のんびり安来 山城攻略編 #03 「独松山城砦跡群」
戦国の世からおよそ400 年かつて山々に気づかれた城は自然の中の 意向として今も存在し続けて [音楽] いる有給の時を経て今に残る安の山代に 思いを はせるのんびりぎ 攻略皆さんこんにちは読山雨子古道アルフ 会中尾です安木市観光協会が発行し たマをに山白を紹介するのんびりやぎ山白 攻略編今回は独商山上西跡群を紹介し ますあちらに見えるのが独勝山です山波と 言ってもいいでしょう独商山は東からの 攻撃後期方面に備える役割を持っていたり 坂方面岡山県いていく道があったりする雨 市にとってはとっても重要な山ですそれで は独商山へ登ってみ ましょう独商山登山口までやってきました えっとこの えっとこちらから上がっていくんです けれどもこの道を雨子郡道という風に言っ ておるんですけどもその独山というのはあ あのこの山全体とか3階っていうかいう風 なことですのででその3階のところを私 どもの方は え登山コースを作っておりますでその雨子 郡道に沿って え登山コースを作っておりますのでその 周辺のところにはいろんな 状後が後を見ることができるということに なっておりますそれで登ってき [音楽] [音楽] ましょう [音楽] [音楽] [音楽] [音楽] いやあやっと着きました えここ が登山をする場合の休憩場所になっており ます第1回目の休憩場所です向こうの方が えっと東側になるんですけれどもえ天気が 良かったら大仙だとか高齢産だとか えカラス河川だとかいう風なのが綺麗に 見えますえ戦国時代なんかですけれどもえ 攻めていく時なんかはあのこの道を通って 向こうのあの白田町とかそれからえ白田町 のいじだとかそれから法規の国の発生寺だ とかあちらの方へずっと攻めていくという 風な感じになりますまあの戦国時代では この道はあの使われておったよう ですじゃこの辺りでちょっと説明させて もらいます あのこの辺りから防御施設っていうかいう 風なあのえそういうものが少しずつ増えて くるような状態ですであのこちらの方見て いただきますとこちらのえ山とこちらの方 があの寸断されておるという風なそういう ことですのでえ掘り取り後という風に思っ ておりますえだからえっとですねこちら からこちらの方にあのよ容易に超えられな いっていうかいうことですのでこの上の方 から多分その攻撃をしたりだとかいう風な ことをやったんじゃないだろうかなという 風に思いますそれでですねもうちょっと 上がってきますとずっとこの辺りなんです けどもあの笹が覆っておってあのきちんと 見えにくいんですけどもこの辺りがですね あの下の方からずっと上がっていくんです けども両側がね掘ってあるんですよねあで とということでこちらの方がえっと多分今 はえっとあのえっと長い時代かかってあの 人が歩いたりだとかしておりますので 埋まってきておりますけども昔はもっと これが深かったんじゃないだろうかなと いう風に思いますでこの真ん中のところを 歩いてドバのようなそういう風な形状をし ておったんじゃないかなと思いますけども これをずっとあの一本の橋みたいなそう いう形で上がっていくということですので あの多くの人数がずっと あの一時に上がっていくっていうかいう ことができないそういうことを防ぐための えものでじゃなかったんだろうかなという 風に思っており [音楽] ます [音楽] [音楽] あ [音楽] [音楽] [音楽] あ [音楽] 峠に到着しまし た金を峠と言いますえここがですね交通の 要所っていうかいう風なことになるわけ ですけどもえっとですねこのええっと ちょっと笹で覆われて道が分かりません けれどもこれを降りますと広瀬の方の新 宮谷の方に降りて新宮谷からガサ土田城の 方に向かうという風な道になりますそれ からですねこちらの方の道ですけども えっとこれはずっと南の方に行く道なん ですでこれは上がっていきますとえっと ガサトラジの方からのそっていうかいうの がずっと上がってくるんですけどもそれと 一緒になったりしますそれから新宮谷の方 と一緒になったりとかいう風にしてそれ からですね宇の方に向かっていく宇を超え ていじりのこかしというようなところに 行きますけどもでそこひ山がありますで 雨子の方はあの月に1回えっとその日山の 方に祈願に行っておったという風な話です けどもだからこの南川の方にずっと歩いて