【親子で世界一周】初ヨーロッパの綺麗さに衝撃! の話

ゴミ1つ落ちていない整備された街並みに 息子はつぶやきました今までのインドや タイは何だったんだ と寒ゲレンでにでも飛び込んだかと錯覚し てしまうほど風の冷たさを感じてしまい ました外はまだまだ明るくなんで明るいん だろうと何度もつぶやいていました早速 出迎えてくれたのは3人の可愛い娘たち です約1週間弱のホームステイ異国の生活 に馴染むことができるのでしょう か以外1国マッサージをしながら旅をした 旅マッサージ島です今日のテマはこちら デン親子で世界一周エストニアの旅です この度小学3年生の息子を連れて世界一周 してきました旅の期間はトータルで2ヶ月 半小学校の夏休みを利用して前後2週間 ずつ休みをつけ加えるようにして確保した この期間でぐるっと軽く世界一周してき ました準備編の動画をこちらの動画に まとめてありますのでまだ見てない方は 是非チェックしてみてください息子との旅 の記録を旅日記のようにざっくりと撮影し てきましたこの動画は息子との世界1周旅 を撮影した6作目の動画です来ました ヨーロッパとバルト三岳の1エストニア ここからやっとアジアを抜けてヨーロッパ ですこれまでドバイ以外のアジアでは息子 は小学生なりにそれなりの不十さを感じて いたようですがここで初めてのヨーロッパ です風景や人種が変わっただけでなく 明らかに衛星状態が綺麗になり治安も良く なりました一気に北に北上しましたので 取ることの気温さはなんと30°以上でし たさて小学生の息子はどう感じたでしょう かその様子を追いながらエストニアの情報 を買いつまんで紹介していきますので どうぞ最後まで動画をご覧 くださいまじ ばち親子で世界一周エストニアの旅 ユーラシア大陸のヨーロッパ東バルト三国 の1つである エストニア日本土の自は7時間所要時間は 約15時間ですバルト三国の中でも最も北 に位置しているエストニアのすぐ向こうは 北欧フィンランドです東はロシアに接し南 はラトビアに接しています紅葉語は エストニア語でフィンランド語に似てい ますロシアの紅葉語はご存知ロシア語 ラトビアはラトビア語ですラトビアはその すぐ南にあるリトアニアと近い言語ですの でざっくり言語のグループで分けるとここ とこことここは違う系列の言語を話して いることになりますですので言語の境界線 に近いところということになります エストニアはソビエト連邦の一部として

統治された時期もありましたが1991年 に独立を回復しましたソ連から独立して 以来NATEUへの加盟を実現しました 東王と聞くとなんとなくロシアというか ソ連の影響が強いのかなと思われがちです がエストニアに関しては典型的な ヨーロッパのイメージを持つ西ヨーロッパ に近い雰囲気だとイメージしていただいて いいと思いますですので貨もユロですし 宗教もロシア政教ではなくプロテスタント が一般的ですエストニアの人口は約13万 人人口の約13近くが首都他人に集中して います国土面積は約4万5000km日本 の九州本島の約1.2倍の大きさです国土 の大半は湖や沼湿地の多い平屋で農業では 小麦やじゃがいもの栽培が盛です経済自由 度が高く金融保険の分野では外国資本が 市場の大半を占有するなど外国企業に依存 する経済体質です近年エストニアは ガラリト国家のカラーを変えることに成功 しましたその手段とはITですエストニア は今や世界有数のデジタル大国になってい ますIT人材の育成を推進しIT技術の 発展で経済を成長させてきましたほぼ全て の行政サービスがオンライン化することに 成功した電子国家ですその影響は エストニア国内のエストニア人だけに とまらず国外の外国人にもインターネット 経由で行政サービスを提供する電子居住権 制度を設けていますこれにはさすがとしか 言いよがありませんこの制度はエストニア への投資を呼び込むとともにエストニアに 行為的な人を世界で増やしましたそして これによりロシアに対する抑止力を高めて いるそうですさらにいざという時の戦争や 災害に備えて国民のデータを保管しておく データ大使感を設立し2018年に ルクセンブルクに設置したそうですうん ブラボーという言葉しか思いつきません ちなみにエストニアはあのSkypeを 産んだ国でもありますエストニアの運はこ ぐらいにして首都タ空港に降り立ちました これで今回の世界旅8カ国目の国です綺麗 な空港の中を歩いて他市内に行くための バス乗り場へ移動しました通常は空港から ダウンタウンまではトラムを使うと15分 ほどで楽に行くことができるそうですが この日はトラムは休止していましたので バスを使うことにしました空行を一歩外に 出ると寒ゲレンデも飛びだかと錯覚して しまうほど風の冷たさを感じてしまいまし たそれもそのはずつい数時間前までいた トルコの気温は約40°近くだったのに 対しタリンの気温はこの日は9°でした約 30°の気温差には息子もえなんでと困惑

