誰も行かない!? ロシアにめり込んだ中国の”ガチ最北端”がスゴすぎた・・・

お仕事のご連絡先はこちら↓
連絡先:hiroki@rails.travel
公式サイト:https://rails.travel

【X】

【Instagram】
https://www.instagram.com/hiroki_journey_/

========================================
(チャプター)
0:00 OP
4:25 フルンボイル・ハイラル空港
11:19 ハイラル
12:49 フルンボイル旧市街
17:25 ノミンタラミルクティー
30:38 フルンボイル大草原
40:55 ハイラルから鉄道で満洲里へ
49:41 満洲里駅
52:14 マトリョーシカホテル
59:57 夜の満洲里
1:02:38 ルブリ洋食レストラン
1:17:39 2日目
1:19:38 北疆明珠観光塔
1:31:04 ノミンタラミルクティー
1:41:45 バスでハイラルへ
1:43:45 世界反ファシスト戦争ハイラル紀念園

========================================

<キーワード>
中国,ロシア,ひろき,旅行,世界旅行,鉄道,ひとり旅,

46 Comments

  1. 中国では、食品のパッケージに印刷されている日付は「製造日」であり、日本の「賞味期限」とは異なります。保存期限はボトル本体に記載されています。 57:22 😂😂😂

  2. I'm very funny as an American, if the Japanese don't believe the facts, ask any other country, the claims are all the same 😂😂

  3. 秀吉の朝鮮出兵時、当時最新の西洋式大砲、十万丁以上の精巧な火縄銃、切れ味抜群の日本刀、強靭な鎧等の防具、

    あまたの戦を生き残ってきた熟練士卒、豊富な実戦経験を生かした戦略戦術作戦を持っていたのに何故うまくいかな

    かったのか。やはり兵糧なのかな、穀物類ではなく、羊やヤギ等と一緒に移動して肉類や乳製品をもっと食べられれ

    ばもしかしたらモンゴル帝国並みに領土拡大できたのかもしれないとこの動画を視ながら思ってしまった。

  4. 長文失礼致します。

    動画UPありがとうございます。お疲れ様でした。

    「フルン=ボイル」は

    現地語の発音に寄せて書く書き方が流行してからの表記で、

    かつてはホロンバイルと書きならわされてきました。

    この動画にコメントする気になったのは、今から20年近くも前、

    ハイラル出身の30歳台の方と親しく話す機会があったからです。

    語学のセンスがあったのか、かなり高度な教育を受けられたのか、

    私の敬語交じりの会話も完璧に理解し、

    訛りはあるものの、私の話す速さにもピッタリ同調していました。

    今でも覚えているのは次のような話です。

    ------

    1.

    ハイラルは厳冬期には氷点下40度近くに気温が下がり、

    全ての住宅は床下に張り巡らされたパイプを流れる温かい

    ガスで暖房され、その費用は全て国家が負担している。

    2.

    ハイラルから少し奥に行った所に大きな盆地があり、そこには、

    日本軍が造った盆地の端から端までを貫く地下道がいまだに残り、

    入口の辺りまでは入れるようになっている。

    ハイラルの人達は

    「こんなのを造る日本人って凄いなー。」と言っている。



    私の父は、受けた教育のせいか、日本のことをよく言わなかったが、

    日本に招いて都心のビル街の夜景を見せたら

    態度がコロっと変わった(笑)。

    4.

    北京や上海が言っていることは、

    私達が思っていることとは異なる。

    ------

    2.については、

    この動画を見ながらWikipediaで

    フルンボイルの大草原の項目を読んでたところ、

    作物の耕作ができない土地とありました。

    なので、
    恐らくは何百年も何千年も羊や駱駝や馬の移動にくっついて
    牧草地を渡り歩く遊牧生活を続け、
    住居も移動しやすい簡便なものを使ってきた人々にとって、

    堅牢な建物を造ることなど意味もないことだったでしょうし、

    地下にトンネルを掘るなど、非現実の極致だったでしょう。

    従って、
    建築や土木の技術は少しも育たず、
    発想するきっかけすらも無かったことでしょう。

    そういう人々が地下に造られたトンネルにに驚くのは
    素直に理解できます。

    4.について

    中国は決して一枚岩ではないということだと思います。

    3つくらいの国にだったらいつでも分裂できるということだろう
    と解釈しました。

    勿論これは個人的な感想です。

    ハイラルの日本軍の陣地跡の記念館の動画は貴重でした。

    収録と編集、誠にお疲れ様でした。

    私が聞いた「盆地の地下道」は、

    もしかしたらこの陣地跡だったのかもしれないと思いました。

    この動画の価値を高めている要素は、

    展望台から見渡した中露国境だったと思います。

    ロシアから来た長蛇の貨物列車が、それに華を添えました。

    今後のご活躍を楽しみにしています。
    動画ありがとうございました。

    追伸

    動画の作者は言及しておられませんでしたが、

    ハイラルから南西のボイル湖付近のハルハ河流域は

    1939年に日ソ武力衝突が起きたノモンハン事件の舞台で、

    動画に出てくる満洲里(マンチュリア)は

    当時のソ連軍の出撃基地になった街でした。

  5. これは貴重な動画ですね 今は行けないロシアの旅情を感じられることがすばらしいです これはワタシも行こうマトリョーシカホテルも泊まろう

  6. 日露戦争以前、この辺り国境でロシアの脅威にそなえて、諜報活動をした石光真清(1868~1942)陸軍軍人の命をかけての辛酸を想像、拝見。自伝「城下の人」「荒野の花」「望郷の歌」「誰のために」四部作は読みごたえがあります。

