紙屋川砂防ダムの在日コリアン不法占拠エリア最新散策(天神川を河口から源流まで遡行その2)
ご視聴ありがとうございます京都の天神川 を巡る3回連続の動画の2回目です北に 向かって天神川を遡り図の5番目の地区 サボダ内を不法選挙している状態の在日 朝鮮寺の方々の暮らす地域を歩きます問題 のサボダムが見えてきました神川サボダム です右眼側流れ出る右の岸を右眼と言い ますが家が遠に密着して立っているという 時点で他ではなかなか見ない光景ですサボ の向こう側内側の大佐敷つまり河川の内側 分かりやすく言いますと堤防の内側に家が 立っているのが見えてきますそれにしても 古いダム実はこれ昭和28年1953年に 完成しましたもう70年前ヒラリーが エベレストに初盗聴してソレンで スターリンが死んだ年ですこのサボダム下 に水抜き穴がありますので土砂が自然に 下流に流れ出るタイプになってます土砂が 体積し続けないのでま集落がそこに存在し 続けることができてるんですねさて上から サボダムの前傾航空写真から見ても河川敷 にバラックが立ち並んでいることが見て 取れると思いますダムに向かって左側から 回り込んでブラク内に通じる右眼側3箇所 のうち最カリ部からサボダム内に降りてみ ますサダ内は周囲と比べると土地が大きく くぼんでいるのもよく分かりますね俯瞰し てみるとなんだかクレーターのようにも 見えますそして上流部の屈した部分まで 不法選挙エリアとなります屈曲部の上部に は次回の動画で紹介する朝鮮学校の廃墟が ありますこの角度からも土地がくぼんで いるのが分かりますねそこにカオが天台 ウィキペディアに10個の数が乗ってい ましてそれによると2013年に46個 2022年までに18個解体とのことでえ 現在28個近くがまだ残ってると思われ ますああ上から見ると勝手に畑を作っ ちゃったりしてるのも分かりますね不法 選挙エリアはおよそ3500ツの広大な 面積京都の市街地の一角なので今ならば 一部を親水公園に開発したりするのが ベターかもしれませんねさて羽側の狩部 からサボダ内に入っていきますすぐに 現れる立ち入り禁止の防護策無人の家が 放置されて下流に流れていったら危険なの で京都府が撤去した胸え記されてい ます元々この地区サダムの建設に従事した 人たちの中で在日が他に身を寄せる 場所がなかったからなのかまあの時代特有 の土草に紛れてここに住みついてしまった のが由来のようですあ今矢印の黄色い方向 に向かって歩いていますまそれはそれで 仕方のないことだと思っておりますが さすがに火意識全部え捨ておいていなく なるのはうんそれはないだろうなと思い ますね撤去費用は基本的に税金でしょうし ね右眼側から天神川を隔てて眺める側の 光景水害を想定しての高式のバラック令和 の今これはインパクトがありすぎます ねさて黄色い矢印の方向に今度はサボエテ 内をもう1段1番低い場所に向かって歩い ていき ますナンバープレートのない原付バイ この左側の家に向かって歩くおじいちゃん がいたので話しかけてみたんですけれども ま会話がねうんますでに意識の半分は こちら側にはないといった感じでええ会話 するのが難しかったですえこの左の家は また後で出てきますロープで覆われてい ますがここは明らかに畑にしていた様子 です右は先ほど歩いた1段高い場所です さらにその外側にコンクリートの堤防が ありますね ちょうど桜が散り始めた頃に来ました別に 不法選挙とかそういうこと抜きにすると 気持ちの良い場所 ですこの工作物は動物を複数飼っていた 名残に見えましたその隣向こうは果樹園の 名残に見えます最奥部さすがにそこには 入れませんでした先ほどのおじいちゃんに 聞いてみたんですけれどもよわからんのや ということでした天神側越の佐側につい目 が行ってしまい ますさて果樹園からブラ内を北に矢印の 方向へ先ほども出てきたこの左側の物件お じいちゃんがゴミを持ってきたので何を するのか見ていたところポイっと中に 放り込んだので驚きましたもう1台 