アーティスト・リレー・トーク:井田大介、地主麻衣子、ティナ・エングホフ、チャ・ジェミン、エヴァン・ロス|遠距離現在 Universal/Remote

はい皆さんお待たせいたしましたと私は 国立新美術館え研究員のゆんと申します 本日新行役を務めさせていただきますそれ では最初に館長のえっと大阪えり子からの ご挨拶になり ますえ皆さんこんにちはえ日曜日お集まり いただきましてありがとうございます 遠距離現在ユニバーサルスラッシュ リモートというこの展覧会のタイトルから 皆さんはどういったイメージをお持ちに なるでしょうかこれはあの元々ある言葉で はなくって作られた言葉ですえこの展覧会 は今あの司会をしているあの当間のユ学 原因が2020年の本当にあのえ新型 コロナウイルスが世界中に蔓延した パンデミックのまたな中でえ した展覧会ですえこの3年間え私たちは 海外に行って調査をしたりそれから海外の アーティストが日本に来て事前打ち合わせ をすることはできませんでしたまさに リモートを使って遠距離であっても今 私たちがそこにお互いいるかのように えオンライン会議を続けたりEメールを 送ったりしてえこの展覧会を準備してき ましたえ私がこの美術館に着任してからえ こうした現代美術のグループ点を開催 できるのは初めてですそしてえ参加の アーティストの皆さんに来日したい国内外 からまあの来日してまたはえ東京以外から もいらしていただいてえ国立新物館にえ 一動が通うことができるのも初めてですえ 今回参加してくださったアーティストの皆 さんはこのパンデミックにによってえ激変 した世界を予見したり読み解いたりそして え分析し たり様々な私たちに多様な見方を与えて くれますえ残念なことに世界では対立や 移民の問題や戦争が絶えずえ私たちの生活 の未来を描くことも難しい時代に直面して いると言わざる得ませんえそうした中でえ 私たちはこれからどう生きていけばいいの かそうしたえ視点そうしたえことに関して アーティストの皆さんが今回の展覧会で 展示紹介してくださる様々な作品は何らか の示唆を私たちに与えてくれるのじはない かと期待しておりますえ今日はリレー トークなので長丁場ですけれどもどうぞ 最後までえ行していただけると大変嬉しい ですどうぞお楽しみ ください えっと続きましてえっと本展覧会の タイトル遠距離現在ユニバーサルリモート というタイトルについてのまま本店におけ るステステートメントとしてあのそう込め られていう意味を皆さんにちょっと 読み上げた後に短くあご挨拶してえっと井 さにパスしたいと思いますじゃああの 読み上げ ます本展覧会本展覧会のタイトルえっと遠 距離現在ユニバーサルリモートについて ですえ本店は日に日に暴挙の彼方へ 遠ざかるほんの少し前の3年間の パンデミックの時期を現代美術を通して 振り返る展覧会でございます今の時代を 生きる私たちにとって通作を感じることは えこんななことでありますですがその地理 的な等差というのは決して打ち消すことが でませんこの中では2mというえという そういった距離が設定されましたがそれは 末が届かない等差というものを確保する ためでしたあるいは入国制限や渡航禁止に よって国家間の等差というものも露呈し ました停滞した物理はえっと地球に住む 私たちに等差のえっと認識を改めて 突きつけました普段は見えなかっただけで えと意識に登らなかだっただけで元々 遠かったっていうことをこのパンデミック の時に認識し直したのですとリモート ワークの定着によって等差を隠蔽あの解消 することには正解しま成功しましたが コロナが鎮静化すると早くも私たちはその 等差の感覚を忘れてしまいまし たタイトル遠距離現在ユニバーサル リモートは常に遠くにやり続ける現在を 忘れないために総合されました本来は万能 リモコンを意味するユニバーサルリモトの 間にそれをスラッシュで分断させることで その万能線にえ楔を打ちそのユニバーサル な世界とリモートな個人をあ露呈させてい ますコロナを経て私たちが認識した等差の 感覚そしてまたえ今なお遠くにいる それぞれえ生きているそれぞれをえっと 認識することはとても重要なのではないか という思いがこの題名にめられています まあま今読み上げたようにすごいこう パンデミックというある種ま社会的な テーマで強いまキキュレトリアな コンセプトに結びついている展覧会なん ですけれども今日ご紹介する作家さんたち 作品は主にパンデミック以前にえっと作ら れた作品ですということはこういった社会 的な情勢やコンセプトと関係なくそれぞれ すでにビジュアル的な力 固有の文脈を持っていったということに なりますそういった固有の文脈固有の作品 に内在さする価値と美しさを今日ま皆さん に分かっていただきたくこういうような リレートークを準備しましたのでどうぞお 楽しみくださいよろしくお願いしますそれ では井田さんご登壇お願いしますよろしく お願いし ますえ井田です えっと今回僕は3点作品を出しているん ですけど全部映像作品で えっとガスバーナーの上を飛び続ける紙 飛行機とえ燃やされ続けて倒れるブロンズ と えっと己れのかを燃やしながらどこかに 飛んでいっちゃう気球というえ感じなん ですけどえっとここに至るまでえっとね僕 が元々彫刻をやってたのでえっとちょっと 映像と彫刻かけ離れてるじゃんみたいな 感じになるかなと思って一応そのま彫刻 やってきてどういう風に映像に入り映像と 僕の彫刻がどういう関連性があるのかって いうのをなんとなく理解してもらえると もうちょっと作品として見方が増えるん じゃないかなと思ってその僕の彫刻と映像 の往復の関係性みたいなのを今日ちょっと 話せればなと 思っています でえっともちろん学生の時は彫刻作ってい ましたえっと素晴らしい彫刻を作ってみ ましたえっとねこんなこれ大学生の時の 作品を久しぶりに引っ張り出してきたん ですけどまちゃんと彫刻を作ってい て でなんか彫刻をやっていると えっとま物が目の前にあるので見た時に 大体一瞬で全てを判断してしまうとか判断 できてしまうとかっていうことがあって僕 はなんかちょっとその彫刻のメディアとし ての遅さみたいなところに割と自レマが ずっとあって考えていたことすぐ出せない と かなんだろうなえ作るまでに時間がすごい かかる からすぐに形にならない地連マみたいなの があってまあなんかそれをちょっと解消し てくれる方法がないかなっていうのでなん かその瞬間の彫刻とかアクションと彫刻 結びつけれないかなっていうのでちょっと 映像取り始めてでこれ東京ワンダーサイト ていう昔渋谷にあったところで古典させて もらった時の画像なんですけどそこで えっと映像作品ちょっと初めて出してま これもちょっと時間があまないので流し ますけど8と戯れる映像みたいなのを当時 作っていました結構前です ねでえっとその後 富士市のえ静岡県富士市の芸術祭に呼ばれ た時にえっと映像と彫刻とその今その時 自分が考えていたこととか社会で起こっ てることをうまく結びつけれそうだなと 思ったんで えっとその3輪者に紙のロールをつけて走 るっていうパフォーマンスと彫刻を くっつけた映像をまちょっと作りまし たで神のロールってえっと製品化される前 はこのすごいでかいロールなんですけど これをA4とかA3とかのサイズで切って いくと最終的になんか15cmぐらいの 厚みのあるで直径1mぐらいある紙の ロールが残る残るんですねで静岡のその 富士市をリサーチしてる時にこの紙の ロールが大量に置いてあってなんかこれ 使えそうだなと思ってえっと まちょっと作品に入れてみようかなと思っ たところですでなんか僕が ちょっとこのプロジェクトに呼ばれたのが えっと僕は鳥取県の比村というすごい 2km四方のちっちゃな村の生まれでで そこはその法喜富士って大戦があって王子 精子っていうすごいでかい精子工場があっ て税金がたくさん入ってるすごい豊かな村 なんですけどで静岡県の自身も富士山あっ てえっと紙の生産業で財をなしてっていう まちょっと似たような構造だったんですね ただその富士市は2006年の インターネットが割と大衆化されて 以降なんだろうな紙の生産量とか工場とか の数がどんどん減ってきてて衰退の一途を 辿っているみたいなとこがあってその なんか対象的な地方公共団体だけどなんか お互いをリンクしながら違ったそのあり得 たかもしれない歴史を書き出せのかなと 思ってま神王資源に発展してきた土地が えっと車輪で走りながらその資源を消費し て最後どうなるのかっていうような映像 作品を作りまし たちょっと映像あるんですけどどうしよう か なえっとねま最初 だけ でえ本当に環境が似ていて精子工場があり 国道沿いにイオンが立ってたりと かまなんか藤市の人たちはこの映像を見 ながら藤市のどこかで撮影していると思っ ていたっぽいんですけどまこれ全部鳥取で 撮影していてでそのお互いの村の歴史とか 地方の歴史を横断しながらちょ作品化し たって感じですで神がのロールでかいん ですけど減ってくると軽くなってスピード もどんどん増していってなくなるまでの 消費スピード早くなるんですけどまそこも なんかその富士市の歴史とかこういう僕の 村の歴史とかとかぶってきて面白いかなと 思っ て作りまし た でま最初めっちゃ重いんです けど走ってくうちにスピードが上がり なくなっていくと いう作品ですあれが大線っていうま後期 富士って言われてる富士さんです ね でこれがちょっと気球の作品に繋がって くるんですけどまあなんかそのおれを消費 し ながら走り続けるとか飛び続けるとかそう いうことをちょっと考えながら作品化し ましたで3輪車はあの普通に農家のおばあ ちゃんとかが乗ってる3輪車を買ってきて ちょっと改造したっていう感じですね うんまなんかめちゃめちゃ大変でした 結局カメラマンとこの髪を垂れ流したもの を集める人 とも勝手に走る僕みたいな状態で結局ね 12kmぐらい走り続けたんでもう めちゃめちゃ大変な撮影でし た ちょっと最後 たあまちょっと行きます次行きますで えっとこれさっきのが2016年とか17 年なんですけどその前の年2016年 ぐらいから えっとその映像を取り始めたことによって ちょっと彫刻作品にも変化が出てきてこれ 僕が2016年からやってるフォト スカルプチャーっていうシリーズなんです けどえっとこれは3Dデータで作られてる んです けどなんかこういう一般観光客とかネット に落ちてる画像ブログとかそのSNSで私 行ったよみたいなのであげる画像を大量に 収集してきてそこから3Dデータを作 るっていうえっと作品を作ってて えっと まなんかその僕らって携帯の中とか携帯と かインターネット内にある種その身体性を 何パンか置いてると思うんですけどま そのなんだろうなネット上に置いてる身体 性を資格化できないかなと思ってまず始め たのがこのシリーズでま本当500枚とか 1000枚とかネットから同じモチーフの 画像拾ってき て形にするっていう感じなんですけどま なんかその やっぱバエのポイントっていうか正面が やっぱかっこいいとか横がかっこいいとか それぞれあっても大体そのアップする画像 って似ていて同じ方向の画像が集まり やすくてそっちは改造度が高くなるし もちろん撮影できないとこ穴が開いちゃっ たりとかっていうのでこういうちょっとび な形のま地獄のもんロダン作地獄のもんが できるんです けどえっとねなぜロダン作地獄のも使って いるかと言うとですね えっとえロザリンドクラウスという人が ですねえっとロダンの地獄の門はその発見 された時未完成だったっていう風に書いて いて結局 そのパーツがバラバラな状態で見つかって いるのでえっとねそれをその指示書とか 図面とかに合わせて組み上げたのが今の 地獄のもんの形って言われていてで フランス政府はそれを勝手に7個忠造し ちゃってるんですけどでこれがその彫刻史 的なオリジナルとコピー本物とはなんなん だっていう作品の1番根源みたいなところ があってで僕はそのロダンが地獄のもに 残した可能性っていうのはロダンが死んで いなければ今後医用にも変わり得ただろう なという可能性だろうなと思ってでそれを 僕が続きでないかなっていうのもあって えっとこのシリーズをやってる感じですな の で今800枚ぐらい地獄のもの収集して ますけどえっと画像データをですねそれを なんか例えば今日誰かあげた人がいたら また新しくデータに加えると全く違う地獄 のもんができるっていうで明日また画像 入れると違った形が変わっていって そのなんだろう な永遠に新しいができ続けるで改画像の 解像度が上がれば上がるほど枚数が増えれ ば増えるほど正しいデータにはなっていく んですけどそうなった時に本物っって何 っていうちょっと話とかあと僕はこの辺り でそのデジタルにその唯一1回性のB みたいなアウラって宿るのかなとかいうの も考えてい てえっとまちょっとそういうことを考え ながら制作しているという感じですで ちょっとこれ昨日検索した 画像なんです けどとInstagramで1番いいねの ついてるギネス記録みたいなの画像で検索 してきたらこの2つが出てきてえっと メッシのワールドカップの写真と卵の写真 なんですけどメッシュの方7000万いい ねぐらいついてて卵の画像6000万いい ねぐらいついてるんですけどまなんかその SNS上のいいねの数ってそのベンヤミン のアウラ1回線のB宗教性をまとうB みたいなものとちょっと繋がっていてま いいねの数ってそういうね宗教性とか アウラの資格化になるんじゃないかって いうのをこの時期は考えていまし たでなんか そのこういうなんだろうデジタル画像とか デジタルな作品とかの本物とかアウラとか 結局コピー可能なものなんでまそういう もので何かなっていうのをちょっと考え ながら制作していてでなんかなんだろうな ボードリヤールがあの オリジナルなきコピーのコピーはリアルを 超えたハイパーリアルだってその現代の ことをちょっと言っているんですけど なんか日本だと例えばなんだろう秋葉原の メイドみたいなメイドっていうそもそも ちょっと違った文脈のあるものを秋葉原の 萌えっていう文化とメイドが結びついた 結果メイドっていう謎の概念がどんどん どんどん拡張されて今も進化してるような 状況とかあとなんだろうなぶしとかですね オリジナルはすごいちっちゃい骨 がブッダの骨が何個かあったんですけど いい人が持つと増えて悪い人が持つと消え るっていう特性があるらしくてなんか今 世界に4万個ぐらいあるっぽいですよねだ からそのなんか本物か本物じゃないものか わかんないもの にみんな進行してるの結構面白いなと思っ てまちょっとそういうことを考えながら なんかオリジナルとコピーとかデジタルと かそのネットの中にある身体性みたいなの に形を与えれればいいなと思ってま作って いたシリーズです今もやってますなので ずっとでま形は本当に日に日に変わるので 色々出てきて今50種類ぐらいは作ってる 感じですねでま別の彫刻も色々試して るっていう感じですでこの頃からARって いうその作品のコンセプトと制作方法が ちょっと固まっちゃってるんで展覧会やる のがつまんなくなっちゃって展覧会ごとに ポスターとかにARって言ってその デジタルデータを仕込むみたいなことを やっているので駅で見れたりと かまそのバナーで見れたりとかするんです けどま基本的にこれは携帯電話を通して 見る世界みたい なところで作っていまし たでまなんか色々置きさも色々あっ てそのリアルサイズの地獄のもんを作っ たりとかちっちゃいサイズにしたりとかま これがデジタルのいいとこ悪いとこみたい なのがあるんですけどでちょっとつまん なくなってくるので映像も今なんかこの時 