谷保天満宮【東京・国立】が菅原道真とスゴイ関係!奇跡の連続で生まれた神社を18分で完全解説!

こんにちはひれですヤボ天満宮をご紹介し ますどうぞよろしくお願いしますヤボ 天満宮東京都国立市にある東日本最古の 天満宮をご紹介この野暮天満宮はJR南部 線のヤホ駅から徒歩役3分そして東京の大 動脈国道20号公州街道沿いにございます この神社の名前ですが正式にはヤボ天満宮 というのが正解ましかしJRの駅はヤホー と濁らないです今でははヤホが一般的なん ですが元々は野望というのがこの辺りの 地名でした今回この動画では東日本最古の 天満宮であり交通安全祈願発症の地でも あるヤボ天マグーをご紹介しつつそもそも なぜこの場所にこの神社ができることに なったのか歴史の観点から解説をしていき ますまだってねご西人は皆さんご存知の 菅原の道田猫福岡の打不天満宮が本家です よねその辺の謎を国立市の歴史を見ながら ご紹介いたします後ろはのですけれどもね 気持ちいい森の中に入ってきましたここは ねヤボ天満宮とことで最寄りはえ南部線の えヤホ駅なんですけどここのあの集落の 地名がヤボというのがえ元々の名前なので えここの神社もヤボ天満宮というのが正式 名称ですまずは手水車でお清めをしていき ますさこう後ろが手水車で階段降りた ところにま本殿があるんですけどもお 気づきの通りですね私この後ろの公衆街道 からえずずと入ってきてですね坂道を若干 下ってくような感じなんですそしてここに はこんな感じで階段があってですねなんと ですね本殿はあそこのトトリのところから ですねずっと下がっていったところに ちょうどあの辺りにま本殿があるんです この形状はね非常に珍しいですねま下がり 宮と言ったりしますけれども例えばあの 出雲大社なんかがそうなってますね入り口 の大きい鳥をくぐってから本店までずっと こう坂道こう下ってくみたいなまここも こんな感じでずっと下っていくまこれがね 野望天満宮なかなか面白いところですね 非常にご利益があると思います階段の 向こう側が入り口だった甲州街道方面本殿 があるのがこの経済の低い場所ってことで 珍しいま夏場は涼しくて気持ちがいいです よねさあ降りてきまして奥の方が配電と 本殿です5祭人は菅原の道光と菅原の道た 校実際に存在した人間が神様になっている のがこの神社まとりわけ道たさんこの方が 5祭人になってるのはおそらく唯一ここ だけではないでしょうかまこの後じっくり 解説してまいりますまずはハデにお参り からです私も学問の神様にあかりたいもの でございます経来には座がいますこれも 天人さんとか天満宮には必ずございますね 菅原の水田子が亡くなった後義者に乗せて 埋葬場所に向かっていましたまところは牛 さんが途中で座り込んじゃったまきっと そこがね道田コが望んだ場所に違いないっ てことでまそれでできたのがザフ天満宮ま それ以来牛は神様菅原の道のお使いとして このように置かれていますこのように石で 掘った座魚もありましてこれも結構珍しい です可愛らしい顔してるけどね作られたの は昭和48年と書かれていますま意外と 新しいんですねさこちらがね今お参りした 配電そして後ろの方が本殿になっています 私ですねいつも皆さんにお伝えしてるま 神社はですね是非あの横から見るのがいい ですよってことなんですねこっちの配電 からこうずっと当たり廊下を伝ってここに 今本殿があるんですね長細い形をしてるの がやっぱ神社の特徴ですよねまこういう もの見れるのはやっぱ神社建築の面白さ ですしあの横から見てみるっていうね ちょっと違った角度からの神社物化めくり みたいなまこれもすごく面白いと思います こちらが本殿神様が実際にいらっしゃる 親しです屋根の形ですが前側の方が長い ですよねまこういう作りを流れりと言い ます横から見た神社面白いですよ本殿の すぐ横にはこんなのがありましたタリー号 低シャバボックス昔の車みたいですねタク リーゴは1902年に日本で初めて作られ た自動車でアリス川の宮に納品されたもの のレプリカらしいですいやそれにしても 神社にクラシックかこれってどういうこと なんでしょう かまそこで再びハデの前に戻ってくると 交通安全祈願発症の地位という看板ま今で はどこの神社でもやっている当たり前の 交通安全祈願ですが実はここ野暮天満宮が 発症の場所なんです1908年明治41年 8月1日アリス川宮武仁新王が日本で最初 のドライブツアを開催しましたその目的地 がここ野暮天満宮宮様一行は到着すると 商談参拝をして昼食会を行いました故障や 事故もなく無事に東京にお帰りになったと いうことで交通安全繁勝の地となったわけ ですなんとね形代の横には見事なバリがね こういう形でありますよま菅原の道湖と いえばやっぱりバリですからえここのヤボ 天満宮にもこんなに立派なバリンが広がっ てます横のとこ見るとねこんな感じで売店 出店なんかもあるみたいなんでまちょっと ねこう癒しの場みたいな感じで使えるん じゃないでしょうかバリンの入り口には こんな看板もあります懸念撮影ボードが あるみたいですねそれにしても立派なバリ ですお天気のいい日はお散歩気持ちいいな 2月3月の頃はお花見最高ですよこれ撮影 した5月はこんな感じで梅の実がたくさん なっていました5祭人である菅原の道田猫 は梅の花を愛していまして天満宮には大体 梅の木が植えられているんですおっと見え