岩手で営まれる八幡信仰、盛岡市総鎮守の春の光景:岩手県・盛岡八幡宮 (Morioka Hachimangū | The largest shrine in Morioka Prefecture)

▼チャプターリスト(目次)
0:00 オープニング
0:21 社号碑、大鳥居
1:04 手水舎周辺
1:43 高倍神社周辺
2:14 盛岡天神社周辺
3:12 狛犬、参道
3:36 拝殿、本殿
4:32 縁結美神社
4:43 十二支神社周辺
5:07 笠森稲荷神社周辺

どうも、管理人のヒロリンです。

今回は東北地方の岩手県盛岡市の総鎮守として鎮座する盛岡八幡宮(もりおかはちまんぐう)を紹介したいと思います。

JR盛岡駅から北上川を越え、国道106号線を車でおよそ15分。八幡山の山麓に、盛岡八幡宮の神域は広がっています。

北西方面から鳥居を抜けてすぐに広がる境内は、平成の大改修で生まれ変わった本社社殿を中心に、八幡宮、笠森稲荷神社、岩手護国神社と大きく3つに分かれていて、料理の神を祀った高倍神社と包丁塚、赤い紐を結んで良縁を願う縁結美神社など、個性的な摂末社が数多く鎮座しています。

そんな盛岡八幡宮の創祀は西暦1062年。陸奥鎮守府将軍であった源頼義・義家父子が、前九年の役の勝利を祈願して、不来方の丘陵に石清水八幡宮から八幡大神を勧請したのが始まりです。

当初は鳩森八幡社と称され、地元の有力豪族・日戸氏によって代々崇敬されてきました。日戸氏は奥州藤原氏の末裔を名乗る河村氏から分かれた諸氏の一つ。その後、源頼朝に従って源平合戦などで活躍した南部光行が、糠部五郡を拝領。清和源氏・河内源氏・甲斐源氏の流れを汲んだ光行は、源氏の氏神を祀る鳩森八幡社を篤く崇敬しました。その信仰は光行の子孫にも継承されますが、鳩森八幡社は盛岡城の城内で祀ることとなったため、民衆は参拝出来なくなってしまいます。

そのため、陸奥盛岡藩第3代藩主・南部重信のときに新たに八幡宮を建て、庶民の参拝を可能にしました。それが、現在の盛岡八幡宮です。

また、東北以北は梅と桜の見頃がほぼ同時になるときがあり、盛岡八幡宮も例外ではありません。同社では梅と桜が境内に植えられていますが、その見頃が2025年はほぼ同時。滅多に見れない貴重な光景を撮影することが出来ました。

盛岡八幡宮が最も綺麗に彩られた春の光景を是非ご視聴ください。

Morioka Hachimangū is a Shinto shrine in the city of Morioka, Iwate in northern Japan.

The Morioka Hachimangū was established in 1062 during the late Heian period when Minamoto no Yoriyoshi brought a bunrei of the Minamoto clan’s tutelary shrine, the Iwashimizu Hachimangū in Kyoto to pray for victory in his campaign against the Abe clan in the Former Nine Years War. It was originally called the Hatomori Hachimangū.

The shrine was rebuilt in 1593 by the Nanbu clan to be the protective shrine for Morioka Castle.

Under the State Shinto system of shrine ranking from 1871 through 1946, the Morioka Hachimangū was officially designated as a “prefectural shrine”. The Edo-period shrine structures burned down in 1884. The present main structure dates from 2006.

1 Comment

  1. 梅と桜の彩りの中、
    穏やかで静かな佇まい、
    ラストの冠雪の山が雄大でした✨️

    こんなふうに山を見上げながら、
    雄大な何かを感じ
    彩りに喜び
    そんな聖域を参拝してきた日常のうえに、人々の人生があるんだな、、、✨️

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