ぐらいからかな2018年とか19年 ぐらいからCGもちょっと導入し て作り出してるって感じですまちょっと 遊びで展覧会のどこかに映像も置いてあ るっていうでこれがソール氏美術館での 展覧会で色々ちょっとフォーマットを変え ながらまそのフォトスカルプチャー作り 続けてるって感じですねでちょっとこれは なんかソルでやった協力オンライン レジデンスのプロジェクトなんですけど ちょっとこれ話すと長くなるんで飛ばし ますで えっとこれがえ東京ビエンナーレの21年 に行われたものなんですけどえっとこれは 主催者側からAR作品作れないかっていう 依頼が来たの でちょっとじゃあARについて考えて みようというのを思ってでARって結局 どういうメタファーになり得るのかなって いうのを思った時 にうんとデバイスを通して見る世界って いうかもうそれ以上でも以下でもないって いう携帯を通して どういう世界を認識しているのかっていう ことだと思ったので携帯というかま何でも いいんですけどパソコンでもいいんです けどでそこから考えていくとえっとね結局 携帯を見てい るっていうことはどこかの誰かに見られて いる状況というかまその監視っていうのが やっぱりキーワードとして入ってきちゃっ て そので風港のいうパノプティコンとかを ちょっと引用してるんです けど今の監視ってちょっとその時の監視と は違って監視されていることを悟られない というか自動で監視されているシステム 自体が結構大事なのでまちょっとそういう ところを入れていければと思ってえっと ARを作りましたこれ新東京ビルってとこ にあって今でもアプリをダウンロードすれ ば現場で 見れるようにはなってるんですけどでなん でサッカースタジアムなのかって言う とえっとこの僕はかーを見るのが趣味なん ですけどま毎週1試合ずつぐらい見てる ですけどそのなんだろうコロナかは無観客 試合ってのが結構多くてで各国イギリスと かスペインとかその映し方が全然違ってで スペインリーグちょっと面白くて観客席に えっとねCGの観客を当てはめるっていう 謎のことやってたんですよで えっとそのせいでなんて言うのかな その現実にフィールドで行われてる試合が 周りのCGの観客に影響されてサッカー ゲームみたいに見えるっていう状況が結構 発生していてでまちょっと左の画像はその 時 のリアルな試合の画像なんですけどで右が サッカーゲームの画像なんですけどまと あんま変わんないみたいなでそのなんか 周りにCGを介入させることによって現実 がちょっと変わって見えるみたいすごい 面白いと思っていたのとこの時期から VARっていうビデオアシスタントレフ リーっていうものがちょっとえ頻繁に使わ れ出していて結局それもなんだろう 360°ではないんですけど半球上の カメラを設置して中をスキャンして るっていう状況なんでその僕がさっき使っ ていた地獄のものを作る時のスキャン技術 とかとも似てるしま世の中スキャンしてる 状態ともちょっと似てたんで そのまそれ自体のフォーマットを使えない かなと思ってさっきのこのスタジアムを 作るみたいな街中にスタジアムをぶち込 むっていうような作品を思いついた感じ ですねでここでそのパノプティコンの語言 になっ たアルゴスパノプテスっていうギリシャ 神話に出てくる男がいるんですけどその人 の話をし時期にしながらえっとまなんか 風船が動いてたりとか色々なアクションが 中で行われてるんですけど話を作っていっ たという感じですでタイトルがシノプテ スっていうんですけどそのさき言って た見ながらにして監視されてるとかなん だろう監視が自動的に行われて悟られない とか あと少数が大勢を監視する監視システム じゃなくて現代大勢が少数を監視する偽物 小屋的な側面があるっていうこととかも 踏まえてそのトマスマシセって人がシノ プテコンていう概念を提唱してるんです けどそれとそのアルゴス パノプティコン いう量のある紙を置いて持ち帰れるように していてこの紙はマーカーになっていて ここからま彫刻が現れるっていうような 仕込みをしていましたでちょうどさっき 言ったけど東京オリンピックやってたんで 東京オリンピックのロゴのマーカーにも 作品が仕込んであるんでえっと多分今でも 見れると思います街中に東京オリンピック のマークがあれば東京オリンピックの時は そこら中で僕の作品が出ていたはずですで はいでこの流れでなんか彫刻作れるんじゃ ないかって ちょっと考えまし てなんて言うのかなその彫刻って流れとか レイヤーと か割と多方面的なことをしづらいメディア なのでただちょっとこの積み重ねでもしか したらそれができるかもしれないというの をちょっと考え出してまず作ってみたん ですけどまちょっと普通の彫刻になっ ちゃったなっていうここ からもうちょっとカスタムさせていこうっ ていうのでえっと最終的にこうなりました でこれ はそのアルゴスパノテスっていう人は複眼 の怪人で常に寝ることがないみたいなこと 言われていてまそれを元にして現代風に風 というか 現代現代のその要素を加えながら彫刻を ちょっと作り始めたっていう感じですね でちょっとこれも説明すると長くなるんで この彫刻はちょっと動くギミックが仕掛け られていて人 のなんだろうな人の存在っていうか人が ある一定の距離に入るとセンサーが感知し て動くっていうである一定の距離から 外れると目が閉じるっていうような仕掛け になってますえっとこれは4月のの中場 ぐらいから青森県立美術館で展示されるん でまもしよければ青森に行って実物を見て もらえればいいかなと思い ます はいでちょっと次なんかビットコインの グラフ出しちゃいましたけどえっとここ からその今展示されてる作品の説明に 入ろうかなという感じですでまず あの気球と神飛行機の作品2つの説明と またぐんですけどえっとあれを考え出した のが2021年の夏前とかなんです けどちょうど多分グラフで見ると分かる ようにあの21年のダブルトップができ てる結構第1次バえっと第1次っていうか 普通に21年のバブルの時にえっと ちょっと考えていてで僕は2017年 ぐらいからそのブロックチェーンと かそのちょっと人の欲望が見え隠れする から面白いなと思って仮想通貨買ってるん ですけどまなんかその 結局非中央集権家を目指して作られた ビットコインとかが大口に最終的に 吸い取られてであまりその経済とか流れを 知らない人たちは養分と呼ばれ結局大口の 要部になって吸い取られるみたいなことが この時期にも起きていたなんでなんか ちょっと面白いなと思って見ていたんです けどでまこの時期というか 結局30年間日本を経済成長していなくて で経済成長推移って書いてありますけどま そのアメリカとか中国も 1980年とか90年とか比べると下がっ てきてるんですけどま日本実質賃金上がっ てないっていうこともありで僕は大学でも ちょっと教えているのでその大学の雇い方 とかもちょっとずつその実質賃金結局 下がってるじゃんみたいな方向に契約が 変更されてるとかいうモヤモヤしている ことも ありなんかそれを作品にできないかなって いう風に考えていましたでなんかちょっと これ関係ない画像ですけどでこの辺りで その土地の購入とかお金を借りてとかって いう資本主義的な実践もちょっと始めて みようと思ってえ土地を買ったりとか ちょっとしてみたんですけどえっとね謎の 税金をめちゃめちゃ取られるっていうこれ 必要なのかっていうのを何十にも取られる のでえっとねなんか誰が得しているん だろうとかいうことを考え ながらで食物もちょっとやっていてこれは なんかマダガスカルの植物なんですけど マダガスカルの植物輸入しながらえっと 管理しま120株ぐらい今管理してるん ですけど管理しながらそのやっぱ移動って いうことがが資本をちょっと僕は拡大させ たと思っていてか多分そうなんですけど 移動と蓄積で植物も移動してきてこっちで 売られとかっていうのとその移民とか 外国人労働者とかの話がちょっとリンク するなと思ってま作品化しようっていうの をこの辺りでずっとやっていてでその時に ですねえっとねこれちょっと昨日撮影して 再現したんですけどアトリエの扇風機で紙 飛行機をつけて飛ばしてるみたいなこう いうのがちょっと彫刻っぽいなと思って えっとまやっていたんですけどこれとなん か この今世の中で起こってるバブル的なこと とか資本のこととかてちょっと結びつくか もしれないって思思ったのが始まりで でその時になんかこういう詩をちょっと見 ていてイギリスのジョンダンっていう人の 死なんです けどまとりあえずどうどうなっても死ぬよ みたいな死なんですけど 結構今の日本っぽいなっていうのを当時 多分思ってい てでこれとまなんかこれちょっと結びつく かもっていうその上昇気流で飛び続け るっていうのとえっとねガスボンベ自体は リミットが決まっているのでいつかは多分 燃え落ちるだろうっていうのとで落ちる神 飛行機みたいなのがうまく結びついたので これちょっと作品になるかもしれないと 思ってちょっと作品化してみましたで飛び 続けるのは今の日本っぽくていいんじゃ ないかというのでちょっと思いついて作っ てみたって感じですでタイトルもその時 読んでたジョンダンこれもジョンダンの死 なんですけど高ために金はなるっていう死 の一部でまこれすごい簡単に言うとえっと こととか物とかって全部繋がっていてあの 誰かのためのトの金はあなたへの村の金で もありますよみたいな内容なんですけどま これとそのの小説の高めに金はなる 最後ちょっと連絡ミス で言っても意味ないこと知りながら死にに 行くみたいななんかそういうちょっと なんかこれやってるの意味あるのかな みたいなことって結構社会で働いてると あると思うんですけどそういうこととかを ちょっと重ね合わせながら他がために金は なるっていうタイトルをつけましたま なんかその誰のために収めてる税金なのか とか誰のための誰がの誰とかこういう時に 結構考えていたんでそういうのとタイトル がちょっと結びついてる感じですでこれは ちょっと別のもう1パターン2パターン 作っていてこれ青山目黒ってギャラリーで 展示した時のま撮影の風景ですね一応こう いう別パターン本数も違うパターンも作っ てたりしますで人が覗いてきたりとか 結構面白い状況ですねあ時間が ないで えっとこれ気球の映像なんですけどこれも そのなんか自分のかとか自分のエネルギー とかなんか その何て言うのか なを燃やし自分をエネルギーとして燃やし ながら飛んでいって最後落ちてくるみたい なものも取りたいと思っ てで気球のか自体を燃やして気球を飛ばし て落とす映像は割と彫刻的だしかつ ちょっと批評性もあるかなと思ってやろう と思いました で当初の想定だ とこれ映像なんです けど飛んで200mぐらい上がって穴が 開いて落ちてくるあなんかすごい綺麗な 映像になりそうだなっていうのを想定して いたんですけど えっと ま展覧会見てもらった人分かると思います けどえっとね飛んでっちゃうんですよねで なんかその僕は作品にそのま最初のフォト スカルプチャーとか蜂とれる作品とか その紙のロールで走るとかってのもそうな んですけどその偶然性みたいなのを 入れ込みたいなと思っていてその自分の力 じゃどうにもなら ない状況だから人が勝手にあげるネット 画像とか街中走ってる時に注意される何か とかそういうことが介入してくるといいな というのでまちょっと映像自体にはそう いう要素を割と入れるようにしてるんです けどこれに関しては落ちずに飛んでいっ ちゃってなんかどうしようみたいな作品に なるのかなとかを割と考えてた感じですで 当時あの資本主義リアリズムとかマーク フィッシャーとかニックランドとか ちょっと読んで てなんか資本主義のわりを想像するより 世界の終りを想像する方が足やすいって いう言葉を気球が飛んでいっていのを見 ながら考えてたって感じです割と僕の人生 終わったかなとかちょっと思いながらはい これは撮影しましたなのでえっと燃えて いるのは気球のかごで過去です普通 にで割とはい一応 ねここの辺り土地持ってる人が全員一緒 だったんで許可はちゃんと取ってやっては いるんですけどストレスがすごかったです で燃え落ちずに飛んでいっちゃったんで なんか当初の想定と違うみたいなことに なっちゃってでまこれも新本主義っぽいか なっていうのを思い ながらただ落ちることを想定して作ってた から飛んでっちゃったこれを作品化する ためにはなんか落ちるもう1個作んなきゃ だめだなと思ってなんかちょっと一昔前 から考えてたその醸造屋さんに通ってる時 に聞いた キキにブロンズをあっためて水で冷やすっ ていうそのなんだろうな塗装技術があって そうするとあの月のクレーターみたいな ボコボコが人じゃ再現できないボコボコが できるみたいな技術があるっていうのは ちょっと聞いてたんでそれを倒れるまで あめたらどうなりますかって いうのでちょっとこれを作ろうという思い ました映像見てもらえば分かるんですけど これもね頑張っても頑張っても倒れないん ですよなんかまそれもちょっと資本主義 っぽいなと思いながら撮影しまし たはいちょうど30分です大丈夫すかね こんな感じなんですけどえっとまなんか僕 の作品の要素としては え昔はちょっとメダ的な視点でなんか紙 視点みたいな感じですごいリアリティの ないこととかもやってたんですけど今は その自分の普段考えていることと社会で 起こってることがどう繋がるかでまその僕 は彫刻化出てるので頭のOSが彫刻なので その映像の中にも彫刻的な要素は入れたい ていうのとま世の中やっぱ偶然性の塊りな ので偶然性的な要素もどんどん入れていき たいというので えっとこういう作品になってますなので 今回はだいぶその偶発的な要素の中からい げた作品たち3つという感じで構成されて いますえっとゆっくり見ていただければ 幸いですはい以上ですありがとうござい まし たあこんにちは地主舞子と申し ますよろしくお願いします と私はあと遠いデュエットという映像作品 をを今回の展覧会で出品してい ますであのこういう穴が出てくる40分 ぐらいの映像なんですけれどもとこれは 2015年にスペインでのレジデンスに 参加した時に撮影を始めて2016年に 完成した作品ですでこれはですねあの ロベルトボラーニョというチリー出身ので あり小説家である人の作品を引用しながら まあのもうボラーニョはあの作品を作った 時に亡くなっていたんですけれどもまその すでにいなくなってしまった人とま対話 あの彼の文章と私の文章を折り混ぜること で対話をするような形の作品になってい ますでなぜこの作品を作ったかということ をまずお話ししたいと思うんですけれども と2011年に日本であの東日本大震災と いう大きな地震と福島の原発が爆発すると いうあの大きな事故がありましたであの 日本に暮らすあの多くの人と同じように私 にとって非常に大きな影響をを受けたま あの事故 あの災害でしてであのその2011年の 事故の後にま一瞬社会があのこの先復興し ていくという中でまより良い社会になって いくようなムードが一瞬あったんです けれどもその後2014年ぐらいからあの 政治的にも社会的にも逆にどんどん保守化 していくような流れがありましたでその時 にあの私はなぜ社会がそういう風になって しまうのかということにあの非常に あのこ困惑しましてであのそれまで私は 日本に生まれてま日本で育ってきたんです けれどもそれまで自分が属してきた社会と いうものに対して特に何のこう疑問もなく 日々生活をしていたんですけれども急に その社会というものがすごく不気味でま 自分がこうアクセスできない不気味な人 たちの集団のように見えてきまして で 一体これは何なのかとこう自分はこの中で