【白石城】伊達家臣片倉景綱の居城「大坂の陣」討死の前日に真田幸村が片倉重長に託したものとは?
白石城の記事はこちらhttps://studio-kuruwa.com/archives/3732
この動画ではさまざまな説の中のひとつを採用しています。
宮城県に入ってすぐにあるのが白石城です。美しくそびえるのが大櫓。実際は天守ですが、代々城主を務めた片倉家は主君伊達家に遠慮してか大櫓と呼んでいました。この美しい建物は現代(1995)になって再建されたもの。当時と同じ木造で、もちろん内部にも入ることができます。一の門と二の門も再建されており、大櫓最上階からは本丸への巧妙なルートを見ることができます。
大櫓の一階に鎧が並んでいます。その中に六文銭のものが。上田でも大坂でもない白石に真田の鎧。実は白石と真田家にはとても深い結びつきがあったのです。
それは大坂の陣のとき。真田幸村が討ち死にする前に、自分の子供たちを片倉の陣にひそかに送り届けたという話が伝わっています(諸説あり)。幸村の子供たちは白石に送られ、そこで暮らすことに。後に娘は片倉重長の妻となりました。もちろん真田と伊達の家臣である片倉は敵同士。夏の陣での戦いを通して、幸村は片倉家に自分の子供たちを託すことを決めたのかもしれません。伊達政宗、片倉景綱・重長、そして真田幸村と戦国のスーパー武将たちのエピソードが交わる地、それが白石なのです。
11 Comments
札幌白石区役所の1階の展示みてきたら如何でしょうか。
もう25年くらい前に行きました。友人と仙台に行ってその帰りにふらっと降りた白石から歩いて行ったと記憶してます。
大櫓から下を望むシーンを見て、そうだ、こういうルートで行ったなぁと。まだ再建して数年で人も少なかったですね。また行ってみたいです。
石巻市の西光寺には白石真田家の子孫の方の墓がありますね。
仙台には天守がないのに白石には大櫓があるのが面白いですねえ。
以前尋ねた時、再建櫓が眩しかったことを思い出しました。動画有り難うございます。
やっぱり片倉景綱っちゅうより片倉小十郎って呼ぶ方がしっくりくるわ
御殿も再現して欲しいな…かっこいい城ですよね。白石は出張でしか行った事がなく、お城も遠目で見ただけ。ゆっくり行ってみたいです。
伊達の双璧好き
まぁ北海道方言が特に北海道南部が
ほぼ宮城仙台由来なのを北海道民は基本知らないでか知ってか?強烈に否定するのが滑稽だよね
ゴミを投げるやめんこいとかこわいとかもろに宮城方言なのにね
まぁほぼ出来レースと真田家と伊達家は認めてるよね!
伊達の味方撃ちとの揶揄と真田との半端な戦闘は普通に分かるよなぁ
そもそも伊達家は茨城から福島そして米沢岩出山会津若松仙台
そしてこれは出来レースだと言う事がエピソードからも分かるよなぁ
わざわざ東軍には侍は無いと語り残るエピソードからもわかるでしょうに!
何故なら伊達は後後藤又衛を鉄砲隊で撃ち取ったその後が真田との対峙
そしてその前は伊達は味方撃ち
画策してんだなコレがこの戦闘の動きをみてりゃ普通に分かる事さ
味方撃ちと又兵衛首の伊達と真田の対峙の後に真田の突入だからね
そして子孫は片倉へ
伊達はそもそも母毒殺逸話も嘘だしね
加増もわずかに終わるのは上杉にちょっかい出したから家康ご立腹出ではない事がこの時系列で普通は気付く物さ
女子は片倉家に嫁ぎ 男子は伊達家家臣になってるのだから 密か では無いですね