みちのく雲水流浪、岩木山の夕日…地味な城巡りの後に絶景が待っていた、青森県青森市・弘前市、2019/10/03
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昨日は発行だから近年復元されて戦国船を
目当てにエジに抜けその後青森市周辺の
訪問地数箇所を回ったこの日の目的は以前
探せなかった青森市浪岡の北畑市初期の
館跡の現状館跡と大浦たのの津軽統一の
家庭での相南の城の平川市の高畑城跡だっ
た現状建の場所は以前来た時にほぼ特定し
ており写真も撮ってはいたが常態として
納得意もものではなく日没のために途中で
断念していたまた高畑城跡は以前探したが
その場所すら特定できなかっ
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た
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現状盾は波岡上司の東1kmほどのとろに
ある北畑神社の地だしかしその地にはま
新しいコンクリート製の社があるだけで
長官としての様子が見られないこの日の
訪問はそれが納得いこなかったからだ
北畑神社は住宅地とりんご畑が続く大地場
にありその台地への登り口に大町がある
今回は大飯町のある大地の生誕から
しげしげと北畑人の方向を眺めたすると
前回は見えなかった上官の様子が見える
感じが
するこの大地の南側には側が流れ側は斜面
になっている北畑神社に向かう道の左側は
骨が伸びており道を見下ろすくに見えてき
たこうなると神社への途中の左右にある
りんご畑も画然クアートに見えてきたこの
東西に伸びるおは北畑神社からは平坦に
なりこの地を四角とすればこの骨を
断ち切る空堀があるはずだと考えじの道を
さらに東に進んだすると不自然な南北に
走る久地があっ
た歴史好きなどたいもないものだこの
りんご畑の中を通る田舎道の大地は完全に
北畑市の盾に見えてきておそらくはここに
は柵が設けられあそこには見晴の矢がと
いう具合に思えてくるそれは高ではなお
一層ひどいことになっ
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た高畑城跡は住宅地のど真ん中にあった
その住宅地の中にぽっかりと開いた空地の
真ん中に曰くあげな祠がありその先の1段
高いりんご畑に調子費を見つけた平城で
あり一見しては激戦に耐えられる城とは
見えず周囲を
歩き回る常子費のあった尾行地の周囲は
複雑に入り組んだ腰水彫りがある
コンクリートの3面張りの腰水路はその
周辺部まで含んだ水堀だその間を走る風道
は武者走りだその周辺部は深い湿地で囲ま
れていただろうこの城は南部勢の主力軍を
撃退したのだ住宅地に囲まれたりんご畑の
中の3面張りの様子色の脇で鳥肌立て
ながらシャッターを切り続けたほとんどほ
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だ
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その後広崎市の赤子神社に向かった日が
短くなったこの時期これが今回の最後の
歴史散策になるだろうと思いながら
カーナビに従って走っているとりんご畑の
小高い山道に導かれた前山りんご畑でその
中を山に直通するコンクリート舗装のあり
えないほどの急な坂道だ不思議に思い
ながらもカーナビの指示の通り登り切ると
そこは浄水タンクだったおそらくはこの山
が赤子山で神社は反対側なんだろうと考え
車を回すとなんと目の前に美しく裾引く
岩木さんがあった夕日の絶好のポイント
だ当然あ神社の帰りにこの急な
コンクリート舗装の急坂を登り坂道の途中
に三脚を立てて岩木さんの裾に沈む夕日を
取り始めたこの赤子山は岩木さんの南東
およそ9kmの地点で岩木36まで遮切る
ものなく開けている逆に言えばこの地は
かなり遠方からでも見えているということ
でありこのりんごの出荷敷の夕暮れ時に
りんご畑のど真ん中の急坂途中に車を止め
ているちょっとやばいかもと思いながらも
この絶景を途中で諦めることなどできる
わけも
ないしばらくするとやはり不審者と間違わ
れたようで車が登ってきた車から降りてき
た地元の片らしい男性は三脚のカメラを
ちらっと見て岩木さんに沈もうとしている
夕日を眺めあとはこの地の自慢話を色々と
話してくれ
た今回の放浪はこの地が最後だった放浪の
神様は今回は最後の最後にこの一うへの
絶景を見せてくれ
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あ
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は
昨日は、八甲田から近年復元された千石船を目当てに野辺地に抜け、その後青森市周辺の未訪問地数か所をまわった。この日の目的は、以前探せなかった、青森市浪岡の北畠氏初期の館跡の源常館跡と、大浦為信の津軽統一の過程での争乱の城の平川市の高畑城跡だった。
源常館の場所は、以前来た時にほぼ特定しており、写真も撮ってはいたが、城塞として納得いくものではなく、日没のために途中で断念していた。また高畑城跡は、以前探したが、その場所すら特定できなかった。
源常館は浪岡城址の東1kmほどのところにある北畠神社の地だ。しかしその地には真新しいコンクリート製の社があるだけで、城館としての様子が見られない。この日の訪問はそれが納得いかなかったからだ。