トークセッション:稀代の冒険家「中村春吉」を生んだ御手洗と明治の息吹

で、本日はですね、あの、皆さんもよくご 存知の方もいらっしゃれば、え、名前だけ は聞いたことあるみたいの運AU中村さん について3人でね、え、いろんな話をして いきたいと思います。よろしくお願いし ます。 神村はさんっていうのはあのすごいんです よ。もう異業が限りなく出てくると明治に 日本人で初めてと言われる自転車世界一周 冒険旅行を成し遂げた方です。いろんな話 を盛るんですよ。全てが大げなんです。 そこもね、はきさんの面白いとこの 1 つですよね。大げさなんだけど嘘はないと。うん。 1 番体が必要だったのは木さん本人じゃないかと私の是非世界を見て回らにゃいかだけど車で行ったら燃料台がかかる。え、馬で行ったらどうかと。ただ餌を食わさねならじゃあ何も食わんのは自転車しかない。世界を見に行くんだけどもね。自分もしかしたら日本人の代表として見られちゃう。 じゃあ、恥ずかしいことないように日本文化をできるだけ習得しようとして、 ただ、あの、は木さんがこの、え、自転車世界一緒のたびに出発する前に語っていたことっていうのは彼はよくゆくはインドのビジネスをやりたいっていうですね。動物と格闘してるんですね。 で、中でもあの狼の群に 40°ぐらいの狼に夜、え、平原でテント張ってたら囲まれてて、黒ひ殺して食べたと。ジャッカルが噛みついてくるんで、あの口を針でぬい針で塗ってから口を開けれんようにしたと。 おそらくね、冒険家中村吉さんとしては楽しかったんだと思うんですよ。臭いうまい。臭いうまいね。それで食っていたみたいだね。 全く作り話と思えんがあるんです。 あります。あります。 キャップを譲って考えればですよ。多少ちょっとあの三角地帯を超えないといけないですね。で、おそらくその当時キャップを譲って言えばですよ。アルブスっていうですね、 いうような感じで捉えていたのじゃないかなと 100本譲って考えます。 まあね、その記述する箇所のちょっと 謝謝ったっていうのも2発譲って考えれば 、え、で、いよいよイギリスを後にして アメリカに渡ろうと、え、最初は下働きで 下っぱだったのに、あの、アメリカに着く 頃にはそんな親ぶになってて、で、船長 からもすごくあの、感謝されて医療金を もらうんですね。で、自分は用い越しの金 は持たないって言って、その医療金を 仲良くなった船員と一晩で飲み明かして 掴み切ってしまったというもう めちゃめちゃ豪快なエピソードが残って ますね。あなたの存在さんと何ですか? このテントだて。ボロボロのテント。そし たらその日本人は大笑いをしてよっしゃ、 勝ったミチなる領域に対して自分で何か フロンティアスピリットみたいなものが 発揮できないかっていうですね。じゃあ金 もないしどうやって日本帰ろう。 日本の怪段時現っていう あの春吉っていうのはすごくコミ力が高かった人っていうね。だからあらゆるところで疲れてであらゆるところで頼りにされなおかつ頼ってくれ頼らせるみたいなねそういうその人間関係の構築がうまい人だったんかなっていうそういう気はしますよね。 だけど短期で怒りっぽい。 あ、そうなの?それが不思議なんですよ。 だからあの愛されキャラだったんでしょうね。はい。 だってなんか吉地いるとこに人が集まってくるじゃないですか。なんかね、不思議なパーソナリティだなと思いますけどね。 とにもくにもこうやっては吉の世界一種はいろんな人に支えられてね、え、成し遂げられたものになります。明治政府のスパイス。ま、これですよね。 この辺りからだんだん怪しくなるという面白いっていう。 そうですね。本人は当然スパイっていうのを元立っては否定するんですけど、 我が輩はスパイじゃないだが言えることと言えないことがある。 なのでやっぱりこの大く茂っていう人間が この中村っていう人間の、え、自転車世界 から帰ってきた以降のいろんな活動に対し ていろんな意味合いにおいてバックアップ したんじゃないのかな。え、だから世界 収録法から帰ってきた後の中村はい、 とんでもなく非常に、え、スペクタクルな 人生を送られています。あの、要はすごい 人ってことです。はい。ますます怪しく なってまります。わずかな期間はさんが 練習したら、ま、人の病が治るようになっ たと。働法というのは後でもちょっと出て きますけど、気合いで本当に人を直すって いう一種の精神療法になります。この神田 っていう泥道法の総者から電授されたん ですね。で、中村はさんが家人ね、治療 施してる時に野口秀吉さんがすぐそばで見 てた。非常に驚くべき治療効果が出てい るっていうですね。 なことが書いてあるんですね。 はきさんはどっかでね、あの貧しきも助けたいっていうのがおそらくあったんです。スパイである、え、は吉さんとそれから、ま、言ってみれば社会事業家としてのは吉さん 2 つの顔があったのかなっていうそんな気がするんです。 昨日すごく説得力があった清水さんの一言が その アメリカの医学会が呼ぶ時点で うん。うん。 怪しさはほぼない。 その信頼されてる で野信口秀が一緒になって公演もしてるんですよ。うん。 そうです。そうですね。はい。 は野信口秀は信用のないものと一緒に喋ったりはしないんだよって言われてなるほどて思聞いてましたけど 昭和3年冷方針してわずか 3 年ですよ。弟子に任せて突然見たいに帰って引しちゃうんですね。 はい。 ここであの中村、え、晩年の春は吉に実際あった人というので、ちょっと動画をね、あの、紹介したいと思います。 はい。あの、は木さんが見たらいいへ帰ってきたんが、えっと、昭和 3年でしたかね。 え、それから20年まで、え、ま、見たら におられたわけですが、私はまあ実際未満 ぐらいじゃったね、あんまりこうはさんと いうのは知らぬんですが、ただあの冷凍で ね、気合で、え、病気を直していくという タ、ま、気合入れていくんですが、え、 それで直していくということで、ま、我々 はタの先大の先生言うんで、え、ま、 親しみを持ってた。