【魅力解明!津和野城】 vol.4 本丸に続く遊歩道の魅力に迫る
[音楽] あの 、あの、あの、雷も書き方も数あ [音楽] 、本当だ。 はい、皆さんこんにちは。こんにちは。 え、私町観光協会の島田です。はい。今日も日本一センターの今週の清水さんに来ていただいてます。よろしくお願いします。 清水です。よろしくお願いします。 はい。ちょっと前回はお城割とマニアックなルートから登りましたが、今日はここはリフト乗り場の駐車場に来てます。 はい。の上とありますがはい。 今日は、え、ま、リフトで登ってもいいんですが、ま、リフトを使わずに登る U歩道、前回と違って割と整備されてる U報歩道があるので、そこをはい、登ろうと思います。 うん。 はい。なんで今日もまた本丸まで行こうと思いますが はい。金星の山次郎日本 100名城の今日は本丸を進めると いうことですね。楽しみですね。 そうですね。はい。ということで、はい。 ま、これ前回もお見せしたルートマップですが、えっと、今日今いるのがリフトルート。ここですね。クアリフトのリバになっているので、え、ここから少し道上がって稲神社の近くまで行ったらはい、登段があるので、本丸まで登っていこうと思います。では早速行きましょう。 元気でやりましょう。はい。はい。 こっちですね。 はい。どうぞ。はい。 ということで、え、お、登山口に到着しました。はい。ちょっと看板もありますけど、大体 本丸まで1kmぐらい とあっております。はい。こっからはい。道が続いていきますがうん。うん。 最初はされてるのではい。ま、普通の運動グッズでも歩けるようになってます。はい。 向こうは駐車場は稲さんの駐車場なんですね。 うん。 これせっかくここまで来たんならへ行こうということで引き返さないようにしてくださいね。はい。 そうですね。はい。はい。ということで はいと、あと、ま、ここの道夏場になると結構うしとかが入るのであんまり道じゃないところに入ると被れたりするんで、ちょっとそれだけ気をつけても もらったらいいかなと思います。はい。 ま、今から行く道はあのなんじゃないですね、あの大手堂ではないですよね。わゆる武士が利用していたという道では全然 そうですね。この道はど昭和に入ってできた道と はい。 聞いてますので歴史はそうでもないですが途中から割とお城っぽいとこも出てきますしうん。 またなんか気になる 植物がとかあったら私もちょっと そう、その辺も割とあはい。いいですね。 よく案内してるので、そういうのをちょっと紹介できたらなと思います。 はい。では登りましょうかね。ましょう 行きましょう。 はい。よし。あ、式ですね。 あ、ず、よいしょ。 ずっと取るんですね、これ。 ま、ちょっと歩きやすいですね。下が はい。た、ちょっと最初傾斜なので。よいしょ。そんなものがありはするんですが。あっか。この辺に僕はよくお客さんに 紹介している。これか。 カラス残っていう木なんですけど、葉っぱを表面をこう撫でて 匂い嗅ぐとうん。3色の うん。うん。うん。ていい限りね。三照の香りです。 なんか換橘系の うん。 ココナツみたいなトロピカルな匂いが うん。うん。するのでますね。 うん。いいですね。 爽やかですね。はい。うん。 野草がいっぱいで。はい。 ああ、可愛いな。 で、ちょっとこの辺から中性のお城後っぽいところが出てきますね。斜面の角度的にはもう40°から50°ひどいとこありますね。はい。を登るせとの大変でしょうね。 今木がいっぱい生とるから、あの、木をたどれば上がれないこともないですけど、あんなものが何にもない世界でここを上がれって言ったらとても無理ですよね。 そうですね。 うん。当時はなかったでしょうからね。こういう風に。 はい。臓器林売林売しなかったから。 はい。 ま、普通お城って本当に石垣とか見て終わりですけれども、ツアノの場合山自体がもうお城になってるので普通に山歩き うん。 自然しながら行くでも十分楽しめるような いいですね。はい。一隻2 丁の歴史も知れて自然も うん。 味わえるいお城だと思いますね。これがおそらくうるしうですね。うし。 嬉うしです。こいつが結構汁くと うん。 被れて被れたところ書いた手で別のとこ書くとそこに映ったりするのでえ。 あの、僕のお気にタラ用っていう木ですね。ま、これタラ用っていう木なんですけど、葉っぱの裏を傷つけるとこれ多分誰かが何か書いたわですけど、 っきとかやった。 