てきましたよこれが記念撮影ボードかな台 の大人が年がもなくねこういうことやり たくなっちゃうんすよもう最悪ですねこれ ねまそれはさておきましてこの日は しっかりご紹介いたしましょうアリス側の 宮って書かれていまして間違いなくここに 来るまでやってきたわけですお隣には明治 41年の遠乗り会の案内もありますまそう いう意味でここの神社は本当にご優勝 正しい神社なんだってことが分かり ます経来を少し歩いてみますと本殿の後ろ に小さな親しが見えてきましたまこっから はねこの神社がなぜできたのか歴史を 深掘りしていきましょう私ねいつもお話し しているんですがお寺や神社の歴史を 深掘りするとその地域がどんなところだっ たのかまこれが分かってくるわけですま それでご紹介したいのはこの城ではなく その隣にあるこっちにある小さな城これ ですこれは津三郎ため森を祭った親し津 三郎はヤボ天満宮をこの場所に作った人な んです実はこの人物平安時代末期源の呼友 の巨に一番最初から従った武士石橋山合戦 にも友方として参加鎌倉幕府を支えた人物 なんですそしてこのというお家が野暮の 漁師であり天満宮の神主でもありそして 菅原の道光の子孫なんですちょっとだけ 失礼してねめくってみるとこのようにサブ ロデという風に書かれているのが分かるか と思います裏側を見てみると文化13年 日馬と書かれています江戸時代末期にこの 親しは作られたようですね再見と書かれて いるのでもしかしたらもっと昔からこの 場所にあったんだと思いますさあ都三郎 ため菅原の道の子孫とお話ししましたが彼 から遡ること7代前演技3年正暦901年 に野暮のアジ都貞森を突如上品な方々が 訪ねてきました連れのものから事情を聞く とこの若者は菅原の道ただということが 分かった弱い8歳この子供が菅原の道校の 3だったんです道が財にされその子供たち は各地に追放されてしまったこの大事件は 日本中みんな知っているもちろんアジで ある都貞森もしかし彼はこの高きな子供を 道の三難という存在を隠しながら貢献人と して養育していったのであります道たが 野暮にやってきて3年目の春菅原の道が打 布で不遇の死を遂げたという知らせが届い た道たは父の姿を思い出しあり合わせの 木材で実の像を掘り始めたのですそして できたのが一期の座像毎日毎日神座に置い て礼拝をしたのでしたこれを見た津藤貞森 は道たの親高校心に心打たれ玉川の中須 いわゆる天神島に小さな祠を立ててこの像 をお祭りしてあげたんですやがて道たは 15歳で元服すると津貞森の娘と結婚し 子供を儲けたそこから6台くらったのが 先ほどご紹介した都三郎ため森漁師として 力をつつけたのもあって天神島から今の 場所に神様を移したわけですまこれが野暮 天満宮の始まりということでしたえ少し だけGoogleマップを見てみましょう 古代のこの辺りがどんなところだったのか ちょっと想像してみてください現在の国 立ちは立川男球青柳男球武蔵野男球の間に またがっています男球の間には崖や谷が あり脇道の出る場所が無数にありました そこで農業をしたり生活をしていたという ことで水は大切な資源です谷を保つと書い て野望と読むのは谷のおかげでこの土地が 栄えたことを示していますまた府中には 古くから克服が置かれていましたから野暮 は集落が発達しみんなが内神を祀って 暮らしていました先ほどご紹介した津貞森 もきっと立派な屋敷を構えていたこと でしょう子孫の都度三郎ため森もまたより との気いとしてたくさんの土地を持ってい たことでしょう地理的なメリットがこの ヤボ天マグを産んだんだというそんなお話 でございまし た水が豊かな場所だというのがよく分かる 場所がありますまず1箇所目は正大の中心 部階段を降りたところにあります崖を伝っ て水が流れ落ちるのがよくわかり ます2つ目は本殿からさらに奥にあります 島神社と 弁天池ご覧ください 綺麗な水がゆらゆらと揺らいでいるのが 分かりますでしょうかこれは水が分れて いることを示しています透明ですみ切った 美しいお水 ですさこの伊島神社のところなんですけど まあねご覧の通りこの水の綺麗さですよ この本当綺麗なこ水のこの池がこの伊島 神社の周りをこうやって囲んでるんですね でこれがこの神社のも非常に面白いところ でもあるんですこのヤボという地形谷を 保つという感じなんですけどもこの谷合の ところにあるこの清水なんですつまりこの 辺りはですねこう山が周り給料地があって でその間のこう谷のところにこのヤボと いう場所があるんですてことは山から流れ てきたこうお水がねこうやって清水として こう湧き出てくるまそういう場所だって いうのが分かり ますじゃこの島神社の横こんな感じでこう ねこ道があって奥にこ行けるようになっ てるんですねこの細道をまずっとせっかく なこ行ってみましょうこの先何があるん でしょうかっていうのはねなかなかご注目 です弁天池をぐるっと向こう側まで行って みましょうますると看板がありました時の 清水さ歩いて30秒ほどですけどねここに その時の清水と言ってですねこんな感じで 下に降りるようここがいわゆる脇が出てる 場所先ほどは後ろにあったですね恋たちが たくさんいるあの清水のところそれがね このね時の清水という場所から湧き出てる んです神社というのはその地域の歴史や チリと深く関わっているんだってことが よくわかりますさあこの道がねちょうど 