日本軍が放棄した島「猿島」を訪問 横須賀1泊2日旅行
11月と12月に横須賀の浦賀で観光 キャンペーンをやります普段はできない ような体験こんな場所に来たりとかできる し僕もあの奥のところでですね1回だけな んですけれどもステージでなんかこうお しゃべりするみたいなイベントもあります ので 是非皆さん裏側に置いてください今回は あの案件でですね 僕の岩倉高校の同級生3人であの案件を やってるんですけどじゃあ自己紹介お願い しますえっと100万円企画の時に出た 茨城ですカメラマンやったり キューバとポテトリプというアイドルの マネージャーをしたりします 同級生がそんなことやってるんですね こちらははい 同じく同級生のチワワですこの イベントの主体のトライアングルで イベントの企画とかをしていますという ことですあのこのみんなでですね頑張って おりますんで動画見てくださいよろしくお 願いします JR浜松町駅より歩いて数分なところに ある竹芝桟橋から今日は神奈川県の久里浜 行きの船が出ます 東海汽船の一番早い船ボーイング929 ジェットホイールアメリカのボーイング社 が開発したすごく速い船です 8時30分に出港時速80キロで航行して いきます 早速左手にお台場が見えますもともと台場 とは江戸幕府が建設した砲台のこと大砲の 台がある場所ということでダイワです 黒船来航の時代江戸時代の終わり頃にもし 黒船によって江戸が攻撃されてしまっては 大変だということで 反撃のための陣地を築いたそれが今でも 残っていますですから海からやってくる敵 の戦争に対応するための施設というわけ ですところで海からやってくる戦争といえ ば例えば現行とか色々なものがありますが 大昔から 戦争は船で乗り付けてやってくるというの が一般的でした海の向こうから来ますから ね 第二次世界大戦の頃まではこういった事情 から戦艦と呼ばれる船による砲撃をよく 考えていたそうですところで船は羽田空港 の沖合に来ましたがここで地球の反対側に も飛んでいけるような 長く飛べるボーイング787が現れました こんなものが当たり前に飛んでいるぐらい ですから今日本への攻撃も空から行うのが 想定としては一般的になってきているわけ
ですもはや海からの時代ではないわけです ね 太平洋戦争中にいかに日本が空からの攻撃 に苦しめられたかということは日本人の 全員が知っているでしょうということを 考えているところで 船はもう横須賀港の沖合まで来ています 早いですからねあっという間について しまいます 向こうに見えているのはアメリカ軍の基地 ではないでしょうかかつてはお互いに交戦 した国同士ですが現在は同盟国でアメリカ 軍も横須賀を使っていますそして手前に謎 の巨大な島が現れましたと言ってもいつも 紹介しているものですがこれが第2解放 です 第2海堡は戦艦などで戦争する時代 東京湾の入り口のところに敵の艦船がやっ てきたとき 砲台でここから反撃をすることを想定して 作られた場所でしたしかしお伝えしてきた ように現在はもう船が直接乗り込んで戦争 するのではなく 航空機で爆弾を撒くというのが一般的な 戦争の仕方になったりもっと言えば ミサイルが直接飛んでくるということで こういった第2開放も結局使い道は今 なくなっています 戦争のためではなく別のために活用されて いますまた向こうにも猿島がありますこれ も同じく元々要塞であったものです 現在は観光地となっていてこれらを紹介さ せていただくためにこの横須賀市の中心部 などもぐるぐる練り歩くことになります 感染も現れました 防衛のやり方が変わったとは言っても今で も横須賀は大切な海上防衛の拠点ですまた こここそ東京湾の入り口と呼ぶべき観音崎 これをより沖合に行ったら概要となる でしょう ここで本線は大きく旋回し後方に第一海堡 も見えましたこれもまた敵の戦艦が攻めて きた時にここから反撃することを想定して いた場所だそうです 右手には1869年に初転倒した日本で 初めての西洋式の灯台 観音崎灯台があります 東京湾の入口に必要な到来として1866 年諸外国との条約を締結して立てることに なったと言います 私の下船する久里浜港に接近しました 本線ジェットフォイル7アイランドアイは この後次の目的結構大島に向かいますここ で本線は大きくまた旋回し千葉県の富津岬 が見えましたあちらも海上防衛の拠点とし
て多少使われていたとのこと 久里浜港に入港こういった形をしています 東京港から久里浜港までの所要時間は1 時間ですこれはかなり早いし景色も良かっ たですね ちょうど入れ違いで東京湾フェリーの浜金 駅が執行したところでした 東京湾の入口の東西を結ぶ船です 横須賀港に到着 この日は土曜日で船はかなり混んでいまし たちょっと早めに予約した方がいいかも しれませんねいつも運行されているわけで はないので運行日にも注意です 9時35分5分間の停泊の後次の軌道大島 へ向けて出て行きました ボーイング929セブンアイランドアイは 1980年からずっと使い続けている アメリカのボーイング社が建造した船です もともと軍事用に開発した技術で高速で 航行し海の上でミサイルを軌道的に発射 するという前提のものであったんだそう です今回はもう軍事観光そのスタート地点 から 軍人製品をたくさん作っているボーイング 車の乗り物に乗りました 今ちょうど高速走行に移行している最中 ずっと船体が浮かび上がってこれで80 キロでの高校を実現しています せっかくこの東京湾の入り口に面する 久里浜に来ましたのでまずは久里浜ぶらり 建物港から徒歩8分でやってきましたここ がフェリー公園ですあなんかこんなのが あるわ僕も初めて見たんですけれども えー 北米合衆国水死提督 ペリーって書いてあるこれねペリー上陸 記念碑ってありまして 太平の眠りを冷ます蒸気船がここにですね やってきてついに日本のバック側の人と やり取りをしたという場所でございます 先ほどから見ていただいたようにこのすぐ 近くにあります観音崎と 反対側千葉県の富津岬ここが東京湾の 入り口みたいな感じの場所でございまして ここはその入り口のギリギリ外になります いわゆる貨幣6年にですねペリーがここに やってきましてまこのちょっと北側のね この裏側というところに行ったんですが それでもしここを入れてくれないと 悪いけど僕らは強い軍艦持ってるから勝手 にこれでね東京湾の入り口の方まで行っ ちゃうよまさに今日の竹芝桟橋とかの方 まで行こうとしたんでしょうねで行って そこでなんか将軍に直接無理やり挨拶て もらうことになるからそれ嫌だったらば
ここでなんか僕らのやり取りしてくれませ んかねみたいなことバック側に行ってです ねでバックはよしと裏側困るからこっちの あの久里浜の方にとりあえず行ってもらえ ますかと言って えペリーをですね無理やりあの久里浜の方 に行かせることには成功しそして マシューベリーさんはここに上陸をしたと いうわけだそうです フェリー久里浜上陸ずこの書いてあります が 多分ねさっきここら辺にジェット戦で付け たんだと思うんですよねアメリカの黒船が 見えます今回乗ってきたボーイング929 も黒船みたいなもんですよアメリカの すごい船使わせてもらいました 久里浜は本当にもう地理的に東京湾の 入り口も入り口の重要なところでして 国防の要にもなっていて 敵が攻めてくるならまずここなんじゃない かと言われていたようなところもあるそう ですこれねなんか戦前にこういうの作った らしいんですけれども えー一度こんなのはもう鬼畜アメリカを 称えるような席だからこんなものは ぶち壊せと言って一度戦時中にあの壊して しまったらしいですね時に1853年で なんかね 前の父にもあのアメリカの人が実は着てた らしいんですよでなんかこの裏側とかに来 たらしいんですけどその時はあの親切に 対応するっていう方針だったらしくてで 親切に日本にやった結果その日本がなんか うんとも住んでもいいわみたいな 微妙な感じだったのでじゃあ今度はあの ペリオお前めちゃくちゃ厳しくやってこい みたいなはいわかりました」と言ってです ねペリーがお前なんかやったらもう日本 なんかこの軍艦黒船でぶち壊してやるぞ みたいな雰囲気を出しながら来たのでそれ で爆風側も対応せざるを得なくなったと いうことらしいですさて京急久里浜駅に やってきました随分栄えているところです この辺りの交通は基本京急が 主にになってるんじゃないかと思うんです けどもま今回の観光する上でもねやっぱり 京急の方が移動の便利はいいんですけれど もしかしあえてJRで行きます京急久里浜 駅とJR久里浜駅はもうすぐそばにあり まして徒歩3分ぐらいで移動できます 京急の方が先に久里浜に線路を伸ばしてい たんですが JRも元を辿ると1944年に久里浜駅 まで線路を延伸させました 1944年というのはもうバ
戦時中です 太平洋戦争の末期に開業したところもう 当時の日本はモテる資源はすべて戦争に つぎ込んでいたはずなのでここに栗山駅が その時期にできたということはやっぱり これも戦争対策で作ったはずなんですよね なんで作ったのかというと 多分なんですがさっき言ったように ちょうどここにあるわこの久里浜がですね 東京湾の外梅に面するところということで ペリーだけではないですね 太平洋戦争の最終決戦の時にアメリカ軍が ですねここから上陸していよいよ本土決戦 とやることを日本軍も想定していたそう ですそんな久里浜の駅舎はですね2階建て で上にも窓がついているように見えるん ですが実際まだあるんですけれどもこれが 中に入るとですね 天井はなんかもう昨日組んだのがそのまま むき出しになっていてで2階があるように 外からは見えるんですけれども中は全然 そうでないんですよねこんな作りをしてる 駅はね他にはこの間壊してしまいましたが 熊本駅なんかもそうだったんですけれども ともかく戦争中にかなり頑張って突貫工事 で作った場所だろうと思います でねこの路線が本当にその最終決戦のため に作った路線なのかっていうのはちょっと 本当にそうなのかなと思って ちゃんと調べてみたんですが 建設が始まったのが昭和16年ぐらいだ そうなので 多分そこまでの決戦のことを考えて作って いたわけではないでしょうねしかしとは いえ 横須賀の海軍基地をさらに拡張するという ことを考えて作られているところですから 軍事路線ということは間違いありません 列車が衣笠はトンネルに入りましたこの トンネルも結構長いトンネルで作るのは 大変だったようです 横須賀はこのように岬がたくさんある ところで 当然それだけですね 地形も険しくなるので 長いトンネルを掘ったり急勾配を超えたり しながら 頑張って列車を通すように工事していた そうです これを抜けると横須賀に着きます 本当に長いですね全然出口が見えないわ 戦争が始まってから作り始めた路線ですね 大きな飛んでる 将来は伏線化する計画があったのかもしれ ません日本の線路を通してたくさんの輸送