していましたこれこそが地球規模の移動な のだということを説明しましたが息子は その時は分かったような分かっていない ような表情を浮かべていましたエストニア に入した当日もう1つ息子にとって衝撃的 なことがありましたそれは日が長いという ことです時刻は間もなく夜の22時つまり 夜10時になろうとしている頃なのに外は まだまだ明るく公園でも子供が遊んでいる のでしたたまたまですがこの公園には アスファルトの地面に直接トランポリンが 埋め込んでありました息子はトランポリン をぴょんぴょん飛びながらなんで明るいん だろうと何度も呟いていました一応百夜の 概念を説明しましたがいまい理解できてい ない表情でした余談ですが街中にあった この公園随分と楽器や音楽関連の遊具が 豊富だなと思っていたらふと隣を見てみ たら公園の隣にはコンサートホールがあり ましただよねこんなにも子供たちの感性を 刺激することに力を入れているのかなと 思ってしまいました駐車場の遮断機もこれ 色合になっているなんてで遊び心があり ますずれた話をコキッスニアの首都はた 人口約42万人で先ほどもお伝えした通り エストニアの人口の13近くが首都に密集 していますのでそこそこ高層ビルが 立ち並ぶ都ですエストニアの中でも主と タリンは最北というかバルト海に面した 港町です首都タリンからバルト海を挟んだ 対岸のフィンランドの首都ヘルシンキまで はたったの85kmしかありません高速線 で1時間半で生きすることができる近さ ですですのでタリンの機構はほぼ北欧と 言っても過言ではありませんそんなタリン の1番の見所はなんと言っても旧市街です 旧市街には上西都市だった中世の影を残す 街を囲む城壁屋と教会などの歴史的遺産が 多く他人歴史地区として世界遺産にも登録 されています旧市街を探索する前にまずは 宿にチェックインです今回エストニアに来 た目的は友人の家にホームステイすること ですが友人の家は首都から離れた田舎の方 にありますのでエストニアに入国した初日 は到着時間も遅かったですのでとりあえず タリンに宿を確保し1泊だけすることにし ました宿は旧市街の中に確保しました今回 予約した宿はほぼ無人の安宿です部屋は こんな感じのシンプルなワンルームです シャワーとトイレは共同ですので部屋の外 にありますここがトイレで隣がシャワー ルームです大して綺麗ではありませんが 途上国と違って確実にお湯が出るだけマシ だと思っていますこれで1泊 1万2000円もしました個室なだけまだ

マシですが旧市街の中だけあって無人の 安宿にしては高いと感じましたチェック インまでの工程がちょっと面白かったん ですので順番に紹介していきますまずは宿 をネットで予約した後にあらかじめメール で送られてきた住所に自力でたどり着き ます海外の住所はストリート名と番号で 構成されておりほとんどの国が通りを挟ん で片側が偶数その反対側の向かい側が奇数 という感じで分かれていますストリートメ と番号を探し当てたら厳重なゲートを くぐるため暗証番号を打ち込みますここ までで第一喚問突破ですゲートをくぐっ たら近くにある扉を開けて中に入ると ポストがありその上にダイヤルロック式の キーボックスがありました自分の部屋番号 が書かれたダイヤルロックにあらかじめ 知らされている暗証番号をここでも 打ち込んでロックを解除しますすると中 から鍵が出てきましたやっていることは 単純なのですが宿主からメールをもらった 時には文章ではいまいち状況をイメージし にくく土地感のない街で本当にここで合っ ているのかなと半神半疑の中現地について 周りを見渡しながら判断して扉を進んで いくことになります知らない扉を開け ながら次の工程に進んでいくのでまるで ロールプレイングゲームというか謎解き ゲームみたいでワクワクするのですですの で鍵を手に入れた瞬間はやったと思わず声 を出してしまいました鍵を手に入れたら 今度は部屋のある貝までエレベーターで 上がりますこの旧式のエレベーターも使い 方にルールがありますので初めて使う人に とっては不安要になると思いますまず エレベーターの扉は二重扉になっており 自分で開閉して中に入ります自動扉では ありません扉がハンドアの場合は エレベーターは作動しませんきっちり閉め てくださいボタンも強めに押さないと反応 しません頼りない速度とパワーで動き出し ましたエレベーターの中は狭いです降りた 後にも注意ポイントがあります必ず エレベーターの扉を自分でピタリと閉め ないと他の貝の人がボタンを押しても作動 しないようになっていますヨーロッパや 中東北アフリカにある古い建物ではこの 旧式タイプのエレベーターを未だに ちょくちょく見かけますので使い方を覚え ておいた方がいいと思いますエレベーター を降りたらいくつかある扉の中から自分の 部屋番号が書かれた扉を選び先ほど手に 入れた鍵で開けてとりあえず中に入ります 鍵を鍵穴に入れてカチっと解除した瞬間が 答え合せをして会っていた時のように

