北陸新幹線金沢延伸で誕生した上越妙高駅は、イマイチ存在感を出せずにいます。
一方、北陸新幹線開業により、いわば犠牲となった直江津駅は、交通の要衝としてのポジションを失った現在でも、乗車人員など大きく変わっていません。
佐久平と小諸の関係に似ていて、ちょっと違う上越市の状況を解説します。
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37 Comments
長野新幹線開業前の白山号でも直江津は列車の向きを変えるだけの存在だったと思います。周遊指定地佐渡への下車駅の案内はあったと思います🛳。
上越妙高駅がJR東日本と西日本の境界駅ですが、上越妙高には全ての列車が止まらないので、長野で乗務員が交代しています。
親戚が春日山に住んでるから、車で行くけどその度にお土産を買う場所として使ってる
北陸新幹線開通によって、それまで特急はくたかが発着していた直江津に代わって脇野田が新幹線駅になった、つまりいきなり表口と裏口が逆になってしまったようなものですから都市計画も混乱すると思います。
現状4つの拠点はバラバラで、高田ー春日山間とか広々とした田んぼが広がっている状態で、すでに人口減少に向かっているとなると、一体化した都市として発展するのはなかなか難しそうです。
逆に言うと一極に集中しておらず、しかも東西南北に何本か4車線道路が整備されていて、過度な交通集中が発生しないので車で動くには便利な都市です。ということは鉄道事業者には厳しい環境ですが。
近隣の同規模の都市、例えば松本市などは4車線道路はほとんどなく、しかも都市構造が一極集中なので主要道路は年中渋滞しています。もっともその代わり中心市街地は賑やかで、観光客が大勢歩いています。
都市としてはどっちが成功しているのでしょうか…。
祖母の直江津は子供の頃からよく行ってました。昔のトンガリ屋根の駅舎が懐かしいです。
仕事で数年前に通り掛かり、キレイになった駅前も見ましたが、
昔と比べて確実に活気がなくなっていたのは寂しかったです。
敦賀まで延伸された場合でもはくたか号やかがやき号の停車駅は同じなのでしょうか?
高田地区に住む上越市民です。大変興味深く視聴しました。
歴史的、地理的に楽しめる場所だと思うのですが、なかなか生かし切れていないと市民でも感じます。
直江津にはたった一度だけ、高2だった1990年の夏に行ったことがあります。18きっぷによる春日山城目当てでしたが、台風上陸になってしまい直江津駅で東京では見られない白鳥や雷鳥などの特急を1日中見てました。確かに、次々に来る特急の本数は多かったですが、乗降客が物凄く多いという印象は無いですね。長野方面の乗り換え客がメインだったように感じます。でも今回の動画と比較して賑わいは全く違いました。帰りも各駅だったのですが、長野方面への列車は満席で立ち客も多かったです。編成も長い編成だったと思います。私の対面にいたおばあさんと話しつつみかんをもらいました。降りた駅が高田もしくはそこから2、3駅くらいだったと記憶してますが、こんなに変わってしまってるんですね…
「上越」のアクセントに違和感を感じました。「上越」一言で言う場合の語尾は上がりません(上越→)。「上越↗︎市民」や「上越↗︎妙高」のように「上越+言葉」の場合は上がるのですが、、、。
昔NHKのドラマで「三鷹」と「御嶽」を間違う話があったが、現に青海と青梅を間違える人間がいたくらいだからな…しかし事業所はまだしも学校の誘致に期待はできないでしょう。東京理科大が久喜市から、常葉大が富士市から、更に東洋大が板倉町から撤退済ないしその予定と、関東近県でもキャンバス集約の動きがあるのに、この情勢下で有力校が地方拠点を新設するのは望み薄としか思えません。
上越妙高駅は上越市の和田地区にあります。
明治34年に和田村が設置されましたが、和田村は北部が高田に、南部が新井に編入され分割されてしまいました。
なので直江津と高田の融和ではなく上越妙高駅は高田と新井の融和です。
なので市民団体が妙高高田を推した理由はそのことだと思います。
なので融和のための歴史としては妙高高田のほうが適していると思います。
それとは別に、春日山駅に近い区域にイオンやら市役所やら開発の波が及んだものだから、高田駅まわりは完全にオワコンになった現実
新幹線開業により在来線の主要駅がローカル化してしまう例は黒磯駅など多数あり、これは仕方ない事でしょう。むしろ東京への時間的距離が大幅に短縮されたはずなのでもっとその機能を活かす方向で工夫して欲しいです。新函館北斗〜函館館の函館ライナーのような感じではくたかのダイヤに接続する形で「直江津リレー号」的な列車を走らせて地元民の便をはかるのはどうかな?と思います。
問題は直江津ー新潟間の横の連携が少なくなった点で、しらゆき以外にも高速バスなどで対応するのかな?(最近時刻表を見ていないので分かりませんが…)。
乗り鉄の
私としては
直江津の役割が
終わって
哀しいのですが、
そこで
終らずに
新たなプレゼンを
模索するために
帰国して
現地調査をされる
というのだから
鐵坊主さんの
プロ魂を
感じますね。
表題の趣旨とは逸れるんですけど、駅名の決め方でここまで正しい議論的な決め方をした駅名を初めて見た気がします。
駅名案もすべてまともな理由で各々の要望内容が明確であり、その後の却下の理由も論理的でちゃんと説明を聞けば普通に納得もできる
新駅名の中でこれしかない、って自信を持って言い切れる素晴らしい駅名なんだなぁと。
私の地元は長野ですが、同じ県内で距離も同じぐらいの松本よりも上越との交流が盛んだ
脇野田に新幹線の駅が出来たときは、何で?と思いました。
今度は長野の事情をしなの鉄道を絡めた事情を考えて頂けるのは嬉しいです。
ちなみにリクエストですが、JRが長野から篠ノ井間の路線を元は信越本線なので何故しなの鉄道に譲らないのかを考察して頂ければ嬉しいです!