料を確保するという考えもあったん でしょう今は単線での運行です 着きました横須賀駅 横須賀 ご乗車ありがとうございます 横須賀駅に着いた時に横須賀ってなるのが いいですよねいつまでも買えないでほしい と思いますそして横須賀駅を去る電車の 前方にあるトンネルを見てみましょう こちらはレンガのトンネルとなっていまし て レンガというのは明治時代ぐらいの技術の 結構古かった時代に作られたものです さっき抜けてきたトンネルは コンクリートで作られたトンネルでした それよりは新しいのですつまりここから先 は明治時代に建設されたもっと古い横須賀 線の線路だということがわかります 横須賀は 江戸時代から造船所が建設された 国防の拠点たる港でした 屋根に飾りのついた立派な プラットフォームです いつの時代からのものかわかりませんが 多分まあ昭和初期とかかな 列車を降りてから駅の外まで階段が一切 ないのが横須賀駅の特徴 水兵さんが来ましたねアメリカの人だ 横須賀駅舎もこんな感じの造りになってる んで久里浜も横須賀も別に 突貫工事で無理やり作ったしょぼい駅とか そういうわけではないのかなこれが横須賀 の駅舎これもまた戦前から使われている とてもかっこいい看板になるような駅舎 です 横須賀はもう目の前にですね 海上自衛隊やアメリカ海軍の基地が広がっ ているところでございましてそのアクセス のためにこの横須賀駅が設けられたわけ ですですから逆に言うと横須賀の街の中心 部からここはちょっと離れておりまして 駅の周りもねどうもいまいち神奈川県で2 番目に歴史のある市の光景とはちょっと 感じ難いところでもあります駅はすごい 立派ですけどねこのあたりに後でもう一度 やってくるので例によってまたバスに 乗り換えです 英語表記が街の中にたくさんあって 米兵さんが運転する車をとにかくいっぱい 異国情緒が漂いますよく考えたら今日日曜 なんでねアメリカの方がもう本当に たくさん街に出てますわもう観光客も多い んですね米兵さんと観光客がもうほとんど みたいな感じですでここになんか車が乗っ てるんですけど
ドルで値段が書いてあるわ 店を除いたらもう店の人もアメリカ人でし たよなるほどアメリカ人を意識したような 名前のものがいっぱいあります リバティとかなんかみんな喜びそうですよ ねハウス横須賀マンションなんですけど 英語のマンションをねなんかベルサイユ 宮殿みたいなやついうことを言うらしいの でだからハウスという名前なのかな横須賀 海軍カレーの店この店は空いています インドかネパール系の方がやってるみたい なんですけれども 海軍はアルファベットなんだな海軍カレー セットを頼んだんですけれどもいやこの手 のやつってねほんと異常にコスパ フォーマンスがいいですよマンゴー ラッシュ100円ねでさらに牛乳もついて であとはあんまり辛くない日本人の口にも あったカレーを出してくれるそうです そしてメインのカレーも届きました 海上自衛隊で今はね金曜日にカレーがご飯 で出るんだそうでしてそれで横須賀も海軍 の街なので 海軍カレーというのキャンペーンにして ですねカレーの街横須賀というので売っ てるそうですお隣には視聴者の方も来て ました それだけ観光客も来るんだな 猿島公園という場所がこの近くにありまし てそこへ行く船に乗るつもりですさっき実 は船からも見えていてちょっと紹介したん ですけれども 東京湾のこの辺りには島を使った要塞が3 つ存在していましたでその中の最も手軽に 行くことのできる場所でなんか無人島見物 ということですねあの海軍とかに興味の ない人からもリンキを集めていると言い ます 仙台は大混雑 混雑がすごいとねもう満員で乗れなくなっ てしまうこともあると言いますから早めに 行った方がいいでしょうね すぐそこに猿島が見えます本当にすぐの 距離です ちなみにこの船はトライアングルという 船会社が運行してるんですけど 前ですねトライアングルさんにご協力 いただいてこのぐらいだったかなこれは あの1隻貸し切ってですね 先ほどこの動画で紹介した 第2海堡までですね 船で行ってそこを貸切見物みたいにさせて いただいたことがありますんでよろしけれ ばかなりね面白い動画だと思うんでお 楽しみいただければ幸いでございます
普段船に乗ることがあまりない人にとって は新鮮な経験になるでしょう 乗船時間がそれほど長くありませんからね あの船酔いとかの心配がほとんどないと いうのもいいと思いますあそこが桟橋です ね 戻ってくる人の方が今の見た感じだと 少なめのようですね この島は 江戸時代にもともと要塞として1846年 かなこのようにですね色々設備が設け られるようになりましてその後 太陽戦争が終わるまでは 軍事上の拠点として一般の人が立ち入る ことはできず戦争が終わった後もすぐには 入れなくてアメリカ軍に占領して使われて いたんですがその後も 国にですね 立ち入りは禁止ということでなかなか入る ことができず 割と最近になってごく普通にお気楽な観光 としていけるようになってきたというよう な経緯があるそうです 海岸のところに 石垣が見えますねあれは多分とても貴重な ものだと思いますよ まあ新しくても大正時代おそらく 明治時代ぐらいの構造ではないかと思い ますこれは海からしか見ることができませ んから上陸前に楽しんでおきましょうまた 先ほども船で通りましたこの辺り金塊は 浦賀水道という 海の道路のようなものが通っていまして ここが東京の海の入り口になるわけです 横浜ないしは 東京へ向けて貨物船が大量に航行してい ますそしてここで 左手を見れば 横浜ランドマークタワーなどの景色もまた 見ることができます 肉眼でもわかると思いますよ今日は東京 スカイツリーも見えますねだいぶ視界が いいと思います 猿島への渡し船は1時間に1本ですでただ 炙りもお客さんが多くなって乗り切れなく なったりすると 増便してくれることもあるらしいです 首都東京を攻撃しようと迫ってきた敵の 戦艦に対してここに設置された砲台から バンバン攻撃は浴びせるというのがこの 辺りの想定していた使い方実戦で本当に そのように使われることは一度もなかった らしいです 接岸の直前が一番 石垣がよく見えますね
はいオッケーですまずこの桟橋を取ろうと 思ってやってきたんですけれども他にここ には観光客がいないみたいでね早速穴場に ありつけてちょっと嬉しいです この辺りが砂浜になっていてすごい浅瀬な のでもちろんこの辺りには船は近づけず 沖の方までですねこれ道を伸ばして人工的 に作った乗り場からみんな帰っていくと いうことになっています 船は1時間に1本ずつ出ていますそこら辺 も結構浅いところがあるんですね 間違って乗り上げないようにということ ですかね高い棒みたいな多分大昔から建て ていたんだろうと思いますが 立てて 軽快の道しるべにしているようです みんな遊んでいる手前のこのコンクリート ブロックは 砂利がものすごくたくさんあるから多分 戦前の質の悪いコンクリートでしょうね 明治時代からコンクリートってのは一応 存在したらしいんですけど 技術のかなかなり初期のコンクリートだと 思いますよこれ 600円払うとガイドツアーというのを 参加できるそうですが600円の頃なので 行った方がいいと思いますよは言いながら ちょっとガイドを受けながら動画を撮 るってのは難しいんで僕は行かないんです けれど絶対おすすめですねこういうのなん かトイレならなりコインロッカー結構充実 してるんだね 広島っていうのがなんか廃墟がいっぱい あるところみたいな印象だったんですけど なんかね現役の施設が普通にあるんですよ これ何かな 発電設備って書いてあるんですけど 戦前からソロだったんですかね へー何これいや絶対最近の建物じゃない ですよ 帝国海軍時代のものです煙突もレンガ造り まあ煙突がレンガなのは耐火性の関係で 割と普通なのかな 奥にも何やらの移行らしきものがかなり たくさん残っています 詳しいことわかんないですけど島に入って いきなり急な坂道になっちゃうのでただ その燃料が必要なこれは発電設備とかって のはなるべく海に近いところに作るんじゃ ないかとは思うんですよねだってねこれ急 な坂道のところ持ち上げて発電とかつくの 大変じゃないですか電気に変えちゃえば あちこちで送ることができますけど ちなみに島の中はとてもいい匂いがします なんか植物園に来たみたいな感じ
切り通しの区間こういうのを作るのも かなり土木工事が大変ですからね 明治時代ぐらいの頃からこれを江戸時代と かかな 作ってたとしたら相当だと思いますよよく 見てみればこの真ん中の通路の両脇にです ねたまにこんな階段みたいなのがありまし て上に上がれるようになっております 上に上がって攻撃することもそれが必要 ですもんね この上段に対応を設置して船に攻撃を 浴びせる計画だったららしいのですがその 下のここにですね弾薬庫がありましてこの 弾薬庫の奥の方には縦向きの垂直の穴ぼこ もあるらしいんですが 要するにエレベーターみたいな感じでここ から真上にある大砲にこういう縦の穴を 使って直接弾薬を開けたのだろうと思い ますとはいえこれの上まで全部弾薬とか 開けるのも相当大変でしょうからね大砲の 玉なんか特に 相当苦労していたことでしょうさあ前方に レンガのチャンネルが見えてきました さっき横須賀線でトンネルを掘るのが大変 だという話もしましたが 割と当時にしては大掛かりな土木工場を やってたんですよねそれだけこの場所が 国防上重要なところだったということが 分かると思います ちなみに左右様々なところに扉が付いて ますけれども 特にこれについての案内は多分なかったと 思うんですがまあどっかまた 関連施設の下とかに続いてるんでしょうね そうでしたね 上の方にある砲台に連絡する階段があり ました すれ違った人がよくこれ関東大震災耐えた ねみたいな鋭いことを言ってましたけど 確かにそうですよねよく耐えましたよ天井 の積み方もあんまり見ないようなやり方に 感じますがどうでしょうフランス済みと 書いてありました いやこれはいいねこれはみんな喜びますよ こんなにたくさんね裏側のものまで見 られると思わなかったですが通常は あんまり 非公開みたいになってここの先は危ない から立ち入らなくなるとかなってると思う んですけどこのトンネルの部分とかも点検 をきちんとやって 安全を確保してるんでしょうねここも壁が 崩れないように土木工事やってます 横須賀市もここ頑張って維持してるん でしょうね観光の目玉ですから
