山形県第二の都市の○○を探してみたら驚きだった

山形県鶴岡市 JR鶴岡駅 人口は11万人ほどで県内2位を誇ります 鶴岡駅南口から旧市街地を目指します サンロード日吉商店街 日枝神社 山王通り 旧城下町へと続いています 平日の午前中であいにくの天気です 中心街を流れる内川を渡ります 橋を渡ると片側アーケード商店街が現れます 鶴岡市の中心的商店街の一つです 商業の中心はショッピングモールへと移ったようです 銀座通りと昭和通りの間に昭和な光景が広がっていました 古い盛り場が残っています 巨大な建物とかなりの数の呑み屋さん どれ程のお店が現役かは不明です 高度成長期頃が全盛だと思われます 周辺はまさに昭和遺産でした ビル内の店舗群 かなり大きな建物です 中にも相当な数のスナックなどがあるようです かなりの大きさだとわかります 中を覗くとこんな感じでした どうやら元は鶴岡銀映という映画館だったようです 映画館を中心とした繁華街で
その後に盛り場へと編成したようですね トンネルを潜って現代へ戻るような錯覚 出た先は「みゆき通り」とありました 三雪橋で再び内川を渡ります 国指定重要文化財のカトリック鶴岡教会 明治36年築のロマネスク様式で門に
「天主堂」とありました 教会の先には鶴岡城址の鶴岡公園 荘内神社 大正4年築の大寶館 あいにくの天気が残念です 庄内藩校の「 致道館」と近代的な「荘銀タクト鶴岡」 一日市通り 藩政時代には主に呉服反物商が多く住んでいた町 和風の建物 明治末期築の「鶴岡ホテル」 旅館ですが当時はハイカラだったのでしょうね 多くの著名人が投宿したそうです 一日市通りは旧七日町周辺に突き当たります この通りは旅籠屋が栄え遊女(飯盛女)
が置かれていました 明治期には免許地となり遊郭となります この通りが飲食店や料理屋に貸座敷が並ぶ
歓楽街だったとは現在では想像もできません 当時の残滓を探してみます 昭和13年築の料亭(廃業) 鉄道が開通し町が発展した大正時代に
遊郭の郊外移転が持ち上がります 結局、貸座敷のみが新地へ移転することとなります 遊女が願をかけたことから始まったという年末
だるま市の七日町観音堂 お堂に貼られた「七日町貸座敷華やかなりし頃の家並み」 当時の様子を今に伝えています 貸座敷名 現在も残る「七日町」の旧地名 神楽橋と内川 遊郭が移転したのは昭和5年頃でした 先ほどの料亭の前には双葉町へ続く新道が造られました 嘗ては飲み屋街だったであろう通り 移転先は650mほど離れた当時の僻地でした 七日町の貸座敷6軒が双葉町へ移転しています 当時の遊客もこの通りを歩いたのでしょうね 途中の建築設計事務所 通称 新地 昭和5年発行の「全国遊廓案内」では 鶴岡遊廓(双葉町遊郭)として紹介されています 従来迄此の町には鉄道がなく 大鳥川を利用して通交して居たのであるが 最近羽越線が敷かれてから響しく発展した町である 目下遊廓の貸座敷数は六軒娼妓約三十人位居る とありました 桜が植えられ広い道幅が当時を偲ばせます 戦後は特飲街となり昭和33年まで続いたようです 双葉町の宗吾神社 小松楼主の寄進で記念碑には
遊郭の生い立ちなども記載されていました

山形県にある城下町「鶴岡市」に残された昭和の繁栄跡と遊離跡を巡ってきました。あいにくの天気でしたが興味深い町並みが出迎えてくれました。
#鶴岡市 #山形県 #遊廓 #双葉町 #鶴岡