いってもあの上さ後っていうかいう風なの があありますでここえっと先ほどあの要所 という風に言いましたけれどもあの関石中 っていうかいう風なのが少しありますそれ をちょっとあのご紹介をしますとまず こちらの方ですこちらの方は えっとえっと松大ら所有三林という風に 書いてありますえっとこの松田だっていう 風なのは広瀬班の方の松田だなんですえ えっとえっとですねここの方の坂ですね坂 を向こうの方に行きますとえ江戸時代はあ 広瀬班という風になりましたでこちらの方 はえ松江班ということであのこの峠が松江 班と広瀬班の境になるということなんです 両方松田なんですけどもあのそういう風な ことですえだからこのえ石中というのは この南側の方にもずっとあの立っておると いう風なことになりますそれからあとは ですねこちらの方にお地蔵さんがあったり だとかそれから あの主持っていう風に言うんだそうです けどもあの え凡事が書いてありますでこの凡事は えっとですね何を表してるかって言うと第 2如来ということなんだそうですけどもえ えここにこういう風なものがあるという ことはえこの道をずっと上がってきますと 昔の札打ち道と あのアゴ郡道を利用して札打ち道というな のも通っておりましたんでえこの道を通っ て観音寺という風なところに行くという風 なそんな道になっており [音楽] ます [音楽] [音楽] [音楽] えっとここからの道はですねあの え骨に当たるわけですけども えっとドローをえっと突き固めてであの ドバ場の道がもうしばらく同じような状態 でえっと続いてきますであのクランク上に なってるという風なこと [音楽] [音楽] です [音楽] DET [音楽] N [音楽] [音楽] T [音楽] 独商山山頂に着きまし た ええっとこの独創山標高が 320点7mということになっております でえっとですね独商山のえっと役割という 風なのはこの鳥取県白軍の方からずっと北 の方のえ島根半島それから西側の方の ええ京さとかあの辺のところの あの状態ですよね え通信っていうかえのしだとかそれからえ 金だとかいう風なそんな通信手段がこちら の方に伝わってでここで集約をするという 風な役割を持つわけですま今で言うならば 言うならばそのレーダーサイトっていうか いう風なことになると思いますということ でですねこの地面を見てもらうと分かり ますけれどもここのところにです ね段になってるんですねここんところはで ここがあの平らになっておりますので昔は 何らかのえええっと施設っていうかいう風 なのがあったんではないかなという風に 想像できますえっとじゃあ今からですね独 商山3階の最高峰の山へ行ってみようと 思いますじゃあ行き [音楽] ます [音楽] えっとですねこれをまっすぐ行きますとえ え最高の山になるわけですけれどもでこの えっと山がですねあの今までえっと上がっ てきたえ山っていうかあのいろんな仕掛け があったわけですけどもその仕掛けを集約 したようなそういう風な作りの山になって おりますでどんな作りかと言いますと こちらの方があの切岸っていうかいうこと で騎士がええ切ってありますえっと騎士が 切ってあってえっとそして登りづらくして あったりしますそれから周囲に え車がぐるっと回っておりますそういうの が2段ほど回っております腰ぐわという風 に言いますけどもそういうのが作ってあっ たりしますでそれからこれぐるっと回って 向こう側に小口あの入り口があったりとか いう風にしますでそのえ上がってえサフ地 が作ってあってそこのところにえやぐらが あったんだろうと思っておりますでその 周りのところには横があったりしますと いうことでいろんな仕掛けがえこの山え もしくは山の周囲にはあったということが 伺い知れますそんな面白い山 [音楽] です [音楽] OG えっとじゃあ今 から高山の方に向かっていきますえ中間 地点にもあの色々なえ防御施設があったり しますのでえ紹介していきたいと思い [音楽] ます [音楽] [音楽] [音楽] ここの場所はですねあのええっと多分 掘り取りがあったんだと思いますであの 現在はちょっと浅くなっておりますけれど もえっと当時はあのもうちょっとえあの 深かったんじゃないかなと思っております であの整備をしてえいつも整備をしてここ を掘ってえあの崩れたえ泥なんかをこちら