【地理雑学】謎の新青梅街道・新目白街道。のび太くんちのような、一面に広がる住宅街の道?ではなかった!/関東地方/東京都
新青梅街道・新目白通り 謎の街道。 はい、ドラレコ風景を次々に雑学解説する動画、 新目白通り・新青梅街道には一体何がある? 〇謎の「新」街道いったい何がある? さて、東京で「新」が付く街道といえば… 歴史ある古い街道のキャパが足りなくなって作られた、 住宅地のための通り?というイメージがあります。 のび太君が住んでいるような普通の住宅地の 「新」街道…住宅以外にいったい何があるというのだ! 謎です。 そんな謎の「新」街道から面白いものを次々に見つけていきます。 お出かけしたくなるかも! 地理調査に徹底的に時間を割いて丁寧に仕上げています。 今回も脚本詳しめ、音声はなつきでお送りいたします。 ではでは、新目白通り&新青梅街道へGO! はい、最初に橋を渡って、まずは謎の新目白通りからスタート! 先ほど渡った川が「神田川」です。 2~3㎞下流方向、車の後ろ方向に伊達政宗が 開削したことで有名な「仙台掘」がある川ですね~ この神田川の川沿いを走っていく道が、 今回の謎の新目白通りです。 先ほどの江戸川橋交差点で目白通りと別れていきます。 車の後ろ方向へ進むと、飯田橋とか神楽坂とかがありますね~ 現在はビルで囲まれて、「リバーサイド」感は皆無ですが、 立派なリバーサイドなんですね~ 川沿いってことは、昔は田んぼが広がっていたのか? 古地図を見てみましょう。 思った通りです。 明治42年・1909年では、住宅地に押されてはいますが、 まだ水田が残っています。 そして、昭和4年・1929年ごろになると、 田んぼはなくなり、住宅がぶわ~っと広がっていますね~ 都電…当時は市電ですか?が走りはじめ、 徐々に新目白通りの原型が表れてきていますね。 そして、時代は飛んで昭和52年・1977年の古地図から、 ようやく新目白通りが現れてきます。 そして、昭和59年・1984年に第2次の 「道路通称名の設定」で都に 「新目白通り」と通称がつけられたわけですね~ あ、そして、噂をすれば! 東京に残る唯一の「都電」の終点早稲田駅です! サクラトラムと愛称を付けられ、 荒川区の三ノ輪から明治通りと近いルートでぐる~っと 王子を周ってくる路面電車です。 そうです、「謎」の新目白通り…とか思ってたら、 有名な都電が走っていた道!だったんですね。 あ、紫の都電です! かっこいい~! そして、右側、緑が多いですね! そう、神田川なんです! リバーサイドなんです! ちなみに、食事処は、早稲田大学が近いせいか、 大盛りの定食屋さんが多いような感じです。 今回は、通り沿いの食事も追っていきましょう! そして、明治通りを超えてすぐの橋が神田川です。 川の南岸から北岸へ、ここから逆サイドを走るわけですね! ところで、この神田川にも立派な河岸段丘が存在します。 その段丘の上面に「おとめ山」という小さな公園を発見しました! なんともかわいい名前だと思って ちょっと調べてみると… 女性の「乙女」ではなく、将軍家の鷹狩り場(ば)だったらしいんです。 庶民は立ち入れなかったそうで、 ストップ!の意味の「御留(おんとどまる)」とか 「御止(おんとめる)」由来の「おとめ」なんだそうです。 へぇ~ そして、山手線(やまのてせん)をくぐって少し進むと… 左側、線路です。 高田馬場駅から山手線と別れた西武新宿線です。 そうです、今回走る新目白通りから新青梅街道も西武沿線なんですね~ あ、そして、この先結構な登り勾配です! 神田川の谷から出ます。 ここで神田川とはお別れで、分岐する妙正寺川流域を走っていきます。 地名は落合。 神田川と妙正寺川が合流する、 落ち合うから落合という地名なんだそうです。 日本各地にある「落合」も同じく川が合流する地点に つけられていることが多いそうなので、 今度から注意してみますね! そして、山手通りを越えると、結構な丘まで上がってきた感じがしますね~ 神田川沿いが海抜17m、ここが35mぐらいです。 武蔵野台地上に上がってきました。 そして、ここで再び目白通りと合流して、新目白通りは終点です。 江戸橋からこの「西落合一丁目」交差点までの短い区間なんですね~ まっすぐ行くと目白通り。 左折すると新青梅街道がスタートします。 今回は新青梅街道のほうへ進みます。 