【廃墟巡り】静岡県河津町にある謎の廃施設を現地からリポート #廃墟 #静岡 #街歩き #伊豆 #観光 #旅行
はいどうも天野と申します伊豆の河津町に
やってまいりました川津町というのは伊豆 の東海岸の南にある町下田の手前ですね
今日はここから山の中にある謎の廃墟へ 向かいます多分ホテルか用所なんですけど
詳細がよくわからないんですよ ね今私がいるのは伊豆急行川津駅伊豆の田
の町と違ってそれほどさびれた感じはあり ませんねこの駅は毎年春になると桜を見に
来る人でごったえします濃いピンクが 美しい早崎の桜にかず桜というのがあり
ますけどあれはこの町で生まれた桜なん ですよねでも正直花見客がそんなに金を
落とすとは思えないんですけどま無茶な 開発をしなかったからさびれた感じもし
ないだけかもしれませ ん駅の東側にやってきましたやっぱり栄え
ていますね そういえば伊豆のさびれた町って全部
東伊豆町だったようななるほど川津町はお 金があるみたい
ですおローテク看板だラーメンから湯が 出る看板は知ってますけどコーヒーは
初めてです ねカフェキリ感だそうですおしゃれですね
後で入ってみ ましょうあれやっぱり以外はちょっと
さびれてる感じですねみか屋は分からない ですけど隣の和菓子屋は併用してい
ます成金もな成金にはなれなかったみたい です
ねなんか某宗教看板を彷彿とさせる カラーリングのお店が見えてきました
オーダーメイドの枕専門店みたい です眠りの専門店白睡眠の室の低さは日本
人の国民的課題ですからね枕屋は今日も 元気に営業中 です踏切が見えてきましたねもうすでに壁
が見えていますけどこれを渡った先に廃墟 がありますというかこの踏切はあの廃墟に
しかいけないんですよね廃墟専用踏切です わざわざ専用の踏切まで作ったのにその先
にあるものが廃墟化しちゃって踏切だけが 現役っていう鉄道会社からしたら迷惑な話
ですよ ねでは渡ってみ ましょう変色した壁が見えてきましたね
これが今回の目的地である新かず草です新 とつくってことは急かず草もあるのか気に
なるところですけどそれも含めて謎のまま ですいくら探しても情報が出てきません
ろじて70年代に立てられておそらく 2000年前後で廃用したのではないかと
いう推測は年代別の航空写真からできます でも本当にそれぐらいしか情報がないん
ですよねだからもしこの建物に関する情報 を持っている方がいたら是非コメント欄で
教えて くださいそれにしてもものすごい急斜面に
立っている建物です大きさも田舎の学校 くらいありますよこれだけのこのもを専用
の踏切まで用意して立てて一切情報を出さ ないってどういうことなんでしょうどこか
の器用の用所だったから情報が少ないん じゃないかという説を唱えている人がい
ました現状ではこれが一番有力でしょう ねちょっと窓から覗いてみましょう か建物の中はボロボロですね天井の板が
全部剥がれて床に落ちています汚れている だけで痛みの少ない外装とは対象的です
やっぱりコンクリートってのは丈夫なん です ねお風呂場の窓ガラスが完全になくなって
いますここのお風呂男湯が広くて女湯が狭 いっていう完全なダソン除皮設計なんです
よね昔の旅館は割とこういうところが 多かったらしいんですけど今こんな設計し
たら大炎上でしょう なこのお風呂のある場所は別の建物みたい
になっていて本館とは材質が違うんですよ ね木材多めの設計だから痛みが早いです
完全に床が抜けてます ねあれでも天井の痛はより少ないです
ね奥にある公衆浴場特有のオープンラック 逆の荷物で彩られた現役時代を
思い浮かべるとなんだか寂しいものがあり ます ねお風呂の方は割れたガラスが散らばって
います風呂場て裸で入るものですからここ を裸で歩く想像をして足の裏に嫌な感覚が
走りまし た壁が完全に木でできていますね木に
モルタルを塗っただけの構造ですこりゃ 痛みも早いわけ だ道を登った先には一軒の民家があります
でもここも廃墟なんですよね管理人の家 だったんですかね痛みも少ないし内装の