の方に上げるということでえっとそして こちらも高くしていくということで向こう 向こう側の方からの防御にえ備えるという ことになっているだと思いますだからえ あの先ほどえ上がっていたあのレーダー サイトという風に言いましたけども読座の 山頂のあそこの部分が非常に大事な部分で あっただろうという風に想像ができます でえっとですこの堀切りの向こう側の方に え車があの作ってありまして小さい黒が 作ってあって向こうの方から上がっていく という風な形になってるんだと思い [音楽] [音楽] ます [音楽] えっと中隆森山に着きましたえっと中隆 森山はあの中高丸っていうかいう風な そんな言い方もしておったようですけども も要するに要するに出まるっていうかいう 風なそんな意味合いなんですけどもと高森 山があって中高森山があってえそれから独 商山という風なそういう風な関係になるん ですでここのところはですねあの作平地に なっておりましてそんなに広くはない みたいなんですけれどもでもあのここでも やっぱりあの人をえ敷いていたっていうか いう風なそういう風に聞いております [音楽] [音楽] [音楽] えっとこちらのえっと山が森山とという風 に言います えこの高森山の特徴はですね あの里の方に近いっていうかいう風なこと とそれからですね中海が近い水軍がやって きた時にえっとよく分かるたとかえそれ からあとは法規の国のえっと国境っていう か国境の様子なんかもえわかるっていうか あのえ新連絡もっていうかいう風なのが あのはっきりと分かってくるという風な そういう風な良さがえあります中海の外れ に常山という風なのえとそんな山があり ます常山の方からえっと合さ土田城の方に 連絡をすると言った場合にその要所要所に あのええっと連絡地点を置いておくという 風なことが重要になってくると思うんです ですで大体そのえっと3kmぐらいのえ 感覚を置いてえっと連絡場所を作 るっていうかいうことなんだそうですけど もでそういうことを考えますと常山の方 から八幡山の方に来ましてでそれから赤崎 城の方に来てでそれから赤崎城からこのえ 高森山の方に行ってですから高森山から えっと独商山の方に行ってで独商山の方 からえ土田城の方に連絡するという風な そういう風な感じであのえあの3km 3km3kmぐらいな感じでえ容子を抑え ておったっていうかいう風なことだと思い ますそういう風な意味ではこのあの高森山 はあの非常にいいい場所にあったという風 に思っており ます えっとじゃあ今から下山しようと思います えっと途中観音寺跡がありますのでえ底を 通ってえ降りようと思いますじゃあ行き ますはいえっとこちらが観音寺跡です雨子 市はですねあのこの観音寺のえ観音寺跡の 法学はですね奇問に当たるという風に言っ ておったんですね牛虎の方向になるわけ です北頭の方向なって奇問に当たるという 風なことですのであのこの観音寺を大事に しておりました観音寺がモとの戦いで戦火 にあってしまうという風なことで一旦は 消えてしまうんですその戦火にあった時に このえお寺を えっと常態っていうかあの戦いのために 使っておったという風なことが考えられる んですよねそうするとこの辺りのあの車 っていうかいう風なのがあの上から数えて あのここは4番目なんですけどもそういう あのあの車がですねあのあのえっと きちんと土類が作ってあったりだとかいう 風な姿がありますのでえっとこれはあのお 寺であったりえそれからあのえと鳥で後っ ていうかいう風なそういう風なことであっ たりという風に理解していいかなと私は 思っておりますけれどもこのお寺の方は 江戸時代になってあの復興するという風な ことなるんですけども このお寺の周辺っていうかいう風なところ もやっぱり戦国時代の匂いなんかがする ようなそんな場所だという風に思っており ますえっと独商山上西跡軍いかがでしたか あのえ戦国時代の匂いがプンプンするよう なそんな 山白いっぱいありました えっとですね あのえ山治のえっと魅力はええいかにして 攻略をしていくのかということを考え ながら登っていくのも大きな魅力になると 思いますどうぞ独商山の方へおいで ください待って [音楽] ます til
安来市観光協会発行の「安来山城ガイドマップ」で紹介されている山城を案内人のお話を聞きながら紹介する番組。自宅で山城を攻略してみませんか?