そして、新青梅、片側1車線になりましたね~。 そして、先ほどの西落合一丁目から350m歩いたところに、 「トキワ壮」があるんですね! 手塚治虫、藤子不二雄、 石ノ森章太郎、赤塚不二夫各先生方が 若き日を過ごし、藤子不二雄先生の 「まんが道(みち)」に代表されるエピソードが書かれた漫画で 有名になった場所です。 「謎の新目白通り」には、「トキワ壮」もあるんですね! 目白通りにも新青梅街道にも近いんですけどね… だんだん「謎」を付けるのがつらくなってきました… ちなみにトキワ壮周りの食事処は… 焼き肉店や洋食、和食店や居酒屋と様々あるのですが、 町中華屋さんが3件ぐらいと多めにあります。 この辺りは、やはり近場の方が会社帰りに寄って帰るお店が多いのでしょうか? そして、こちら左の公園が哲学堂公園です。 井上円了さんという、妖怪を人間の心の問題としてとらえた哲学者が造った公園です。 宇宙人にしか見えない銅像など必見の公園となっております。 ちなみに宇宙人は、エクナトン。 古代エジプトの王の像なんだとか。 そして、少しだけ下りました。 この谷は江古田川、そして妙正寺川が合流する谷です。 江古田川を併せた妙正寺川は、やがて神田川に流れてゆきます。 環七通りを越えると、キッチンオリジンと肉のモモチの間の道が、 野方駅まで続く商店街となってます。 東京、都心部特有の、昔ながらの商店街が続いています。 上京した時はびっくりしました。 うちの田舎では、こんな商店街が残っているのは、 県内でも二桁行かない程度、観光名所か中心部だけです。 東京ではいまだに元気な商店街が、各駅で見られます。 ここもそんな商店街の一つで、規模は大きめでしょうか? 定番のメンチカツからラーメン屋はもちろん、 昔ながらの八百屋まで、デパートに負けないほど 様々な個人店が営業しているそうです。 謎の新青梅街道、こんな商店街までそろっているんですね。 日本文化の筆頭といえば神社仏閣京都!ですが、 徐々に海外旅行者もマニアックなところに足を延ばすようになっています。 もしかしたら、この野方商店街も、 近い未来、外国人観光客が訪れるようになっているかもしれませんね~ 「リアルな現代日本人の暮らし」を体験するために。 「謎の」を付けるのがどんどん辛くなっていきます。 ちなみに商店街の食事処、 和食から洋食まで、元気いっぱい個人店がひしめきあっています。 Googleマップの口コミ評価も軒並み高いですね! 都立家政の交差点です。 現在は「東京都立鷺宮(さぎのみや)高等学校」が、 かつて「高等家政女学校」だったころに由来するといわれています。 戦前、東京府と東京市があって、 その頃は「府立」だったのですが、 戦後府と市が合併し、東京都制に移行すると、 「都立」に変わったんだそうです。 昔にあった「家政学」と言われる、 食事や被服学から、栄養学にいたるまで、 人間と環境の相互作用について学ぶ学問の女学校です。 「家庭科」が一番家政学を表しているかも。 中杉通り、中野区鷺宮(さぎのみや)と杉並区役所前を結ぶから、 頭文字をとって「中杉」通り、と言われているようです。 中杉通りは正確には、先ほどの鷺宮を抜けて右側、 練馬区貫井(ぬくい)内までと決められているので… 真の名前は「練杉通り」? こちらの通りは、駅が近づいてくると通り沿いに飲食店がたくさん進出してきていますね。 鷺ノ宮駅に阿佐ヶ谷駅。 中野通りみたいな雰囲気です。 こちらも軒並み評価が高いです。 昔の早稲田通りであった旧早稲田通りを越えると…? 環八通りです。 新青梅街道の1/5までやっときました~ 謎の新目白通り、ここまであったのが ・都電荒川線 ・トキワ壮 そして、謎の新青梅街道は ・野方駅の商店街 と、なんだか、「昭和」の東京を思い起こさせる路線って感じがしてきますね。 まだまだ続きますよ~ 千川通りを越えると、練馬区へ入っていきます。 それなりに郊外に出てきたと思うのですが… 中層マンションやビルが立ち並んでいて、 あまり通りの雰囲気に変化はありません。 環八を超えたこの辺り、昭和2年ごろは、 恐らく畑が広がっていたのが、 戦後昭和40年にはすでに新青梅街道筋の道ができ、住宅が広がっています。 昭和40年ってことは…1965年…50年前ですか! 50年以上前からある道路ですから、 マンションが立ち並んでいても不思議ではないってわけですね。 