映画『あゝ野麦峠』を巡る旅 Part3
この建物は多分明治の初年化江戸時代の マッキーに立てられたものという風に言わ れてます。普通のあの工場とは違って、 この松田屋さんは少し暗いの高い人たちが 止まる宿になってます。これ見ていただく と実は入り口が3つあるんですよ。1番 右側あそこはね、実はお店屋さんで郵便局 だとかそういう仕事もこの松田屋さんは やってました。 の大竹しぶが主演した映画のロケチーも ここになりました。その映画の中で大竹し が最後の夜を過ごしたのがここになります 。 水没記念費って書いてありまして、長ダム ができたことによってこの下にあった角平 という集落が全部水の底になりました。 で、今皆様が見てるこの場、これはですね、この南の矢を念したもの空気がね、全然違いますよね。 だから物を保存、物を保存したりね、いうのもね、やっぱこういう石に入れて 非常に涼しいし、温度も低いから物を保存するにはね、本当にいい環境で うん。 長野県の跡であります。旧の民海道。これ を歩きます。 石物再建の木ということで村人はその例を 何べくこの地に3点の積物を混流して名を 祈ったということで 達次郎溺られてのが正念。 達次郎さんが生まれたのはね、明治12年 ですよ。え、正井峰さんの上です。で、え 、亡くなったのは、え、昭和45年92歳 で亡くなりました。あの、まさ皆さんが 亡くなって色々と進狼の中でだんだん だんだんとお寺の方に、え、足が向いたん でしょうね。それでお寺へはようお参り なさった。私の取る姿ってのは腰が曲がっ てね、杖ついてあったけれども肩幅の広い がっしりした体格やった。そういう頑丈な 眼な体やったもんですから、え、まさに峰 病気すぐ引き取れという電方をもらって2 日半で行った角川から、え、岡山で 130kmくらいあるんじゃないかなと 思います。その間をね、わずか2日で、ま 、ゆっくり横になって寝るなんてことは なかったと思う。疲れたら休む、疲れたら 休むくらいでか間かんでい、そういうこと をなさったくらいやから体は丈夫やったと 思います。 田郎さん亡くなってからどんなことをされ たかっていうと、そばや麦を粉にして粉に する政分所なんかもやって見えた。山では 熊取ったり鳥取ったり川では魚取ったり何 でもやらはった人らしいです。 死ぬほど悩んでその悩みを聞いてもね、 もうちょっと待てよ。頑張らんかよって。 そしてその自殺をと思いせるなんてことは なかなか難しいと思うけれども、え、 まさに皆さんの生き方を考えてみると私の 苦労なんか皆さんに比べたらわずかなもん やともう少し生きてみよう。そういう 生きる希望をね与えてくださる。多くの人 にまた、生きる力を与えてもらいたいなと 思って、え、もっと長く立ち続けてもらい たいなと願うことでございます。 ありがとうございました。
映画『あゝ野麦峠』を巡る旅Part3(最終章)を1泊2日で開催しました!
愛知、東京、千葉、茨城から8名の皆さまにご参加いただき、松本市奈川・野麦峠・飛騨市を巡りました。
初日は、毎年ご案内いただく勝山裕康さんとともに、映画の撮影地 入山宿の青木神社や旅籠松田屋へ。
わさび沢からお助け小屋のある野麦峠まで旧街道を歩き、さらに展望台の石碑から地蔵堂まで足を運びました。
2日目は、主人公・政井みねの生家がある飛騨市河合町へ。
専勝寺では、実際にみねさんを背負って運んだ兄・辰二郎に会ったことがある御住職から貴重なお話を伺いました。
また、河合町振興事務所では、映画の台本やポスター、サイン色紙などを見学し、作品の世界観をより深く感じられる旅となりました。
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