日本国土の守護神が鎮まる日本最古の神社:奈良県・大和神社 (Ōyamato Shrine | A Shrine that enshrine the guardian deities of Japan)

▼チャプターリスト(目次)
0:00 オープニング
0:21 社号碑、一之鳥居、参道
1:06 二之鳥居周辺
1:36 手水舎周辺
2:06 大和神社社殿
3:34 摂社・高龗神社
4:11 境内摂末社
4:26 戦艦大和の碑、祖霊社
5:03 四至を守護する神社
6:17 末社・渟名城入姫神社
6:33 御旅所

どうも、管理人のヒロリンです。

今回は日本国土の守護神として、かつて朝廷で祀られていた倭大国魂神を祀る奈良県の大和神社(おおやまとじんじゃ)を紹介します。

天理教の本部がある天理市。ここには布都御魂大神を祀る名社・石上神宮が鎮座し、そこから約5km南へ行くと大物主大神を祀る名社・大神神社が鎮座しています。今回ご紹介する大和神社は石上神宮と大神神社の間の位置に鎮座する神社です。

社名に「大和」がついていることから、戦艦大和の守り神として艦内に祀られたことでも有名で、境内には戦艦大和の博物館や乗組員の冥福を祈る石碑などもあり、旧日本海軍のファンからは人気を得ている神社でもあります。

そんな大和神社の御祭神は倭大国魂神(やあとのおおくにたまのかみ)。日本大国魂神とも表記する神様です。

古代の日本では国には国(の土地)の魂があると考え、それを『国魂神』として祀ってきた歴史がありました。東京都の府中には「大国魂神社」という神社がありますが、ここでいう大国魂神社という社名はその国の土地の神様を祀る神社という意味です。例えば出雲には「出雲大国魂神社」、愛知県の尾張には「尾張大国魂神社」というのがあり、それぞれの神社ではその土地の神を祀っています。その性質上、それぞれの土地の大国魂命というのは他の土地で祀ることが出来ません。

さて、大和神社で祀られている倭大国魂神は倭(日本)の大国魂命、つまり日本全土の地主神ということになります。日本神話を記した「日本書記」によると第10代崇神天皇の時代に宮中にて天照大神と倭大国魂神の二神を祀っていましたが、百姓の流離や背叛など国内情勢が不安になり、さらに疫病が蔓延して人口の半分が失われると、崇神天皇はその原因が天照大神と倭大国魂神の二神を宮中に祀ったことにあると考え、宮の外で祀ることにしました。天照大神は崇神天皇の皇女である豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託して大和の笠縫邑に祀り、その後倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神を奉斎しながら諸地方を遍歴し、伊勢神宮で祀られることになります。

一方の倭大国魂神は同じく崇神天皇の皇女である渟名城入姫命(ぬなきいりびめのみこと)に預けて祀らせましたが、その神威が強すぎて髪が落ち、体が痩せて祀ることができなかった。このことで疫病が流行は止まらず国家の危機となったとされています。

崇神天皇は疫病を収めようと神託をうかがったところ、大物主神と倭大国魂神の祭主をそれぞれ大田田根子と市磯長尾市(いちしのながおち)にせよという神託を受けます。そこで市磯長尾市を、倭大国魂神を祀る神主としたのが大和神社の始まりです。一方、大田田根子も探し出されて大物主神を祀る神主とさせ、三輪山を御神体とする大神神社が創建されました。すると疫病は終息して五穀豊穣となりました。

このような由緒から大和神社は非常に高い格式を持つ神社であり、戦前の近代社格制度では最高位の旧官幣大社に列格された名社です。かつては伊勢神宮に匹敵する社領を得、朝廷の崇敬を受けて隆盛を極めましたが、平安京への遷都や藤原氏の台頭、相次ぐ火災などにより徐々に衰退していきました。

しかし、明治に入り、旧官幣大社に列格すると明治政府の特別な支援を受けることとなり、社殿も整備され現在に見られる大和神社の姿となりました。

そんな大和神社の参道は、かつて世界最大の戦艦として活躍した戦艦大和とほぼ同じ長さ(約270m)、幅は戦艦大和の約1/5(40m)。境内には戦艦大和の最期をともにした殉死者273柱の御霊が祀られている祖霊社があり、戦艦大和ゆかりの社の雰囲気が漂っています。

祖霊社を過ぎてさらに参道を進むと明治時代に建てられた立派な本殿があります。本殿は春日造りの神殿が三社立ち並んでいる形。真ん中の本殿で日本国土の守護神である倭大国魂神を祀り、左右の本殿では八千戈大神と御年大神を祀っています。八千戈大神は、出雲大社でも祀られている大国主命の別名。多くの矛を持つ神という意味の名であるからして、もっぱら大国主命の武神としての側面を表しています。御年大神は、天照大神の弟神である須佐之男命の御子、「大歳神」の御子。すなわち、須佐之男命の孫で。農作物を司る神です。

したがって、大和神社に参拝すると
①倭大国魂大神のご神徳により、万物の育成発展、人間や生物の誕生や長寿の御利益が、②八千戈大神のご神徳により、勝負運の御利益が、③御歳大神のご神徳により、五穀豊穣・家内安全・子孫繁栄の御利益が得られるというわけです。凄いですよね。

これだけでも凄いのですが、大和神社の本殿の隣に鎮座する摂社・高龗神社(たかおかみじんじゃ)も凄い(動画内では3:34)。この摂社では高龗神(たかおかみのかみ)という山の上に降る雨をつかさどる水神を祀っていて、これは京都の貴船神社や、奈良県の吉野に鎮座する丹生川上神社と同じ神様です。しかし、大和神社の摂社である高龗神社こそが、全国に何千とあるであろう水神を祀る神社の総本社なのです。貴船神社や丹生川上神社を差し置いているというのが驚きですよね。

規模は小さいながらも格式、由緒、御利益すべてが全国トップクラスの神社である大和神社。何かに迷ったときは是非とも参拝してみてください。きっと道が切り開けるはずです。

Ōyamato Shrine is a Shinto shrine located in Tenri, Nara in Japan.

The shrine became the object of Imperial patronage during the early Heian period. In 965, Emperor Murakami ordered that Imperial messengers were sent to report important events to the guardian kami of Japan. These heihaku were initially presented to 16 shrines including the Ōyamato Shrine.

From 1871 through 1946, the Ōyamato Shrine was officially designated one of the Kanpei-taisha, meaning that it stood in the first rank of government supported shrines.

The shrine was a guardian shrine of Japanese battleship Yamato.

2 Comments

  1. まだまだ知らない日本がある✨️
    まだまだ知らない神様がいらっしゃる✨️
    それを、これから知っていくことが楽しみです😊

  2. 名前は聞いたことが有り、ヤマトファンとしては呉のヤマトミュージアムと共に1度は訪ねてみたい場所です。
    大國魂とか大国主とか紛らわしいかみさま多いですね。

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