10 甲州街道(石和宿~韮崎宿)歩き旅 旧街道ウォーク 歩くんです。

改めましておはようございますやまです
ここはね公衆海道
いわしで前回ね現在の笛吹きがを渡りまし
たがかつての笛吹はこの宿場の諏訪内
あたりを流れていまし
たちなみにこの諏訪内あたりを描いたのが
北斎の不学36系伊沢赤月
ですがねこの辺りの街並も笛吹川の大洪水
で失われてしまったよう
ですさて今日はこの伊沢宿から甲府柳町宿
そして二崎宿まで約20km歩き
ますちなみにこの宿場を出ますとすぐに
甲府に入るようですそれでは参りましょう
[音楽]
[音楽]
え公衆街道はですね実は当初は江戸から
興風まででしたでその頃にはね風柳地は
なかったんですでその後は下諏訪まで延長
されましたでそれからね甲府の柳町に宿場
町ができたということ
ですちなみに今歩いてる甲府までの道は
江戸城が攻撃された時将軍が半蔵門から
甲府条へ避難することを想定して整備した
と言われています
[音楽]
あなんかお祭りしてます

同人はあこの丸石が同人なん
だそういえば前回もこんな丸石ありました
よね本当にじゃあさこの辺の同窓人って
みんな丸いってことか
なあところでねえこの先のね山崎ササと
いうところで内藤で分れた青梅街道と再
合流しますあの公衆街道にはね勝ち渡の
鶴川の私がありましたねその鶴川の私を
経営してね青梅街道行くちゅう人も結構
あったそうでございます
[音楽]
はいこの交差点がね山崎3ですので青梅
海道はこの右から来る道ですねあ渡っ
ちゃいましょうかでか合流しちゃい
ましょうはいということでこの山崎ササで
青梅海道と再合流しましたよ
ところで鶴川の私が経営された理由はま
勝ち渡でしたので水位が高い時には川止め
になる可能性があったからですが実は1番
の理由はあそこの私人足がねぶっちゃけ
やかだったからのようですとにかくベボな
私を請求したんですよ5代目市川海老蔵は
100両かけられたそうですよおそらく
断ったんでしょうね残を川に突き落とされ
たそうですまそんなおしいところでしたの
で実は公衆街道1番の難所は鶴川の私だと
も言われたそうですさ次行き
ましょうさて甲府柳町区区は甲府場の
城下町にありましたま城下町はね行さの町
のま集合隊ですその中の柳町に宿場機能が
集中していたので甲府柳町
宿でこの先にね真がありますそこが上岡町
の入り口です
[音楽]
[音楽]
はい城下町に入りましたちなみにですね
これがえっと江戸時代の甲府五浄化のエズ
です現在地はここです柳町地区はこの辺り
で次ののに現加駅がありますが加というの
は真の別名
[音楽]
です
あれあのね柳町宿ありはね今は柳町じゃ
なくてね中央4丁目になってます柳町は
なくなっちゃったようですよ
ええあでもね宿場の中にね柳町大神宮って
いうのが残っておりますのでまここへ着い
たらね柳町宿到着とし
[音楽]
ましょうはい宿場町に入ってますでこちら
がねえ柳町
大神宮なくなった柳町はねこちらの神社の
名前に残ってますはい書いてますね柳町
大神宮ということで風柳地に着きまし
[音楽]
たはいこれ右
ですでこの辺りで宿場町はおしまいですが
城下町はねまたもうちょっと続きますさて
次はこっから約14km先の二崎宿結構
遠いです
ねがま途中のね下今村がね建場休憩場だっ
たようですまね明治天皇はその手前の竜王
シ町いうところで休憩されているよう
ですH
[音楽]
[音楽]
[音楽]
はいこっから開始に入ります
でこの先の竜王新町からね球道に入ります
でこれまでね街道は西江西江と向かってき
ましたがその竜王新町から街道は北に
向かい始めます
[音楽]
あ見て丸石同人かなあでも同人とは書いて
ませんねなんて読むんだろう
これあここに書いてます
わこの字
です巷たです
ねま巷というのはね道交差店道です
つまりこれはの神様同人ですねということ
でここにも丸い同人がありました
[音楽]
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ねこの先がね下今村ですがこの辺りはね
元々荒れ地だから集落なんかなかったそう
ですでねあの新元が他のとにあった集落を
素を免除してあるからこっちおいで言うて
ね引っ越しさせてねこの辺りをま開拓させ
たんだそうです
[音楽]
えっとですねこの辺りまでが下今村のよう
ですねあの下にもね丸い同人がありました
よあチーキさんここにもあるわほらほら見
てしかも2段
がねいろんな形があるんですねさてさて
この先ですねこのJRの下をくぐって右へ
行きますするとねそっからえっと剣道6号
線になります
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[音楽]
[音楽]
[音楽]
[拍手]
ここにもうね同窓人ああここはね丸石で
丸石を支えてます
ねあそこにもね丸い動素人ちょこちょこ
ちょこちょこあるんですねわていうかこの
奥の鳥めっちゃ降る
[音楽]
[音楽]
ないはい動に戻りましたよでこの先ね塩川
を渡りますでその橋の手前からね紫市の
ようですねでね足を渡って右に行きますで
そっからね約1kmでミシに着きます
[音楽]
[音楽]
はい三崎地に入りましたでねもうここがね
宿場の本陣後のようですねあ石碑があり
ますよ三崎宿本陣の後ということで三崎宿
まで歩いてまいりまし
たはい一瞬ねやばいなちゅうとこもあった
んですけどもま大丈夫でございましたで
このニサは塩川と釜無川に挟まれています
のでかつてはね洪水が多くて人はんなかっ
たそうですがやっぱりね信玄さんの地工事
によって人が住めるようになりやがて江戸
時代には宿場町が置かれるようになったと
いうことですということでね今回はこれ
までですそれじゃあまた
[音楽]
ねJA

今回は、石和宿から韮崎宿まで歩きました。
甲州街道は、江戸から甲府までを「表街道」甲府から下諏訪までを「裏街道」と言ったそうです。
甲府にあった甲府柳町宿は、裏街道が整備されてから約30年も経った後に設置された宿場のようです。もしかしたら、表街道と裏街道は、当初は甲府を起点にした「別々の街道」という認識だったのかも知れませんね。

6 Comments

  1. 報告見ました、同じ病気です、よ分かります、めまいがすると言っても伝わりません、スイカ割りの、ぐるぐるバット状態が治る事なく何時間も続くと説明します、良くなったり悪化したり、キツイですね現状自分は杖をつけば1時間位は歩けますが状態が悪い時は杖ごと倒れます、好きなチャンネルです、無理せず頑張って下さい

  2. ご病気の話し聞いて、心配しています。ムリせず 旅を続けてくださいね。いつも元気なやんまんさんの旅姿を視ていたいですから。くれぐれもお大事に❗

  3. 体調が優れない中、20kmを歩かれて、心配しております。映像はいつも通り、楽しく博学なやんまんさんとチャッキーさんの見事なカメラワーク、
    テンポの良い編集で、楽しませていただきました。とにかく無理なさらず、体調第一でお願いします。我々ファンも気長に待ちますので、これからも宜しくお願いします。😮

  4. やんまんさんがうちの地元柳町を歩いている
    こんなに嬉しい事はないです

  5. お身体大丈夫でしょうか?心配しております。
    さて私も昨日石和宿まで歩みを進め、やんまんさん同様温泉♨️に入って帰宅しました。この後のお天気が良ければ5/5に韮崎宿まで歩く予定です。追いつけそうです。

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