嬉しいです扉を開けて中に入るとさらに 部屋が分れていますのでその中から自分の 部屋の扉を選んでここでも鍵を開けて扉が 開けばゴールです今見ているこの映像は 翌日撮影し直したものですので各部屋の扉 が空いていますがチェックイン当時は全部 閉まっていましたしここまでの全部の工程 が暗闇でしたのでスマホのライトで照らし ながら進んでいく感じもワクワクしました そんな粉で無事チェックインです旧市街の 中にある宿ですので部屋の大きな窓から旧 市街が見えて雰囲気がいいですベッドに 寝転びながら眺める旧市街の待ちあかりが 懐かしさを蘇らせてくれます僕にとっては 13年ぶりのエストニアです チン飛行機でもらったワインを開け ながら下ネタか息子と乾杯しまし たあ 翌朝ゆっくりと目覚めすでに チェックアウトしたであろう他の部屋を見 てみたらどこも同じような部屋でしたどう でもいいことなのですがこれまでの イスラム県では文化として男性は顎髭を 伸ばすことがスタイルとされています ちなみにインド人は顎髭ではなく鼻髭に 重きを置いています厳粛なユダヤ人は くるくるのもみ上げに力を入れています そんなこんなで僕もイスラム県ではアヒを 伸ばしけていたのですがヨーロッパに入っ たということでここで一度ひげをリセット しておきましたこれから幼い子供が3人も いる友人卓にホームステイするので印象を よくしておこうと思いました気分を新たに 旧市街の散策に出かけましたまちゃじ ばち親子で世界一周エストニアの旅タリン 旧市街の観光はこのビルモンから始まり ます元上西だった旧市街から城壁を 取り除きこのビルモンを残しましたビル モンの横には花屋さんがずらりとのきを つねていますなぜか全部花屋さんです あたり一面に鼻の香りが漂っていますので 歩いているだけで文字通り華やかな気分に なります石畳と街並が美しくいかにも ヨーロッパという雰囲気を感じさせてくれ ます歩道は狭いですが車通りも少ないので 全く気になりませんここは市外の中心地 ラコや広場ですゴミ1つ落ちていない整備 された街並みに息子はつぶやきました今 までのインドヤタイは何だったんだとああ いう文化と中間の国だったんだよとしか 言えませんでした窓の1つ1つが アンティーク調でおしゃれでしたなんだか タイムスリップしたような気分ですこちら の建物はノッポの ヘルマンこちらは太っちょマルガリータ