どうやって生きていけばいいのかという ことが分からなくなってしまったんですね でその時にあのボラーニョの作品に出会い ましてでボラーニョもと1973年にチリ でクーデターが起こった後にあのメキシコ にまず あの住んでその後スペインに行って最終的 にスペインで亡くなった人なんですけれど も とまあの常にボラーニョがあの描くあ メキシコとかスペインが舞台になる作品を ボラーニョはよく書くんですけれども常に と他者の視点であのそこに属さない人の 目線でそこの出来事を描いているでまた 自分が捨てた祖国チリ自分は地理人である ということをやはりあのボラーニョの作品 ではま直接地理が描かれていなかったとし てもそこについての葛藤が中心的にま主題 としてあるものなんですけれども自分が この先どうやって生きていくのかどうやっ て自分の生まれてき育ってきた社会につい て考えればいいのかどう制作をしていけば いいのかっていうのを考えた時にオラニの 視点というのが非常ににこう助けになった ということがありますなので そのボラーニョと本当はあって話したい ボラニョがどういう風に考えているのか 聞きたかったけれどももう彼は死んで しまっていないのでまあのまず彼のお 墓参りと言いますか彼の骨が巻かれた地中 海を訪れるところから始めて彼のテキスト と自分のテキストを交差させることでま ある種こう対話をここ見るというそういっ た形の作品になってい ますであの自分の作品は とある明確なコンセプトがあってこういう 作品ですと一言で説明するのがすごく 難しくてまいろんな角度から語ることが できるのでとま今回あのま語り方によって こう違う話になってしまうので今回はこの 遠いデュエットについて語るにあたって このようなあのキーワードを出してみまし たで 朗読コミュニケーションの祖語で問い日本 人や日本社会というカテゴリーを一般化し て語ることができるのか日本人とは誰なの か墓というこのキーワードを元に今日の アーティストトークを行いたいと思います であの過去の私の作品を参照しながら語っ ていきたいと思い ますでこれがあのま朗読ということが最初 にあったんですけれどもこれは私が1番 最初に作った映像作品ですで2010年に 作ったもので大学院の終了制作の時に作っ たんですけれどもこれちょっとあの映像の 抜粋を用意してきたんですけれども ちょっと長くなっちゃうので抜粋は ちょっとお見せすることは今回はやめよう と思うんですけもと何をしたかというとと 私が書いたテキストをこの男性にま読んで もらうんですねであちょっとじゃあ流し ながらお話ししようか な簡 対あ対これはあのパフォーマンス フェスティバルに出ないかと友達に誘われ て元々はパフォーマンス作品として作った ものです本当にバーの一角 でまあのちょっとこれバ声してるので編集 してますけれど もこう普通に最初はいろんな人が話してて 音楽も流れててうるさい場所ででその片隅 でま1人の男性がこうやって座ってるとで もある時にバーの音楽が消えてでネオンも 消えて暗くなるでその男性がむに 立ち上がっ てこう 紙を持ってい てでこう何かを語り出すっていうものなん ですけ もの存在 は海のよう ですそれは捉えがいもの です 由でい ますこれはあの彼がまあのガールフレンド とのあのある日の出来事においてま自分が こうびな人間になってしまったっていう ことを感じたっていうようなすごく パーソナルなま告白のようなもの週が内容 なんですけれどくってきましたちょっと あの飛べますねえあすいませあ ちょっとでえっとまパブリックスペースで 語るようなことではなく非常に個人的な 告白ですでこれをあの編集の段階でま男性 の声ではなく私がとボイスオーバーしたと いうそういう作品なんですけれどもとこの ボイスオーバーしたことはまあのたまたま というかあのたまたまこれ最初の映像作品 だったので彼の声が1番大事な声が全然 取れてなくてあどうしようこれもう使え ないかなってすごい焦ったんですけどま すごい色々考えた結果あ自分の声をボイス オーバーしたら作品になるかもしれなっと 思ってでま彼の声だと作品にならないけど 私の声だったら作品になるっていう発見が あってその時に初めてこれは パフォーマンスの記録映像じゃなくて映像 作品になったというあの手応えがでこれ 以降映像を作るようになりまし たで次にあの見ていただきたいのが馬が 近づいてくる音という4チャンネルの ビデオインスタレーションなんですけれど もこれはあのドラマの友人とと対話をし ながら えとその都度ま馬が近づいてくる音とは 何かというのをドラマーの友人と話し ながら何度も馬が近づいてくる音をドラム で叩いてもらうという作品でこれも元々は あのパフォーマンスとして観客がいる中で あの映像撮影をするというそういう作品 でしたで4チャンネルのビデオ インスタレーションなのであの4つの イメージがここに出ていますで馬なぜ馬が 近づいてくる音なのかというのがま馬と いうのが日本語で色々なメタファーになっ てるんですね例えばあの馬車馬のように 働くとたら労働のメタファーだったりとか あと戦争昔の人は馬に乗って戦争していた ので馬が近づいてくる音っていうのは敵が 近づいてくる音かもしれないとかあと男性 性のメタファーだったりとかまそういう 色々なメタファを通して馬が近づいてくる 音を考えたらどうなるかっていうそういう 対話をした作品ですでこれも6分ぐらいの あの抜粋を作ってきたのでそれを見せし たいと思いますそれこのの水では戦争に ついて話してます馬っていうのはちょっと 音量上げてもらっていいですか昔の戦争は 馬で馬に乗っ て戦争してたんだよね例えばその牙隊とか うん あとま戦国武将と かだからそういう馬になんか海が近づいて きた時にまもちろん目で見える目で見ても が近づいてきた敵がれてきたていう見張り をしてる人はもちろんいると思うんです けれどもそれと僕に馬の配分 が近づいてきたらすごい音と振動がすると 思うの今から 自信そういう風 に馬が近づいてくる音っていうのをえれ ないかなと思っ てでそう考えた時 にそう最近結構こう世の中が気なくなった 状態だなって私は思うんだけれど も例えば あの秘密そ法案っていうのが通て通って しまったりとかウクライナとかロシアが 戦争になりそうだとかそういったもについ て でま菊川さんは何か意見とか感想というか 思いみたいなのあります か私はなん だろう あんまり例えば積極的にニュースを見たり とかうんシグ読んだとかうんうんしなくて うんうんま家にはまテレビはないんだけど うんなんかそういう情報がエッとしたら情 もまラジオラジオを結構つけたりとかして てうんうん うんだもちろんそういうのに家に入っては 来てるんだけど うん直接なん あまりそれにね自分のこととしてというか うんうん うん そえ な 例えばま秘密相法案が遠 てま徐々に日本が こう風通し風通しが悪いというかまあ潜在 の本みたいな状態に徐々になっていくとし てそういったことについて特に恐怖感とか もわか ない そうだなこ自分の結切実にそういう問題を うん うん生活の中で うん切実に持ったりしないというかりし ない基本本当に基本的 にだから今そういうっでも うん ピント来いっていうのは 正直例えばどれぐらいの事態になったの ピント来ると 思う そうちま やっぱり知ってる人というか近しい人と いうかそういうところにまで影響がばない とうんうん 思わないかもしれ ない近しい人が例えば死んでしまっ たら危機感を感じる けどそうならないとあんまり危機感を感じ ないとかあんまりリアリティ感じ ないこの今そのまちゃんが言って死んで しまうていうのが戦争うん うんになってるかそういうことそうだね 例えばすごいさんの話になってしまうけど ま例えばミサイルが打ち込まれ て うんそのことに関してその自分の想像力 がなんていう か順々に 追いつかないというかな うんちょっと はっきり見えないとこうん うんそっかそっか うん分かっ たじゃ ちょっともう1回これまでの話を踏まえて プえて欲しいんだけれどもうんちょっと 長めに例えてもらえるかな今まで より うんお願いし ます あ えっと今ちょっと長めにお見せしたんです けれどもこれがあのトイデュエットの直前 に作った作品で結構関連がある作品なん ですねでこれがあの82分ですごい長くて とパフォーマンスで私とそのドラマの彼女 がやり取りした対話とその彼女のドラムの 演奏が一切カットなしで全部流れてるん ですけどこの対話の中にはたくさんのこの 沈黙というかその彼女が答えられなかっ たりイライラしてたりとか何言ってるのか わかんないっていうそういうのも含めた いろんなそのコミュニケーションのそがそ が起こりますでなんで私がこういうことし たかたかというとそのさっき言ったその 震災以後の状況というのがすごく大きくて まあのその放射能が まま実際こうどんどん こう来ている状況で当時その専門家も政治 家も誰もどれぐらいその放射能が出ていて それがどれぐらい人々の健康に影響するの か環境に影響するのかってのが分かんない 状態だったんですで目に見えないしそれで 人に人々によって全然捉え方が違ってそれ まではもう何の不自もなく コミュニケーションできていた家族とかま 自分の1番近しい人ですら例えば福島の 近くの野菜をまスーパーとかで売っている ままあのオフィシャルには食べて問題ない とされているような食べ物を食べても本当 に安全なのかどうかっていうことで意見の そういがたにもう絶対にそこで合意が得 られないというかこう対話が成り立たない 状況っていうのが生まれてしまってで なんか私はその状況というのがあのま震災 以降色々なことを考えたしいろんな形で それを作品にしてきたんですけれどもま これにおいてはその対話が成り立たない 2人の人間がいてその2人の人間が それぞれの意見を持っていてでそこで対話 が成り立つもあるし成り立たないこともあ るっていうその2人の人間が向き合って いる状況それ自体のリアリティっていうの をまあの見せたいっていうそういうような 作品でした でまこあのさっきみたいに インスタレーションしたんですけどでその 後にこの作品を作りますであのこの作品は あのシングルチャンネルのビデオなのでま あの馬の作品みたいにこういくつかの映像 があるわけではないんですがまそこでやっ ていたようなまあの複合的な視点というの が含まれた作品になっていますでまたあの その映像の中で色々な人にインタビューを しているんですけれどもそこでまあの私も 英語がこうネイティブじゃないですしあの インタビューしてる人も英語があの ネイティブじゃなかったりとかその他私が こう謎の質問を吹っかけたりとかするせい であの会が成り立たないっていう状況が まあいくつかあのこの中で起こってるん ですけれどもこれはなんかある種あの対話 が成り立たなく成り立たないかもしれな いっていうことも含めたものと言いますか そもそもこの時私はなんか対話っていうの はそんなに簡単に成り立つものではない その人が出会って何かこう情報を交わす時 に生まれる祖語とかうんうんまなんていう か平行戦の状態が起こるかもしれないって いうそのこと 自体もまあのリアリティがあると考えては いましたでえっとその次に考えたいことが とえっとですねこの遠いデュエットであの 私が最後その日本社会日本もしあのまだ ご覧になっていない方もいらっしゃると 思うんでちょっとあまり踏み込んだこと いうのはあれなんですけどままあの物語が 進んでいくに従ってま私がこう日本社会と か日本人だったらみたいな言い方をするん ですねであのもあの映像の中にいる ガリシアという地方出身のスペイン人の 女性の人にもしそのガリシアの人がだっ たらどういうことをすると思うみたいな 質問をした時に彼女がそのスペイン人とか そういうガリシアdarとかそういうもの を一般して私が彼らはこうするというある 1つの答を言うことなんてできるのかな みたいにこう私にこう意義を唱えてくれる んですねでそれは本当に最もな意見でそう いうこことはあるにせよ私はあの作品に おいてあえてそういう聞き方をしたんです けれどもあの彼女のその意見はすごくあの 最もなことだと思いますであのその後私が その日本社会ということに対してあの遠い ディエットにおいては私たち日本人という すごいざっくりした捉え方をしたんです けれどもそもそも日本社会を構成してるの は日本国籍の人だけではないわけですねで あのそのことについて考えたいと思って 作ったのがこの私たちは死んだらどこへ 行くのかという映像のシリーズになり ますでえっとこれはですねあの5つの賞 から なるまドキュメンタリ的なアプローチをし た映像なんですけどもと最終的なにはこう いうインスタレーションとして見せました こういう形で5つの映像がありますでえと 主題が何かというのを簡単にお話ししたい んですけれどもとまえっと内容的には現代 の日本社会において様々な文化的だったり 民族的だったり宗教的なバックグラウンド を持つ人が亡くなった場合にどのような後 の形があり得るのかということについて 取材をした映像ですでとまずあの東京に あるあの夜中庭園という墓地古い墓地で 無縁になったお墓がどんどん壊されていく 状況でこれは福島県にある私の母方のお墓 についてのま私の家族の話ですねあの母の 葛藤母があのシングルマザーなので日本の お墓のシステムだとまこの墓に入る人は母 が最後になるからいずれこのお墓は無縁に なって誰も訪れる人がいなくなるお墓なん ですで母がこれいずれ誰も来なくなるお墓 なら取っとくべきなのかどうなのかって いうそういう葛藤についての 話でこれは日本に暮らすイスラム教の人 たちが宗教的な理由によって塗装をしなく てはいけないんですけれども日本で塗装 する場所を見つけるのがすごく難しい ですねなのでまそういったことについての 賞でこれはあの第2次世界大戦中に日本が 朝鮮半島をま植民地下してで当時その朝鮮 半島から日本に渡って来られた人たちで その中でも特に長崎で炭鉱労働やえっと 原爆によって亡くなった朝鮮の人たちの 遺骨があのどこにも行く場所がないまま 名前も分からないままも保管されて るっていう状況があるんですけどそういう 名前が ない骨だけがあるっていう状況についての 話でこれは1番最後の象徴的な私自身の 子供の頃の記憶についての章 ですでまその後に あの韓国出身のあの文化人類学者の人でま 葬儀について研究してる人ととトムライト カメラというタイトルで本を作ったりもし ましたこれはあのアーティストとかと文化 人類学者の人何人かを招きしてト氏という すごくセンシティブなテーマをカメラで 記録するということのえっと倫理性とか そういうことについて話した本ですあと マイノリティとマジョリティの話なども 話しまし たでですねちょっと実感がないんですけど これがすごい自分にとって大事な作品なの でちょっと見て欲しくて2分なん でこれちょっと経路が違う作品なんです がこれ動きますもうちょっとでちょっと 音量上げてもらってもいいです [音楽] か もうちょっと音量上げてもらってもいい です [音楽] かこれはえっとコロナの時に作った作品で あのちょっと私いろんな作品を作ってるの で今まで紹介してきたのとちょっと系統が 違うように見えるんですけれどもまあのま 自分の中では繋がってますあの詳しくは 話せないですけどでなんでこれを紹介し たいかというとこれが今あの森美術館と いうところで展示してる作品に直接繋がっ てくる作品 でこの時からその映像の身体性というもの を考え始めまし たちょっと飛ばしますねあでもうちょっと 先ちょっと面白い とこなんか踊ってる人とこういうイメージ がこうなんかスマートフォンを動かすと イメージがこう回転するていうところから インスパイアされて ますで [音楽] えっとはい飛ばしますでですねこれでやっ たことがと今森美術館で展示している作品 に関わってきますでとここでもあの モニターがこう回転してるんですけれども 実はこの話もお墓参りについての話なん ですね一見全然違う作品のように見えると 思うんですけれど も実はさっき紹介したあの私たちは死ん だらどこへ行くのかという ドキュメンタリーのシリーズで私のあの母 の母方のお墓参りの賞があったと思うん ですけどそのお墓参りの後に起こった 出来事がこの話でここで何を語られてるか というと私の祖父の報じの後に不思議なと 夜ホテルで聞くというま私の個人的な体験 が元になっている作品です でまあの色々なやり方を通してま死とかま あのある種その遠いデュエットもボラーに の墓参りから始まるこう亡くなってしまっ た人とどうやって話すのかみたいな物語 だったとも言えると思うんですけれども あのま亡くなってしまったもう違う世界に 行ってしまった人について考えるに いろんな手法でこうやってきたんですが どうしてもやっぱり語りきれない部分が いつもあってでこの作品では全然違う方向 性からまそのある種スピリチュアルな霊的 な方向性からその私たちが生きているこの 世界とは違う世界について思いをはせる ような作品になってい ますでこれは今も展示中でえと3月31日 までやっているので是非あのここから近い のであのよければご覧いただけたら嬉しい なと思いますこんな感じですはい ありがとうございまし たありがとうございました今えっと自さん の古典え森美術館の古典は3月31日まで ですねはいえっと最初の初期のえっとま 語る朗読に関する作品から最近のお墓に 関する作品までその流れがま分かるような もあのこのこちらの新美術館のこの今遠 距離遠距離現在店に出てる作品とあの森 美術館で今公開中の作品2つをあの合わせ てみるとちょうどいい流れが読み取れるん じゃないかなと思います皆さんあの2分 ぐらい23分ぐらいえっと時間があります のでえっとご質問のある方あの挙にてお 願いしますあの私からの質問でもよろしい でしょうかあの最初のま朗読語るそして その月にその語り合うあのコミュニケー ションっていう風にあのまテーマの関心が 映っていてそこでまた語り合う中で コミュニケーションの不全相合が生まれ そこからまもう日本人や日本社会そその間 に大きな出来事があったっていうのが きっかけだったんですけれどもそこから あの視野お墓というテーマにこう興味が 映るようになったなかそういったきっかけ や作品とか出会いとかっていうのはあり ますでしょう かそうですね あのそうですね あのまボラーニョのあトイデュエットもお 墓参りの作品だったんだっていうのは後で 見返して自分もはっと思って当時は あんまりそういう風にお墓をテーマに しようとかそういう風に考えて作って なかったのででもやっぱりこう自分がどう き生きるのかでもういない人もう死んで しまった人と何か自分が今どう生きたら いいのか話したいっていうそういう モチベーションから来ていてやっぱり自分 がどう生きるのかっていうことはやっぱり 死ぬいつか自分は死ぬっていうことと セットになっていると思うのでなんか自然 な流れでお墓についても考えるようになっ たと思いますあとはそのお死っていうこ いろんな世の中にはいろんな出来事がある しいろんな ま不平等とかいろんなことがあるけれども Cはどんな人にも等しく訪れるというか ゼダーとか国籍とかあのなんていう宗教と か関わらず全員がどんなにお金持ちでも 絶対に死ぬっていうその点においてま あのそこを規定に話すと こうなんかこう色々考えられるかなって いうところもあり ますはいありがとうございました ありがとうございますありがとうござい まし た素晴らしいお話をくださいました大二方 にまずはお礼を申し上げたいと思います そして今 ちょうど締めくくられたところに私の話も かかるかと思いますがまず最初に私 の思い当たりになるご親戚の方というこの 作品について取り上げてくださいましたゆ 平さんに感謝申し上げます初めてレルを いいたのが2022年の時でそして ベンジャミンウォーカーのーofという いうポッドキャストで私のやってることに ついて初めて知ったということをし おっしゃってくださいました2015年 ぐらいでニューヨーク初のこのポキャスは ベンジャミンウォーカーがアート ジャーナリズムフィクションそして インタビューなどを混ぜ合わせてるようの もよになっていますそしてもう1つこれで 明らかになってくるのは孤独というのは 普遍的な問題であり日本においても緊急性 のある課題として取り上げたていうことは 私にとって極めて重要でそしてまた感動さ せたいことですですのでユさんに本当に 感謝していますしまたこの展覧階に関わっ た皆皆様方に全て感謝しています本当に 楽しく過ごさせていただきまし た自ら失うものは全てのものによって放棄 され見捨てられているというタイトルを つけてお話ししたいと思いますこれは2つ の方向に持ってことができます孤立そして 孤独の方へとでも同時にコラボレーション やコミュニティの方へと私たちを導く可能 性も秘めています集団としてどういう風に 色々とこの地を寄せ合わせていくのかと いう世界がということでまず最初に私が 取り上げての取り上げていただきました ポジティブネティスと いう心当りのあるご親族へというタイトル が付けれてプロジェクトについてお話し たいと思います排除孤独そしてまた死と いう最も暗いところを人の営みの中でと それ私を引っ張っていっったもんなんです けども私の今日における実践にも関わって きています芸術的な実践中においては公的 な関与とそしてコラボレーションは中核と なって資格表現がそしてまた様々な行動の 戦略の発展とが見られていますそしてそう いう中でこの強いレジリエンスとそして また深く聞き入るということそしてまたお 互いに心りをするということもかかわって います2000年頃のことを思い出します とコペハーゲの中心部に住んでいた時ある 時に他のお部屋においての窓が開けっ ぱなしでそして救急車と警察に来たことに 気づきましたご近所の方に何が起きたのか と聞きました非常に近所付き合いが活発な ところでお互いに顔見しであり死人であり 夕食も一緒にしたりしましたですがその アパートについてだけは誰が住んでるのか 私は実は知りませんでした1度も考えた ことがなかったんですちょっと世代が上の 女性が住んでいたということが分かりまし た近家はなかった誰も彼女のことを何も1 つ知らなかった亡くなってから3週間から 1月ぐらい経っていたということでした誰 も彼女の姿が見えないことに気づかなかっ たん ですそしてこういった孤独に生きる人々の 人生の中の一部なんです結局数週間そして また数ヶ月間そういう風にして息を 引き取ってそこに倒れたままになっていた としても誰もそのことに気ないその存在の 落においても誰もそれに察知するものがい なく異臭がするもしくは郵便物やそういっ たダイレクトメールなどがずっと山積みに なっていたっていうこと初めて気づかるん です私の場合このプロジェクトの立ち上げ にも関わってきたんですけれども結局は 異臭が漂っていたということで初めて知ら れました誰も何も知らないうちに孤独した 人がいたそ建物に暮らしてるということ人 のことについて何も知らなかったっていう ことは私にとってはかきここえぐられる ような非常に苦しいものだったんですどう いった社会を私たちが望んでいてどこまで 人の人生に踏み入れるべきなのか最終的に は1人1人が選んでいくべきなのかもしれ ません が近しい血縁や家族そしてまた友人そして また隣近所との間の関係を全て遮断してき たいそういったがある人に対して尊重して いくというところそこんとこどこまでやる べきなのかのバランスが難しいもんです 人間として私たちどこまで受け入れるべき なのかどこまで自分たちで押しかけるべき なのかそしてドアにノックをしてそこに いらっしゃるの分かっています私もここに いますよということをちゃんと声かけ するってことはドアが開けられなくとも 必要なのかそしてこデンマークにおいては 主要新聞でこういった情報を求めるための こ当局による告が出されますベティル半戦 220年の3月31日までコペハ現在 10制御した状態で2003年の10月 17日発見される心当たりのご親族は是非 ともこちらの方へとご連絡をと当局の連絡 先は書かれていますそしてこういう風な 情報が求められていくということから タイトルがつけられそしてまたこういった アパートを訪れていくというアイデアが 思いつきました私にとって重要なもので そしてまた他の人にとっても重要だろうと 思いましたですがなかなか骨が折れる ところでこういったところは私有財産で あったりするということから色々と リサーチを重ねてたくさんの電話をかけて 色々と断られてから最終的に承諾を出して くれる方にお目にかかりましたデンマーク の医療制度の中においての不聴格そういっ た看護師の中においてのこの幹部の人で ありそしてそういった士孤独士に対して 管轄テル部局のトップでもあったんです 10回以上電話をかけてようやく直接を 買いあわせができるようになりました毎回 ノーと言われていてそして許可を出すこと はできませんて言われてったんですけども 最終的にオフィスに呼んでいただいて そして顔合わせましょうっていうことに なったけれどもそうしたらお互いに本能的 に好ましく思ったん ですそしてきっぱりと断っていたのが非常 に重要で心はまるような話になったんです よくこれをご覧いただければこの人は1番 時間を過ごしていたのはどこだったのか ベッドなのか床なのかそれとも長椅子なの か私はちょうどこれが何かの事件が起きた 後の現場であるかのように何も手を触れる ことはしませんし何もこの位置関係を 変えることもいたしませんつまりこの人 自身がどういう風に生きてどういう風に なくなってったのかということを最も オーセンティックにめたものになってい ますそしてでこの画像この写真っていうの は一瞬のうちにおいてこれの瞬間を 切り取って効かせている引き出しも 引き出されてるけれどもその人自身はもう いない何が実際に起きたのかなぜこの瞬間 をこかせることがこんなにも重要なのか そして私たちは日常的に自分の部屋の中で 何度もやらなきゃいけないことで特に 目立ったことでも特別なことでも異例の ことでもなんでもないけれども調査を行う 人間もしくは にとってはこれ事実関係の鍵となっていく この中でどういう風な人生が送られたの かっていうことが分かるピンクの壁そして またこのうちこの絨毯というのは私たちと 同じようにここで生きていた人がいたんだ けれどもその人は結局は孤に通じすること になりそして孤独死したん ですそして私はその担当の看護師の方と目 にかかっている中で分かりました何かが 本当に大切だという信念があればその エネルギーは この問題について他の人に対しても同じ ような緊急性を抱かせるそして感謝する ことにつがって くるそして私自身はまこういう風にして 孤独のご遺体が引き取られた後でそれから 何かの痕跡があるのかご親族やご友人に ついての情報があるのかということそれの ための調査が行われてそれでもなかった 場合には先ほどご覧いただいたような情報 を求むといったそういったあのまこうそう いった記事が出されたわけ ですそしてこの分野においての専門家の人 たちも本当にフラストレーションで 行き詰まっていたどうやってこういう人 たちに対して対応すればいいのかっていう ことがよくわからないということでした 1人1人選ぶことができるそしてまた他の 人に対しても自分に対しても危険がない 場合にはほっといて欲しいっていう人は ほっとくべきなんだとでも私は全ての人は 社会に一部でなければならないんではない かと思うんですそして適切な正しいしる べきそういっ助けを受ける権利というもの に対して招待当てるべきではないかそれを 無視ししない限り は無視し続ける限りは孤独しっていうもの はありえるわけですそしてこういった部屋 の中見ていきますと本当に多種多様で非常 に掃除も行き届いていて美しい絵がかかっ て家具もりそしてまた絨毯もあるそれに 対して本当に行き詰まっているそういった 痕跡がありあると読み取れるところもあり ますそしてそこで共通しているのはここに かけられてる絵というのは全て風景が もしくは生物画であり人の姿は全くない 写真もないん ですゲオルク クラインというハンガリー系 スウェーデン人の美生物学者であり そしてインテリが言った言葉をちょっと ここでご紹介したいと思いますコルムの キャロリンスカー研究所においての主用に 悪声仕様についての専門家です死というの は純粋に心理的なもしくは精神的な原因 から起きるんではないのかこにいるのか私 はそうだと思っています聞いたこともある しそして実際に体験したこともある でしょう夫もしくは妻が長年に渡っての 結婚の後で息を引き取りそしてまた残され た人も数日後に後もなくなったという話を ブードにおける死そしてそれに相当する オーストラリア千住民もしくは特定の アフリカの部族の中においては若い人で あったとしても死の戦国を受けた時そう いった強力な力を持ってるウッチドクター のそういった宣言をくだされた時にはこれ も様々な記述が残されております亡くなる 人がこういう風にして呪いは絶対に破る ことができない克服することができないと 思ってる限りは彼らは死ぬのですそして ここんとこにおいては人気があったとして もその人に命を助けることはできない息は できなくなってしまうそしてまた研修した ところで何も病理学的な理由はないんだ ここで何を言ってるかというのは長年に わっての孤独というものは人との振り合い や接触が一切消え去ってしまうのは特に 大都市の中でよいてはこういった呪いと 同じような力を用いるのか社会の中に 生きる存在として私たちは例えばミバや ありのようにして集団なしでは1人が生き ていくことができないと言って絶対的な 意味ではないけどもそれに似通ってるもの があるかと思います私たちは異なった文化 において異なったやり方で異なった度合に おいてお互いを観測し耳を傾け匂いを限 そしてまお互いに触れ合ってい ます近くにある細胞からのポジティブな シグナルをもらった時それだけにおいて 細胞というのは生き延びることができます その時にだけ結局は自滅していくような 自己破壊プログラムをオフにすることが できるわけです そしてこういう風にしてポジティブな サバイバルの信号がなければ結局は細胞の DNAが自ら解してくようになっている これがま既に織り込まれてる細胞の死とし て私たちが知ってることです孤独から 亡くなることもできる社会的な接触なしで 死ぬこともでありえますそしてこの テキストについては私がこれを写真集とし て発表する時には細胞とDNAについて 科学の面からと語ることが重要だと思った んですこれらの写真か何が見えるのか自分 自身の人生はある意味で諦めている要すに ここのところでは完全に長子の上で寝起き してるようになっていたそしてあの靴が足 の代わりになってい たこのプロジェクトで何か変わったん だろうかと皆さん考えてらっしゃるかと 思いますそして私はそれに対してある程度 の人にとっては確かに変わったという意味 でイエスだと思います 芸術というのは変化を起こしますそして それインスティテューションが外に出て いくこと許していったらば特別にアートに 関わってないもしくは深く関与していない