早大学院前、早稲田大学の中高大一貫校を越えると… 谷っぽいですね! そしてこの橋の下は石神井川です。 石神井川は、源流が小金井公園、 五日市街道編で出てきた江戸東京たてもの園がある大きな公園付近から、 王子駅付近を通って隅田川に流れ出ています。 あれ、チェーン店が若干増えてますね… そして、西東京市に入ってますね~ 西東京市に入ると… 急にマンションが減ったような… それでチェーン店が進出してきている? 人口密度を調べてみると、先ほど走っていた練馬区も西東京市もそこまで変わりません。 仮説を立ててみました。 ・練馬区は中心部が目立たず、区内に一様に人口が散らばっているのではないか? ・逆に西東京市は、合併前の元・田無市と元・保谷市(ほうやし)に人口が集中しているのではないか? ですがこの仮説、Google Earthを見ても、どうもしっくりきません。 練馬区も練馬駅近辺にビルが集中していて、あまり一様ではありません。 もう少し掘り下げてみましょう。 西東京市内、この先「東伏見駅周辺」の人口密度が極端に低くなっているんです。 あ、この伏見通りを左へ行けば、東伏見駅です! これ、東伏見駅周辺の環境を見れば、一目瞭然です。 地名の由来にもなっている、京都の伏見稲荷神社から分霊した東伏見稲荷神社をはじめ、 早稲田大学のサッカーや野球グラウンドが…、 公園やグラウンドが非常に多い駅なんですね。 これも仮説なんですが… もしかしたら、駅前の発展が緩やかで、 それに伴いマンション等の進出も緩やかだったのではないか… 等々と推測していますが… いろいろな情報や意見などお寄せくださいね~! 所沢街道を超えると… おお~、急に高層マンションが増えましたね! 元田無市の中心付近です。 そして、4車線になりました~! 青梅が4、新青梅が2車線だったのが、 ここで青梅が2、新青梅が4車線と入れ替わります。 これ、新青梅街道が道路通称を付けられる際に、 「青梅街道筋に近いから新青梅街道と名付けよう。」 という由来だろうと考えられるのに対し、 ここから先の4車線区間は「青梅街道のバイパスを造ろう!」 と最初から青梅街道のバイパス目的で 造成されたという意味での「新青梅街道」ということで、 そもそも道路の由来が違うことに関係していそうです。 由来が違うのに、同じ「新青梅街道」と名づけられたってことだと推測します。 そして、この切り替わり交差点で新青梅街道、約「4割」走り切りました! それにしても、左のタワー、でっかい! スカイタワー西東京、愛称が田無タワーとも呼ばれます。 展望台は無い多目的電波塔なのですが、 ライトアップが美しいそうです。 そして、隣には多摩六都科学館(たまろくとかがくかん)というプラネタリウム付きの科学館があります。 多摩六都とは、小平、東村山、清瀬、東久留米、 そして西東京と六つの多摩地域の市で共同で行っている行政サービスだから 「多摩六都」なんだそうです。 ちなみに科学館のムーンウォーカー、 これ大人でも乗ってみたいですね~! 月の重力を体験できる装置だそうです。 謎の新青梅街道、スカイタワー西東京と、多摩六都科学館もありました! もう、やけくそで「謎の」の接頭語付けてますね~! そして、西武新宿線、田無駅から変化があります。 今までの西武新宿線といえば、 新宿の高田馬場を越えて以来、 駅直結の目立った巨大施設はなかったのですが、 田無駅には「アスタ」というショッピングモールが現れています。 田無駅の乗降客数は、2023年のデータで4位です。 高田馬場、西武新宿、所沢、そして田無と続きます。 東久留米市と小平市の市境(しざかい)のようですね… 左下の表示がくるくる変わります。 ちなみに、境界間違ってたら…ごめんなさい! あ、左、広い空間が広がっています! ここ、小平霊園です。 野口雨情さん、宮環編で出てきました。 彼の第二のお墓があるようです。 「赤い靴」の作詞家でしたね! おお~上りますね~ 跨線橋かなと思ったら、川も同時に渡っています。 空堀川(からぼりがわ)と呼ばれる川と、 西武新宿線を同時に越えています。 空堀川、その名のごとく雨が降らないと水が流れないこともある川だそうです。 古多摩川の流れが干上がって、枯れた川になったんだそうです。 扇状地や古多摩川、国道411号編で出てきましたね~ そして府中街道。 