鹿児島 『南さつま市加世田麓』 ~ 薩摩の武士が生きた町 ~ 「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.59 Old townscape of Japan
南さつま市加世田麓
~ 薩摩の武士が生きた町 ~ 鹿児島県南さつま市加世田武田 鮫島博邸
明治10年頃築造の武家住宅 地頭仮屋跡 引き込まれるような路地がありました。 鴻巣馬場に連なる益山用水
明和5年(1768)に藩の事業として
完成した幅約2m、高さ1.7mの水路です。 「下ん仮屋」と呼ばれた
昔の姿を残す数少ない武家屋敷です。 この武家屋敷は石橋を渡った先が
すぐ門ではなく階段がありその奥に門があります。
非常に大きな屋敷で門の形状からも格式の高さがうかがえます。 益山用水に沿って武家屋敷が点在しています。 ギャラリーカフェpoturi
昭和元年(1926)に建てられた旧鯵坂医院の洋館。 旧鯵坂家住宅
一間腕木門、切妻造桟瓦葺で、本柱後方に
石製の控柱を立てて腕木を支持する独特な形式。 明治後期に建てられ、加世田麓の住宅形式を
伝える地域的な特色が強い近代住宅です。 屋敷景観を引き立てる土蔵ですね。 別府城跡
現在は市街地となり、石碑が
建てられているのみで遺構は残っていません。 仁王像のある屋敷 日新寺仁王像
日新寺(じっしんじ)の大火の翌年(寛政11年(1799))に
再建されたもので、日新寺の大門の前にあったものです。 「阿」の左像は、廃仏毀釈の時に個人の屋敷に
移されたので残っていますが「吽」の右像は所在不明です。 益山用水に架かる石橋をわたって
武家門をくぐる景観は加世田麓ならでわです。 「吹上浜 砂の祭典 in 南さつま」を毎年開催しているようです。 鯵坂(あじさか)家屋敷跡 六地蔵塔
島津忠良が天文9年(1540)に立てた供養塔です。 竹田神社
集落の南端にあり、戦国時代に活躍した
島津氏中興の祖「島津忠良(日新公)」を祭る神社です。 竹田神社の起源は室町時代の保泉寺にはじまり、
明治2年廃仏毀釈により廃寺となりましたが、
明治6年その跡地に竹田神社が建立されました。
鹿児島 『南さつま市加世田麓』
~ 薩摩の武士が生きた町 ~
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.59
撮影日:2025年1月1日
江戸時代、薩摩藩は鶴丸城を本城とし、領内の各地に「外城(とじょう)」と呼ばれる行政区画を設けて統治しており、加世田麓はその外城の一つとして栄えました。
二つの山城に挟まれた自然地形に沿って曲線を描く街路や用水路、街路と武家門をつなぐ用水路の上にかけられた石橋などの景観が加世田麓の特徴です。
加世田麓には今でも水路沿いに石垣やイヌマキの生垣や武家門が残され近世以来の姿をよく留めています。
全国伝統的建造物群保存地区協議会:https://www.denken.gr.jp/archive/minamisatsuma-kasedafumoto/index.html
【動画作成機材・ソフト】
撮影カメラ :DJI POCKET 2
撮影ドローン:HOVERAir X1 Smart
編集ソフト :DaVinci Resolve Studio
使用音楽等 :エンドロールに記載
Japan Travel
Tap the CC button.Translated subtitles are displayed.
#加世田麓 #薩摩藩 #武家屋敷 #外城 #重要伝統的建造物群保存地区 #重伝建