そういう人たちにとっては人生の後を 生きるということについての新た なな側面を学びそしてまた見出すことに なってかと思います2人の人の目をひかす ことができれば私としてはハッピーです そして2002年から2004年に コペンハーゲン代々的な会場でこれ発表さ れた時にはテレビでも取り上げられまし た雑誌でそしてまた新聞でも記事が出まし たそして色んな討論番組取り上げられ そして新たにプロの役割とは何なのかに ついての議論が起きたん ですそして私が先ほど言いましたこの看護 師組合看護師組合のこの組合長式長が言っ たんですけども初めて私たちのあり方に ついて考え考えを考え直すことになったと そして若い人たちはヤンアロンリーという 組織を作りました若くて孤独な人たちと いうタイトルなんですけども高齢者だけが 孤独なるのではないと若くてそして孤立て いる人たちもいます引きこもりという言葉 を私聞きました間違ったらま訂正して いただきたいんですけどもこういう風に 状況について具体的な言葉がつけられてい るってことは非常に良いことではないかと 思っています そうなってきますと非常に小手を絞り込ん で話すことができるから ですそしてこちらのポブティズ心当たりの ご親族というこのプロジェクトどうやって 畳んでいくのかっていうことは非常に 難しくもありました孤独についての専門家 と多くの方に見なされましたそれは興 がかったけども私はそれとほいものであり 個人の物語をこれ普遍的にしていくことは できたのは私が作家だからですけども人と 関わってそしていろんなコミュニティと 変革を起こしていくということのために私 としては非常に強い余を抱くようになった んですそして私が先ほど言いましたように 今日の発表のタイトルは自らを失って しまうものは全ての人から見捨てられて いくとなりますけどももう1つここに センテンスを加えたいと思いますこういっ た人たちをとらまえていくための コミュニティを作りワンモアチャンスを 上げましょう と 2019年にコラボレーションダイアログ トラストというコラボレーションと対話と 信頼というタイトルの本を書きましたその 時の教室教執筆者はグリーンランドの大学 の教授でした9年間に分かって グリーンランドやってきた活動に関わる もんです未来を意味するシニスサクという タイトルがつけられてるプロジェクトなん ですけどもこれ [音楽] はンランドにおいてのカラテルントにおい てのイニシエーションを受けている若い人 たちとの関わっていくアートに目指して いる心理社会学的なプロジェクトで 2015年から始めていますでこれは グリーンランドの地元のNGOであり コミュニティベースドのアクション リサーチを社会的な正義権利平等そして また撮メジについてやってきています コミティベースドプロジェクトとそして また職主義に対しての挑戦上を尽きていく という意味ではグローバルな意味合いが ありますそして私 の2022年のディスプレイといった代々 的な展覧会と書籍にも入の措置にもなって いますそして私はいろんな形での抑圧とか あとは権力の乱用そしてまた悪用を敷い たげられてる関係そして力関係を植民主義 のコンテクストの中でから話を聞くことが できました そしてイヌイットなどに関わるような若い 人たちとも関わっていくそういった プロジェクトを作って彼にとって意味の ある重要な本を作成しまし たそしてイヌイットのデイビッド クリストファそンの個人的な物語は交流と 資格化とそして変革とそしてまた場所に 移動などにおいて集団としてに歴史を作っ てきました出発することそしてまた人が そこに訪れること失われたもとそして苦し さ大変さそして孤立そういったことで まわるもんです他に2つ申し上げたいのは 7イズ7年間そしてマランドドキュメンツ ていうのは移住の書類といった意味になり ますけどもこれは外国人の女性が デンマーク人の男性と結婚し最終的には DVの被害者のシェルターに行きついて しまうといったことに関わるものでした そしてそれをやっていくことにより デンマークの社会においてこういった 外国人の妻たちの状況を明らかにしておき そして難民の指定のビザを発行して デンマークにとい続けていくような可能性 を高めていきたいと思ったんですアフリカ 出身の動移民労働者たちはデンマークに おいて全く何も権利を持っておらず食料や そういった居住場所について助けている人 たと関わるのがマイグランドドキュメント でし たそしてこの2つのプロジェクトは私が 是非ともコラボレーションや法廷について 関わるべきであるという風に思った緊急性 があったんですアートの世界だけではなく デンマークとそしてまた歩行の社会全体に よいて発信すべきではないかと広く ら対話していくべきではないかと思ったん ですそしてディスオーダーていったそう いった真実からこちらを作りましたこれは コペンハーゲンのストリート でのをしているすぎ労働者のためのです 2017年に作ったのはアイソレーション ていうこの本ですポプルスという先ほどの この孤独クシのプロジェクトにまた繋がっ てくもんなんですけど もある刑務所の中におけるボシーと感あっ たもんです32の手書きのノートこれがま あの写真中に残されてい ますこれは独房から出ていきた後でまそう いった独房のドアに必ずこの刑務感がつけ ていくノートなんですけどもここのところ で 例えばクレイブの下のとこ落書き窓の ところに怪我そして また窓の3のところに引っかき傷新しい テレビライトは照明は大丈夫とそういう風 に細かく書かれていますそういったことに ついて私は集中していくのがプロジェクト の特徴かと思いますそしてこの プロジェクトをさらに進めていって実際に 受験者と会っていくそして コラボレーションとし て独房の中に座っていけばもしくはこの 刑務所の棒の中に座っていればここの収容 室から何でも教えてもらえるというそう いったタイトルをつけましたこれは死人性 とそしてまたそういった社会によって声を あげることができなくなってる人たちの声 を出していくそして社会の中における心の 壁を倒してくってことだったんです厳重な 警戒が行われているそういった刑務省そう いう中において私たちはそういった受刑者 たちがこの数年間にどうであったのかと いうことを見ています彼らは写真を撮り そしてまた文章を変えています刑務所に ついてではなくまた他人がどういう風に 見なされてるのかということではなくそう いった刑務所において受験者生活を送っ てることが身体的にそしてまず精神的に どういう風な影響を与えるのかっていう ことについて関わるもんでしたそしてこれ は刑務省のある場所において展示されまし たし2022年におきましてスウェーデン の16世紀からの古い刑務所の中において これは展示されインスタレーションになり ましたビデオとオーディオスカルプチャー などもりますもです時間がもうなくなって きまし た がいくつかコラボレーションについて話を しました終わる前に私は今やっている プロジェクトについてお話したいとと思い ますHISかつて私たちは歴史を作ったと いうコラボレーションですけども デンマークにおける難民とそして私の パートナーのケントクラキと一緒にやって います彼もまたビジュアルアーティストな んですけども非常に私はこれを興奮してい ますしそして今回の展覧会でご覧いただく プロジェクト同様にアートの世界以外に よいても様ざまな議論ののきっかけになれ ばと思っていますアーカイブについてこれ を調査しまた構築していくというもんで 写真でビデオとそしてまた立体アニメ オブジェクトそして花土チリを使って記録 の記憶の戦略とそしてこれが人々に対して どういう風に影響を与えるのかていうこと を経験や知識が社会から拒絶されそして また公的な記憶な歴史から結局打ち消され てしまう人たちについて目を向けてい ます部屋場所そしてまたそういった難民 たちの体重滞在してきた建物の中における そういったドキュメンテーションどこで 見ればいいのかそういう風にして到着した 難民たちのに関わる場所80雲のところが 集団の記憶からかき消されていますそう いう風にトラウマにまつわる状況の中に おいて作られてきた場所がどういう風にし てそういった連帯とそして法則に基づいた 知識を生み出していく場となりよるのか そしてそういった難民た自身の語る人生の 物語に対して尊重できるの かそういったことについてお話したいと 思いますご成長感謝いたしますですが最後 にどんな人間の接触であったとして もそれが他の人に生きる意思にもつながり そしてまた他の人の命を助けるきっかけに もなり得ますそれを決して忘れないように していけばと思っていますこんにちはって いうだけでいいんですすれ違ってる時に そういった人が孤独であれまた社会から 排除されてんであれご成長感謝いたし [拍手] ますあありがとうございましたティナ ティナオフさんのポシブルレラティブ 心当たりあ心当たりあるご親族へという シリーズ27枚のあの写真作品となりなっ ておりましてティナさんの作品は日本では まこのシリーズだけじゃなくてえとしな さんの作品自体が日本では初めての紹介と なりますもう初来日の作家さんでしてま 非常にパーソナルなあのこう1人で 亡くなられた人の部屋のその後の姿をま ポートレートを取るように淡々とま ジャーナリストなアプローチでそしかしま 愛情がこもってそしてまあアート作品とし てのそのビジュアル的なまメモを持ち ながらいろんな側面をえっと持っている 作品です複雑なバックストーリーも隠れて いるのでなんか質問ある方あの多いんじゃ ないかと思うんですけれどもあ時間に余裕 がありますのであの気軽にご質問を受け たいと思いますあのご質問ある方あの せっかくの機会ですのでよろしくお願いし ます許しにてお願いします それではもう1個の質問じゃあ私の方から あのティナさんにしたいと思うんです けれどもティナさんいつもこの作品が ティナさんのこうキャリア全体においてま スターティングポイントになる作品と おっしゃいましたまこう社会への関心 しかしこう非常にパーソナルな部分に 踏み込んで入らないといけないというまう いう作品だったかと思うんですけれどもま これをどうしてスターティングポイントに しているのかその後のえっと展開において どのような影響を与えたのか教えて いただきたいと思い ます えその前にもアートプロジェクトやって ましたアウトオタイムというもので白黒の 写真 で私 [音楽] が家族の中で全く違う文化を2つ背負って そして育っていったっていうことに関わる ものだったんですですがこのプロジェクト やった後で私にとって次は何が大事なのか を考えまし た で心当たりの親戚ご親戚というこの タイトルこの写真集と私が最近やってきて ことは随分違うんですけど もアートプロジェクトがどれほどの力を 持ちいるのかっていうこと痛感したんです コベハゲで展示した 時 記念とし て展覧開表とかあと はどれほどのたくさんの番組取り上げられ たのかていうことを記録としてその時に 展覧会会場の方からいただきましたで私は そういった意味 で孤独ということについての専門家という 風に見なさるようになったんです本当は 全く違ったんですけども私はどういった力 を用いるのかそれを展覧会の中に置い て皆さん話題にしてくれるしビジュアルな ものですしそしてみんな何中かの形で関係 があるとか関与を感じるそういう風にして 大きな展覧会会場と他のところとが展覧会 をつなげていくで繋がっていくってことは 非常にエキサイティングだと思っています そして コペンハーゲン の低所得の地域で17歳から25歳までの 青少年のと一緒にやったプロジェクトが ありましたこの人たちは刑務所に入るか どうかのギリギリであったそして デンマークとは異なる文化的な背景の人 たちと4年間関わった 結果何人か が大きなによって雇われました外力役に なるかめで結局それまで美術館に一本も 入れたことが入ったことがなかった人たち がそういう風に美術館に行くような金銭的 ゆとりがない人であっても入ってくことが できるようになりましたビデオ フェスティバルだとかで インスタレーションも家族を連れて見に来 ましたそういった中で私たちが アーティストとし て何らかの形で人を巻き込んでいくって ことかどういう風な力があれるのかって いうことが分かったんですそれでお答えに なりましたでしょう かでそれが私にとってはエサ的なことです あの熱く語ってくださったティナさんあ あのこのシリーズについてあのよく分かり ましたありがとうございました皆さんあ 拍手お願いしますありがとうござい [拍手] ますえ こんにちはソウルから来ましたえチジミ です今国のソウルから来ましたえ本日お 万年いただきましてありがとうございまし たえまたこの国立審美術館のスタッフの皆 さんえ特にえこの展覧会のためにえ尽力し てくださったキュレーターのゆ平さんにえ 感謝を申し上げたいと思い ます えメトクマキは2013年にえ制作され ましたえそして約10年前に初めて発表し まし たえ このパンデミックの時期を通してえ特定の ものの意味に変化があったと思っており ますえ例えばパンの間飛行機は電線病を 媒介するとしてえ快楽的な旅行ではなく 管理されるべき貨物機と見なされるように なりましたえまた様にこのビデオの題材と なっているケーブルも異なったを持つよう になりましたえソウルの路地でえ空を追い かかしていた複雑な繊維や構造物では なくなりお互いをついで通信するの重要な 媒体となったのですえこの状況の変換がえ この作品の内容を違った形で読み直すこと を可能にしたようであり ますえさらにえこの作品にはえ コミュニティですとかまグループに対する いくつかのえ文脈が含まれていますでこの 作品を理解する方法はたくさんあります けれども私この作品のプロセス構造をえ皆 さんにお伝えしたいと思いますえ今回はえ 映像作品だけを展示しておりますけれども え今回のこのリレートークではえこの作品 の前に出版したあるハンドバッグをご紹介 したいと思います当時私はビデオ レコーダーとしてえ撮影と編集の技術を 生かしてえ多くのアルバイトをしていまし えでソルでえその当時に形成されたばかり の労働組合がえ国会に報告する調査のため の労働現場を記録することを提案して まいりましたで私の知人が労働組合の活動 をしていたのでこの仕事に参加しましたで この仕事を得る頃にはえ私はえケーブルを 不折する作業員えとえ少し親しくなり個人 的に接触して彼の生活について話を聞く ことができまし たえ彼らはま一件1件家を回るのですから えその家の人々がどのような様子であった か詳しく聞きたかったんですま似たような 話もあればとてもユニークな話もありまし たえで私はこれらのインタビューをえ 持ち運びに便利ポケットサイズの ハンドブックに編集しました2010年代 え初え韓国の労働指場は大きな変化を迎え ていましたえ労働形態の変換にえ伴って 新しい形態の労働組合が生まれつつあった からですで以前はま触手ごとに分業すると いうことがえほとんどであります族ロソや ま建設ロソなどです今では労働の大半が 下請け労働となっていますえで労働力の ほとんどがえま複数の構造を持ったま 下請けえとなっているわけで下請けの関係 になっているわけですえそして労働者間の 交流がなくて不当な扱いがあってもえ同じ 業師で働く人々でえ集団交渉することも できなくなっておりました まそういったようなま状況でえ私は自分の 作ったインタビュー本がえその役割を 果たせるばと思ったのですえしかしえこの 本えブックはアートだと言えるんだろうか