佐渡の世界遺産を巡る旅(上横山集落公民館旅行)

帰りの小バタ手を出てからあの大クイズ大会やろうと思ってますんで、ちょっとサド金山であの豪華景品を調達して もうあの命をかけたい合い 頑張ってもらいたいと思いますので、あんま飲みすぎないようにお願いいたします。はい。というわけでよろしいですかね? はい。 では本日もよろしくお願いいたします。ありがとうございます。 で、え、こちらからですね、え、ご案内させていただきますが、え、案内させていただきますのは、え、ドライバー山本、え、ガイドの私にと申します。どうぞよろしくお願いいたします。よろしくお願いいたします。 [拍手] まずこの先ですね、相花方面に参りまして 、え、ガイダンス施設の、え、キラリウム 里へということで、そちら方向ですね、お 買いながらとなります。 ま、世界遺産なりましたということで、 あの、相川方面ですね、夏休みシーズン など、ま、賑わっているような状態だった んですが、え、こちらですね、佐金山に ついてということで、え、映像にて紹介し ておりますという、その大談数施設となっ ております。その後改めてサド金山もご 見学ということで、え、なかなかあの スタートにお住まになってますとね、あの タイミングが合わないと近団も何十年も 行ってないという方もいらっしゃるかと 思いますのでね、ま、こちらでですね、 改めてお楽しみいただければと思います。 方面からとなりますと、なかなかの相花 方面も出かけるということもですね、 少ないかと思いますので、やっぱ相花は今 こんなになってるんだなというのもですね 、色々とね、ま、ちらと見ながらという ことで、え、お楽しみいただきまして、 皆さん今ね、またあのポツポツと雨が降っ ているような状態となっておりまして、ま 、今日はちょっとあの、外歩いていただく ようなところもありますので、あの、ずに その都がご用意いただければと思います。 尋ねいただくといった方もですね、あのピンポイントで降りる場所、あの、雨が降ってますの方とピンポイントで降りる時は晴れてましたとかそった方もいらっしゃるような感じですので、今回もですね、あの、お降りただくようなところね、あの、ちょっと歩くようなところは晴れてますよね。ということで、ま、今日お祈りしながら、ま、 1 日ですね、進めてまいりたいと思います。 公民館長から口調挨拶せよとのことなんで 1つご挨拶をさせていただきます。 え、本日はお忙しい高中高、えっと、東内旅行を参加いただきましてありがとうございます。 ま、愛肉の天校ですけど参加されてる皆さんで、え、盛り上げて、え、ま、思い出に残るの内に来ていただきたいと思います。 え、まあ、本当にあの、もう今年も、え、 11月に入りますとの感情、それから 12月総会になりますんで、え、皆様 1 つよろしくお願いいたします。本日はご参加ありがとうございます。 ありがとうございます。それでは、あの、長さん、そのまま乾杯のご発言お願いしたも それでは乾杯の発生もセというとこなんです。 それでは、あ、じゃあ皆さんご用意よろしいでございますか? それでは、あ、今日1 日の安全と楽しいことを祈りまして乾杯 はい。 [音楽] 以上終わります。ありがとうございます。 これがい 叔屋足から送られた 新潟県おじ屋から送られたこれ [音楽] あしてるんですねご挨拶 最近来たこと はい皆様おはようございますねえキラリウムとえっと指席サ座 の方、えっと、一緒に投稿させていただきます世界参加の北と申します。よろしくお願いします。 あ、ガドの石川と申します。よろしくお願いします。じゃあこの後の流れについて、あの、詳しくは、あとガイドの石川から説明させていただきます。 [拍手] はい。え、改めましてようこそお越しいただきました。ありがとうございます。 [音楽] え、もう世界になってから 1 年経ちました。皆さん、あの、このキラリズムさんのご覧になった方、ご覧になってない方いらっしゃいますか? なってない。まだ1度も入ったことない。 なってないか。 まだ見たことない。 1 回くらいは見てますか?泣く前に。あ、はい。ありがとうございます。じゃあ、ま、えっと、今、あの、世界観なってから今度あの少し世界的な話も加えて皆様へ紹介しようかなっていう風に思っております。 映像を見たり解説したりということのなり ますけども、え、ご案内させていただき ます。で、で、あの、大変失礼なんです けど、私、あの、この黄色い花が咲頃に なるとアレルギーになってしまいまして、 今頃のうちどうしてもこんな子になって しまいますけども、聞き苦しい点もあるか と思いますけども、ご協力お願いします。 はい、じゃあ中の方に入ります。は4 つありましたので1つ何さんが多かっ その金山向かいながらでまたご案内してまいりますと、あの頭の中ですね、また歩いていただいて、また 300mぐらいその中におよそ50 体お人形が置かれておりまして、ま、それを見ながら通り抜けでお進みたくようになります。 やっぱり薄ぐらいようなところありますのでお気をつけたまたまたあの行動の中ですね。ま、よくご案内されてますけど、え、気温が 123°となっております。時期です。 あまり外との気温さがないので、ま、その ままですね、あの、外歩いていただく服装 で入っていただければ、ま、十分なくらい となっておりますが、ま、ちょっと ひんやりしてるところ歩いて通りだけでお 進みいただきまして、で、あの、展時間 参りますと、あの、平成13年より金 のべ棒、あの、12.5kgという金 のべ棒展示されておりまして、で、そちら もですね、今も変わらず、え、第2に展示 したいところで展示されており ま、透明なケースに入ってまして、で、そのケースですね、穴から手を入れて触ってで、重さを確かめていただけるようになっております。 ま、昨年の4 月下旬から展示方法というのですね、その金のべ棒変わっておりまして、今も触るだけ触ってちょっともって重さを確かめてみてくださいとなっております。 あと前は掴み取りチャレンジということで取り出すことできたら記念品のカードをプレゼントとなっていたんですけど、今も取り出せないようなそうそうたになっておりますし、ま、それで、ま、触るだけといった形になっております。はい。 バスの中からですね、景色もご覧いただきながらで移動してまいりますと、先ほどのキラゲームサドでもあの映像コーナーであの先行場ですね、北沢先行場というのご紹介ございましたが、ここからですね、ちょっとご覧いただけるところを通ってまいります。 今ここから正面奥にコンクリートの建物後見えてまいりまして、で、こちらが北沢先行場後、え、サ戸金山で採掘された鉱石を、ま、ここで選別寄り分けていたというところになります。ま、こちらは明治から昭和にかけての建物後となります。 コンクリートの建物、手前にレガの建物ありますが、次明治時代に立てられました、え、火力発電所の建物となっております。 近コリ。 そして今左側ですね、五局の殺だった建物、今相花都博物館となっております。カーブの途中からとなりますが、え、左側ですね、サド金山の先行場後 サド金山で採掘された鉱石こちらに運んできましてで、いいものいまいなものと選別をしていたというところになります。 [音楽] 保管校のあの方たちツアの方もいらっしゃってたようですので、ま、そろそろと降りているような様子とやっぱま実家車でお尋ねいただくと方もいらっしゃいますのでちょっと雨模様ではございますけど今日もねまお尋ねいただいております。 最近では写真スポットということでこの北沢先行場版もですね、紹介されておりまして、そうで、 ま、夏休みとなりますと、え、特にたくさんの方いらっしゃってましたので、え、ご写真ですね、撮影しようにも、あの、誰かしら、あの、他のグループの方映り込んでしまうというぐらいで、あの、賑やかとなっておりました。 そして坂道登りましてサ業所復現された建物がございます。 年建設総者は強な建物で金山及び国を支配しておりました。 現在その後地に当時の業所復現言されておりまして、 平成13 年より建物の一般公開とも行われております。 昔業所がありましたというところに同じように建物言されておりましてされた建物右側ですね。右側にご覧いただけます。 で、今度奥の建物がお役所と申しまして、お様がお仕事をしていたところ。 ま、先ほどのキラリウムですね、まず入ってすぐの映像コーナーで、ま、こちらで撮影された映像ですね、紹介されておりました。 ここも今やってやっとやってた。 これはで、 ま、今日のお食事ですと、ま、ここからですね、まっすぐ進んでいったところに今日待ちてというコミ、あの、コミですね、回送した、あの、飲食店ございまして、で、ここからですね、まっすぐ入っていたところになります。さすがにちょっとバスは入れないということで、今の不業所のところからちょっと歩いてで、移動していくようになります。 そしてこちらの、え、1 本右奥の道のりというのが、ま、かつてのメインストリートとなっておりまして、金山が賑やかな時代、え、こちらですね、たくさんの方が住んでいたというのが 1本右奥の道沿いとなります。 あの毎年6 月の始めですね、相川で酔いの舞という身を流しですね、行われておりますが、ま、そちらあの主な あの数々の民用団体ですね、踊りながらあの移動していくというのがこの右奥の道のりとなります。 AのAの間 の さて この辺りですね。あとガチでトロッコが 通る後など残されておりますがサドキさん のあの採掘された鉱石をトロッコに乗せて さっき通りました先行場まで運んでいたと いうそのトロッコの通っていたレール跡と いうのが所どに残されております。 さんですと、昨年の7 月の下旬に世界登録となりましたが、その主な時代としては江戸時代、江戸時代の採掘技術などとなっておりますので、 先ほどの先行場などはあの明治から昭和のサ戸座の歴史の中では比較的新しい時代のものとなりますので、ま、先行場というのが世界には入っていないの時代のものとなります。 なくしますとサ団の象徴と言われるというの割とですね、バスの中からご確認いただけます。山の上の方から金が発見されまして公に沿って掘り進めていくうちに 頂上から下に向かって掘っていきましてここに割ったようになりました。割れたようになりましたというその世界でも珍しい金の露天堀り跡でございます。右前ですね。 ご確認いただいておりまして、 え、右前方となります。え、サド金山座山の象徴の割と、ま、先ほどのキラリウムサドでもあのパンフレットのお写真でも紹介されておりまして、で、こちらからですね、上げ量にして、え、どういうの割とですね、ご確認いただけます。お願いします。 [音楽] 皆さんはこちらでございます。はい、どうぞ。行 [音楽] ってらっしゃい。ありがとうございます。 行ってらっしゃいませ。どうぞ。 時間がいませ。 はい、どうぞ。 ここは撮影しても大丈夫なんですか? はい、大丈夫です。 ここはインスタに合わせても大丈夫。 あ、ありがとうございます。 はい。 YouTubeも大丈夫です。 YouTubeも大丈夫ですね。 今ここはまだね、あの、本物の行動ではありませんよ。そうですか。 この間に停りましたはしい。 これは 2番のでございます。 この相大は当時の場の歩きにくい階段になってます。 これ大勢の人が入ると滑り落ちて足元見えなくなっちゃうのでゆっくり歩くためにお幅が合わない形になってます。で はい。そうなってます。 のよし。 はい。またこれはずっと偽物の行動です。コクリートですよ。 はい。 これ昭和50 年代に作ったトンネルです。ました。こっ から まだです。 ここ上川流れてますよ。川の死体になったら皆さん歩いてます。 これ偽物 偽物です。ずっと本物と思って歩き はい。 今日はそこはばらしてしまいました。 はい。ここから本物です。 おお、近いところにいると想像してみてください。ボチしたら木を取ることができません。そこでこの近水を組み上げるために使われた道具が水輪という道具です。 この道具を使うと間の水を上の方に踏み上げることができます。 で、え、何本も使えば地上まであげた水をあと川に捨てればいいですのでね、使われてます。はい。ここからがね、時代の本当の行動です。お願いします。こ れ水晶率と道具で水を組み上げています。 だから洗場の羽になってて水頭を回すと水 が上に上がっていく仕組みになっています がこのポンプを操作する人は取引といって 高知金を稼げたので近所の人たちが働きて いました。じゃ次に参りますよ 。どこまで大きくしてこのくらいでいい ですか?はい。じゃ、こちらにあるのが山 と言います。 はくて基本は大丈夫なんですが脈のできるところは面のところにできるのでも脆ろい場所があります。そういう時にはこのように法を化して落ちてこないように人の命を守る重要な作業なので不業者お抱えの大工さんがえやります。 で、そのためにお侍さんとかそれから、え 、技術者の人たちだけが頭の上に手という ヘルメットをかぶってます。はい。この かぶってる人たちは一般の人とは違うと いうことでね、覚えててください。相川に はね、大工町というところがあって、そこ は業所お会えの大工さんが集団で生活して いました。今はまあ何でもありますけどね 。で、15 歳になると子供も中で働けます。 え、消えそうな明りに油を出してあげたりとか、え、短くなった、使えなくなったものを外に運び出した新しいものに取り替えるとかそういうことをする、ま、堀という仕事をしています。で、入り口には検問所があって全て人の出入りをチェックします。配賃金の支払いの目安としました。急な会談ですが、江戸時代はこういうところから入ったり出たりしていました。 今でもあのこの人形の修理をする時には上からここ降りてきて人形をこち出しています。はい。ではあのきますね。実はこの人私が入社してた時金さんの支配人でした。 支配人でした。社長はこっちでした。 2 代目の社長です。この人。 はい。次。 これ上からデジできるとこあるんですか? あります。 あの、外のところにあの団子売り場ってコーヒー売り場のところがあるんですけど、その道向い側のところに四角穴が 2つあります。それが、え、 1つがこっち。さっきの水晶輪のところが 1つということで入りできます。 これが昭和45 年に、え、観光を始めた時にはそこから出理していたそうです。 はい。次では行きましょう。 なるほど。 当然当民カードで持っとんだよね。この人たちは 持ってるね。 いや、無職人だから持ってない。 ナイスフォローかれるかけよ。またこんちゃんは横山住民カード持ってるからこんちゃんが言た。違う。 こっち右から。 はい。じゃ、右側の方です。風回しみと いう総風機です。