まあ、まあ、葉っぱの裏気づけるとこうやって字が残るので、 昔それこそ戦国時代なんかはこういうのにメッセージ書いてこう 伝言しようと、 伝言したりとかいうことで、えっと、はがきって言葉の由来になったと言われてるね。 葉っぱ角でうん。 なので、えっと、郵便局の木というのに指して指定されてます。 ツアの郵便局も植えてありましたね。 あります。結構割といろんな指局大抵植えてあるのでよかったら探してな。 お書いとるね。はい。強し君が あ、出ましたね。中世の山の 作りがすごい。あ、はい。ど、え、30 の掘り切りが出てきましたね。まさに修世のあの守りの後がこっからよく見えますね。 ここを、ま、この車がこの 1段、2段、3段、4 段ぐらいババっとこう直になって車があるんですけど、そのあの延長線の図とやるとここへオリベ丸、あの出丸があるということですね。 出丸は第2回かな?2 回できましたね。はい。 はい。 で、これほど厳重に守ってるというのは大変なここはやっぱり場所ということは、あのここを取られたらまずいという場所なんですね。やっぱり うん。うん。 折り目丸、このデ丸を極力上がれさないようにここでガチっとこう防美を固めてこの折り丸を守っていったというオリベ丸を守るということはすなわち本丸を守るということでここを取られるとやっぱり急所ですね。 アキレスのようなとこですから、これをもうガッチと固めて守ると ああね。ま、静かなですね。 ですね。これが あ、筋が、 これが三葉ですか?どうですか? そうですね。こう、 これらがどうですか?何ですか? ま、小バの三葉筋という筒がいいんですか?あ、 綺麗ですね。 ますね。 はあ。割と山奥にもたくさん生えてるので。 ああ。 昔は食たのかもしれないですけど。あ、でもわかんないですね。 うん。さあ、来ましたね。ここが分岐点に 分岐ですね。 うん。はい。分岐で上がってきましたね。はい。 来ましたね。 で、え、ちょっと後ろが出丸になるんです。 今から本丸の方に行くんですが、謎の別れ道が うん。うん。 元々左の道だけあったんですけれども、え、整備した時にこの右の道が作られました。でも、えっと、 50m先で合流します。で、 だから、だから要するに昔は俺の そうですね。俺道ですね。ここが本当の道ですね。 はい。 ので、ま、江戸時代、戦国時代はおそらくこっちを通ってたということで、こっちに新しく道が作られてますが、 ま、合流しちゃうので、で、何か別に面白いもがあるわけでもないので、どっち行っても大丈夫ですが、ま、我々は右から昔からあったと思われる方の道を、 とりあえず行きましょうか。 行きましたね。はい。 これなのか随分置かれましたね。ベンチが。 そヨっていう木ですね。 侍も楽だったろうな。こんな綺麗な道。あそこの杉の木を随分採したのでよく見ますね。 ああ、石垣がね。見てますね。うん。 いいですね。あの、1 個奥がほんまですね。なので ですね。うん。 じゃあこの後我々はあそこまで登るわけですね。 はい。行きましょうね。行きましょう。 はい。 ここの安部でね、やっぱりね、抑えとかねとこありますね。 そうですね。はい。うん。 もうここもうすっと仮説の道行きそうになりますけれども、 その前に右の奥の方に何かありますね。 あれな、何すか?清水さん。 あれがやっぱり命の源ですね。 おおね。 山城だったのにこんな高いとこ山水が出るというのがすごい不思議な話であるんですけど。 はい。じゃあちょっと実際に行ってみましょう。 行きましょうね。はい。 これがあの水を取っていたとこの井ですけども 深さは2m ぐらいですね。昔はもっと深かったんですね。 深かったと思いますね。 でも水がまだまだ張ってますね。 張ってますね。尽きることがないという感じですね。 枯れてないってことなんですね。はい。 で、このここの池の名前がこの枯れないということで万大の池と書いてよろず世の池という名前であってますね。つまでもつまでも水がで称えられてるということで なるほど。 これが命の源だったんですね。この城の生命線というね。 うん。 もうちょっと上がると正門があるような場所ですからいい場所に いいとね思いますね。 うん。 はい。 はい。なんでもないようなところですけど、この池の近くにこんな石が置いてあります。これは白の石に蓄場の時のね、石垣きなんかに使おうとした石だと思うんです。