日本百名城紀行 甲斐甲府城2024④

はい今度は天主から黒金の方へ行ってみ ましょうか今ね稲やはちょっと裏から見て 他の城との比較をしながら話をしてたん ですけどまここはねあのご存知の通り毎年 春行れる信玄号祭りのね出陣のまたは人の ですね場所というところでえここにもう その日は観光客がね溢れ返ってるとまあの しばらくあの秋にやってたんですがえ今年 というか実質来年なんですけど春に戻すと ということで今年は春はですね えま12日に武田24勝祭りというのを やっただけで街がすごい静かですねま人が いないっていうわけじゃないんですけど 例年に比べてえそこが施に式えるとこね こっからよくね いますけどやっぱり あの武田新元行っていう方がねこの現在の 山梨県ではまあまりにも有名な方で山野市 県内に住んでる方はね武田信玄ってえ知ら ないっていう人はままずいないという ぐらい有名ですねま全国的に見ても知名堂 ランキングとか人気武将ランキングでもえ 必ず上位に上がってくる方ですのでえ織田 信長徳川イ豊富秀吉の他ですよねえ別に 教科書で教わらなくてもえなんとなく耳に 入るとまたこういったお城または史跡歴史 ファンであればですね何らかの形で耳にし たことがあるとまそのぐらい有名な方です ここはさっきのあの石垣と少し違う感じ ですよねえっと今天主台を見る形にになっ てますえっとここはねれはコンクリートで アスファルトになっちゃってるんですけど ここにもねえ本丸につくやぐらがあったと いうことですねまかなりあの一瞬急勾配な んですけどこれがね内側から見ていてここ にえこれは矢倉の方ですねえあんまりもの 数は思っておりないところですんでまここ は石垣の説明がね ありますねここもね登れるんでありがたい ですよねま少し大きめのちょっと鏡石に 近いような大きさのものもねあります が安居っていうことでね説明があり ますこの石垣の構造は本当によくこれ爪と かねこう詰め物して支えたりバランスを 取ってるというところですねこれが天主 ですね天主大ですねね今あちらが白根サザ の方が夕日が落ちるんですけど黒金もま ちょうど西の方をままこの台じゃないんで 当時ですねえ京都と東の方をまあえ江戸と かえまたは東北方面とかっていう言い方に なりますけどまちょっとこ芝風が引い たっってねちょっと公園風にえなってます んでえそこに大きな黒金もがあって おそらく黒金もの規模がえこの甲府場では 一番ま大きな建造物になるんではないかと ま矢倉としてはねもち稲矢倉も大きいん ですけどあれはあくまでやぐらということ になりますますで階段登ってみましょう かま地元の方とかはね やっぱりいきなり店主にね来るのは普通 です けどま初めての方はねちょっと色々下調べ してから来た方がいいですねちょっと見所 をねポイントがいっぱいあるんで失わない ようにというところ で今日はね時間あるんでこういう方をして ますけど普段こんなにゆっくり取らない ですからねま天種代について とまお城ができた当時のそのままの様子が 分かるということが書いてありますまエズ とか残ってるんでまその辺はえ比較してと いうことでまじゃ実際どんな天使がねあっ たのかっていうのは分からないと ま想像というか復元の可能性を秘めた絵図 が残ってるということです ねまここもね階段がついて石垣があります んで簡単に登ることができます ね さっき言ってた黒金もそれと串山から 南アルプスあの三角ね まかこな方です ね奥にあって小さく見えますけどかなり 大きな標高が2966という山になります ねこういう感じでえちょっと展望台風に なっていてまここが足場というかこの上に です ねってるやつここはある意味地下というか えここにあったんじゃその上にですねこの 上に立ってる ということになりますね はい天主大吹

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