【福井】北陸の玄関口・敦賀に行ってきた!【人気観光スポット】

今日は2024年99月21日敦賀にやっ てきました北陸新幹線が敦賀まで延伸して から初めての訪問になります福井県に来る のは3年ぶりですね駅の待合室にはなんか フグの切りでしょうかテサの自販機があり ました敦賀では敦賀フグと呼ばれる トラフグが名物だそうです春先の鶴川は 雪どけ水によって冷たくなりフグは身が しまっておいしいみたいなんですねさと 呼ばれるフグ刺してっちりというフグ鍋に したり焼いたり天ぷらにしたりと周辺のお 店でも美味しく食べられるようです駅を出 て少し歩いているとSLが置いてある公園 がありましたこれは敦賀からマズルの方 まで伸びているオバマ線で昔走っていた 蒸気機関車だそうですオバマ線っていうと 超ローカル線という印象を持つんですが 若狭に沿って鶴賀オバマ舞鶴までを結ぶ 鉄道で沿線には海水浴場が多いそうです 観光名所としては外門ていう海の洞窟国宝 明通じ若彦神社などがありますが車だと 味方ここレインボーラインに行く方が多い と思いますねあそこは山頂公園があってま 車かタクシーでしか行けないところなん ですけども大きなテラスがあるような ところで初夏の時期でも結構な暑さになる らしいです敦賀に住むお店の方に聞いたん ですが新幹線が延伸した後観光客が増えた かて言うとそうでもないみたいです外国人 観光客の方は駅周辺では多くなったけど みんなその後特急に乗り換えたりとか大阪 方面に乗り換えるだけでまそこまで観光客 が急激に増えたってことはないみたいです ね神辺資料館っていうとこに入ってきまし たここはワシで作った人形とかジオラマが 飾られていて昭和前期から中頃までの風景 をモチーフとした作品が飾られています 元々は自転車屋さんだった店舗を改築して 使っているようです 敦賀市立博物館にやってきました100年 前に建てられた大和田銀行本店の建物を 博物館の施設としてそのまま使っている ようですレガ作りで3階建て中では主に 敦賀の歴史に関する仕様は展示されている ほ当時使われていた銀行の内装も復元され ています昔の銀行窓口ってこんな感じの カウンターが多いですよね特にここは本店 だったので窓口の部分が広いように感じ ます台の部分が大リスになっていて対面の 部分は監獄のような感じになってるみたい な照明が吊してありますが天井が高いので 全く違和感がありません作りとしては3階 建てになっていますが高さとしてはビル5 階建てくらいに相当するようですね照明は 創業当時から使っているものだそうです こちらが2階のフロアになります主に取引 先の方とか大切なお客さんを招き入れる 場所でまここで段取りをつけたりとか大切 な会議などを行っていたんでしょう当時は 2部屋に分れていたそうでビリヤードの 部屋があったようです今でいうゴルフ コンペみたいなもんでしょうね下品館に 行くとビリヤードの部屋をよく見かけます 3階は市民が使う公民館的なスペースとし て使われていました小さな舞台も用意して あってシトの作りではありますが装飾も ちゃんと施されていて立派な銀行の一部で あることが現れていますさてこの銀行には 総業当初からエレベーターが備えつけられ ていました大田銀行初代エレベーターとし て現在も展示されています甲子の扉と運転 用の機械あと古いエレベーターだと回数 表示が時計の針みたいな感じで挿しますよ ねこのエレベーターは北陸で最初に設置さ れたエレベーターだと言われています地下 にもスペースがあってこの部はかつて レストランとして使われていました多分 これが注文とか配線に使っていた カウンターだと思われます奥が房かな おそらく誰でも利用できるレストランだっ たと思いますが京都都子ホテルがここの レストランをやっていたそうなのでさぞ 美味しいオムライスとかそういうのが食べ られたんじゃないかなと思いますちなみに 夏になると屋上でビアガーデンが開かれた そうです敦賀の港を見ながらのビールは さそうまかったことでしょう 鶴賀は昔から港があってこういった古くて 巨大な倉庫軍が至るところに見られます鶴 学校は三方を山に囲まれた天然の旅行で 