え、中村さんは非常に こう動物が好きで、え、時には犬猫と話が できるんじゃというような、え、こともね 、え、なんか言われったようですね。あの 、ま、嘘もちょっと分かりにくいんですが 、え、気合揺れて今あそこ通る女の人の、 え、帯を解くでというようなことで実際に 解いてたけたんじゃというような話も聞い たことがあります。 それとか、え、ま、家国語が話せるということで、え、ま、外国が入た時にね、その時に、え、英語でプレプレプレプ話して、え、交渉して仲を見させてもらったといったような、ま、ことも聞いたことがありますね。 あの、今崎さんがあの、 10歳ぐらいですよね。 うん。実 歳未満んじゃろうね。 で、は岸さんにはちょくちょくわれたんです。 あの、見たことがあるんですよ。 うん。うん。 話したり交流した理由までは いや、それなとまだもうよいよどっちか怖い人異厳があるから。 ただタの先生って言った分は要っております。人人によって、ま、色々ありますけどね。 尊敬される人でやったというのは間違いなかろうけど、ただちょっと偉人変わった人じゃというような人もおられたようですね。 はい、ありがとうございます。 面白いインタビューですね、これ。 あの、実はご本人が今そこにいらっしゃってるんですけど、今崎さんありがとうございました。 ま、あの、今さんがなかったら、ま、他の充電の皆さんもそうですし、あとあの清水さんが 20数年前、ま、30 年ぐらい前ですかね、フラトを見たらにやってきて、あの、冷蔵法のなんだこれって責を見つけなければ たキさんがここまでフィーチャーされることもなかったしというか、その、そういう風な疑問を私が深掘りする上において先ほどあの、今崎さんですよね、今崎さんにあの教えていただいたりとか、遺族の方をご紹介いただいたりですと それの方々にインタビューに行ったりですか、その中でなんか新しい事実が出てきたりですとかそういうのがありましたからもう今崎さんあってのあの仲間だからではないのかなと。 そんなこと梅知らず私は15年ぐらいまで パッとあれ知ってでこんな格好して勝手に こうPRをしよったわけですけどこれなん ですよあの実は昭和12年にあの太平洋 戦争日本が太平洋戦争に参加するきっかけ にもなった日中戦争の始まりですね上海 自編というものでその時の日本軍には木 さんが十分してるんです 預う 鳥肌立ちました で、裏を見たら中村先生って裏書きもあって、 その引退してるはずの日々にこれを実際はやってたんですよ。文の中でそれなりのもう地位を得てここにいるっていうのが楽しみかじゃないですか。 ですからあの冷法のお弟子さんが先生の活動というのは全て影の仕事であった表だって報われることなくって証言してますよね。 当時の日本というのは日本を名主として アジアをね、大東亜共栄権という1つの 大きなものにまとめようという動きがあっ て、彼もそれを推進してたいうのがこれで はっきりしましたね。ま、ですから 早すぎる印のはどうもこの情報活動するの に有名じゃ まずい。そういうことですよね。そういう ことです。で、冷凍法っていうのが表の顔 で、ま、ちゃんとやってたんでしょうけど 、冷凍表の顔なんだけど裏の顔がこっち だったっていう。ま、これは真実確定事項 になります。 今の現代の日本ってみんながこう物分かりのいい大人になってると あのなんだろうやっちゃだめだよとかそれを最初から湧きまえてお互い分かり合って争いがないようにしましょうねてなっちゃって反面ちっちゃくまとまっててはみ出せない人が多いんじゃないかなとでは口の時代っていうのはもうは天候すぎるぐらいはみ出してるじゃないですかちょっと無理をした時に物事って前に進むってい っていう 面もあるんで、そういうところを現代人もそういうはみ出す精神も持ちつ物分別れのいい大人になったらいいんじゃないかなと僕は思うんですけど 自分はもう 0からスタートしてるわけですよ。いつも 0 からスタートして何を投げ捨てても構わない。わしがもう目の前突き進んでいくんだっていう。この精神がもうは吉地を作ったっていうね。そして明治の日本代初の日本作ってきたっていう気がするわけ。 もっとあの空白の未知の領域に自分を逆に 追い込んでしまうっていうことですね。 あえて情報のないところに自分の身を 置こうとしたっていうですね。そこから 何か積み出し物があるんじゃないかって いうですね。そういうことを、え、考える ことが今の時代には必要なんじゃないのか なという風に思います。はさんの春にちん で、え、春に行っているサイクリング 飛び島ライドというものを3月29日に、 え、やります。来年ね。 え、これは自転車で巡る飛び島街道中を巡るスタンプラリーになってます。はい。で、これはね、えっと、清水さんの、え、 Webで出されてるデジタル本です。よそにはないものがなんと無料で読めるんです。ただ中四国客定山っていうのをね、え、今年の春に出版しますね。 あの、定山というのは高い山ではなく逆に低い山。 今ですね、あの、柴浦自転車研究所っていうあの YouTube チャンネルをやってまして、自転車についての話がもう永遠と乗ってます。あの、柴村自転車研究所で検索してみてください。おそらくね、あの、 YouTube チャンネルですけど、あの、次の次の回にあの、は岸さんの特集やると思います。 お、それは楽しみですね。今日は皆さん、え、お忙しいところどうもありがとうございました。 あの、この3 人がこうやって集まって喋れるって機会、公式には次もういつになるかわかんないですね。はい。すごい貴重な時間を密な時間を過ごしていただけたと思います。本日は本当にどうもありがとうございました。