状態次第では売れないこともないと思うん です
けどこの家にたどり着いたところでこの道 は終わりです本当に廃墟にしかいけない道
なんですよなんで伊豆急行はここの踏切り を残しているのか なそういえばここ2階の窓は割れてないの
に1階の窓はほとんど割れてるんですよね これは人類的破壊の気がしますね おこんなところにも窓がありますね地下室
でしょう かなんか街灯がぶら下がっています電柱に
ついてるような街灯が建物からにょきっと 生えてる構造だったみたいですそういえば
この道他に街灯ないですからね森の中の 街灯のない道なんて夜は歩けたもんじゃ
ないです よそれにしてもの貼り方が特徴的です
葉っぱがまばらで茎が目立つつ葉っぱ びっしりよりこういう貼り方の方が
おしゃれですよね日陰だとこうなるんです かねガーデニングに応用したいです
ねお踏切りが鳴っています降りて行ってみ ましょう特急踊り子が来ましたねここの
踏切遮断機はないけどちゃんとなるんです よね廃墟にしかつってない道の踏切りにし
てはやけに贅沢 ですまあ廃墟にしか繋がってないと言って
も完全に誰も使わない道ではないらしくて たまに建築会社のトラックが建物の横に
止まっていることがあります解体しに来た のかなって思って観察してたんですけど
荷物を持ってどっかに行ってしまったので 本当にただ止めに来ただけっぽいんですよ
ね多分建物の入口はここなんですよ でも草で埋まって見えないです ねということで進化はずそういかがだった
でしょうか伊豆にはまだまだ見応えのある 廃墟がたくさんありますこれからも
どんどん紹介していくので楽しみにしてい てくださいま来週は東京の霧が団地の動画
です けど伊豆には廃山もたくさんありますし
バブル遺産みたいな場所も多いです廃墟の に合法的に入れる場所なんかもありますま
温泉に関してはもうちょっと涼しくなっ たら行くつもり
ですということで最後はキリ感でいっぱい いただきましょうデータ破で店内の映像が
ないのですがケーキの美味しいカフェでし たご視聴ありがとうございました
チャンネル登録と高評価をよろしくお願い します
#廃墟 #静岡 #街歩き #伊豆 #観光 #スーパーカブ #SuperCUB50 #LittleHonda #ABBYcarrot #旅行
【Mr.Amano’s channel】
静岡在住の原付ライダー。学生時代は東京で過ごしたため馴染みが深く、神奈川や東京をはじめとした関東方面へツーリングに行く事も多い。愛車はホンダのスーパーカブとタケオカ自動車のアビーキャロット。アビーは四輪車のくせに50ccというイカれた乗り物。
現在は諸事情あって失職中。せっかく暇ができたからこれまでのんびりやっていたYouTubeでの活動に力を入れてみたところ、熱川の廃棄動画が当たってまさかの収益化基準達成(現在審査中)。しかし次に繋げる方法がイマイチ分からなかった為、マーケティング業界で働く友人二人の助けを借りて試行錯誤中。
【廃墟探訪】
基礎体温の低さからくるスタミナ不足に悩まされていたので体力作の一環として山登りを始めた。しかしいつの間にか廃道歩きにシフトしていき、気付いたら廃墟を探す事が目的になっていた。
バイクや車で廃墟や廃道へ向かい、そこか見出せる自然と滅びの美学を発信し、視聴者の皆さんに非日常感をお届けできれば幸いです。たまに変な観光地とか変な地形の場所とかも配信するかもしれません。
【カメラ機材】
GoPro HERO9
GoPro HERO4
【編集ソフト】
ゆっくりムービーメーカー4
19 Comments
面白かったです
謎の廃墟いいですね!次は深夜に訪れるのもいいですよ
自然豊かな廃墟を満喫してくださいw
仮に企業の保養所であったとして。
社員の男女比ってそんなに大きく変わることはなかったろうから
男女比に合わせて風呂の大きさも変えた合理的かつ実質平等な設計だった・・・のかもしれない
男子社員50名女子社員5,6名とかで同じ大きさにしたらその方が不平等になりますからねえ
・・・まあ全て妄想でしかないですが。
