【廃墟巡り】静岡県の伊豆にある奇妙な廃ホテルを見にいく #廃墟 #静岡 #街歩き #伊豆 #観光 #満州

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今回は伊豆の伊東にあるムクデン満鉄ホテルの廃墟を見に行きます。

いやいや満鉄ホテルとは何だと。南満州鉄道ってもうないだろと。きっとそう思われたことでしょう。まぁ「満鉄」に関しては勝手にそう名乗っていただけなんですけど、ここは旧満州国出身者たちが昔を懐かしむための場所だったんですね。

【Mr.Amano’s channel】
静岡在住の原付ライダー。学生時代は東京で過ごしたため馴染みが深く、神奈川や東京をはじめとした関東方面へツーリングに行く事も多い。愛車はホンダのスーパーカブとタケオカ自動車のアビーキャロット。アビーは四輪車のくせに50ccというイカれた乗り物。
現在は諸事情あって失職中。せっかく暇ができたからこれまでのんびりやっていたYouTubeでの活動に力を入れてみたところ、熱川の廃棄動画が当たってまさかの収益化基準達成(現在審査中)。しかし次に繋げる方法がイマイチ分からなかった為、マーケティング業界で働く友人二人の助けを借りて試行錯誤中。

【廃墟探訪】
基礎体温の低さからくるスタミナ不足に悩まされていたので体力作の一環として山登りを始めた。しかしいつの間にか廃道歩きにシフトしていき、気付いたら廃墟を探す事が目的になっていた。
バイクや車で廃墟や廃道へ向かい、そこか見出せる自然と滅びの美学を発信し、視聴者の皆さんに非日常感をお届けできれば幸いです。たまに変な観光地とか変な地形の場所とかも配信するかもしれません。

【カメラ機材】
GoPro HERO9
GoPro HERO4

【編集ソフト】
ゆっくりムービーメーカー4

27 Comments

  1. まだ営業中だった頃に、友人と泊まろうと話していた事を思い出しました。確か、当時は老夫婦が経営されていたと記憶しています。結局、泊まらなかったんですが、今から思えば泊まっておけば良かったなと感じます。内装も本当に満州にあったホテルを再現していた様で、そういった資金はどこから調達したのか、結構不思議なんですよね。根拠は無いですが、満州引き上げ者でその後、政治家、財界人になった大物が支援していたのかなと個人的に感じています。実は友人のお祖父さんは、戦時中、南満州鉄道に勤めていて、戦後は元々働いていた国鉄に戻った異色の経歴を持った方でした。もしかしたら、何らかの繋がりがあったのかなと思いました。

  2. こんばんは♪
    また、熱海で嬉しいです。
    ここは、満州に行かれた男性から、聞いた事ありました。
    ご説明の通り満州、満鉄関係者の為の慰労と弔いの意味で作ったと話されていました。
    だから、あの塔も満州に向けて作ったと。
    満州にいかれたかたの保養所みたいなものだったみたいです。
    でも、中国はあっちではないですよね。立地上しょうがないですが。
    通るたびに中国はこっちだっけ⁉️って思ってます。
    向きは違っても中国で亡くなった方に弔いのお気持ちがあったようです。
    今日もありがとうございました。
    次も楽しみに待ってます。

  3. よく見つけてきますね!凄い!火葬場の後に建てたのかぁ〜。なんか色々と実に興味深い👍

  4. 私の曽祖父にあたる人が満州鉄道に勤めていたと聞いた事があります。また、亡き伯母は満州で生まれたそうです。まさか伊豆に満州に関わるものがあったとは…勉強になりました。ありがとうございます😊

  5. また謎施設が明らかになりました👍
    墓地が廃墟化したのかと思ってました。ホテルがあったのは知りませんでした。近所のお婆さんが満州出身なので、今度会ったら知っているか聞いてみます。👋

  6. 時空旅人という雑誌の2018年7月号に明治日本鉄道紀行という特集がありました。満鉄に関する記事も掲載されていました。バックナンバーを見れたら参考になるかもしれません。

  7. 配信ありがとうございます。昭和恐慌の時 満州へ行こう❗ 一旗あげよう❗ 豊かな土地 豊富な食べ物 をスローガンにして…夢を抱いた人たちですね。

  8. 中々、終わり方がいいですね。
    次の動画が気になります。
    天野さん歴史が好きですか?

