【日本唯一】【クラファンやってます】青函トンネル記念館 Memorial museum of Seikan tunnel

前のなじみルテのチャンネルタの道谷です さて世界1のですね海底トンネルだった 青函トンネルここのですね実工事現場あと ですね見学する施設かた先にございまして やってきました前回ね見たかったんだけど もちょうどねタッチのさで見ることができ なかった場所でございます間トンネル 記念記念館駅ですかこちらをですねなんか を見していきたいなという風に思いますの でよろしくお願いしますよろしく頼もぞ そう前は本当の暴風で本当にね台風のね うおここがでございますて言いながらです ね叫んでたところでございますけもえ後で 動画を見返してみ何のこっじゃない風が すごすぎてです ね音声入っていませんでしたなんてわけの わかんない状態になってましたけどもえ ここは今日はねそんなに風が強くもなく ちゃんとですねこの記念も開業してござい まして入ることはできますでこちらが 入り口でございましてここはねタピ車高 鉄道と言いましてですねこっからケーブル 間を渡ってですねタピの海底まで繋がっ てるということます後で行きましょう ひとまず駅に入っていきたいと思います 展示ホールきましょう かということで海面下140mの世界です ねここはケーブルカーの出入り口になって います時空のか結構楽しみですよこれ はうん結構乗る人いるんですねやっぱり 人気あるんだなここですね1回配線台の機 があったんですけどもクラファンツ乗り ましてですねなんと首の川1枚繋がること ができましたそしてこういった色々ですね 青函トンネルのえ豆知識こういったのを ですね見ることによって待ち時間を軽減 することができ ますぶすだこれ 工事現場らしくね音はすごいですよ結構騒 立ってますどかっこ いい地下140mまではケーブルからにて おりますが地下と地上では空気圧が異なる ためか油圧で開閉する大きな扉を開けて 地下へと進みます先の見えないトンネル ですこれが地下140m海の底を切って 作られていますこれで持って業式材人員を 輸送していたと思うと世界最長海底 トンネルの調査掘をした歴史の重みを感じ ますここに来るまでの途中眺めた青函水道 の看板からここにトンネルが伸びてきてる わけですかなりの距離を掘り進んでるわけ なのでここに来れただけでも喜びはひし ですケーブルの隣には階段まさかこれで 持って登りよりしとったんかと思わせる ひたすら続く階段です日本一のモ駅度合も びっくりの弾数です何段あるんでしょうね おそらく非常用の設備だと思いますが おそらく本当に徒歩で利きしていた可能性 否めないかと思いますうもちろん乗って いるのは工事用車両なので無骨そして 乗り心地は本当によくよれ悪かったです などガこんなの聞いてないよ今となっては 観光用アトラクションですがありのままの 姿でトンネル工事がいかに過酷であったか を擬似体験できるため貴重な乗り物です約 7分地下駅に近づいてきましたあれ右の方 に分岐器が残っています色材を反出入する ための横行線なんでしょうかねまあまあ 深いところまで線路が繋がっていそうです 大きな音と振動の中到着タピ停点です今は 廃止されましたがここにタピ海底駅が存在 し万が一の避難場所として現在でも機能を 保全されていますそうこのケーブルカーが 避難用の車両この車両維持引用を演出する ためにクラファ乗ってましたが無事に目標 金額を達成しめでたく保守費用を年できた 未来で一安心です 作業行動校というところでここからですね 要はトネの先端を掘っていくて形になり ますまずここでですね要は様々な色材と いうのを誘導してえそしてトンネルのです ね要は元になる部分を掘っていきますそっ からですね要は本港と呼ばれるものを掘っ ていきますのでこの作業口がですねすごい 大事になってきます様々な色材をです導入 しなきゃいけないあのケブルは元々その 機材を下ろすためのものです自転車なんか あったりとか台車があったりします移動は 大変なので歩きじゃ厳しいんでしょうね こうやってちゃんと自転車がね置いてある のはいいですねここがそのこっから先のは 体験行動に入りますこれより内ご案内し