名前のけ方も可愛らしいですこのカラフル なレリーフの建物はのき屋トムの家です 左端にいるトムは通りの向に住んでいた 女性をいつも覗いていたそうです覗きをし たことによりここまで大きに語り継がれる とはものすごいハイリスクローリターンだ なと思いました実在の人物だそうですね ここが観光スポットになっているという ところが平和な感じがします旧市街のは 意外と高低差があり勾配がきついです そして石畳はちょっと歩きにくいですです が歩いていて楽しいです何気ない壁にも 芸術作品が所々に飾られておりよく似合い ます街全体が美術館のようです坂道を登っ ていくと見晴しのいい展望台に出ました ここはコフと打った展望台といい旧市街が 一望できますタリン旧市街の特徴はそびえ 立つ線戦闘です所々に戦闘が見えます聖 ニコラス協会せオラフ協会聖母マリア大 聖堂視聴者にも戦闘がありますキリスト教 の国ですので教会も多いですここは アレクサンドルネフスキー大聖堂谷にある 最大かつ最重要の大聖堂ですが息子は教会 や建物には全く興味なしですさあ早くも 西洋の風景に飽きてきた様子です戦闘が 飛び立つ街並みはやはり迫力があります おっとなんだか歩き方も垂れてきました 文句が出る前にランチをして休憩すること にしまし [音楽] た大好物のカルボナーラでご機嫌を取り ます生演奏の音楽隊が雰囲気を盛り上げて くれます大人としてはどこでも食べること ができるカルボナーラではなくこの レストランのロケーションと雰囲気でご 機嫌になってほしいものです年間の観光客 数は500万人を超えるとも言われている タリ旧市街1997年ユネスコの世界文海 遺産に登録されていますリトアニアの首都 ビリニュス ラトビアの首都リガそしてエストニアの 首都タリンバルト三国の首都3都市は全て 世界遺産に登録されていますがその中でも タリンは人気の高い町です 半日かけて旧止街を歩き回った 後郊外への長距離移動のため駅まで来まし た目指すは南の町ビリアDですこの列車に 乗る予定ですまだ発車時刻まで時間があり ましたので近くにある市場に来ました北欧 が近いからかエストニアの物化は東王にし ては高いです物によっては北王並の物価だ と覚悟しておいた方がいいと思います1回 がスーパーマーケット2階が1番3回が 衣類を売っています荷物最小限で移動する 旅人には水以外に買うものは見当たりませ

んでした少し違和感のある見慣れた コンビニがありました中に入ると普通の気 をスクでした新鮮な市場と安い スーパーマーケットが目の前にあるのに 赤いコンビニで買うわけありませんので秒 で出てきました何はとわれ無事長距離列車 に乗り込み申し分のない綺麗な列車に乗っ て友人家族の住む郊外の街へと出発しまし たまじ ばち親子で世界一周エストニアの旅僕らが 向かった郊外の町はエストニアの南部 ビアンDです首都タリンから長距離列車で 所要時間約2時間ここまで来るとラトビア の国境もすぐそこです人口は約2万人で ビリアビルD氏ですので南部では重要な 都市ということになっています何はと思わ れこの町に来た目的は友人の家で ホームステイすることですこの友人との 出会いはアフリカのケニアお互い バックパッカーとして旅をしている最中に 共に個人でボランティアをした ボランティア仲間ですその後彼は エストニア人の彼女と結婚しエストニアに 移住することを決めたのでした彼とは13 年ぶりの再会です駅に迎えに来てくれた 友人の車に乗って友人宅へ直行しました 早速出迎えてくれたのは3人の可愛い娘 たちです日本人とエストニア人のハーブ です3人と言っても1番下はまだ2歳でし たので大人しく賑やかに歓迎してくれたの は8歳と6歳の上野子2人でした9歳で ある僕の息子とも年が近いので仲良く なれることを期待していますリビングの 真ん中にはなんと手作りブランコがあり ました家の天井には野菜やハーブが吊して 乾燥させでありましたエコで健康的で自然 色がメインの理想的な家庭です家の中での 言語は英語をメインで話していました理由 は夫婦の会話が英語だからですとはいえ やはりここはエストニアですので母と娘 たちはエストニア語で会話していました父 と娘は日本語と英語とエストニア語を混ぜ て話していました娘たちは日本語の 聞き取りはできているみたいですが言葉に はしません日本語で話しかけられたら扁桃 はエストニア語で時々英語を混ぜて返して いましたもっと娘たちに日本語を話して ほしいという父の願いを組んで僕はできる だけ日本語で話し少し英語を混ぜるように して娘たちと接していました僕の息子は いいのか悪いのかお構いなしに日本語で 話しまくってコミュニケーションを取って いましたこの家には嬉しいことに猫が3匹 もいました我家にも猫が2匹おり息子とし ては生まれた時から猫がいる環境が

