【東洋のパリ】ベトナム最大の都市!ホーチミンシティに行ってみた!

海外旅行興味しそうだな。ところが予約祭とクルックを使えば Eim観光スポット現地は日本語で全部手配できて超楽チ。スーツチャンネルを見た方にクーポンもついてくる。 皆さんくるくご利用ください。お待ちしております。 おります。 今回のベトナム旅行では全編でハノイを訪れました。後編は経済の都放置民シティを訪れます。 ノイバイ空港から国内戦に乗り2時間 プレミアムエコノミークラスは広かった ですね。まもなくホッチミンシティに着陸 です。これか。大量の川が視界を 埋め尽くしています。この上には好きな だけ船を走らせることができ、海にも行く ことができるし、内陸のこま々ました ところにも好きなだけアクセスできると いうことですね。1度見てみたかった眺め だ。左手に超高層ビルのつなる放置民 シティ1区中心が見えます。その周りを 取り囲もようにして首飾りのような川が 流れています。かつての街の名前が使われ ています。最後側です。 これはすごい。海から超大型の船が川の中 まで入り込んできています。日本ではまず 見ることができない景色です。このように 優れた川がこの辺りには多数形成されて いるのでかつてこの辺りを植民地化した フランスによって目をつけられ1台都会に 成長したのが現在のサゴ。正式な名前を 放置ミンシティと呼ぶこの町だそうです。 なるほど。ここが植民地の玄関として使わ れたのも納得。1度は見てみたかった景色 は進行方向の左側でばっちり見られました 。飛行機は単にあと国際空港に着きます。 この飛行場はとても小さくこれ以上拡張 することもできない日本の不天基地よりも さらに過酷な環境で運用されているという ことです。飛行機は国内専用に新しく作ら れた第3ターミナルに到着します。ここ からは早速街の中心部まで移動しようと 思いますが、今回のスポンサーでもある クルックの放置民市内までの貸し切り空港 送迎を利用しています。あらかじめ予約し てあり、無料待機時間1時間ということで すでに車は手配されています。1時間待っ てくれるのでそこまで大慌てで行く必要は ありません。またドライバーの担当の方 から私の方に連絡があり、これでこのひと 藤田という札を持ってあなたの到着を待っ ていますよ。Aの23番あたりに来て くださいとメッセージも来ていました。 分かりやすいですね。この黄色い服を着た 方が私の担当でした。挨拶をするとすぐに 私の乗る車を呼んでくれました。私の宿泊 予定のホテルまでは車で30分ぐらい かかるのですが、ベトナムは物価が安いと いうこともあって1129円で利用でき ました。ここ炭ソニット空港から私の 止まる1区までそんなに遠くないんです けどね。首都梗速みたいなものがないと いうこともあり、ちょっと時間がかかり ます。 空港を出発すると、ここは元々軍施設とし て作られたという経緯もあって、軍関係の 広告が出ていました。今年ベトナム戦争 集結から50周年。国を上げてのお祭りに なっています。あ、これは突然現れたので びっくりしました。これはベトナム戦争が 集結したあのニュース映像とかで有名な 建物ですね。 1975年4月30日に戦車390号が あのフェンスを打ち破ったという歴史が ありますね。 その先、いよいよ白く美しい建物が並び 始めました。かつてフランス植民地帝国が 東洋における小ウィンドウとして最後の町 をフランス風に作り替えたということです が、その当時のものは今でも観光資源とし て残されています。オペラハウスが有名 ですね。パリのオペラハウスをもして作っ たものだそうです。私は川沿いのホテルで 下ろしてもらいました。車を降りると早速 最後らしい景色が見られました。なるほど 。海から入ってくる大型の貨物線が見られ ます。そうか。これが最後。銀ドシナの 中数の眺めですね。 船が入ってくる景色に完激しているとおじ さんが話しかけてきました。靴が汚れて いるから磨いてあげるよ。お金は君が くれる分だけ払えばいいよ。あ、これは ちょっとめ倒くさいやつだなと思いました が、靴磨きの仕事自体は丁寧でボロボロの 靴はあっという間に綺麗になりました。 その後2000円払えと言われましたが、 明らかにぼったくり価格なので500° 渡しました。これでも十分良心的な支払い だと思います。中にはね、1万円払いとか 言われることもあるらしいです。日本人は 狙われがち。まあ、いい靴磨きができまし たね。私の宿泊先はこちらリバーサイド ホテルです。色々調べたんですが、1泊目 はここにしたいと思っていました。ちなみ に1泊4500円で止まれました。 建物は19世紀当時のもので、実際 フランス植民経営の中でも中数的な役割を 持っていたそうです。私の部屋は1回と いうことは1つ上に上がるということです ね。フランス式の数え方になります。 フランスでは地上会をグラウンドフロアと して何個上に上がるかで回数を数えます。 まずは自分の部屋ではなく1番行きたい4 階に行きました。ちょうどカフェが掃除中 で空いていて外へ出ても良いということ でした。屋上からの景色が1番見たかった のですがこれだ。この町を形づる最大の 理由となった最後側の眺め。今は有覧線が 止まっている。この辺りも横へ目を向けて みれば古めかしい倉庫が並んでいます。 あれは元々フランス植民地政府が作った ものらしいです。つまり植民地時代から ある現役の倉庫で今もちょうど船が2隻 忙しそうに荷物を扱っています。この場所 は日本が戦争への道を歩むにあたっても 大変大きな転換点となった見ておくべき 場所のようです。定義をお伝えしますと、 1940年にドイツがフランスを幸福させ て、そしてフランスの植民地は同盟国で あった日本が半ば自由に使えるようになっ たとのことで、1941年には日本軍が この地にやってくることになったそうです 。これが敵体行為だということでアメリカ 側からは石油を輸出されなくなり、日本は 戦争を始めたということなんですね。 つまり戦争の引き金はあそこで抜かれたと 言ってもいいわけですね。ここだったのか 。 現在ベトナムとラオス、カンボジアに あたる3つの国が当時は1つまとめて フランス領インドシナ連邦として統治され ていました。その中でも1番川の通り道と して使いやすかったここ放置シティ。 かつての最後が船の拠点として使われまし た。カンボジアまで船だけで行くことも できるそうですね。 なんなら今でもカンボジアからやってくる 船が目の前の川を通ることもあるのだと 言います。 ベトナムの人たちは大変な歴史を延々と 経験させたことになったと思いますが、 この血のりは今でも変わりません。はるか 彼から海までつがる 自然がもたらした物の通り道。忙しく 大きな船が目の前を生きかう最後がいかに 経済都市として成り上がったのかその理由 を見ることができました。奥にはベトナム で1番高い建物400m以上の超高層ビル も見えています。ところで、まだホテルの 内装をあまりご案内していなかったですね 。ここリバーサイドホテルは元々商候会機 書のような場所として使われていたそう です。植民地の民間経営の中数であったの だと思います。元々のオフィスビルを ホテルの部屋として回送しているようです 。いい内装ですね。またこのホテルの目の 前にはどんこい通りという目抜き通りが あり、私の止まってるホテルから道1本 挟んだ向いには植民時代の1番豪華だった ホテルマジェスティックホテルがあります 。ここも1万8000円ぐらいで止まれ ます。ここからはフランス時代の建物が 多く残るドンコイ通りを市街中心へ進んで みますと、植民時代の豪華ホテル、 コンチネンタルホテルがあります。1泊 9000円ぐらいで止まれます。ベトナム としてはこのフランス時代の異物をうまく 活用し、観光資源とするために パリっぽい街並を今でも大切に維持してい ます。東洋のパリと呼ばれるのに文句なし の実力。フランス時代の香りが今でも流れ 続けています。それをもっと堪能して みようと思い、ここからは観光バスに乗っ てみることにしました。エッフェルが作っ た郵便局の前から出るバスに乗ります。 この2階建てバスですね。海外に行くと よく歩りますよね。ちょうど私の案件先で あるクルックで安く売っていました。なぜ か現地で購入するよりもクルックを経由し て買う方が安かったです。この観光客向け の2階建てバスに乗るのは今回が初めて ですが、オーディオガイドが付いてるん ですね。日本語で色々案内してくれます。 オーディオガイドの言うことをよく聞き、 市内を見学します。目の前にサ動物園が あります。休みの日には夜10時半まで やっているそうですが、ここは東洋初の 近代動物園みたいですね。かつては上流 階級の車高場として使われていたのだそう です。 さらに街の中ではあら、随分立派な波気が 。ここもパリのような雰囲気です。 波木自体はスクスク育っていて、パリより もよほど大きいようにも見えます。 フランス流の美学がここには大切に残され ているんですね。 ベトナム政府ではフランス時代の異物を あまり破却するということはなく、むしろ 美しさを引き上げるためにうまく活用して いるように見えます。ただ困っている ところもあるみたいですね。この交差点は 何か様子がおかしいぞと思いました。交差 点なのにあちこちに道が出すぎ。ここの道 の形もおかしいです。これは元々フランス がロータリー交差点を整備したものが時代 に合わなくなってきたのでしょう。 おそらくはこういうことがあったのだと 思います。元々は外専門で見られるような あちこちに放射場に伸びていくロータリー があったのだと思います。しかしこれを 普通のインターセクションと呼ぶべき一般 の信号機付き交差点に無理やり置き換えた という歴史があるようです。そうじゃ なければ交通がさけなかったのでしょうね 。この道もやっぱりちょっとおかしいです よね。ここも道の形がおかしいな。色々 困ったことが多いようです。あれ?その後 何気なく抜けた路ジは来たことがないはず なのに見覚えがあります。後で見返してみ たのですが、やはりさっきも一度ご覧 いただいた日本軍がベトナムにやってきた 時の南部新中の時の教科書に乗っている 写真が撮られた場所みたいですね。あれは ここだったのか。よく見比べましたが同じ 場所でした。バスが川に出る直前のところ で通るようです。その後バスは最後側の際 を通り、さっき見たマジェスティック ホテルや私の止まっているリバーサイド ホテルなどのフランス時代の建物を見 ながら行きます。この辺が最後の町の中心 地かな。あ、ここは昔ながらのロータリー が維持されていますね。元々はフランスの 人が置かれていたという銅像もベトナムの 偉人の像に変えられていました。 なるほど。確かにフランスが統治したのだ ということが分かる交通秩場バスは行き ます。 その後、フランス植民地政府が現在では 共産党の主要施設として使われている豪華 な建物を右に見て、左手はこちらも南 ベトナムを代表する高級ホテルでした。 レックスホテルですね。戦争中ここで アメリカ軍が会見を行っていたということ です。見事なRコ式で作られていて、 フランスらしい美しさが感じられます。 ちなみに下の2階部分が元々フランスが 作ったもので、それより上の建物は南 ベトナム時代に建されたものだそうです。 さて、いよいよ1番の見所ですね。ま、 先ほども1度見ましたが、2階から見れば 随分眺めが違うはず。統一街道ですね。 元々フランス植民地の政府があったそう ですが、それは戦争でなくなってしまい、 もう1度南ベトナムの大統領鑑定として 作られたものが戦争で陥落し、現在は博物 館になっています。ベトナム戦争はここで 終わったという歴史的場所です。 建物は1960年代のもので新しい感じが しますが、歴史的に大変なことがここで 起こったのですね。まず1975年の4月 30日の朝にアメリカ大使館の屋根から 大勢がヘリコプターで避難し、実際には 避難できなかった人が多いということです が、ヘリコプターを海に投げ捨てる景色 なども有名だと思います。その日の午後に 北ベトナム軍の戦車が大統領鑑邸の フェンスを打ち破って中に入ってきて 大統領に幸福を迫ったという話です。 中には当時の様子が再現されています。 本物の戦車は現在はハノイで展示されて いるのであれはレプリカだそうです。 ベトナム戦争というのはすごい戦争で 大統領鑑定の中まで兵隊さんが直接行って そこで大統領をさあ辞任してください。 本人に直接交渉をして戦争が終わったと いう話です。バスの見学は終わりました。 その後カフェに寄ってみることにしました フランスっぽい建物があります。 ちょっとここのカフェに入ってみましょう 。どんな値段がするのかな? 9万4000ドでした。コーヒーとケーキ で9万4000ドなのでベトナムでは かなり高級だと思いますが、ま、日本より は安いかなと思いますね。ココナッツの コーヒーとケーキ、甘い飲み物を頼みまし た。 カフェを出て歩いてみると、高級 ショッピングモールの手前に社会主義の プロパガンダがマルクス、霊人、放置民が 描かれています。この後クルックで マッサージを予約してみました。では 外国人観光客に対するマッサージサービス が観光産業のかなり修行な割合を占めてい ます。ここのセンスパーというところが いいそうですね。わ、なんかちょっと深い ところ行くじゃないか。こういう場所 危なくない?全然危なくなかったですね。 とてもいいマッサージ屋さんでした。 なんなら日本人の常連の方が大変多いそう ですね。あなたのだけのための最高の 空間ホット ン混ぜる 。うん。そうですね。お願いしません はい。はい。こんにちは。 ありがとうございます。 はい、 という感じで大変ご親切ですね。ハッとした ハのお茶で持てなしていただきました。 クルックのアプリで事前にマッサージの切符を購入しておき、 5 時間前までにアプリ上からお店に行く時間を選択して予約することもできるというのが便利です。