中山道六十九次⑬ 自転車で行く 安中宿~松井田宿 スーツ旅行 切り抜き
[音楽]
宿場を出てから道が随分広くなりました
昭和9年3月建設門部将入ってるけど何を
建設したのか分からないよ立科があったん
でしょう
ね次の松井田までの間にもう1つ一立塚が
あります
この辺りも編名の浅山の大噴火で相当被害
が大きかったそうですもうこの先では噴火
の話ばっかりすることになるかもしれませ
ん登り坂も目立つようになりますもはや
この辺りまで来ると関東平野ではありませ
ん昨日までの旅がいかに平坦で楽なもので
あったかを思い知らされ
ます噴火があるってことそんだけ山とか
マグマ火山活動プレートの動きみたいな
活発ってわけでしょいよいよこの先
は有名な杉の並木じゃないですか昔の道幅
が分かる素晴らしい長めですね市県国指定
の文化剤とのことで400mほどこれから
先続くそうです中仙道の旅をしているん
だったら並木の内側を取りたいですよ
ね
これが一番立派な杉の木のよ
ですこれはもう昔から今まで歴史を見届け
てきたすぎでしょう踏切りの抜天があり
ますけどなんだこれ
はみんなに注意してくださいねって言っ
てんのかなここが共和電光って書いてある
から鉄道関係の仕事をしてるんで踏み切り
とか持ってんのかもしれないなこの左手に
もまた昭和9年3月建設書いてだとた天然
記念物安中原1杉並と今の杉並のことを
みなに教えるシベを昭和9年には立てたん
ですね昭和9年とかそのぐらいの頃って
随分豊かなイメージですね結構技術も発展
してきたしコンクリート技術も成熟してい
てそれでいてまだそれを戦争に使う必要も
なかったから文化的なものも色々その頃に
進んだん
[音楽]
でしょう
[音楽]
[音楽]
OG
[音楽]
[音楽]
1
[音楽]
よし来まし
た指名がここから先松井町下町となってい
ます実際には合併によって安中下町ですが
お止まっとくかよしここがですね中仙道の
16番目であってますか松井田宿でござい
ます
[音楽]
非常に残念な歌であるんですけど
も雨が降れこそ松井止まりフラバ小島坂本
へという歌が中仙道中で昔歌われていた
そうでしてま雨が降ってんだったら松井で
止まってもいいかもしんないけど降って
ないんだったらまもう坂本宿まで次の宿場
まで行っといた方がいいんじゃないですか
そういう風な
ね言葉であるわけです
けどすごいいい雰囲気だ
な
ずっとずまっすぐ道が続いてて昔からこう
いう感じだったんですかねそれにし随分道
が広いけど白服工事みたいなのをやったと
もとても思えない
な素晴らしいところ
だ
この先にですね薄の席というのがありまし
て石勝を超えるのが色々手間ですからここ
まで来たんだったらもう石超えてその先の
坂本の宿場まで行っといた方がもう楽なん
じゃないですかみんなそういうノりだった
みたいです
ね翌朝に出発してすぐ石勝類足止めって
いうよりはね面倒なことは早いうちに
済ませておきたいそういう人が多かった
みたい逆から来る人に関してね向こうから
来る人は石車を超えてここが最初になり
ますんでここまで降りたいっていう気持ち
もあったと思うんです
けど松井宿の本人はこの右手の駐車場と
新葉金庫の立っているところにあったそう
ですちょうどここを中町というわけですね
下町中町そしてま向こうに上町京都側が
あるんでしょうこれがですね元々小田原で
東海道53次の時に紹介しましたえ薬うろ
を売っていたそれここでも売ってたらしい
んですよ小田原のうろをお店があった
ところだそうでこれは特にありませんがま
個人のおタなんじゃないですかねここが町
の一大拠点もしかしたら羽子とかもやって
いたのかもしれないですね立派なるやつ
そこにね小さくこの看板の脇のところに
立ってますがこれ道路原票と書いてあり
ますこの松井田町の道路はここを基準にし
ているということでして本人とかが並んで
いる町のど真ん中なわけですからそこでろ
の薬売りやるのは結構良かったでしょうね
名前も歌舞伎で有名ですし東海道じゃなく
て中仙道でも買えるんですよって言ったら
あそうなのじゃ買っちゃおっかな昔はなっ
たでしょうから
ねこれは薬屋さんか伊勢屋って書いて
ある昔からのドラッグストアなのか
なしばらく進んでたら右手にいい感じの
建物があってですね無料特性合と書いて
あります多分無料でないたまたま見える
だけだと思うんですけど特性とはうまそう
ですね暑いし寄ってきましょう中に入れ
させていただきましたもうねここで300