行動の中今は明りがある ので見えますけども江戸時代ですと松明 炊いたりとかそれから油を燃やしたりとか することで出たりとか煙が出たりします。 また石を掘っていきますので粉を散ります から新鮮な空気を必要とします。 そこで、え、遠みという道具を使って奥の方まで新しい風を送ってあげるという、ま、そういう道具です。この東民皆さんも知ってると思うんですけど、農家の方で種の先別をする時に使ってたものを改良したという風に伝えられております。 [音楽] はい。で、ケーキのいい時には油とかそう いういい油は使えることができるんですが 、ケーキが悪くなってくると余裕。魚の油 を燃やしたりしますので、もたくさん出て 、え、嫌な思いをしてたという、そういう 記録もございます。で、後ろの方で休憩し てますね。 え、近づくと人形がセンサーで働きますの でお話が聞けます。 はい。ここで暮らしてるわけではなくって 休憩している風景です。山市とか金ライと え8時間勤務をするんですが2人で4時間 ずつ働きますので交代性になります。です からこうして休む時間や場所が与えられて おります。はい。あの髪型が変わるんです けど分かりますか?本玉という髪型であの が立ってるんですよ。 おにも気を使ってたということで、この人たちお金持ちです。うちに帰るので立派なものあるうちに住めたりとします。 はい。 みの女にもいてな。 今あの若い子たちに馴染みの女に会いてえなんて言ってもなかなか反応が悪いんですけど、ま、あの推の人に今日帰ったら会いに行けるんだぞということを紹介してます。 はい。そうですね。じゃ、次です。はい。こちらの方は水を組み上げてる作業になります。 先ほどは水奨林という道具でこうくるくる やって水を上げていたんですが、だんだん 稼ぎ場所が深くなってくるとあんな大きな 道具地下深いとこまで持ってくことができ ません。そんな時代に1700年代天の 大金なんかが起きて地方では例外で米が 作れないとか地震とかとかということで 仕事を探しに地方の若者がどんどん宿江戸 に出てきました。その時点で住所否定に なります。 はい。元保障がなくなると働くことができませんので、ま、こうフラフラしてた人たちを里に連れてきて働いてもらったというのがこの制度の始まりになります。なので入れずみ物ではありません。あくまでも宿のない人ということで無職人という、ま、そういう風になりますね。で、この人たちはもう水を上に組み上げるだけの仕事です。実がなくてもできるので、え、こういう人たちが来ていたということです。 ただし働いた日には白いご飯が 1日に一生にももらえます。 はい。なのですごくね、あの江戸にいて食べられないよりは良かったんですけども、ただおかとかビタミンとか不足になっちゃって米だけ白米ですからね。それで関係になってきたあのしまった人も大勢いたみたいな話を聞いてます。 はい。では次に参りますからね。 [音楽] バス乗った。 大した。悪もしてねえが、こんなところまで来ちまった。みじみて聞いてましたね。 愛した悪もしてねえが来てしもた。口になってしまった。 最後の馴染みの女にてで 10cmくらい。あ、すいません。 で、ここではですね、この鋼がやっぱりどんどん硬いのですぐ短くなっちゃいます。先も丸くなると使えなくなります。で 1 本が使えなくなってしまったということですけども、そんな鋼も最後までなるべく使いたいので、このような上橋というチみたいなものを挟みます。 そうすると使うと、え、手元の安全にも 役立つし、角度とついた掘り方がしやすく なるということですね。よくあの、え、 みんなあの金が金のままで出てくると さっきキラリームで話したからもう皆さん はそういうことは分からない、ちゃんと 分かったと思いますけども、金のままで ピカピカ出てくれるわけではありませんの で、金の入った石を取ります。はい。その ためにはすごく頑張って石を取らなきゃ いけないということですね。はい。 では先に行きましょう。進はい、次は即しています。 はい。ここが即量しています。切りで改めというのは、ま、検査ですね。 はい。ですか、ここにえっとね、どっちの方向にどれだけ掘り進んだかきちんと検査を受けています。 切り改めと言いますが、え、先ほど話した ように役人とか技術者は頭の上に手という 可能を被ぶって今で言うとヘルメットに 当たります。こうやってずっと江戸時代 から実は穴掘った分量して記録してあり ます。はい。じゃ皆さんに質問します。 サド金山で掘った行動の長さどのくらいでしょうか? 300km。 300km当たってますか?はい。 え、正解は400kmです。 はい。サド金山で掘った行動の長さずっとこうやって足していくと 400kmになります。400km って言うと東京までの距離と同じくらいです。ありがとうございます。 はい。これを全部と金槌で掘ってたんだからすごいですよね。 すごいです。どれぐらいさ、 今えっと大体ですね、行動の大きさって今こう歩いてますけど、この 1/4くらいが1 人に与えられてる行動の大きさになります。 60cm3弱×44 着とかって言うんだっけ?で、60cmの 90cm というのが基本の行動のサイズで大体 1人1日10cmくらい。 はい。柔らかいところで10cm くらい。はい。 ですからもう本当にこれだけ大きい行動を開けるとなると何人もの人が向かって掘ってなきゃいけないですよね。 はい。では先に行きましょう。あのん 鉱石はとりあえず外に運び出します。 そしていらない鉱石はまた 1 度掘った穴の中に埋め戻したりしています。 ああ。 はい。それがまたあの近代になると今まで捨てていた石からでも金が取れるということが分かるので昭和になってからまたそれを掘り出したりとかしたこともあります。うん。 はい。えっとですね、今まで掘った鉱石の量は、え、 1500万t という風に言われてるんですが、石の形を、ま、全部取った部分を大きさにすると 180 の資格になります。はい。 ま、サイコロ、大きなサイコロ一ぺが 180 なんかはい。そういうことになりますので、 その取った鉱石で海岸を埋めることはできませんので、はい。石もあの、取ったものが全部、え、捨て石ではなくて金にもなりましたし、それからは飛行場を作った時にそのいらない石も埋め、あの、使ったりもしてますし、今はアズファルトですけど、コンクリートの時代もありましたよね。 そういう時の、え、道路のところにも指定石が使われたりとかしてました。なので、え、よく海岸をね、浜石し、この金鉱石のいらないので埋めたっていう人がいますけど、そんなそんなにいっぱい取れてません。はい。ということです。では行きましょう。新で柔らぎと言います。金脈が見つかった時のお祝いの式です。 [音楽] [音楽] さんだ。 えっと、これほな、ほら来な宝が来るとほなという風に言ってます。 えっと、皆さんにばらしちゃいますと、光が当たってる部分は全部偽物の岩です。はい。この光が当たっていない黒い影の部分が本物の岩です。 [音楽] ということは、あの、正面に見えている白と黒の島模様が金鉱石なんですが、あんないいはあったらさっさとおりますんで。 ですからあれは嘘ですよ。でもあ、やって [音楽] あのキラリーブのとこで話したように熱水が地下に入ってそれが上がって固まったのが金脈です。関へのところに黒い筋が入ってますという風に紹介しました。