天正10年・備中境目七城の激戦地へ行く。

岡山市下足守・足守神社境内から南に小高い丘陵が見えます。

足守川東岸にある標高40mほどの独立丘陵上に位置する。独立丘陵の規模は200m×130mほどで、全てを城郭に利用していたと考えられます。

この城は、毛利氏が対織田氏のために設定した「境目七城」(宮地山城・冠山城・高松城・鴨城・日幡城・松島城・撫川城)の1つで、高松城水攻めの前哨戦がおこなわれ、激戦となった。この時、加藤清正が一番に城に討ち入って名を上げたことでも有名である。城主の林三郎左衛門重真は、この戦いで討ち死にした。

城郭は、三段の郭からなり、北および西の斜面には竪堀が認められる。内部の建物については、文献上に「南大手の矢倉」があったことが記されている。
 
冠山城址

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%86%A0%E5%B1%B1%E5%9F%8E

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