  9. 1945年に20代だとしたら、今は100歳前後。
    泊まったことのある関係者もそれほどご存命ではないでしょうね。
    確かこのホテルの後ろの斜面に満州に関する碑があるはずです。慰霊なのか思い出なのか覚えていませんが。

  10. とても興味深いですね。
    満州について色々当時の方やお子さん達へのインタビューで、詳細がわかる本、佐野眞一さんの著書「甘粕正彦 乱心の荒野ーコウの字はワードに無し」
    に、丁寧な取材で描かれています。
    もっと知りたいと思って当時の写真を検索したり、こういった建築物は多いですね。
    小澤征爾や赤塚不二夫、なかにし礼などの感性豊かな方達は少年期を満州で過ごしました。

  11. 一つ訂正すると満州は中国とは別の国であり歴史を有する皇朝国家っだったのですよ
    漢人は満州を蛮族国家といっていたんです。

  12. 昭和20年に20代の人は100才代です。幼児で80代です。10代なら90才代です。

  13. 5:09 訂正:すでに多くのコメントでご指摘を頂いてますが、動画内で説明した満州出身者たちの年齢の計算が大きく間違っておりました。

    1945年時点で20歳の方は、もう99歳か100歳ですね、、、

    間違った情報を垂れ流してしまい、大変申し訳ありませんでした。

    。・゜・(ノД`)・゜・。うわぁぁぁ〜ん! 算数きらぁ〜い!

    アマノは単純計算が大変苦手です。電卓を使っても、引き忘れ・足し忘れ・数字の打ち間違えなどで間違える事があります。

    学生時代は式だけ正解で計算を必ず間違えるため、全問部分点で赤点をギリギリ回避していました。だからマークシート方式だと0点です。

  14. B級スポットで有名な故荒川聡子さんのホームページで宿泊した際の記事を読んだことがあります。
    オーナーのご主人のお話が結構詳しく書かれていました。
    荒川さんの死去と共にホームページは消滅してしまいましたが、今でも記事のアーカイブを見ることができます。
    もしまだご覧になっていないようでしたら是非。

  15. 震災後に伊豆の職場で、お父様が満鉄勤務だったとか、満州で生まれとかいう方々に時々お会いしました。お元気なのかなとふと思いましたが、あれから10数年…。長谷観音…イタリアみたいな明るい陽光しか覚えておらず残念です。

  16. 亡父は一時、一家で奉天に住んでいたそうです。

  17. 網代じゃなくて、伊東市になるんですね。
    いつもこの前を通るときに、慰霊塔がそのままになっていていいのかなぁと思っていました。
    瀋陽に研修で行ったことがあり、柳条湖の9・18歴史博物館にも大連の203高地にも行きました。
    物静かだった外字弁公室の通訳スタッフが、人が変わったかのように大きく荒々しい声で歴史を説明し始めたことを覚えております。

  18. 本日(2025/1/11)に熱海在住の友人と伊東方面に車で遊びに行く途中で突然この建物が現れたので「あ、アマノさんの動画の建物だ!」と思ったのですが、一瞬で通り過ぎてしまいました。
    でも実際に見られてちょっと感動しました。
    いつも興味深い廃墟や場所をご紹介いただきありがとうございます。
    今後も動画を楽しみにしております。

    危険なところに行かれることも多いようなので、お怪我には気をつけてください。

  19. 満州鉄道が日露戦争の賠償であったとは知りませんでした。

    教科書にも載っていない歴史を知る事が出来て面白いです。

  20. 大連で見てきた旧満鉄病院の近くの旧日本人住宅の外観の特徴がシンプルな中にしっかり再現されていて思わずハッとさせられました。

  21. たった20年間だけの営業だったんですね、是非内部を見てみたかった。
    ひっそりと営業していたのかと思うと何となく切ないものを感じます。

  22. 地元です。恥ずかしながら全く知識が無かったのでとても興味深く、勉強になりました。ありがとうございます!

  23. 熱海市下多賀に住んでいます。国道135号線を熱海から進み、下多賀⇒網代⇒2番目のトンネルを過ぎると出た右側にこの建物があります。大昔から気になっていましたが、この動画で概要がわかりました。ところでこの下多賀にも当時満州に出稼ぎに行っていた人が多かったと聞いています。小学生の頃、付近の大人達が、別れるとき「ジャア ヨウ」と言っていました。最近になってこれ中国語で、「加油」(元気で)という言葉発音だと知りました。きっとこの地区の満州帰りが、向こうでの言葉習慣を使っていたのではと思っています。

  24. 凄い!感動!ずっと知りたかった建物だ!私は静岡によく行くのですかこの建物は宗教関連と思ってました。静岡の廃墟。いいですねぇ。好きすぎる!

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