年ぐらいある建物だという話
ですまなんかあんまり進んでないみたいで
ね心配にならなくもないですが出発から4
時間半経ってんのにまだちょっとしか進ん
でませんがでもね問題ない
です別にこれから先そんなにないですから
ねこの松井田を出ると次が薄の席を超えて
坂本そして目的地カイザですあこれ
ありがたい疲れ疲れが取れる
わここの方もですね動画見てくださってる
これ非常に
ありがたい
よいしょもう書き200円なんす
よこんないい建物入って素晴してもらって
かき氷にお茶まであってそれで200円は
安いな入るだけでも300円ぐらい大体ま
安くてもねかかるんですよ
ねなんでも伺ったところではここは元々ね
破だったそうですは江戸時代は20年
ぐらい前までは旅館としてやっていたと
いうことだったんですがその後は廃業し
ましてそのまま空屋として置いとくのも
あれだということで今その秋店舗対策の
一環でああいう風なで生まれ変わっている
そう
です大体この辺りで松井田宿も終わりです
ね左手に焼肉ランチと書いてあるなんかう
そうだあれ食べたいなと思います
550円でもこの先の名物を食べますから
ね今日は食べずに行きましょういよいよ
これより薄い峠次は石勝を超えて17番目
の町次は坂本
ですの町は宿場街からはちょっと外れた
随分変なところにありましたこれはですね
元々ここに駅ができたからという風に言え
ばいいかと思いますこんな感じでこの辺り
一体が随分平らになっていて広々としてい
ます元々最初に松井にやってきた鉄道の駅
はここにありましたここに新越本線の
松井田駅が設けられたのですこれから天下
の急行バイク間薄井峠に入るわけですが
それは鉄道も同じでもうどんどんとですね
だんだん坂が急になり始めていたところ
です
もはや松井に安全に簡単に列車を止める
ことなどできないというぐらいに登り坂が
ずっと続いていましたそこで本線から少し
外れたところに土地を鳴らして平らな土地
を作ってそこに松井田駅を作ろうという
ことで明治時代にここに鉄道の駅が設け
られたわけ
です一旦本線から外れてスイッチバックを
するというやり方をしてたんですけども
技術がね新しくなると昭和の時代になると
もう別に急な坂道の区間でも駅作れるから
これは廃止されましたこれから先の険しい
薄井統計の入り口の景色だということ
です電車が入ってたんでしょ昔
は今のカーブの区間を過ぎると前方に西
松井田駅が現れ
ます元々はここから列車が本線より離れて
一旦私が今過ぎ去ってきた方へバクして
入っていったというわけですねこれがJR
松井駅のホームです見てくださいもう
ホームを見るからに傾いています昔は
こんなところに蒸気機関車で止まることは
できなかったのでこれを行き過ぎて
向こう側にですね空地がありますあそこに
列車が入ってそしてその後進行方向を逆に
して今私が進んできました左手の小高く
なったところあそこにあった松井田駅の方
へ入っていたというわけです最初はこの辺
に松井田駅があったんですけどでもここは
町の中心部昔宿場があったところから離れ
ているからだからじゃあもっと宿場の近い
方町の中心の方に松井田駅を移設し
ましょうということでえここら辺にあった
駅はもう全部なくしてもっとうんと向こう
の方にどうせスイッチバック廃止すんなら
向こうの方に作り作り帰りゃいいじゃない
かということをやったらしいんですがそし
たら元々ここに存在していた松井田駅を
使ってた人が駅があんな向こうの方に行っ
ちゃうのは困るからなんとかしてくれよと
いうことで反対運動をしましてそして建設
されたのが西松井田駅だということですだ
からここが元々の松井田駅だったんですよ
ねこっちの方が後から作られたわけです
そしてこの西松井田の次が新越本線の終点
横川
です昔は横川からさらに長野方面まで線路
が続いていましたが横川駅とその次の
軽井沢駅の間坂道が険しすぎるということ
で新幹線ができた1997年に横川軽ザカ
が廃線になったわけでしたご視聴の皆さん
には大変残念なお知らせですこれから先
薄井峠越えの区間は自転車でさすがに行く
ことができません歩くのももう石が
ゴロゴロ転がっていて全然無理だよみたい
な場所ですの
で
せ耳が
壊れる自転車では進めないのでえその脇に
明治時代に作られた国道18号線を進んで
いくことになりますそれも明治の道です
から結構きつい道ですが水峠の全般的な
交通体系を交えながら横川軽井沢館を進む
