神奈川県 逗子市 岩殿寺
杉本寺に参拝して以降久しぶりの鎌倉へ。
日差しが強く気温も高いので逗子駅から歩いたら汗だくでした。
納経所に岩殿寺の額がありますが、奥の庫裏のさらに向こう側の本堂とつながっており断りを入れればお参りができます。
薬師堂は誰もいなくゆっくり参拝できました。木々でおおわれており少し怖かったです。
3番札所の安養院へは法性寺やお墓を抜け、名越切通しを抜け、市街地を歩き県道311号を歩いていきました。個人的には、逗子駅に引き返して鎌倉駅から歩いたほうが良いと思います。
ご本尊:十一面観世音菩薩
坂東三十三観音霊場第2札所
湘南鎌倉寺社巡礼HP抜粋
大和国長谷寺の徳道上人が、この地に下向した際、十一面観世音菩薩と熊野権現が顕現し、そのお告げにより社を建てたのが始まりとされ、その後、巡錫の折に同じく奇瑞を得た行基菩薩が、奥の院に安置される十一面観世音菩薩像を彫った養老五年(721年)をもって開創とされています。徳道上人は鎌倉・長谷寺の開山としても知られていますが、鎌倉・長谷寺の開創は天平八年(736年)ですので、伝承上、岩殿寺の開創はさらに15年遡るという計算になります。
その後平安期 正歴元年(990年)には花山法皇が来山して百僧供養法要を営み、続いて承安四年(1174年)には後白河法皇が来山し、坂東三十三観音霊場の2番札所に定めたとのことです。
鎌倉期に入ると源頼朝が毎月欠かさず参詣を重ねるなど、源実朝ら源氏一族の信仰を受け、七堂伽藍を備えるほどの高い寺格を誇っておりました。
安土桃山期には、寺勢は衰微しご本尊すらも失われておりましたが、関東に移封された徳川家康より三浦半島一帯の天領の管理を任され浦賀に陣屋を構えていた代官頭・長谷川長綱の保護により、天正十九年(1591年)には堂領五石が寄進されて境内が整備されました。この頃、長綱の菩提寺である東逗子・海宝院の末寺となり宗旨を真言宗から曹洞宗に改めて、初代・一機俊宗が中興しました。また同時に山号も海前山から海雲山に改めました。
坂東三十三観音霊場公式サイト
https://bandou.gr.jp/temple/%E6%B5%B7%E9%9B%B2%E5%B1%B1-%E5%B2%A9%E6%AE%BF%E5%AF%BA%EF%BC%88%E5%B2%A9%E6%AE%BF%E8%A6%B3%E9%9F%B3%EF%BC%89/
湘南鎌倉寺社巡礼HP
・https://omairi.info/2024/04/24/gandenji-tpl-bandou33/
・https://omairi.info/gandenji-tpl/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E6%AE%BF%E5%AF%BA_(%E9%80%97%E5%AD%90%E5%B8%82)