当たり前として育ってきましたので息子に とっては嬉しい環境でしたこの家庭の食事 は庭の畑で収穫した食材を食材の持つ自然 な味を生かした味付けですこの日の食事の メインはキノコとじゃがいものホワイト ソースにでキノコが苦手な僕の息子も たくさん食べていましたこれは血の ソーセージですこれは多少癖のある食材 ですので息子としては頑張って食べてい ましたエストニアの料理はドイツの影響を 強く受けておりジャガイモが食でそこに ソーセージやキャベツが添えられているの が一般的です街で売られているソーセージ の種類も豊富でしたドイツの影響力は特に 食事の面で強く感じましたここで飲んで いるピンクのジュース はルバーブのジュースですこのルバーブも 庭で収穫したもの ですこの家の庭が結構広いです途中 ルバーブの畑とここにもあった手作り ブランコを通りすぎたらりんごの木が何本 もありまし た庭で収穫したリンゴで早速アップル ケーキを作ってくれましたうん理想的な食 生活です友人の仕事は独自の両方上を持つ 蜂蜜製造会社です100%エストニアさん でありエストニアの国立公園である相馬 国立公園で育った蜂により 集められた混じり気のない本物の蜂蜜を 現地で扱っています元々友人は主とタリで 野宿を経営していましたがコロナの影響で 旅行者が減ってしまい宿を畳んで [音楽] ビリアンコーヒー生かして家庭菜園をし ながらエコでナチュラルな食生活を始めな のでです奥さんは学校の先生ですですので 子供の扱いにも慣れています僕としても 是非とも息子を連れてきたいと思っていた 家庭でしたので来る前からとても楽しみ でしたこんな素敵なお家で約1週間弱の方 スているさてさて息子はちゃんと3姉妹に 受け入れられ異国の生活に馴染むことが できるのでしょうかまっちゃじ ばち親子で世界一周エストニアの旅平日は 奥さんがビリアンディの街を案内してくれ ました子供たちも夏休みとのことで一緒に 着いてきてくれましたこの時期に来ておい て良かったです土地館を掴むために家から 歩きましたこの日はなんとお城に連れて 行ってくれるとのことでした30分ほど 歩くと整備された広場に出ましたビリ アンディは独立までに数々の戦場の地とし て歴史の渦に巻き込まれてきましたこの 辺りの歴史をざっくり解説すると今の エストニアは大きく北と南に分けられ北部

をスウェーデンが支配しラトビアを含めた 南部をポーランドリトアニア共和国が支配 していましたので南北の境い目にあった この辺りはいつも戦場の激戦地として 巻き込まれていましたさらにそこに隣国の ロシアが絡んでくるため戦争が耐えない 地域となっていましたその後もナチス ドイツやソレンといった強国に支配される 歴史をたどり独立を確定していったのです つまりこのは歴史的に多くの犠牲者が出た 激戦地でありこういった広場を設けて犠牲 者への思いを高成に伝えているのでした 息子が2歳の末子をベビーカーで運んで いると思いきゃ乗っていたのは6歳の次女 でしたすっかり仲良しになっていましたの で安心しました広場を奥に進んでいくと 大きなブランコがありましたこれは ビレッジブランコというもので昔ながらの 伝統的なブランコで10人は乗れるそう ですご覧の通り結構危ない乗り方をしてい ますのでヒヤヒヤします大人でも気をつけ ていないと吹っ飛ばされてしまいますこの ブランコは大勢で歌を歌いながら揺らす そうです歌を流したいところですが YouTubeの著作権に引っかかって しまいますのでやめておきますちょっと 検索してみましたがエストニアには雰囲気 のいい伝統民用も多いです僕が気に入った のはカネルと呼ばれる絵のないギターの ようなボックスチターに属するエストニア 伝統原学器を奏でて歌う歌や アコーディオンを使ったポルカ長の曲が 現地の雰囲気に合っていて心地よかった です雰囲気だけでもつめるようにいくつか 気になったURLを説明欄に添付しておき ますフリアンディーズ街では音楽祭にも力 を入れていますのでこうしたソング スクエアも広場の近くにあり教会のホール もも大きな音楽祭で利用されたりしてい ます広場からさらにどんどん歩いていくと 古いお城が見えてきましたここがビリアD 城です白というより白跡と言った方がいい でしょう建物のほとんどが破壊されてい ましたミリアンデニを含むこの辺りは昔は リボニアと呼ばれたエリアでした先ほど 紹介した南北の戦争がリボニア戦争であり リボニア戦争の時にここ が破壊されました詳しい話は街中にある リアンディミュージアムでしっかり歴史を 学ぶことができます白の中心部は野外劇場 として使われていたようですここは昔から 音楽や演劇が盛だったところのようです この辺りの風景は綺麗です川のように長い 形をした湖 ブリッジです全長50m以上あります橋の

