今回は、道道2号洞爺湖登別線のオロフレ峠を走っていきます。
昭和初期に道路が開削されたものの、わずか1年で不通、本格的な道となったのは戦後でしたが、かつての峠道は難所中の難所と呼ばれました。西部警察のロケで車が突き落とされたことでも広く知られています。
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30 Comments
懐かしい。昔はカルルスからオロフレ側が砂利道でそろばん路面だったのが思い出です。
こんばんは。(^o^)/
オロフレ懐かしいです。
昔、登別から壮瞥に抜けるのに
よく
トラックで走ってました~
登別からだとめっちゃ登るんですよね
観光道路として復活させても良いのにな
昔、登別から登ってきましたが、なかなか恐怖感がありました。
お疲れ様です、オロフレですか、もう何10年も行ってないですね。
ダートできついカーブの連続しか記憶にないです。
トンネル走ってみたいな。
西部警察ファンなので一昨年に聖地巡礼で登別側からのアプローチで行ってきました。その帰り道にカルルス温泉でひとっ風呂入ってスッキリして苫小牧の親戚宅に帰りました。
オロフレ峠展望台からの景色、好きだったな〜
また見に行きたい
道道1号小樽定山渓線は知ってましたが、オロフレ峠の道が道道2号と言うのは今まで知りませんでした😯
記憶が曖昧ですが、確か、小学校の修学旅行で登別地獄谷、クマ牧場の見学後、洞爺湖に行く時に通った時以来ですね。ゾヌさんアップを観て😌
当時は天気は良かったですが、峠に寄ったかどうかは定かでは無いですね…😅
小学校の修学旅行で登別から洞爺湖に抜けるのに通りました。40年以上前なのでもちろん旧道の頃ですね。霧が濃い中、狭くて曲がりくねった道を通りましたが、バスの運転手さんはすごいな、さすがプロだなと思いました。
2022年は家族旅行のため壮瞥町側から登別に向かって2度通りました。落差のあるキツいコーナーが続く難しい道路であり、同乗者には不評でした。
また、覆道を過ぎ、登別カルルスまでの道路は結構傷んでおり、サイクリストも現れる危険な道路という認識です。
廃道探索の動画楽しみにしています。
ゾヌさん✨❤✨🐻
ここは良く走り回った場所です(((o(*゚▽゚*)o)))💖
ありがとうございます😊
何度も通ったことがあるのですが、
あんなにゴツイ擁壁があったとは気が付きませんでした。
オロフレ峠の廃道探索も楽しみですね🎵
オロフレ峠展望台に92年9月に行きました。当時はまだレストハウスが健在だった記憶が。
30年経過した旧道閉鎖区間を見たかったのですが残念です。
展望台から望む閉鎖区間、30年前当時で土砂崩れになってました。
それとオロフレ峠旧道の情報です。
発行年月が不確実で申し訳ありませんが、山と渓谷社から73年~75年に発行された『北海道』という写真旅行ガイドにオロフレ峠が掲載されていますよ。
オロフレ峠探索お疲れ様でした🙇🏻♂️
あいにくのお天気で景色が眺望出来無かったのは残念でしたね…確かにオロフレの景色は3回に一度位の確率でしか望め無い気がしますね😂
洞爺湖側から向かうのと,登別側からとでは景色の感じが全然違って見えますね、私は登別側から見えるガレ場が好きですね♪
以前ゾヌさんにオロフレ探索お願いしてたので念願が叶いました😊ありがとうございました。
ここの峠は、凄いな傾斜は、スキーが出来る天辺は、凄い霧でドライアイス張り晴れに見たいものです
第2、第8覆道かもしれない擁壁、甲子園球場かと思いましたw 厳つさからかつての難所度合いが伺え、ゾヌさんの歴史解説と相まってとってもワクワクしました。 今後の旧道探策もたのしみでっすぅ~~~~~!
オロフレ峠。カルルス温泉とか、行ったことはありませんが、小学生の頃耳にしたことがあります。
登別温泉、洞爺湖温泉は慰安旅行のメッカでした。ウトナイ湖には温泉とボーリング場があったんですよ。そしてその近くには白鳥湖という場所もありちょっとした遊園地的な感じだったようです。
うちには車🚙というものがなかったので、あちこち行けなかったのです。
自分で車運転するようになってオロフレ越えをやったとき、トンネルになっていてがっかりした記憶が。峠の売店もなくなっていましたね(あれって、無許可の勝手売店だったらしいですよ)。冬季通行止めでしたし。ちなみに、ウチの田舎では「オロフレ山」は「おろふれさん」と呼んでました。
以前、五月の連休で帰省した時に小樽から山越えして倶知安側からホロホロ超えをしようとしたことがあったんですが、冬季通行止めが延長になっていて、じゃあ、オロフレ越えをして登別から回ろうとしたら「吹雪」で通行止め(^^;。仕方がなく、伊達まで下って室蘭回りで、なにやってるんだよ、になったことがありましたね(最初から札幌回りにしておけばよかった)。
西部警察で落とされた車(日産セドリックでしたっけ?)はそのまま放置されたそうで、徒歩で捜索しに行った方の動画を見たことありますが、見つからなかったようです。
夏場の太平洋側は海霧ですぐにガスるので(朝一瞬だけ日が差すので、亡き母は「朝ピッカリ」と言ってました)、まず眺望は望めませんよ。眺望を望むなら9月以降の秋口の方が良いと思います。
西部警察で落とした車はどうなったんでしょうねぇ?
回収したという話は聞いた事が無いですが…
快適な走行の様子を見せていただき有難うございます。
景観に変化のない区間や霧の景色で単調になりがちのようですが、ゾヌさんの解説を聴きながらだと楽しんで通れます。
その分尺を埋める話が必要で工夫の跡が分かります。お疲れ様です。
勉強になります
鉱山廃水は半永久的だとは知りませんでした。
確か1996年当時にオロフレ峠に行った時は、旧道区間にはプチ酷道も有ってハラハラでしたが面白い道路でしたね、確かオロフレ峠の展望台でバッテリー配線が断線して動けなく成った苦い思い出もあります、売店で業者さんを呼んで貰って助かりましたが今は売店も無いですね。
今から35年前、20歳の頃オロフレ峠の覆道を抜けた登別側でドリフトして遊んでました🤣(皆さんは違法行為はダメですよ!)😊‼️
最初の駐車場のアンテナ立ててた車、私が行った時も居ました。
この辺今時期は樹氷が綺麗なんですよね
語源はオロフレペッで水中赤き川とされていますが、それは現在は白水川と呼ばれている白っぽい水の流れる川との事です。
これ山の名前は川の名前で、川の方は和名でわざわざ色を修正して名付けているのがイマイチ納得できないところです。その下流の敷生川はアイヌ語地名なのに。
しかし、天候かなにかで展望の悪い展望台に当たることはありますが、概ね寂しい気持ちになりますね。
西部警察のロケありましたね。
昔西武警察のロケ地になりましたよね
それを見てからいつか訪れようと思い続け35年間
で念願が敵った5年前を思い出しました
動画をありがとうございます
雄別炭鉱とか行ってみてはどうですか?