海の方にみはらしのいい展望台みたいなの 作ってくれてるそうですこれ当時からあっ たのかなともかく今は浦賀水道航路を行く 船たちの良い展望スペースになっています またこのよくわからない展望台はですね 江戸時代のだいぶ後だったことが分かり ましたこれは1847年ペリー来航の多分 56年前だと思いますがその頃にはもう 要塞化されていたということですああ ちょうどここに書いてあります1853年 にペリーが来たわけですから 黒船が来航していたわけでもないのになん でここに ダイバーを作っていたのかと言いますと この1847年とかこの頃にはすでにね もう外国からの情報で日本に来たがってる 国もあるみたいですよみたいなことは オランダ風雪とかによって幕府には伝わっ ていたらしいです 授業とかで習った方も多いと思うんです けどオランダ風雪というものがオランダ から来てですね フランス革命とかそういう海外事情も江戸 幕府は割とリアルタイムで知っていた らしいですね だからじゃあそろそろこういうの作っとか ないといやいや来るんじゃないかいや あそこの観音崎とか裏側に外国船の中 たまに来そうだしみたいなねそういうこと もあったしあとやっぱ単純にね イギリスとかの船がそこら辺の裏側とかに 接近して すいませんけどちょっと貿易しませんか みたいな誘いかけをしていたりということ もアメリカ来航の前からあったそうです 東京湾の入り口であるこの辺りにはもっと 守れを固める必要があるということで 明治大正時代などに埋め立てて 第2海堡第一海堡さらに 反対側の千葉県富津岬のあたりにも要塞が 建設されました 近いですよねあれがこの間上陸して紹介し ましたけれども 建設された第二海堡もう今では国防の関係 であれが必要ということはないんです けれども 壊すのも大変だということで今でもその姿 を見ることができますあちらは第一海堡 その裏側にある 向こうに見えている土地はもう千葉県の 富津岬です ここから移動してくると比較的近代的な 大砲の跡地もありました これですね今はもう上から見るだけですが おそらく昔はこの真下とかに扉かなんかが
ついていてさっきのあった地下施設と連絡 していたんじゃないかと思いますこんな ところで表立ってね海の方を向いてなんか 攻撃とかしてたら 例えばなんかあれが敵の戦艦だとして あっちから大砲を打たれたら僕死んじゃい ますからねその矢ですから 猿島とすぐ近くにあった第3海堡それは もう解体されてしまったんですがそれから 今映した第1海堡第2解放と反対が普通岬 昔はたくさん砲台が設置されていたらしい んですが今はもう全部廃止されています この要塞もね 海の高さからの攻撃にはもうなんか滅法 強く作られてるようですけれども 左右にね 爆弾とか大砲みたいなのが飛んできても 全然ダメージは受けなさそうな感じですが 上からの攻撃となると話は別なんじゃない ですか今あの飛行機っていう話をしました けれども 飛行機が空襲したら上から爆弾を振って いきますからねそれを想定した作りでは ないでしょう もちろん基本的には地下施設なので結構 防御力とかは高いんだろうなとは思うん ですけれどもあの今の戦争ってなんかどう いうふうにやるかというと航空母艦という 大きな船を用意してその上から飛行機を 飛ばせてですねでその飛行機が空襲を 仕掛けたりとかするというのは主なやり方 なんだそうです要塞を建設してそれで大砲 を反撃するみたいなことをやっても無駄だ からだからもう使われていないということ なんだろうと思いますだからレンガとか 石造りとかそういう風なものはたくさん あってその分ねとてもいい雰囲気になって いるんですけれども 太平洋戦争の頃にはもう実用化されていた コンクリートみたいな移行は全然ないです もんねだから帝国海軍で有名なあのヤマト とかですね武蔵とかそういう大きな船あの もう当時最大最強と言われて大きな船も 作ったりしてはいたんですがまあ当時から そんなもの作っても今の時代に合ってない んじゃないかみたいな議論は海軍の中でも まあかなりあったらしく ヤマトとか武蔵並みに大きな戦艦をですね もう一個作る計画があったんですけれども それは急遽計画変更して 空なのというものに作り変えてですね 当時最大の空母であったそうなんです けれどもよく知られていることです1時間 の滞在の後帰るんですが こういうとんでもない行列になってるけど
これ帰れるのかなあそこでね一応桟橋の係 の方がなんかカチカチカウントしてますが 係員の方がね横を通過したから帰れそう ですわ 乗れるみたいですけどすごいことになるん じゃないの 引き上げ線体験かなでも乗せてくれるなら 何でもOKさすがに足りないですけれども スペース的にはまだまだ全然余裕があり ます236 名も乗れるそうですもしも乗り切れなかっ たら臨時便を出してくれるからまあ ジャンボジェット1回分ぐらい乗れ るってことを考えればまあまあまあまあ 全然ね 猿島にはゴミの食品施設もないですから 全部持って帰るんですね 半端に帰ってきて左手を見れば あんなところに 潜って頑張って 維持の 作業してる人がいますね一人やってるの ああいうやつも 全部このような作業をしてうわー大変そう だ それで 形を維持してるんですねどんなものでも 思わないところでコストがかかるものです さて今度は横須賀駅の割と近くのところ までタクシーで戻ってきました今回の メインイベントです あそこになんかすごい人をたくさん乗せた 船がやってきましたがあれが横須賀軍港 めぐりというものでこのあたりを今 実際に警備している 自衛隊の船アメリカ軍の空母などを見る ことができますこれさっき横須賀駅から見 た ヘリコプターを乗せた出雲ですねそして 今日の横須賀にはですねアメリカからやっ てきた大きな航空母艦エイブルハム リンカーンというのが来ていましてそれが 来ることは珍しいしまた 飛行甲カンパンの上に 関西駅戦闘機をたくさん乗っけた状態に来 ているということでそんなものを見ること ができる機会はそうはないそうです今日は 軍艦マニア軍艦を持ったの方がですね ものすごくたくさん乗っていて 空母が見られるかは右側の方から ものすごく席が埋まっています 幸いなことに無限側を取ることができまし た1個だけまだ空いてましたもうなんかね 船マニアの人がものすごく今日たくさん 乗っているかな音声の出航の1時間前から
すでに行列ができていたそうですこれが この日最後の軍港巡りなんですけれども 見物線の復興です ここら辺は全部石造りです 戦争が終わった後アメリカ軍が駐留して いるわけでしょう うおおすごい早速見えてきてますわこれが 後でまた見ることになると思いますが エイブラハムリンカーンですね アメリカ 西海岸から来たんですねこの船はね ー450 km 圏内なら100発のミサイル全部 撃ち落とせる船これありがたいですね の上空にあたりますつまりイージス艦3隻 いるだけでも日本全土の上空 ミサイルから 守れるそんな船なんです よ あと10秒もするとその迫力霞みますなぜ なのかもう 半分近く見えてますさあ皆さんこの イギリス艦の奥に見えてくるとてつもなく 巨大な船写真に投与してください すごい大歓声ですね 20年前2002年の8月しかも九州長崎 佐世保です つまり20年に一度見れる前にも日本の どこかでという話だ 暖房は72番 世界最大の空間のうちの1隻 原子力空母のエイムの臨海になります 普段はこちらもアメリカ合衆国 サンディエゴの港を母校にしているため 日本じゃほとんど見れません さあそしてご注目いただきたいのはあの船 に乗っている戦闘機飛行機の数々 関西人が 満タン状態なんです 基本的に空母という乗り物あのように 止まっていたり港の中では戦闘機が飛ばせ ない行動です 普段は港に帰ってくるとき海の上で全部 飛ばしてから 港に入ってきます あのように 港の中で戦闘機が乗っているしかもあの量 めったにありませんつまり長い間横須賀に いるというわけではなく 少し補給や跳ね飛ばしができれば すぐに3ゲームがインドに回転してしまう という状況です 全長は端から端まで333 名となる
東京タワーとほぼ同じサイズ 戦闘機全部戦闘機の場合は最大80人以上 乗せます大きな学びたくさんの戦争 乗組員もずば抜けてますさっきご紹介でき た 海上自衛隊最大の出雲で取り組みが470 年ほど 5000人とかじゃなかったかな すごいですよこれ最大 [音楽] 排水量10万トンだそうです 今回ね 航空母艦の話をしておりましたが 一番空母に近づける位置 運行目にこの位置1回しか通りません今の はこういう風な 航空母艦を飛ばしてそれで 海の上に人工的な基地を作って 敵を攻撃するというのは 主だったやり方だというのは わかっていただけたかなと思いますまあ僕 も 全然知識足りないんですからね 立場じゃないんですが アメリカ 本当に渡っていただいて 宿泊をしてやっと先生ができますアメリカ 本当に渡る場合ですと旅費はだいたい 40万円超えちゃいます その皆さん今日は船に乗っていい天気で クルーズをしながら1セット600円で いきます ちなみにこの空母 現在公開を控えている トムクルーズ主演の トップガンマーベリックに撮影前面協力し てるんです トムクルーズはしっかりあのエイブラハの リンカーンに乗り込んで 本物の戦闘機で撮影してますちょっとね 今回はずっとこれを映し続けるのが動画の 作り方としてどうかなとは思うんです けれども 先ほどから皆さんにも説明がずっと続いて いると思うんですが 本当にねこれ 珍しいものですから私もわざわざ今回この ために横須賀にやってきたと言っても過言 ではないので1 秒でも長く録画しておいた方がいい でしょうね [音楽] 史上初の女性だそうですかっこいいですよ ね てください