ますここはレールですねこれは作業 トンネルを掘る時にくする時にですね要は 出たトンネルの土これを排除するために 使うトロッコをですね運搬するためのレル になります未だに残っています剥がすこと はないんでしょうねえそして結構温度はね トネの中らしくひんやりとしていて結構 地下水がねすごく染み出してきてますねお なんかお魚がねここいます面白いなこんな 魚がってんだ すげえブカから見えた分岐したところに なりますで出発する前に横の黄色い作業車 で資材とか運ぶのに使いますでこの下流れ ているのはトンネル内に進行にていう海水 なんですけれども毎10個以上は染み込ん できていますでこの染み込んできた海水は 今テーブルカーで降りてきたトンネル車高 と言いますで右側は4方の配管でまた海の 方に戻していますでその一部は風の洋食と あと水力発でにも利しておりますで反対側 1本の配管は万が一の火災のために消化用 の水が入っていますで天風が今降りた ところからまだ500m下まで伸びてまし てあの地質調べるためにほれた精神動向に つがっていますでこの精神動向と太陽光 本校3本のトンネルは北海道までつってい ますでこちらあの正面のもちっちゃい トンネルになってますあのすぐ行き止まり なんですけれども当時火薬を置いてた ところにな ますこれコンクリート吹き付けてそのまま ですねちっぱなしになってい ますそしてあそこの小さい穴がにご案内し ますちょっと入り口の本でくなってますの で足元常に気をつけてく あっちがね元か湖だそうですバグ薬をね そこに保管して そうでここがその体験行動の 場所ここは狭いですよねまここが要は最初 に掘り進むまあの1発目のトンネルになり ますのでどちらかというと希望は小さめ そこで地質調査をした上で本当に本当の トンネルをるがどうかを検討しなきゃいけ ないためあえてこの作りはコンパクトにし てるそうですおこれが作業用者ですね トロッコ ですでこの中8枚のパネルに分かれてます ので各パネルをと放送に合わせてゆっくり 進んでいきますで帰りにはこちらの方通り ませんのであのお写真撮りながらゆっくり 進で くださいでどうぞ最初のパネルになります 海底を掘りトンネルを 作り青函トンネルは実に海面下から1番 深いところで 240m海底トンネルの長さで23kmに も及んでいるの です紛れる海水崩れ落ちる月をどのように 防いできたのでしょう かトンネル工事で一番大切なことはまず これからフロンドするところの地質がどの ようなものかをしっかり調べることにあり ますこれらは列車が通るトンネル 本校本をるために作られた [音楽] 左光そして地質を調べ本工事を導く先進向 のトンネル工事におけるの必だったのです じゃどうぞゆっくりこれからご案内する この体験行動は青函トネ工事に実際使用さ れたルですご覧いただくのは今に使用され た電車や宿席関から様々な業務や混 ですトルがどのように来らたのかを知って いただくとともにコーの様子をおりえて いただきながらごゆっくりお気みください 今 [音楽] 堀定番トネルの自作の工事では小型の宅機 を使って少しずつ決めて 方法ダイナマイトで爆破する [音楽] 方法最近の機械によるく トネボーリングマシン候補など様々な技術 が使用されました検討に点灯を重ねて決め られていったのですここでご覧いただくの は京内や口の圧力で中のトネが押し出さ れるのを追いするロックボルトや 四そして掘り出されたスをブリなどくの際 用いられた機械や技術の です大の先にぎ必し先進行 ですはのに近い状態でってい ますこんでこんなんで掘る んすがに像がきますねでも昭和56年には ついに 250mの異的な世界新規力を達成し [音楽] たボーリングでここのトンネルが掘れるか どうかを検討できる とスピードですねトン 魚あです よ 青函当然氷で実施された精神ボーリングの 総数は270校12番定分にも及んでい ます外人で片で補強する 900Tの圧力の支が和っておくと大きな 事故につがっていきますではどのようにし てこの危険な和水を止めて安全に工事を 進めていたの でしょう材料はセメントミルクと水ガラス を混ぜたもの手はどんなところでも同じ ものでいくのでしょうかへ地質の良い ところ悪いところなど力に応じて具合に 調整するん です初めはベテランの美術の目に頼ってい ましたがの開発で1台のポンプで変化さ せるダブルコントロールポンプが完成し まし たこのように手作りの技術が一歩一歩進ん で青剣トンネルの技術の中でも最大の武器 として注入技術は活躍したの です掘った直後を重ねる吹き付け コンクリート正解トンネルの大きなも凝っ た直後の緩みや崩れをどう防ごうかと優点 にありまし たそこで採用されたのがまだまだ開発の 余地のあった型枠を必要としない コンクリートの技術だったの です吹き出し口から出た直後急速に固めて 表面を覆うためには太陽のコンプリートを 使用し ますそのため何度も試験を行いついに風人 量を少なくすることやコンクリートの 跳ね返りを抑えるなどの大きな利点を持っ たSEC吹き付けコンクリートの高度な 技術が完成されたのです吹き付け機から今 にもコンクリートが飛び出してきそうです ね全下がれ異常 出水りました中でも4回目に起きた 5154年5月6日午前3時吉岡佐陽光 4588Mの位置でマ0.5Dの水そして 10時間 後ダと大きな高温と共に 公開丸のようなで引き出す前に85Tの大 の水で ある鉄の非常水門を放棄そして 待機作業行 301m本校1381M 水しかし幾度となく止まってしまう今にも 寝をあげずトンネルの中をボートで進み 配水さぎを行った男たちの勇気と根性に よって68日間に及ぶ過酷な戦いもおわり ます た岩石や土車の除去に5ヶ月の日時をつい ますこれ以外出水対策設備が全面的に 見直されその後一度の事故もなく車両が 進められたの です世界の頂点に出す トンネル本校 工事本校のトンネル工事も様々な方向が 開発さりますまし たまずご紹介するのは中央定説同行先進上 半田園高校 です企画的安全し地質でワキの少ない場合 に持ちのので最も小な方法 ですそして上部半田弁精進候補 です比較的短いトネで地質を大船同行な 場合に持ちます 次に西陽高校とに呼ばれ自慢の良いところ や悪いところでも切りられた大々の広い 高校側壁走行全身道関山面高校 です地圧が特に強い想で持ちられた円形 小都電 工法さらにドアが強大な場所でついられた 終点道行精進連ショートベチ高校などが あり ます現在も各でトンネルが来られています が後方の多くはこの青函トンネル行為で 培われたもので日本は元より世界の トンネル技術の発電に大きく貢献したの です青函トンネルって相当安不審なんだ トンネ言と悪いけどかなりコフトダウンさ れてるってことですよ [音楽] ね 朝と通に紛れた作業員の顔と 顔男たちの相談でロマン青函トンネルは 調査開始から40年を受けて昭和60年3 月10日夢に見た本校貫通の時を迎えまし た クラファンしてくれた協力協力者ですね この方々が名前が刻まれて ますえはこちら昨の向に見えます小さい鉄 の風の門と書いて門と言いますでこの門を 超えて400mほど進みますと現在新幹線 と貨物列車が走っている方向につがって ますで以前は脱皮回転域と呼ばれていた ところなんですが現在はタピ停点となって おりますでトンネル内で万が一あの事故が 発生した場合は乗客の皆さんその風を通し て先ほど乗ってきました京風化あるいは横 に並行してあります階段を使って地所の方 へ避難することになりますあの北海道まに は吉岡全面とありますのでどちらが近から ことになり ますじゃあのこちらの方でお写真がりまし たらりのご案内しますの でこの先の扉からですね開けるとですね要 は本行今の現在の青函トンネルに繋がって るっていうことでございましてここをたっ て避難してくるということでございます これがその立日海底 駅こういった形でですね写真が展示されて い ます でこれでツアーは終わりでございまして ですねこっから先は登って行ってですね 地上にえ向かうと形になりますいやでも こんなん見ることはねなかなかできないん でこれはねいい体験になりますよ本当海底 トンネルのね下見ることなんてなかなか ないですからねでしかもすごいことに こんな地下なのにですねここは携帯の電波 がバンバン通じます緊急自体もあるので