ことになりますこの先旅路の友となる新越
本線今からそれをまきますがここにですね
踏切りの名前が書いてありまして精子踏切
とありますこの先を降りていったところに
薄い精子というのがありますこれアプト式
のラックレールじゃないですかこんな
ところでも使ってるんですね知らなかった
この先また説明しますけどこの先の
とんでもない長野まで続く険しい道のりを
いかにして超えていくかということで
ドイツからですね輸入したその技術がまだ
こんなとこに残ってるんですね
日本を本当に支えてきたとても価値のある
ものですよ使い終わって鉄材として流用
できるから使ったん
でしょうこの線路を渡って中線路はね
こっちらしいんですけどヤの中になって
しまっていてとても進むことはできなさ
そう
ですなんでも昔は行けたらしいんですが
ぶっ壊れてしまって無理みたいです
ねだから迂回を取るわけですが
おこの左手にまたこれは資産人工資料飼育
書って書いてあるな解雇の赤ちゃんに食わ
せる餌クアの葉っぱを蓄えておく場所と
いうことですね本当に産の場所なんでなで
もね要さが盛んなのは別に群馬県内だけで
はありませんよ長野県でもいろんなところ
でたくさん解雇が買われていましたただ
問題なのはそのとても価値のあるマをです
ね化する方法がありませんでした出荷の港
は基本的に横浜なんですけど横浜までの道
が存在しないんですよね鉄道で超えていく
ためには今の中央本線が通る小峠もしくは
この先の薄井峠を超えていかないといけ
ないんですがどちらもありえないぐらい
険しい道でしたそんなところに建設なんか
できないよどうするんだということで
じゃあこうするしかない薄峠のところに
ですね鉄道を屈の技術でもうなんとか作り
あげるということになったわけです随分急
な下り坂だこのヤの裏が昔の中仙道の道
だったようですよこれはあくまでただの
迂回ですこの後げこれを行くの
かこれはね中仙道らしいですよ右が中仙道
だったんですけど何ももう分からなくなっ
てしまってる
なまあ行けると思うんですよ
多分
こんな風になってしまったところもあるの
かあのこの辺り薄井川がすぐまだ脇を流れ
ておりましてそれが多分氾濫とかし
て何度も何度も道が傷んだりした結果もう
ほとんどこんな田んぼ地帯みたいになって
ね状態が分からないようになってるみたい
ですこれ本当に中天道なのか
ななんでもね中仙道はここをこういう風に
あのヤの中ここを進んでたみたいなんけど
多分今でもその土地の名残りとかはあるん
じゃないですか専用の服を着てやぶこぎ
みたいなことをすれば多分見つけられると
思いますそんなの僕にはできませんここ
から先現在このこの辺は中天道だった場所
なんじゃないかと言われてるらしいんです
が本当に正しいのがわかんないですけど
こっからまた向こうの方に進んでるみたい
ですね道はとても分からないなまいい
でしょこれが中仙道ということ
[音楽]
で
[音楽]
で
視聴ありがとうございます。チャンネル登録していただけルと助かります。
2021年現在 現在と異なる内容がありますのでご了承ください。
元の動画(スーツ旅行チャンネル):https://youtu.be/QMON96t9F2c?si=EiIJTfyusuJipRLU
参考資料:スーツ旅行チャンネルコメント欄様(勉強になります)
============================================================================
スーツさんのチャンネル
スーツ旅行チャンネル:https://bit.ly/39j8H09
スーツ交通チャンネル:https://bit.ly/3dzDc5i
スーツ車窓チャンネル:https://bit.ly/3k0ZKit
スーツホテル:https://youtube.com/@SuitHotel
□Twitter→https://twitter.com/usiuna7991
□Instagram→https://www.instagram.com/suit_ryoko_…
🐧スーツさんの運営側の方には、連絡入れて、作成の許可は頂いております。
===============================================================================
#スーツ旅行#切り抜き#日本語幕付き#自転車旅#歴史#寄り道旅#中山道六十九次#解説