「青森県五所川原市金木」太宰治の生まれた町

五所川原市金木町は太宰治と吉幾三の出身地として知られています。太宰治の生家である「斜陽館」を観に行ったのですが、昭和な町並みに魅せられてきました。お巡りさんはグルグルしていませんでしたが郵便屋さんがグルグルしていました。
※字幕で太宰治の生家を島津家と書きましたが、正しくは「津島家」となります。訂正してお詫び申し上げます。
#五所川原市 #斜陽館 #太宰治 #金木町 #津軽三味線

音楽:DOVA-SYNDROME
   ①閉ざした心 written by KK
   ②悴む手 written by もっぴーさうんど
   ③津軽三味線乱舞 written by 伊藤ケイスケ

00:00 津軽鉄道「走れメロス」
00:52 金木駅前
03:28 金木温泉
05:29 昭和な町並み
10:34 斜陽館

16 Comments

  1. じっくりと拝見させていただきました。涼しい夜でちょうどよかったです。すばらしい映像をありがとうございました。

  2. 今年の5月の終わりに行きました😊太宰治のご実家立派でした💓反対側の津軽三味線の所も良かったです✨

  3. 斜陽館を見たあとは津軽鉄道で一駅、小説「津軽」にも出てくる
    芦野公園駅舎で太宰作品の世界に浸るのも一興。

  4. いつも楽しみに拝見しております。
    散策お疲れ様でした。
    早朝かと思ったら11時頃とは、雨上がりの灰色の空と相まっていっそう鄙びて感じられました。
    でもさまざまな看板建築と斜陽館は素晴らしいですね。
    また行ってみたい場所が増えました。ありがとうございました。

  5. 私が住んでいた頃は全てのお店が繁盛してました、今はゴーストタウンのようだ、50年経つのかー

  6. 斜陽館の向かいの銀行(青森銀行金木支店)の前身は津島家が経営していた金木銀行でした。

  7. 五所川原市金木町と言えば 太宰治と吉幾三の出身地。二人共 津軽地区の誇りです😮

  8. 金木は江戸時代より昔は大変栄えた街で太宰治の豪邸の道りは豪商の家が立ち並び太宰家の家主が駅に到着すると道なりにお辞儀をする人並みができたそうです。最近128年の百貨店の歴史を閉じた弘前中三百貨店は五所川原の呉服屋であるそうです。太宰家は息子が有名な作家になったので今も残っている豪商の一つなのでしょう。津軽地方は弘前城や津軽地方一体に広がるねぶた文化、津軽塗り、津軽三味、津軽こぎん刺しなど数え切れなほど、歴史文化が大変色濃く残っていて面白い地域ですね。2万年続いた縄文時代はおしゃれな装飾品がたくさん出土されていることからも青森県はその当時から芸術の地だったのかと思うとやはり面白い場所だな。青森県は縄文時代より北のまほろば(住みやすい平和な場所)だったと司馬遷太郎が言っていたが、きっと日本における最後のオアシスになるのではと思わずにいられない。

  9. 金木出身、福岡県在住です
    しばらく実家に帰れていませんが、正直、寂れぶりにショックを受けました

  10. 道路がこんなに広いのに人が歩いてない寂しさ…違う見方をしましたが…

  11. 1993年ごろ斜陽館に行き館内でKEY COFFEEを飲んだ記憶があります。とにかく懐かしいです。動画ありがとうございました!

  12. 自分が行ったときも雨でした。裏道は歩いてない、青森は五所川原などが、壊滅的に衰退してしまった。看板建築があると言うことは火災があったのかな?

  13. 斜陽館の近くに住む者です。津島の字幕が島津になっていたのに気づき、訂正していただきまして有難うございます。
    また、旧金木町の街並みをご紹介いただき有難うございました。平成の合併で五所川原市と合併以来、特に衰退の一途をたどっているわが町…このような動画にしていただくと思わず胸が痛みます。太宰の生家「斜陽館」はあまりにも有名ですが、案外知られていないのが祖父母・両親・兄弟等が眠っている菩提寺です。画面に出てくる尾野病院の隣に建っています。お寺の名前は、真宗大谷派「南臺寺」と言います。
    ここには、太宰の祖父母・両親・兄弟等の墓があります。家紋は「鶴の丸」で大昔は、對馬姓を名乗っていました。
    お時間のある方は、斜陽館を見たついでに津島家のお墓にお参りいただければ幸いです。ただし、太宰治こと津島修治は、三鷹の禅林寺に眠っており、金木町の南臺寺の墓には眠っていません。

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