ナンバーのない原付があるな窓にうっすら と透けて見えるゴミこのカオ自体はもう人 が住んでいないようですおじいちゃんは 果樹エ側の1段高いところに住む人ですで 割れた窓から少し覗いてみると天井まで 届くゴミの山これは一体何年かけてここ まで積み上げたのでしょうかこれは一体ね 撤去何台分のトラックが必要になるん でしょうかね向こう側には不法選挙エリア に3階建ての家まで見えてますね建築確認 など降りるはずがないのでまこれ フリーダムすぎますねこうしてみると電線 は通ってますねダム内なので下水設備は 整備できませんから糞尿などは常識的に 考えると組みとり砂の体積地に立った物件 はそのまま流してる可能性もなくはない ですねさて佐側に渡ります橋を渡る部分の 動画を撮り忘れちゃったので写真でこの橋 元々は住民が勝手に作ったのですが洪水 被害で流出してしまったので京都市が人道 的配慮で簡易的に作り直してあげたという 全国的にも非常にレアな勝手橋を行政が かけ直した事例です隣接する崖の上の収地 もなかなかリスキーな立地ですねえこの 勝手橋から上流側を見ます鉄パイプを 組み合わせた構築物が一体何なのか目を皿 のようにしてみましたがなんだか分かり ませんでしたわけが分からん工作物勝手橋 が流出するほどまでに水位が上昇すること がよく分かる物件でもあり この橋は渡る時にベコンと大きな音が鳴る の で散者がいるとすぐに知れ渡ります狩側 平穏時にここからの川の流れを見ていると あこれはここから退去する気分にはなれ ないそれほど気持ちの良い場所なのかも しれないなとそんな感じがしますねさて佐 側の丸く囲んだほったて小屋が立っている エリアを確認しに行きますこの天は年に 1度大規模な洪水が発生しますが平成24 年7月の洪水の時はすごくてですねウガは 6名中4名をボートで救出2名は救出辞退 サガは1名が避難誘導に従って16名は 救出を辞退したとのことですこの時の天神 ガーの土砂災害はひどくて3回目の動画で もその爪跡をご覧いただきます今目にし てる物件のいくつかは実際に人が暮らして ます表があるので名前をチェックすると さんやえ龍さんが目につきましたねしかし 洪水のたびに京都市は人を派遣して救助に 当たったりそれをあえて拒否しちゃったり とまそういうことを考えると今は昭和時代 じゃないんだからもうなんとかしなきゃ なっていう気分にもなりますね右物件の 入り口にたぬきとカエルの置き物があり ますこの物件は廃墟とかしてますね数年 以内に撤去されるのではないでしょうか 向こう側に移動してみ ます内側から見た神川サボダムです土石流 があるとこのくぼみに土砂を体積させて 京都市中心部を守る役割があるわけですね じゃないと第1回目の動画で見た川の両側 に並ぶ多数の住宅が被害を受けるわけです ねでこちらの物件今ではなかなか見れない レベルの本格的なバラックですねただ空屋 だと思っていたら現在でも人が住んでおら れました目の前は畑にして細細と工作して いる状態でございました京都府土木事務所 が定期的にま勝手に工作しないようにして 欲しい胸張り紙を掲示しておりまし [音楽] た右は今見たバラック建築の裏側です階段 の取り付け位置など結構複雑に構築されて いるのが見てとりますね継ぎはぎを 繰り返したのかもしれません排水感を見 てるとやはり雑水はそのまま流して るっぽいですね目の前の非常に小さな途端 の物件も人が住んでいますそして3階建て すごいです ねインパクトのあった高行式の物件 バラックを山川から見たところ です佐川側から右岸側を眺めた場面ですね 背後に家よりも高い 堤防そのうちがに住居が並んでます ねでは一度勝手橋に戻りましてその右岸側 の2つ目のデイリー口からブラクの外に出 てみますパイプで組み立てた何なのか 分からないものにも近づいてみました けれどもやっぱり分かりませんでし た振り返って一般道路から眺める河川敷 内部の物件で新しく3階建てに立てられた 物件も複数ありますず住んでしまったのは 