チップは別に必要になります。ま、マッサーってなかなか高いですからね。 日本でやっていただく機会はあんまりないんですけども 90分で2400 円と別にチップが必要チップは 15 万ドが最低でお願いしますという風に親切に書いてありました。書いてくれてると分かりやすくていいですね。あ、とてもいいですね。 ベトナムでは1990年代頃から社会主義 市場経済という施策が始まって外国人観光 客に対応するマッサージも大きく成長した そうです。 1時間半もマッサージしてもらったの 初めてですね。日本そんな高くてね、 なかなかお金払えなくてあのやったこと ないんですけれどもちなみにあのこれはね 関係ありませんでした。この動画の スポンサーであるクルックはこういう風に スマホとかアプリ上で全部旅の予約が完結 できるというのが売りなんですが、ここに ね、ちゃんと書いてあります。チップ ポリシ術ごとに最低15万ベトナムドンの チップが必要となります。ま、1000円 ぐらいかな。日本円にするとぐらいの チップが別に必要となる。とはい めちゃくちゃ安いです。たっぷりやって いただきなっていました。こな間だハノイ の街もブラブラしてみましたが、放置民 シティ1区はそれよりも随分洗練された 感じがしましたね。バイクの台数が少ない し、乗ってる人もなんか都会的。運ぶ荷物 も野菜とかではなくギター、楽器とかを 運んでいるみたいです。あの辺と見比べる と随分違いが明らかだと思います。で、 この辺りに有名なコーヒー屋さんがあると いうことで行ってみました。観光客の間で は有名なのだそうですが、コーヒー1杯が 1200円ぐらいするということで、 うーん、ベトナム経済のために飲むかと 思ったんですが、結局他にも魅力的な メニューがあったのでそっちにしてしまい ました。カフェに来てコーヒーが有名なの に飲まれてのも悪いですが、なんと親切な ことに冷たいハのお茶を無料サービスして くれました。なんと親切な。え、私が注文 したのは何か。バインミーですね。こちら はビーフシチューのようなソースに コロコロの牛肉がたくさん入っています。 さらにベトナム風の調味料に柔らかい フランスパンがセットになっています。 明らかにフランス時代の文化の影響を受け ています。このパンと具を一緒に食べると いうバイン大変美味しくてびっくりですね 。今回が初めてだったんですが。ま、 どっちから行こうかな。まずはパンから。 驚くべき柔らかさ。ベトナム人が言って ましたね。日本のフランスパンは硬いです よね。ベトナムのフランスはとっても 柔らかくお米のパウダーを使っているそう です。そしてこれを浸たして食べるそう ですね。ビーフシチューのような感じ。 ベトナムのシチューソース系は充実してい ます。フランス料理も3000円でフル コースが食べられる場所もあるようです。 ベトナムの調味料としてあとはこういう ライムみたいなのがあるんですが美味しい けどちょっと入れすぎましたね。酸っぱく なりすぎた。あ、ちなみに値段はこれ全部 で500円ぐらいです。建物もこれは フランス時代の当時のやつかな。まさに 東洋のパリという雰囲気。フランスの文化 とベトノムの文化が見事に融合していまし た。続いてもう1箇所別の店でバインを 食べようと思います。ここはあ、露天 スタイルだな。この道に適当に店が並ん でるというのも若干パリと似たようなもの を感じますが、最近では放置ミンシティで はこういうのは随分少なくなってるみたい ですね。道に小さな踏み台を置き、そこに テーブルでお客さんに適当にご飯を食べて もらいます。 すぐ横で掃除していてゴミを捨てていると いう感じもいいですね。ベトナムではこう いうのはまだまだ見られます。お、ここ木 にメニューをくり付けて置き場にしてい ます。外路樹ももはやお店の出産みたいな もの。そして お新切におしりまで出してくれました。 結構衛星的ですね。横にフォークが入って います。もうこれはフォークの刺す部分を 持たないと取り出せない構造ですね。ま、 手を綺麗にしたからね。先に漬け物を出し てくれるのですが、お正月のナマスみたい でしたね。味は全く同じです。そして来 ました。こちらがバインミ。さっきとは また違う形式の牛肉と玉ねぎ、そして卵の バインを注文しました。めちゃくちゃ 美味しいですよ、これ。やっぱり400円 とか500円ぐらいです。卵を溶かして あえてベトナム風の出汁が効いたちょっと 醤油味っぽい。よりさらに日本人の口に 合う感じ。周りのベトナム人を見ると 柔らかいフランスパンをちぎって入れて あえて一緒に食べるのが原地流のようです 。人間の本能日本人の本能に直接訴えかけ てくる味だ。玉ねぎも適度に味が染み込ん でいて全部がバランス良かったです。 いくらでも食べたいね。おクルックバスが 通過しました。スポンサーなので誠意とし てちゃんと撮影しておこうと思います。 おかげで今回ベトナムに行けたわけです からね。どうもありがとうございます。 視聴者の皆さんも宣伝に色々お付き合い いただきありがとうございます。実際 クルックは今回初めて使ってみましたが 便利でしたね。現地ツアを簡単に申し込む ことができ手間がありませんし確実です。 明日はこのツアーに参加する予定です。 選択肢はかなりいっぱいあります。一先で 何をしようか。このアプリを見ながらと いうのがいいですね。では翌朝 リバーサイドホテルの朝食コーナー。まず は4みたいなものを注文しました。4とは ちょっと違うな。麺が少し太くてうどん みたいな感じでしたね。コーヒーと一緒に 食べました。 ちょっとこれだけでは少ないので色々と 足しながら他にも朝ご飯はもらえます。 それではチェックアウトをしまして朝の7 時半に待ち合わせです。ツアの方がホテル まで迎えに来てくれます。今回は日本語 ツアーでお願いしています。 なお撮影のため他の方がいいない方がやりやすいということでプライベートプランでちょっとお値段のするものを申し込んでいますがバスで行くのも面白いと思いますね。よろしくお願いします。グモニン。 現在地放置民シティからまずは北川のアメリカ軍への反抗の拠点となった口トンネルを訪問します。その後午後はベトナムを代表する卑憶な大地メコンデルタを訪れその恵み豊かさを見た後また夜 7時頃に町へ戻ってくるという工程です。 これで5000円ぐらいなら面白すぎます よ。しばらく高速道路のようなものはあり ません。口までは一般道を行きます。途中 休憩も挟みまして、そろそろ景色が変わっ てきました。ガイドさんが教えてくれまし た。あ、これはね、ゴムの木ですよ。あ、 これがゴムのプランテーションか。ま、 それこそ戦争中も日本軍は天然ゴムの山頂 を求めて色々なところへ戦いを仕掛けて いったということですが、教えていただき ました。ゴムは結構柔らかい木なので少し 横に垂れているようなちょっと頼りない ような見た目に見えるそうですね。これに 傷をつけることによって取れた樹液が天然 ゴムであ、ちょうど牛が草取りの仕事をし ています。取れたゴムは物を密閉したり、 あるいは衝撃を吸収したり、摩擦力を高め たり、あとは絶縁にも使えますよね。 いろんなところに使える資源がゴムです。 ゴム畑の後はこれはバナナ畑かな? いろんなものが取れますね。温かい ベトナム。日本よりもだいぶ豊かな土地だ なと感じます。そろそろ到着。ここが ベトナム戦争の時の1台拠点となっていた という口です。北ベトナムの勝利の象徴と も言えるところだと思います。経緯を持っ て訪問しましょう。ではどのような場所か と言いますと、私も知っている限りをご 案内します。ベトナム戦争は北ベトナム 共産主義と南ベトナム資本主義が戦ってい たわけですが、主な戦場はこの南ベトナム 方向で、南ベトナムの中にも共産主義に 共感するベトナム人たちが通称ベトコンが いっぱい住んでいたそうです。ベトコン たちは一般に暮らしているように見えて夜 になるとアメリカ軍を攻撃に行っていたと いうことですが昼は地下に潜伏したり あるいは民間人になりすまますということ でどこでどのような活動をしているのか アメリカ軍は把握することが難しかった ようです。そしてこれを北ベトナムが支援 していたということなんですね。アメリカ 軍はこの支援を防ぐためにカレハを巻い たり爆撃を行ったりでしましたが、着実な をするためにはそれだけでは足らず 陸上作戦が必要ということで地獄のような 戦いになったそうです。これがその当時 どんなことをやっていたかの見学の最初 です。まずはこのわ屋根の建物の下で ビデオを見せてもらいます。日本語は あっちですか?あ、そう。日本語の料 はある。お願いします。 はい。 今回のガイドさん、お名前は聞き忘れてしまったのですが、かなり色々教えていただきました。ありがとうございます。ここでまずは日本人向けの解説が行われているそうです。国の言葉での解説が充実しています。 あの周辺のブルは東をアメリカ軍の機を示しています。はあの川は 251m。 ここにも丁寧な説明がありました。アメリカ軍の上空からの攻撃は圧倒的なので人々は地上で生活することはしなかったそうです。 その代わり秘密の地下通路を合計 250km も作り、朝早い時間に召したきをすることで煙をごまかすとか、アメリカ軍を落とし入れるための様々な罠を建設するとか、体の小さなベトナム人にしか通れない道を作るとか、色々の対策をしていたと言います。 左形後ろから鉄で移しますわ。 うん。 うん。途中で うん。 あの、ドア見えますね。輪も見えます。 はい。ありますね。 あります。あの、なんか渡ったらそれからなんかドアを開けてだからアメリカ人はなんか追っかけない。追っかけできないんですね。あの、歩いのあ、 [音楽] あ、もです。うん。 あ、フロですか? あ、フローです。あ、え、 この毒、 あ、毒をあ、 のが動物の風に入れたら怪我が広 うん。その先観光体験の人気コーナー地下トンネルへの入り口が再現されてるところがありました。なるほど。これは確かに分からなくなってしまう。実際にはもっと巧妙に入り口を工作していたそうです。 はい。 観光グループは男女共に多いのですが、体験している人はほとんど女性でしたね。男性だとつっしまうようです。このようにアメリカ人には入れないような秘密の入り口を作っていたと言います。 また私が見るだけだとどこの国の人たちなのか全然わからないんですが、アメリカ人はここにほとんど来ないということを聞きました。やはり生産な歴史なので うん。確かにアメリカ人だったらここでウえとは楽しめないでしょうからね。 続いてはお年穴の紹介コーナーです。 実際にはもっと巧妙に本物の植物などを使って丁寧に偽装していたそうです。 ここにアメリカ兵がやってくると 毒のトに刺さります。 ここは実際当時使われていた穴の入り口だそうです。こんなに小さいのですか?これは実際のものよりも長年時間の経過によって小さくなってしまったそうですがここから地下 250km続いていたのですね。 当時の地下の入り口を再現しているコーナーもあります。この地下の中で何年も潜伏しながら戦い続けたんですね。入り口が小さすぎる。ここから入っていったのか。アメリカ軍も怖かっただろうということは想像できます。おったらのはアメリカ人の ああ、 地下との間の換気穴が見えました。ただこれが虫の巣穴にも見えるということでアメリカ兵からは識別することは困難だったようです。 その先使えなくなった戦車が展示されていました。記念撮影の定番となっていて、若い女性たちが楽しそうにしています。あんまりこういう場所で楽しそうにしていいものかていうのは日本人の感想ですが、ただ彼女らは感覚をよく捉えていて忍者の格好をしていますよね。実際ベトナム戦争はまさに現代の忍者のような地下にそびえてアメリカに多な損害を与えるという作戦を取っていたみたいです。 欧米人がおそらくヨーロッパ人だと思いますが、みんな楽しそうにしてるというのが印象的でしたね。この戦車はアメリカ軍の爆弾発をうまく使って手作りで作った武器で動けないようにさせられたものだそうです。戦車にはベトコンの人が打った穴も開いていますが、ま、おそらくこれでは戦車に大打撃とはならず地雷が効果的だったみたいですね。 当時の口飛んでる周辺はまさにこんな感じ のただのジャングルにしか見えないような 状態だったそうです。さっきのような人工 的な街みたいなものは何もなかったという ことですね。だからどこから落とし穴が あるか、地雷があるか、誰かが打ってくる か分からない極限状態が続いていたと言い ます。アメリカ兵がどのように倒されてい たかの展示もありました。 ここでは落とし穴の紹介がさっと刺さります。ずれも大変痛しいですが、これも返しがついていて、 [音楽] 1 度刺さるともう抜けなくなるものですね。 私アメリカで何回かベトナム戦争に実際に行ったという人の話を聞いたことがありますが、みんな一生続くトラウマを抱えているような方が多かったです。それはそうだろうと思います。 こちらは一般人の家に偽装した住宅に仕掛ける罠だそうです。こういった罠の釘は全部アメリカ軍から落ちてきたものを使っているそうです。 玄関のドアを毛破るとこのように釘が攻撃してくるのですが、上の部分を抑えたとしても 2 段階に分れているので攻撃してくるというようなことが書かれていました。 うん。 戦車や爆弾の破片をうまく使って敵の攻撃を自分の力に変えるのがベトナム竜の戦い方だ。 ベトナムは戦争で負けたことがない国ですからね。とてつもない国だと思いました。またこの辺りにも地下に謎の穴が空いています。何の穴のかな?よくわからない。この中のどれか 1 つが作戦のために使われた穴だったのかもしれないですね。 ちなみに先ほどから銃を打っている音が聞こえますが、これは実際にベトナム戦争で使われていたのと同じ形式の銃が打てるコーナー、有料コーナーがこの先にあるそうです。 私は時間の関係もあってやらなかったん ですが、ソ連性のアーカー47って言うん ですかね。