のものであったはずなのにま労働もそう風 に考えられるわけなんだけどそれがもう 個人をバラバラにする方向にしか動いてな いってことですよねなるべくだってその くだらんことを言い合う時間を節約して あの物を買ってもらいたいっていう話じゃ ないですかでそうその仕組みってのは やっぱり本当変えなくちゃいけないんじゃ ないかと思うんですそうするとその あの安売りをしてとにかくたくさん作って たくさん売るというようなそのシステム から一歩距離を置く必要があるんではない のかかなと思いますね はいやっぱり自分の頭の持ちを1つでどこ に自分は拠点思考の拠点を置くのか1つで 随分多分変わってくるんだなって今 ちょっと改めて思いましたがそのさっきの その行きたくなるつりで言うと最後時間な ここだけはちょっとまたあの先生の話をと 思っているのはか行きたくな るっていうのはやっぱり想像する力を持っ ているで未来こういう風にやってみたいと か未を望むとかそういったところがやっぱ 人間にはやっぱりあるでさっきのパラレル ワードに近い話になるかもしれませんけど そこが1つのなんか人間の持っているなん だろうなま能力と言っていいのかとして1 つまた危になるなと思ったんですけども あのちょっとそこの人間のその未知を 求める未に踏み出せるありの話をちょっと 山先生からいただきたいなと思って ますあの僕がやってる霊長学っていう学問 があるんだけどその総子者の今西金二って いう京都学の先生がいたんです1902年 生まだからまもう随分昔なくなったんだ けど彼が言ってたのはね俺は富士山嫌い やって言うんですね富士山登っちゃうとね あと何も見えなくなる から山登りっていうのは頂上を極めたら

また次の頂上が見えてくるというもんだと 学問もそうだし人々のもそうだねだから その小さなゴールをいっぱい作っちゃって はいそこに到達したら終わりねっていうの は実は人間の営みとしては面白く ないここに到達したらまた別の道が見え そのそれに関連する面白いいきが見える そこにまた登ってみたくなるっていうよう なものでないとやっぱり人間は発展しない しうん国も満さないてそういう風に動い てくもんじゃないかと思うんですねで今 おっしゃった あの会ってみたいとか一緒にやってみた いっていうのはそれ人が空いてたけどね 我々はそうやって人の輪を広げてきたし その出会うものっていうのもねそうやって 求めてきたんじゃないかつまりね私はあの さっきの3つの自由であの人間は何を得た かっていうとね出会いと気づきを得たわけ ですよね それをたくさん人間は持っているからこそ 想像的になれる気づきがなければ人間は 生きられないわけですで気づくためには 出会わなくちゃいけないねその出会いと 気づきが閉ざされたものところてどこだか 知ってますか皆さん刑務所ですよ刑務所は 出あむ気づきも ない我々は自由に動いて集まれるからこそ 出会いがある出会ってのは別に人間である 必要はないんですようん川でもいいし山で もいいしねあの石でもいいんですよでも そう いう出会いがあるからこそ我々は新たな 気づきを発見するそれは世界はどんどん 動いてるからでね同じものは何1つ現れ ないでも言葉ってのは同じものを作っ ちゃったんですよこれとこれは同じだって 言葉で定義されれば我々はそう思い込ん じゃうだからそういう風にしちゃえば 出会いはないんですでも我々が自然にこの この自然の世界に目を向けた時に全ては 繰り返しではない新しい出会いがあるん だってことにあの思いをはせなくちゃいけ ないしそこに新たな気づきが あるでその気づきをもたらしてくれるもの は信頼なんですよねこの世界を信頼して なければ気づきもないわけでねでそういう 風に仲間だとか世界を作っていくべきだと 思います ねだから文化が個性的でなければいけない だけどうち向きでやってはいけなくて文化 同士が接触しなければならないっていう 文化的対応性に関する世界宣言はまさに その通りだと思います ねすごいなんか