見応え十分、26分があっという間でした。鉄道の状況と自治体の人口、経済等を重ねた分析は説得力のある「技」だと思います。それから、地図がアップになるときの「ヒュ~ッ」という音、好きです。
地味に北陸道のインターも川の反対側だし、上信越自動車道インターは南高田あたりで、新幹線の前から本当に道路含めた交通結節点も市街地も全部バラバラなんすよねー。
元々春日山→福島→高田と城の場所も移り変わって、歴史的にも中心がハッキリしないですし、そういう土地なんだと思うしかないのかも。
直江津駅はもずくそばがおすすめです
今回の動画は、直江津駅と上越妙高駅のある上越市をめぐる動画ですね。
かつて、新潟駅まで上越新幹線が開業した時に、上州と越後を結ぶ新幹線という意味で、上越新幹線という名称になりましたが、「新潟新幹線」とならなかったのは、群馬県内の複数の大物政治家に配慮して、群馬県付近を示す「上州」を入れざるを得なかったのが、理由だと思います。
その結果、上越新幹線開業時には、「上越地方を通らない上越新幹線」「上越市を通らない上越新幹線」と揶揄される事になってしまいました。
新潟県の西側にあたる地域が、上越地方というのは定着しているのですが、かつての直江津市と髙田市が合併した時に、新市の名称を、直江津も高田も使わない「上越市」にした事は致し方ないのですが、結果的に、直江津市の市街地の直江津駅周辺、高田市の市街地の高田駅周辺、新たに上越市の官庁関係が集められた春日山駅周辺、さらに言えば、北陸自動車道の上越IC周辺と、上越市の市街地が分散化している中で、今回の北陸新幹線開業で誕生した上越妙高駅周辺も、新たな上越市の拠点駅として、駅周辺を整備しなくてはならなくなりました。
もともと、旧直江津市と旧高田市の対立構造が解消されない状態で、隣接する旧新井市を中心とした妙高市にも配慮しながら、上越妙高駅周辺を整備する事になりましたが、
上越妙高駅周辺は、アパホテルと東横インがあるぐらいで、周囲は空き地が目立ちますし、周辺は、脇野田駅があった時代と余り変わっていません。
上越市として、核となる市街地が無く、分散した市街地のバランスを見ながら、さらに上越妙高駅周辺を整備しろというのは、財政的に非常に困難だと思います。
したがって、上越妙高駅周辺は、当分何も無い状況が続くと思います。
個人的には、平成の大合併の際に、新井市なども含めた現在の妙高市と、現在の上越市がくっ付く形での「上越妙高市」が誕生していれば、旧来の元気のない市街地ではなく、上越妙高駅周辺を、いわば新しい市の「新市街地」として整備開発する機運が高まった可能性があると思いますが、上越市とくっ付くのを嫌った新井市と妙高エリアが「妙高市」を立ち上げた事で、ますます足の引っ張りあいが激化したように思います。
旧来の市町村の枠組による対立や好き嫌いは当然あると思いますが、上越妙高駅を活かす為にも、新潟県西端の糸魚川市部分を除いた上越地方は、「上越妙高市」として一つにまとまるべきなのでは無いでしょうか。
実際に、東北新幹線の那須塩原駅が出来た事で、新たに「那須塩原市」が誕生した実例もあります。
上越市だけでなく、隣接する妙高市も含めて、上越妙高駅を中心とした新潟県上越地方の活性化について、腹を据えて今一度考え直すべきではないかと考えています。
上越市は、高田の雁木.高田公園.林泉寺.春日山城跡.岩の原ワイン.高田の寺など観光名所が豊富な場所だから近隣の糸魚川市.柏崎市.十日町市
妙高市.飯山市.長野市と連携をして観光客誘致と外国人観光客に魅力を伝えることも案です。
佐久みたいにはならない。 あそこむかしから一軒家の民家ばかりだし
鉄道というのは手段です。 手段の前後には目的が必要です。
人口や産業が増えたことによる他都市とをつなぐ手段の必要性が発生するか
手段を設けることで人口や産業の誘引を促すという目的とその具体的な目度が必要です。
(古くは東京~名古屋~大阪などの都市圏を結ぶといった目的を果たすための手段が前者
阪急など私鉄が住宅地開発の為などの目的を持って手段たる鉄道を引いたのが後者)
その前後がはっきりしない所での鉄道網の維持や新設はリソースの無駄遣いと思われます。
赤字路線の維持や忖度による無駄で無意味な中間駅などの新設はもう辞めるべき時かと考えます。
限られた税金は老朽化が顕在化しつつある全国的なインフラの整備に回すべき時ではないでしょうか?