え、1発打つごとに 6万5000ド、10発単位での購入と いうことでした。射撃コーナーは大変人気 でした。ベトナムでも射撃ができるところ はあまりないそうです。 当時の音が感じられて聞くだけでも良かっ たですね。近くには巨大なクレーターも ありました。爆撃B52が落としていった 爆弾によってできたものだそうです。昔は もっと大きかったそうですね。 分 あ、ある。 わかりました。大丈夫です。 大丈夫。携帯とか注意してください。なんかこうやりますから。 あ、大変なのでなんかあるのボブを横になって履かなければなりません。 わかりました。 行ってきます。 頑すみません。 はい。 行ってきます。 ちゃんオ最初はこんな感じかと思っていたのですが、階段を降りると [音楽] おお 早速頭をぶつけました。なんという狭さ。ずっと中越し以下に体を抑えなければ歩けません。 しかしこれは実物のものではなく、 むしろ観光客用に整備されたものだそうです。実際にはもっともっと狭かったそうですね。どこから自分を殺しにやってくるかもわからない。どこに罠が仕掛けられているかも分からない。この中にアメリカ人は入っていってベトコンと戦ったんですか?そりゃ途中でベトナム戦争を投げ立しまうのも納得です。 ベトナム人にとってもベトナム戦争は辛い記憶であり、しかし誇るものではないが決して忘れることはないというのがベトナム人の中での認識だとガイドさんが教えてくれました。観光体験として行く分には面白いですが、アメリカ軍の人たちはちょっとこの映像を見てどう思うのかな。あまり楽しそうにするのも良くないかもしれないと思いましたが、とてもいい経験になりました。 キガン100m 案内していただきました。お礼に 1万ドチップを渡しました。 ここは地下にあった治療施設を再現したもののようです。 衛生環境はあまり良くなかったので病気で亡くなる方が本当に多かったそうです。ここは地下が三角地帯のように立て直されてる場所があります。爆撃を受けた時にも影響を受けにくいように頑丈な作りにしていたそうです。 ガイドさんが教えてくれました。地面が焦げているような場所があります。 これは下で食事を作っているために煙が出ているのだそうですが、実際に物が燃えていたのですが、前日に行われていた爆撃の焼け残りと区別がつかなかったそうですね。だからこの下に何があるのかアメリカ兵でも分からなかったということです。この近くでは芋を体験食事させてもらえるコーナーがありました。 戦争中食べるものは非常に限られていたので皆の芋を食べていたそうです。 日本でもそういう話は聞きます。 ま、ちょっと食べてみる分には結構美味しいかなという味ですが、これを毎日毎日ずっと食べているとなると絶対飽きるし栄養バランスも偏るでしょう。 ガイドさんにも失礼ながらお聞きしてみました。もしかして戦後すぐの大生まれでしたらこれを食べたこともあるのでは?あ、ちっちゃい時はもう毎日これでしたよ。 教えていただきました。 もう毎日毎日この芋ばかりを食べていたので、やはり飽きるから色々なレシュペを家族の方が考えていたそうです。 お米は食べられましたか?お米はありました? お米は足らないからこれとお米と一緒にクして お米とこれうん。 うん。うん。うん。もうちょっと僕も真剣な感じで聞けばよかったなと思いましたね。真剣に聞いたつもりだったんですがさん教えていただきありがとうございます。 見学コースの最後にはベトナム戦争を引きたおじさん放置民に調する台が置かれていましたね。貴重はかなりされていました。それではこの後お昼ご飯の会場へ。それもツア台に含まれています。豪華なお昼ご飯も食べて送もついて 1日楽しんで5000 円ですからかなり安いです。 ほどなくしてレストランに到着。外国人観光客の体に慣れているところだそうです。 お、 あ、これはお米の あの日本にもあります。 同じです。 はい。同じです。これ日本語で遠みって言うんです。 うん。昔ずっと昔から。 そうですよね。もう使っていない。まだ使ってるところありますか? 使ってないです。 使ってないですよね。 でも奥のこ側のあの場所はなんか飾り物。 あ、飾り物ね。 あ、日本も日本も同じです。 お水槽に あ、そうですか。 オスフロネスグラミーが買われていますね。 ベトナムではこの魚を高級魚として食べるのだそうです。日本ではこれをたまに愛家が巨大水槽で飼育しているのを見ることがあります。あ、本当に食べるんだとレストランでイケスの中に入っているのは初めて見ました。その後水の上に作らレストランへ蚊がいるかなと思ったんですが、あまりませんでした。 滞在中に刺されることはなかったですが、対策はした方がいいみたいです。これは豪華な作りだな。 うわ、こんなにあるのか。さっきの口でのみんなの過酷な体験の話を聞くとちょっと申し訳ない気持ちにもなっちゃうぐらいですね。これで 2 名分だそうですね。今回はツアの紹介ということで皆さんに誠意を持って紹介させていただきます。ご飯もいっぱいあるな。ちょっと悪いよと思うぐらいですね。ま、そういう風な感覚を持てるのはいいことだ。 グラミーも水面にある餌をいっぱい食べていました。それではベトナム戦争の拠点口トンネルの見学は終わり。次は食料生産の拠点メンデルタの美へ移動します。 最後からこのベンマーで うん。6 時間ぐらいパスで あ、近いですね。 近いです。 ガイドさんによるとここ辺からバスで 6 時間でプノンペンカンボジアまで行けるそうです。わ、向い側からすごい。これは脳器具が工業製品を運んでるじゃないですか。 農業から工業に少しつつ産業の携帯が移行 している今の時代ならではの景色ではない かと思いました。僕の知ったかぶりであれ ばすいません。昔は日本でもあいう景色 あったのかな。2階建てトラックが豚を たくさん連れていきます。ここからは有料 道路。有料道路はハイテクETCのような 仕組みがあります。 ナンバープレートを使って自動してくれる ように見えましたね。その後進むと今度は 高速道路に入ります。日本のODAが関係 しているようだとガイドさんが教えてくれ ました。現在は通行量、無料。そして いよいよ見たかった田ぼが見えました。 ただの田ぼに見えるのですがこれは相当 すごい田ぼ。この辺りに来るとなんと1 年間にお米を3回収穫することができると 言います。信じられない。これがメデルタ の実力か。 ここにはるか4200kmチベットの光原 から流れ下ってくるメ川というタイガが あってこのタイガの今最火流部を走って いるわけですが川が8本に分かれ大量の水 そして栄養をもたらしてくるという圧倒的 に優れた農産地があります。ちょうどこの 辺りではネコンデルタ地域の特徴の真ん中 にお墓が立てられている光景が見られます 。 そして大昔から極めて大量の食料を生産し 続けてきたそうですね。栄養の量も豊富 ならここはベトナム南部のかなり温かい ところということで本当に食料を作るのに これ以上ないぐらいの素晴らしい条件が 整っているそうです。肥料も自動で補給さ れると言います。ここで高速道路の サービスエリアによりトイレ休憩。その後 も脳作業をしている車が見えました。を昔 ながらのしかし立派な産業者を見た後、 いよいよメんデタ地域の1つの拠点三頭に 向かいます。この辺りにやってくるとヤシ の木が増えてきましたが大きな町の姿に 変わってきました。フランスが植民地帝国 を築づいたのもこの辺りから。街並は西洋 風で教会が目立ちます。ここもフランス 植民地統地の初期において大変重視された 場所だそうで、最後と同じようにフランス 風の建物が多く見られると思いました。 ここは大学だったですかね。それではここ からいよいよメンデルタの恵み豊かさを 見るために船乗り場に到着。この船乗り場 は1881年にインドシナで最初の鉄道と してフランス植民地政府が建設したもの その後地が現在使われてるそうです。ここ ですね。1950年代には鉄道は運行され なくなり、今は船の乗り場としてのみ使わ れています。 観光客向けの内装ということで豪華乱な フランス様式を思わせるような作りです。 この船乗り場を抜けたところに観光線の 乗り場があるということですね。私は ガイドさんに連れられてこの船に乗り込み ました。やはりツアは面倒がなくてだいぶ やりやすいと思います。時間効率がとても いいです。 慎重に船に乗り込みどうぞよろしくお願い します。挨拶すると早速先動さんが エンジン付きの船を動かしてくれます。 この船はかなりの勢いで振動しています。 そしてすぐにメガは本流に船はこぎ出し ました。これはすごい。ま、色々すごいの ですが、まず椅子に座ってみると リクライニングシートになっていました。 薄茶色いメガ色は汚いという印象を持つ方 が多いそうですが、これが大事だそうです ね。栄養豊富なメ側。ここには海の方まで 出ていくイカ釣り漁線が多く止まってい ます。お、向こうにはちょっと気になる船 がいますね。の黒い大きな船にはプンペン と書いてあります。ということはここから カンボジアーの種とプノンペンまで行くの ですね。あの船に乗って4日ぐらい内で寝 たり食べたりしながら15万円ぐらいは かかるようですけれども豪華な体験が できるのだとガイドさんが教えてくれまし た。今は換算機ということで豪華客戦が ここにまとめられ整備を受けている最中 です。フランス風の植民地時代をもした ような船もいました。実際植民地時代にも サゴンから不ノペンまで豪華客戦の運行が あったそうです。川の上でファースト クラスの人たちは優雅な時間を過ごし、 三頭選出の人たちは床に誤座を敷くように しながら節約の船旅をしていたのだと言い ます。鉄道もなければ自動車もなかった 時代からこのメを使うことによって流域の 至るところに船だけで行くことができまし た。まさしくインドの中央通りということ ができるでしょう。今はそこに オーストラリアからのODAで立派な橋が かかっているのが見えます。 ベトナムはオーストラリアにとっても重要 な仲間ということで大きな橋をかけて関係 構築を模索しているようです。 オーストラリアの行ったの中でも一際は 大きな橋があれだそうです。ところで南に は随分草が多いですが、おあれはヤシの身 も流れていますね。ところでこの辺りで 地図を見てみますとこの辺にはたくさんの 中須があります。栄養豊富なメ川がこの 辺りの中須に栄養を持ち込むので大変良い 農地となっているそうです。なるほど。 確かに緑が豊かでプランテーションが たくさんあるのが見られます。この辺りの 中須にいくつか寄り道をしながら私たちは 脳作業の見学をすることができるという ことですが、大きな船がたくさん止まって いてこの川は本当に洗えることができるの だと。すごい場所が世の中にはあるものだ と思いました。私小学生の時からメが見 たかったんですけれども本当に来ることが できて嬉しいです。 一旦の下戦地はここですね。足元に注意し てま、ちょっと落ちたくはない川ですから ね。この船に乗ってきたのですが、お、奥 にも早いのが来てますね。簡単なテントで 日差しを遮切りながらの高速高校。あれ、 めちゃくちゃ早くないですか?もっと早い のも来るみたいです。私が降りたところは ヤシの幸いが盛んだそうです。お米では ないようですね。というのはメガの上流 あたりでは本当にたくさんのお米が取れる そうなのですが、火流この辺りになると海 の水が逆流してくることもあるので塩分 濃度の関係からココナッツが多く栽培さ れるそうです。 ということで、ここでは観光客向きに ココナ工房の見学コーナーがあります。夏休みの男の子が実演してくれました。はあ。ああいうものでコナッツをまずは叩き割って、もうこれは最後まで乾燥して熟している 身ですよね。で、思いっきり全部をバリバリにしてるところはないようですね。 え、真ん中の身の部分はペシちょっと怖い慣れていればあ、 大丈夫なんでしょう。2 つに割れました。見事だ。そして 匠だ。真ん中の部分を同じ道具を使ってくり抜きます。だから作業効率は手作業にしては良くなるように考えられていますね。 中の部分を粉砕。 そして粉なごなにした後の成分などが多くなっているようですがこれを [拍手] 別の機械に入れて絞るようですね。 このミルクは何に使うんですか?カラメル。それからここのカラメル 雨を作るのに使うということですね。この後雨に加工するです。 残った絞りカスは魚にやるということで、 それからな他の熱帯国の 料理にも使われるそうですね。 早速出来たのものを試食するコーナーもあります。 あ、とても美味しいですね。 うん。 優しい甘み。 ピナツのピ。 それ実際に作ってるところがありました。かき混ぜていますが、燃料も今そこで叩きったコナッツの身を使っているということです。確かに捨てるところがないようだ。 へえ。 機械がある家とない家はどちらが多いですか?の家は機械がないんです。 ああ、まだないです。 まだないんです。例えば工業 うん。 とかなんか一であ、 [音楽] なんかコナの店は機会はなんか お土産屋さんでコナツを使ったお菓子を売っていました。私は購入しました。相当の量が入っていて 15万でした。 ま、観光値価格ですが、ここで観光客が買うことを期待しているのは間違いない。私は構造を知っているので購入することにしました。他にも色々のサービスがあって、基本的には無料サービスしてくれます。これも毒蛇のお酒かな? かぼみたい。 うん。うん。うん。あ、蛇がそのメン側の人たちはあの叫み 特別なことがあったる時にこれを飲むそうです。蛇を捕まえることについては慣れているそうですね。 その後またさっきの船乗り場に戻ってきました。次の島をまた見学に行きましょう。 今回は撮影で私1 人で上戦していますが、実際には複数名で乗るのですね。うわ、来た、来た。あれ、時速 60km ぐらい出てるんじゃないかな。こまであの船で行くと 3時間でくね。で速道路で行っても 2 時間ちょっとかかるんで、いかに船が脅異的な速さ。 