あのように縦に固まるのが本当の形です。 [音楽] だけど自信やなんかでひっくり返ったり することもあるので横になったりすること も出てきますがああいう風に同の割とも 地下から上がって固まったので上から掘っ てったからV字がスタったということに なると思います。はい。でいいあの親方の 衣装にムが書かれているんですが金脈がム に似ているということでムは山の守り神と なっています。はい。それから、え、年配 の人なら分かると思いますが、昔はお金の ことをお足と言いましたね。お足ってはい 。ということで、ムでは足がいっぱいある のでお足ということでムでは殺してはいけ ませんよという風に伝えられています。 はい。 はい。ではこれで構造の中が終わりです。 えっと出たところで眼鏡がくまる人がい ます。気をつけてくださいね。サ ロで作った番ですが、番を船はみんな国だっていう人がいますけど違います。国は商品を運ぶ、あの、あれ、お店ですからね。 はい。これが船をあの金を運ぶ船です。 徳川の船です。あの門がついてますよね。 これだと海賊に襲われる心配もありません ので道からあのおが出た金が出雲崎に渡り ます。 水雲崎に渡までの間で行くという形がいますがすごくあの 40丁建てとか80 兆建てということで乗り組み員が多いので一生懸命と早くつけるというまそういう船ですね。 はい。そうです。 から崎えっと大館さんはの方に入ってくるんですがえっとま最初のうちはちゃんと決まりはなかったようなんですが大久保長によってちゃんとライズほどうにございます。 なので先神社のところで食という 木崎神社の場所になっています。 1回だけ原続で盗まれたことがあります。 はい。ちゃんと見つかりましたけどね。 1500両進まれてます。 はい。では、えっと、第2 資料会をちょっとだけ見てください。すいませんけど、えっと、皆さんに記念写真を撮りたいので、どういうの割と行きたいんです。 それでお時間があまりないので、え、ちょっとだけ第 2 展示金だけ見たら移動したいと思いますが様々さなご覧の次は場のお待ちください。このまの大がございます。 [音楽] 今ね、週末イベントをやってるのに機材がいっぱいあります。 [音楽] んがいい。この山も全部取った後です。 へえ。 父の割れと書いてての割と呼びます。結構ね、後ろ置いてるので楽番があったりします。 なんとかもが はい。じゃあここで遠いの。ここで記念写真を撮ります。 へえ。 の初めてよ。 はい。 金山全部ね、 2 時間くらいは金山だけであの置いとかないとちょっと難しいですね。 でね、観光はね、2やっぱ200 見つかないとダめです。 あの、小の方までとか行ってないです。全然全然 [音楽] るということで、その技術が手作業ですごかったということ。 それからその掘った中から金を取り出すというそういう技術がえっと肺を肺の中に鉛りを入れて焼いたり準度を上げるために塩を入れて焼いたりそれが何度も何度も何日も繰り返して 1回で終わらないの石取ったからはい。 1 回やったら終わりじゃなくて、何回も何回も繰り返して順度上げて 99.54% 54%の金の準金を取り出した。 それで古盤を完成させた。それが全部人の手で行われて、その人たちが住んだ町もあってはい。ていうことで、それが世界全て含めて世界になりました。で、人が住むということは文化が入ってくるし生活がありますよね。そういうこと。 街並があったりとか、それからお祭りが 始まったりとか、そういうことも全部含め てのサドの世界遺産の価値に認められたと いうことです。なのでよその世界産と違っ て語り継いでいく部分をちゃんと キラリウムで見てもらってそれからこう やってくるとあ、どんな作業してたかなっ てことも分かると思うので、え、何度も来 て、え、世界遺産の価値を楽しんでほしい と思います。 なるべく多くの人に発信してください。ありがとうございました。ご お疲れ様でした。 はい。じゃ、ここで皆さん集まって記念写真を撮ってください。今なんとかなんとか 雨がうん。このくらいなら大丈夫かなっていうところですけど。 あ、なんか適当にさんみたいなのしましょう。 これね、 割と体で割とい、 もう割と はい、行きますよ、皆さん。 じゃ、頭に ほら いきます。はい。チーズ。 あ、チーズじゃないのか。割と 割と割とすげえいっぱい。 はい。 ありがとうございます。 はい。オッケーが今という点が評価されましてその世界の中で含められております。 ま、こちらですね。明治の初め頃まで採掘をしていたという忘た集落西川となっております。 1箇所 目のキラゲームの方であの映像で紹介してるコーナーで、え、こちらの西ミ川の様子というのもご覧いただけるようになっております。あの、水路を作りまして、で、そこはですね、今日この高いところからざーっと水を流して、で、その水がされていたところで、そのチしたところから先を探してという、え、先取りしていたというところになります。 ご案内いただくあの金子カタ神田ブロー家の金子さんと吉倉さんです。 お願いします。 よろしくお願いします。 え、今日までよでございます。よろしくお願いします。 [拍手] よろしくお願いします。 今日ちょっと雨も降ってますけれども。 そうね。 ただあの普段車そんなに通らない収学ですがでもま、後ろちょっと気をつけてください。 はい。はい。 そう時間がありませんので、 え、1時間ちょっとしかないんです。 本来1時間だいてます。 え、ま、皆さん作業の人ですから、ま、ほとんどでこういうことはしてると思いますが、え、西川先山は、ま、佐橋市まで 1番古い近団なんですね。今から 1000 年前に発見されます。え、平安時代の、え、こ物語、物語の中に、え、佐ですね、たくさん先が掘って帰った元の熱掘りする。そこが始まりです。 で、声来ますとですね、ほとんど観光客の 方っていうのは、え、金山ていうとみんな 相川金山、相川金山とですね。それはそう じゃないんです。相川金山ここが発見され て初めて500年後に発見されてます。ま 、1番里です。で、里ヶ島には大体、え、 35ぐらいの金銀山があるんです。ただ3 が全部取れたかというとそうじゃなくて 本当に取れたところはここ川とえ吊し銀座 でハ金であと25銀河がちょっとね取れた かどうかいうはいそれとですねえ ここの集落の特徴ですがえですねあ えというのはですねの場合は水がないと 絶対に先が取れ はいね。最終的に土砂をする時に水を使って水ってで、ここの集落は、え、ほとんどが沿いじゃないんです。みんな山の中から出てくるですから、そのために水道、ま、それが特定です。それと同時に今度は水が枯れてしまうとまた先取りができないってことです。今度は水を貯めとく水路がある。あ、水路か。 包みた。 ため池包 そこに水を溜めといて、え、水がなくなったり大流しをする時に、え、流すということなんですね。それとほとんどの山、見える山をほとんど掘ってますから、その横にはみんな石ステバってる石がゴロゴロしたね。ま、その辺見ていただくわかるんです。え、傾斜地ばっかりですから。 [音楽] その先に出てきた石を使って建物を建てた 間にしてですね。で、水電を今度はやる わけですね。それもみんなその出てきた石 を使ってやってる。そ、ま、今石が多い。 それと同時にここはですね、名治になると みんな、え、苗字をもらえるわけです。 