新潟県はいい所ですよね!小諸市出身で今は仕事の関係で茨城県住ひたちなか市在住です。阿字ヶ浦海岸や平礒海岸、那珂湊漁港などあり隣町は海水浴で有名な大洗町です。太平洋と日本海はまた違います。中学生の修学旅行は特急あさまで直江津宿泊で翌朝鯨波で地引網をしました。義理の姉は越後湯沢の隣町長野県栄村出身で苗場山の裏側秋山郷(越後湯沢・信州栄村)天然温泉地帯で良く遊びにいきました。姉の家は和山荘と言う旅館をやっていて元総理田中角栄の写真も展示されていました。正面には日本200名山の鳥甲山(トリカブトやま)が見えます。今は両親死去の為閉館しています。最寄り駅北陸新幹線飯山駅乗り換え飯山線の津南駅(新潟県中魚沼郡津南町)からタクシー 和山地区にはまだやっている旅館もあります。
高岡より、マシか
北陸本線が寝台列車街道だった頃
24時間営業でしたね、東京大阪から
来る列車が直江津ではちょうど深夜
通過停車でしたからね
待合室で夜を明かしたのも何度か
懐かしいです、きたぐに号が未明発で
大阪に早朝着ほんとに便利でしたね
座席車だと急行料金を僅かに払うだけ
コスパも最高でした、珍しいグリーン
座席も有りました
現在全国で24時間営業の駅は絶滅した
ようです、直江津駅が最後だったのかな
東京駅や大阪駅でも深夜2時か4時まではシャッターを閉めます、止まることは
出来ないですね。それ以前は名古屋駅も
終夜営業でしたね、大阪駅も岡山駅も
いつもながらの分かりやすい解説と問題課題への提言、素晴らしいです。
今回のコメントの多さからも、トキてつ・鳥塚さん、きっと奮起されるのでは、と期待します。
ところで、上越市の人口推移グラフで直江津地区・高田地区の人口は表示より1桁多いのでは? 主要2地区合わせて市の人口の1割以下とは思えないのですが…。
そんなとこ通らずに長野から富山、金沢でいいのに。
直江津・高田・上越妙高と
3箇所に分散してしまったのですねσ(^_^;)
東京に行くにも、関西に行くにも直江津・高田の人達は手間がかかりますね😅
上越市の機能分離がそもそもの問題ではないでしょうか❓駅の誘致でも高田と直江津が争う位なら脇野田付近で正解でしょう‼️高田と直江津の喧嘩両成敗ですね😃
太平洋側、東日本に住んでいた自分としては「直江津」と聞くと、山を越えてやっと日本海側に出たんだなあとしみじみ思う地名で旅情を掻き立てられます。乗り継ぎや駅弁購入でたいへんお世話になりました。
「上越妙高」と聞くとまだ山岳地域のイメージが強いですね。
上越妙高にある東横インは新幹線が眺められる部屋もあるからお勧め。砂利だけど広めの駐車場もある。駐車場、場所分かりづらいけど。
もし
直江津と高田がそのままだったら?
高田直江津に新幹線駅を併設すると、古くからの街を整備して線路を通さなければいけないから脇野田で良かったと思います。
その御陰で、新井(妙高市中心地)も若干の恩恵を受けれました。
新井地域は新幹線開業前、東京方面へ行く際は越後湯沢経由(特急はくたか利用)ではなく、長野経由(当時の長野新幹線)を利用する人が多かったです。所要時間は湯沢経由が短いですが、料金は長野経由の方が若干安い上に大宮で降りると新幹線料金が1000円安くなるのもあって、長野経由の利用者が多かったと思います。
北陸新幹線よりも先行して上越新幹線が建設されたという事実はあるので、北陸新幹線は長野経由ではなく、越後湯沢駅を経由することで直江津経由とすべきだった。福井、石川や富山と長野の往来は殆どなく、東京ー長野程度の需要は在来線特急でどうにかなるし、オリンピックごときで国土軸の交通網をむちゃくちゃにするべきではなかった。
上越妙高駅は行って散策したがナーンもない、位置的に作っただけみたいな感じ。東海道なら岐阜羽島みたいな駅。もちろん岐阜羽島は今じゃ名神との隣接を使って関西から新幹線&バスツアーで爺婆で賑わってますが。
特急はくたか時代ですら直江津駅は寂れてた感あった