そしてあまりにも船が便利すぎるという ことで鉄道が使われなくなってしまって インドシ最初の鉄道は敗線になったそう です。そんなに水分が便利なところなのか 。左手にはまた癒しの木が水をたっぷり 吸って大きく成長している景色が見られ ます。 フランスはこの辺りの栽培に税金をかけて 収入源としていたそうですね。到着しまし た。ガイドさんの後に続いております。 ガイルさんはやはり農業に関しての基礎的 な経験や知識があるようです。だから かなり色々教えていただけて嬉しかった です。到着したここも例によって西王人が 多いのかなと思います。観光コーナーに なっています。お、何かコンクリートを打 していますね。固まらないようにミックス しています。ミキサーがある。 フランス職民地時代にかなり化したという 西洋密バによる蜂蜜 そのままでいい。あ、大丈夫です。 いい音がしますね。 この島の中心地に住んでいる方の豪邸を見学させてもらいます。これは大せのような場所だそうですね。うわ、立派だ。これは古い家だと思いますが、やっぱりメコデルタが豊かだからこういう豪邸が立つような地なのかな。中もキラびやかな絵柄の内側の部材ですよね。ラ電を使った綺麗な作りになっていました。ここでは蜂蜜のドリンクも無料提供されます。 シーンですね。 要は買ってほしいということだと思います。 金あ、金 金カを絞って 蜂蜜 ここで取った蜂蜜をたっぷり入れて、 あとはお湯で割って とても美味しいんですけれどもここで蜂蜜をお店の人は買って欲しいんだと思いますが、ちょっとね、日本場で持って帰るには多いんですよね。有料でもっといっぱいドリンクを作ってくれないかな。そしたらお金払えますから。ベトナムは思った以上にチップでした。 それはね、観光客が圧倒的にお金持ちと いう状態でやってくるからだと思います。 少しでもいいので差し上げると喜ばれる ことが多いです。ここからは島の中 あちこちを電動カートで回ってもらう コーナーです。元々は馬車だったようです 。今は電動カートに変わりました。横には 魚の養殖場が前にバイクが止めてあるので ここで今進めなくなっちゃったみたいです ね。すぐ来てくれました。ちょっとこの 映像にあまり映ってないんですが、もう 道沿いにはとにかくココナッツだけじゃ なくて、いろんな植物が終わってるんです が、大体何かね、果物がなってて、 もうここら辺に映ってるものも何かしら身 がついてるんですよね。本当に豊かな ところなんだなと。浅いから何でも育つん ですね。 島の中の1周には1万ドチップを差し上げ ました。その後は綺麗に整備された屋根の 下でフルーツの表なし。なるほど。果物が いっぱいあるわけだ。これ僕がネットの ブログで見たのは半時計周りに パイナップルから食べ始めるとだんだん 甘く感じるということでした。ただ実は私 果物のアレルギーが多めでしてちょっとな 人間で恐縮なんですけど、この色の濃い ドラゴンフルーツとパイナップルだけ いただきました。ドラゴンフルーツも すごく柔らかくて美味しかったですね。 こちらパイナップルは独特のスパイスと 一緒に食べました。ちょっと辛いスパイス です。 味がより甘く感じますね。 そしてここで伝統の歌を聞きながらモてなしてもらいます。ま、これは [音楽] 2 パターンあると思うんですが、もちろんここでフルーツを食べさせてもらうということもそうだし、ある程度チップが期待されているという面もあると思います。 ということでチップを差し上げるとなんと日本語で歌っていただきました。どうもありがとうございます。やっぱ歌はネイティブレベルにうまかったですね。これがチップボックスです。 中に1万ド差し上げました。 ちょっと少なかったかな。まあまあまあしっかり紹介させていただきました。じゃあ肥料肥料はないんですか? 肥料使いないんです。この使わないんです。 使ああ、その後農家さんの畑の際のところまで見に行くことができたのですが、このような密の通り道があって自然の作用で自動的に栄養がに補給されるような仕組みになってるらしいですね。だから肥量というのは必要ないらしいです。 そうですね。 渡れますか? 渡れますよ。 渡れるんですか? ええ、 私は絶対に落ちますね。 こういう細い橋があって上も丸っこくなっているので渡ったら落ちてしまいそうなんですがさんは渡れますよ。おっしゃってました。渡れるのは普通のことみたいですね。またとても印象的だったのはガイドさんがこの水の色について教えてくれたんですが水はこういう色じゃないとダメなんです。 透明な水ではダメなんですよねという風に いかにこの茶色い水が大事なのかというの を説明してくれました。そうなんですよね 。濁ってないと栄養成分が少ないという ことですから。メンデルタは本当にひな 土地だそうでもう自動的に食べ物が実り まくるようなすごい場所で歴史の中を通し てみてもメンデルタの辺りでガ子が発生し たという記録はないほどだそうですね。 人間が必要な量を圧倒的に上回って食べ物 が取れるという極めて恵まれた土地なのだ そうです。ただベトナムでも危金がなかっ たわけではなく非常に有名なもので 1945年に日本軍が関係して絶大な基金 を招いたという歴史があるそうです。当時 北ベトナムで負作が発生したんですがそれ でも日本軍がお米を持っていってしまった ということでハノイ周辺では最大で 200万人とも言われるとてつもない数の 犠牲者が出たということです。世界戦争を 1回やるぐらいの巨大な人たちが日本軍の 行動によって命を落としてしまったという ことで、ベトナムでは当然国家的に 語り継がれていることだそうです。原爆 10日15回分ぐらいの死者が出てしまっ たということで、このことによって ベトナムが社会主義国になった大きな理由 ともなっているそうです。安全向けの メンデルタという食料地帯があったにも 関わらず日本軍の作戦によってこれを期待 持っていくことができず原爆の数倍から 10数倍の方がなくなってしまったという 歴史はベトナムではごく一般の常識として 誰もが知るそうですが日本では当然教え られていないので私も今回初めて知りまし た。 このツアーでは特にそういう日本の暗い 歴史などを勉強するわけではありませんが 、ま、でも今回のベトナムの旅を通じて そんなこともあったのか自分の地見を 広げる良い機会になりました。それでは今 からメデルタの中でも1番の見所ですね。 船に乗って細い水路の中をゆく体験の コーナーです。まずはガイドさんが先にお 手本を見せてくれます。真ん中にしっかり と足を踏み込むことが大事。変な風に足を 踏み込んでしまうと最悪船が転覆すること もあり得るのかな。落ち着いて真ん中に足 を置けば大丈夫。ちゃんと固定してくれて いますからね。はい、ではこの辺に座らせ ていただきます。どうぞよろしくお願いし ます。 2谷の乗り組み員さんが貝で船を速やかに 前へ進めます。この船は高速タイプとなっ ているようで結構早い速度で移動できます 。農産品を運ぶ船はもうちょっと左右の幅 が広いそうです。 ここは迷路のようになっている水の通り道 でトラックや他の機械などがなかった時代 から船を通し物をたくさん運ぶことができ ました。 ここはまさに食のベネチアと言っていい でしょうね。現在でもたまに船が脳作業の ために使われているそうですが、最近は橋 も多くかかるようになり、納作業は車を 使うことがさすがに増えてきたそうです。 また最近は洪水がちょっと減ってきている のだそうですが、昔はよく洪水が起こり、 それも急激な洪水ではなくゆっくり洪水が 起こるということで、この辺りを徐々に水 で浸たすようにして自動的に肥料の補給が 行われたのだと言います。お、横に和の ような昔ながらの木星の船がありますね。 あれは今でも農業のために使われている もののようです。あそこからも栄養成分を たっぷり含んだような水が流れてきます。 自然の肥料重点ですね。 の上戦は10分間程度でしたが、確かに ここは本当にすごい農業の都だということ が分かりました。そしてここから先はメガ は本流に出るということで、こっから 向こうに行ってしまうと流れが強すぎる。 この船では行っては危ない。あくまでこの 船は脳作業のところだけで完結する船なん ですね。 いや、面白かった。期待を裏切らない メデルタは他にも関東とかにいろんな見所 があるそうです。船へ戻ってくると ココナッツが1人1つ サービスされます。3 分けてこれです。おしてください。 このようにコナツの外側がちょっと切り刻まれており、内側のプルプル部分も食べられるようになっています。なるほどね。このコナツの内側の白い部分はっきり言ってこのまま食べてもすごく美味しいということはありません。ただ昔から食いついで生きていくためには十分な栄養だったようですね。 船長さんどうもありがとうございました。 チップを渡しすると受け取ってくれました。 ああ、ぶつかる。あ、大丈夫。 これでメコンデルタの見学ツアーは全部終わりました。さっき水の上からも見ました。豪華客線をちょっと見に行ってみましょう。こういうのに乗ってみたいな。川の豪華客線って日本にはありえないですからね。ちょっと憧れがありますが。値段は 15 ぐらいするようです。まあま、これも多分フランス民地時代をイメージしたような豪華戦ですね。では今回のツアーも工程はこれで終わり。 あとは最後の街へ放置民シティへ戻って終わりです。 ちなみに放置民シティのことを昔の呼び名最後と呼んでも特に失礼には当たらないようです。 お横にたバイクが来ましたがここは鳥の卵をいっぱい運んでますね。これを割らずに運ぶのは責任重大。ま、慣れてるんでしょう。この辺はあ、住宅の前にシがいっぱい置いてありますね。今でもコナツをたくさん作っているところだと分かります。 2 時間はかからなかったと思います。 シティへ戻ってきました。運転士さん、ガイドさんも 1日お疲れ様でした。 今回は丸1 日の贅沢コースでしたが、半日ずつ楽しむということもできます。本日の宿泊へ送ってもらいました。昨日止まったのとは違い。今日は高級ホテルに泊まります。コンチネンタルサイゴン 1泊9000円です。リッチも 1番いいところですかね。最後1区の中で 最もキラびやかなオペラハウスの脇にあり 19世紀フランス植民地帝国が気づかれた かなり最初の頃から訪れるフランス人の ために作られたホテルだと言います。中は そのフランス植民地当時の様子をよく保っ ていると言います。 植民地時代の歴史はベトナムにとっては あまりいいことは多くなかったわけですが とはいえ観光資源として当時のものが大切 にされているのでうわパリに来たようだ。 パリにもこういう場所あるかもしれません が、このクラスのところに9000円で 止まれるというのは貴重。当時は上流階級 の車交場のようなところになっていたよう です。そのレベルのホテルに1万円で 止まれるなんて本当にすごい。 フランス本国に行ったらこのレベルの ところ止まったら多分20万とかするん じゃないかな。 エレベーターもありますが、とりあえず 階段で上がってみました。うわあ。 東南アジアにはいくつか旧植民地系の高級 ホテルがありますが、当時の内装はよく 保ちながら親切なサービスもしていて、 それでこの値段とは?ここはいつかもっと すごい値段になるんだろうなと思いました 。シンガポールのラフルズホテルは1泊 20万ですよ。 では部屋に鍵を差し込みどんなお部屋かな ?見てみるとド肝を抜かれました。うわ、 巨大すぎる。当時からこの感じだったよう です。これで1万円でいいのか?さすがに ちょっとなんか引けてきましたけれども、 当時スエズンガを抜けてシンガポールを 回り、全く未知の世界であったアジアの やってきたフランス人はここで滞在したん ですね。机も巨大だ。コロニアル様式って 感じかな。窓も巨大です。昔冷房がなかっ た時代の名残りでしょうね。風が中に 吹き込みます。最も今は小さなエアコンが 付いてるので、ま、開けない方が涼しい わけなんですが、窓のデッキのところから 見下ろす景色もパリに来たようでしたね。 さらにレストランもありますが、 レストランはかなりいい値段がしたので、 今回はちょっと控えておきました。 レストランに行っても良かったけどな。で もな、比較的日本と比べれば安いです。 このコンチネンタルホテルの裏手のところ はショッピングモールになっており、これ もフランス風味の建築でしたが、ユニクロ がありますね。都会のスタイリッシュ、 ファッションなちょっといい服という感じ で宣伝されているようです。都会1個の服 。流行に敏感な都会の皆さんならこういう のがいいんじゃないですかという雰囲気で シケースがかっこよさそうになっていまし たね。他にもニトリユニクロABCマート も日本のやつでしたっけ?日本系のやつが 色々と並んでいます。無印料品もあります 。日本は信頼された好品質という印象だ そうです。その裏手にあるウィングループ の財閥系のショッピングモールに入ってみ ました。地上は3階まであり、地下は6階 まであります。嘘。放置民で地下6階まで 行けるんですか?駐車場などになってる ようですね。というのはここ放置ミシティ サゴンはおそらく地下水がかなりたくさん あるリッチのはずです。イメージすると こんな感じで最後川周辺は湿地体となって いて普通に地下を掘ってもどんどん水が出 てきてしまうはずです。じゃ、どうやって 作るのか。日本や韓国の建築技術を使って コンクリート注入などを行っているのだ そうですね。ということで日本の技術も 使われているであろう、地下フードコート には日本の食べ物屋さんがありまくり日本 よりも安い値段で売られていますね。 つまり現地人価格ということだ。もはや ベトナムの現地駐在員向けの値段ではなく 現地のベトナムの人たちに食べてもらう 値段として売られています。この8番 ラーメンだけではなくてビヤードパーって のあるんですが、これもシュークリーム屋 さん日本のやつですよね。焼肉ライクも ありますね。