神社の南側旧甲州街道を今歩いてるような 形になりますけれどもねこっち側だから 神社なわけですで今僕はから西に向かって 歩いてる感じですけどこうすぐ横にもこう やって清水のこう川が小川がずっと流れ てるんですこの先までこうずっとこうやっ て流れてますよねまあなんかそういう ところも感じるとこの水の流れみたいなの がすごくここ気がいいっていう感じがし ますよねま何にもないただの住宅街です けどもまここがね昔は公衆街道でこう新宿 の方に向かってこう歩いていく道なんだて いうこねそう物思いにこうふけりながら 歩いていくとまたなんかちょっと感動も 等しだっていう気はしますよよしそしたら を出てですねちょっと野暮の集落を歩いて みようそしたらもうちょっといろんなこと が分かるかもしれません今度は神社から 北向きに歩いて現在の公衆街道の方を 目指してみます地下道があるんだねま ちょうどこっちの方に国道20号公衆回路 が通っててこれ渡ると反対側に行けんのか なよし行ってみようさ地下道反対側に来 ましたちょうど後ろねあっちの方がえ野望 天満宮があってえこっちが新宿府中方向で こっちが八王子方向なんですけどちょっと 八王子方向に歩いて行ってみましょうま 少しねこのヤボ天満宮のこ名残りが見て 取れると思いますので最後になりますが 現在にも残るヤホの歴史ということで清水 の茶屋跡と滝のインの2箇所をご紹介して 終わり ましょうさあまずはここですね清水の茶屋 ということでですね江戸時代にはこの辺り にねあの茶味線があったんです 清水のチヤと公衆街道の茶店なんですが夏 には冷たいそめやおそばを出していたって ことで有名この場所が水が着れる土地なん だってのがわかりますえ再び地下道の ところに戻ってきました後ろのあちらが ヤボ天満宮なんですけどもかつてこの野暮 天満宮はですねえっと別当寺というのが ございました別当寺というのはかつてです ね日本の昔のえ宗教だったんですけれども えお寺のお坊さん武器のお坊さんたちがえ 神社の経営に関わるっていうのはそういう のが一般的だったんですでその経営に 関わっている神社の中にあるまお寺のこと を別当寺という風に言うんですけどもこの ヤボ天満宮はですねえ安楽寺というお寺が 別当寺を務めていましたでさらにえ6つの そのお坊さんたちが住んでいるま ちっちゃなお寺みたいなのがあってえその 6棒がえこの野暮天満宮の経営に関わって いたんですで今はですね残念ながら廃物着 の影響でその別当寺や六甲はなくなって しまったんですけどもま1個だけですね まだ形を残しているところがございますえ そこはちょっとね訪ねてみたいと思います けどもそれがこちらでございますもう歩い てすぐですけどねじゃんとこんな感じで滝 のイという風に書いてありますここはです ねまお寺なわけですね後ろにお墓も たくさんありますけれどもここが昔その 野望天満宮をですねま経営に携わっていた まお坊さんたちがま住んでいた場所だと いうことなんですま今でもちっちゃい形 こんな感じの本道がありますけども平重の ご住職とかはいないようですねあくまでも ま物弾が置いてあるご本尊が置いてある だけのまちっちゃなお寺になっています けれどもまここにねきっと昔はお坊さんが 住んでいたんでしょうそしてえあっちの ヤボ天満宮の方に行って何かこう経営をし てたりとかえっと祭祀をしていたとそんな ようなところになっています滝のイという ことでこの場所で新物集合の名残りを見る ことができます 最後にですねこのヤボ天満宮が元々あった 場所まそこをねご紹介してみたいと思い ます今ここの住所は国立ちなんですがお隣 のね府中の方までちょっとまたげます大体 1.5kmぐらいの距離ですのでま車で ちょっと移動してまた撮影をしたいと思い ますヤボ天マグーから大体1.5km日清 稲荷神社にも訪れてみました菅原の道の3 南菅原の道たが作った父親の像から始まっ た天宮領主であり保護者でもあった都貞森 が府中の天神島に祠を作ってあげました その祠がやがて鎌倉時代の子孫の手によっ て今の野暮天満宮となったわけです野暮は 豊富な水のおかげで農作物にも恵まれまし たそれが都という漁師を生むこととなり 豪族に助けを求めたのが菅原の道た あらゆる偶然が重なってできた神社という ことがお分かりいただけましたでしょうか やってまいりました府中市日清町という ところですがえここがおそらくですね かつて野望天満宮があった場所と言われて いますこの場所は昔は天神島という地名に なっていてちょうど玉川の中須があった ところなんですま昔はね玉川がもっと抱こ してこの辺を流れてたんでしょうそして ここがちょうど中須になっていて空いてる 土地だったんでまここに祠を作ったとま そんな経緯になってます確かにここには ですねえ野望天満宮八生地という形で書い てありますまここがねまこの辺がおそらく え最初にできた祠だったんでしょうねま そう思とこう街歩きみたいなのとこう神社 の歴史ってのは繋がっていて本当に面白い なと思いますヤボ 天満宮公衆街道沿いに立つ一見小さな地元 の神社でしたがいかがでしょうか神社の 歴史を深掘りしていくとこの地域で起きた 出来事を一通り眺めることができます を是非訪れてみてはいかがでしょうかこの 動画が面白かったら高評価ボタンコメント もお待ちしていますまた次の動画でお会い しましょうそれではまた