上は自転車も通ることができますおいおい 揺らしすぎだよと言っても橋はビクトもし ていませんでしたそれもそのはず橋は こんなに強力なワイヤーで固定されてい ました歩いていて気になったんですが子供 たちは平気で城壁や城跡に乗って歩いてい ました重要建造物なのにがい ですのような白田の石壁にはエストニア人 の苦難の歴史が刻まれているはずなのです が今となってはほのぼのとした子供たちの 遊び場になっている光景に歴史の一と時間 の流れを感じます住んだ空気と綺麗な風景 の中で散歩しているだけで気持ちがいい です何はともあれ城跡が遊びバーだなんて 素敵だと思います可愛い大きめのどんぐり を拾いました綺麗なこの黄緑色がなんと なく目を癒してくれそうな気がしました 都会の暮らしが悪いとは言いませんが都会 を離れた方が体にも教育にもいい生活が 遅れ幸福度が上がるような気がしました まちゃじ ばち親子で世界一周エストニアの旅街での 散策はまだまだ続きます街にある普通の スーパーマーケットに来ました黄色い看板 に赤いロゴの店ですエストニアはデジタル 大国ですスーパーマーケットはほぼ無人 でしたその代わり登録したカードを 読み込ませて光ったところのセルフバー コードリーダーを抜きとります買い物をし ながら自分でバーコードを読ませて買い物 かごに商品を入れていくのですバーコード リーダーはハンドガンみたいで持っている だけで男の子には楽しいですバーコード リーダーはカートに装着ができますので ずっと持っている必要はありませんですが 子供にとっては自分の役割ができている みたいで楽しいようです息子が知らない うちに買ってもらっていたこのお菓子 パッケージが安っぽいので体に悪そうな 駄菓子かなと思いきや食べてみたら意外と 美味しいチーズケーキみたいなお菓子でし た強烈だった飲み物がこれ酸味と塩味が きつくジュースというよりほとんどノン オイルドレッシングでしたここで開封して しまいましたがとても飲み切れずこの後2 日間かけて少しずつ薄めながら飲み干し ましたこんな中町にもレンタルサイクルが 普及していました狭い街にはぴったりの 移動手段ですそして初めての電動キック ボードにも挑戦してみました登録した アプリでQRコードを読ませるだけです 最初は慎重に慎重に運転しましたこうして 街のそこら中にキックボードが乗り捨てて あります最高時速15km意外と早いです パワーもあるので坂道でも登れます2人

のりも可能ですですがが本当は禁止だった そうです知らずに乗ってしまいました後 から知ったのですが2人乗りどころか歩道 を走ることもダメだったそうで片手運転も ダメだそうですできればヘルメットも被っ た方がいいとのことでしたさらに他人の アカウントで乗ることも禁止されていた ようです他人のアカウントでノンヘルで 2人乗り片手で自撮りしながら歩道まで 走ってしまいましたここは田舎だから気に しなくていいよと言われましたが絶対に会 ではやめておきましょう後半はだいぶ慣れ てきましたので息子も1人で乗っていまし たでもやっぱり都会では電動キックボード による事故が増えてきているようですので どこの国でも気をつけて乗りましょう乗り 得たらその場で乗り捨てです初めての電動 キックボード堪能しましたじ ち親子で世界一周エストニアの旅そんな こなで楽しかったホームスもそろそろ 終わり ですとも仲良くなれた様子です最初心配 だったのはやはり女の子の家には女の子の 友達がやってきます現地の友達が家にやっ てきた時には息子としてはなかなかその 仲間には入りにくいようではありましたが 次第に馴染んでいけたので安心しました ちなみに子供たちは当たり前のように携帯 電話を持っていましたスマホではなくガラ 系でしたがエストニアでは5歳前後から 携帯電話を持つことが当たり前となって おり普通に子供同士が携帯で連絡を 取り合って遊んでいましたこれも時代です 日本でも一体何歳からスマホを持たせるか 論争がありますが国が変われば文化も 変わります近い将来日本も早くからスマホ を持たせることになるんだろうなと僕に とっても少しだけスマホに対する規制を 緩くしようかなという覚悟ができましたん ベロ最後の夜友人が庭にあるサウナに 入ろうとと誘ってくれました一般家庭の庭 にサウナ専用の建物があるなんてこういっ たところも北欧に近い文化だと感じる ポイントの1つですちょっと中を覗かせて もらいました本格的な木造建築です ちゃんとローリもあり温度系もついてい ました手慣れた手付で焚きを入れて準備を していきます掃除も含めて0から準備する と約2時間ぐらいかかるそうです焚き木に 火をつけてからサウナ室内が温まるまでは 約1時間だそうです庭にサウナがある なんて羨ましいですサウナの準備ができ ました男のサウナシーンなど誰も見たく ないでしょうから撮影はここまでにして おきますぶっちゃけお風呂やサウナの様子