とアートであるかどうかの境界線はあるん だろうかとえ社会学とアートの違いをどう やって見分ければいいのかえそしてえま そんな 根源的な問に直面しました私は探偵や ジャーナリストのような形でアートをやっ ている人間だという言えますえまそういう 気質があったのかもしれませんが本当はえ 探偵やジャーナリストになるつもりはあり ませんでしたですからこの本を作った後 芸術でしかできないことを自分に探求し 始めたわけですで私としましてはま言葉と それからアートの言葉あの違いがなんで あるかということを考えまし たえこのアート言語アートの言葉というの は非常にスローであってそして抽象的では ありますけれどもえただえまそのアート 言語によってえ非常に根本的な次元を会話 見せてくれてると思ったわけでありますえ そしてアート言語はま通常のこの言語ほど 汚染されたり飽きられたりすることはない と思いますえ私はこのような部を作ってえ そしてえもこれについてえこの言語的な 内容についてえこれをまお見せしたいとと いうことでえこのまコンテンツまこの本の コンテンツをま重要しては重要ししては おりましたましかしだながらえまそこで まとめたとか今度はそのナラティブを作り たいと思いましてえこれを映像として15 分間の迷宮と車機えという作品に作り上げ ましたまこれらの断片的な写真ですがえ これはその労働調査で撮影された映像を プリントしえそしてえこれによってえこの ビデオとして再構築をする試みでありまし えこれで編集の流れをデザインする上で 大いに役立ちましたえ作業員の上下左右の 動きをカメラのポジションもあの家庭で 想像することができましたえで今回のこの リレトークをする前にま様々の アーティストと話をしましたどうやったら えその作業員がこのま電柱に登る様子をえ 打つことが出るかということで話をした ところま地味というまあ気候があるという ことをりましてそれによってその作業員の 動きをフォローすることができるという ことをえ教えてもらいましたえこの背景を 決してえそして文脈が消えたあ中で時間と 空間の中でえその絶えず動く手ということ をま見せるというアイデアまこのためには こういった絵を書くというプロセスも用い てきましたま今でもえ私はこのビデオを 取る前にはえ小さな絵をま何枚も書きます ま先ほどもお見せしましたけれどもこれら の絵によってえストーリーボードのような ものを考えるのに役立っていますえまた 撮影とは関係ないものであったとしても リサーチの過程で出会ったイメージや シチュエーションもえ描ききますゆっくり とそしてわざととても小さな筆を使うので え書きにくい絵なんですけれどもそのよう に時間をかけることでえ撮影準備の時間を 確保してえそしてまた撮影や多くの人々と の共同作業の疲れを癒すことができますえ でえ私の作品の核となるアート言語は リサーチから得た情報ををえ化する過程で 生まれるようなものですえでリサーチで得 た情報の全てが作品に含まれるわけでは なくえその一種の上流プロセスを通じて 部分的に作品で使ったりあるいは分離し たりすることも多いんですで例えリサーチ 内容が作品に含まれていなくても私は できるだけ多くの話を聞くようにしてい ますというのも自分自身で現実を学びえ そして他の人の意見に耳を傾けるという ことはえとても重要なプロセスだからなん ですえま自己学習ま実習ということになる わけなんですけれどもえそこで学んだこと ラーニングをしたことについてそれをまた 忘れるあるいはアンラーニングをすると いうことも行っておりますでそういった ようなそのアンラーニングをすることに よってえま その絵を書く時間などを書することができ ますアンラーニングという言葉えつまり 自分が学習したことリサーチで得たことを またそれをえま手放すというそう行為もし てきたということであのラーニングを使っ ていますえ迷宮と黒まは私がえ大学院を 卒業した年のやや早い時期に捜索した動画 作品ですえでえこれはま資本主義全般に 関する研究に基づいて作られました 2018年以来え私の作品はえ介護ですと か健康そして資本主義の関係を扱っており え現在もリサーチに基づいて作品を構築し ている最長ですえこの最近の作品ですが ネムレスシンドロームの政治がえ診断が つかないまま痛みにえ苦しむ女性たちの 物語を通してえ現代医療システムの知識の 配達性を扱っていますえ最近はま今年の8 月にソルでえ開催する固定のために生き物 が腐敗あるいは分解していく過程をえ観察 する衛生映画を考えていますえ現在え私は 腐敗の旧段階えとそれから昔の僧侶が市に ついて瞑想した方法を研究していますえ これらの絵は主に日本の美術館やお寺に あるのでえ今後はまた早い時期に日本にも 再ときたいと思っておりますえで私はえ ここでお見せしたいと思いますのはあ そんなクお作品のトレーラー ですオッパー ペ ラ ビチ テダ 新聞 キ ち と ちゃ 僕 運 お えま私からのプレゼンテーションま準備し たものは以上ですご成長ありがとござい まし たえ私は昨日えこの天場を見せていただき ましたまトレバハグレさんのこのま上陸の 市場ですとかエヴァンロさんのあなたがま 踏まれたからというえその作品え非常にえ ま私は楽しみましたえでこのま3つの作品 えま私のま作品えとま近いえまテーマで ありますえでえまそれぞれえがま関連し 合うということでえよく楽しみましたえで えま先ほど来えま橋ですとかあるいはま 孤独といったようなあこのトピックについ てえ他のアーティストの方も触れ てらっしゃいましたけれどもまそういう 意味でま我々共有できる概念が含まれてい たと思いました以上ですありがとうござい まし た少し早めにえっと終わりましたのであの 皆さんからの質問を受ける前にちょっと あの先ほど えっとジミンさんのプレゼンテーションの 中でも少し言及がありましたけど今えっと ジミさん今年の夏にえっとソウル市内に ある美術館で古典を予定しておりまして そこで発表する新作を日本で撮影する予定 ですで日本のその仏教美術におけるクソ図 そのあのこう旧段階あのこう旧段階のこの 女性の主に女性の身体がこうこう腐敗して いく様子をえっと書いてあるそういう ジャンルですよねまそういったえっとま 新作の計画を立てているのとま最近え ジミンさんは主に中年の女性におけるご 原因が特定しづらいこうま病いも疲れと いうものにえっと取り組んでいらっしゃる んですけれども自民さんがこういう中年 女性のあの原因が分からない病気そして そのま日本の仏教美術におけるクソ図と いうモチーフにえっと着目するようになっ たまバッランドストーリーを少し教えて いただけたらなと思い ます私はまだこのまリサーチの途中ですの でまなぜえその腐敗についてあるいは不敗 の急段階についてなぜまこれについてえま 調べてるのかということをま簡単に説明 できませんえただま私はあ このある30分ほどの作品を作っており ますえでこれは女性えのカウンセラえ カウンセリングを行ってる女性についての 作品でありますでそれとまあそれからま私 がま考えついたのがえネムレス シンドローム名前のないえこの商工群と いうえ作品でまそこからこの先ほどえ触れ たあこの作品に至ったとそこから今度は 腐敗の9段階へとえま進んできたわけで ありますえこれはま私の母が亡くなった時 からえまそれまで扱ってきたその資本主義 全般というトピックを扱ってていたのがま 今度はええでそれまではその資本主義のま 様々なレベルについてま見たわけです けれどもそれからまその女性のま心理的な 問題といったのことにえま関心がま移って いきましたまそれとそれから資本主義の 関係というものも考えてきましたでそこ からさらにえその死へのま原因といった ようなものにも関心を持つようになりまし たえまた特にえそのパンデミックを経てえ まこの身体がえ腐敗していくあるいは分解 していくということにえ監視を持つように なりましたえま我々はま今まではその伝線 病といったようなもののに直面したわけ ですけれどもまそこからえまそのあの方に ついてえま考えるようになりましたえただ まそこは今度はその生きてるものとの関係 も見てみたいと思ったんですがまやはりえ その生きてるま生物はまその最終段階には まその腐敗に至るわけでありますで今実際 にま調べているのはえその僧侶たちのま 考え方えその瞑想をまするという ことについてえもま監視を持っているわけ でありますえま年をと僧侶がえまあ女性 たちがその死んでいくま腐敗していくと いうものをまの辺りにした時にどう考える のかというなことにええ興味を覚えました えそしてえまその最終的に腐敗の旧段階と それからま現代えのまその時代えとの関連 というものを考えてい ます えでえまその人々あるいは生き物が敗して いくといったあそのま意味嫌うようなこと といったようなものをまず見据えるという ことがま私にとってはあこれはあ1つの 実験のようなものでもありますえですので これから数ヶ月はまそうやって腐敗して いくものということを見ることになります ついて着目された話その背景あの聞かせて いただけたと思うんですけれどもあの今回 出品されているこう迷宮と黒巻き角 doの皆さんからもしくはま他の作家さん あのジミさんに聞きたいことってあったと おっしゃったと思うんですけれどもあのご 質問のある方あのどうぞよろしくお願いし ます挙にてお願いし ます いかがでしょう か はいマイクお願いし ますああの非常にあの面白い発表 ありがとうございましたあの今回の展覧会 なんですけれども えっとまパンデミックの時代よりかなり前 の作品があの出していただいた方がま多い んですが あのジェミンさんもご発表の中で えま新たなパンデミックを減たことによっ てその過去の作品がああらなんか新しい 新しく見えてくるというようなことを おっしゃっていましたがあのご自身であの 今そのまパンデミックというま非常に 大きな出来事を経た今の視点からあの今回 ごご出品された作品をご覧になってまどう いう新たな側面がああのご自身で見えてき ているのかなというところをお聞きしたい と思い ますwellthereisa lotえまこのパンデミックを経験してま 色々とま思うとこはありましたがま私に とって1番大きな変化というのはあ例えば できるだけ多くの知識を得たいと思ったと してもまそこに常にその不確実成という ものがあるということですたくさんの リサーチをしてたくさん学ぼうと学習を しようとしたんですけれどもただそれを リサーチをしたも自分が察しした内容をま か必ずしも全てをを信用しない信頼しない といったようなえことをま 感じ感じるようにしましたえですのでまご 質問に対して答えるなら ばえまあ常にえその調べたことに何らかの えその不確実生があるあるいは自分の コントロールが及ばないものというものが 必ずそこにあるんだということを気づかさ れましたでえそれをでえまそこにえそのま あからのま空間があるまその空間 のな場があるということに気がついたとな でもそれがあるというのがその人間として 必ずある一部だということに気がつきまし たありがとうございます今不確実性という お話があってあのえ今日ご発表聞いて くしくも皆さんが死についてあの死ぬこと あのについてあの新たな関心を深められて るっていうのがちょっと印象に残ったん ですけれどもえっとジェミさんもそういう 意味で新しいプロジェクトがあの非常に あの病とか真に関わるんですがやはり パンデミックを経てあのま当然私たちは 絶対死ぬってことをあのえ気づかされたと いうかそれ以前と比べてはるかにあの死に ついてまあの 意識が高まったのではないかということを ちょっと感想として思いましたこの点は ちょっと他の皆さんにも作家の皆さんにも 聞いてみたいと思います思いまし たこれについてお答えできる作家さん いらっしゃったらお願いできます か主さんいかがです かとあの直接的にお答えになるかわから ないですけれどもとジェミーさんに聞き たいと思ったことと合わせてちょっとあの お話したいと思うんですけれどもとなんか ジェミーさんがこう社会学的なこう リサーチをしま本を作られてま色々な人の インタビューを経た後にじゃあ自分はそう じゃないアートでしかできないことは できるのかと思ったとおっしゃっていてで そのプロセスの中にアンラーニングという あのま絵でこう書くプロセスが必要で直接 的にはその主題に関わらないかもしれない けどそれをすることで1回そのリサーチ から離れる時間を持つっておっしゃってい たのがすごく印象的で でそのその辺りは自分もあの常にこう考え ていることでもあってまあの死という の例えばCについて考える時に自分が死 ぬっていう体験はできないわけだからこう 今まいろんな今までのいろんな人が書いた ものを読んだりまいろんなものを見たりし てこうまリサーチっていう過程が必要な わけででそれをこう自分の中に取り込んで 作品化する時に自分はアートで何どうやっ てそれをこう実際に自分が体験することが 絶対にできないことをやるのかっていう ことはすごい難しいプロセスだと思うです ねその辺りのことをちょっと自民さんにも なんか少しお話聞けたらなと思いまし たまこれはま私のま個人的な経験ですねま 母の死 を死の際にま非常にま怒りを感じたわけで ありますえですのでしばらくの間まそのま 感情と向き合うということが難しかったと いうことがありましたえでまソルでえま 多くのまあ女性と話をするとまそういった その自動的な行為をするということがま私 のま助けになったということが言えますえ でえ例えば診断ができないようなその病状 のえ女性たちの話を聞いたということが ありますがまそれをすることによってえ その母の死の後の感情をからいくらかま 解放されたということがま個人的にはあっ たということが言えますえそしてえそのま 言語まアートの言語という話もありました けどけれどもえその言語というのは非常に ま行動なえま話えま会話ができるわけで ありますけれどもま言葉に出してえしまう とまあまそれがえま色々セジ的な意味合い を持ってきたりするということもあるとな のでそれでは その話の あ言葉よりもまそのアートの言語を使って はと思うんですけどもただそのアートの 言語だけでは必ずしもえこの完璧な答えを 出せるというわけではありませんえただま 自分の周りでま行くか何度かの死という ものを経験したことによって自分が コントロールできないこと自分が理解でき ないものに対してまいくらかまそれをま 考えられるようになったということでえ 自分のについてもまた新しいチャプター 新しい賞をに行法できたと思い ますで えあるまパフォーマーがま非常に暗い ところでえのパフォーマンスをしていたと いうのを見た時にえま あそれを見てま自分が2年を得てえそれ までには考えたこともなかったようなこと をやるようになったなということは気が つきましたま あま正直に言っ てえアートの言語アートの言葉あというの は時に言はえまその表面的になったり あるいは抽象的になりすぎてるということ もあると思いますけれもえそのアート言語 によってま非常にその本質的な次元に突発 することができるのではないかと思いまし たまそうやってアートとアートランゲージ についてま考えたし [拍手] ですはい皆様参加してくださって ありがとうございます驚くよな見事な プレゼンテーションの後 で私の発表順番になりましたを後にする時 に私は大変にインスピレーションと刺激を 受けたことになりますまた私の作品と 私自身をここに連れてきてくださた皆様方 に心から感謝申し上げます出展してる作品 について死について話をした後で今度は命 