それまでは苗字はもらってないんですね。 名前だけです。誰べ、誰べね。 僕が苗字をもらった時に金子っていうせいがおるんですよ。 え、金子ってせいはどういうことかというと、金子と書いてか金子か金子とね、先と言いますけど、金子か子ま、皆さん愛花でちょっとね、その辺連携してきたと思います。え、それとここの 1つのもう1つの特徴は 2011 年に文化的協議官て文化庁から新潟県の第 1号の選定にされてます。 え、それでは、え、先が終わると本来は こうみんな知じになってここ出ていって しまいます。ところが、え、皆さんお 手持ちのエジと同じように家がそのまま そっくりそこに残ってで、今度はそれを、 え、水路を利用して水電を作ったり、え、 畑、あ、包みは畑にしたりそういうことを やって、ま、そういうのが色濃く残ってる もんですから文化的景に、え、なってね。 はいじゃあ今度歩きの大 右の方であ、左の方から行きます。行ける時に中左ちょっとお手洗いあります。うん。 あ、チパそこにありますので [音楽] [音楽] 何 授業が始まります。 昔の 授業が始まります。 授業が始まります。 おい、ほら、直き取る。取れ。 はい、先生。はい。先生すいません。 はい。ました。 あ、読み。 トイレと思ったからすいません。 日直 今日の日直だこう広いこと聞かね そうだよなこれ どうやほらこ座る はい はい ほらせほら座る はい直 [音楽] はい 今日の日は伊藤清き はい。キ、切裂。 はい。 はい。名はございます。 おはようございます。 はい。君を読み上げろ。 教室共に学び輝く子。 はい。着席。 ここはですね、 あの笹文校です。西川本当です。ですね。 で、もしか 1 年生、2年生が一緒に教室で勉強し 3 年4年が一緒で5年生になると本ですか、 ま、4.5kgですね。 はい。あれ で今みたいに我々頃はこの校舎じゃなくて反対側に 2階建ての校舎 そこでこで今みたいに総合学習があるわけじゃないですから逆に言うとここの素晴らしたちのは 1 つも教えてもらえません下先生に河にであが取りますから 6月16日のはい こあ鳥や こ味噌になるんですから今度はそこにこう網田道がありますこ からですみんな石で並んでずっと並んでひたみたいですね。 あ、 それとその愛をどうしたかと小遣さんが焼いてあれ我々 1 口も口に入らなかったとことは多分あのおかいないね。 そういうことでそれと、え、昭和 27年に、あ、37 年の大行があります。ど行が でここは、え、よし、行くぞ。 その時は、 え、車のきは電話もないね。え、テレビもない。もっとテレビがあるのはこの文行だけです。 ですから、え、 31 日になると紅白全国的な方があるわけです。そうと集落の人は全部ここに集まって第 1巻で、え、テレビ、 それが唯一の楽です。 はい。そういうことでね、え、一生懸なんかはほとんどしませんでしたね。 はい。ま、1 人暇ないんです。え、ほとんど農業やってますから。帰ると新聞士に書いてあってですね。どこどこの田ぼ、どこどこ畑来いと。あ、 それで親は最終的には勉強しよう。勉強しようっていう勉強なかったのが我々の時代ですね。はい。こにいる山がです。 我々小さい頃はですね、あの山は前面がみんな茶色です。 は何にもなかったです。 ところはもう今木を切る習慣がないもんですから、ま、ああいう風になって崩れてですね、あの木が生えてしまいました。 それはま、ハ山、ま、こういうところが佐川にはもうところ山はみんな削った後が見えたんです。今はちょっと見えません。じゃあちょっと早めにですね。 [音楽] え、時間ありませんから。 え、それでここはものすごい先が出るとこ ですから、ま、石を見るとこれ丸い石です。みんな角がどれてですね。 これはあの、あの底にあった長さって自をに高めて平坦にしてそこにしてね。 で、こういう水電を作るのがですね、先取りがあるとその石をこう積み重ねってその上に再乱して水電作って。 これみんな草で追われてます。石垣です。 ま、ああいったとこを見てもね、石、石して作って 魚がほとんどこう大変大変です。 がそうな位置があるんだ。 ま、左側もこれ石踏なんですね。で、これもですね、住宅が本当は立ってたんです。建物がちょっと消失してしまいました。 で、今みたいにこう重機があるわけじゃないですから、全部手で運んで積み上げたんです。これだけの意思積んでるですね。 で、ここだけじゃないんです。中もですね。 土がいるもんですから 石を全部捨てその上に土をして ですから掘り返すとみんな石が出しね。 はい。おいで。皆さん 説明しますよ。 はーい。校長先生まとめお願いします。 はい。 えっとですね、あ、後ろをどんどん送ってきてください。 ちょっと遅いですから。 はい。 はい。あの、この集落はですね、実は 2 つに分かれてました。え、ここが集落ですね。 で、右側をこちら側を、え、金山、 金山 で、こちら側を川 2つ。うん。 というのは使えてる場所が使えてる人が違ったんです。 こちらはサドの場合は本まけが ほとんど牛じってるですね。 おお。 え、こちらはこつ沢田寄りの本マ様 では 子供どからハ持ち寄りの本マさってことでここが 2つ ですから宗教も全然違う。 へえ。 こちらが全部神。こちらがブ。 へえ。それぐらい違い ところが1589 年に命令を受けて、え、上杉影が作戸へ攻めてくるわけです。で、上杉のものになるわけですね。 そうすると今度はここはsol川地面か。sol川 18枚村。 え、18 枚ぐらいってどういうことかと毎月先を 18枚上杉に収めて。 で、18枚ってどういうことかと先1枚が 10両です。 ですから180°毎月ですよ。 で、その当時の1量ってのが大体10 万円から123万円ですよ。 そうとかけてもらうと分かりますね。 18 のね。はい。後で計算してみ。ただそれだけじゃないよ。 それですと収めると何にも残らないですから。それの約 2倍から3 倍ないと鉱山はできないわけですよ。 それ×3をやってみ。 いかにここで先が出てきたかってこと分かるですね。はい。じゃあ次行きます。 それ余計収納めた以外に取った分を結局は払ってそれを完全でもらう。 あの全部分けるわ。 え、趣味に裏に 馬3等収めた記録があるんですよ。金を 馬3等っていうと1等につき大体 1230km詰めるわけです。それの 3 等ですからちょっと大げさすぎますよね。 でも記録としては西川の先言ってます。これは多分ですね、あの他の吊がありましたから、その銀も含めて馬さんとね、はい。金 だけ、 金だけだと多すぎますね。 うん。うん。うん。 それのを2倍3倍ですから取るのが そういうことはまずありえないと。 なるほどね。 ま、銀も含んだ。 はい。 はい。じゃあ右に行きます。 半分に入れてよ。ですか?これあの持ち出せない。 そう。あ、そうなんです。 で、もう 全部さんだも。 そう、そう。 田ぼに入れてえな。 ですか。自分らのあの、 自分らの、 あ、例え、ま、田ぼの壁が崩れたから持っててかない。 許可落して人もダメ。 ダメ。 動かせない。 そしたらね、余計神岡山のだけ持っていくわけに 現状のまま残しなさいってのが世界 はい。ここを見るとですね、これ石組があります。 これはですね、水路跡です。 えっと、向こうの突き当たりにですね、 3 目平とかですね、縦残し山ってあれも山が削った後見えたんですけど、今見えません。 