エビスビールの原点!?

[音楽] ああ、今日はなひ [音楽] お よし 。 [音楽] あ 、 天気 もよいし [音楽] た。 さあ、今日は何が釣れるかの?夕べ取ってみた。あ、エビつけて。いや、と、 あら、なんかかかったかな?変だぞ。ほら。タコかの。うん。何生こかの?ありららら。秋きかだ。 [音楽] [笑い] 恵ビスは恵ビスビールの圧カつったんじゃ。こらシレにもならんな。シャレよ。 [笑い] 自然を大切に川や海にゴミを捨てないようにな。さあ、気を取り直して 1 番え、息のエつけてほら。あ、良い。ショト。はあ。 おかかったかな? おかかったかな?今度本問会の 恵比寿の神だみたい。頼むぜ。頼むぜ。お 洋服洋服青いんかの?赤いんかろ?立てる んじゃの?大きなもんじゃ。大きなもん じゃ。大きなもんじゃ。大きなもんじゃ。 大きなもんじゃ。 [音楽] あ、エビさんが太陽を取ってたった は大量は満足 半 月の身をこそ めで た [拍手] レ [音楽]

四国の記憶 エビスさまが釣ったモノは?
2025年7月10日、愛媛県松山市の三津・恵美須神社で上演された伊予源之丞による人形浄瑠璃

伊予源之丞について(松山市HPより)
古く淡路から三津浜地区に伝わった人形芝居である。
 古老の言によれば、地域の守護神三穂神社の祭礼に、不景気打開のための余興として、操り芝居を上演することになり、淡路の人形芝居を呼んだ。時代は不詳であるが、享保年間(1716年~1736年)からという。
 明治元年(1868年)になって、三津浜の宝来屋新蔵が一座を組織して、宝来座と命名してから次第に地方芸能として定着を見た。明治20年(1887年)以降、大型頭の淡路人形を導入し、大正時代には吉村座、泉座、上村六之丞を併せて、県内各地をはじめ、九州、上海まで巡業していたが、大正12年(1923年)朝鮮巡業に失敗して一時解散状態に追い込まれた。その後、有志によって再興され、昭和10年(1935年)に名称を現在の「伊予源之丞」と改称し、その命脈を引き継いだ。昭和34年(1959年)、愛好者、座員等が一体となって「伊予源之丞保存会」を結成し、地方の伝統芸能としてその保存に努め、現在に至っている。

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