でもめちゃめちゃ大変でしょうね いつまでも見ていたい 立派な 空母でございました 女性 の今回の動画はねアメリカ様が開発した ボーイング急に級ボーイング社ってのは あのB29とかを製造してる会社なわけ ですけどもアメリカ様の製造した飛行機に 船で 横須賀にやってきてアメリカ様が持ってき たすごいでかい 船をねもう面白くなって見物に来ようと いうことですから 江戸時代とやってることは変わらないわけ です 江戸時代も黒船がやってきた時にですね 物珍しいということで江戸の人たちが 頑張って裏側でやってきて黒鬼を一目 見ようと頑張ったそうです さんのイージス艦になりますあそうなん ですねこの船は空港の護衛のために来たん じゃないかと呼ばれているそうで 要は空母というのは大きくてしかも空母 自体が攻撃をする能力は持っていないので 護衛のための船というのはやはり必要な わけです ちなみにそもそもですね何で日本には アメリカ軍の基地があるのかということな んですけれどもああいう風に英語とかを いっぱい書いてるのかということなんです がまあご存知の方がもちろんね多いと思う んですけれども日米安全保障条約という ものがあるからですなんでそんなものやっ てるのかというと 太陽戦争が終わったとアメリカ軍は 日本国憲法を作って日本に 軍事軍備を全部放棄させてそれで軍国主義 みたいなものから出させよう無力化しよう という考えがあったようなんですがところ が 東西冷戦があって日本を東方の国の最前線 の防波堤として活用しなければアメリカ側 が大変なことになってしまうということに なったわけでした 見てなんか珍しい船が来てるらしいですが なるほどね はいしっかり聞きましょう [音楽] 今日は 珍しい風景まで届けています [音楽] 解説がとても素晴らしいわ 上質な解説をしてくれて 呉の生地を5号にしているため
横須賀では滅多に見れませんさあ 船長が奇跡を二度からしましたがこちら左 に曲がるという [音楽] この軍港めぐりは面白そうですね そんなものがあるのあれが何その VIP用の船なんての持ってるんですか 8周目となります [音楽] JRの電車でございますと大体車両が4両 分もの長さです 色々な案内がね私がするやつと 案内の方がしてくださるやつと11があっ てちょっと行きつましいんですけれども ここにまた小さな水路がありますこれを 通り抜けていくことで 横須賀の 駅の方へまた行くことができると言います 皆さんの感染が上がってましたがそうです ねちょっと 学校気味にはなってしまいますがこういっ た船逆光でもシルエットでもだいぶ囲い です 繰り返しですが軍港めぐり1ヶ月やって1 回見れるか見れないかそういった状況に皆 さんバッチリ出くわしています 写真やカメラ覗いて撮るのもいいんですが ぜひ肉眼にも焼き付けておいてください 写真動画じゃ伝わらない迫力がここには今 見えてます さあ本線普段こんなところでこんなに ゆっくり止まりません船長大サービス ありがとうございます でもあまりここにいてもやはり阿武隈の 出向の 妨げになってしまう場合もございますので 安全な距離を保ちつつ様子を見て動き始め たいと思います この水路はそんな昔からあるんですね 130年前に海を開拓するなんて大変な ことだと思いますよ なんで作ったのかという説明をしてくれて います そういったことも考えると 近道が必要だから作ったんですね 横須賀線もそうなんですけどね明治時代に 切り開いた水路のギザギザがこんな風に まだ残ってますこれ人工的に 切り抜いた後ということでしょうね多分 なんかその 弾薬を保管してるかなんかわかりませんが 昔から使っていたらしいコンクリの横浜も ありますわ ね それあたりの回なんですけどね
[音楽] その奥の2隻も 同時に4隻越されてるとより良い写真です 非常自衛隊最新鋭も最新鋭の船ですこれが そうなんですね あの見た目は見つかりづらくするための 工夫なんですレーダーに見つからないです かね人からかけるには もう海の上で こうあのようにすると 凹凸が少なければ少ないほど 反射科なんかを使うんですよね電波の これだと反射の回数が少なくなるのかな ステルス性が高い船 ステルス缶という表現になります こう型感人間の兄弟姉妹にも見えるという ことから 姉妹館とも言われます なぜ兄弟艦ではないのかというと 船そのものが女性の文化なんですこちらに 泊まっている2席は 上は自衛隊の技術館だそうです 敵がミサイルを撃ってきたこれで何とかし てくるってことなんですよねまあこの船は 今はお休みだと思うんですけどこういうの が1本の近海で高校として今も任務につい ているものと思います 5号にしているイージス艦ですよく 考えてみてください 船を使って横須賀から京都に行こうとし ますと 当然大変なんですよね車は乗れませんので 日本列島を半周しないといけないです 横須賀でほとんど京都の舞鶴を基地にして いる船めったに見ることできません そしておまけにいいですか日本はたったの 8隻しか持ってないんですそれを日本に 均等に配備していますしそもそも任務や 訓練で大忙し 港の中で見れることの方が少ないです それを今日は一石だけではなく2隻も見れ ています おそらく軍港巡りも明日からエイブラハム リンカーンやこういったイージス艦に ステルス管の影響も神にしておそらく 値上げしちゃいますそのくらいしないと 周りに合わないくらいの 光景ということです 今 の海の上の 動くことです1秒間だとだいたい1080 リットル程度ですですが皆様のお風呂を いっぱいになるって事ですかね今 説明していたやつによりますとこの手法な のかなこれを打つ16キロ先まで
結構命中率もいいらしいですから 全然違うものだったでしょうか [音楽] 出雲がもう一度現れました今の海上自衛隊 のフラッグシップって言えばこの出雲に なるんじゃないですかねどうなんですか ちょっと詳しい方を教えてもらいたいん ですが 面白いものをたくさん見ることができまし た ちなみにここからではあまりよく見えない んですが左手にドライドッグスと書いて あるのもありましてこのドックはもちろん 船を建造するための施設なんですが一応 ドックはあるかなどれもめちゃめちゃ古い んですよね一応ドックは作り始めたのが 江戸時代 1866年ぐらいに建設を始めたものなん だそうです 改めて非常に素晴らしい体験をしました 我ながらねよくこんな 軍事関係素人でこんなにいい状況に今あ るってことを知ることができたなあと思い ます 向こうにあるのがそのヘリコプター搭載館 出雲ですねそこから軍港巡りに乗ったわけ ですが 超便利な宿泊先が今日の止まるところです これですね メルキュールホテル 軍港巡りもうメルキュールホテルも自衛隊 の船巡りもできホテルもすぐ近くにあり そこには京急汐入駅があり 利便性は万全の立地ですこういうホテルが あるのを知ってるけど 季節の食材を云々のコースとそんなにいい ホテルだと知らなかったですねそれ チェックインをさせていただくところです ね見ると レジストレーションとかですねラスト ネームの云々アドレスジップコードみたい な 急に海外旅行みたいな感じになってきたの が気になりますが 海外の方のご利用が非常に多いんだそう ですそれは米軍基地が近くにあるからです ね今回は デラックスウェアどこにでも英語が書いて あって リアルな軍港の街を訪ねているという感じ がします 物々しか開いたな 普通ホテルは部屋に入ったらば視界に ベッドが入るんですけれども ベッドがありませんまさかベッドなしの
部屋のはずないんであーいい感じじゃない ですかどっちかっていうと小さめの スイートルームって感じですね小さめとか 言ったら失礼かないやでもこれはいい ジュニアスイートルーム 感覚で使える広い部屋ですねもちろん スイートルームではなくデラックスルーム として扱われていますそして窓からはいい ですね 先ほど原子力空母見た横須賀の街並みが あります すぐそこがアメリカの軍基地とかですね 日本の 潜水艦が止まってるところとか 部屋の向かい側は横浜のランドマーク タワーですね 僕が大学生だったのも 遠く昔のことになろうとしていますその 景色を見ながら 夕飯が食べられるレストランです メニューは飲み物も含めると多分1万円 ぐらいになるであろう 立派なコースでございましてですねこれは カツオ いいなぁこちらは珍しいVの牛肉だそう です まだ食べてないんでしょう感想は言えない ですけども 合うワインまで持ってきてもらいました すいません スープの底に小豆が入ってですねしかも 柑橘系の 俺オレンジだったからで煮込んでくれて るってことです 葉山牛のポワレです 夕飯も食べてお部屋に戻ってきましたこれ テレビここも回るんすねだからどっち向き でも使えるってことか テレビが2つあるのはありますけど回る テレビがある方がなんか人間的ですよね おはようございます 横川さんなりました 大人の部屋 パンタイムスみたいです 多分海外の方がお泊まりなんでしょうね アメリカの米軍の関係の方かな んですけれども ここからも消しすごくいいですよ 向かい側には 普通岬千葉県が霞んで見えますその手前に 浮かんでいる島が 第1回ほど 第2海堡ですこの2つの島と後は 昨日紹介したこの右手に浮かぶ猿島この3 つが