北前船の気候地でもありました特に北海道 からは昆布や2といった解散物が増えて その結果おぼろ昆布の一大産地となりまし た昆布は敦賀を代表する特産品となって いるようです 旧敦賀港駅の駅舎にやってきました敦賀駅 からここの敦賀港駅まで3km弱の鉄道が 通っていたんですが明治時代に開業した 大変歴史のある鉄道でもありましたこの 敦賀港駅1912年からは敦賀とロシアの ウジストックを結ぶ客船に連絡する大和 国際連絡列車の運行が開始されウラジオ ストックからさらにシベリア鉄道を経由し ヨーロッパへ向かう列車が走っていました 東京発ベルリン行の切符も当時は発売され ていたそうですこの駅舎の中にはまだ港 まで列車が走っていた頃の鶴賀港周辺の ジオラマがあります港駅が右上の隅にある んですけどそれ以外にも駅というか貨物 ターミナル的な場所があったんですねそれ だけ敦賀湖が一大集積地であったことが 分かります旧駅舎の近くには鶴が赤レンガ 倉庫がありますこの赤レンガ倉庫は明治 時代に石油の貯蔵庫として使われていた ようです昆布の貯蔵庫としても使用されて いたようで2015年から観光施設として リニューアルしました中は鉄道のジオラマ とレストランが入っていますレストランは 夜の10時までやっているらしいのでま ちょっとした休憩に立ち寄るのもありだと 思います ね赤連が倉庫の隣には昔の汽車が止まって います急行若さと書かれていますがこれも 昔小浜線で走っていた列車です [音楽] 敦賀駅から港まで続く線路は今も残ってい てもうだいぶ草が茂っているように見え ますがかつてこの線路貨物列車が走ってい た影を感じることができ ます敦賀といえばもう1つ歴史に名を残す ものがあってそれが命のビザですこれは 人道の港敦賀ムウムっていう資料感なん ですがここでは主に大正時代シベリアにい たポーランド古事が上陸したことや第2次 世界大戦中にユダヤ人難民が敦賀に たどり着いた実を紹介しています命のビザ っていうのは第2次世界大戦中にナ室に よって迫害されたユダヤ人の命を救うため 日本領事館の杉原中っていう人が外務省に 反して波及しまくったビザのことを言い ますこの命のビザを持ったユダヤ人ま およそ6000人ぐらいが日本に上陸した らしいんですがその上陸地がこの鶴賀校 だったようです迫害されユダヤ人は戦乱の ヨーロッパからシベリア鉄道を使って ウラジオストックから敦賀湖に上陸しなん とか敦賀で命をついだそうなんですが当然 逃亡中に秘密警察に捕まって命を落とす ようなことも珍しくなく本当にいからから この日本まで逃げ延びたって感じだった ようです詳しくはこの博物館の中で紹介さ れているので是非行ってみてくださいビザ の名簿のレプリカって言うんでしょうか 全員分の名前がずらっと書かれてるのが あったんですけど中年の凄まじいを感じ ましたねちなみに現在も敦賀湖から船が出 ていて新日本海フェリーの敦賀と北海道の 苫小牧を結ぶフェリーが運行されています なので福井旅行を楽しんだ後にフェリーに 乗って北海道旅行を楽しむっていうことも 可能なんですね僕フェリーに乗って旅行し たことが今までないんでまつフェリーの旅 もやってみたいですねということでツガの 紹介は今回ここまでにしようと思いますご 視聴ありがとうございまし たDET

◆敦賀市立博物館
https://tsuruga-kanko.jp/spot/history_culture/tsuruga-municipal-museum/

◆敦賀ムゼウム
https://tsuruga-museum.jp/

◆敦賀赤レンガ倉庫
https://tsuruga-kanko.jp/spot/history_culture/redbrick-warehouse/

◆紙わらべ資料館
https://minato-tsuruga.jp/%E7%B4%99%E3%82%8F%E3%82%89%E3%81%B9%E8%B3%87%E6%96%99%E9%A4%A8/

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