音楽;DOVA-SYNDROME
   紫苑_-追憶- by カワサキヤスヒロ
   悴む手 written by もっぴーさうんど

00:00 鶴岡駅前とサンロード日吉商店街
01:28 銀座通り
02:17 本町の盛り場と鶴岡銀映
04:56 みゆき通りと城跡
06:19 一日市通りと鶴岡ホテル
07:02 七日町と七日町観音堂
09:59 料亭前の新道と新地
10:46 鶴岡遊廓(双葉町遊廓)

23 Comments

  1. 年内に「海里」に乗って行く予定です。大学の後輩が前回の市長選100票差くらいで負けたんですよ。(動画と関係ないけど)次は頑張って再興だ。

  2. 昔、鶴岡駅から出ていた庄内交通湯野浜線の善宝寺駅跡が昭和レトロと言うか
    廃墟になって電車と共に残っていました、何とも幻想的な光景でした。

  3. @3:00 what a cool doo rand window design. These old buildings show Japanese "snack bar" design, I hope these buildings can be maintained somehow.

  4. 今年の春に鶴岡で駅前のルートインに泊まって少し街を歩いたのですがこの映像を見て、こんなにも見るべき所があったとは!素晴らしいレトロな場所はまた出かけて見るしかないですね~。今度はユックリ歩いてのんびりします。😊音楽も映像にマッチして良かっですよ!

  5. 母方の祖母ちゃんの出身地です。あつみ温泉だそうです。

  6. 自分も今年のGWに鶴ヶ岡城を見るためこのへんを歩いていました。主婦の店イーネで買った蒸し玉子の甘かったこと
    こういった昭和の建築や商店街も、あと50年ほど寝かせれば文化遺産として歴史的価値を帯びてくるかも知れません
    いま各地で評価されている古い宿場町や明治のレンガ造倉庫なども、建造当時はありふれた建物だったはずなので

  7. 東北はやはり太平洋側より日本海側ですね。情緒、歴史を感じました。

  8. 鶴岡シャッター通り~父から夜逃げされ早21年の歳月~今はタイ王国シラチャにいますが、弟が結婚、(赤ちゃん生まれる)地元にいるからの。やっぱり、過疎化対策少子化対策大事。発見~情報発信は大切

  9. わざわざ山形県のご訪問ありがとうございました。是非ともまた山形県にいらしてください。

  10. 地元民です。雪の降る町をのモデルとなった町で今もたいして変わってません。周辺の観光地を除き今は見る影もなし。昭和時代に賑やかだった銀座通り商店街は今やシャッター通り。消滅自治体の第一候補にあがる始末です。バスの本数も無く自家用車が無いと移動は困難ですが。自家用車でのんびり探索するのには最適かな。くらげの水族館とか即神仏のミイラとか夏は枝豆(だだちゃ豆)を楽しんでください。んだばのー。

  11. 1964年に生まれ故郷の鶴岡を離れ大阪の学校に。その後、東京で就職現在は千葉県に住んでいます。最近は、まったく帰っていませんがこのビデオを見て60年前の鶴岡の記憶と重ねています。懐かしいです。ありがとう。

  12. 鶴岡は人口辺りのスナック数が全国1位だと15年ほど前に聞いたことがある🤔
    それは本当だったらしいが、今は知らん。

  13. 時が止まっているようで
    流れている音楽が絶妙で切なくなってきますね

  14. 現在県外にいる鶴岡出身の者です。正確な史実に基づいた見事な編集で驚きました。
    飲み屋街は建物が結構残っているようでびっくりしましたがほとんど閉店しているでしょうね。
    10:40 設計事務所に木製の看板がありましたが「酒井忠明書」とあり、鶴岡のお殿様、酒井家の21代当主になります。

  15. 父方の生地で馴染み深い地ですが、地方の衰退はめざましく、全ての建物が朽ち果てるのを待つばかりの状態ですね。かつての華やかな時代の気配もわずかで寂しい限りです。

  16. 地元民ですが子供の頃と比べたら明らかに商店街の寂れ具合は加速してますね。
    今は無きマツタストアや商店街の玩具店が懐かしい。

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