横須賀周辺の昔海を守るための要塞だった 島ですねまた木の利用した軍港を巡りの 方面の景色見えますが 昨日とかまた違ってきてですね 南極観測船の知らせが入ってきています 横須賀を母校としているので割と見る機会 は多いですがとはいえられたらラッキーな 部類です 新井の 掘割スイードがあります 昨日はそこを通り抜けて裏にも止まって 感染をまたたくさん見たわけですそういう のを見に行くにはここからこうクルーズに 乗るのが一番です 部屋に戻ってきて外を見かけると見ると ですねちょうど今何が出ていくところでし たまこういうのは横須賀ではよくある光景 なんでしょう ヘリコプターかなんかをあの中に搭載する 缶のように見えますがどうでしょうか 冷蔵庫に入っているソフトドリンクが飲み 放題なんで 炭酸オレンジジュースを作って飲もうかな まず 炭酸水を入れて 次にある程度比重の高いと思われる オレンジジュースを入れてもう1回炭酸水 を入れててミックスをすればですね おそらく いい塩梅で混じるんじゃないかと思います 今回は 案件なんでねこれ普通の人が入れる場所 じゃないんですけれどこのホテルの屋上に 来させてもらったんですが 横須賀の街が一望まこれでね参考までに 立地を確認していただければなと思うわけ ですさっき見た方向こっちですね浦賀水道 を行きする大量の船が見えますがタンカー ですね長いですね 僕が千葉県です まだまだ右の方も見えますよ さっき出て行った自衛隊の艦船があれかな 裏が水道出て東京湾を出航するようです その 南方に出っ張ったこの岬が有名な観音崎 ですね 昔から後悔の時にこれを気にする場所とし て 裏が水道を通る人たちが通ってきました ところでですね裏が水道裏が水道と言い ますが 裏の後は何なのかまあもちろん皆さんも 場所の名前だということはご存知だと思い ますが 裏側を見物に行ったことがある人はあまり
いないはずです2日目の今日は裏が地区を 回ってみようと思いますあとさっき午前8 時に外から音楽がなってたんですよなんか 防災無線のテストでもやってるのかなと 思って聞き流しちゃったんですけど 実はもう [音楽] せいってあのあるじゃないですかアメリカ の国家ですね スターフラングドバナーでしたっけなその 清浄機の歌がですね 向こうから聞こえてきてたららしいんです よね 横須賀の朝はその星条旗の歌で始まるそう ですホテルを出発してバスなどに乗って ですね簡単に移動できます 観音崎の近くまで来ましたもう海がだいぶ 近くドライブコースのような感じになって いると見え 走り屋みたいな人が来るんですかね22時 以降外で騒ぐのエンジンが不可すな220 より前だったら許してくれるという寛容の 精神です ホテルのある汐入駅から京急本線の電車に 乗って1本で浦賀駅まで行けますが せっかくなんで面白い地形を紹介したいと いう話でこの海岸のところバスみたいな 通ってるところで来てですねでここから ブーっと 船に乗って裏側の細長い水路に入ります その方がより深く裏側を紹介できる でしょうということで今回は チャーター 僕専用の船の時にちょっと用意してもらっ てるんですけれどもこれはトライアングル という前に覚えてますあの第二海堡の時に ですね 取材でお世話になったあの会社の船なん ですけれどもその時も貸切だったんですが 今回もまた改めてやらせていただきます 千葉県の方を向いて向こうが第2開放なん ですが前回はあそこに行きました今回も ですねこの桟橋は普段は使わないところな んですが今回は特別に臨時便ですこの船 19トンなんですねギリギリ小型船舶免許 で運転できるのかな 普段は猿島航路に就航しているので猿島 までの運賃表とかが書いてありますが今日 は全然違う場所になります この3場所よりももうちょっと向こうの方 に行くともう砂浜に入ってますから 水深が浅くて座長するかもしれなくて危険 ということでまこの辺り周辺だけで なるべく動き回るように注意して操船して いるそうですなんか栄光してるな
可愛いですね 犬の散歩みたいだあれもお互いに止め合っ て2人4客みたいな状態になってるよう ですもうここが先ほどホテルから見ました 観音崎です1本で一番最初に作られた洋式 灯台が観音崎灯台関東大震災で壊れて しまいまして今は新しいものになってはい ますが新しいといっても 関東大震災がもう99年前ですからね オート古く 東京湾を通っていて目立つ東大ですあとは ね今ちょっと僕の友達に教えてもらったん ですけどここにありますこの建物が 東京湾のこの辺りの交通管制を担っている んだそうですちょっといい打ってもいい 大丈夫ですこちらあのトライアングルの 千秋君です 僕もたまに東京湾で船に乗ることあります けど大概は 水深が深くて大型船が通行しなければなら ないあの浦賀水道のところから見えるだけ ですから 7回観音崎をこんなに近くから見ることは なかなかありませんここが東京湾の入り口 である場所ですねこれ 回り込んだところに裏側がありますさっき のペアになってる漁船がよく見えますね 日本初の東大であった観音崎灯台が大正 時代の 震災で壊れてしまったわけですがその残骸 も下に落ちているそうですそうなんですね 正確なことは今はわからないんですが 多分ねこれとかがそうだと思います またその横にこんな出っ張ったものがあり ますけれどもこれも軍人席で今扱われてい ませんが 海軍が潜水艦が東京湾に入ってきやしない だろうかということを 感知するための音を聞く場所として使って いたそうです 戦後ここが廃墟化した後ですね一時期は 吊り橋が勝手にかけられたのかな 釣りの人がやってきて釣っていたらしいん ですけれども一応立ち入り禁止ということ になっていてそれが今もそう 東京湾が入り口だという感じがしますよね そうで世界の重要な要人とかを乗せた船と かがやってきた時には 観音崎かなようこそ日本東京へお越し くださいました ポーンと霊峰を打つのがお決まりの パターンだそうです今日の東京は比較的に 波が高くてですねちょっと揺れがちです この船首のめっちゃ前まで行けるんです けどもう揺れる揺れる
大丈夫ですよ 多少揺れがね大きくても安全運行には全く 問題ありません 左手前方に伊豆大島とかも見えてきた ぐらいのところでですね えーまた右手には方角を示す部位が立って いるんですけども ちょうどこの辺りがね最初アメリカの フェリー艦隊がやってきて日本上陸する時 にサスケ花号がやってきて 怒りを降ろした場所なんだそうですでここ から裏側に入っていくようにと言われた フェリーは小舟に乗り換えてですね 向こうにやった浦賀のワンの中に入って いったのだそうですここから見るとあそこ に ワンがあるとはわからないような遅い海域 ですが 確かにねさっきの犬の散歩をしている船が 裏側のワンの方に入っていることがわかり ます 現在地は地図で言いますとこんな感じに なっています また東京湾フェリーが来ましたね 反対側の千葉県との間を頻繁に行き来して います 前方に昔風の建物が建っていますあれは 再現で作ったものらしいんですが 観音崎灯台ができるまではあれを 東大として活躍していたそうです常夜灯 みたいな感じですかねここからですね奥の 方へ向けて入っていくのが裏側 白波が建つようなこの外の海と見比べてみ てください 山に囲まれているので外の波も入ってこず とても穏やか湖のような静かな源です それでいて高い山に回りが作られていると いう関係でこの水深もですねかなり底の方 までこう深くこうV字に切り込んだような 形にどうもなっているらしく 昔からここを船の拠点として使うのが適切 だと考えられていたのだそうです ちなみにこれはがっつり宣伝なんです けれども今度裏側で目黒プロジェクトと いうのをやる予定です先ほどのフェリーな ところからこの先裏側の奥のところまでは 巡れる遊覧船が出る予定です臨時珍しい 機械ですからぜひ乗りに来ていただきたい ですですから細長く狭いはに見えて意外と ですね水深もあり 比較的大型の船なども入れるような環境が 整っているようですもう全く揺れはあり ません静かな裏側の案内に入りました その1の入り口のところに2つそれぞれの 出っ張った半島に神社があります東加納
神社その 奥の小山は勝海舟が管理丸でアメリカへ 向けて太平横断に出発する時に 福岡の無事を祈った場所だそうです 反対の岸には 西加納神社というのもありましてそれぞれ 両方を巡るというのがこの辺りの定番の 楽しみ方ですとはいえこんな細長い湾に なってますからあんな奥まで行ってまた 戻ってくるのは面倒なわけですけれども もちろんそういったことは織り込み済みで それぞれの結ぶ私分ね愛宕丸が就航してい ますこの渡し船をトライアングルだそう です ちょうど今 離岸するところじゃないですかあそうそう みたいですねはいはいはい今回は最初東海 汽船に乗りましたがその後の船は全部 トライアングルづくしでしたね トライアングルさんから頂いた案件なんで 当たり前なんですけどね 本当に狭い地形ですよ フェリーも最初ここへやってきた時はこの 裏側の1を川だと勘違いしたそうですまた 裏側導線の街として非常に有名でなんなら 日本で初めてですね大型船を建造するため のドックを作り始めたのもこの裏側 ここに 扉みたいなので 空間がありますが今から上陸すると覗ける と思いますものすごい深い穴がですねこの 裏に開いているはずです 裏側に到着この桟橋は11月12月には皆 さんもですね遊覧するためここら辺をこう ぐるっと回るので使えますんでぜひ来て いただきたいです宣伝です 着いたこの桟橋の裏側にですね大きな穴が 開いていると言ったでしょ本当に開いてる んですよすごいですよね大きな船をここで 作ったり整備したりするための裏がドッグ です とても貴重なものですよレンガ造りです からね トップ自体はですね横浜とかにも一部残っ ているんですがここまで ドッグらしい姿で残っているのはこっちの 方がすごいのとあとはレンガ作りの明治 時代初期から活躍してきたことを示す古い ものは裏側にしかありませんもともと 住友の経営の企業が2003年までだった かな使っていたということでここの部分が ですね コンクリートで延長されて全長170 メートルになっていますもともとはあそこ の部分だけでこの中に海水をためて外から