って撮影しにくいですさあ水を持っていざ サウナの中へと言いながらもちょっとだけ 撮影します温度はローリする前で約90° ですローリすると立ちまちレンズが曇って しまいますので撮影はできできません暗く て少し分かりにくいかもしれませんがここ に生卵がいくつも置かれてありますサウナ に生卵を置いておくと数時間後には綺麗な 温泉卵が出来上がっているとのことでした サウナで温泉卵を作るイメージはなかった ですので目から鱗でしたそんなこんなで サウナ終了サウナの後のビールは最高です エストニアはドイツの支配を受けていまし たのでビールも美味しいのです左の2つが 一般的なビール右のが主おすめのビール ですちなみに子供たちはこれクバスといい 東欧や中央アジアといった旧ソ連権でよく 見かける飲み物ですクバスはライムギパン と水をイースト発酵させた独特な風味の美 発砲ビアルコール飲料ですビアルコールと 言ってもほとんど入ってないに等しく 0.05%から1%未満がほとんどですま 高いものを探せば2%ぐらいのものもある かもしれませんが一般的にはジュースの 感覚で子供たちも大人も飲んでいます僕も クバスは大好きですのでここで味わうこと ができて良かったです息子もガブガブ飲ん でいましたこういった現地にいると何気 ないことの1つ1つが新鮮な刺激となり 世界観が広がっていくことに繋がっていく と思います楽しかったエストニア生活も そろそろおしまいですお別れの時が来まし た首と谷にある空港まで簡単に行って くれるバスがあるとのことでビリアンディ の長距離バスターミナルまで送ってもらい ましたエストニアは高低差が少なく平地が 広がっていますなんとなく北海道の風景に 似ています白樺の木も多いです日勝時間が 短いからか木の幹が細いような気がします 滞在中の気温は大体毎日10度前後でした 夏でも涼しげなところも北海道を連想させ てくれますインドドバイトルこと40° 超えの毎日が続いた中でその後でのこの 気温差はさすがにに息子にも答えたようで 1日だけ熱を出して倒れてしまいましたが まるまる1日眠ったら翌日にはケロッとし て元気に遊んでいましたので旅の予定には 全く支障なく助かりました安心できる友人 の家でしたので何1つ不安なく回復でき ましたエストニアはエコな国です空港に 飾ってあったこのセンスのいいポスター がエストニア人の自然に対する姿勢を 物語ってるような気がし ますそんなエコな国でのナチュラルな生活 無能薬で育てた庭で取れた果物や野菜を

毎日一緒に調理する姿は本当に美しく映り ました友人は今も3人の子供を育てながら 蜂蜜を作る生活をしていますこれがその 蜂蜜ですエストニアで販売されているもの はこうした使い切りタイプが売られてい ます中身は濃厚でクリーミーでした マジックのない本物の蜂蜜はこのように 白く濁っているものが良質なものだそう ですエストニアの蜂蜜は世界的にも貴重な ものだそうなのでこれまで日本まで輸出 することはできていませんでしたが 2024年この動画がアップされている頃 には日本でもネットで買えるようになって いるはずですので購入可能なネット販売の URLを説明欄に添付しておきます言う までもありませんがこれは案件ではあり ません残念ながら僕程度の登録者数の YouTuberにはそもそも案件など来 ませんので変に勘ぐらないでください 美しい家族との共同生活堪能しました元々 友人はタリで宿を経営していましたので今 家を改築して将来B&Bを始めるそうです B&Bを始めたらその連絡先をこの動画の 説明欄に添付してお知らせします楽しい 毎日をありがとうございました まじ ちゃちさあいかがだったでしょうか観光業 が盛んなヨーロッパですが東まで回る人は まだまだほんの一握りで少ないのが現状 です今回は観光というよりかはエストニア の中でも田舎町で温かい家庭を築いている 友人がいたので世界一周の亭に組み込んで みましたそのおかげでデジタル大国と反 自給自足のような田舎暮らしが共存して いるそんな貴重な日常生活を送ることが できましたこれからどんどん進んでいく IT社会において上手にITと付き合い ながら自然とも触れ合いながら人間らしく 生きていくこのことこそこの数十年の間に 僕らが向き合って生活していく最も現実的 なスタイルではないかと思いましたその ちょうどいいバランスを生きている典型的 なモデル家庭ととに時間を過ごせたような 気がしましたエストニアで友人が作って いる蜂蜜が日本でも販売される予定です その詳細は説明欄に添付しておきますこう いったネット販売も自然相手の行き方に デジタル社会の影響が加わってこそ可能に なった流通であり遠い場所で作られた生産 者からの一品がデジタルを使って消費者の 元に商品が届く典型的な形ですデジタルと 上手に付き合う暮らし改めて勉強になり ました次回は西ロッパに入ります僕にとっ て思い入れの深いフランスからのスタート ですパリを中心に移動しますが