そうすと水がないですから、 それとこ木があって水を流したくても流れないわけです。 こ石はいっぱいあるわけです。そこ峠山ってそこでも先に掘ってましたから。 その石を持ってきて積んで平にして 向こうの水が必要な山まで運んだ水路です。 で、普通この石踏みだけですと、え、水が漏れてしま ですからこれよく見ると先端見ると有の字型にちょっとへこんです。 で、それに水が盛らないために粘土を貼り付けるんです。 そうすると水が盛らないで必要なとこに水が遅れたですね。 ま、こういうことをやってまやってもですね、あ、先が最散が青いだけ取れたとです。 非常な読ですね。これだけのものを積むになってですね。 うん。 が、 え、長い水路ですと約 9kgぐらいあるんです。9kg あのおゴ側の上流から取って おはい。 あ、この赤す。 はい。 木が1 本もなくてですね。え、相撲がこう青向けになると腹がポコっとしてこうやってますね。そういう山のこう形をしてた。あの山で今こういう木がなってしまいますね。 うん。 だからよくよく見るとですね、周り見るとこう石だらけなんですね。全部もう木の派とか土が被さってあの見えなくなりましたけどもこちら側も全部石でした。 我々もあのあの今今でこそですね的にあでも注目されてるっての分かるんですが意識は全くなかった。あ、そういうことを教わったことも 1回もないわけですよ。 今は総合学習があって色々地域のことを 教わってますけどですからそういうものが ないもんですからその貴重だってのはない わけです。ですからあの文化遺産の推薦が あったりなんだりしてもなんだっていう らしいですね。そんな大したことはないと 思ったんですが徐々に徐々にえ政党文化長 が来て説明するうちにあ良さちのが分かっ てきてやっと今理解してですねやってるん です。ま、1 番大変なのはここはこういう地域ですから草かりなわけですよ。 ああ、 もう偉いもんですよね。9kg の水をやったり1 本だけじゃないわけですよ。みんな草入るわけですよ。これを保するためには草れがなかなくでも今はもうみんな理解してるもんですから、え、ボランティアで出てきてそういう状態 最初はもうお客さんが来てくれんでいいと。え、あのうん。 あの、売るもんがあるわけでもなんでも ないわけですよ。ただ来てトイレして帰る だけななんて困るとね。それで騒しくなっ て防犯の関係も出てくるから ですから大反対する。ま、それを今度は 守る会を私も立ち上げてなんとかあの、え 、サビれ一方なんだから外からの力を 借りようじゃないかとこで、え、会を作っ てやってるので現状です。 はい。ここの右側がですね。 はい。これが包跡ですね。縦残し山の方へ行ってる。 え、今はもう包みの後が全くありません。 昔はこれは包みだった。 はあは。 で、こういうものがいっぱいあるとさがあるんですね。で、ここの水を利用してあの課金としてる。うん。うん。 え、ただですね、 先ほど水路って言うと大体長いもんで 9kgも上流から水を引かなきゃいけない ところがここへですね、 今は速力機で測っていけば完全にこうこう水持ってくれるんです。昔はそんなものありませんでもちゃんとここに水が来てるわけです。 これをどうやって測っていくか 分かる方いらっしゃいます? ここに水持ってきたいと思ってですね。じゃあ大地から持ってきたいと思ってもちゃんと持ってこれるわけです。ここ水がちゃんとプラクロ。 それを レーザー持ってる。 レーザー レーザー即がない。 GPSがあるか ないんです。 ない。 はい。あの夜やったんだ。 松明の明りで。 あ、正解ですね。 ああ、明りを使えばいいわけですね。 ここを起点にしてですね、 人をずらーっと明りを持って並ばせるわけですよ。超沈とか幕ロソとかま、ここは超沈じゃないかと言わなってますけど、そうするとですね、 反対側にいると高が分かるわけ。 うん。 それで高い低いと指示をして水平にずっと印をつけていくわけです。 で、それをずっと上流の川まで持っていけば完全にここに水来るわけです。 そういう即料したんだそうですね。はい。 ですから、ま、間違いなく、ただそういうことやってやってもですね、財産があったてこと。 いや、一歩取り で、ダメな時はああいう風に石軍をして高があるとこは水路を作って人口的にそれでやってしまう。 大体、 え、水路が1.5mから深さ1.5m ぐらいですね。そういうものです。 うん。 もう至るところに水路あります。 ですから元々このここの速攻も水色ですよ。 うん。 うん。 うん。今じゃこんなことできないんですけどね。 やっぱりあのその世界もね、文化的もなかった時代にやったもんですが、できた。 [音楽] で、ここでじゃあどれぐらいの人が働いたかというとですね、え、最高で豊政権時代に約 2000から2500名ぐらい の人がここで先取りをしてたんです。 で、じゃあ全員が先取りできるかっていうとそうじゃないんです。 え、野の方から来た人は大体十郎です。出てきた石を運んで石へ持ってく。そうか山を崩しですよ。本当の先を見れる人は誰もいないですね。ここは集落の本当にこれ技術を持った人ができなかったですね。 2000 人おったってことはそれだけうちもあったってこと 両地がないんです。 うん。 両地がないんです。 でかぎですか? でかいじゃどこ?その人たどこ?どこで? あの、その人たちがですね、 じゃあ出か石に来てて、あの、住まいがないじゃないかて言うんですが、え、住まいとしてはですね、出てきた石を丸く形に積み上げて で、上に屋根、か屋の屋根、 [音楽] 屋根向拭きをするわけです。そうすると寝泊まりができるわけですね。 大きさ10ですから。 そういう重跡がここは200から250 箇所ぐらい あるんだ。 はい。 本当は逆から回るとそれは見れるんですが、今日家の関係でそっち行けないもんですから。残ってるですけどね。 あ、ありますよ。原的ね。はい。 で、それでもですね、大人数で出稼ぎにくる人は 簡単に木を切って小屋を立て。 で、そこで寝と前。 そういうことです。うん。 ね。 これは違いますよね。これは どうですか? これは9代。 9段。これは9 潰れた。9団 ですから金沢って言うとですね、その当時秀吉政権の当時は、 え、上司が前田俊彦ですね。 うん。年あの人がみんなあの 100勝やめてくるもんです。 金ホり と100 書ができないとことで、え、もし作戸へ行くんであれば税金を払 ああ、 税金を貸して なかなかいけんよう。 そうです。 行ってもらっちゃ困るですね。はい。 おい、 おい。遅れないで来てくださいよって。はい。 だけやな。いいわな。だけはいい。先生 谷VGになってますよね。 はいはいはいはい。 え、実はここにお寺があったな。神社があったんですけど、シアじスワ神社まこれもどこにでもありますよね。諏訪でえ、ここで先が取れるわけですよ。 そうすと神社ど所じゃないんです。神様も何もなくないと。じゃあその神様を にした 隣の集落 こちに移してしまう。 で、これを先に取った。あ、 はい。 神社も はい。 先だね。先の方がいいわけですね。はい。 それでここには小さいがそこに流れてましたけどもそれだけじゃ水が足りないと。 で、先ほどの水路ですね、反対側の皮の方流から取ってきて で、そこはちょっと地形が悪くて、あの山肌に水路切れなかったもんですが、トンネルで通して、 トンネルで通して、その水を使ってここ先に取ったはずです。