船を取り込んだあと海水を抜くというよう なことをやってそれで人間が整備できる ようになったんですねいわゆる 勘ドックというやつですここでは主に整備 をやっていたんですそうですね建造はまた 別のドックだそうです 役割がいろいろあるんですねそこで船に 到着してですねこの今水門の上を歩いてき たわけですが わかりますよねどういう構造かあそこに山 があるんですが本当はあの山はねもっと こっちの方まで出ていたらしいんですこの ドックを作る時に 山を切り崩してこの形に今はなっていると これなかなかすごいことだそうでしてあの レンガで作られたドックというのは数が 非常に少ないらしいんですがそれは何でか というとですねレンガの強度がそこまで 高くなくて 本来は石造りでやるべきらしいんです ところがここはレンガでまあ速攻が節約 できているこれなぜかというと 山を切り崩してまで手に入れたこの土地の 地盤がとても良かったからこれでも十分 強度を確保できたのがそうです 下に降りることができますちなみにこの 裏側ドッグは誰でもやってきて手軽に見学 できるというわけではなく 基本的には旅行会社のツアーとかで 申し込んだ人だけが見られるものなのです が11月12月のイベントではどなたでも 見学できるようになるのでぜひお越し くださいという宣伝ですまたそのイベント ではですね僕も 給料いただいて実はあそこになんか ステージを特設するらしいんですけれども そこでなんかちょっと色々披露させて いただくということになっていてまあ あんまりそういう機会ないんで 珍しいと思うんでやっぱり皆さんここ11 月12月のイベントの時に来ていただい たらどうですか僕はここに来て喋ったり するのは1日だけですがもっとなんかここ にも色々敷いたりとかして 歩きやすいようにかなり整備するとのこと です 船をこの中に運び込んだ後ですね 潜水符の方がこの木を 場所を細かく動かして船をガッチリと固定 させられるような構造をしているそうです 東京湾フェリーの白浜丸がこの中に 入り込んだ時に 安全に固定できるようなようにこの木が 並べられていますここに並んでいる コンクリートの台座とかも全部
フォークリフトで動かせるらしいんです けれどもあとは船をちゃんと固定するため にまっすぐに並べておかないといけません まっすぐに並んでいる証してこの穴の ところから見てみるとカナダまでずらーっ と一直線になっていることがわかります また今降りてきた階段なんですがこういう 風にして後付けで作られていることが わかりますが 元々はこういう場所だったんですねところ が見るとここはコンクリートで作られてる じゃないですか 周りのところはレンガなのでここは後から 新しい技術で改造したのだと分かります これ今教えてもらったんですけれども フィンスタビライザーというものが船に ついてましてですね 船の横にこうにょきっと出てきて羽が動い たりパタパタすることによって揺れを 抑える装置がついている船が最近多いん ですけれどもそれが出っ張っている関係で こういうふうに奥を凹ませておく必要が あるということで 改造工場を受けたんだそうですそういうね 改造工事の跡が色々見られますあれも球場 選手の関係で改造したやつなんじゃない ですかね 元々は船もね先端のところが丸っこくなっ てなかったんですけれども 戦艦ヤマトみたいな感じで回る国になっ てるのが今普通になっていますあと注目 するべきはあれですかね 浦賀選挙昭和20年6月に作ったと思わ れるクレーンがありますが確かにその当時 の作りだなと感じますが 終戦直前の危ない状況でもなんとか残った 鉄剤を使ってあそこにあんなものを作った んですねそれぐらい重要な施設だったと いうことですそのクレアも昔動かすのに 使っていたと思われるレールが敷いてあり ますがまあこういう工場とかでもねレール 敷いてあること多いんですけど 国鉄が敷設したらしいですよ 電車とは違って幅がめちゃめちゃ広いです ここの幅の広いところにクレーンが 乗っかってこうやって移動していたん でしょう今私たちここは簡単に歩いてます が危ないから昔はこの男女を歩いていた ものと思います ロックのあった造船所のところから内側に 入ってきます普通の大きな街があります 昔は今よりもうーんとさらに造船が盛んで 人がたくさんいたので 街中を造船関係の人が練り歩いていたそう ですね
江戸時代から元々奉行所とかがあって人が 集まっていたところでしたが明治になって 特に造船関係の人も増えて 重要な拠点ですお店ができます明治に創業 した浮気屋さんによります 勝海舟もここに寄ってきて 食べたみたいなことが書いてありますね 先ほど船でこうやってこう入ってきて いただいてですね 着いたらすぐそのまま奥まったところの 裏側ドッグも見物して今街の中に入ってき てここに鰻屋さんに来ているわけなんです けれども Hがほとんどないからこの辺りが貴重な 住宅地なわけですよねここにも家が いっぱいあるじゃないかと思うかもしれ ないんですがこれは全部進行住宅地でしょ 高台のところに山を切り開いて使ったやつ だと思います裏が丘って書いてあります から 元々は人が住んだり暮らしたりできる場所 も本当にこの辺りの一部ぐらいしかなかっ たと思いますよちょっとねすでに一度開け てしまってるんですけれど 開ける時の感動を味わっていただくため 一応閉めてから皆さんにご覧いただきたい と思うんですが すごいですね [拍手] 量もすごいしね 焼きたての予約して用意してもらいました 明治時代とは味は変わっていないらしい ですよさてそれでは次なる目的はですね この裏側の1のまた外のところに出てき ましたこの辺りを守るための砲台の跡です 陸軍が扱っていたという 城ヶ崎放題あとという場所があるんですが そこまでですね通常は行く方法がないん ですが今度の11月と12月の期間中は 見学ツアーというのをやっていてこういう バスで送迎してくれることになっています 裏がドックからそのまま出るんですね 観光地同士を結んで便利ですちなみに 向こうに行ったところに京急の裏側駅も あるのでこの場所自体のアクセスは悪く ないと思いますさっき船で入り込んできた 細長い裏側の技です 向かい側との行きはめんどくさいですが あれで行けばいいわけですね 川にしか見えないですよね 先に横須賀市の公式ホームページで ちょっと予習します下関砲台というのは ここに書いてありますね 猿島砲台あとと 合わせて
軍事施設に関する遺跡としては日本で 初めての国の指摘の指定を受けました 猿島と対になっているような陸軍の要塞な わけです 左手に陸軍桟橋というのが早速ありますが これはですね福音戦争を終わって 引き上げをしてきた人たちがここに ようやくたどり着いたという場所なんだ そうですもう一つのレンガドックとして今 一瞬だけ立ち入り禁止になってるところが ね 左手に見えたと思うんですがあそこも ドックだそうですただ一般の公開がされて いなくて 上空から見るとこんな感じになっています 川間ドックと書いてありますねこんな狭い 道でも入れる小型の送迎バスです 先ほどの裏側の上に登ってきましたこれで この辺りをセメントする敵を高いところ から 放射砲みたいなやつでこう打つわけですね その砲台の後に続く道がこれです今土曜日 日曜日であれば誰でも行けになってるそう なんですけれども 案内をしてもらったりとかですねあとは 公共交通で行く人はバスで行くということ になると思います しかも結構 猿島みたいな感じで ガチな廃墟感があるんです面白いですよね マニアが泣いて喜ぶ教会の杭が終わって ます 多分国有地だっていうことを示すんでそれ で赤くなってるんだと思うんですけどそれ 以上の方わかんないなまあ軍用地として 元々は埋めたんでしょうね今日は宣伝用に 開けてもらってるんで一般の人は入れない ようにしないといけないそうですまず砲台 の上部構造を見せてもらいに来ました こんな感じでですここの下にですね大砲が 昔は6問設置されていたらしいんです けれどもこれがその当時の こんな 感じの光景だったらしいですなんかここに 偉い人がいて年齢を聞いてはいどの方向に はい発射みたいなことやってたわけですね どういう風にやるかと言いますとこれより も左手が東京横須賀方面なわけですで右手 が大変用方面なわけでしてでもしですね えー太平洋の方面から 東京を攻撃するためにはい今敵の戦艦が来 ましたね例えばああいうのがいるじゃない ですかあのまま東京に行ってしまったら 大変ですから 沈めなければいけませんのでそのために
ですねそこのところに 観測所があるんですけれどもあの場所 あたりでやっていたらしいんですがあそこ で敵の位置などを計測してよしこの位置に こういう向きで大砲を発射すれば大丈夫と いうこと確認したらばこの穴の下のところ でこんな感じですねはい発射性をみたいな ことを言うと実際にみんな頑張って発射し て命中すればですね敵の戦艦はもしかし たら沈むかもしれずこれによって 東京は攻撃されずに済みましたという風な 場所がここだということですで横須賀には こういうのがものすごくたくさんあった らしいんですがあの今一番いい状態で 普通に見学することができる貴重な場所と してこの千ヶ崎放題というのが裏側の 入り口のところにございます 昔はこんなにあったって言うんですよねで 見てみるとほとんどが横須賀川で 対岸の千葉県側にはほとんどそういった 砲台みたいな建設されていないようなん ですけどもそれは水深の関係でねこの あたりの水深が深くて千葉県が割と砂地 グッズ見ただけなんかも全部砂が溜まった ところですだから船が通れないので こっち側だけ守っておけば十分ということ なんですね 敵の位置を計測するための観測所そのもの はもう今残っていないんですがその入り口 がまだ保存されてますこれですその砲台の ところ実際に行ってみましょうこれもね 見学させてもらえるわけですが最初は 石造り 土の圧力を受けて頑丈に出力必要があるの で最初は石だそうです 進んでいくと 猿島みたいならしい光景が見られるんです よ 敵から見えないようにそして 敵の攻撃を受けにくいようにやはり 掘り込んだような形になっていますだから ここからでは外がどうなっているかって いうのは分からないわけですよねだから こそ別の観測所というのが上に設けられて いるわけですが大きめのメインストリート みたいなところからですねこっちに進むと これがさっきの砲台の下へ続いています ちょっと虫とかがいますけどね皆さんも ちょっとおいでになる時は虫がいることは ご承知おきの上をお湯ください 地下施設も見せてくれるんだから結構いい ですよまず入るとですねここが 弾薬庫だったそうですつまり 砲台の大砲の玉とかがここに入ってるわけ なんですがなるほどそれらしい場所があり