仕方がないにしても最近になって立て直し たりするのはいただけませんよね右の赤い 物件はフェンスが貼られていたので遠く ないうちに取り壊されると思います壊す だけで500万円くらいはかかりそうです 右眼側最上流部最後の3箇所目の入り口 から河川敷に降りますちなみにこの一角に 建設会社が存在します在日コリアンたちの 物件の建設や改築などに携わっているのか もしれません建設会社も朝鮮系の方々が 経営されておられるようでし たこの先にもパイプで複雑に構築された謎 の工作物これ以上先には進めませんので 後ほど上から見下ろして確認してみます 河川敷最上流部の物件などここ数年ででき たかのような新しいものもちらほらござい ますねま建物の産税だけは支払っているの でしょうけれどもま土地台は無料とかね はい上から複雑な構築物を望遠してみます 上から見てみると水槽が並んでいるのが 確認できましたしかも水槽に魚が泳いでる じゃんもしかして天人側で天然の魚を採取 しているのでしょうか育ててどうするん でしょうかね新たな謎が別の謎を呼びます ね水槽のある物件に立ち入れなかったので その奥の最上量部で最も低位置にある物件 も上から確認してみることにしましたいや これ一目見て著しく危険なリチであること は間違いないと思いました確かに今のよう な穏やかな時に見ると気持ちは良いんです けれどもゲリラ豪雨が続いて一度天神側が 荒れたら場合によっては楽流で流される 恐れもございますねさてラスト再び勝手橋 を渡って佐側の唯一の出入口からブラクの 外に出る映像ですプロパンガスを利用し てるのが分かりますねま当たり前か 急な小道の途中から高行式のバラックとか 集落内を見渡してこの動画もお別れ [拍手] です結構怖かったです 入れずみをしたお兄さんと思いっきり すれ違ってじろじろ見られましたそりそう だよねこっちが見てんだもん
大都市を貫くユニークな河川に沿って、全て歩くという街歩きは楽しいです。今回は、京都西部を南北に流れる天神川(紙屋川)です。全3回でお届けします。
2回目の動画は、中流域に設置された紙屋川砂防ダムの堆砂敷(河川敷)に、戦後に在日朝鮮人が不法に占拠して、その後も現在に至るまで退去が完了していない有名なエリアを、隅々まで歩いています。紙屋川砂防ダム不法占拠地区の最新映像となります。
建築許可が下りない地域なのに、立派な三階建ての戸建て物件もあれば、流されそうなバラックもいくつか見られます。昭和初期の風景が今に残る地域です。
●第1回目:京都市内・天神川の驚くべき光景はコチラ。
●第3回目:朝鮮学校の廃墟から猫と癒しの源流部へ
●動画で使用した写真は示現舎さんから引用、以下がウェブサイトです。
25 Comments
京都の事はよくわかりませんが、私の住む地域には親から聞いた話で、水道もなく当然下水もなく水は勝手に井戸掘ってトイレは家の周りでやってたと聞きました。家の周りはうんこだらけだったみたいです。雨が降ると最悪で井戸に流れ込んでたとも聞きました。通称トングルトンネ(うんこ部落)と呼ばれてたみたいです。
昔から上では、船岡山の北西側に在日の方が多い。千本北大路に朝鮮学校があった。その横の同和対策の改良住宅。昔からダムは水害出てました。Youtube の方はここが好きですね。地元民は絶対に行かないです。
これもそうだけど京都は闇深いよね
そりゃ財政破綻もするし滋賀に家買って逃げる人達も増えるわな…
京都市民です。割りと近くに住んでおりますが砂防ダム不法占拠地区に足を踏み入れたことはありませんでした。
なかなかスリリングな動画ありがとうございます😅 見る限り自然消滅していくにもうそれほど年月がかかるとは思えませんね。
法を破っていてもいざとなれば行政の手が差しのべられるというのも、この国の弱さの一つですね。
近所の大学生でしたが、ここは不気味ですよねえ。雰囲気がガラッと変わるんですよね。早くきれいに整備されないかな。
敷地内勝手に入って大丈夫なの?問題あれば通報しとくけど法律的に問題ないの?
