佐野厄除け大師 ”春日岡山 転法輪院 惣宗官寺” ”関東三大師のひとつ”
佐野厄除け大師は、栃木県佐野市にある天台宗の寺院です。山号は「春日岡山」、寺号は詳しくは「春日岡山 転法輪院 惣宗官寺(かすがおかやま てんぼうりんいん そうしゅうかんじ)」と称します。 撮影日2024年9月28日
・概要
開基(創立者)は藤原秀郷、開山(初代住職)は宥尊である。
青柳大師、川越大師と共に先代住職が「三大師」を提唱。以後定着し「関東の三大師」の一つに数えられることが多く、毎年の正月には初詣の参拝客で賑わいます。
「関東三大師」には上記3寺のほか歴史などを見る限り複数の寺院が候補にあがっている。
東京都昭島市 – 本覚院(拝島大師)
栃木県足利市 – 寺岡山元三大師(寺岡山厄除け大師)※惣宗寺本家
栃木県足利市 – 足利厄除け大師
東京都調布市 – 厄除元三大師(深大寺)
佐野厄除け大師の厄除け大師とは、第18世天台座主を務めた良源のことである。比叡山延暦寺中興の祖とされる良源は没後神格化され、元三大師として日本各地の寺院に祀られ、信仰を集めている。弘法大師を祀った真言宗の関東厄除け三大師(西新井大師・川崎大師・ 観福寺大師堂)とは全く別な物です。
所在地 栃木県佐野市金井上町2233
天慶7年(944年)奈良の僧宥尊上人が開いた寺。厄除け元三慈恵大師を安置して、厄除け、方位除けの祈願を続けています。正月になると大祭を開催し、厄除けをはじめ、身体安全や心願成就などのご利益があるパワースポットです。
「厄除け大師」とは平安時代の僧侶、「元三慈恵大師」の「良源」のこと。神社仏閣で当たり前のように見られるおみくじを考案したのが元三大師だと言われています。天台宗の18代座主だった元三大師は、人々を厄災や苦悩から救う法術を身につけていて、「如意輪観世音」の化身だと考えられていました。そのため、佐野厄除け大師にも本尊として如意輪観世音像が安置されています。
・山門
当山が江戸初期(慶長八年)、現在の城山公園(両毛線北にある)より、現在地に移転する際に、移されたもので、
約十万石の格式をもつ大名の大門といわれており、総けやき造りの堂々たる風格をほこる山門である。
・金銅(きんづくり)大梵鐘
厄除元三慈恵大師一千年 御遠忌記念事業-
昭和59年4月完成
厄除元三慈恵大師一千年御遠忌を記念して建立された「金銅(きんづくり)大梵鐘」は、 人間国宝香取正彦先生によって謹製され、日本一大きな金の梵鐘(つりがね)で、 直径 1.15メートル、重量約2トン、黒塗りの切妻造りの鐘楼(しょうろう)に収められている。
鐘身の片面中央(池の間)に円相(えんそう)をつくり、中に一切衆生の願望を満たし苦しみを救ってくれる、 蓮台上に座る如意輪(にょいりん)観世音菩薩(厄除大師の御本地)
- 立てひざをして、頬杖をつき、一つの手に如意宝珠、またの手に 法輪をもって人々にやさしく語りかけている -。
片面には同じく円相内に如意輪観音の種字(子)であるキリークをあらわす。 そして撞座の左右に男女の童形合掌像が配置されている。
この金鐘をおさめる鐘楼は、日光の国宝修理の権威者で、文化財建築の第一人者といわれた、 故 中里茂先生によって建築設計された。
・銅鐘
鐘の取り付けの箇所に、日本でも珍しいホロウという中国の文化にみられる架空の 動物がつけられており、江戸天明期における当佐野市の天明鋳物の代表的な名作で、 当時105人の鋳物師が精進潔斉して造りあげた名作として、佐野市指定の 文化財となっている。
・田中正造の墓