奈良時代から平安時代にかけて日本各地に置かれた国衙(こくが)、 現在の県の役所って感じです。 それが置かれた、府中市の武蔵(むさしのくに)国衙と、 川崎市の武蔵国橘樹郡(たちばなぐん)を結ぶ道筋です。 現在の橘樹郡である神奈川県川崎市でも 「府中街道」と愛称がつけられています。 そして、その府中街道を越えると… 東村山浄水場です。 武蔵野台地上にぽつんと出来ている丘陵、 「狭山丘陵」内のダム、村山貯水池・別名「多摩湖」や 山口貯水池・別名「狭山湖」と、玉川上水、 荒川などを水源とし、東京都の1/5を担う浄水場です。 地形図を見ると、武蔵野台地上にぽつんと狭山丘陵があります。 この狭山丘陵、南の多摩丘陵と同じ時期にできた丘陵のようです。 古多摩川などに削られ、多摩丘陵から分離して現在に至ると考えられています。 ちなみに、食事処、東村山市では「肉汁うどん」、 武蔵村山市では「村山うどん」なるものが名産品となっているようです。 東京街道入口。 ここまでは、新しく整備された青梅街道のバイパス、 田んぼや畑に新規に引かれた新青梅街道でしたが、 ここからは東京街道と呼ばれる古い道を拡幅した区間へ入っていきます。 大正13年の古地図では、周りには桑畑が広がる農道のような通りに見えます。 街道周辺に集落は見られません。 ちなみに、昔からの青梅街道筋である「桜街道」にも集落は見られません。 五日市街道と、狭山丘陵の南の道はにぎわっていますが、 旧青梅、新青梅街道筋は桑畑が広がるのみなのも面白いですね~ あ、青梅街道ですね~ ちなみに、これは旧来からの青梅街道ではなく、 東京都が道路通称を付けたときに、 北の狭山丘陵側のほうが発展していたからという理由で 通した道筋だと推測されます。 本来の青梅街道筋は、現在桜街道と呼ばれる通りでした。 そして、問題の芋窪街道! ここから先、新青梅街道は多摩モノレール延伸計画区間へ入っていきます。 芋窪街道から箱根ヶ崎の駅までですね~ 道路の真ん中に橋梁が立ち、その上をモノレールが走る計画です。 ということは…? そう、主に左側の用地が、確実に都に買い取られているのが分かります。 そして、さらに一つ「謎の」新青梅街道の名所が…! モノレールが走る計画が進行していたんですね! もはや「謎の」を接頭語につけるのが暴挙になってきました~! お伊勢の森神明社(しんめいしゃ)、 これ、「神明社」が神社の名前で、 「お伊勢の森」が愛称なんですね! 江戸時代に火事で焼け、由緒はわからなくなっているそうです。 ちなみに、神明社は神奈川県に多数ある神社だそうです。 その一社かもしれません。 あるいは江戸時代は「大神宮」とも呼ばれていたそうで、 神奈川の神明社とは無関係かもしれません。 そして、もう少し先の国道16号手前で 青梅街道と合流して新青梅街道は終了です。 謎の新目白通りとか謎の新青梅街道とか言って申し訳ありませんでした…! 「謎の」をつけるのがデスペラードとなってしまいました。 謎の新目白通り、ここまであったのが ・都電荒川線
・おとめ山
・トキワ壮 そして、謎の新青梅街道は ・野方駅の商店街
・スカイタワー西東京 ・プラネタリウムの多摩六都科学館
・東京の水源、東村山浄水場 ・多摩モノレール延伸区間 と、東京の暮らしと歴史を知るには最強の観光地… かもしれない路線だということが分かりました! まさか、住宅街だと思っていた路線に、こんなに見どころがあるなんて… こんな感じで、のんびり、ですがしっかり地理雑学お届けします。 次回も気になる方は、チャンネル登録しておくと、 お勧めに表示されやすくなりますよ~ 次回は阪神高速3号神戸線の走り方です。 大阪と神戸を結ぶ主要都市高速で、渋滞も全国ナンバー1の路線です。 流し見で大阪と神戸の道路地理が頭に入って来ること間違いなし! 小さな地理雑学も、積み重ねると壮大な何かが見えてくる…! 気がします。 ではでは、動画のご視聴ありがとうございました。 なつきがお送りいたしました~。ばいば~い。
動画を最後まで見ると、新青梅街道・新目白街道が単純な住宅街路ではなく、「昭和の東京人」「現在の東京人」の暮らしを体験できる観光名所になれる道ということが分かります。
関東地方、東京都西側、文京区から瑞穂町へ走破しながら解説します。
○謎の街道6名所
〇トキワ壮
〇哲学堂の宇宙人
〇「人口分析」「古地図分析」
以上注目!