入ってるお店の2/5ぐらい が日本のお店という感じで日本の食べ物は こんなに信頼されているのかと驚きました 。実際ベトナムでは日本がダト真金感を 持つ国あるいは信頼する国ということで 色々なところで日本の姿を見ました。色々 悲しい歴史も学んだ上で好んでくれている とは嬉しいですね。ビアードパパと わざわざカタカナで書いてありました。 日本のものですよというのをみんなに感じ てもらうためにあえてカタカナを表示し てるんですね。で、さっきのショッピング モールで食べたかったんですが、実は営業 時間がほとんど終わってしまいまして、 じゃあ他のところで日本のものを食べよう 。日本街にやってきました。なるほど。超 が吊されていて日本っぽい雰囲気になって いますね。ここは放置民シティの新大久保 かな、韓国文化がある新大久保みたいな 感じのところかなと思って歩いてみたん ですけど、とんでもない。ここは吉原でし たね。びっくりした。そんな場所だったら 知らなかったんですが、ちょっとね、映せ ない光景があまりもたくさんあったんです けれども、とりあえず人を書き分けて ラーメン屋さんに行きました。日本から もうラーメン屋さんなどいくつか進出して います。値段は日本と変わらないようです ね。でもどんな感じかな?行ってみよう。 いらっしゃいませ。日本語で言われました 。さらにメモがあり、やっぱり日本人のお 客さんも多いのかな。いろんな国の人が来 てましたけれども、ここで久々に日本色を 食べることにしました。味は完璧に日本と 一緒。ラーメンは美味しいんですが、ま、 このラーメン屋さんのある前の道がね、 あの、色々のお仕事をされる方から日本語 でいらっしゃいませと大声声をかけられる のにちょっと恥ずかしかったですね。その 後視聴者の方とちょうどお会いしました。 ま、ここは日本人が多いところなので。で 、ベトナムでビジネスをされてる方だった んですね。このお店で色々とこれ日本の さマチラン取りを取り寄せた桃の 叩き取りし美味しかったんですけれども、 こういうのをご馳想になりながらいかに ベトナムの人たちを気にかけて彼らが働い ているかというのをよく聞くことができ ました。 おはようございます。最終日南方の主施設 に行くと布団が薄くていいですね。これだ よな。日本も夏はこれにしてほしい。 あ、エレベーターのこれ下のやつ敷き替え られてますね。グッドモーニングになった 。昨日グッドイブニングでした。 友達のマンションに来たような感じの昔 ながらのエレベーターがあります。この コンチネンタルホテルには中庭があり、 屋根部分に滑らかな日けをつけて心地よい 風が通り抜ける。ま、とはいえちょっと 暑い感じのいい場所になっていますね。 ここで朝ご飯は4あるいは他のものも何で ももらえ放題です。やはり西洋風の メニューが多かったです。まずは4から 行きます。ここ南部の4発症の地位らしい ですね。それはホテルをチェックアウト、 うわ、素晴らしい建物だ。今後も観光資源 として大事にされるし、そのうち リニューアルされて値段も一気に上がるん じゃないかなと思いますね。最終日の本日 はあまりやることは実はありません。まず 、お、これは東京の地下鉄マークに そっくりじゃないか。あ、そういえばと 思い出しました。ここ放置民シティでは 最近日本のODA東京メトロとの協力など によって最新Aのメトロ地下鉄が開業した んですね。本当に革命的な出来事が起こっ たのだと言います。オペラーハウス駅の 地下へ行くとお自動券売駅の前でインスタ 映の写真を撮ってる方がいる。そうか。 地下鉄が都会1個の象徴最先端ということ なんだな。こちら路線図。今1号線しか 完成していませんが、他にもこれから先 たくさんの路線が建設されるんですよと 期待させるようなこの演出いいですね。 路線図が描かれていました。自動券売機は なぜか動いていなかったんですが、ま、 とりあえずクレジットカードのタッチ決済 で乗れます。ちなみにベトナムはほとんど 現金払いです。その後案内を受けて1号戦 の看板を見ながら、ま、これしかないん ですけれども、日本とそっくりですね。 しかのホームへ行きました。 お客さんがあまりいないですね。 電車の本数は今のところ12分感覚となっ ています。あと3分で来るみたいです。 空いてるなあ。 天下の放置民シティ人口800万人の中数 がこんなに空いているとは。まだ地下鉄と か電車というものが根付いていないん でしょうね。電車がやってきました。 日立ち制作の車両だそうでメンテナンスも 日立ちが行っているのだそうです。 車内ももちろん空いています。 お客さんの雰囲気はほぼ全員観光客という 感じでした。地下鉄メトロというものが 最近できたから乗ってみよう。 地上へ上がるとお客さんみんなそワそわし て左右を景色を見たり、いよいよベトナム にも新しい時代がやってきたという雰囲気 が車内にも流れていましたね。 もう開業して半年経っていますが、この 地下鉄はとても珍しいものだそうでお休み の日の本日は大勢お客さんが乗ってきてい ます。地下鉄というものにとりあえず乗っ てみて窓からの景色を楽しんでみよう。 小さな家の上をすっ飛ぶように走って みよう。新しい体験で人々が目をキラキラ させているのが印象的でした。これが放置 における鉄道開業と言えるかもしれません ね。生まれて初めて電車に乗ったという人 も多いのだろうと思います。電車はここで 主要な通り最側を渡り、お遠くにはあれは フランスが植民地時代に作った運河の ショートカットコースですね。あんなのも あるのか。電車から見ることができました 。その後超都会的なタワーマンション アパートとショッピングモールも日本の 品質のいいものを色々と売っているように 見えます。この電車に乗ってどこまで行く のかはあまり実は考えていなかったのです が、その後特にベトナムで1番高い建物を 見ながら川の際のところへやってきました 。おお、これは大量のコンクリートの準備 地帯、そしてコンテナがうかく詰まれて いる景色があります。これは日本では見る ことができない景色だ。 この間空からも見ましたが、海からだいぶ 内陸に来たところであるにも関わらず コンテナがうく詰まれていて、まるで昔の 日本場所を見るようです。江戸時代の日本 でも鉄道や道路がなかったような時代、船 が日本橋あたりまでやってきて大量の荷物 を動かすということをやっていました。何 も運ぶインフラがなかった時代は水の上 しかなかったわけですね。ここではまだ そのような景色を見ることができています 。水運が圧倒的に便利な放置シティでは街 の内側まで直接船で乗り付けてコンテナの 荷物扱いをしてしまえばいいということの ようです。この景色もおそらく30年経つ ともう見られなくなってるんじゃないかな 。ということでコンテナターミナルのすぐ 近くの駅で降りてみました。ホームを充実 しています。 コンテナターミナルの2扱いを目の前で 見ることができました。1990年代の 社会主義市場経済開放の時代にこのような ものが作られたようです。人力で頑張って 動かしているコンテナーターミナルで 大きなクレーンなどの充実した設備はない というのが印象的でした。職人技で対応し ているんですね。コンテナが詰まれた ところ細かく動くトレーラーの姿があり ました。これで物流を回すとはすごい。 熟連のベトナム人ドライバーたちが頑張っ ているというのもなんだか昭和の日本を 見るような感じがしました。ここからもう 一度電車に乗って進みます。ホームドアが 完璧なのに駅員さんとさらに警備員さん までいてお客さんはいないということです 。今後変わっていくのでしょう。沿線切っ ての主要行きだと思います。ハテパーク駅 に到着しました。国家戦略を担っている ところだそうです。電車が出発していった 反対側はまだ開発されていない土地も多い ようですが、これからいろんな企業が来る んでしょうね。 人件費の安さを売りとしたベトナムは一気 に成長産業のITを誘致して成長国へ 踊り出ようとしているわけですね。日本 企業2デックが進出しているのが見えまし た。さらに電車が出ていった方向を見ると 国立大学駅があります。なるほど。山岳間 の連携でここでベトナムのシリコンバレー を作ろうということですね。ベトナムの 子供たちはなんとか頑張って大学に行き、 ITの勉強をすることができればそれで たっぷり稼ぐことができるだろうと期待さ れているそうです。このハイテクパークで ベトナムの未来に期待を向けたところで 今回のベトナム旅行は終わりにしたいと 思います。ここからは単に空港までまた 戻ろうと思いますが、今回はグラブを使っ て現地のUbberみたいなやつですね。 それを使って移動しました。この動画は 一応クルックさんの宣伝ということなので グラブは若干競合になる部分もあるのです が、ま、それが便利だったらば今回は使っ ていただいても大丈夫ですよ。非常に全般 的に親切に動画を見ていただきましたね。 ありがとうございます。横行く。あの バイクもね、グラブで手配できるんですよ ね。バイクタクシーです。乗ってみたかっ たんですけど、僕バイク自体に乗ったこと がないので、今回はやめておきました。 うわ、あのバイクは何だ?2つ並んで走っ ています。あれはすごい。やっていいのか わかんないですけど。横長の朝着の荷物を 2つのバイクにくり付けて並んで運んでる んですね。そういう技もあるのか。そうい 工夫の国ですね。 お、あれは限動機付き自転車じゃないか。 バイクではなく自転車に限動機がついて いる。あれが本当の原付だ。初めて見まし た。単尊東空港が近づいてくると飛行機が 随分低く飛んでいることに目が向きます。 ここは在日米軍不天地よりもさらに市街地 の集席度が高く、そして飛行機の離着も 半端ではない回数だそうです。まもなく 単ニャット空港第3ターミナルに到着し ます。で、ここからじゃあ飛行機に乗って 日本へ帰ろうと思っていたのですが、私 ちゃんと調べていたはずだったんですけど 、何を勘違いしていたのか、第2 ターミナルから帰らなければいけないのに 間違えて第3ターミナル上へ行ってしまい ました。 実はこの時間がギリギリでお前またかやと思うかもしれませんが帰りの飛行機乗ろうと思っていた瓶に乗ることができませんでした。はい。 ただもうなんかね、最近そういう帰りの飛行機に乗り遅れることが多かったんで、今回も乗り遅れるんじゃないかなと思って実は帰りの航空券は買っていなかったんですね。だから実は金銭的な損失は何もありません。ちなみに現在値が間違えてきてしまった第 3ターミナルに行くべきは国際戦第 2ターミナルでした。第3ターミナルと第 2ターミナルはどうしても土地の関係から 直接繋がっていないそうです。一旦市街地 に出て街を迂してから第2ターミナルまで 行かないといけないということなんですね 。ちょっと大変ですね。ま、この時もしか したら間に合うかもしれないから とりあえず 急いでタクシーで行ってみました。本当の ことだったのか分かりませんがタクシーに 乗ると、え、20万ドですよと言われまし た。それは低額だからここから乗る場合は 絶対20万ドなのだそうです。 それがね、本当なのかどうか分からないっ てのがちょっと東南アジアの旅行の不安な ところなんで、クルックはそういう点 うまく解決してくれてますね。グラブと 比べて待ち合わせの手間が非常になくパッ と乗ることができるというのもクルックの いいところだと思いますと、ちょっと宣伝 文句を挟ましていただきました。実際に そう思いますね。はい、本来の第2 ターミナルに着きました。やっぱり乗ろう と思っていた4時半の瓶には乗れません でした。そこでじゃ、次の東京行きだと 23時35分発の深夜便というのがあって 、ま、3万円しないで乗れるんですけど、 いや、それだったらな、こういう生き方で 行ってみよう。4万2000円でフル サービスキャリアの片道切ッ符を買うこと にしました。ノルビンはキャセ パシフィック航空香港経由で帰ってみます 。 ま、まず18時20分に最後の単に空港を 出発して香港に22時5分に到着。 トランジットホテルでゆっくり休みを取っ た後、翌朝9時5分発の東京成田行きに 乗り、14時30分に成田に到着という コースを取ることにしました。これが香港 行きキャセパシフィック航空ですね。前 から気になっていた航空会社ですが、乗る のは今回が初めてです。やった。AバスA 330。これ当たりですね。座席が広い プレミアムエコノミークラスかと勘違いし ました。しかもお隣はいませんでした。 一方この単にあった空港はとても狭い空港 です。滑走路が2本設置されています。 しかしあまりにもその感覚が近すぎると いうことで同時に運用することはできない ので事実上滑走路1本のような状態で使っ ているという話です。うわ、中期場も狭い ですね。すぐそこに飛行機が置いてあり ます。とても苦労していると思います。 空港がとてもコンパクトなので動き出して からは早かったです。あっという間に離陸 へ進みました。 旧フランス軍から日本軍、南ベトナム軍と 受け継がれて軍事用の飛行場として使われ ていた歴史が長かったところですね。元々 国際空港を作るのには狭すぎる場所だと 思います。今年新しい国際空港を作ると いうことで、今A建設作業を進めている ところだそうです。ここがベトナムの羽田 空港みたいな位置付けに将来はなるんです かね。 飛行機はいよいよ滑走路郎路は離れたわけ ですがするとガンガにすぐ巨大な町が現れ 始めます。これはちょっと普通ではない 光景ですね。普通空港というのは周りに 市街地とかがあまりないようなところから 周囲への騒音を配慮してあるいは高い建物 などはあまり立てないようにしたりとか 色々しながら離陸していくものです。 しかし飛び上がるとすぐ真下には巨大な 市街地が連っています。空港のすぐ キワキワのところまで市街地が発生して いるのはこれは福岡空港を超えていますね 。そして不天巻基地も超えていると思い ます。