ますどの辺が弾薬庫らしいかと言いますと あそこに穴が開いているんですが逆に他に は全く穴がありません これはねまたちょっと別なんですよ輸送用 のエレベーターみたいなやつなんですが ここは要するに弾薬庫だから 火を使ってランプで物を照らしてしまうと 危ないんですねだからここにガラス板 みたいなのはめ込んでこの隣の狭い空間と 遮蔽して 遮蔽されたこの 向こうのところで 火を焚いて明かりを作っていたんだそう ですこれによってあの牡蠣を持ち込まない ようにしていたんですねそしてここに保管 されている大砲の球をいざ大きくしなけれ ばならないということになったらここに 載せるとですねエレベーターみたいなもの があってそれを人力で動かすことによって 上を持ち上げ 持ち上げるとまたこの方向に移動させる ための 専用のルートみたいなのが作られていた そうですね 頑張って上に持ち上げて大砲の球1個 200キロとかあるらしいんですけれども それでここから あとはここら辺とかにもレールみたいなの が敷いてあったのをうまく使ってですね 平行に移動させるということをしたそう ですそうするとそこに 実際の発車する大砲が設置されてるわけ ですねそして大砲の 場所に到着ですさっきこの上のところ あそこにあった写真とかを見ながらこっち を見下ろしていたのですが今その下の ところに出てきましたでここからでは全然 敵のいる位置が見えないので 向こうの方にあった観測所でですね今 どこどこに敵の戦艦が来てますよみたいな ことをここから 伝令官でですね ちゃんとこう糸電話的なやつがあるんです よね これで 来てるからこの方向にこれ玉をこう発射し た作用みたいなこと大声で叫んできたらば 頑張ってここから 敵をめがけて 与えられた情報を使って調整して発射する そうですそれどころこういう風に 割と最近になってから設置したようなもの もありそうなんですがこれ実際いつのか わかんないけど 自衛隊が一時期通信施設として戦後も使っ
ていたそうですあと コンクリートの材質がいいですよね 猿島よりも10年ちょっとぐらいこちらの 方が新しいので技術も習熟してきてですね 保存状態も自衛隊がよく手入れしてくれた おかげで 日本のほんと最初期のコンクリートだと 思いますが すごく綺麗な状態で残されています 雨水を通すための配管みたいなま通り道が あるんですけれどもこの中にさらにその水 を取り込んでろ過する装置というかそう いう仕組みになっているそうでして今も それは別に電力とかがなくても自動的に 行われるらしいんですねこれは実際の見学 コースの時には見学させていただくことが できるようになっているそうですが今でも 別に わざと何か動かしているわけではないん ですけれど 自然と大昔の仕組みが行き続けておりまし て 結構透明な水がねちゃんと今でもたまり 続けています 昔もこれをここの施設の中で 使っていたらしいですね 最後にここの模型を紹介させていただくん ですけどももう皆さんもねよく仕組みをお 分かりいただけたんじゃないかと思います この奥のところから大砲を発射するわけ ですねでこの彫り込んだ地下のところから ですね人がこう動き回って頑張るわけです ただ猿島でも紹介しましたけれどこういう のはもう明治大正ぐらいの 超弩級戦艦でやってきてそれで 敵の陣地に観光射撃をやったりとか 艦隊決戦をするみたいな思想の元に作られ ているのでその後はもう 航空戦になってしまうと大砲で 敵の船を叩くみたいな機械はないんですよ ね 猿島みたいに敵の航空機に対して攻撃する 装置とかもあまり設けられなかったらしい ので 本土決戦みたいに敵の船がやってきて最後 上陸線をみたいな時についに使われたかも しれないんですけど 基本的に現役として 攻撃をすることはなかったそうです 実物大の砲弾も展示されていました意外に 小さいんですねこれで217kmあるそう ですが 本来はこんな感じでガイドさんがいてこの バスで 皆様ご覧いただきありがとうございます
みたいな まさかマイクの調子が悪くなってしまって ですね途中から声が聞こえなくなったん ですがバスガイドさんの席ってこんな感じ なんですね 裏が横須賀この辺りの界隈はあんまり空襲 を受けることはなかったそうですなぜなの かわからないですけどね アメリカ軍が上陸して占領した後活用する ことを見越していたのではないかという人 もいるそうですもともとの土地の少ない 港町だったということですすごい狭い ところですねバスで走ってもらってるん ですけども すごいなこれはだから文化財みたいな古い 建物もたくさん残っているわけなんです けれどもその中でこれですねさっき遠く から一度見ましたが西化の神社という ところに今来ていますこれがそうです 地元の人観光客とともに進行が大変熱い ようで 参拝客が絶えません こんな感じねこの名物は守りですが 真ん中の頂きたいです 透明の勾玉のものですね いただきますこの当面の勾玉を授けて もらうんですけれどもこれだけではまだ 完成度ありません完成させる楽しみがある そうですね 海岸にももう一つ 身近の神社がございましてあそこに今の 勾玉を持っていくとですね完成させられる んですがそこまでのアクセスをこの渡し船 で行くということになりますこの渡し船 なかなか素晴らしいものでして 江戸時代からずっと続いている私らしいん ですねでつい最近まで横須賀市の授業とし てやっていたんですが 乗るお客さんが少なくてもうこれ以上維持 できないというきつい状況でしたでそれを 第2回報とか猿島とかですね観光開発をし ている横須賀の船会社のトライアングルが 引き受けてですね 観光客向けに色々な手はずを打った結果 とりあえず 黒字架は達成したということなんです観光 客が乗るようになって 赤字ではなく 廃止の心配をする必要はなくなったんです ね 民営化の成功例かここに今姿を見せている わけですよ 船はあの一石だけでやってるらしいんです よで時刻表とかはなくてどうするかという と
ピンポンですね ブーっていうの多分押してそうすると 向こうに伝わってこちらに乗りたい人がい ますよというのが 伝わるのであもう早速なんかお客さんを 降ろしてこっちへ 開口してきてくれるみたいですで私を迎え てですねうんちの集中してまた大会に連れ て行ってくれるという忙しいピストン運動 ですが 歴史もあり利便性もあり観光にもバッチリ 自転車などを積むのが50円 フリーパスが600円大人1回片道で 400円 水の上に浮かぶ 桟橋から乗船いい感じだ 東京だと矢切の渡しというのが一応あり ますけれどあれも千葉との県境の方です からねなかなか乗る機会のない渡し船の 体験ですえこれで うまいこれこれ乗っていいのっていいん ですか ありがとうございます えー 僕日本中船乗って一周しましたけど初めて ですねこういう 好評の追加もついています 叶うと書いてあるんですね 観光客の方にいいでしょうさっきをい なかったですよね大型船がぞろっと並び 入ってきましたやっぱ浦賀にはある程度 大きな船がいないとね ちなみにトライアングルはですね船で 日本一周シリーズでも紹介したと思うん ですが 普通に船会社なんで5000円も発行して いますこの 裏側の私もあるんですね チャリですね電車の運転士さんみたいな 観光の方もそうですが 病院通いとかの横須賀市民裏側に住む人も 使っているそうです ここにちょっと古めかしい看板があるん ですが船がないときは待合所の乗船ボタン をこれは多分市営時代の看板でしょうね 上陸すると早速力いい光景がたくさんあり ますよね 嘉納神社がこっちって書いてありますなぜ どうぞ 使えるのかな 災害時活用ということは使えるということ ですね 災害時に使うとかでいつでも使えなきゃ いけないですからおそらくして入江の反対 側は東加納神社です私船を降りたところ
からもうほんと報道ない場所なんですが すごいですよここに 駐車場をますがあるじゃないですか 狩野神社っていう風に書いてあるからここ が駐車場だと分かります波が寄せている ここにね 土地がとてもないのだということがわかり ますね 他に上がったらすぐこの高い山ですから まあだからこそそれがここまで続いていて ですね大型船も入れる意味などがあったと いうことで じゃあ行きましょうお守りの完成 境内にはジブリの動く城みたいね感じの カフェはジブリの動くしてるじゃないや まぁ言いたいことは伝わったと思います その横に石碑が立っていてその紹介があり ます 勝海舟断食の日 難破船ではありますね管理丸です日本の船 で初めて太平洋横断したアメリカまで行っ た時その館長の勝海舟が 無事の航海をここで 断食をしながら祈ったのだそうです 単に苦しい思いをしようとしたというだけ ではなくて 断食によって後悔で厳しいことがあっても 大丈夫なように体を鍛える意味合いもあっ たらしいことが書いてあります 頑張って上がってくるとまた東京湾がよく 見えます向かい側が千葉県 ちょうど外交貨物船が入ってきましたね 世界の海を公開する貨物船です 江戸時代だったらあんなものが来たらもう 大変ですよ大ニュース 戦争ででしょうかねなくなった人を弔う ためのものと思います 証拠が 海を見るところに立っています 結構古いものですよね 裏側ドックの殉職した社員さんを弔うため のものだと書いてあります 対象9年になってるんでこれは 金属回収を受けてないですねこういった ものは太平洋戦争の時に大体金属が足り ないかなということで回収されていく傾向 にあったと思うんですが 会社として軍と近かったから回収され なかったのかやっぱそれだけ大きな意味が あるからということでしょうかね 戦争をくぐり抜けたのは結構大きいです 塔の下部にはudcの表記がありますが おそらく裏がドッグコーポレーションで 浦賀選挙昔の裏側ダックの 車掌だったんでしょうねではこの一番左の