はい。 うん。うん。うん。うん。 トンネルまで掘るんだね。 そういうことですね。 すごいね。 それで、ま、こう、え、この看板なんですが、ちょっと宣伝になりますけども はい。 これ、あの、なんか面白いと思いません。誰かに似てますよね。 これはですね、 見逃さ。 あ、正解ですね。これ大体傘かぶってですね、先の人って傘かぶって ちょっと重になってですね。 で、先に取るわけですね。 なるほどね。 ですから、え、ま、そういう格好を真似したらいいんじゃないかと。そういうことでこういうことにしてやったわけ ですからグッドデザインし そういうことです。私は ま、こういうことも含めてですね、 ま、地域の人が一緒になってこう考えていこうとやった結果ですね、みんながだんだんだんだん理解してもらった ね。 え、江戸時代になりますとハより役人が 2 人ここの監視に来るわけですね。先団に。そうすると寝るとこはないですからここに屋敷があったわけです。 うん。 で、これはネ泊まっていう屋敷です。 で、反対側にこの業務をやるというのそういう建物で 1ヶ月に1ヶ月勤務するわけですね。 1 ヶ月勤務すると今度は相会がある。 え、その時に今度はここで 1 ヶ月取れた分の先を全部出して山にしてで、その役人と名主と、え、受けおった人作業に人それで今度は山明けにする分けるわけですから山にして分けますから山脇山分けていう言葉があるです。はい。じゃ、次です。 へえ。 人がどうにかすれ違えるだけ。 ま、車も何もないんですよ。 本当にあの、よし、陸蔵の世界ですからね。はい。 テレビも、 テレビのきは電話もない。車もないですね。 スマホもない。 スーパーもないですね。そういう時代だった。 GPSもない。 はい。CP では1000年分前にですよ。 うん。 ここで大量の先が取れるとかですね。 それが宮子まで伝わってるわけですね。うん。 電話もなきゃテレビもね、そういう時代ですよ。 そうするといかに取れたかっていうの分かると思うんですよね。 はい。 そういうちょこっとした料理はそんなことだと絶対ありえない。あ、なるほどね。 電話もなければテレビもないけどある。そうですね。 そうそう。 はしかありません。 じゃあ今ないかと言うと実はまだまだあるんだそうですというと ある。 はい。え、全市長の高野さん全然市長ですね。 うん。 高野さんが採掘権を持ってるって言いましたね。持ってるんですよ。そうなんですか。 あ、これは表面ですよ。 地方県という 地下の方は、え、三菱ですが思ってるわけ。それはいい。 ところは高野さんが昭和50年代にここの 地質を全部調べてます。で、調べた結果 ですね、ま、私は今まではたくさんまだ 眠ってますよっていう話をしたんですが 里テレビで高野さんポロ口滑ら 金額行てしまったね。だからまだ50昭和 50年でですよ。 約5億円のがあるんです。稼ぎのうん。 [音楽] ところが残念ながら掘れないんです。 うん。 もう今度は世界祭になったのと 今度はここはね25人の60 人しかもうないんですよ。 うん。 ほと主がですね 230件ぐらいあるんです。 おお。 で、地主交渉ができないと。あ、 はい。 それと今度は下の方ですと、え、漁業やってたり ついで電作ってドル水が流れた。うん。 取るとダメよ。ね、保証が必要です。 はい。 え、それと今度左側今ちょっと中が見られないんですが、え、奥に思だけ完成します。はい。 今ちょっと向こうがあの結構作んであれが今度は失屋をやります。 ああ。 え、サ市の話ですと、令和の 11 年には全部完成しますよって我々説明受けてますが うん。 とてもそんなもんじゃできないと思いますね。 え、というのはですね、これあの全部ですね、 ま、さらに全部解体してしまってうん。全ての部材を調査してるという感じです。 で、せ、え、遺産となるとですね、使えるものは使えなきゃ。 例え、次は吐き入れてますよ。 え、こういう風に柱が、あ、ここは使えないよってこう腐ってるわけですよね。 そうするとここで切って、 ここは新しいもんでして、 これは古いもん使う ですからそういう調査をするのにものすごい時間か、ものすごい時間と経費がかかる ですから今まではこれ金子カ沢ブ郎という人の個人の持ち物だった。 ところはこれ維持ができないんですよ。 かや吹きやるのにもさには職人がいないとそういうことで、え、今はもうみんな当て職人をやる。 ま、建築時そのものは建設会社が全部やりますよね。あの、本当の屋根吹きだとかそういうものはみんな でか屋なんかも全部向こうから持ってきた。 です時間がかかる。 で、しかもですね、大体この辺のところです。ここはですね、大とそこがあ、左側にあるのがトイレです。 トイレね。 で、これがやです。 で、向こう側が解体したのが牛屋です。家畜で奥には倉がある。 大体この辺の人は大体、え、 5 等ぐらい一軒のそういう建物持ってるんです。 で、今はみんなトイレなんかは中になりますね。 今までは全部ラの方は全部外へ出て で入り口の左側には必ずですね、男性の場合はあの亀を伏せて 入る入る手前でよし そういうことです。で、ここはそれと同時にですね、入り口が本当はね、見ればいいんですが 2つあるんです。ま、どこでも大体 2つあるんです。 え、左側は一般そこの住人が使うもので中央は偉い人 お客さんだけがこうそういう 2つのこ でもう1 つはここのすごいところま、地主の家ですからいい人です。そうすると中にトイレがある。 まあ、例は今サ市が 11年って言ってますから11 年以降は完成できると思います。その時は中ご覧になりますんで、またその後来てください。中を見れると思います。はい。 じゃあ次です。 あ、えっとですね、え、ここの人はですね、元々は金子ブ郎って人が住んでたところです。え、この人はですね、え、金子初代はカザブ。 次、え、カ郎、次が看ご郎。 今の人はカザブ郎。元に戻った。 みんな感の字1つもしもらっ 普通の普通の人はそんなことありえないんです。甘の人もらうとか。あ、あの物資の人はそういうの偉い人から名前もらったりしてつけてますけども、ここは全部甘字をする。 それと同時にですね、一般の人っていうのは絶対刀を持って歩けないんです。対当って言います。 ここだけは対当許され刀をさしてもいいよ。そういう家柄だね。はい。 その守りが 守ねとかねえ、そういうことで大山釣りですから皆さ ま、いろんなとこでこれから旅行されると 思います。そしてこういう神社があったら かなりそこはですね、え、鉱山 絶対間違い でここは特殊ですね。奥に神社があれは 上杉がここを、え、統一した時にその後に なってから上杉が奇した人だと思います。 ある。え、それともう1 つと神社とそこに脳部隊がある。 うん。 農部隊が段差がなんでダ差がと、先ほどの山からずっとこの谷間が先が出るもんですから先を掘った。 外ダンス で今皆さんがこう歩いてここはもう水川カー でだんだんだんだんねあのよくぞ向けたもんですけど車が国になった車は遠のものアンケにして あをしたいそれと同時に今度はですねえこが明治 5年に代々的にはやめたんです。 ま、本当は昭和の 20 年代ぐらいまで細とはなってたんですけどね。大学はやめました。そうすると今度は北海道で金が取るのが 大変に先が見つかる。ただ技術がないもんですからここの人はものすごい技術に持ってで呼ばれていくで北海道で技術を練習出す。