昔のホテルは男湯に比べて女湯がしょぼいなんてのは結構ありましたよね
平成になればそんなではないですが、昭和期からある廃墟化したホテルは結構な比率だと体感します
建物内部の扉が団地の玄関にある様な扉なのが何か変な感じだね、ホテルや保養所の室内扉にポスト付きのスチール扉は付けないと思うから元は団地か社員寮だった建物に大きい浴場を増設して保養所かホテルにしたんじゃないかな。
小さい頃に毎年伊豆旅行に連れて行ってもらっていました。当時は東伊豆も西伊豆も活気があり廃墟を見た記憶がありません。30年くらい前の記憶の中のキラキラした伊豆のイメージと全く違う伊豆、今の伊豆をもっと見せてほしいと思いました。
私も「新河津荘」さんに撮影に伺いました
やはり、あの団地にあるような扉は、宿泊施設というより集合住宅のように見えます
しかし、壁の内側にあのような扉があるのも不自然なような気がしますね
以前は、ホテルなど宿泊施設だったものを集合住宅に再利用したのかもしれませんね
共同風呂があることから、社員寮や合宿所のような使い方だったかもしれません
その建物の後ろは天嶺山という、1970年頃に別荘開発され、途中で頓挫した所の麓ですので、別荘開発の名残かもしれません。
奥の建物の先から獣道がありまして、そこから天嶺山の頂上へ登れますが、山自体が現在も私有地となっていますので、山には入る事はダメなんです。
山頂には粗大ゴミが散乱していまして見る価値もありませんが。
その建物の踏切の手前か奥かにもう1本道があったかと思いますが、そこを天嶺山側へと進みますと鉱山跡があります。
杭口が崩落していますので中に入る事はお勧めできません。
天嶺山の海側、国道先には縄時金山がかつてありました。
ここは1970年過ぎに閉山されています。
なので、その鉱山のひとつかもしれません。
建物ももしかしたら鉱山作業員の寮だったのかも。
それでしたら女性風呂が小さいのも辻褄があいます。
車が止まっているのは伊豆急行の作業員の方では?
線路のその先が長いトンネルですし、山の上の電波塔の作業にこられてるのかと思います。
あの地域は山へ行くのに伊豆急行が横切っているので山の管理や山林火災に対応する為もあって残している踏切だと聞いています。
昔、東伊豆は熱海、湯河原、伊東あたりはおいといて・・・半端な温泉地は社員旅行や職場旅行で行くトコでしたね。
そういった場所の宿って男湯の需要のが偏ってあったんですよねー、女性社員とか少ないし来ないしで。
オネーチャン呼んでどんちゃんが目的の大半だったりしたし・・・
職場旅行で今で言う?コンパニオンを朝まで連れ込んで30万請求されてた先輩に少しだけカンパしたのは良い思い出。
30年〜40年程前に東も西もで有名だった銀水荘に行きました東は新婚旅行、西は社員旅行でした
今でも営業してるそうなので、どちらかだけでも再泊しようと思っています
民家良くみると
電線つが繋がってるから
廃墟とりよりも
別荘とかじゃないですかね?
廃墟としては
きれいな感じなので
リゾートマンションなのかな。
それにしてはそれっぽくない名称なので分からないですね。
(株)ジャパンビラクラブという会員制リゾートの会員制リゾート施設ですね。バブル崩壊の折におそらく破綻済の会員制リゾートかと。
会員権を持っていると、リゾートマンション的に使えた施設です(近隣市町住民)
ここ多分どっかのホテルの社員寮ではないかと
見にきました
5年ほど前まで、12年ほど伊豆に住んでいました。
そのとき何の建物なのかな…って、当時の同僚たちと見に行きました。懐かしいです。
建物の前にある伊豆急行さんの河津2号踏切、警報機だけの第3種踏切は全国的に見ても数が少ないので貴重です。
調べたらこの踏切に警報器が付いたのが昭和45年だったので、新河津荘ができたのもその頃なのでしょう。
続報の動画も楽しみにしています!
ま、まさかの霊友会だったりして?!😅(んなわけないだろ。)
5:01 天井の抜け方がめちゃくちゃ顔だなあw
日本の風景は全国どこでも日本なのが安心感ある