日本人初の自転車世界一周冒険旅行を成し遂げた、
「中村春吉」の生き様を紹介するトークショーの記録ダイジェストです。

このトークショーは、2025年11月30日に、御手洗の乙女座で開催されました。

中村春吉の大胆な人生に魅了された、異なる分野で活躍する3人が集結!
それぞれの視点から語られる春吉の知られざる素顔と、波乱に満ちた生涯のドラマに迫ります!

【パネリスト】

斉藤孝穂 Takao Saito
NPO法人瀬戸内サイクルメディア代表
呉市在住。地域起こし協力隊として呉市豊町に移住。
春吉ライドの企画・普及に尽力。

清水 正弘 Masahiro Shimizu
トラベルセラピスト
安芸太田町在住。長年にわたり春吉の研究を継続。
世界の辺境、明治時代の思想・旅文化に精通。

疋田 智 Satoshi Hikita
自転車ツーキニスト
東京在住。雑誌『サイクルスポーツ』にて、「中村春吉 100年前の地球漫遊記」を5年間連載。

サイクリングとびしま春吉ライド
とびしま海道を舞台とした、サイクリングスタンプラリー♪
2026年3月29日開催予定(Coming Soon)
https://npo-scm.wixsite.com/setouchi/harukichi

明治の異彩・中村春吉
〜冒険・霊動法〜
デジタル本(無料)
著者:清水正弘
https://bccks.jp/viewer/176338/#!/spread:1

中四国100低山:南々社
著者:清水正弘
〈販売価格〉2,420円(税220円)
https://www.nannanbook.com/?pid=185105026

芝浦自転車研究所
YouTubeチャンネル
配信者:疋田 智
https://www.youtube.com/@shibajiken

タイロンの瀬戸内チャンネル

素晴らしい瀬戸内の風景と暮らしの情報を、
サイクリングガイドのタイロンが、地元愛たっぷりにお届けするチャンネルです。

忙しいあなたの旅の擬似体験、そしていつかリアルに訪れたくなるような「暮らすように旅をする」ひと時を♪

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setouchi.cycle.media@gmail.com

Eバイクサイクリングガイドツアー
自転車観光案内ぽたりん
https://npo-scm.wixsite.com/setouchi/pottring

自転車で瀬戸内を盛り上げよう!
NPO法人瀬戸内サイクルメディア
http://npo-scm.wix.com/setouchi

タイロン:斉藤孝穂プロフィール
https://lit.link/takaosaito

自転車で瀬戸内を盛り上げる活動をしています。
サイクルツーリズム事業/自転車活用コンサルティング/町歩きガイド/サイクリングガイド/ツアー造成/イベント企画・運営/
サイクリングコース・マップ企画制作/レンタサイクル運営/自転車安全教室/講演/コラム執筆/映像制作(空撮・動画撮影・編集)/
二等無人航空機操縦士(ドローンパイロット)および修了審査員/元広島県呉市豊町地域おこし協力隊(2021.4〜2024.3)

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