についてということであなたが生まれて からという作品をそれまでに私がやってき たことそしてまたそのプロジェクトの後で やってきたことそういう話もしたいと思っ ていますではまず最初 に自分自身の取り組みがどこから始まるの かということで本当にごくごく初期の インターネットについてその前は建築家 でした2000年代の頭のことでネット はいきなり 一般に広く意識されるようになったんです 今日とはかなり違った様子でし たシアリングというのがまず中核にあり ました企業が作ったネットワークでは なくってピアトゥピアということで個人が 一緒にシェアエコノミーということで資本 主義ではなくお互いに共有化し分かち合っ ていくっていうそういった経済的な 結びつきの中で行われてきました私にとっ ては個人のエンパワメントの観点から見て も大変なインスピレーションが与えられた んですザパイレートベイを経由して音楽 映画そしてまたソフア全てについて アクセス可能だていうことはもはや建築 なんかやったられかっていうことになり まして美術関係に進みまし た2006年のグラフィティリサーチラボ という初期のプロジェクトについてお話し たいと思いますこの時東京にやってきまし た後ろの方にいる洋介さんとに誘われたん ですけどもレーザータグという作品を発表 するためのものだったんですグラフィティ リサーチラボというの はグラフィティのライターと アクティビストと一緒に協力をしていって 既存のテクノロジーでまだ公共空間の中 で悪用されてなかったもしくは乱用されて なかったようにテクノロジーを使うことに よってセーフだとか広告だとかに対して 真光から向き合ってくで個人の声を高めて いくってことをやってきたんですフリー ソフトウェアオプソース全部シェアと そしてまた複製とそしてまた色々と広げて いくことを基本的にしていまし たグラフィティリサーチラボの人々と他の 友人と一緒に別プロジェクトもやってい ますこちは2010年もう少し時代を進め まし たアイライタープロジェクトっていうもの でト1というロサンゼルスのグラフィティ サッカーと一緒に協力したんですエレスと いう難病で体を動かすことはできなくて目 を以外動かすことがもうできなくなった でした非常に影響力の与えたグラフィティ の作家だったんですけど もロサンゼルスのあちらこちらで彼がまた グラフィティがかけるようにっていうこと で目の動きをトラッキングするようなそう いったフリーソフトウェアを使ってそして 病室からこういう風にして繋げていったん です病室で彼は目の動きによって グラフィティを書きそしてロサンゼルスの フリーウェイで は病性彼が書いていることをそのま プロジェクションできるようにしていき ましたですので彼はかつて実際に乗り込ん でてグラフィティを書いていたところで またグラフィティ書けるようにしたんです 個人のエンパワメントていうこと でこのプロジェクトはこの後もいろんな人 が関わりましたそしてアイライター プロジェクトが以上ですけれどもどちらも 私が関わっていた大規模な コラボレーション基づいたプロジェクト でしたそれ以外にももっと小さな個人個々 のプロジェクトで私はネットアートの インスピレーションを随分受けてきたん ですけどもネットワートの状況から直接 影響を受けているともただありますしこれ は本来からブラウザーで見ることとして 意図されています2014年の例ノー オリジナルリサーチ というもんですウィキペディアで見つける アニメギフを見つけてこれを何十回も コピーしていってブラウザに引っ張りこん でいったらばブラウザが完全にこれを 読み込めなくなった時そしたらば更新 ボタンをヒットするたびに毎回毎回 ネットワークごとに違って見えていくなの で完全な完璧な円が描かれるではなくって このネットワークの中にあるレシがここで 描写されることになりましたネットアート ていうのは私にとってはずっと継続的に 関心を持ってることに1つなんですけども 他に もテクノロジーと我々の関係変わりよく 我々のテクノロジーとの関係っていうこと でこちらマルティタッチペインティングと いうシリーズ ですでトレーシングペーパー をスマホの上にといてそしてインクを使っ 指に取ってそしてやるべきジェスチャーを やってきましたマルチタッチがまだ新身の 技術でありまだ技術として専念されきって なかった時の時代のものですですので人類 の市場発こういった仕草をしなければいけ ない1日に何時間もやん何回もやらなきゃ いけないといったことについてきました これはズインズームアウトで今私たちに とってはすっかり馴染みになってる ジェスチャーですこれなんだか分かります かネトです次次次っていうことでスワイプ してますでこちらでは人のジェスチャーを そいって仕草をどうやってアーカイブ化し ていくのかっていうことでさらに1年進ん でたとこでこれもニータプロジェクトで ジェスチャーのアーカイブ化なんですが 痕跡を見てくということではなくてむしろ こちら は仕草の踊りそういって舞を見てるだけ ですですからこれ は迷宮とそしてクマキとも関係してくるか もしれません要するにこのダンスすると いう風にして指の動き自体 を満っていますそして私は赤外のカメラを 使ってい ますスマホは赤外線を全く発信していませ んのでスクリーンで何が起きてようとも それと無関係の動きのように見え ます真ん中に見えてるのは画面の トラッキングをしてるiPhoneのその ちのトラッキングだけです人と テクノロジーてないの関係性そしてこの 新しい私たちが日々毎時間ごとにやって いるこのジェスチャをけけてい ますそしてこちらの2つのプロジェクト から私たちはアーカイブ化ということに そして私の作品がこれからもっと長い時間 軸の中で 20年とかあとは100年後とかどういう 風に見えてくるのかそういう風にして アーカイブ化とビジュアル化ということに ついて目に見えないコミュニケーション システムの一部であるこういった構造体に ついてどういう風に考えてるのかっていう ことを捉えてるのかっていうことを見てき ましたそういうところから私たちのラプト ップ全部の中にあるキャッシュ ディレクトリーに見てきました ブラウザのソフトウェアから全部の中に 残されとキャッシュディレクトリーなん ですけどもブラウザでインターネットと 関係を持つ時には全部このようにして ローカでキャッシュが溜め込まれてきます 私たちは普通このディレクトリーには招か れません自分自身が見つけないとスミカが 突き止められないものでこの ディレクトリーは同時にデフォルトで 上書きされるものですですから私たちが オンラインのコンテンツを見れば見るほど それは組中きされていくということで 私たちのコンピューターとデータの関係性 の中でおいてはこれはかなり異例なもの ですこういう風にしてデータと ディレクトリーとの間の関係性見ていっ たらばこういう風にアーカイブが始まり ましたそしたばスクリプトを見ていったら ばこれ は2週間に1度こういう風にしたZIP ファイルを作成していったわけ ですこれは日私のブラウザの中で見ている ものこれを現材料としてプロジェクト作っ てくことになりまし たそしてまずは自画像というそういった シリーズを作りましたこういう風にして 今回出店してる作品との繋がりがご覧 いただけるかと思うんですけども最も密度 の高い形でこういってした空間全体を 満たしてってそしてそれは壁から床へと こぼれ落ちるように任せましたそしていく つかこの展覧会に出展してる先のテーマと も関係が出てくるんですけども サーベイランスについてイメージとの関係 性について考えています同時にこれを自画 像とし て見立てていくっていうこと は実 は私たちはブラウザーの観光の中において Amazonが何と願っていようともそれ のものが私たちとはがならないんではない かということももう1つやっていった シリーズはシルエットっていうのがあり ますコンテンツではなくって根本的なこう いった美学的な美しさという観点から見て いってるもんですそしてここでは似たよう なテクニックを使っています19世紀 のシルエットをまあの黒の紙からどういう 風にして横側を切り取ってたのかっていう ことにも関わりますそしてシュデータを 使ってもう1つ今回と同じタイトルを使っ ていますですセンボンていうあなたが 生まれてこんだからというこのタイトルは 元々本のために使いましたこれオクタビア 長女ですパイルベの赤ちゃん用 のそういったえっと服着てますけども新星 人に送るには最高の贈り物だと思ってい ますそして他のプロジェクトのために当時 見ていたのは ブラウザーヒストリーですですから ブラウザーでの履歴をです見てました定期 的にクリアしない限りは実際に見たサイト 全部の履歴が残されていますですので私は 今までに実際に見たことがあるそういった サイト全部がこういう風にしてリストに 残っています最初は私 がオクタビアが生まれた瞬間から実際に見 たことあるサイト全部をリスプしまし たでこれはGoogle検索 で生まれる直前にあのオクタビアが 生まれる直前に私が見た最後の Google検索でのミスタイタイプ タイプミスも入ってるもんなんですが1人 の人間 が人の出産人が生まれるということにどう いう風にして立ち合ったのかということを ねとのブラウジングの歴史を見てること 履歴を見ることでもってこれ辿ってい るってことになりますで何とも言えず奇妙 な感じなんです けど例えばこちらの検索ワードの中見てき ますと受入と かああとは授乳中の赤ちゃんどういう風に 抱っこすればいいのかっていうことについ て も例えば病室からメールをチェックしてい たとか全部入っていますでこれが書籍の バージョンでしたこちらはアーヤアーヤが 二女なんですけども彼女が生まれた時には 第2バージョンを作ろうとしたのが今回 展覧会に出てる文です そして長女が生まれた時の本そして字画像 そういったものの発展形としてこれを オブジェクトとして物として出していくと いうことではなくって空間として実際に人 が中に入っていくことができるようにって いうこと考えました生まれたということに ついてまた悪を変えたもんですこれ 2019年初めてインスタレーションとし て設営した時の展示風景なんですけど も最初から考えてたこと はものすごく私自身が反映されてけども私 じゃなければいけないという必要性はある のかいかっていうことですおそらくは 私自身について考えるより もこのイメージは全ての人のために存在し てんではないかこういったデータの痕跡 っていうの はSNSを使ってようとオンラインで ショッピングしてよう と企業は私たちのポートレートとしてこれ の何十何百倍もの大きいものがあるここ だけのキャッシュデクてへのアクセスを くれる人は誰もいないから自分がやるしか ないっていうこともありましたそして第1 バージョンでは ここんとこでちょうどちょっとしたおまけ インターエグっていう感じでここんとこに ちっちゃく事情の写真見れました彼女を タイトルのために使っていくっていうのは 私自身にとってこのデータセットを見る ための1つのやり方でありそして私にとっ ては意味があるものかどうかの バロメーターにもなってい ますこの部屋に入るたに私しては凄まじく 罰が悪いんですけどもこのデータの中で 一体意味のあるものがどれほどあるのかと いうことはそして私が意味を持っていると いうことをしていくための目安して娘の 写真があるだからそういったことなど見て きますとなぜこの娘が生まれたていうこと がタイトルに反映されてるのかが分かり ます初め に影した時にはこの先自体が Instagramの背景になったという 瞬間がいくつかありましたでそれを がっかりしたこともありましたけども今は 真逆です人がこの中に入ってその中に介入 してって自分の居場所を見つけてそして もしもそんな気持ちになっ時には自撮りも 全然問題ありませんしどうぞどうぞと思っ てますそしてそういった瞬間としてこう いった写真がオンラインにな行ってそして ブラウザーキャッシュの中に入ってきます と私のデータの丸々セットがそのままそう いった見知らぬ人のブラウザーの キャッシュに入っているそういうとこでは 綺麗にこれが循環を描いてることになり ますですのでメタ的な瞬間というのがある わけですセフにしてこのプロジェクト ライフサイクルに合ったものが出てき ますその時以降私がやってきた ものざご紹介したいんですけど も 丘 と大地とそして空に関わるもんですけども ストランドというタイトルがついている会 がそしてビデオ先にしてスカイスケープと いうのがやっていますけど もあなたが生まれてから以降何やってきた のかご覧いただけばと思いますこちらあの ランドスケープ風景画というのは最初に ご覧いただいた全く違う時代の インターネットに繋がり ますネットがここまで変わってきたていう ことで私人生の中で私の先に中どれくらい 中心的なチを欲しいのかとトレバパレの 作品とも関係してきますけど もまず最初に思ったの はネットとの関係性のリセットをする ことただ国の中において起きて そして私有されている私財産であるものと 人てではなくてこういったことについて 考えてる人たちは是非ともこういった海辺 のところに行くことを進めますお互いに 繋がり合っているそういったシステムに ついて考えてくんだったば是非ともこちら はイギリスのコーンウォールですで足元に あるそういったデータが1番大量長いとこ 知たあったらばまさにコンウールに行く べきですインターネットのそういった ケーブルがあるとこですでこれは全部人里 と離れています結局ネットというケーブル というのとそして怒りだとかそういうもの は非常に相性が悪いもんですからできる だけ人離れたところを選んでこういった ケーブルが不折されますケーブルとか インターネット私同様に大好きだった人間 にとってはこれはとても美しい景色ばかり ですそしてこういった景色こういった風景 をドキュメンテーションしていく時には どのメディアが適切なのかという問題も ありましたすでに ダフモバイルフーンという携帯電話のため のダンスの方でご覧いただきましたけども ひファイバーのケーブルを道端で 掘り起こして切り放ったら ば瞬きよりも瞬言いながらも凄まじい速さ で切り替わっていくいうの は 331 317NM以上の速さのものなんですけど もこういった光ファイバーの中で凄まじい スピードでデータが流れていますそういっ た周波数の中で撮影していきたいってこと だったらばこれが実際に辺りにするものに なってきますビューファインダーを使えば これは別にレトゲのように全てを見ること ができるわけではないけれど も こういった風景を見てくためにこの周波数 の体の中で見ていくっていうことが私に とってはコンセプチュアルなあり方なん ですケーブルを見つけ出すっていうこと よりもむしろこのシーズンに関係してる イメージというのは実際にケーブルが不折 されてるとこにおい てこうやった景色の中において存在し スピードとして先を作っていくこういった 関係性について考えてくっていうことに 関わっていました機能的に見れ ばこういった非常にゆっくりとした店舗の ビデオがあります動いてるとこすら気づか ないかもしれないぐらいのものです けどこういったビデオ撮影していた時 にケープタウンです がケープタウンで撮影したものはケープ タウンのサーバーでという風にしてその 撮影場所に近いとこのサーバーにこれを 置きましたそういった意味でラップトップ からこのスケープタウン の海辺の砂浜へとそういったところへと そしてデータが流れてるとこで本当に意味 