初代天皇・神武天皇の兄神を祀る、備前国総鎮守の名社:岡山県・安仁神社 (Ani Shrine | The shrines based on historical facts)
▼チャプターリスト(目次)
0:00 オープニング
0:21 安仁神社周辺
0:36 社号碑、参道
1:23 狛犬、鳥居
2:15 随神門周辺
2:37 拝殿
3:39 本殿
4:11境内摂末社
5:47 末社・伊津岐神社
6:20 末社・天神社
6:49 末社・伊登美宮
7:11 末社・瀧神社
8:05 末社・綱掛石神社
どうも、管理人のヒロリンです。
今回は岡山県岡山市に鎮座する安仁神社(あにじんじゃ)を紹介します。
岡山駅から約10km離れた瀬戸内海沿いにある宮城山(みやしろやま)(標高約80m)、その宮城山の中腹に安仁神社は鎮座しています。
安仁神社の御祭神は初代天皇・神武天皇の兄神である五瀬命(いつせのみこと)、稲飯命(いないのみこと)、三毛入野命(みけいりののみこと)の三柱。神武天皇の兄神を祀る神社ということで、かつて社名は「兄神社」と称し、そこから「安仁(あに)神社」と社名を変えた歴史があります。
日本神話によると、五瀬命と神武天皇をはじめとする一行は、宮崎県の日向を出発して奈良県の大和へと向かう「神武東征」の道中、現在の安仁神社が鎮座する地で数年間滞在。神武天皇が橿原の地で天皇に即位した後に、五瀬命ら皇兄たちをこの地に祀って「久方宮(ひさかたのみや)」と称したのが安仁神社の起源となっています。
このような由緒から旧備前国(現在の岡山市を含む行政区分)では唯一となる最高の社格である名神大社に列格し、更には備前国の一宮という位置づけでもありました。しかし、西暦939年における天慶の乱において安仁神社が藤原純友方に味方したため、一宮の地位を朝廷より剥奪。その後、備前国一宮の地位は天慶の乱勃発当時に朝廷に味方した備中国の一宮である吉備津神社より御霊代を分祀されて創建した吉備津彦神社に移ることになります。
明治維新後は近代社格制度で三番目に高い国幣中社に列格され、勅使の参向、大正15年には皇太子殿下の行啓、祈年祭・新嘗祭・例大祭には幣帛供進使の参向などがあり、戦前は、荘厳で隆盛な神域でした。しかし、現在は一宮ではないということ、更には岡山駅からのアクセスが悪いことから参拝客は驚くほど少なく、落ち着いて参拝出来る「隠れた名社」という位置づけになっています。
そんな安仁神社ですが、古代は鎮座地の宮城山の麓までが海であり、後方の山には神武東征の際に移動手段として使った船のともつなを掛けたといわれる綱掛石神社(現在の安仁神社の境外末社)(動画内では8:05)が鎮座しています。綱掛石神社は古代の祭祀跡とされており、巨石が点在していますが、自然に配置されたものとは思えず、何らかの意図があって配置されたものと推察されます。古代の人々はここでこの巨石たちを依代にして神事を行っていたと考えられ、想像上の風景に圧倒されること間違いなしのスポットです。
Ani Shrine is a Shinto shrine located in Okayama City, Japan.
It is one of three governmental Shinto shrines dedicated to imperial ancestors. It is a Beppyo shrine, or a shrine that is particularly notable in a certain way with a significant history to it.
According to its legend it was an area where Itsuse no Mikoto stayed in Jimmu’s Eastern Expedition.
The Ani Shrine was originally ranked as Myojin Taisha and designated as the ichinomiya of the province in the early Heian period Engishiki. However, its association with Fujiwara no Sumitomo during his 939–941 revolt led to its demotion. In contrast, the Kibitsu Shrine, the parent shrine of Kibitsuhiko Jinja, supported imperial forces against Fujiwara no Sumitomo by writing prayers for their victory. As a result, Kibitsuhiko Jinja in Bizen was elevated to the status of ichinomiya. The history of Kibitsuhiko Jinja is less clear, with the earliest historical documentation appearing in the late Heian period, although legend traces it back to the reign of Empress Suiko as Kibitsuhiko-no-Mikoto’s residence.
4 Comments
撮影はとても良くて、頑張って、お疲れ様でした👍🏻😋🌻🌻🌻
静かそうな良い神社ですね。吉備津神社とかは人が多くて、ゆっくり参拝できなそうです。
摂末社探すの大変そうに見えました。。
狛犬は陶器ですか?石より味があって良いですね。
ラストの岩の映像が
太陽に祈る女神のように感じました✨️
神武天皇のお兄様を祀る神社があるなんて、日本は、神話の時代から繋がっている国だとあらためて思い、その思いは、自分の命の源の悠久さを感じるきっかけになって、命を大切に感じ、感謝します✨️
元祭祀場のエネルギーを感じました✨️
奉納演奏をする身としては嬉しいです✨️
ありがとうございます✨️✨️✨️
こんばんは🤗🤗素晴らしい神社を参拝させていただきありがとうございます ラストの巨石群はすごいですね👍👍🙋🩵