在日米軍不天巻基地は大変危険な 飛行場とされていて、特に飛行機の侵入 する手前のところ滑の手前がわずか 500mしかないと言われています。これ と見比べてみるとここ単層に空港はもっと 大変なことになっていて、特にこちら側の ところはわずか300mしか町との間の差 がありません。大変なことですね。 離陸するだけでも興味深い単ト空港ですが 、1941年の12月の7日にはあそこ から日本軍が飛び立ってシンガポール攻略 の作戦をいよいよ始めようとしたという こともあり、 景色もいいし、またあ、ここから日本は 変わっていってしまったんだなということ を1つ知る良い観光の体験にもなると思い ます。 眼下には細長い川があちこちを埋め尽くす ようにして伸びています。なるほど。これ は便利だろうなと思います。 水の都市して栄えた最後の雰囲気が夕方の 景色の中に沈んでいきました。 飛機はしばらく陸上を飛んでいきますが、 ダ難の南方からはト金湾の南方をかめる ようにして進みます。 わ、なんだこれは?見たことのないような 夜景。少し考えてみ分かりました。これは り火ですね。イカ釣り漁選が集まって ベトナの海の恵みを今取っているのだろう と思います。私もり火というのは北海道の 函館などで見たことはありますが、ここ までの規模というものはありません。漁業 従事者が日本とは桁違いに多いのでこの ような眺めになるようです。海の上に 広がる夜景だと思いました。今回の ベトナム旅行は最後にベトナムの領域を 離れるその瞬間まで楽しむことができまた 来たいと思いました。ここで機内色が配ら れます。 贅沢にハーゲンダッツまでついていました 。ベトナムでも食べている人はいると思い ますが、ま、全体の中では一部かな。暑い 中一生懸命イカを釣っている人たちがい ます。そういった景色を見ると僕も 頑張ろうと思いました。パソコン持ってき ていますので早速今回の案件の作業を進め たいと思います。今回のベトナム旅行では 多くの近べなベトナム人たちに触れました 。私もその近べ差をお土産にしたいと思い ました。飛行機は3時間少々飛びまして間 もなく香港に到着します。 この先左手前方にはおそらく香港の夜景が 見えるのだろうと思いました。何かしら すごい景色が多分あると思います。それを 見ようかと思ったんですが、やはり今回は 辞態することにしました。 この動画の冒頭で放置民シティ最後の川の 流れの景色を見て私は一生の記憶に残る 大変な盟明を受けたのですがこの川がなん となく流れている景色を見て感動できたの は事前にフランス領インドシナ連邦や ベトナムそして日本軍などの歴史を勉強し ておいたからでした。知識があるかどうか で景色の見え方も変わってきますよね。 今回私は香港についてはほとんど何も勉強 していません。何も勉強していない状態で 景色を見てしまうと、第1印象がああ、 なんとなく綺麗だな。これが香港かぐらい で終わってしまってもったいないと思い ました。そこで鉄の意思を持って窓の外は 消してみないようにしました。次に香港に やってくる時に最大限感動して最初の1回 を大切にしたいと思ったからですね。見 ないということも大事だと思った次第です 。ということで到着するまで外を覗くこと はありませんでしたが飛行機が香港国際 空港に到着しました。すごく大きな空港だ 。放置民シティとは比べ物にならない。 放置民だって大きな町なのにね。 完成灯が3つありますか?あまり見ない ようにしましょうね。次に初めて来る香港 の旅を楽しみたいから。この香港で トランジット。本日はここまで。夜行便に 乗らず香港で1泊したので生活のリズムを 乱出すことなく明日からもたっぷり仕事が できると思います。いっぱい稼いで頑張り ます。 この動画を使ってベトナムにも大勢お客 さんが来て、またベトナム時にも喜んで もらえたら嬉しいですね。ど着するとまず は入居検査と書かれています。うん。 さすが分かりやすい。しばらく移動して 入国審査を受けることになるようです。 入国って言ってね、大丈夫ですよね。 はい。それでは到着したのでここで クルックアプリを開きまして インターネットの開通手続きをやっておき ましょう。いいシムが売られてるはずです 。ここ香港はなんとクルックの本拠地なん ですね。 案件のために香港に寄ったわけではないんですけれども、たまたまでした。クルックは香港の会社です。安いすね。 500MBを、112 円とかで売っています。とりあえず 200円ぐらい払ってEID を購入しました。明日の朝にはいなくなってしまうので適当に安いやつ買っておけば大丈夫でしょう。アクティベート手続きがこのローミングオンにすればこれで完了。インターネットの接続もできます。うわあ、これが空港か。入検査も終わりました。これはすごい。 ポーチンシティに新しくできる国際空港も こんな感じのものになるんですかね。これ になる前のカイタック空港はもっと すごかったという話一度見てみたかったな 。クルックの本拠地ということでどんな ものがあるのか見てみました。あ、香港の ディズニーランドのチケットも売ってます ね。あ、電車のチケットもありますね。街 まで932円から最大37%オフ。随分 なんかくるくりで買った方が安いっていう パターンが結構あるんですよね。あ、これ 面白いケーブルカーもあるのか。ケーブル か色々ありますね。こんなパンダコパンダ みたいなのもいいの。それからあとなんか バスも色々ま、香港、ま、色々観光客向け のものが多そうですね。クルーズ遊び パーク観覧随分安いみたいだな。あと高速 線のやつとかもあります。街まで行くには 電車の切ッ符が売られており、分かり やすいな。反対と英語の合わせ。 香港ドル130ドル。うん。待てよ。あれ 、駅の券売機で買うよりも これクルックで買った方が安いすね。 クルックで買うと1716円円なんですが 、駅で現売で買うと2000円かかるん ですよね。くるくる買った方が500 円ぐらい値引きになりました。 なんでそんなことになるんだ。あとはこの ボタンを押せば街までの電車の切符は 変えるんですが、ま、今回はでもね、 ちょっと行くのやめとこうかな。街あっち まで行っちゃったら香港が見えちゃいます からね。今日は国際空港に閉じこもって おこう。 空港の中にはトランジットホテルがある みたいですね。リーガルエアポートホテル 。 なんでか分からないんですが、クルック 経由で予約すると他よりも5000円 ぐらい安くなるみたいだな。これ絶対 クルックで買った方がいいやつだね。いい 宣伝になっちゃうな、これ。ただ普通に 香港でトランジェットしてるだけなんだ けどね。よかった。こんな案件がやり やすくて、あんま無理のある案件は ちょっとやりたくないんでね。え、空港 直結です。漢字で書くと符号機上手となる んですね。リーガルって合法的なって意味 じゃないの?ま、ちょっと行ってみ ましょう。ここから外へ出ることなく冷房 の効いた状態で行くことができる。うわ、 すごい。外にタクシーがいっぱい止まっ てるけど。これ日本のクラウン コンフォートじゃないか。ていうか ジャパンタクシーもいませんか?右 ハンドル仕様になってるみたいだな。あれ ?香港右ハンドルなのか?不思議だな。 なんか日本の1990年代に来たみたいな 雰囲気だね。香港ンって面白そうなところ だね。今度大英帝国一周旅行ってのやろう と思ってるんでね。その時に初めての香港 にしたいんだよな、できれば。 レセプション。ここが接対上。ま、多分接 じゃなくてチェックインをする場所だと 思います。日本語とちょっと違いますから ね。マンダリンはチェックインも終わり ました。ちょっとなんか日本風味の エレベーターギンギラ銀だな。バブルっ ぽいな。 なんかバブルっぽいな。JRの リゾートエクスプレスUみたいだね。 ディスコみたいだね。 何なんだ、この全てが。1980年代の バブルみたいな建物は。ええ、 この壁の感じとかも全部そうじゃん。 うわ、すごい。あらかじめすでにカードが セットされている。あ、ディスコに行き たくなってきた。 ジュリアナ、東京のトイレみたいだ。 なるほど。これが資本主義か。もう何が バブルっぽいかってね、コンセントがここ にしかないみたいなんだよな。 そんなことある?空港で。まだ人々がそんなに電子機器を持ち歩いてなかった時代のホテルなんだ。あ、いや、そんなことないわ。 あ、あ、あるけどやっぱりそうだ。コンセント足りないからこれ増設したんだ。案内書きにも日本語が書いてあるな。あ、艦太児じゃなくて反対時だ。なんか多分あるんでしょうね、これ。歴史が。喉が乾いたのに水がない。水道水を沸かすのか。こんなのがあったんですよ。 あと日本のホテルで見る氷を自分で入れる やつがありました。これ多分あるな。外へ 出れば多分ね。 あ、あった、あった、あった、あった。 日本のシティホテル感がすごいな。香港は 香水なので水を飲んでもまずいそうです。 さて、この時間をお借りしまして、 ちょっとせっかくクルックの本場、香港に やってきたので、がっつり宣伝させて いただいてもよろしいですか?こちら最近 出たクルックのプレスリリースなんですが 、ミレニアル世代及びZ世代の旅行者の 2人に1人が度に自己変革を求めている ことが明らかになりました。彼らが求める のはただの写真映えする度ではなく、 ワクワク、気づき、驚きといった本質な 体験です。ということで、ま、今回スーツ チャンネルでもね、色々ベトナムの歴史的 な光景とか見ていただきましたけれども、 クルックさんからね、ただ観光地を楽しん でいくというのにプラスしてスーツ チャンネルは普通に観光する以上のことも 色々やっているので発注していただいたと いうことなんですね。ありがとうござい ます。そしてそのクルックではザベストユ というキャンペーンをやっておりまして、 このページから あなたのじゃあどういう旅行がいいかな みたいなのを提案してくれるキャンペーン を今やってるんですけども、飛行機の座席 はどれにする?もちろんファーストクラス 、真ん中の席、冒険が全て、あ、真ん中の 席が好きっていう方もいるのか。足元が 広いならどこでも窓側の絶対これだな。 最高の眺めと爆水ま、ま、ま、あの僕は寝 ないけども。よし。という感じで選んで いくと、あ、次の質問。窓の外を見ると 曲がりくねった川と知る人を知る道具これ だ。てかまさに今回のベトナムのやつじゃ ないか。法民でも見ましたね。素晴らしい 景色は。 行列にさよならしてもっと自分らしいこと をするならヴンテージスクーターを借りる 。行列は忘れて特急列車にま、行列してで も僕は特急列車に乗りたいんだけどね。 テストなあなたは カオスCEO。ま、確かに僕ね、非常に 混沌とした会社を経営してるんで、カオス COなの間違いないかな。あなたの 決めゼリフはこれは周り道じゃない。 ストーリー展開なんだよ。そう、会社経営 ってストーリー展開が大事らしいですね。 で、これを旅に電話ボタン押すと最後どう なんの?あ、くるに繋がり、あなたにお すめの旅行はなりたい自分にそろそろ会い に行きませんか?行き先。あ、あなたは これやった方がいいですよ。チャオ プライヤー側、これ行きたいんだよな。 タイのね、川ね。あ、なんかそのタイの バンコックの川のクルーズをめちゃめちゃ お勧めしてくれてますね。僕は川が大好き だからやっぱりクルックの方にバレてるの かもしれないな。という感じの キャンペーンをクルックで今押してますの でよろしくお願いします。以上宣伝でした 。 はい、おはようございます。翌朝8時半 すでに出国審査も終わりました。え、私が 帰りに乗るのは、え、9時、え、5分発。 東京成田行き。他にも広島行きとか高松 行きとかもありました。香港経由って便利 ですね。では、帰りに乗る。東京行きは こちらです。この中でじっくりパソコン やって帰ります。ボーイング77型大型 機材ですね。わ、あれはジャンボジェット 747だ。中に貨物をいっぱい積むのかな ?航空貨物の需要が香港はとても高い みたいです。飛行機に乗り込みますと、 昨日よりもちょっと座席が小さめの設置に なってるかな。機材によってね、座席が なんか大きかったりちょっと小さかったり とかエコノミークラスでも若干の違いが あるんですよね。東京行きは需要が大きい ということなんだね。ま、とはいえ座席は 十分快適機内色も良かったですね。香港風 の本格的な料理がカ東料理が出たんだなと いう感じでした。ということであとは パソコンでじっくり作業して成田空港に 到着し、この動画も終わりとなります。 成田空港は大きいですね。やはり単尊空港 のあの頑張ってる感情を見ると成田は未 完成とはいえゆりがある大きな空港ならだ と思いました。成田空港では海外で儲かる 仕事は危険です。警察庁からの広告が出て いました。実際その通りだと思いますが、 こういうことが言えるっていうのは日本が それなりに豊かだってことですよね。 ベトナムだったら海外に出て儲けるのが 当たり前ということで国同士の状況も随分 違うと思いました。最後は時間の関係も あって成田エクスプレスで帰りましたが、 沿線に田ぼがたくさんあり、随分ベトナム よりも水路などがしっかりしていて、お米 が年に1回しか取れないとはいえ、よく できた田ぼだと思いました。そして年に1 回しかお米が取ることができない比較的 霊量な日本において古くから田ぼを 守り抜いてきた人たちにもベトラムの旅を 通じてより経緯を持つことができるように なったと思いました。いい旅行になりまし たね。案件をきっかけにベトナム旅行を 楽しめました。皆さんクルックを最後にご 利用ください。念押しさせていただきます 。ありがとうございました。海外旅行興味 あるけど難しそうだな。ところが予約と クルックを使えばシム観光スポット現地 日本語で全部手配できて超楽チ。スーツ チャンネルを見た方にクーポンもついて くる。皆さんくご利用ください。お待ちし ております。おります。