おそらく多分携帯の電波が繋がように設定 してるんでしょうけれもこれもなかなかね ありがたい取り組みですよ ねまとにかくありとあらゆるところに トンネル掘ってですね地質調べてえそして トンネルが掘っていくとまさに石橋に石橋 を叩いて 分かるこれはねすごい日本の技術ですよ 日本の土木技術世界われてますがまさに この世界をね象徴するような建造物で ございまして これはすごいすよねこういった網の目の ようにトンネルハミングされてますんでま 万が一これ核戦争があったとしてもここに 逃げとけば絶対助かるんだろうなっていう ことだけは間違いなく言え ますそしてケーブルカー は来てるのか ななんせねこの青函トンネル最終的に避難 するために車をですねトンネルの下通して え そして吸出をねすることがね可能なぐらい ね広いねトンネルもあるんですよねそれ ぐらい巨大な設備であることをですね我 知ることができてねとても面白かったです たから吉岡までの距離を示してます ね地上まで1329徒歩で20分かかると いうことになってます歩く さて貴重な経験をさせていただきまして 先ほど乗ったケーブルカー帰るのが名残り 惜しいかのようにゆっくりと停車し ます 何さて下から眺めるトンネル出口ははか先 にある見え へん あこれを閉鎖し切ってからドアを開けるん ですねおそらく多分下に風が入らないよう にする仕組みです ね結構厳重 です [音楽] このトンネル は模型です [音楽] ね青函トンネル の小さくした模横に展示してい ます結構急ですよ青函トンネルの構自体は 1923年だから100年前からあった ちゅうこと か相当長い時間かけて現実に至るこの現実 にですね至るまでの努力は凄まじいことを ですねここのミュージアムはね教えてくれ ますいやこれはすげえな本当 にまさに生涯はかけて行った大事なんです よ ねがそのトンネル の アチほんまものトンネルとほぼ同じ大き さらそうでございます でかいこれ模型なんで実際にこれ急坂に なってますけど実際はねすごい緩やかな 坂道です大体12バミルを維持して要は ここの底まで行ってですねまた上がって くれるようにですね実は作られてるんです ねこれはトンネルのですね測量でござい ます北海道とレーザーでですね要は測量 機器 をこれは測量の機材です正確な測量をする ためにですねレーザー機器を積んだこう いう測量機器を北海道と繋いでですね胃が ないかをですね逐一観察したそうでござい ますなので左右65cm低19cm距離に し て2cmぐらいの濃差しかない高性能 な速度のおかげでですねこんだけプレの ないですね建設が行われたということです よね すげえ さて潜ってきましていやなかなかねいい もんが見れましたよ穏やかな季節にこれて とても幸せですいやね正の大事高から 100年このですね人のですね思いつきま やりたいなっていうことがですね現実化し ていくことをですねしっかりとこの目で 見ることができて現実ね夢をね現実のもの に達成することのですね重要性というのを 改めて認識いたしまして本日の動画ここ まで最後までごご視聴いただきまして ありがとうございますまた次回の動画でお 会いし [音楽] [拍手] ましょう til

毎度お馴染み流転のチャンネル旅の道草才谷です。

青森県竜飛崎、青函トンネルを作る際に使われた遺構でもあり、万が一の避難場所でもある竜飛定点に記念館がありまして、そこに行ってきました。地下140mのめったに見れない観光です。

ちなみにケーブルカーを補修しなければならないようでクラファン募ってます。
【公式サイト】
http://seikan-tunnel-museum.jp/

【クラファンサイト】
https://readyfor.jp/projects/seikan-tunnel2024

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1 Comment

  1. めっちゃ面白かったです!
    これは自分の目で実際に体験したいので行ってみようと思います

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