■■以下雑学、地理案内一覧
【道路地理】東京都心のリバーサイド!スタート0:14
【鉄道】謎街道1:都電荒川線2:45
【中世史】おとめ山3:50
【地形】落合とは?5:05
【道路地理】新目白と新青梅6:01
【観光】謎街道2:トキワ壮6:29
【観光】哲学堂の宇宙人・エクナトン7:35
【商店街】謎街道3:昔ながらの野方の商店街8:36
【文化】都立家政の由来は?10:10
【街道】中杉通りの由来とは?10:50
【古地図分析】新青梅街道が通る練馬区の昔はどうだった?12:29
【人口分析】東伏見駅周辺、突然マンションが減るのはなぜ?14:09
【交通】新青梅が田無で4車線に増えるのはなぜ?16:45
【観光】謎街道4、5:スカイタワー西東京、多摩六都科学館17:52
【街道】府中街道の歴史、いつからあった?21:17
【地形】東村山浄水場と狭山丘陵の地形。なぜポツンと山なの?21:48
【古地図分析】東京街道とは?青梅街道はなぜカクカク?22:55
■■以下交差道路一覧
目白通り
外苑東通り
明治通り
山手通り
中野通り
環七通り
中杉通り
旧早稲田通り
環八通り
千川通り
富士街道
伏見通り
保谷新道
所沢街道
小金井街道
新小金井街道
府中街道
青梅街道
芋窪街道
羽村街道
■地図を確認したい方はこちら
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=1M3lwm3oNy0ifcyUFwO_hxuxigIghUdw&usp=sharing
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トップページ
https://www.youtube.com/@kuwashimeDrive
動画一覧
https://www.youtube.com/@kuwashimeDrive/videos
東京の環状線
東京の放射道路
関東の動画(東京除く)
地図から動画を探す!
https://www.google.com/maps/d/edit?mid=1CTO9EbrbkG5vXeoxOar4W49MiwxAGC8&usp=sharing
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6 Comments
新青梅街道の起点を見るために新宿駅西口から関東バスの丸山営業所行きのバスに乗りました。落合南長崎の所で目白通りが新青梅街道に繋がっていて、新目白通りが練馬方面に繋がっているのがよく分かりました。
「読み間違い、言い間違い、変換間違い、書き違い」など出来るだけ無いよう心がけていますが、なにぶん雑学や画像の量が多く、一週間以内に動画を出したいため、デバッグ迄時間が十分取れていません。
当チャンネルの情報を他で発表するときなど、皆様でもう一度チェックをされることをお勧めいたします。
あと、間違いを見つけたらコメント欄で皆様と共有お願いします! あと、足あとにコメントも残していってくださいね~
バグ指摘失礼します。
16:46 所沢街道は都道4号だと思います。
(16:44 に映ってる青看板に4って書いてあります。)
その昔、石神井公園から日本橋まで車通勤してたので懐かしかったです♬新青梅から新目白でした。当時20年位前からあまり変わってないかな?都電と並走すると嬉しかった思い出があります♬
こうやってみると新青梅街道結構長いですね。放射7号線がちゃんと開通したら新目白から目白通り、そして伏見通りへと走ってみたい
東村山出身で、今は区内在住です。学生時代、免許取りたての頃
嬉しくて東村山の実家から新宿までドライブに行ってました。
新青梅+青梅街道ですね。土曜日の新青梅は大渋滞して
新宿まで2時間かかったのも懐かしいです。
すでにペーパードライバー歴、20年になってしまいまして
運転できません(笑)