動画で紹介した「Klook(クルック)」はこちら!
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下記のクーポンコードを利用することでお得に旅をすることができます。

クーポンコード:SUITTRAVEL
割引:新規購入6%OFF、2回目以降は3%OFF、3回まで利用可能
利用条件:1,000円以上で利用可能、割引上限1000円、一部対象外商品あり
有効期限:2026年7月1日

Klook公式ページ
https://www.klook.com/ja/
The Best You特設ページ
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Klook ベトナムeSIM
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ホーチミン市内観光バス 乗車チケット
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クチトンネル&メコンデルタ日帰りツアー
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https://s.klook.com/jy2G8MAPwP
リーガルエアポートホテル
https://s.klook.com/51KNepQVXb
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
0:00:00 4日目 ハノイ→ホーチミン
0:02:47 東南アジアの要衝「ホーチミン」
0:08:15 ホーチミン市内観光バス
0:13:09 マッサージ体験
0:15:14 ホーチミンで夕飯
0:19:18 5日目 ホーチミン→クチ
0:22:22 ベトナム戦争の地下トンネル「クチ」
0:33:20 水上レストラン
0:34:44 クチ→メコンデルタ
0:37:53 メコン川下り
0:41:03 ココナッツ工房
0:44:52 ベトナム文化満載「トイソン島」
0:50:25 用水路を遊覧
0:54:20 19世紀初頭のホテル「コンチネンタル・サイゴン」
0:56:39 ホーチミン市街
1:00:15 6日目 ホーチミン滞在最終日
1:01:16 ベトナム初の地下鉄「ホーチミン・メトロ」
1:06:37 タンソンニャット国際空港へ
1:10:00 ホーチミン→香港
1:15:46 香港で乗り継ぎ
1:23:04 7日目 香港→成田