ほんとこういうザパニーズ街が未だあるのに驚き💦
勝手に入り込んで、いつのかにか日本名名乗り
指摘すると火病散らかす・・・
未来永劫仲良くなんてなれなはしない‼️
一人でも多くこの日本から排除しないと
日本の未来は無い‼️
全部流されたらいいのに
不法占拠て、既得権なのか腹立たしいが無能な者が多い京都市役所職員では、中々対応出来ないだろうね
仕事したら😮!!
罪を憎むべきで人を憎んだところで何も変わらないのはそうなんだけれど……それはそうとここに生まれてくる子供はマジで大変なんだろうなぁ
私が通っていた小学校の横も鞍馬口通りから北野の天神さん近くまでお土居があったのですが朝鮮人が家を建てたり、畑を作っていました。
校歌にも「お土居作った太閤が~🎵」と歌われていとのに
京都はホントに
闇が深い‼️
住み着いた朝鮮人
京都の四方に創られた被差別部落
土地、建物、収入を一切払わない寺社仏閣
誰も手を付けられない‼️
大学時代に、ココと会津小鉄とウトロ、トンクあたりはよく巡りました。
国民には法の順守を期待し、我々国民もそれを承知で、協力していろんな負担を共有している。それを治外法権で、在日コリアをきちんと指導できないのは、担当以上に、命令権者の立場にあるものが、優柔不断、自分で矢面に立つのが怖いの、日本人の悪しき面ですね。彼らが勇気をもって執行できるよう、市民も応援する声を大にすべきでは。
上で水を堰き止めて一気に流してやればいい。
行政代執行で更地にしてしまい住人も強制送還してしまえばいい。
日本に生活基盤があるとか日本語しか喋れないとか関係ない。💢
こう云う動画を真似して探検しに来て行方不明になる子供もいるから 探検に来るのやめて欲しい。
この砂防ダムから直線で300メートル以内下手したら100メートルで京都1のスーパー高級住宅街、天皇陵、鹿苑寺があるとはあまり知られていない。
こういう家に勝手に入るのは法律違反🤔?
例えば、違法建築の家に勝手に他人が入ってくつろいでても、家主は警察を呼べないんだろうか
教えて法律詳しい人
こういうところに住むやつの神経がわからない。
せっかく作った家も大雨降れば冠水する。
家電も置けないじゃないか?夜も安心して寝られないし。
金ないなら、生活保護申請して市営住宅に住んだほうが
よっぽど安心して暮らせると思うが?
ゴミ出しとかどうしてるのか
京都市役所にも特定枠採用があるように同胞や帰化人がたくさんいるので税金で勝手橋補修をしたり見てみぬフリをします。
50年位昔、紙屋川を天神さんから、千束下位まで川の中を上がっていきました。
砂防ダムに入ったら、ゲンゴロウや水カマキリ、沢山いました。
ここから原谷方向へ歩いていくと、昔のしょうざん辺りに車が落ちていたのを覚えています。
この地域に住んでいる人は,皆,歳よりなのでしょうか。もうこれから人生をどうこうするわけでもない人なら,死ぬまでそこに住んでも本人さえよければいいですが,現役年齢がまだ残っているような人は何を考えて生きているのでしょうかね。
昭和30年代だと身の回りにも貧しい人はいましたが,社会は豊かになっているのに昔ながらの生活をして,何とも思わないのか,どうしようもなく諦めるしかないのか‥