そたちはある程度お金が他の人よりもらえるわけで立ですからね。 [音楽] で、その他に今度北海道先とに絶対必要なものは猫だっていう。猫田ってどういうものと稲 うん。 稲をむろですね。 で、むしろを編んでそれを底に敷くとで土砂を流すとそのむろ目に 先が重いですか?止まるわけです。そういう道具が絶対必要なんです。 それとか豊にこう引いといて でそこへ土砂を流すとそこに つくと ですから北海道は今は犬取れますよ。美味しい米かなんかであの他のとこで美味しいんじゃないかあの米が取れるようになるか聞こえへんで そこは当時は取れてないですから うん。いながらをこっから持っていく。 で、その先取りに使うための道具を作って。それともう 1つは竹。北海道だ竹がある。 うん。 それとは竹がものすごいある。うん。 それを竹を切って運ぶとでそれをもう 先取るに絶対かせ石コがゴロゴロゴロ出る のを選別手でするわけにいきませんからど あの竹か大きいこう網のものでゆするわけ ですが取れるわけそういうそういう道具の ために竹を持つそれで 技術の他にも材を増したとそういう話に なりますからその人たちが北海道行って ここにお世話になったもんです から小ネとかこういう神社の意識ですね、全部北海道から送ってきてる。起装してる。 ですからここは中学をこれ出したもんがないですから横を見ていただくとみんな北海道誰か長い話の書いてこっちから行ってみた。 あ、北海道技術あれ技術のねんで 石国石国 ですからそいつたちが出演者のためにしっかり しっかりこうとここにはい こ ですからまの松は 北 てるな。 ま、ここにしては全員が先にね、関係。 はい。 ま、そういうことではい。 ここの再例はいつですか? え、えっとね、4月の16日、16?あ、 10、15です。15、15。 は、大体そうですね。でも秋はあります。 ね 動くことはしないで15日全部 関係ないですね。おそういうのをですね、 ここはもうものすごいイベントやるように してるんですよ、実は。その、え、春の 祭りもそうですけど、今まではですね、 全部、え、角付けに全部回ってたんです。 その当時は我々小さい頃は36件ありまし た。もう朝早くからずっと1 件ずつ飲み歩くわけですよね。要は角付けって言ったて、ま、飲んで歩くようなんですよ。で、でも そのうちに今度はいなくなる。若い人 ですから、今から10 年ぐらい前に、え、角付けをやめまして、で、センターに頭を持っていといて、そこへみんな、え、大発を持ってきてもらして、そういう風にして。 うん。で、ま、できるだけここもですね、 今60人しかいませんから、あの、人は 寄ってもらうため若い人は、ま、 ほとんどい出たりサーダ出たりして家を 立ってるもんですから、ま、イベントを やればその人たちもその日だけは帰って くるだろうとこでやるとやっぱり1230 人ぐらい集まるんですよ。はい。ですから 、え、運動会、この集落で組運動会う 。 え、それと今もう経路会は全部ほとんど配りもんだけになった集落と思うんですが、 それもみんなあの経路会も手作りのそれと今度秋、今度の、え、 11月になりますけど大収穫祭、 え、各家で取れた野菜も米メだとかを無料でさっきの文庫へ持ってきてもう、 あそこへ展示をしてで販売をする。 で、販売したものは無料で提供してもらってますから、我々の守る会の うん。 え、活動品そういうこと。 それと2 月になると今度はサワー会ま、お茶飲み会ですね。 え、サも本来はお茶って書くんですけどもさの笹を我々取ってかいって言ってるんですよ。それはどうするかというと、今度は昔の生活を味合おうってことでですね。 え、そば、そば打ち、うん。 それと豆腐作りうん。 そういったものやってます。他のま、食べ物をやるんですよ。それどうしてかというとですね、 え、そばこは勝ってくるわけじゃないんです。 うん。 え、大豆、ま、豆も買ってくるわけじゃないです。こう取れたもので全部やる。 石薄からやる。 うん。粉引きから そうしないと意味がないわけですね。買ってきてやるだけ意味ないですから。 ま、そういったものを若い人にも、え、こういう生活をして作ってたってことを、え、分かってもらうってこと。そういう活をやってます。 うん。 これ本来は外に向けてどんどん発信すればお客さんがものすごい来るんです。実はと。 ところはそうそれをやってしまうとですね、せっかくま、手伝いの女性たちがですね、もう接客になってしまってやっぱり 1 日の遊びじゃない、レクレーションじゃなくなるってことで、我々はできるだけあの外には発信 をしてません。うん。 それでもやっぱりね、あの誰かさんが呼んでくるんですね。はい。 はい。そういう風になってますけど、ま、ま、そうしながらこの地域を盛り上げようとそういう風に世はやってます。 ま、それでも若いもがどんどん出ていってしまうもんですけど、ま、そ、これをどうするかと、この、え、世界にはなりましたけど維持をしなきゃな。 うん。 そうするとまずここは草刈りがほとんどですから、草刈りの手をどうするかってことが 1 番今大今は出てきてくれてますけど、これから、え、 5年も6 年も経つとそういう人たちがいなくなるますけど、ま、それをどうするかちてのが 1番の課題です。はい。 じゃ、次、え、これは総裁の亡くなった人のための道具を場所です。 これも2箇所あります。 金山と、え、金山ここにある。 笹川はさっきの文の裏手にある。 うん。今みたいに、え、人がなくなった場合に電話すればすぐ J が持ってくるわけですね。もうね、ところは昔はそうじゃない。 歩きですからすぐには用意できないわけ です。そうすると保管しとく必要がある ですからここに保管をして そうすると、え、各家であのうん、今度は 職人が来てあ、タを言ったり保管を作っ たりするわけです。そしてここに 収めとで必要があれば出してそういうこと を聞かして はい。 じゃあこれで大体ね、説明を終わります。じゃあ、バスの方へ今度移動します。 ありがとうございました。ありがとうございました。これ右は 15分ぐらい入ってます。山 茶行くと全部や。から水道から石からそれも全部出てます。石が [音楽] そこへ行くとも面白い。 うん。時間がかかるすぎてな。なるほど。 はい。 ま、機械があったのでこれずっと入ってこの山のハくなりました。いい 上手ですよ。そんなことないですよ。初めての集落になんかね、愛情を感じてる。 ね 。

2025年10月26日、上横山集落の年に一度の公民館旅行で佐渡の世界遺産を巡る旅に出かけました。昨年目出度く世界遺産に登録された佐渡の金山ですが、なかなかこの目で直接世界遺産を観たり歩いたりすることは無いんじゃないかな、ということで今回の企画が企てられたのではないかと勝手に推測。今回の公民館旅行のガイドを務めてくださったのは佐渡金山ではNHKのあの番組でタモリさんを案内した石川さん。西三川の笹川集落では世界的なロックシンガー相川七瀬さんを案内した吉倉さんでした。彼らは休日にもかかわらず秋雨がそぼ降る中で相川の金山が世界遺産に登録された理由や世界遺産になった笹川集落の歴史と価値を熱く語ってくれました。

3:47きらりうむ佐渡 13:32佐渡金山 35:55西三川笹川集落

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