  7. 初めて動画観ました✨説明も映像もテンポ感もちょうど良くてめちゃ好きです🙏

  8. 曽祖父はこちら出身です。中国の1番面白い町です。見た目が欧米人なのに中国語を普通に喋ってる人(国籍も中国)、ロシア族の方が多く住んでいる町です😂

  9. おのださんも行ってましたね。美術館みたいな公共の観光施設は外国人観光客は入れない施設が多いようですね

  10. コメント欄で侵略者の子孫たちが偽満州国を懐かしがるのはやめてください。ここは中国の東北地区であり、あなた方の「満州国」ではありません。偽満州国を懐かしむことは、自国の侵略行為を一切反省していないだけでなく、中国人民の感情を軽視し、踏みにじる行為です。全く時宜を得ておらず、非常に不快です!

    ちなみに中国東北地区について言えば、第二次世界大戦中に日本がこの地を植民地支配していた時期、多くの日本人がここで生活していました。日本の敗戦後に撤退する際、多くの日本人孤児が取り残されましたが、善良な中国人たちが彼らを育て上げました。中国には『小姨多鶴』という日本の戦争孤児を描いたテレビドラマもあります。興味があればぜひご覧ください。

  11. めっちゃおもしろい。動画がありがとございます。世界に旅行を楽しみますように!Удачи.

  12. 満州国か。いいものを見せてもらいました。ロシアの匂いがして来ました。でも、間違って軍関係の映像でも、写っているいると、スパイ容疑で捕まる話があるので、中国旅は気お付けてください。

  13. この機内食がさ、何か
    オーストラリアでの
    国内線食を思い出させるよな、
    大陸国ならではなのかしら??😂

  14. 素晴らしい映像! トークが分かりやすく又、よく勉強されていて頭がいいなぁ!
    行きたかったところです! 次回楽しみにしています。

  15. 私も日本の九州地方、中国地方、北海道などが大好きです。残念ながら、歴史的に中国軍はその中に要塞を建設できなかった。日本の皆さん、解放軍も日本に要塞を築けるように頑張ってほしい。

  16. 以前、元義兄に中国とロシアの国境付近に住む中国語を話すロシア人の蛮族が居ると聞いたことがある😮

  17. @hiroki_journey さん、ちょうど今⇒「WW2時代に大日本帝国が傀儡政権を建てて支配していた旧満州エリアは現在はどうなっているのだろう❓️」と考えていましたので、大変興味深く動画を視聴させて頂きました👏
    🇯🇵地上波はおろか旅ジャンルのユーチューバーさんでも中々行かない地域について発信して下さって本当に有り難うございました🙇

  18. 若いから活動的で一生行く事がないから変換最低の字幕に苦笑しながら視聴中。

  19. 90歳になる母の一家はソ連の満州侵攻時、ハイラルに住んでいました。伊敏河を渡り、東部陣地、ジャラントンを経てチチハルで冬を越しました。

  20. 以前、ハルビンに住んでいました。漢族、満州族、朝鮮族、ロシア系の人たちと同じ職場で仕事していました。黒竜江省なら、ハルビン以外にも、チチハル、黒河、チャムス、牡丹江、渤海、小興安嶺に足を伸ばしましたが、内蒙古のハイラルまでは足を伸ばしませんでした。内蒙古は、友人がいたので、北京滞在時に、フフホトと草原には行き、初めて草原を馬で走りました。フルンボイルに行く日本人は本当に少ないと思いますが、観光案内に日本語もあるのですね。
    とても興味深く拝見しました。

  21. ありがとうございました。旧日本軍が、支配していた満洲国、歴史で習いましたが、どんな場所か知らなかったです。行ったことのない珍しい場所を、見せて頂き、勉強になりました。

  22. 少しの時間で良いので、風景だけ、暫く写して欲しい、ずっと喋ってると見ていて、疲れが出て来る、デモなかなかの紹介で堪能できます😊

  23. ひろきさんのいう、大学の近くのロシア料理屋、もしかしたら同じところ行ってたかもしれません。(明治大学出身です笑)

  24. 大昔に行きました。
    延辺から列車に乗って、牡丹江、黒河、満州里、ハイラル。
    黒河は地元警察で滞在許可を取りました。
    当時、少し包んだらすぐに許可をくれました😅
    外国人が宿泊できる宿も紹介してくれました。恐らく、知人のいるところだと思いますが。

    黒河に行く途中には刑務所があって、収容者が畑を耕していました、

Write A Comment