もう見えた感じがちょっとしたんですけど 多分見えてないんでしょうけど見えた感じ がちょっとしましたねえなんかまきさんも 見えた感じしたんじゃないですか 今何かが見える入り口に立たせてもらった かもしれないそうそうそうそういうこと ますます見えなくなったじゃないそうかも しれない多分数分後には見えなくなってる んでしょうけどもうごちになりましたが もうとにかくやっぱ動くってすごいキー ワードかなって今日やっぱ思いましたね なんか もう一言言い忘れたんだけどまあの皆さん はこに定住されてるかもしれませんがこれ から若い世代は他去点 主義他業権GOというものが常識になって いくだろうと思うんですあの今までみたい に就寝雇用年上列一生ある企業にねあの 心身預けるっていうそういう世界観では なくて自分の能力がどんどんこう変わって いくたびに気づきがあってで転職をして いくしかもいろんな職業を経験する同時に ね趣味も仕事も一緒にやってくっていう ような時代世界観が来るんじゃないかでも 国さん実践してるでしょそういうのをね そう言っていただけるとうんいやあのマク さんも実践してるんじゃないかと思うんだ けどそういうのが当たり前になると人々が もっと動きやすくなりしかもその子育ても しやすくなりだって都会にいる人は都会で しか暮らせないって話じゃないんだから やっぱりあの地方と様々なところをに拠点 を持ってそこで コミュニティを気づきだから僕は1つの そのコミュニティは150人規模であると 思ってるんだけどそれは複数持てるはずな んですね人間が移動し て拠点を作ればねだからそれが我々の生活 範囲を広げて いくまあのいい戦略じゃないかなと思い ますあのちょっと最後の前にですね皆さん 今日持ち帰るものをちょっと先ほどとは 違う人と組んで2人で今日持ち替えるもの 問いでも考えでもいいです言葉でもいい ですそれをちょっと2人で3分だけ話して くださいすいませんこの後え国さんにお 渡しして締めに入ります3分お願いします どうぞはいそれではちょっと時間になり ましたありがとうござい ます ではあの国見さんの方 にマイクを返し ますはいいやもうなんて言うんでしょう こういう話が日本中で行われた方が多分 幸せな人増えるだろうなってちょっと

すごく思ったんですけどまもう大きく とにかく 動く自分たちがまず動こうということと あと動かしましょうっていうことでなんか あの動いた先には人と人が集まってで道長 が生まれ教官というものが生まれてで教官 が生まれることによって仲間化してって それがなんかまた拠点になっていってで そこの仲間になるとやっぱ信頼みたいな ものが生まれてそれがある意味里山みたい なものを形成してでそれが多分人間として 行けるっていうことに繋がっていくん だろうなていうのが大きな今日の流れだっ たかなという風に思うんですけれどもあの 私も分かったつもりでいたんですけど今 ちょっと色々考えてまた分かんないものが さっす出てるので多分分かんなくなってる と思いますで皆さんも多分分かんなくなっ てると思うんであの是非あの1人1人が やっぱり考えてどう生きるかっていうこと を是非あの悶々としてもらえればなという 風に思いますいやもう全く話つきないし 全くまだまだ帰る表情してないですけど皆 さんあのお時間ですなのではいさ最後に あの消化不良の方にあの数字つまに似てた 山先生の新しい本がありますあのさっき僕 頂いたんですけどあの共感革命社交する 人類の進化と未来ま今日大でとこう先生が シャワーのようにいろんな言葉をあの発し ていただいたしまここに先生がおられ るっていうことでま言葉以上に感じたもの もあるわけなんですけれどもあの僕ま ちょっとさっきいただいてパラパラっと あの見ただけなんですけどもあの めちゃくちゃ面白そうな本なのでこの共感 革是非皆さんあの復習のためにもまたなん か読んでいただけるといいのかなと最後 ちょっと紹介しておきたいなと思って ありがとうござい ます先生から最後にあの皆に何かギフト いただければとと思うんですがすいません おねりで一言で言うとね今日の話はその 日本の社会に社会の里山家を作るという話 なのかなと今さっきも言ったように日本の 社会ってもう結果を重視してそこばっかり を見てますよねだからもう2元論っていう かねあっちかこっちしかなくなっています その中に間の隙間をどんどん入れていくで その隙間っていうのは実はその社交によっ て成り立っていて動いて集まることによっ て成り立っていてで実はそこに人々の信頼 感もできそこに幸福感も宿ろっていうね話 なのかもしれないなとでそれはまいろんな 形の里山ができるわけですよね都市と地方 の間の里山もできるし大企業と中機能でサ

かもできるしアカデミアとあの実業ね ビジネスの間のサマかもできるしねつまり 間というものを重視したその社会観って いうものをこれから作っていくていうよう なこじつけるとなるのかなっていう気がし ましたはいよろしくお願いし ます はいじゃあえっと未来の里山を皆さん考え ていただいたということであの山木先生 本当に今日ありがとうございました めちゃくちゃ楽しかったですし楽しんで しまいましたが皆さんも楽しんでいただけ たと思いますきさんこれで終わりにしたい と思いますがよろしいでしょうかはい じゃあ以上ですありがとうございまし [拍手] た [音楽] JA

2023年10月28日に岡山県西粟倉村で開催された「第1回未来の里山研究会」。
講師に総合地球環境学研究所 所長 山極 壽一氏を迎え、ディスカッションには株式会社2100 共同創設者CEO 国見 昭仁氏とエーゼログループ CEO 牧 大介も交えて実施しました。
この動画は未来の里山研究会の二部、ディスカッションとなります。

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