ホームステイで滞在する先は全てパリーの 郊外です2週間の間に3件ホームステイし て回りましたこの滞在でも息子にとっては 初めてのことに挑戦しまくった滞在になり ましたのでどうぞ楽しみににしていて ください今回訪れた国の数は12カ国その 中で10件の家庭でホームステイしてき ました息子としたこの世界一周の記録を この動画も含めて国別に10本の動画に まとめてみましたそして最後にもう1本 この動画は旅を終えた後にまとめたもの ですので旅全体にかかった費用や全体を 通してやって良かったこともう1度 やり直せるならここを改善してプランを 組みたかったことなど反省を含めたまとめ 動画ですとても10本も見てられないなと いう方はこの準備動画とまとめ動画だけで も見ておくと要点が掴みやすいと思います 見やすいようにアップした順に再生リスト にまとめておきます徐々に成長していく 成長しているであろう息子の成長の過程と 様子を映像と解説を通じて感じていただき ご自身の子育てや現代の子育ての仕方 子育てに必要な環境いつかのの子連れ旅の ための参考にしていただけたら幸いです この地球上には行きたいことやりたいこと たくさんあります人生という限られた時間 の中この情報が少しでも皆さんにとって 何かのヒントになっていただければ幸い です最後まで動画をご覧いただき ありがとうございましたそれではまた次の 動画でお会いしましょう世界は広いが世間 は狭い次回は西ヨーロッパフランスを試し ます [音楽] MAR

父と息子で2ヶ月半の世界一周の旅に出かけました。

この動画は息子との世界一周旅を撮影した6作目の動画です。

きました東欧バルト三国のエストニア。

ここからがヨーロッパです。

これまで、ドバイ以外のアジアでは小学生なりにそれなりの不自由さを感じてきたようですが、
ここで初めてのヨーロッパです。

風景や人種が変わっただけでなく、明らかに衛生状態も綺麗になり、治安も良くなりました。

一気に北に移動したので気温差はなんと約30度。

さて、小学生の息子はどう感じたのでしょうか?

その様子を追いながら、エストニアの情報をかい摘んで紹介していきますので、どうぞ最後まで動画をご覧ください。

再生リスト「親子で世界一周の旅」
⬇︎⬇︎⬇︎

【関連サイト】
エストニアの蜂蜜の通販サイトです。
購入可能なネット販売のURLを説明欄に添付しておきます。
⬇︎⬇︎⬇︎
https://www.shopch.jp/pc/product/proddetail?reqprno=756634&fromProdList=true&il=Search_ItemTile&ic=item_S&queryId=1705321752695_249887

ちなみに、こちらがエストニア国内で使われている蜂蜜会社の公式サイトです。
日本語で見ることができます。動画はエストニア語です。
こちらのサイトでは日本から注文できませんのでご注意ください。
ただ、とても良くできたサイトです。
この会社への信頼度が高まると思いますので、気になる方は是非ご覧ください。
⬇︎⬇︎⬇︎

ホーム

動画の中で紹介した家庭が、B&Bを始めたら、こちらの説明欄で紹介させていただきますので、
気長にお待ちください。

エストニアの雰囲気がわかるような曲を紹介したサイトです。
こちら
⬇︎

もう一つこちらも追加です。
⬇︎

🌏【自己紹介】

大学卒業後からほぼ無一文で旅を始める。行く先々の国でその国独自の治療術を学びながら肩書き「旅人」として旅を続ける。
カナダ、フランス、イギリス等の先進国で期間限定の治療院を開き旅の資金を賄う。
発展途上国でもマッサージ等をすることはあるがボランティアとして料金は受け取らない。
オーストラリアではツアーガイド、カナダではオーロラガイドとして半年ずつほど働いた経験もある。
約150ヶ国以上の国をほぼ陸路・航路移動で回り、2010年の年末に帰国。

22歳から34歳までの12年間にわたる世界行脚。

現在は出身地である名古屋の治療院を拠点に関東・関西、そして海外にも出張スタイルで施術をし講演や発信活動に励んでいる。

#世界一周
#海外旅行
#エストニア

Write A Comment