スーツ旅行チャンネルでは旅行記、ホテル、旅館のレビューなどを掲載しています。皆さんの楽しい旅行の参考になればと思っております。
気軽に視聴できる短い動画を扱うチャンネルはこちら
▶スーツ / Suit Channnel→https://bit.ly/3dzDc5i

ホテルを中心に紹介するチャンネル
▶スーツホテル→https://bit.ly/40wXEMb

うるさいナレーションを排除した車窓チャンネルも試験的に運用しておりますので、宜しければご覧ください。
▶スーツ車窓チャンネル→https://bit.ly/3k0ZKit

〈連絡先・SNS〉
□Twitter→https://twitter.com/usiuna7991
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□事務方の連絡先→https://kanko.inc/contact/

取材依頼や案件なども募集しておりますので、お気軽にお問い合わせください。ただ、私宛に連絡しても見逃す可能性が高いので、事務方の連絡先までお願いします。
※贈り物や差し入れに関しましては、現在受け付けておりません。

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※情報の正確性について
多くの動画に複数の誤った情報が盛り込まれています。そして大抵、視聴者から訂正いただいています。こちらではそのような有益な情報が判別しやすいようハートマークをつけています。

#スーツ旅行
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32 Comments

  1. 動画で紹介した「Klook(クルック)」はこちら!
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    リーガルエアポートホテル
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  2. 情報量が豊富で飽きさせ無い内容ですね。10年前にマジェスティックホテルに泊まりました。その頃にklookが有れば便利でしたね。でもモグリの様なガイドと行った店が何故かベトナムで1番美味しいご飯とスイーツが食べれたのも面白かった
    また行きたい国だと思います。

  3. フランス文化の影響でバインミーはフランスパンを使ってるんですね。歴史も一緒に伝えてくださるのでとてもいい勉強になりました。
    本場の食べ方も、日本と違っておもしろい

  4. 以前ホーチミン市に住んでおり、日本からの来客を何度かクチトンネルやミトーに案内しましたが、スーツさんのような案内ができたらよかったな、と懐かしくも少し後悔しながら拝見しました。

  5. キャセイの香港経由は当日片道が異様に安くていつも驚嘆します。ワンワールドなのでJALのステータスが使えるのもいいですね。
    ベトナムのUNIQLOはベトナム製なのに日本で買うより高くて驚きました。どういう構造なんだろう……。

  6. 50,000ドンではなく、500ドンですか!?ちょっとそれは少なすぎかもです(^◇^;)
    しかも、500ドン紙幣って市場ではほぼ出回ってないですよ笑

  7. 旅行情弱向けのチャンネルか。俺には縁がないけど、こういう動画をありがたがって見る層がいるんだから、ユーチューバーが群がる訳だ。

  8. 東洋のパリというか、スーツさん自身が東洋のパリですね!

  9. ターミナル移動で1200円は流石にめちゃくちゃボラれてるのでは?

  10. 今年の11月に、ホーチミンに初めて行きます🇻🇳
    とても興味深く観させていただきました。
    是非Klookを利用してみたいと思いまーす!

  11. 19:23 これはBánh canh(バインカン)という麺です。ベトナムにはフォーの他にブン(Bún)と呼ばれる丸麺のビーフンが存在していて、バインカンもこの一種です。実はベトナムではフォーよりもこちらのほうがポピュラーな食材です。

  12. 49:30 そんないい加減な歴史解説はダメだろ 無責任すぎる 強制供出と価格統制(仏・日ともに関与) 作付け転換(ジュート等)と“米を燃料化” 南北輸送の崩壊(連合軍の機雷敷設・爆撃・海上封鎖) 約40万人〜200万人のレンジで推計とか色々事情あるみたい。あとはニュースを見ていると、この国の方が際立って日本で大量に犯罪を起こしているという事実も付け加えておく。

    「日本が米を奪ったから200万人死んだ」という主張は過度に単純化された見解です。実際には:

    死者数自体が議論の余地がある(40万~200万人の幅)
    原因は複合的で、日本、フランス、米軍の爆撃、自然災害が複雑に関連
    200万人という数字はベトミンのプロパガンダ的側面もあると学者が指摘
    日本の政策も重要な要因だが、唯一の原因ではない

    学術研究では、この飢饉を戦争状況下での複合的災害として捉えており、特定の単一要因に責任を帰する単純な説明を避けています。

  13. 4:10 ホーチミンの路上靴磨きは全員ぼったくりです。声かけられてもガン無視しましょう。ただ、500ドン(3円)で乗り切るスーツさんはやはり神です。皆さんも500ドン硬貨は持ち歩いておきましょう♫

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