え、その証拠にここへありますね。これ 穴ですね。な、穴ですね。はい。 や、いや、や穴というやつですね。 これはあのこういう風にここへのみで穴をつけとるんですね。これとうとう割らずにほったりますね。 これを増やしていくとここでスパーンと割れて き麗に割れるはずなんです。 で、そうやって形を整えて石垣きに作ってたんですけど、なぜか途中で終わって はい。 なんかうまくいかなかったのでほっちらかしておいたんですけど、こういう風な、あの、もしかしたらですね、これ運びよる時に、運びよる時に石をね、 落ちてしまったと。うん。 砂かなんかとかあるなんかバランス崩してボっと落ちてしまったと。それで この石は使えなくなったと。 ふんふんふんふん。 あの、落汁るという意が楽 ふんふんふん。 楽上につがるということで演技悪いのでこの石はやめとこうとせっかく穴ってこれから割らねけだった。 ま、いわゆる残念と言われるではないだろうかと言われてますね。 うん。面白ね。ここね、チェック要用チェックの場所です。皆さん来たらここ見てください。 なるほど。はい。 はい。そうですね。本当3 体ぐらい切りで逃げる。 ま、ちなみにこの回収工事は 1年2年で終わる工事ではありませんので おそらくうん。うん。 もうしばらく 10年20年ぐらいは ですね、ビを取るっていうことになるんじゃないかと。 うん。ですね。 ってますね。さあ、 よいしょ。来ましたね。到着しました。 よいしょ。 この上柱を立ててこの中うまくおったんですよね。 1匹2 匹とかいな感じで何ぐらいおるかな。随分 長屋になってますけど。 でもここは負けてないゲやね。負けたとこの城でくの熟してなブルっとするもんがある。 はい。よいしょ。よいしょ。 開きできましたよ。 はい。ああ、来ましたね。 ここですね。あ、お、開きましたね。 はい。 ま、ここはもう何よりもやっぱ真正面がもう本当の うん。街並がはい。本当に一望の元に 一望できる。ううね。 いやあ。う、そうです。 おお、いいですね。いに、 あ、こも広いですもんね。 いいですね。これほどの眺めがいいという敵も絶対来られませんね、これ。じゃあ、 そうですね。 あそこからけど、これみんな丸見ですね。 360°ずっと。あー。 え、はい。ということで、えっと、今曰本丸まではい。 ましたね。 稲田のとこから歩いてきて到着しましてはい。 [音楽] ま、本丸の一番南側にいるんですけれどもはい。 ま、今日歩いたとか割と保存されたい歩道で、ま、歩きやすかったないかな思います。はい。 約1時間でここね。ですよね。はい。 ま、色々途中も移動見たりはい。できたかなと思いますがはい。次回はですね、津野城の南側に行きますよ。後ろにですね、南門というのがありまして、その奥に少しこん盛りした山が [音楽] 2つあるんですがね。 あの奥のとこまでですね。はい。 行こうと思いますので、はい、あっちの方がね、ツアの上 1 番最初にできた時にできたですので、はい、 1番古いところをちょっと 見てこようと思いますので、はい、じゃあまた次回もはい、よろしくお願いします。 はい、よろし、こちらこそよろしくお願いします。 はい、じゃあ今日はこれまでですね。はい、さよなら。 はい、ありがとうございまし。 はい。 [音楽]
この番組は、昨年2024年に津和野城築城700年を記念して、津和野町のケーブルテレビ局「サンネットにちはら」が制作した番組です。全6回に分けて地元ケーブルテレビで放送されたこの番組を特別に当観光協会YouTubeチャンネルにて公開することになりました。
こちらの動画を通じて津和野城跡の魅力がみなさんに伝われば幸いです。
案内役:
清水徳秀/日本遺産センターコンシェルジュ・津和野町観光ガイドくらぶ会長
島田祥智/津和野町観光協会スタッフ
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津和野城(三本松城)は1295年から吉見氏により築城を開始し、
1324年に完成した中世の山城である。築城700年を記念して、
知っているようで知らない、津和野城の歴史と魅力を、
ガイドと共に登山道を歩きながら紹介する。
制作:サンネットにちはら
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