2025.12.19 八坂神社から将軍塚まで
0:00 タイトル
0:04 四条通を東へ(八坂神社)へ
0:10 四条通と東大路の交差点へ
0:16 八坂神社の西楼門
1:12 本殿
1:24 授与所付近の絵馬
1:33 舞殿(南西方向より望む)
1:38 舞殿(南東方向より望む)
2:00 舞殿(東方向より望む)
2:13 南楼門
2:18 本殿
2:46 本殿側から舞殿を通して南楼門を望む
2:53 北門の鳥居
2:58 北から本殿の方向に戻る
3:09 神札・お守り授与所
3:15 手前に舞殿、奥に本殿
3:21 境内から南楼門へ向かう
3:38 南楼門より再び、境内へ
3:49 古事記の説明文(舞殿の東側通路の南壁)
3:50 日本初期の説明文(同上)
3:53 祇園社青龍石柱
3:59 境内の東端の鳥居を抜けて円山(まるやま)公園へ
4:13 祇園祭山鉾館
4:36 円山公園
4:41 ひょうたん池(円山公園内)
5:29 坂本龍馬・中岡慎太郎像
6:30 京都市歌の石碑
6:42 料亭 左阿彌
7:25 東山へ登る
8:26 東山山頂公園(南西方向を望む)
9:17 京都市街
9:34 画面中央に京都タワー
10:31 青蓮院門跡 福徳門
10:39 大日堂
10:55 将軍塚の説明板
11:12 青龍殿
11:57 将軍塚青龍殿大舞台(1,046㎡)
14:32 東郷元帥手植の松
15:22 展望台
21:22 庭園
22:32 枯山水
23:45 大日堂
23:51 東山を下山
24:50 京料理いそべ
24:55 円山公園
25:11 ひょうたん池
25:14 八坂神社東北門付近
25:20 舞殿(八坂神社)
25:23 南楼門(八坂神社)
25:29 舞殿(八坂神社)
25:46 左手に舞殿、右手に南楼門(八坂神社)
25:50 西楼門(八坂神社)
25:57 四条通(直角)と東大路通(左右)
26:00 四条通を西進
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名称:八坂神社(やさかじんじゃ)
旧称:祇園社(ぎおんしゃ)
祇園感神院(かんじんいん)
祇園天神社(ぎおんてんじんしゃ)
牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)
祭神:素戔嗚尊(すさのをのみこと)
櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
八柱御子神(やはしらのみこがみ)
■概要
古くから疫病除けの神として崇敬され全国に200~300社ある八坂神社、祇園信仰神社の総本社。創建には諸説あるが八坂神社に伝わる説は2つある。
1つめの説は西暦656年(斉明天皇2年)高麗から来朝した八坂氏祖である伊利之(いりし)が新羅国牛頭山(ごずさん)の素戔嗚尊(すさのをのみこと)の神霊を現在の場所である山城国愛宕郡八坂郷(やましろのくにおたぎぐんやさかごう)に祀ったもの。
2つめの説は西暦876年(貞観18年)南都興福寺の円如(えんにょ)が堂宇を建てて、後に祇園天神堂(ぎおんてんじんどう)を建立したというもの。
なお、現在、漆喰で固められている本殿の地下には平安京の東の鎮めである青龍の棲む龍穴があるとの伝承がある。八坂神社の祭りである祇園祭は平安時代の西暦869年(貞観11年)に始まりました。境内にある摂社としては疫神社(えきじんじゃ)がある。別名は蘇民将来社(そみんしょうらいしゃ)。他に悪王子社(あくおうじしゃ)等がある。本殿と拝殿の2つを大屋根で覆って連結された造りは祇園造(ぎおんづくり)と称されて重要文化財となっている。
■行事
1/3
かるた始め。十二単姿の女性が素早く、かるた取りで競う行事
7/1~7/31
祇園祭。869年に疫病退散を祈願して始まり時代と共に大規模になった。
12/31
をけら詣り。古来より「をけら火」を吉兆縄に点火し、消えないように回しながら持ち帰り、神前の灯明のほか、正月の雑煮を炊く際の火種として使い、一年間の無病息災を願う。
歴史:
656年(斉明天皇2年)高麗から来朝した八坂氏祖である伊利之(いりし)が新羅国牛頭山(ごずさん)の素戔嗚尊(すさのをのみこと)の神霊を八坂郷に祀る。
876年(貞観18年)南都興福寺の円如(えんにょ)が堂宇を建てて、後に祇園天神堂(ぎおんてんじんどう)を建立したとの説もあり。
1868年(明治元年)名称を現在の八坂神社に変更
【将軍塚青龍殿】
場所:〒607-8456京都市山科区山科厨子奥花鳥町28
■将軍塚とは
京都の中心、四条通の真上に位置しており、桓武天皇が都を定める折り、和気清麻呂に伴われて登られ、見渡す一面の大地を御覧になり京都を都とすることをお決めになられた。甲冑を着せた将軍の像を埋めて都の安泰を祈ったと伝わり、約20m四方の将軍塚が現存しています。
■将軍塚青龍殿とは
履歴
1913年(大正2年)
大正天皇即位記念として大日本武徳会京都支部武徳殿として京都の北野天満宮前に巨大な木造建造物が造られ青龍殿と呼ばれました。
1947年(昭和22年)
京都府に移管され「平安道場」として警察の柔道・剣道の道場となった後、一般にも開放され青少年の武道修行の場となりました。
1998年(平成10年)
京都府は平安道場の閉鎖・解体を決定。
2009年(平成21年)
青蓮院が歴史的文化遺産の継承を決意し、東山山頂に「青龍殿」として移築・再建を決定
2014年(平成26年)10月
「青龍殿」完成
・青龍殿建物概要
形式:木造平屋建瓦葺1棟
【外陣】
面積:延べ 約537㎡
高さ:14.5m
東西:約26m
南北:約20m
【内陣】
面積:延べ 約138㎡
東西:約12.8m
南北:約11.4m