ピンク色のいただきたいです ピンクをお持ちになりますかはいお願いし ますありがとう ございます3種類の勾玉と3種類のこれの 中から選ぶので 合計 6通りかないや6通りだと思うんですかの 組み合わせがあるそうです これでいいのか 入りましたこれにてですね良縁を結んで いただけるあの恋愛に限らず仕事など何で も 良いご縁を結んでもらえるのだそうです まああの 事実上の実務的なことを申し上げますと 今回の案件がうまくいってですね皆さんが あの 横須賀裏側にたくさんお出かけいただくと あの横須賀での評判が良くなってまた私の もとに仕事が舞い込むという風なあの リアルな恩恵があるので 皆さん是非 横須賀に遊びに来てくださいお願いします これは縁結びなんですけれども ここにですね他にも 口からお水の出ているこういうのがあり ますがここで効果を 洗ってお水で流して 収めるお守りで金運を上げるというのも あるそうですま僕は全てのことを金としか 考えてないんでこれもねまた横須賀方面 からの案件で金がもらえたらということで どのみち全部金運に通ずるから何が上がっ てもいいんですけれどもあとはここに糸が あこれだもう一ついいとこあります アメリカに行く前に断食して体力が落ちる んでむしろそういうことはやめた方がいい んじゃないかっていう気も僕はするんです けども 勝つ海中が断食集合をした時に 水は飲まないといけないということでここ の水を汲んで飲んだそうですねこの神社 立地超怖いんでねちょっと皆さん出入り する時は気をつけた方がいいと思います ここだけは 東側神社ここなんですけれどもここから また駅に戻ろうとするとこうやっていくと 入り江の奥のところに裏側駅あるんですが まここちょっとね道がこう狭くて歩き づらいんですねなんか帰りも裏側の私で もう1回反対側に戻った方がここの遊歩道 のところを使って 歩きやすく裏返しに戻れるのでそれがお すすめですでそのためには往復船によるん ですが
片道に乗ると400円なんですけれども1 日切符を買うと600円なので600円 以上はかからなくて済むわけですあいけ ない乗船ボタンを押すの忘れてたボタンを 押すと あ来てくれますね来てくれてる来てくれ てる今桟橋の端っこのところに来ているん ですがこの場所は揺れますと書いてあり ますあそこにちょうど今クルーザーみたい なのが来まして 引き波を作ってこっちに波が来ています 船の作った波ってね結構揺れるんですよ ほらこれ 波が波が来てます来てます今から揺れると 思いますよこの桟橋が あ揺れる揺れる 揺れ体験をしているとちょうど 向かいなあたごまでがやってきてくれまし た さあ ビターっと接岸 選手の部分には吹き流しがついていてこれ を使って操船するそうですよ いいですよね 廃止寸前だった航路がお客さん観光客も来 て黒字化されて 僕もその宣伝事業に従事してるんだから こんなありがたい話じゃないですあっちが 1の奥まった方ですから 浦賀ドックさらに奥の方に京急浦賀駅が あります ちなみに東神社の方にフェリー歯科という のがあるんですが 審査するときは 開校するんですね皆さん 茨城君が行ってみました 崖の下にありまして 裏側は京急本線の終点として有名です 本当はね岬口が終点としてもっと知られて いますが 本来の本線の終点はこっちなんですね最初 に京急線が建設された時 裏側はとても重要なドックのあるところ でしたでそこからさらに久里浜方面まで トンネル掘ってつなげようとしてたらしい んですけれども 戦争の関係でやっぱり工事がもっと物資と か使わずにできるようにした方がいいと いうことで 本来の裏側から伸ばすという計画を捨てて この堀之内という手前のところから久里浜 線を分泌することになり結果として裏側 方面と久里浜方面とこれは手に線路が 分かれたそうですその名残で本来だったら ば線路がこの山の方に向かって続く計画で
あったようで今でもそこ向かい側に京急の 駐輪場駐車場があってですねでここも京急 の土地として今も使われているのがそう です今はここで行き止まりの線路になっ てるようですね その見ればわかるか 占い駅からの帰りは京急電鉄を使いました 今回あまり利用しませんでしたが京急線が 一番横須賀方面の見物にはいいでしょうね 地図で今回 訪れたエリアをだいたい全部俯瞰してい ますこのうち主だったところを紹介します まず 横須賀には京急電鉄とJR横須賀線の2つ があって赤が京急青が横須賀線で表して ありますが 汐入駅の目の前のところから運航クルーズ が出ていますこれで自衛隊やアメリカ軍の 船を見ることができますまたこの汐入駅の すぐ近くに宿泊したホテルメルキュール ホテル横須賀もありますまた汐入駅横須賀 中央駅から海の方に行ったところに記念館 戦艦三笠があってそこから猿島まで トライアングルの私船が出ています 猿島はこんな感じの場所でしたね 他にも千代ヶ崎灯台というのを後で紹介し たのを覚えていただいていると思います また続いてこの11月12月に訪れるべき と言える浦賀についても紹介したのでお さらいさせていただきますと 定番の見所として 西加納神社で勾玉を授けてもらい 反対岸の東加納神社で勾玉を入れお守りを 完成させる袋を授けていただいてそれぞれ を渡し船で行き来するというのがあります これはいつでもやることができますが今度 のイベント期間中はまず 通常は簡単に見ることのできない裏側 ドックに入ることができたりそこから出発 していく遊覧船に乗って裏が案内を見物 することができたりまたこれもなかなか 行く機会のない 公共交通では行くことが難しい千代ヶ崎 放題までも臨時のアクセス用のパスを運行 するといったイベントがありますこれら 黒い矢印や黒い線で描かれているものに ついては今度の11月12月のめぐる プロジェクトにおいて通常よりもだいぶ 見学しやすく面白いイベントとなります 詳しくはコメント欄のリンクをご覧 ください是非皆さん裏が横須賀へお出かけ ください
横須賀エリアのイベント・観光情報
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人類は兄弟です✧︎仲良く助け合いです☀️🌱🌈🌻💓👏( ˊᵕˋ*)パチパチ
軍港めぐりのガイドの方は今年中でこの解説の仕事から降りるらしいです
イバラキくんほんと好き
46:22 地元民です。寛容精神で吹きました爆笑
17:18 海岸の防波堤のような壁は「戦前の質の悪いコンクリート」じゃありませんよ。コンクリートの表面を小石で覆った装飾仕上げです。昔の民家のたたきにもよく使われました。小石の代わりに砕いた貝殻を混ぜたものもありましたね。
屋外では、門から玄関に続く小径にも使われる古くからの手法です。コンクリート以前は、土と石灰とにがりを混ぜて固めていた和の知恵と文化ですよ。
横須賀にはよく行くのですが、知らなかったです。
今度のやすみに行ってきます!!!
海軍カレーのお店のメニューに書いてあった戦艦が日米の戦艦じゃなくて横須賀に一切関係ないドイツ海軍のビスマルク級なのが面白い
ここでゲルショッカーが結団式を行った訳ですね(  ̄▽ ̄)
生まれてから今までずっと横須賀市民だけど
横須賀市ってかなり観光向けな場所なんですね
神奈川県いろんな所行きましたけれどこのコース行ってみたいです‼️(o^∀^o)🌠横浜中華街とラーメン博物館が楽しかったデス。横田基地行ったので横須賀基地行ってみたいです。ペリーの浦賀はステキです😆🎵🎵海外旅行✈️👜編集して下さいね。ONE OK ROCKガンズ💖ラブ💓😍💓サンキュー😆💕✨
横須賀で海上自衛隊をやっています、横須賀はとてもいいところなので是非お越しくださいませ
電車だけでなく、歴史にも詳しいのでさすがだなと思いました。
すごく貴重なタイミングでした。動画有難うございました。軍機の多さにびっくりしました。アメリカ様の凄さが伝わりました。
元横須賀市民だけど、軍港めぐりこんなに面白い感じに案内してくれるとは思わなかった
なんなんなんなんなんなんなん
行ってみました!カレーが今まで食べた中でも1番美味しかったです!船の景色最高ーー!
なかなか観光に行けないので、擬似体験できるのはありがたいです。いつも動画で勉強させていただいております。
大日本帝国時代から敗戦後の米国君臨時代までも概観できて感慨深いです
久里浜・浦賀エリア在住です。こんなに詳しく地元横須賀を紹介してくださりありがとうございます! 横須賀を誇りに思う事なく生きてきましたが、この動画を見てこんなに歴史的に重要な所だったのだなと知り、初めて横須賀民として嬉しい気持ちになりました! また宜しくお願いします!
ありがとうございました!
じいちゃんち映ってて草
あそこのウナギうまいんだよな
クルーズの人の話し方が面白すぎてスーツの喋りがうるさいと思ってしまったas
今日ZIPで紹介されました、
もう50年位前ですが私が小学生の頃は
浦賀ドックで年に数回進水式がありました。
金色のくす玉、飛び出す白い鳩、たなびくテープ、汽笛と共にゆっくり動き出す船、大勢の見物客、
懐かしいです。
明治生まれの祖父は浦賀の造船所の職人でした。
は😮😮😮さ😮ささ😮😮さ😮ささ😮さ😮さ😮し😮😮さ😮ささ😮😮さ😮😮し😮さ😮😮さ😮さ😮😮😮し😮そ😮さ😮😮さ😮そ😮ささ😮そ😮さ😮😮さ😮さ😮さ😮😮😮😮😮😮す😮せ😮そ😮そそ😮そそし😮😮😮😮😮そさ😮そ😮😮そ😮さ😮😮そ😮😮し😮す😮😮そ😮😮そ😮😮😮そ😮😮し😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮さ😮😮す😮さ😮さ😮し😮す😮せ😮😮😮さ😮す😮すさ😮すし😮すせ😮さ😮そ😮さ😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮😮さ😮😮😮😮😮そ😮そさ😮そささ😮そ😮😮😮😮そ😮😮😮😮😮😮😮そさ😮😮そす😮すさ😮😮😮 さ😮😮😮😮そ😮😮😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮さ😮そ😮😮😮😮😮さ😮😮😮す😮す😮す😮😮😮し😮😮そ😮😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮そ😮😮😮さ😮😮😮そ😮😮😮😮😮す😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮😮さ😮😮す😮す😮😮さ😮し😮そ😮😮😮し😮せ😮😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮し😮すすさ😮😮😮😮😮😮😮😮😮し😮😮😮😮す😮😮せ😮😮😮😮😮そ😮😮😮😮😮す😮す😮😮さ😮😮す😮せ😮そ😮😮😮し😮😮す😮す😮😮😮し😮😮せ😮す😮😮😮し😮す😮そ😮し😮😮😮
アナウンス聴きたいのにしゃべるなや
横須賀人だけど猿島行ったことない人いる〜? 行ったことない人のが多そう‼️笑
パワプロのペナントで流れそうなBGMが好きです。
最近はすっかり遺跡観光化してしまった地元が寂しい限りです 海上自衛隊の観艦式に来られると壮観な艦隊が見れますよ
艦長絶対ミサトさんやん