でこの景色繋がることになりましたそして この作品自体をどうやって道を見極めてく のかっていうもう1つのあり方も示しまし たシリーズのもう1つの一部っていうの はワークファンクションへのURLこれを 第2のアドレスとしてGoogleマップ の中にペースコピーアペーストしていき ますとこういう風にしてGPSの座標にも なります し多1つのジェスはの中でランドスケープ ていうことについて実は2つのあり方に よってこれ見てくことができるそして ネットと間の関係性においてもう1つの やり方っていうのもできるしまたこの足跡 を振り返ってまた踏みかめることができる わけ ですネットを通じていく中でのパスが スピードアップしてくに従っ てそしてこの先をどういう風にしてこの道 を見極めればいいのかっていうのはネット を通してていうのがもう1つのあり方です さらにこういった色とりですけどもこの 地図に関係があり ます元々の地球希望で作られた ネットワークですけどもオートレッド ラインというタイトルがついてい ますでこれはダエ帝国の華やかな利子時代 のもので軍事目的のためにこういった電子 のケーブルが世界中に吹かれたんですで これは 全部赤で示されていた英国量団でオール レッドラインということで全て赤のライン とそういう風に呼ばれていましたもう1つ これに関わりたい関わり持たせたいのは 私たちが全員関わってるこのネットワーク には歴史がある過去がある植民主義の時代 のそそう過去があるそして私たちが関わっ てネットの様々なところも大体歴史がある だからこの会話をもっと先に進めたいんだ とだから私は作品を設営する時にはまた 同人歴史との繋がりを作り方を探そうとし ています例えば建築の中でもサロン的な 設営であろうともあとはミュージアムと 関係する時に は同じような地域や状況についての絵画と いうの を風景に基づいたそういった絵画や イメージ作りっていうものと完璧に別物で はないんだていうことですあと10分 ぐらいですかしらねスランズというの は イデオロギーがシステムの中にどういう風 にしてはめ込まれてくのか埋め込まれてく のかランドスケープという景色ではなくっ て地球そのもの見ています特にこれは地図 の作成プロジェクションのなり方という ことで様々な地図の作成法 ですすごく単純化すると地球儀をどういう 風にして真たら2次元にしていくのかて いうことなんですけどもこういった プロセスはそれぞれにありますがそれぞれ に破綻きしていきますなぜこの分野が好き かと言うと地図作りの中でおいて誰もが 知っているのはオレンジをぺっちゃんこに する時に理想的なやり方はない要するに 立体的なオレンジをまったにしてくって いうことはどこかで必ず歪めなきゃいけな いっていうことはみんなが知っていますで それが私にとっては凄まじく面白いわけ です偏見とか偏りっていうのが非常に明解 になってきます誰が中心を納めることが できるのか誰がこういったスケールその ものについて強調されもしくはこの強調の と薄まるのかでこういう風にして地図学と いうのは他のシステムについて考えていく ためのそういったきかになりました例えば 北は大体上の方に示されていくというのは ごく最近まで私も一度として投入を感じる ことはありませんでした見つけたんです けどもこういったことは実は歴史と帝国と そして皇帝ということに対しての関係の方 が宇宙の中の私自身が持っている立場より も大きな関係がある北が上南が下という こういったことだとかあとは私たちが変っ てるオンラインネットワークだとかについ て今考えようとしてい ますそしてこのプロジェクトをやるために ソフトウェアを作成しまし たブラウザで使うことができるようになっ ていますがWORLDandFという タイトルがついていますあまり深掘りはし ませんけどもこういったプダでこういった 先ほど目にかけましたそういった地図の あり方っていうのを見ることができるよう になってい ますそうすることによってシステムに対し てこうやっていろんなマップのあり方って いうのがどういう風な作用をするのかって いうの見てきましたごく最初の段階でこれ をマニピュレーションしていたということ で最初の3年間私以外誰も使ってなかった ようなそういったソフトウェアなんです けどもこのソフトウェアを使って ずっと歪みとかバイアスだとかについて 考えてきまして私は端的に言えばここん とこでベクターファイル をペインティングのマスキングとして使っ ているわけ ですそしてこれがイタリアで最近終わった ばかりの数週間前に終わったばかりの展覧 会なんですけどもこういう感じの界画 ですそして人体がここの中乗り込まれてい ますここんところでディストーションも ありますけども地図的な技術で人の顔 がどういう風にして入ってくのかっていう ことでよく見ていただけばうちの妻の顔の 輪郭はたどられています最後にご紹介し たいのは今並行してやってるの は最新のは さらにアップデートされてるソフトを使う ことによってアニメーション的な機能が 入っていますこのアニメションを使うこの ソフトウェアを使うことでひファイバーの ケーブルだとかそのデフォルメだとかを見 てくこともできますしこういったレイヤを 全部オフにすることもできますドラグアン ドロップでイメージを引っ張ってきます とどんなイメージであろうともこの バックグラウンドをこれアップデートる ことができますでそうするとこういった 古い歴史的な地図学の 数学っていうものを超えていくことが できるようになってきます誰が中心なのか 誰が上に乗っかるの かそういう中においてこういったアニメの サイクルを作ることができますですそ スカイスケープシリーズというのはこの 機能性を使うこと で まよく縁を四角く角をつけてくっていう 表現が英語でありますけどもこれ不可能を 可能にするという意味の言葉でよく使われ ていますこういう風にして1つの原型とも 言える円と正方形の間の関係っというのは 建築だとかにおいても私たちにごく一部な んですでそういう風にしてQがどういう風 にして平面の円にけてくのかデバイスなど についての変化のあり方も考えてきます私 が暮らしてるところベルリンの上空の空の 模様はこんな感じです1日に4ヶ月から5 ヶ月はこんな感じ毎日空は灰色 です季節変動型のうつのために私はずっと 空を見上げざるりませんでしたですので ベリンで空が開けてきた時に私は必ず外に 出かけてってこういったアニメーションを 作っって言ったん ですそういった例 です非常にゆっくりとしています ゆっっくりとした プラクティス特にこの最後の3つの シリーズにおいて はまこういう風にして非常に時間をかかる ゆっくりとしたプロセスであることは 申し上げなりませんがこういう風にして そういったスローであるってことスピード が上がらないっていうこと私たちの方向性 としてみんなが共用されていくある程度の ところにも関わってきます実際に見ること もできるそして展示することもできるそれ だけではなくこの3つシリーズ全部 が普通の住宅の中でどういう風に収まるの かっていうことにも興味を持っていますで 私は多くの人が結局経験できないことでは ないかという風に聞していますけども私が 笑ってコーヒーを入れて いく その場所にある時にまベリンが曇り空が 太陽が出てこない時にはこういった窓にし てきますとここでここのもう1つの窓への アクセスということになってきますです からこういった妙なリンクどれであっても クリックしていただけれ ば旧型の携帯を持ってるとか旧型のラプト 持っていた場合に は季節型のうに対してあとはもっと代々的 な空とのかかり合だとかについてもこれは ご参考になるかもしれませんあと今までに なかったような関係を作ってきたいって いうことについ て私が3ヶ月間一瞬暮らしたことのある写 金以外見せたくはないんです3ヶ月経てば これ以上見せる価値があるかどうか見えて きますからそういったことから完全にぐる と出発店に戻ってきましてここのとこで 繋がりについて考えていただけばもしくは 見出してらっしゃる方もおらるかと思い ますけれども改めてお礼申し上げます明日 出発なんですけど もこの驚くようなアーティストのグループ ともっと色々と話をしたいという正直な 気持ちですもしもありがとうございます もしも時間げばQ&で どうぞえっと といや1番1番た楽しかったというか なんか非常に多にわるえっと初期の 2010年頃のまアイライターのシリーズ からまネットアートスライドとアンロック かそのスマホをあの使うそういう作品 そしてランドスケープのシリーズそして こう地図の制作法カルタラフィーについて のま作品そして最後には こう皆さん家に使ってないディスプレイま 使ってないiPhoneとかがあああの iPhoneとかiPadとかがあれば あのエヴァンさんの作品を再生して壁に かけておけばそれそれこそあの空を映し てるえっとランドスケープの作品になり ますねそういうえっと10年以上の長い キャリアの間にえっとあった重要な作品 重要なシリーズを紹介していただきました と非常に滝にわたるので私もどういう質問 であの始めたらいいのかなってちょっと 迷うんですけれどもあの今ご覧いただいた 面白い作品の中でまこういう作品ってどう いう風にあの具体的にどんな作り方なのか とかま今後の展開はどうなのかとか色々 聞きたいことあるんですけれどもまずは あの番さん今後の品最近の興味っていう ものはどうなってるのかまずお聞きしたい です次に作りたいアートってことです か 今非常にいい問題で悩んで ます急に音楽を作りたいと欲求に囚われて いましてすごくいい問題課題でもすでにお 話しした人見るんですけど もアパートの地下室のところに 小さな音楽スタジオがあってそれ20分間 かければアートスタジオに行けるけども うちの妻がまたあんたあのアートスタジオ に1なと戻ってくれのて時々取り集められ ていますすごくいいさよく応じてくれん ですけども情熱がある時にはそして エキサイトしてる時にはそれに素直にし たい従ってきたいという風に思っています 多くのアーティストがそうだと思います から今んところ音楽とスカイスケープの方 に興味がいってるって感じでしょうかこの 本展覧会の3月5日の内覧会の時にあの エヴァンさんのアルバムを会場であの レセプション会場で流したっていうことも は あの皆さんもエヴァンさんのホームページ に入るとあの無料で作品を聴くことが アルバムを聴くことができますので是非 興味のある方はあのアクセスしてみて くださいあ オでロータリーファームっていう今音楽 活動されているんですよねロータリー ファームという名前ででアルバオメガI STウォンていう作品です 寝てる時にはNetflixに言われるの がそれなんですよネトフリ見てる とwatchingという風に問いかけら んですまだご覧になってましたかっていう 風にねトが言うん です皆様からあるいはあの会場内の他の 作家さんからのご質問を受けたいと思い ます ありがとうございます素晴らしいトーク でした [音楽] で 本と展示について伺えればと思ってい ます本と展示の手応えとか反響は違いあり ましたそれについては最初に見せたご紹介 くださた本とそしてこちらについてこ違い があるとの需要です か本については全く違うメディア で私は本 を自分の表現手段としてよく使ってますの でそしてもう1つコメントをさせて いただければと思います空の写真について ご自身 がベルリン の天気の抑圧ぷりについて 刑務所での収容 者福者受験者と一緒にやってる時に空の 写真が撮れるっていうことで凄まじく エキサイティングにエキサイトして非常に 前向きな気持ちを味わうことができたって いうことちょっと申し上げたかったんです ですけどまず最初の質問とし てちょっと答えよがないんですスケールが あまりも違うんでまず本はほとんど誰も 気づかなかったそして展示そのものは インスタレーション自体が人を迎え入れて そしてまた人を関与させていくような類い のものになっていますから人が体験してる 様子を本よりもはかによく見ていますもう 1つは時代が違います先週はボンを インスタの時代と重なっていますからそこ んところでインタラクション見てくことが できるけれども本の方はと言ったらもっと 個人的な体験ということになるかと思い ます全部のイメージを目を通す対本の文字 を一言残らずみ読みててくんだったら本の 方が罰が悪いかもしれない です そしてあれは本の方はテキストベースの イメージじゃなかっただからこれを ちゃんとサーチをしてくことができない 意図的 にキーワード検索するできなかっ た時間をかけてそしてゆっくりとやんでか なければいろんなもの発見することができ なかったそういった力学のおかげでむしろ そちらの方が本の方が静かなものになった んじゃないかけもそれの反響っていうのは あんまりなかったから難しいとこです ギャラリーの中では実際に人が見てるのは あまりませんでしたダウンロードした人た も特にコメントするセクションもなかった んでコメントなしでしたありがとうござい ますえっと今あの2人のあのタヤの中で 登場したそのシンスヨボの本の方はあの今 3階の今このフロアと同じえっと3階の隣 のえっとアートライブラリーの入り口の遠 距離え現在点の本棚の上に今展示されてい ますのでご興味のある方はあの ライブラリーあトライブラリーでご覧 いただけたらと思いますじゃあそれでは あの今4時半となりました時間になりまし たのであのそろそろ今回のアーティスト リレートークは終了とさせていただきたい と思いますま超時間あの聞いてくださった あのお客さんあのあの皆様ありがとう ございましたじゃあサッカさん皆さんにも あのありがとうございましたとお伝えし たいですありがとうございました キュキュ [拍手]

「遠距離現在 Universal / Remote」展オープンに際し、出品アーティスト5名(井田大介、地主麻衣子、ティナ・エングホフ、チャ・ジェミン、エヴァン・ロス)を迎えてのリレートークを開催します。それぞれの作品や制作活動についてお話しいただきます。
2024年3月10日(日)
https://www.nact.jp/event/2024/005439.html

00:00:23 ご挨拶:逢坂惠理子(国立美術館長)
00:03:14 「遠距離現在 Universal / Remote」展について:尹志慧(本展キュレーター)
00:06:24 トーク①:井田大介
00:39:13 トーク②:地主麻衣子
01:12:47 トーク③:ティナ・エングホフ
01:42:19 トーク④:チャ・ジェミン
02:12:36 トーク⑤:エヴァン・ロス

「遠距離現在 Universal / Remote」
現代美術が観測した、個人と社会の距離感
日に日に忘却の彼方へ遠ざかる、ほんの少し前の3年間が、私たちにとってどのような時期だったのか。社会はいかにして今の姿に至ったのか。今後の私たちはどこに向かうべきか。今世紀の社会の在り方に取り組んだ、アジア、欧米、北欧など国際的に活躍している9組のアーティストの作品を読み解き、ともにポストパンデミック社会と個人の在り方を考えます。

会期:2024年3月6日(水)~ 2024年6月3日(月)
※火曜日休館
場所:国立新美術館(東京・六本木)
会場内写真撮影OK📷
https://www.nact.jp/exhibition_special/2024/universalremote/

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