木村静彦翁銅像 圓鍔勝三作 広島県東広島市西条町西条268 #広島 #広島県 #東広島市 #神社 #西条 #御建神社 #氏神 #歴史 #観光 #八幡 #四日市 #疫病 #素戔嗚命 #酒造協会
木村静彦翁銅像 圓鍔勝三作 広島県東広島市西条町西条268 #広島 #広島県 #東広島市 #神社 #西条 #御建神社 #氏神 #歴史 #観光 #八幡 #四日市 #疫病 #素戔嗚命 #酒造協会 20240613 @akibingo
木村 静彦 像
(広島県 東広島市西条町 御建神社)
建設年:昭和63年
分 類:事業家
作 者:圓鍔 勝三
木村 静彦(きむら しずひこ)
(1864年-1904年)
酒造家・事業家 賀茂鶴酒造株式会社の創設者
賀茂鶴酒造株式会社の設立者であるとともに、「軟水醸造法」を世に広めるために尽力しました。
個人による酒造業がほとんどであった大正7年(1918)、静彦は大資本を投じ、賀茂鶴酒造株式会社を設立し、三浦 仙三郎が生み出した醸造技術を広めるため、醸造技術者養成所として、西條酒造学校(現:福美人酒造)を創立しました。
さらには醸造技師の橋爪陽を場長とする県醸造試験場の清酒支場という、近代清酒造りの研究所を設立した人物でもあります。
「広島の日本酒ホームページ」から
[銅 像]
昭和3年(1928年)西条町が当時の彫刻界の大家、建畠大夢先生に委嘱して銅像を建設しましたが、昭和18年(1943年)国のために供出し、代わりに石碑を建立しました。
現在は、昭和63年(1988年)圓鍔勝三先生に委嘱して同型同大で再建した銅像がJR西条駅北側にある御建神社の参道脇に鎮座しています。
[木村静彦翁 銅像物語]
木村静彦翁は、酒造家として品質の向上・ブランドの維持や販路の拡大など経営面においてその才能を発揮するだけに止まらず、地域の発展にも尽くしました。
税務署庁舎建て替えの際には私財を投じ、地元神社・寺院の修繕・改修への寄付、さらには大規模災害への義援金など、公共事業、教育、社会福祉事業に至るさまざまな領域において貢献しました。1928(昭和3)年1月5日、武田智順氏、石井群造氏、木原淳二氏、光野義男氏の4人が発起人となって、静彦翁の銅像建設案が提示され、同年1月11日の西条町議会で満場一致で可決されました。
同年3月、東京美術学校教授で帝国芸術院会員だった建畠大夢氏が西条に滞在し模型を作成。
同年10月7日に盛大な除幕式が行われました。
銅像建設案の提出から銅像除幕式までわずか10カ月。
短期間で多額の建設費が集まったことからも、木村静彦翁の業績がいかに地域で広く認められていたかを窺い知ることができます。
しかし、この銅像も戦争の渦に巻き込まれていきます。
第二次世界大戦中の1943(昭和18)年4月、物資不足に貢献するため、銅像が軍事供出されたのです。
そして、終戦から43年たった1988(昭和63)年。
再び静彦翁像は甦ります。
賀茂鶴酒造の法人設立70周年事業として、日本芸術院会員・文化勲章受章者の圓鍔勝三氏に依頼し、当初の銅像と同型・同大で再建されました。
建畠大夢氏アトリエにて制作中の木村静彦翁像
木村静彦翁の銅像完成除幕式(現・御建神社境内)
多くの地域の人々がここに集った
軍事供出/木村静彦翁本人が、戦時下の物資不足に貢献するため供出を申し出た像の右肩から出征を表すタスキがかけられている
「賀茂鶴ホームページ」から
御建神社の境内におられます。
羽織袴を着た立ち姿で、坊主頭と円い眼鏡が特徴的です。