♦谷保(やぼ)天満宮
 ◎住所:東京都国立市谷保5209
 ◎授与所営業時間:9:00~16:50
 ◎アクセス:JR南武線谷保駅から徒歩約3分

♦参考文献
 『多摩の歴史3』 武蔵野郷土史刊行会編 明文社

神社仏閣アドバイザー、元・大手旅行会社社員です。「旅をしながらお寺や神社にお参りしよう!」「お寺や神社は知識の宝箱!」をキーワードに聖地巡拝ツーリズムを提唱しています。

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10 Comments

  1. 動画越しでも風の音、水の音の心地良さが伝わってきます。東京に住んで14年目でも知らないことばかりですが、だんだん「Tokyo」より「Edo」を感じるようになってきました。寺社仏閣はその土地の歴史、生活、文化を背負っているんですね~。谷保天満宮さん、参拝に行ってみようと思います!

  2. 先日は、楽しいライブ配信をありがとうございました!

    谷保は駅名では知っていましたが、とても立派な歴史のある神社なんですね、わかりやすい説明で面白かったです。機会があったら行ってみたいと思います!

  3. 私が参拝したときに下り坂で本殿が横に見えたので脇参道から入ってしまったかと思ってしまったが、他の参道も無い様なので随分変わった構造の配置だな…という印象でした。放し飼いの鶏が記憶に残っています。弁天池や泉については全く知りませんでした。非常に参考になりました。久々に参詣に行ってみたくなりました。UPありがとう
    ございました。

  4. hideさん多摩地域の古き良きスポットの紹介ありがとうございます🙏✨✨✨
    後日谷保に行って来ます😊

  5. 重要なのは、本殿の後ろの小さなお社を見つける事なのですね。
    今まで、本殿だけをお参りして来たので、別の楽しみが湧いて来ました。
    本当の歴史を知りたい私は、とても勉強になります。
    新緑の爽やかさと谷の清水が美しいですね❤

  6. 府中市民ですが、2年前谷保天満宮で梅を楽しみました。日新稲荷神社のお話は初耳で非常に興味深く拝見させていただきました。

  7. 以前に行った時は、お参り、御朱印を頂いた程度でした😅ヒデさんガイドでこんなに見所があったんだ!と知り、また行ってみようと思います。あじさいも楽しめそうですね😊

  8. ご無沙汰してます、日新稲荷は会社の裏ですので毎日の様に前を通過しています、今度きちんとお参りしてみます。

  9. お久しぶりです。先日、高野山で結縁灌頂行ってきました。
    五鈷杵を買って、とうとう密教徒になります。

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