北の大地を守護する北海道総鎮守の春の絶景:北海道神宮(Hokkaidō Jingū | One of the best places to view cherry blossoms in Japan)
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▼チャプターリスト(目次)
0:00 オープニング
0:26 社号碑、表参道
1:12 手水舎、神門
1:46 北海道神宮社殿
3:22 北海道神宮桜苑、梅苑
5:33 末社 開拓神社
6:24 末社 札幌鉱霊神社
7:00 三之鳥居周辺
7:30 北海道神宮頓宮(遥拝所)
どうも、管理人のヒロリンです。
今回は北海道札幌に鎮座し、北海道総鎮守として北の大地を守護し続けてきた北海道神宮(ほっかいどうじんぐう)を紹介したいと思います。
北海道の中心都市・札幌は、現在およそ200万人の人口を擁する大都市であり、観光地としても名高い町。北海道神宮が鎮座する風景も、市街地の賑わいの中、多くの参拝客が参拝する光景は今では普通となりました。
しかし、北海道神宮が創祀された当初、まだ札幌神社という社名だったころ、札幌には今見られるようなビル街や道路などは存在しておらず、暴れ川・豊平川を取り巻くように泥炭地帯が広がっており、開拓に際しての農場経営がようやく始められたという土地でした。
こうした土地は明治政府の樹立とともに、日本が近代化へと舵を切ったことで、「富国強兵」を掲げて殖産興業を推進し、蝦夷地から改称した北海道にも、本格的に開墾の鍬を入れるようになりました。
こうした潮流のなか、明治政府と明治天皇は北海道の開拓民を支える神社の創建を企図。大国魂神(おおくにのたまのかみ)、大那牟遅神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ)を御祭神に選び、「開拓三神」として祀ったのが、北海道神宮です。
(現在では明治天皇を御祭神に加え、四柱の神々を祀る社となっています)
開拓三神は国土経営・開発に関わる神々であり、北海道民の開拓三神に対する崇敬は篤いです。大国魂命は、出雲大社で祀られている大国主神の別名ともされていますが、同宮では国土そのものの神霊である大地の守護神とする信仰を持ち、開拓民が心を寄り添わせるにふさわしい神としています。
大那牟遅神は大国主神とご同神。須佐之男命(すさのおのみこと)の子、もしくは子孫としい、各地を巡って国土開発にいそしみました。同時にまじないや医薬、農耕といった知識を広め、人々の生活の基盤を支えています。
その大国主神の協力神が少彦名神。神産巣日神(かみむすびのかみ)の子であり、海の彼方から天乃羅摩船(あめのかがみのふね)に乗って現れました。体は手のひらほどに小さいですが、医薬・酒造の知識などで活躍しました。
北海道の大地を大国魂神と称え、開拓を導く神として大那牟遅神と少彦名神を祀り、これを開拓三神として称するのが北海道神宮です。
ところで、この開拓三神を祀るにあたっては珍しいエピソードがあります。北海道神宮は明治二年に皇居外苑にあった神祇官の庁舎で行われた「御鎮斎」によって創建されました。このことが日本に八百万ある神社の中で北海道神宮をとてもユニークなものにしています。
そもそも日本の神社は古来よりそこに「あるもの」で仏教寺院や教会のように新たに建立されるものではないです。しかし、北海道神宮には神社をもともと蝦夷の地だった場所にゼロから神社を誕生させるという特異ななりたちがありました。明治になり神道の復興がすすむと新たにつくられる神社も出てきましたが、その創設の祭祀は神社が建てられる場所で行われるのが通例です。北海道神宮のように神祇官の庁舎で行われた例はこれ以前にはありません。
東京の神祇官の庁舎で誕生した開拓三神は品川から船で函館へ。そこから小樽へと経由し、明治2年12月に標高225mの円山の麓、札幌の大地へと到着しました。
北海道神宮の境内は広大で、その面積は約18万m2。広大な境内には緑があふれ、エゾリスやキタキツネなどの野生動物が生息しています。また札幌きっての花見スポットとしても有名で、境内には約1400本の桜と、約250本の梅の木が存在。同宮が春を迎えると桜と梅が同時に見ごろとなり、全国的にも珍しい光景が広がる光景は圧巻の一言です。
同宮は創建時から北海道一宮の扱いを受け、大正2年には伊勢神宮の外宮正殿の古材で新たに神明造の社殿を整えました。この伊勢神宮の古材下附は、北海道神宮が初の事例だったといいます。
しかし、こちらは昭和49年に放火で全焼。現在の社殿はその4年後に再建されたもので、シンプルさのなかに言い知れぬ生命力が宿るものとなっています。
The Hokkaidō Jingū is a Shinto shrine located in Sapporo, Hokkaido, Japan. Sited in Maruyama Park, Chūō-ku, Sapporo, Hokkaido, the Hokkaido Shrine enshrines four kami including the soul of the Emperor Meiji. A number of early explorers of Hokkaidō such as Mamiya Rinzō are also enshrined.
In 1869, by an order of the Emperor Meiji, a ceremony to enshrine three kami (Shinto deities); Ōkunitama, Ōkuninushi, and Sukunahikona, was held in Tokyo. They were enshrined as the three pioneer kami (Kaitaku Sanjin), and they were later moved to Sapporo by officers in the Kaitakushi, the previous government of Hokkaidō prefecture. An interim building of the shrine for three kami was constructed in 1870 in Sapporo, although its location was different from the current point where the Hokkaidō Shrine stands. In 1871, the shrine was erected in its current place and named “Sapporo Shrine” (Sapporo Jinja), and on September 14 an inaugural ceremony was held.
The three pioneer kami were important in the development of a “pioneer theology” which was significant to the early development of State Shinto.
In 1964, Sapporo-jinja was renamed the “Hokkaidō Shrine” (Hokkaidō Jingū) and officially upgraded to one of the Kanpei-taisha, meaning that it stood in the first rank of government supported shrines. The soul of Emperor Meiji was also newly enshrined there in 1964.The building was destroyed by a fire in 1974, but was later restored in 1978.
6 Comments
ありがとうございました😢とても素晴らしく感動しました。
今月、北海道に行くので、もしかしたらこちらに参拝もできるかも⁉と思ったのですが、
全く行けそうにない距離でした😢(知床に行くので…)
北海道は広いですね💦
桜と梅が一緒に見られるんですね🌸いつか参拝してみたいです⛩✨
社殿も桜も素晴らしい。雪景色だともっと幻想的なんだろうけど。
本当にいつも素敵な景色を見せていただきありがとうございます。昨日ふと全ての一ノ宮を確認していたのですが自分自身が訪れたことのある一ノ宮は21社でした。日本に鎮座している一ノ宮はとても素晴らしくたくさんの人々に崇敬されている神社なので出来る限り訪れてみたいと思う反面、一ノ宮でなくとも素晴らしい神社がたくさんあることも事実です。絶景であったり歴史の流れを感じることができたり神社を通じていろんなことを学ぶことができています。私たち現代人がが産まれる前からその地にゆかりや歴史、風土があり、当時の人々が繋いできたものを私たちがまた次は繋いでいく。容易なことではありませんがこれから先たくさんの神社や思いが後世に永く受け継がれていくと素敵だなと思います。
10年位前に神社に興味も無かった頃はこの近辺を遊び回って居ましたが、一の宮巡りを初めて5、6年経ちますが中々お呼ばれする機会に恵まれません。いつかはお参りさせていただきたいです。
やはりブレのない動画は美しいですね~🎉🎉🎉❤