日本の公害の第一号といわれている足尾鉱毒事件の救世主、田中翁の分骨地である。
近代日本の先駆者としての翁の功績をたたえ、毎年9月4日同志の人々が集まり、法要を いとなみ続けて今日に至っている。
年間多くの人々が翁の霊前にぬかづき、日本の平和を祈念している。
・パゴダ供養塔
藤原秀郷公が春日の神霊を旭ヶ丘(姥(うば)ヶ城、現在の佐野城山公園)に祭祀(朱雀天皇・承平七年-937年-) されてから1500年の嘉辰に当たり、これを記念して約5年の歳月をかけて建立された。
三界万霊有縁無縁の霊、戦争災害死者、事故横難(おうなん)死者、水子霊等を供養する功徳(くどく)莫大な 「聖衆倶会楽(くえらく)」(極楽で受ける十楽の第七極楽ではつねに無数の聖衆が一処に会合して互いに言葉を まじえ法楽を得ること)の塔である。4メートルの方形基壇に6つの相輪と1つの塔身水煙(すいえん)をつけた 宝珠からなり、高さ8メートルを有する。
相輪は六道輪廻(ろくどうりんね)を、塔身上部は天をあらわし、そこに位置する宝珠は深く佛を信じる魂そのものである。
高さは力、そして希望であり、シンメトリー(左右対称)は安定と荘厳さである。天に向かうパゴダを8枚の蓮弁がしっかりと支えている。
基壇においては古代インドサンチー遺跡のものをアレンジデザインしている。
製作者は陶芸家で人間国宝となった故田村耕一氏のご子息である彫刻家の田村了一氏(現二科会会員)である。
・子育地蔵尊
はけば塵払えば又も散り積もる 人の心も庭の落ち葉も -
ふくよかで愛らしい笑顔のお小僧さんで、竹ぼうきをもって立っているまめまめしいお姿は、 お子様の無事成長を願う親達の心に言い知れぬ期待感を与えるお地蔵様です。
参拝する親子連れがタワシでお体を洗うことによって丈夫な子、まめな子、 よく働く人間に育つといわれており毎日にぎわっております。
昭和53年水子地蔵尊の建立を祝って建てられた日本でも珍しいお掃除小僧(子育地蔵尊)さんです。
・春日稲荷大明神
藤原秀郷公が平将門降伏の誓願により佐野の春日岡(現在の城山公園)の地に春日明神の社殿とともに 当山を建立し(天慶七年三月-西暦944年)朱雀天皇の勅額を賜る。
以来「春日稲荷大明神」を鬼門除けの大明神として、また家内安全、方位除災、商売繁盛に霊験あらたな 「稲荷信仰」として祭祀され今日に至る。
昭和61年元旦改修。例祭、旧2月の牛の日「春日稲荷」分神の授与をお申し込みください。
・佐野東照宮
本殿、拝殿、透塀、唐門 ―― 重要文化財(県指定)
徳川家康公のみ霊(たま)が静岡県久能山より日光遷座の途中、元和三年三月二十七日一泊、 この仏縁により諸大名の寄進にて本殿等の造営が成り、江戸中期を代表する華麗、精緻な技巧 によって完成された。
(昭和五十七年八月二十七日付にて県指定重要文化財となる。)全国に祭祀されている東照宮社殿 四百余の中、最もすぐれた建造物と高く評価されている。
境内の乾(いぬい)の地に東照宮は造営されている。本殿の前面に拝殿、唐門を建立し、当時は更に 本地堂、水屋、等の建物も造営された由であるが、現存するものは前記の三棟と本殿周辺の透塀である。
・佐野市観光物産会館
佐野厄よけ大師入口正面にある物産館です。お土産用佐野らーめん、そば、耳うどん、お菓子、地酒、天明鋳物・桐製品などの伝統工芸品、厄よけ土産、さのまるグッズ、地元で採れた新鮮野菜など、幅広く取り揃えています。まちの情報コーナーでは、佐野市内の観光パンフレットを数多く取り揃え、観光の拠点となっています。